終わる幻想郷-Last Word-   作:くけい

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【7月27日(1)】

【7月27日(1)】

 

 

 物音に気付き、巫女は重い頭をゆっくりと起こした。

 音はキッチンの方から聞こえる。どうやら、式神が朝食の準備をしているようだった。

 頭を預けていた本を見る。

『実践 プログラミング 超級編』そう銘打った分厚い辞書のような本。

 八雲紫の家にある本のほとんどが、外の世界の本のようだった。

 外の本は、記憶の中にある鈴奈庵で見る本とは違い、表面がコーティングされたようにツルツルで、綴じ糸が見えない。

 神降ろしについて書かれた本もまた、ここでは作られた本ではなかった。あれは――

 

「ううっ」

 

 呻き、巫女が頭を手で押さえる。頭痛……ではない。これまで感じていた不安の本流が一気に流れ込んでくる。

 気怠げに前髪を掻きあげる。

 終わりの刻は近い。

 手段を選んでいる時間はほとんどないだろう――

 そう巫女は予感する。

 

「どうしようってのよ、全く……」

「起きたのか」

 

 巫女の声に気付いたのか、式神がリビングに顔を覗かせた。

 

「……ええ」

「だったら、テーブルの上を拭いておいてくれ」

 

 式神が放り投げた布巾を受け取る。

 妖怪は食事をとるモノが多い。

 ヒトを喰うモノ、動物の肉を喰うモノ、草花を喰うモノなど様々だ。それは生命を維持するための妖力を獲得するためだ。

 妖力を獲得する方法は他にもある。草木から吸収する方法だ。

 八雲藍曰く、他の妖怪に触れて妖力を吸収することも可能なのだが、馴染まないのだそうだ。

 同種の妖力でも微妙に自身の持つ妖力と異なるため、時には拒絶反応を起こすこともあるそうだ。

 草木からはその生命力を自身の妖力に変換し取り込むのだそうだ。

 八雲紫はどうもそれが出来ないらしい。その代わりが冬眠だ。

 動物は消費するエネルギーを減らすために冬眠をするが、紫は妖力回復の為に行うらしい。

 どういう理屈なのか、巫女には解らないがどうでもいいことだった。

 式神が両手にご飯を盛った茶碗を持ってきた。

 二人分。

 つまり八雲紫と八雲藍の二人分。

 橙の分はない。昨日から出かけていて戻ってきていない。

 彼女はマヨヒガという別の住処にいるそうだ。

 

「紫様を呼んできてくれないか?」

 

 茄子と胡瓜の漬け物を持ってきた妖狐が、巫女に言った。

 

「ええ」

 

 返事をし、黒髪の巫女は立ち上がった。

 ふんわりと味噌の香りがした。

 妖怪が食事をとり、自身は食事を取らない。

 逆しまの風景。

 それが、どうしようもなく自分が人間ではないことを自覚させられた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「それは、神霊よ」

「神霊、ですか?」

 

 妖夢は主人に聞き返す。

 冥界。転生を待つあるいは成仏を待つ幽霊が跋扈する場。

 ここを管理する、主人のための白玉楼という屋敷。

 朝食の片付けを終わらせた妖夢はいつも通りの庭師の仕事ために屋敷の外に出た。

 屋敷を出た先は大きな庭になっており、石畳の路が屋敷を囲う塀の門へと真っ直ぐに延びている。

 いつもと変わらない景色に、無数に存在するそれ。

 人魂にも似たそれ。

 妖夢は白玉楼へと戻り、幽々子を連れ状況を見てもらった。

 現れては消え、消えては現れ――

 少し青みがかったもの、紫がかったもの、緑がかったもの、仄白いもの。

 それが、神霊なのだという。

 

「これは異変でしょうか?」

「ん-、そうでしょうねぇ。私もこんなに沢山の神霊を見るのは始めてだし」

 

 妖夢の問いかけに、主人はたいしてこの異常に動じるわけでもなかった。

 

「もしかして、この間の私達みたいに花見に来たんでしょうか?」

 

