終わる幻想郷-Last Word-   作:くけい

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【魔理沙の見た夢】

 

 

「行ってきま-す」

 

 私は両親に挨拶し、玄関へと走る。

 ワンピースの上に撥水性の高い葉で造られた上着をはおり、木製の扉を開ける。

 外は雨が降っていた。

 ここ最近ずっと雨が降り続いている。

 土砂降りというわけでもなく、小雨というわけでもなく、その中間といった感じだ。

 私は空を見上げる。

 灰色の城壁に灰色の空。二つの境界は曖昧だ。

 この町には城壁が二つある。上から見れば、二重丸の形になっている。

 今私がいる場所が二つの城壁に囲われた住居エリア。

 円の中心エリアはこの町の偉い人の住みかと、町の大人達が仕事をする場所になる。両親も仕事のために、ここに向かう。

 私が遊びに出かけた後、両親は城壁内へと向かう。

 今日は私が寝坊してしまったので、両親もすぐに仕事に向かうだろう。

 雨粒が目の近くに当たり、顔をもどす。

 止まない雨。

 そのせいか最近、大人達は荒神様がお怒りになっているのではないかと噂をしていた。

 荒神。

 かつては神と呼ばれていたらしいが……

 この町以外は荒神の逆鱗に触れ、滅んでしまったと言われている。その為、大きな変化が起きないよう、淡々と代わり映えのない毎日を人々は送っている。

 私の生活も大した変化はない。中心を挟んで家の反対側にある図書館に行くか、借りた本を家で読むかの二択。

 しかし、寝坊したときは違う。

 私は彼女に会いに行く。

 地面には茶色い水溜まりがあちこちにでき、雨粒が波紋を立てている。

 震える水池を避けながら歩いて行くと、彼女の姿を見つけた。

 彼女はいつも――といっても数回程度しか会っていない――のように傷だらけの木製の荷車を押している。

 ほとんどいつも通りの姿。違うのは私と同じ雨具を着用している事だ。

 私と年と身長もそう変わらない少女。

 

「おーい」と私は声をかける。

 その声に彼女は立ち止まり、「……何、また来たの」と、いつものように無愛想に言うと思っていたのだが、彼女は無言でこちらをちらりと見るだけだった。

 相変わらずの少し冷ややかな視線を気にせず、彼女に近づくのだが、少し様子が違う。

 

「? どうしたんだ?」と私は聞いた。いつもと違い、少し猫背気味だ。

 

「別に……」

 

 素っ気なく小さく呟いた彼女の顔を覗き込む。

 吐く息がどこか熱っぽい。

 綺麗な顔がどこかくすんで見える。

 

「体調が悪いのか? 今日は休んだ方が良いんじゃないか?」

「そんな事は出来ない」

 

 きっぱりと彼女は言う。

 

「仕事はきちんとしないと――」

「そりゃあ、そうなんだろうけどさぁ……」

 

 私の言葉を聞かず、少女は町の外へと通じる門の方へとゆっくりと歩いて行く。遅れて、私も彼女に付いて歩く。

 荷車の上にのった三つの蓋付きの桶がカタカタと揺れる。

 本来、子供が仕事――働く事はない。代わりに子供の両親が働いている。それがこの町の義務である。

 大人達は働き、その対価としてこの町を収めている者から、生活のための食事を、食材をもらう。

 しかし、例外として親のいない子供は働かないといけない。

 彼女はその一人だった――といっても彼女以外働いている子供を見た事がない。

 鈍く力ない足取りで彼女は歩いて行く。

 閉じられたところを見た事がない大きな門戸を抜け、塀の外に出る。

 外はのっぺりとした大地が続く。

 門は東西南北に各一カ所にあり、私達が通ったのは東の門になる。

 ここから彼女は反時計回りの北東、北西、南西、南東の順に四カ所に置かれた邪神の像の供物を新しい物に交換していく。

 城壁の外のすぐ側にある小さな建物を見て、ふと思いつく。

 彼女から離れ、足早にそこに向かう。

 それは、この門番の為の休憩小屋だった。今はもう使われていない。必要がなくなったからだ。

 入り口のドアノブを捻る。難なく回りドアが開いた。

 私は部屋の中をのぞき込み、そして「おーい、こっちこっち」と少女を手招きした。

 荷車を引きつつ、少女は気怠げに私の元へ歩いてきた。

 

