【Fragments 1】
眼の前に自分と同じ顔をした少女がいた。
何もない空間が突然裂け、この少女が踊り出てきたのだ。
八月の夏休み。
自室で端末を使っての読書を切り上げ、昼食の準備をしようと立ち上がったときにそれは起こった。
小さな部屋は、女の子の部屋と言うにはシンプルな部屋だった。
部屋は東西に長く、部屋の南東に位置する所にベッドが一つ、床のフローリングにはベージュのカーペットが敷いてあった。その上には脚の短い丸テーブル――ベッドとはおよそ対角に位置する――にオレンジ色の丸いクッションが置いてある。壁紙は白に近いベージュで、壁際には扉付きの茶系の本棚と収納棚を置いている。木目の映える扉は二つあり、北東側はリビングに通じるドア、もう一つはクローゼットになっている。部屋の南側――ドアとは反対側――に大きな窓があり、ベランダに通じている。カーテンは日差しが強いこともあり、白いレースカーテンを引いて閉めていた。クーラーが動いている音が微かに聞こえる。
紫色のワンピースドレスに白のゆったりとした帽子をかぶっていた。
幽霊だろうか、とマエリベリー・ハーンは思った。
この世の者でない、どこか希薄な存在。
しかし足はある。白い足には傷一つなく、作り物めいた印象を受ける。
姿は自分によく似ている。
自分と同じブロンドの髪に白い顔。どことなく着ている服も自分の好みと似ている。
違うのは髪の長さくらいか、長いブロンドの髪が揺れる。
マリーは空間の裂け目と現れた少女を交互に見る。
その視線に気付いたのか、自分に似た少女が、
「これが視えるのね」
と言った。
その声色も自分とどこか似ていた。
「貴女は、誰なの?」
そう言いつつ、マリーは後退る。
殺気はない。そんなものを感じ取るセンサーが自分に備わっているのか疑問に感じるが――
「始祖」
短い言葉。
始祖――始まりの人。
どれほど前の人物なのか。見た目は少女。タイムスリップ、あるいは時間移動ができるというのだろうか。
非現実的だが――
そもそも人間なのだろうか――
訝しむマリーの感情など無視し、相手は言葉を追加した。
「今日は貴女に挨拶をしに来ただけ」
「……そう……」
短くも端的な言葉。
挨拶の後は、世間話……という訳はないだろう。
要件。
何かに協力しろ、あるいは何かをしろと言うのだろうか?
いずれにせよ自分にとって愉快なことではないだろうとマリーは推測する。
「……私に何をさせようっていうの?」
「性交。来たるべき時に、貴女はその交配相手になってもらうの」
「ちょっと待って……」
言っている事が乱暴すぎるし、唐突すぎる。
どこかのだれかと交われだなんて――
人なら外にごまんといる。
それに胎外で子供をつくる事だって今の技術で可能だ。
それらを差し置いて、なぜ私なのか。
「他にも候補があるんじゃないの? 私のお母さんとか……」
血筋が重要だというのならば――
私の母は今の存命だ。祖母は亡くなったが、顔は覚えている。
血の繋がりで考えれば、候補なんて――
「妖力を持たないという点では合格点だけど、彼女達には力がないのよ。貴女と違って……不適格なの」
妖力が何のことなのかマリーには分からない――が、力といえば――
この次元の裂け目が見える能力のことなのだろう。
これが、時空を越えて移動する事が可能な空間のひずみなのだろうか?」
「その為だけに貴女を作ったの……に千年以上の時間をかけて」
彼女の言葉が本当なら、気の遠くなるような時間をかけて生み出したと言うこと。
「その為って……」
人を道具みたいに――
前時代的なことを言う。
「私は……」
「貴女の小言なんてどうでもいいの」
突然の来訪者はぴしゃりと言い放つ。
「従ってもらうわよ」
「……なんっ」
マリーの言葉は遮られる。
マリーの首筋には先の尖ったものが突きつけられていた。それは首元の近くにある小さなひずみから現出している。