 妖夢の言う花見とは、西行妖という大きな桜の木だ。ついこの間、幽々子がこの桜を満開にするために、下界から春を集めた。

 この為、地上はかつてないほどの長期的な冬の季節が続いた。

 異常な気象を解決するために現れた博麗霊夢により、幽々子は春集めをやめた。

 この春雪異変で、桜は満開になることはなかった。

 しかし、数ヶ月経った今も桜は残っている。

 ちなみに、この西行妖の下には幽々子の亡骸が眠っており、桜が満開になると、亡骸の封印が解け、最後には幽々子が消滅するという。

 過去に同じ事をしようとしたことがあるらしく、幽々子の友人、八雲紫が止めに入ったことがあったそうだ。

 幽々子はそこに自身の亡骸があることを知らない。八雲紫が教えていないからだ。

 妖夢もその事を知らなかったが、あの騒動の後に八雲藍からその事を知った。

 

「霊夢に知らせた方がいいでしょうか?」

「その程度なら、あの子も知っているんじゃない。言うなら、もっと調査してからの方がいいんじゃないかしら?」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「霊夢さん、今日も来たんですか?」

 

 午前十時になろうかという時分、守矢神社を訪れた来訪者に東風谷早苗は呆れたように聞いた。

 

「いいじゃない。別に忙しい訳じゃあないんでしょう?」

 

 鳥居をくぐり、現れた来訪者の青白の巫女は、ニコニコしながら早苗に近づく。

 彼女言ったことは正しいが、どこか言い方が気にくわない。

 

「私、別に暇ではありません。信仰を増やす為に、今日も神奈子様と諏訪子様とで作戦会議があるんです」

 

 言いつつ、早苗は表情で嘘がばれないよう、くるりと体を反転させる。

 

「ホントーに?」

 

 長い黒髪を揺らし、こちらの表情を覗き込む。

 猫のような気まぐれさが混じった瞳でこちらを見る。

 自分は簡単にばれるような嘘をついたのだろうか――

 頬を赤らめ、エメラルドグリーンの髪を揺らし、早苗はまた体を反転させた。

 

「あの神様達は中にいるの?」

「ええ」

「ちょっと挨拶に行ってくるわ」

「それじゃあ、案内します」

「結構よ。大体の勝手は分かってるから。早苗はここで待ってて」

 

 そう言い、五分と立たず巫女は早苗の元に戻ってきた。

 

「さあ、行きましょう」

「はぁ?」

「早苗とのデートの了解は頂いたわ」

「いやいや、デートって何ですか?」

「二人の親睦を深めるものよ」

「いえそういうのは男女の仲で……」

「ごちゃごちゃ煩いわね」

 

 半目で早苗を見る彼女は右足を使って、唐突に足払いをした。

 バランスを崩した早苗の体を博麗の巫女が支える。

 左腕が背中に、もう片方は膝下に、いわゆるお姫様だっこのような形で支えられる。

 

「さて、行きましょう」

「え?」

 

 早苗を抱えた巫女は黒髪を揺らし、地を蹴った。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 午前十時頃、アリスは間欠泉の上空にいた。

 今朝、一昨日前に鉱石収集の命令を出した一体の人形が戻ってきた。

 珍しく帰還する時間が遅かった。かごにはいつもとは違い、沢山の鉱石の欠片が入っていた。収集場所で地盤変化でも起きたのだろうか、とアリスは考えた。

 鉱石は魔法使いにとって研究材料と使われる。魔法使いだけではない。鉱石の種類によっては人里でも売買される。

 鉱石の収集場所は大きく二カ所ある。魔法の森から西北西の方向と、東北東の方向に位置する岩盤地帯だ。草木がほとんど生えておらず、ごつごつとした岩々が点在している。以前ここに来たのはいつだろうかと、アリスは記憶を探る。恐らくは一年以上前で、秋頃だったような――

 

「アリスも調べに来たの?」

 

 と、聞き覚えのある声の方に顔を向ける。

 赤と白の巫女装束、赤い耳飾りとフリルのないシンプルな赤のリボンで漆黒の長髪を纏めている。

 博麗の巫女。

 

「……霊……夢」

 

 小さく彼女の名を呟く。

 彼女はアリスではなく、地上に大きく空いた大穴を見ていた。

 初めて見る大穴だった。

 

「……まあ、そんなところね」

 

 嘘を言う。本当のことを言っても問題ないのだが――

 

「でも、アリスは来ない方がいいわ。何があるのか分かんないし」

 

 彼女の言葉から、あの穴を調査するために来たことが分かる。

 地下深くへと続いているのだろうか。

 地下、あるいは地底の情報は少ない、かつて、妖怪の山で天狗達と鬼達の間で縄張り争いが起こり、敗走した鬼達が住んでいると言われている。

 それ以外にも、地上には存在しない妖怪が住んでいるという。

 アリスも改めて大穴を見る。穴は暗く、何もかもを飲み込みそうな闇が

 