「……何なの……」

「ほら、中を見てみな。綺麗だろう」

 

 少女の小さい手を引っ張り、中へと入る。

 薄暗い部屋の中は狭いが、綺麗だった。埃っぽさはほとんどない。小さなテーブルと椅子、そして簡素な木製ベッドが一台。あるのはそれだけだった。奥に扉が一つあるが、恐らくトイレだろう。

 

「お前はここでしばらく休んでろ。仕事は私が代わりにやっといてやるからさ」

「そんな事できないわ」

「あれの供物を交換するだけだろ。やり方は私も知ってるんだし、誰がやってもいいだろ」

「ダメ」

 

 彼女は私を手で制し、先に外に出ようとした――が、平らな木床で少女は足をもつれさせ 派手に転んだ。

 

「うぅ」

「ほら見ろ。そんなんじゃあ、途中で倒れるぞ」

 

 手を貸し、彼女を起こす。顔を見ると目に涙を溜めている。

 

「……でも……」

「古いワインとパンの交換。コップと皿は洗う事。それだけだろう」

「……うん……」

 

 私は彼女の雨具を脱がし、椅子にかける。色あせたボロボロのワンピースが露わになった。

 彼女をベッドに腰掛けさせ、少女の痛んだ長靴を脱がす。

 

「終わったら、ここに戻ってくるから。それまでここで休んでろよ」

 

 ベッドに寝かしつけ、そう言うと彼女は小さくこくりと頷いた。

 静かに扉を閉め、外に出る。

 ぬかるんだ地面に足を取られつつも、私は荷車を引く。

 しばらく歩き、北東の像の元にたどり着いた。

 女性とも少女とも邪像の姿。

 その像の足元近くには供物台がある。風雨を避けるため屋根付きの小さな囲いで覆われている。

 私はその観音扉を開ける。中には石造りの供物台とその上にお酒の入った酒器、小さなパンを乗せた小皿が置いてある。

 酒器とパンを取り、空の桶にそれを入れる。続いて、水と小さな柄杓の入った桶で、酒器と小皿を洗う。

 三つ目の桶から布切れを取り、水気を拭き取り酒瓶からお酒を、麻袋に入ったパンをそれぞれ献上し、最後に扉を閉める。

 これで終わり。残りは三カ所。

 私は城壁に沿って歩き、北西の像にたどり着き、また城壁に沿って南西の像のところまで歩いて行く。

 途中風が強くなり、頭を覆うフードがまくれ上がる。

 濡れた髪が頬に張り付く。フードをなおし、私は目的の場所に向かって歩く。

 それから私は数時間――多分、彼女の時とそう変わらない――かけて、東の門へとたどり着いた。

 特に何のトラブルもなかった。

 洗浄用の水が少なくなった事、お酒がなくなった事もあり、荷車を引くのも最初に比べて楽になっていた。

 

「終わったぜ」

 

 そう言って私は、休憩小屋の扉を開けた。返事がない。見ると彼女は寝ていた。

 

「おい、もう終わったぜ。帰ろう」

 

 少女の体を揺り動かす。

 

「ぅ……ごめんなさい」

 

 重い瞼を上げ、少女は言った。

 

「別に気にする事はないさ。これを返しに行ったら休めるんだろう?」

「……うん」

 

 体を起こし、少女は頷いた。

 雨具を着、二人で外に出る。

 

「あの……何か変わった事はなかった?」

 

 少女は軽くなった荷車を押しながら私に聞いた。

 

