終わる幻想郷-Last Word-   作:くけい

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【7月27日(3)】

【7月27日(3)】

 

 

「……そろそろ始めるか」

 

 幻想郷の空に浮かぶ大型船――聖輦船は幻想郷中心の位置する魔法の森のほぼ中心で停止した。船首は三時方向、人里および博麗神社の方を向いている。甲板には三人の人影があった。

 

「まずは、厄介そうな能力のいる紅魔館かしら」

「まあ、そうだね」

 

 聖輦船の舵取り役――村紗水蜜の問いかけに、寅丸星が応えた。

 ナズーリンは聖輦船の小縁に凭れ、興味なさげにぼんやりと二人の様子を眺めていた。二人がこれから行う事に関心がなかった。

 こんな馬鹿な復讐劇など止めて、さっさと、魔界のゲートを開き、聖白蓮を助けに生きたかった。しかし、二人はそれよりも、人間に対する復讐が先だと言った。

 無理もない――

 千年前、人と妖怪のバランスが崩れて行く最中、聖は人と妖怪の平等を訴えた。それが、里の人間の逆鱗に触れ、迫害を受ける。そして、里を追い出され、里の側にあった朽ちたお堂で暮らし始めた。このまま、何もなければ良かったのだが、そうはならなかった。

 里の人間は聖がいつか里を襲うのではないかと考え始め、当時妖怪退治も行っていた博麗神社に聖の退治を要請した。一介の僧侶にしかすぎない彼女を退治する訳にもいかず、彼女の住むお堂で話し合いの場が持たれた。

 その場にいたのは聖と妖怪四人、博麗の神主と巫女、三名の里人。話し合いは平行線。

 そこに妖怪に家族を殺された親族が乱入し、聖をかばった村紗水蜜の胸に鉈が突き刺さった。反撃したのは寅丸星だった。星の矛が襲撃者の胸を貫き、死亡した。

 血塗れのお堂は最早話し合いの場ではなくなった。三名の里人が聖に襲いかかる。

 もしかしたら、聖白蓮が女性だったことも影響していたのかもしれない。聖は抵抗せず、ただ訴える。彼女の服に手がかかり、神主、巫女が止めるよりも早く寅丸星が動いた。矛が更に三人の血で染まる。鮮血シャワーを間近で見、卒倒する一輪。星は聖の制止の声を聞かず、神主と巫女に襲いかかる。悲鳴を聞き、駆けつけ人が集まった。