「私も行くわ」

 

 アリスの言葉に承服しかねるようかのように、巫女は顔をしかめる。やがて「いまさら、どこにいても同じかな……」と、小さく呟く。

 

「分かったわ、一緒に行きましょう」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 妖夢は僅かに開いた――人がギリギリ通れる程の――幽明結界の門を抜け、冥界から現世の地上へと降りていく。ついで半透明の半霊がその後を追う。

 おかっぱ頭の白髪が、緑色のスカートが風に揺れる。

 妖夢は長刀の楼観剣を腰に携え、背中にもう一本長刀を背負っていた。

 短刀の白楼剣は持ってきていない。以前、あの短刀の力で図らずも主との肉体接触――下着で隠すような所まで触れて――をしてしまった。

 月の異変では主人の西行寺幽々子と同行していた事(不面目ながら主人に守ると言われ)もあり白楼剣を背負っていた。

 しかし、似たような事が起こってしまう。

 玉兎――鈴仙・優曇華院・イナバの能力(催眠術のようなものだろうか?)により、主人に斬りかかった。

 主人を守るどころか、その正反対のアクションを起こしてしまう。

 そんなこともあり、白楼剣は白玉楼の自室に置いたままだった。

 妖夢の周りを飛ぶ神霊は明滅を繰り返し、地上のある一点に向かって進んでいるようだった。

 やがて、神霊の向かう先がはっきりと分かる。

 人里から少し離れたぽつりと建っているお堂。そこに向かっていた。

 妖夢はゆっくりと地面に足をつける。

 古ぼけた表札は文字が削れ、ほとんど見えない。

 お堂の扉は開いている。

 中に入る。

 中の照明は付いていない。

 外から漏れる日光に照らされ、中の様子が見えた。

 古ぼけた外観に比べ、中はきれいだった。

 ほこりもなく、誰かが住んでいるようだった。

 

「誰?」

 

 入り口の方から物音が聞こえ、妖夢は刀に手をかける。

 

「? 妖夢?」

「霊夢さん」

 

 フリルのないシンプルな赤いリボン、赤と白の巫女服。

 少しばかり逆光で見えづらかったが、妖夢には入り口に立つ人物が博麗の巫女だと分かった。

 

「あんたも神霊を追いかけてきたの?」

 

 歩きながら巫女は妖夢にそう聞いた。

 

「はい。少し調べて、霊夢さんのお手伝いをしようと思って……けど、ここに来たばかりでまだ、大したことは」

「この建物の地下に向かっているみたいね」

「え?」

 

 言われて、床を見ると、丸い神霊が床に吸い込まれていくように消えていく。

 

「どこかに……」

 

 巫女が部屋の周りを見回す。

 部屋の端に木箱が二つ、中央奥には小さな机と座布団が一つ。

 巫女は座布団を足蹴にし、その机を手でどける。

 何の変哲もない木床が露わになる――と、巫女がその床に手を伸ばす。

 床にある窪みを掴み、引っ張る――と、床に矩形の切れ目が出来、床が盛り上がる。

 

「隠し扉、ですか?」

「さぁ、どうなんだろう」

 

 妖夢の言葉を曖昧に答える巫女。

 開いた穴からひんやりとした空気が流れ込んでくる。

 その寒さに幼い剣士が身震いをした。

 

「神霊はもっと下に降りていっているみたい」

 

 小さな照明を展開し、巫女が中の様子を覗く。

 

「下に何かあるんでしょうか?」

「さあ、行ってみれば何か分かるかも……」

 

 言い、巫女は開けた扉の中へと入っていく。

 妖夢も続いて中へと入る。

 地の底へと続きそうな大きな穴が下へと続いていた。

 種々の神霊がゆわふわと下へと降りていくのが見える。

 巫女が先導するような形で降りていく。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 早苗の顔のすぐ側に博麗の巫女の顔がある。

 彼女の表情は、始めて出会ったときの別人のように大人びていた。

 大きな黒い瞳、小さな鼻に小さな唇。風に揺れる艶やかな黒髪。

 それは早苗の錯覚なのかもしれない。

 体を抱えられ、間近にある巫女の顔。

 

「……けど」

「……えっ」

「信仰を集める方法。一つ提案があるんだけど」

「何ですか、それは」

 