「いいや。いつもと変わらなかったよ」

「……そう」

「しかし、なんでこんな事毎日しなきゃあいけないんだろうなぁ」

「……多分悪い事が起こらないように……だと思う」

「悪い事ねぇ……」

「皆、あの人が怖いのかも……」

「そんなもんなのかなぁ……」

 

 話をしていると、彼女の家の近くまで来ていた。

 

「あの……ここで別れましょう」

「ああ、そうだな。気をつけてな」

「うん。今日はありがとう」

 

 私はそこで彼女と別れ、もうあまり時間もないが図書館へと向かった。

 青髪の女性――図書館長に挨拶を返し、中に入る。

 いつものように白髪の少年と茶髪の少女、紫髪の少女が本を読んでいた。

 挨拶と少しのおしゃべりをする。

 遅れてきた理由、彼女の事――体調が悪い事は隠して――などを話し、その日はほとんど本を読む事なく家に帰った。

 

 

 人のいない、降り続く雨の中、私は家に帰った。

 両親はまだ帰ってきてはいない。

 しばらく図書館で借りている本を読んでいると母が帰ってきた。

 私はお帰り、と挨拶をする。

 母は配給されたパンを切る分けるために台所に向かう。

 私は棚から皿を出していると、父が鍋を持って戻ってきた。

 

「今日はお前が好きなキノコシチューだ」

「おおー」

 

 私は感嘆の声を上げたが、「今日はずいぶんと賑やかでしたね」と、母が言い、「なんでも、背反行為があったらしい……」と、父が返した。

 

 その言葉にドキリとする。

 

「それって、誰の事?」

「そこまではわからないよ。直接は見ていないし……人だかりができていたしなぁ」

 

 胸騒ぎがした。

 

「私、見てくる」

 

 親が止める声を背後に聞きながら、雨着をつけず外へ出る。

 場所は分かる。二重円の中心だ。

 家の近く――南東の門へと一直線に走る。

 雨脚が強くなっている気がする。

 踏みつけた水溜まりから泥水が跳ねた。

 

 

 城門の前で人だかりができていた。こんなに大勢の人を見たのは初めてかもしれない。

 

「誰がやった? 隠しても為にならんぞ」

 

 喧囂な声の中、その声だけがいやに響いた。

 

「――――」

 

 少女の声が微かに聞こえた。

 

「私がやった。私が代わりにやったんだ」

 

 そう言いながら、群集の中をかき分けて進む――と、誰かに腕を掴まれた。

 

「こいつだ」

 

 そう言い、一人の男が私を前へと引っ張った。

 開けた場所に出る。

 少女を中心に人が退いている。

 少女の近くに一人の男が立っていた。父とそう変わらない歳のように見える。

 

「どうして――」

 

 彼女は私を見て、戦慄く。

 少女は泥濘に膝をつけていた。雨着は破れ、服も顔も泥で汚れていた。

 泥まみれのパンとひっくり返った鍋、ぶちまけられた中身が茶色の地面を白く染めている。

 

「そのガキだ。髪の色が同じだ」

 

 少女の側に立っていた男が、私を睨みつけてそう言った。

 

「一瞬だったが、間違いない」

 

 フードが脱げたところを見られたのだろうか?

 あの時の周囲に人の姿はなかった。

 だとするなら、城壁の上から見たのだろうか?