「貴女を屠るなんて簡単な事なの」
「っ……」
「しかるべき時にこちらの指示する相手とただ性交すればいいのよ、貴女は……経験は既にあるでしょう」
不快な言葉。
だが、その言葉は正しい。
そしてその言葉は、自分達の行為を覗き見たという事だ。
相手とはもう別れた。一年ほど前の話だ。
羞恥と怒りの感情で顔が赤くなるが、同じ顔を持つドレスの少女は涼しい顔のまま。
「要件は伝えたわ。それじゃあ」
突きつけられた刃は収められ、空間のひずみごと少女は消えていった。
マリーは華奢な体を抱きしめる。
消えた少女の言う通りならば、この世界で自分は――
ぞわりとマリーの体が震えた。
◇◆◆◆◇
次にあの少女が現れたのは、一年後の夏休みだった。
いつまた現れるのか気が気でなかったが、一週間、二週間、一ヶ月、二ヶ月とたっていく内に、頭の中であの出来事は記憶の隅へと追いやられた。
年が変わり、学年が上がり、受験の為の勉強で生活は次第に忙しくなった。
時刻は夜の九時。
その日は朝から天気が良く、静かな夜だった。
早めに風呂を済ませ、数学の電子テキストと電子ノートを開いて勉強をしていると、テーブルの奥で空間がひずんだ。
音はなかった。
意識が散漫になっていたわけではない。
それでも、マリーはそれにすぐに気がつき、あの時の出来事を思い出す。
血の繋がりのせいなのだろうか?
現れるもう一人の自分――ドッペルゲンガーとも思える少女。
以前と同じパープルのワンピースドレスを纏い、もう一人――古めかしい赤と白のみ巫女装束の女が空間の裂け目から現れた。
「女の人?」
「え?」
マリーの呟きに、その女性は疑問の声を出した。
年齢は二十代半ばだろうか。
綺麗な顔だった。
腰まで届く艶やかな黒髪。その長い髪は毛先近くで赤いリボンで纏めていた。
耳元には赤い耳飾り。
巫女服は肩が露出する変わったものだった。
どこまでも時代がかった衣装。
特に髪のリボンは一段と子供っぽい。
そのせいか見た目以上に幼さを感じさせる。
マリーは男性が来るものとばかり思っていた。
その男の子供を産むのだと思っていた。
この国の法律ではマリーの年で子供を産む事は禁じられていない。
「彼女に説明してないの?」
巫女服の女は驚いたようにドレスの女を見る。
「したわよ、簡単だけど」
「なんて言ったの?」
巫女は眉をひそめ、相手に聞いた。
「こちらの指示する相手と性交しろと言ったのよ」
「……予感はしてたけど……」
マリーの前で彼女は呆れた表情を見せた。
「……何よ」
「……紫さん。一日、時間を頂戴。別にそれくらいいいでしょう?」
「……」
紫さんと呼ばれたマリーと同じ顔の少女は黙っている。不服そうなのが見て取れる。
「……同意を得なきゃいけないのよ。襲えば話は早いけど……」
襲うと言葉にマリーがぎょっとする。が、彼女の言葉は続く。
「手荒なまねはしたくないし、色々面倒なことが起きると思うわよ。監視されながら行為に及びたくないし、私も……恐らく彼女も」
おめでたい二色の巫女がマリーに視線を移す。
「……分かったわ。迎えは明後日の零時でいいわね」
「まあ、それくらい時間があれば何とかなるかしら」
「ちょっと、何勝手に決めてるのよ」
空間の間隙から現れた二人はマリーを置いて勝手に話を進め、マリーが話の間に割って入る。
「前にも行ったはずよ。貴方に選択権はないの。従いなさい、彼女に」
ドレスの少女が冷めた目でマリーを一瞥し、「それじゃあ」と短い言葉を吐き消えてしまった。
部屋に残ったのは巫女服の女とマリーの二人。
彼女はマリーを見ると、自分の名前を言い、マリーの名前を聞いた。
「マエリベリー・ハーン、よ。マリーでいいわ」
名前が分からなければ、話しづらいと思い名前を告げる。
「変わった名前なのね」
「……変わったって?」
マリーはいぶかしげに相手を見る。
「横文字の名前なんて、人間では初めてだもの……それに八雲姓だと思ったていたの」