「それはね……」青い耳飾りをした巫女は笑みを浮かべ、「私とあんたが一緒になればいいのよ」と言葉を続けた。

 

「共有化って言ってたっけ? そうすれば、私の信仰は早苗のもの……」

「……一緒って……」

「籍を入れるとか?」

「……籍って……」

 

 プロポーズにも似た言葉を突然言われ、早苗は狼狽し言葉が続かない。

 

「……でも、それは霊夢さんの方にも言えるんじゃないですか? だったら……」

「私は信仰なんて興味ないの」

 

 早苗が引っ張りだした言葉を、にべもなく返す。

 

「私は好きな人がいれば、それでいいだけ……」

「それって……」

 

 私の事ですか?

 そう聞こうとしたが言葉にならなかった。

 口がパクパクと動くだけだった。

 博麗の巫女は早苗を真っ直ぐ見つめる。

 黒髪が――

 風で揺れている。

 早苗は視線をそらして別の言葉を引っ張りだす。

 

「共有化なんて、他にも方法が……」

「例えば?」

「……ええっと、看板を変えるとか……」

「博麗神社を守矢神社に変えるって事? あんまり変わってない気がするけど」

「……うう……」

「早苗は私の事、嫌い?」

 

 早苗は返答に窮する。

 二人だけの会話が空の上で続く。

 

「……いえ、別に嫌いでは……」

「じゃあ好きなんだ」

「そんな事簡単には……まだ会ってそれほど時間も……」

「曖昧ね」

「普通はこんなものです」

「信仰だけの話なのに……」

 

 信仰だけで割り切れる話では全然ないのだが――

 この巫女の提案はそれだけの為のものなのだろうか――

 

「……あのぅこの話はもうちょっと時間をかけて決めませんか?」

「ええー」

 

 相手は残念そうな声を漏らす。

 

「信仰の為に、私と一緒になるのが嫌なの?」

「そんなすぐには……神奈子様と諏訪子様に相談しないと……」

「……早苗」

 

 黒髪の巫女の言葉の温度が下がる。

 

「死なないでね」

「え? なんて……」

 

 小さく呟いた声を聞き返そうとした瞬間、落下する早苗の体。

 五秒ほど自由落下し、早苗は力を使って浮遊する。

 

「なんで、いきなり手を離すんですか?」

「早苗」

 

 怒り詰め寄る早苗に対し、博麗の巫女は感情のない声で守矢の巫女の名を言う。

 

「早苗はどうしてここに来たの?」

「それは信仰を得るためです」

「外の世界では信仰を得る事が出来なくなったから……」

「そうです」早苗は頷く。

「でもそれは、信仰が必要なのは、あの二人の神様にとって……」

「それは……」早苗の声が途切れる。

「早苗自身には信仰なんて必要ないんじゃない?」

「そんな事はありません。私は現人神なんですから」

「でもそれは早苗が望んだから……じゃないんでしょう? 力を失った神々と、神となった人……」

「……」早苗は押し黙る。

「あの二人は早苗に対し負い目を感じている。聞かれたんじゃないの? 一緒に来るのか、それとも残るのか」

「……それ、は……そうです」

「そこそこの信仰はあるんでしょう? ならあんたはもっと自分の為に行動すべきなのよ」

「……」

「あの二人の為に早苗が身を削る必要なんてないわ。でないとあの二人は後悔するわよ」

「……」早苗の口は動かない。

 

 何か言うべきなのだが。

 早苗はその言葉が出ず、考え込むように黙った。

 早苗の表情を見ようと、黒髪の青白巫女は覗き込む。

 俯き加減の早苗の顔に黒髪の巫女の顔が近づき、唇同士が触れあった。

 感触はそれだけではない。

 早苗の口腔に生暖かい感覚が走った。

 

「何、するんですか!」

 

 相手の肩に手をやり、早苗は体を押しのける。

 

「ふふ」黒髪の巫女は不敵に笑う。

 

「ぶたれるかと思ったけど、やさしいのね。早苗は……」

「どうして……」

 

 狼狽する早苗に対し、彼女は笑みを崩さず。

 

「早苗の体を知るのは、案外早いかも……いえ、これから……」

 