 

「離せ。別に私がやっても変わらないだろ」

 

 掴んでいる腕をぎゅうっとつねる。男が悲鳴を上げ、私は解放される。

 

「誰がやっても一緒だろ。大人だって子供の分の仕事を代わりにしているんだろ」

「それと一緒と言う話しじゃない。アレは特別なしきたりだ」

 

 呪詛めいたぼそぼそとした声。

 取り囲む大人達の視線が痛い。

 

「私が彼女に頼みました。だから、その子に酷い事しないで」

 

 少女が悲痛な声で言った。

 

「そんな事はしないさ。正直に話せばな」

 

 男が少女に向き直り、言う。

 

「いつからだ」

「……えっ」

 

 意外な事を聞かれ、少女は当惑した声を漏らす。

 

「いつから、彼女にやらせたんだ」

「そんな事……今日だけです」

「嘘をつけ。ならどうしてこんなに雨が続いている。これほど長く降り続いく雨は今まで、いや何百年も起こってはいないんだぞ」

 

 男は怒鳴った。

 

「そんな事……分かりません。私はただ……」

「私が代わりにやったのは、今日だけだ」と、私は少女への糾弾を止めるように言う。

「お前には聞いていない」と、男は私を睨み返す。

「本当の事を言え」

「あぐっ」

 

 少女の背中を男が踏みつけ、彼女は悲鳴を上げる。

 

「いつからこんな事を始めた? 正直に答えろ」

「やめろ」

 

 男の問い詰めに、私は叫ぶ。

 どうして、こうなった?

 私が悪いのか?

 私が代わりにやらなければ、彼女は途中で倒れていたかもしれない。

 私は悪くない。

 なら、大人が悪いのか?

 邪神に怯える大人が悪いのか?

 いや、邪神が悪いのか?

 それとも、邪神が存在するこの”世界”が悪いのか?

 

「答え――」

 

 ――と、男の声を遮るように眩い閃光と共に雷が落ちた。

 そして、雷鳴が雨音に混じって響く。

 霹靂は一つだけではない。

 雷は次々と町のあちこちに落ちる。

 火の手が上がる。

 近くの民家に落ちたようだった。

 雷鳴は続く。

 遠くで、人に落ちたという声も聞こえた。

 周囲の大人達が逃げ惑う。

 

「おい、逃げるぞ」

 

 私は倒れている少女に向かって叫ぶ。

 逃げるってどこに?

 この町、この”世界”のどこに逃場が存在するのか。

 そんな思考が一瞬頭をよぎる。

 私は彼女の元へ駆け寄る――が、人の波に左肩を強く押され、私は泥濘に尻もちをついた。

 泥水の冷たさにお尻がやりとする――が、その冷たさよりも人の下敷きになるのを恐れ、私は手で頭を覆い縮こまる。

 この雷は邪神によるものなのか?

「痛っ」脇腹に衝撃が走った。続いて、背中に衝撃。誰かが私に躓いてこけたようだった。

 その痛みと泥水の冷たさに耐え、縮み上がる。

 大人達の喧騒と泥濘を叩く足音は止まない。

 その中に彼女の悲鳴が聞こえた気がした。

 やがて、人の声、湿った足音が遠ざかり――周りに人がいなくなったのを確認し、痛みを堪え、立ち上がる。

 町のあちこちで火の手が上がり、灰色の世界を赤く、黒く染めている。

 悲鳴があちこちで聞こえた。

 

「――大丈夫か?」

 

 私は彼女を探す――必要がないほどに近くに少女はいた。

 手を伸ばせば届きそうなほど近くに。

 まるで床に転がった操り人形のようだった。

 仰向けに倒れた体。

 あちこちが泥で汚れ、投げだされた手足が異様な方向に曲がっている。

 彼女は既に事切れていた。

 動かない瞼。

 鼻からは緋色の筋が流れ、彼女の顔を少しばかり浸している泥水が着色していた。

 

「……なんで……どうして……」

 

 体から力が抜け、膝が折れる。

 町は燃えている。

 立ち上る炎は天から降り注ぐ雨で消火されることもなく、燃え続ける。

 

「――――――――――」

 

 私は叫んだ。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 悲鳴を上げ、霧雨魔理沙は体を起こした。

 見覚えのない部屋。

 そこは自宅の寝室ではなく、永遠亭の一室だった。




NEXT EPISODE 【7月27日(3)】
オレンジ色の巨大なレーザーが地を削り人里をかすめていった。
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