「八雲……それがあの女の名前なの?」
巫女衣装の女が頷いた。
「彼女は八雲紫」
「……八雲紫」
マリーは名前を反芻する。
始めて聞く名だった。親戚でも八雲姓はいない。
記憶を探るマリーに巫女は話しかける。
「私も紫さんも、こことは別の隔離された世界に住んでいるの……幻想郷って言われているんだけど」
「……幻想郷」
この言葉もマリーには聞き覚えがなかった。
「こちらの事情を、貴女にお願いしたい事を説明するわ」
彼女はそう言うとマリーの自分の事を話し始めた。
◇◆◆◆◇
彼女の為にゲストアカウントを使い、マリーは操作方法を説明する。
「……こうやって分からない所はタップすれば、読みや意味、詳細のリンクが出るから……これだけ覚えれば、私なしでも自由に調べる事が出来るわ」
「ありがとう」
マリーの言葉に感謝を返すと、巫女は半透明のウィンドウを真剣な目で見つめ始めた。
その様子を暫く眺めると、マリーも自分の勉強の為に端末ウィンドウを立ち上げる。
電子ノートを広げる、問題文を読み回答を書く。
解説を見ながら、マリーは彼女の話を振り返る。
外の世界から隔離された世界――幻想郷。
人。
鬼。
妖怪。
霊。
人と人外が住む世界。
特殊な血筋、そしてその維持、その為の来訪。
それがどこまで本当なのか、あるいは全てを話しているのかマリーには分からないし確認する手立てもない。
自身が妊娠、出産する側ではなかったことにマリーが安堵したが――
「……だからといって貴女の一族だけに押し付けられるのはおかしいわ」
「私もそう思う……だけど、もうどうしようもないの。彼女を説得できるだけの代替案なんて思いつかないし……」
表情を曇らせながら、黒髪の巫女は言葉を続ける。
「それでこっちの世界の事を知りたいの。何か役に立つ事があるかもしれないから」
彼女の訴えを聞き、マリーは考えた。
過去や未来に行き、事実の改変を行う。あるいは異世界に飛び、現実世界にはない技術を持ち帰る。その事により騒動やトラブルが拡大する。娯楽小説や動画にそう言った話がいくつかある。
彼女に協力することが正しいのか、それとも間違いなのか、マリーは分からない。
が、協力せざるを得ない状況だ。
こんな事に何度も付き合いたくはない。
近親交配があまりいいことではないことは彼女も知っていた。
近親交配は劣性遺伝子を受け継ぐ可能性が高い。
遺伝子と言えば――
マリーはさらに思い出す。
彼女の仲間が死んだ原因は、妖怪の血が混じった事による遺伝子異常だと彼女は考えている。
輸血の際、異なる血を入れれば凝集や溶血が起こる。
妖怪の血はそんな事は起こらないのか? そもそも妖怪とはなんぞやといった疑問にぶつかる。
マリーには分からないことだが――隔世遺伝といっただろうか。何世代も後に発現する遺伝現象。
それに対しての予防薬は存在する。
試験管ベイビーなどと言われた、体外受精で子供をつくる方法。
遺伝子操作などを目的として、非合法に濫造された。
宗教戦争、内紛、国際紛争。そう言った混乱に乗じて、何万何十万という子供がつくられ、ばらまかれた。
体外受精で生まれた子供の多くは遺伝子異常を抱えており、また隔世遺伝による障害や病気などが問題化した。
現在、この問題はほとんど解決している。薬が開発されているからだ。
その薬は重篤な障害や病に対する耐性をつける事が出来ることが分かり、遺伝子のすり替えが行われる予防接種といった形で幼児の頃に接種される。
それに対する反対運動は今でもあるが――
考えすぎて問題文が頭に入らない。ゆえに回答も出来ない。
彼女の世界も、自分の世界もあまり大差はないのかもしれないとマリーは思う。
今も各地で武力行使による戦争が起こっている。理由は様々だが――
この国も核の保有についてもたびたび議論される。
この国は核を持たない。代わりに強力な軍事国を同盟にしていることで、抑止力が働いている。