 すぅっと近づく妖艶な巫女。

 涙目になりながら、早苗は後退る。

 恐怖と、思考がグルグルと巡る。

 試しているのか――

 望んでいるのか――

 早苗は右手を振り上げ、迫る巫女の頬を叩いた。

 ぱあんっと乾いた音が響く。

 時が止まったかのように、二人の体が固まった。

 振り上げた手を躱され、あざ笑う。

 半ばそういう予想を早苗は立てていたが――

 叩いた手が痛む。

 相手は固まったまま――

 黒髪に隠れ、瞳は見えない。

 

「これが……」

 

 叩かれた巫女の呟きは小さく、早苗には届かなかった。

 

「人をからかうのも、言い加減にしてください」

 

 早苗は体を反転させる。

 北北西には妖怪の山、守矢神社が見える。

 南南東の方向に移動している。このまま進んでいたら、人里の方、更に行けば竹林に行き着く事になる。

 

「帰ります」

 

 短く、はっきりと早苗が告げる。

 

「待って」

 

 言葉と共に早苗の右手が掴まれる。

 

「行かないで」

「離してください」

 

 早苗は乱暴にその手を振りほどく。

 怒りに満ちた目で相手を睨むが、彼女の感情を映す瞳が――

 顔が――

 それを見て、早苗は感情を少し収め、思考を巡らす――が、それを止め、直感で思い浮かんだ言葉を口にする。

 

「霊夢さん……何を……焦っているんですか?」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 発光する護符を先行させるような形で、二人は暗い大穴をゆっくりと降りていく。穴は下へ下へと続いている。

 はるか底の方で赤い光り――溶岩によるものなのだろうか?――が小さく見えた。

 生物や妖怪と出会っていない。ただただ歪な岩盤に囲われた穴が続いていた。

 

「鬼に出くわすと思ってたんだけど、全然誰もいないわね」

「何も無いほうがいいんじゃないの? 博麗の巫女としては」

「まあ、そうなんだけど……嫌な予感がするのよね。アリスは地下については詳しいの?」

「別に、鉱物資源が豊富な所と妖怪の山の縄張り争いで敗走した鬼が住んでいるって事ぐらいかしら」

「鉱物資源?」

「魔法使いの実験で使ったりするのよ。金銀胴、鉛、ダイヤモンドや酸化鉱物など色々……里で売買できるものもあるわ」

 

 巫女は軽く相づちをし、鬼のことを聞いた。

 

「そっちのことは、あんまり情報はないわね。ただ、幻想郷全土に鬼の住処はあるって聞いているけど……魔法の森の地下を除いてね」

「どうして?」

「魔法の森の瘴気を嫌うみたい」

 

 アリスの話によれば、森の瘴気は森の木々から発生しており、それは葉からだけではなく、地下に張り巡らしている根からも発生しているそうだ。つまり、木自体が瘴気の発生装置なのだという。

 

「鬼が苦手なものって、柊鰯以外にもあるのね」

 

 話をしながら、どんどん地下へと降りていく。

 やがて、下からうっすらと光が見えた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 妖夢の目の前には大きな門があった。

 高さ十メートルほどの石造りの門。

 観音開きのようで、そこには奇天烈な衣装を纏った男性と漢字の羅列が掘られていた。

 巫女はその扉の前で固まっている。

 

「入らないんですか?」

「……ちょっと迷っているのよね……」と言い、巫女は妖夢に目配せする。

 視線の先には、一枚の札が貼ってあった。

 妖夢が指を近づけると、ばちりと軽く電気のような物が走った。

 触るなかれという、警告のようだった。

 

「封印……されているんですか?」

「ええ。だから、この封印を解かなければこれ以上の事は起こらないと思うんだけれど」

「このままにしておくんですか?」

 

 巫女は黙ったまま動かない。

 妖夢達の立っている足元には紙切れが数枚落ちていた。

 それらは石扉に貼ってある護符と同じ物だが、効力を失っているようで触れても何も起きなかった。

 神霊が集まったのは、この封印が何らかのせいで剥がれ弱まった事によるものだろうと推察された。

 

「これから色々起こるだろうし。後回しにしていいのか。それとも先に潰すか……」

 

 潰す。

 随分と物騒な言葉だが、この元凶を調伏するという事なのだろう。

 そう妖夢は思うが、その前の言葉も気になる。

 

「これから何が起こるんですか?」

「詳しい事は私にも分からない。ただ……予感がするの」

「……」

 

 しばらく扉の護符を睨み、

 

「……もし戦う事になっても、無理はしないでね。逃げてもらっても構わないから」

 