 胸から血を流す村紗水蜜。

 血塗れの矛を持つ寅丸星。

 間近で血を浴びた聖白蓮。

 床に転がった四つの亡骸。

 もはや後には引けないと悟った聖は戦う事を余儀なくされる。

 しかし、ナズーリンら四人に比べ、戦い慣れしていない(ナズーリンもどちかかとういと戦いは苦手。ダウジングロッドしか持ってない)聖は魔力の消耗は激しい。

 数時間の戦闘の末、白蓮は魔界へのゲートを開き、魔力の補充をしようとするも、魔界側にその身を押され、そのまま博麗神主によって門を封じ込められてしまった。

 聖白蓮が魔界に封じられた後は呆気なく、四人は調伏される。

 その後、その時負った傷のせいなのか、博麗神社の神主が亡くなった。

 敗走後の数年、村紗水蜜は凶器に塗られていた毒に苦しめられる。人よりも強靱な肉体であっても、だ。彼女の傷痕もすぐに消えなかった。

 一輪は何も言わず、姿を消した。

 ナズーリンはお堂から離れ水蜜の看病をし、星は報復の為、たびたび博麗神社に単身乗り込んでいた。

 しかし、毎度敗北を喫していたそうだ。

 寅丸は傷を癒やす為、あるいは聖白蓮が戻ってきたときの為に現在のお堂に住んでいる。

 村紗水蜜の傷が治り、聖白蓮を中心に集まった四人はバラバラになった。

 嘆息し、ナズーリンは霧の湖の方を見る。そこにある紅魔館。

 巷にばら撒かれた新聞に、あの館に住むメイドの能力が書かれていた。

 十六夜咲夜。時を止める能力。

 紅魔館の主人である吸血鬼――レミリア・スカーレット。運命を操る能力。漠然とした不明瞭な能力だ。

 聖輦船のメイン武器――宝塔のレーザー砲は連続では撃てない。

 聖輦船を無力化するとしたら、チャージ時間に攻め込まれる、あるいは四方八方から同時に攻められる事だ。船の乗組員は数名いるので、多少は対処できるが――

 止められた時間の仲では誰もが無力。そのメイドを赤白の巫女が打ち負かしたのだから、恐らくは止められる時間はそう長くはない。

 つまりは遠距離攻撃が有効だという事――誰にでも当てはまりそうだが、また主人の吸血鬼は昼間の行動がかなり限定される。

 里及び博麗神社を襲い、その間にメイドに攻め込まれる。

 それを避けたいのが、紅魔館を先に潰す理由らしい。

 本命は博麗神社、博麗の巫女だ。ついでに言えば、聖白蓮を迫害した里の人間共も、だ。人と妖怪の平等を歌った途端に掌を返した人間達。そう水蜜と星は考えている。

 白蓮が知ったら、憤激するだろうが。

 

「怒られても、私は知らないから……」

 

 ナズーリンは小さく呟く――と、「ちゅうちゅうっ」

 鼠が鳴く声が背後から聞こえる。

 見ると、尻尾の籠の中にいる子が、面を囓っていた。

 

「こらっ、そのお面は後で返すんだから、囓ったらダメでしょっ!」

 

 ナズーリンは小さな声で、子鼠を叱る。

 

「っちゅぅぅ」と小さな声が返ってきた。

 言ったものの――と、ナズーリンは考える。

 果たして、本当に返却可能なのだろうか?

 あの町は無くなるのではないか?

 ――と、船首から数メートル後方にある宝塔台座が火を噴いた。

 眩い閃光が紅魔館を襲う。

 

「私は知~らないっと」

 

 何処吹く風といった調子でナズーリンは囁き、船内に入っていった。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 防御結界が、十度目の熱衝撃波を弾く。

 美鈴は額の汗を拭う。

 空船の初撃以降、紅魔館への被害はほとんどない――が、周囲の地面はかなりえぐれ、先刻までとの景色はかなり異なっていた。

 美鈴の前に広がる風景。

 消し飛んだ白霧。半身が消し飛んだ木々と燻る煙。普段はここから見る事ができない霧の湖の漣。堂々と空に佇む船。

 

「全く、肝心の霊夢さんは何をしているんだか……」

 

 美鈴は事も無げに愚痴る。

 異変を解決することが博麗の巫女の仕事。役割。そう周知されている。

 しかし、それは人に対して、だけなのかもしれない。

 美鈴の主人――レミリア・スカーレットの起こした異変に対して、彼女はすぐに紅魔館を訪れることはなかった。紅霧は大きく拡散してからだった。

 あのときの出来事で恨みを持つ仕業なのだろうか、と門番は考える。

 一人でこの状況を打破する事はできない。ただただ、主人の館を守るのみ――

 

「あと何発耐えられるか……」

 

 再び構えようとしたところ、「美鈴」と、 背中から自分を呼ぶメイドの声が聞こえた。顔を動かさず、視線だけで彼女の姿を確認する。

 

「地下へ逃げるわよ」

 

 ぐいっと、手を引っ張った。強引に引っ張る感じではない。合図といった感じ。

「ですけど……」と、門番は動かず否定しようとする。

 

「少し見ていたけれど、貴女一人で守り切れるものじゃないでしょう?」

「……」

「反撃しようにも距離が遠すぎるでしょ? お嬢様は陽が昇っている間は、多くの事はできないでしょうし……私は貴女のような事はできないし、私が打って出てもいいのだけれど……」

「それは……」

 