なんだか歴史の勉強をしているみたいだとマリーは思い、頭を振り目の前の問題を解くことに集中した。
アナログな壁時計を見ると時刻は既に零時を過ぎていた。
そろそろ寝る時間。
「そろそろ私の方は寝るんだけど。貴女は……」
マリーは顔を上げ、巫女に聞く。
「許してもらえるなら、まだ読んでいたいんだけど」
「いえ、とりあえず貴女の寝る所を準備しないと」
「別に私は寝なくても大丈夫だから」
「でも、電気も消すし」
「それなら大丈夫」
彼女は右手を上げ、掌を開く――何もないそこに、一枚の紙切れが現れた。
その紙は白い光を放っている。
「貴女、凄い事出来るのね」
「私には天井に付いている照明の方が凄いけど」
そういえば、浴室やトイレなどを案内した時、ずいぶんと驚いていた。
「あんまり無理はしないでね。それと――」
「大丈夫。外には出ないから」
外には防犯用カメラがついている。カメラに視認されれば、色々と問題が出てくる。
その辺は大丈夫だろうと、まあ考えすぎてもどうしようもないとマリーは考えた。
「それじゃあ、おやすみ」
「お休みなさい」
マリーは挨拶をして、布団を被る。
布団に入れば、すぐに寝てしまうマリーだったがなかなか寝付けなかった。
彼女が大きく動くような動作音は聞こえなかった。
◇◆◆◆◇
「んっ」
午前六時を少し過ぎ、マリーは目を覚ました。
「お早う……」
部屋の主が起きたことに気付いた彼女が声を掛け、続けて
「きちんと眠れた?」
心配そうな表情をして
「ええ」短く言葉を返し、金髪を撫でる。
「いつも通りよ」
「そう。よかった」
ベッドから体を起こし、マリーは立ち上がった。
「着替えと朝食の準備をしてくるわ。出来たら呼ぶけど」
「え?」
「丸一日何も食べないつもり? 貴女<寝てもいないんでしょう?」
「……いいの?」
「別に一人分ぐらいなんて事ないわ」
「……それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
朝食はパンとスクランブルエッグとベーコン、サラダ。飲み物はブラックコーヒー。
二十畳のリビングキッチン。
四角いテーブルにマリーと巫女は向かい合う形で座っていた。
二人の間には半透明のスクリーンが、オートで今朝のニュースを文字と写真で流し続けている。
「あの、これ……」
彼女は恐る恐る金髪の少女に尋ねる。
「何?」
「これは、何ですか?」
彼女が指さしているのはコップ。
「コーヒーよ。そっちの世界ではないの?」
「はい、飲み物ですか? 何か泥水みたいな……ああ、いえ……」
声が小さくなっていく。
「あの……お茶とか、ありませんか?」
彼女は申し訳なさそうにマリーに尋ねた。
「今はないわね。お茶はほとんど飲まないの」
「……そうですか」
巫女は肩を落とす。そして、まじまじとコップを見つめる。その様子をマリーはコーヒーを飲みながら眺めている。
彼女はしばし睨みつけ、両手でコップを掴み、恐る恐る口をつけた。
「っ苦い」
声を上げ、巫女は顔をしかめる。
どこか子供っぽい表情にマリーはくすりと笑った。
「苦いのは苦手? ブラックが会わないんだったら、ミルクと砂糖を入れてあげるわよ」
「うぅ、お願いします」
マリーは冷蔵庫からミルクを、戸棚から砂糖箱を、スプーンを二本取ってテーブルに戻る。
「これで、自分で調整して」
「ありがとう」
コップの縁近くまでミルクを入れ、砂糖をスプーンで十杯ほど入れ、かき混ぜる。
それでも彼女はこわごわと一口、ちびりと飲んだ。
「これなら、飲める」
「そう、良かった」
「平気なの? マリーは」
「ええ。甘い飲み物はあんまり飲まないの」
「これ、何のことだか分かる?」
食べ終えた食器を食洗機に入れ終えたマリーに巫女が声を掛ける。
タオルで手を拭き、マリーはスクリーンを見た。
「デジタルゲームのイベントみたいね」
「デジタルゲーム……」