 と、剣士に言った。

 妖夢が了解すると、赤白の巫女は何かを呟きながら、扉の札に手を近づける。

 何事も無く護符に触れ、易々とそれを剥がし放り捨てる。

 護符は、ひらひらと石床に舞い落ちる。

 構わず、巫女は扉に手を掛け、ぐっと力を入れる。

 見た目によらず、重苦しい音を立てず扉が開いていく。

 その先には。

 種々の神霊に囲まれた二人の少女――物部布都と豊聡耳神子が立っていた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 綺麗になった聖輦船に船員を詰め込み、村紗水蜜は出港の準備をする。

 

「星。宝塔のセットは終わった?」

 

 船首甲板に立つ水蜜の問いかけに寅丸星は「いつでもOKだよ」と言葉を返す。

 星は水蜜から数メートル後ろの甲板に立っていた。

 正確には小さな階段の上に立っている。

 昨日はこんなものはなかった。

 河童――河城にとりに改造してもらったのだ。

 宝塔はこの聖輦船の動力源でもあり、攻撃の主砲なのだ。

 今までの宝塔を置く場所は、背の低い台の上で正面からの敵を打ち抜こうとすると、前方甲板にいる水蜜の頭を消し飛ばしてしまう高さだった。

 加えて、宝塔を固定するようなものも何もなかった。

 振動などで宝塔が倒れれば、聖輦船の動力源は失われてしまう。

 この為、ポンプを借りていた河城にとりに改造を依頼した。

 宝塔を固定できるようにし、階段をつけ、台を高くしてもらった。

 

「それじゃあ、動かすわよ」

 

 水蜜はUの字に曲げられた手すりに付いているスイッチを押した。

 丸い面舵はない。

 にとりによって取り払われた。代わりに半透明のスクリーンと半実体化された面舵が村紗船長の前に現れる。

 スクリーンには幻想郷の地図、聖輦船の位置、船向、高度、速度等が表示されている。

 その様子を気にするでもなく、ナズーリンは右舷で頬杖をつきながら、ぼぉーっと景色を眺めていた。

 やがて、ゆっくりと船が浮かび上がるのを感じる。

 行き先は聖白蓮のいる魔界……ではなく、この世界の中心。

 水蜜と星の考えによるものだった。

 それは、ナズーリンにとってはどうでもいい用事だった。

 二人の付き合いに従う事となった彼女が聖白蓮に会えるのは、もう少し先だった。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 早苗は結局、博麗の巫女に従い人里へと向かった。

 これから起きる事。悲劇。それを回避するために手が必要なのだと彼女は言った。

 具体的な事は分からない。

 彼女の言い分を聞いても、彼女の一連の言葉や行動に繋がらない。

 ある部分で彼女の不信感がぬぐえない――が、それでも早苗の勘がついて行くべきだと告げた。

 

 

 空から見た高い塀で囲われた人里は、ジオラマのようにも見えた。

 高い建物は少ない。

 住居用の建物は一階建てで、商業用や保存倉といった建物は二階建てあるいはその程度の高さで、三階建て以上の建造物はない。

 道行く大通りに多くの人が歩いているのが分かった。

 今のところ、博麗の巫女が言うようなおかしな所は見えなかったが――

 

「恐らく、あれだわ」

「えっ?」

 

 空中で立ち止まった彼女の顔の先を早苗は見つめる。

 東西に延びる大通りに繋がる一本の通り。

 そこに繋がる細い通り。

 人影はほとんど見えない、ただ一つを除いて。

 夢遊病者のようにふらふらと歩く少女。

 ぱたっぱたっと歩く度に揺れる鮮やかな撫子色の長髪、俯いたその顔はここからでは分からなかった。青と緑のチェック柄の長袖のシャツに、鈴蘭の花を思わせるふんわりと広がった桃色のスカートをはいていた。シャツの胸元にはアクセントなのだろうか、大きな桃色のリボン、その下には形状と色が異なるボタンが並んでいる。スカートには幾つか切れ込みが入っている。

 上空からでは夢遊病少女の表情は見えない。

 

「あの子がどうかしたんですか?」

「さぁ? 近づけば分かるわ」

 

 そう言うと、彼女に近づくように黒髪の巫女は降下していく。

 降下していくと、彼女の周りに浮遊しているものがあることに早苗は気がついた。

 仮面。

 歩く彼女との距離が八メートルぐらいになっただろうか。白い靴を履いた足が止まった。

 少女――秦こころが呟く。

 