 美鈴は振り返り、咲夜の顔を見る。その表情は真剣。美鈴は視線を落とし、再びメイドの顔を見た。

 

「霊夢は一体何をしているのでしょうね? 別に誰かを相手にしているのか、それとも……随分と宣伝されているようだし――」

 

 美鈴が言葉を続けるよりも早く、咲夜がぼやくように呟いた。

 彼女の言う宣伝というのは、天狗のブン屋がばらまいている新聞の事だろう。

 博麗の巫女は、昔から妖怪退治をしてきていた。調伏された妖怪達は、噂話のように彼女らを話す。しかし、人は妖怪とは違い、寿命が短い。それゆえ、巫女個人の事はさして意味がなく、その強さだけが曖昧ながら、語られるのみだった。

 

「……それはできませんし、させませんよ。今は……ですが――

 

「好き勝手に蹂躙されるのは、癪だけど。貴女がいなくなる方が、困るのよ。家はまた建てればいいし――パチュリー様が後で復元してくれるわ……多分」

 

 後付けのような曖昧な言葉に、門番は不安を覚えるが咲夜の言葉は続く。

 

「地下の図書館は彼女にとって大事な場所だから、全力で守るでしょう。だから、あそこが一番安全な場所だと思うのよ」

「……分かりました。じゃあ、先にお嬢様の避難を……」

「それは心配いらないわ――今日も地下の図書館に籠もっているから」

 

 そういえば、と美鈴は思い出す。

 

「貴女が手入れした畑も庭もなくなるのは寂しいけれど、今は我慢して……」

「……分かりました。次の砲撃が終わったら、行きましょう――咲夜さんは、私の後ろに下がってて下さい」

 

 美鈴は前を見据え、構えの姿勢を取った。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 白い閃光が人形遣いを襲う。

 苦悶の表情を浮かべながら半身が消滅した巫女は、アリスの前へと飛び、片腕で一枚の護符を展開する。

 護符は三メートルほどの長さに伸張し、白い刃を飲み込んでいく。

 しかし、その衝撃は重く――

 

「くっ!」

 

 赤白の巫女は歯を食いしばり、閃光の勢いに耐える。

 護符が封じ込める許容量は、存在する。それを越えれば護符は消滅し、模糊の体は消し飛ぶ。

 白き光は、やがて細く収束して消滅した。

 

「あれっ、防がれちゃった」

 

 どこかわざとらしさを感じる口調で、霊烏路空が呟く。

 

「なんで、また貴女が……こんな」

 

 アリス・マーガトロイドは巫女の背後で戦慄く。

 

「あんたは、外に帰りなさい」

 

 紅白の巫女が、苛立ちげに呻く。

 

「そんな事出来るわけないでしょ! だって」

「自分の身も守れないあんたは邪魔なだけよ」

「っ!」

「嫌でも帰ってもらうわよ」

 

 巫女は今手にしている護符を懐に収め、別の護符を取り出す。それを放り出すかのように横に投げた。

 それは大きく広がり、もう一人の紅白の巫女が現れた。

 

「これは……」

「上、いえ外へ――アリスを連れて、博麗神社に行って――」

 

 現れた同じ顔を持つ少女に、紅白の巫女が急かすように話す。

 

「――貴女が何をすべきなのかは、そこで分かるわ」

「……分かったわ」

 

 欠損のない巫女は周囲を見渡し、少女の頼みを了解する。

 

「行くわよ」

「だけど……」

「――いいから早く――」

 

 巫女は強引に戸惑うアリスの腕を掴み、上へと飛んだ。《/blue》

 

 

「二人に増えた! 双子?」

「何言ってるの。本物じゃないって事よ……しかも二人共……」

 

 漆黒の翼を持つペットの言葉をさとりは否定する。

 

「馬鹿にしてるつもり? 分身で十分って事かしら?」

「こっちはあんたたちと違って暇じゃないの。体がいくつあっても足りやしないのよ」

 

 光弾を放つ妖怪に護符をなげ、巫女は言い放つ。

 