「まぁ、知らないのも当然か……ちょっと待って、先にお茶を注文しとくわ」
「別に……無理しなくても……」
「大した額じゃないし、気にしないで」
イヤリングからのウィンドウを呼び出し、お茶と炭酸飲料を注文した。到着時間は一時間ほどだ。
「私の知識も……までくらいだけど……ええっと」
巫女の隣に座り、マリーはウィンドウを操作する。
RPG、STG、SLG、ADV、PZLなど多種のゲームを、簡単に動画を見ながら説明する。
その過程で、車や飛行機や種々のスポーツについても説明した。
その間に注文した飲料が届く。
初めての炭酸飲料に巫女は驚く彼女を見ながらマリーは話を続けた。
時間はあっという間に過ぎ午前十時、二人はマリーの部屋で昨日の続きをする。
十二時の昼食をはさんで二人の勉学は続き、午後七時の夕食を食べ終えた。
八時前、マリーが先に風呂に入り、寝間着ではなくバスローブを体に巻き付ける。
次いで、黒髪の巫女が入る。
マリーは落ち着かない心を、時計を眺めながら静め――
ゆっくりと部屋の扉が開いた。
彼女もまたバスローブを体に巻いただけ。
「――――」
彼女の声がどこか遠くから聞こえたように感じた。
マリーは立ち上がり――
そして、女二人の夜伽が始まった。
◇◆◆◆◇
「これで、痕跡は消えたわ」
約束の零時まで後三十分、二人の体液が染み込んだ複製された布団とベッドがお札に吸い込まれるように消え、それはキッチンの換気扇の下で燃やされた。
情交の証拠が消え、マリーは汗を流す為にシャワーを浴びに浴室に入った。
シャワーの飛沫が、肌に纏わり付いた汗を、体液を流していく。
マリーの視線は自然と自身の股間へと写る。
そこには男性の生殖器はもうついてはいない。少女特有のなだらかな体の稜線が続くだけ――
激しい情交の運動のせいで体がだるかった。
シャワーの水音が響く中、マリーは情交のことを思い出す。
モデルとも思える巫女の綺麗な体。
肉感的な体。
ほどよく膨らんだ胸。
細い腰。
そして――
汗で肌に張り付く黒髪。
彼女の顔。
彼女の声。
彼女の表情。
濡れた瞳。
濡れた声。
彼女の表情。
彼女の表情。
彼女の表情。
それが、マリーに一つの疑念を抱かせた。
招きに着替えたマリーは部屋の扉を開ける。
彼女は変わりなく座っている。背中を向けて――
「私はあの人の代わり?」
聞いても自身が不快になるだけの問いかけをする。
ストレートに、わかりづらく聞いてみる。
彼女は何も言わない。
微動だにしない。
自分の考えが正しいのだとマリーは確信する。
「貴女にも都合が良かったのね」
冷たい言い放つ。
そういえば、マリーは思い返す。
処女を散らした初めての男。
ただ童貞を卒業したいが為だけに自分に近づいた。
相手は誰でも良かった、と。
マリーはベッドに腰掛ける。
相手の表情は見えない。
「結局、私は……」
「そんな事はないわ」
マリーの言葉を遮り、巫女は言った。
「ごめんなさい。こんな事今更言える立場じゃないけど……自分を粗末にしないで。いつか貴女の前に大事な……」
「迎えに来たわ」
巫女の言葉を遮る声が、聞こえた。
巫女とは反対の位置で空間が裂けて、八雲紫が立っていた。
「すべき事は……」
「大丈夫。いつでも戻れるわ」
俯き、巫女が言葉を返し、八雲紫の方へと歩いて行く。
「……」
巫女は小さく言葉を呟いたが、マリーにその声は届かなかった。
裂け目に二人は消え、部屋にマリーだけが残った。
マリーはベッドに横になり、目を閉じる。
時計は零時を過ぎた。
いつもの、寝る時刻。
瞼を閉じる。
クーラーの音が大きく聞こえる。
微かに巫女の残り香が香る。
抱き合ってもいないベッド。
そこに身を埋め、マリーはただゆっくりと眠りを待った。
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二人の周りを無数の面が舞う。