「……面を返せぇ」

 

 少女の微かな呟きは、二人の巫女の耳にはまだ届かない。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 少しばかり横に開けた所に出た。

 遙か下には赤いマグマによる光りが見える。

 

「ヤマメの効果はなかったのかな? 博麗の巫女がきたよー」

 

 どこからともなく、声が聞こえる。

 

「誰?」

 

 アリスが疑問の声を漏らし立ち止まる。巫女の方もその場で立ち止まり構えている。

 人形遣いと巫女が周囲を見渡す。

 二人の間は二メートルほど。互いの背中の方を見る。

 

「うまく二人に感染させられなかったのかな? それとも免疫があったのかな?」

 

 二人のすぐ近くで声は聞こえるが姿は見えない。

 足元の方を見ると、うっすらと人影が見えた。

 一人ではない。数名――

 そのうちの一つの影が白く光る。

 

「アリス、気をつけて」

「……分かってる」

 

 白い光が白い刃となって二人の地底侵入者を襲う――が、それは二人を直接狙ったものではなかった。

 巫女と人形遣いの間を通って二人の背後――二人の少し上方の岩盤に炸裂した。

 爆音。

 それが戦闘の合図。

 二人に近づく気配が五つ。

 白い光りで見えたのは金髪の少女が二人、紫色の髪の少女が一人、白い刃を放った漆黒の翼を持つ者。やはり、残りの一人は見えない。

 上からの土煙と細かな瓦礫が降り注ぐ。

 二人はそれから逃れるように側方に飛ぶ。

 アリスは魔道書を手に取ると、

 

「マリオネットパラル」

 

 叫び、人形が現れる。

 アリスと巫女の上空で六体の円形に陣取ると、魔方陣の結界が出現し、降り注ぐ瓦礫を防御した。

 巫女の方は視界を広げるために光る護符を周囲に展開する。地底の妖怪の姿が先ほどよりも鮮明に見える。

 金髪の少女が放つ光弾が二人を狙って撃ち込まれる。

 数的有利の為か、攻撃は思いの外激しくはない。何か別の狙いあるのだろうかと巫女は考える。

 

「変ね。心が見えない。ジャミング? 心を閉ざしている? 博麗の巫女はそんな事も出来るのかしら……ノイズが多すぎる……けど……パルスィ、あの人形の子……使えるわよ」

 

 紫色の髪の少女が呟く。

 パルスィと呼ばれた金髪の少女が攻撃の手を緩めず、アリスに近づいていく。

 アリスは攻撃用の人形を一体召喚する。

 巫女はアリスを支援しようとするも、再び下から放たれた白い刃が割って入る。

 ランスを持った人形に攻撃命令を出そうとした構えた瞬間、アリスの体が揺れた。

 

「攻撃しちゃあ、だぁめ」

 

 姿の見えない少女の甘い声。

 ぐいいっと魔道書を持つ手を引っ張られる。

 そこに誰の姿も見えない。

 

「どういうこと?」

 

 アリスの問いに誰も答えない。

 掴まれた腕を振りほどこうとした瞬間、パルスィの柔らかな手がアリスの頬を包み込む。

 金髪の髪から覗く、緑眼の瞳がアリスを見つめる。

 エメラルドグリーンの瞳がアリスの瞳を覗き揉む。

 パルスィは妬ましい笑みを浮かべた。

 

「さあ、私に貴女の嫉妬を見せて」

 

 猫のような瞳が大きく見開かれた。

 ペリドットの輝きを持った怪しげな瞳。

 言葉と共にパルスィの緑眼が妖しく光り、人形遣いの意識は深い闇へと堕ちていった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 水橋パルスィ――嫉妬心を操る能力

 瞳を介して、相手の嫉妬心を揺さぶり、狂気化する。

 

 古明地さとり――心を読む能力

 人や妖の心を読む。妹――こいしの心は読めない。例外が存在する。

 

 寅丸星――宝塔を扱う能力

 鉾を使った体術も出来るが、専ら使うのが「毘沙門天の宝塔」。聖輦船の動力源+宝塔レーザー――聖輦船の主砲の役割を担う。

 

 村紗水蜜――船を扱う能力

 あらゆる船を操る。水上ではない聖輦船は宝塔の力を借りて動かす。

 




NEXT EPISODE 【Fragments 1】
目の前にいるのは、自分と同じ顔の少女と――
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