「随分と生意気言うわね……半死人の貴女一人で、私達五人に勝てる自信でもあるのかしら?」

 

 古明地さとりはくすりと笑みを浮かべ、言い返す。

 

「まったく――先兵人形で私達を退けようだなんて、地底の妖怪は随分と舐められたものね」

「あの子がいると自分のペースで戦えないだけ――最初から私の足手まといなのよ」

 

 巫女は痛々しい笑みを浮かべる。

 

「さっさとあんたを殺して、あの二人も殺してやるわ」

 

 巫女の前で四人――恐らく、無意識という形で見えないもう一人と――が、一斉に行動を開始する。

 赤白の巫女は後方に飛びながら、残った片手で護符を投げる。

 黒い翼をはためかせ、霊烏路空は右手の砲身を巫女へと構える。砲身に充填されたエネルギーが白い光の刃となって博麗の巫女を襲う。

 巫女は左に飛びそれを躱す。巫女の上空左手方向にいた黒谷ヤマメは両手から白い何本もの糸を放射状に展開した。それをバックステップで避けようとしたが、左腕がぐいっと引っ張られた。

 

「捕まえた」

 

 その声は――

 古明地こいし。そこにいるであろう人物は巫女には見えなかった。

 こいしに気を取られ、赤い袴の左太腿近くに白い糸がべちゃりと着いた。糸が太腿を貫通することがなかった。しかし、付着した服がぶすぶすと煙を上げ始める。

 それを気にしている余裕はなかった。巫女の正面いる水橋パルスィはこちらに向けて腕をかざし、緑彩色の光弾を数発連続で放ってきた。

 こいしに絡め取られた以上はほとんど回避できない。残っている左手で、一枚の護符を顕現させ、瞬時に展開した。

 

「っひぁっ冷たいっ」

 

 悲鳴を上げ、緑色の髪の少女が姿を現した。

 巫女の周りにできた水の膜に下半身が浸かり、その冷たさに悲鳴を上げる。巫女は顔を二の腕付近に近づけると、こいしが握っている左手の袖の、腕に留めている赤い紐を噛み、引っ張った。紐は簡単にほどけた。左腕を分離した袖から抜き、こいしの顔面を殴りつける。少女の体は吹き飛ばされることなく、衝撃は水の膜で緩和される。

 水膜にたゆたうこいし。

 潰された鼻から漏れ出した血が、斑に溶け消える。

 博麗の巫女は体をひねり、光弾を躱す。が、完璧に躱すことはできなかった。衣装をえぐり、胸元をかすめた。水膜で、弾速が少し遅れたおかげだった。

 ついで、自由になった左手で、袴の紐を緩め脱ぎ捨てる。

 

「うぐっ」

 

 間に合わなかった。

 すでに糸は袴を溶かし、仮初めの皮膚を溶かし始めていた。作り物の太腿が煙を上げている。じくじくと焼かれる痛みが全身に走る。が、歯を食いしばり耐え、すぐに攻撃の準備にかかる。こんな連続攻撃何度も躱すなどできはしない。

 視界の端で、こいしが水の膜の外へ出るが見えた。

 同じ顔をした少女が言葉を交わす。

 

「こいし、大丈夫?」

「うん、大丈夫。でも、ちょっと……ちょっとだけ、痛い」

 

 台詞の語尾に怒りが混じっている。

 妖怪の強度は人間の比ではない。一発殴った程度では大したダメージはない。

 晒された乳房、剥き出しの下着。

 色気のないストリップを演じる赤白の巫女に、もはやこちらに勝利の軍配が上がったという感じで、四人は笑みを浮かべ――古明地さとりは少し怒りが混じっている――追撃の構えを取った。

 博麗の巫女も次の行動を取っている。

 黒髪の巫女は自身の周囲、水の膜の内側に無数の護符を顕現する。あらん限りの霊力をそれに注ぎ込む。

 護符の数は増え、それは巫女の体を覆うほどに増える。それを見て、ヤマメがさとりに言う。

 

「早く、こっちが攻撃した方が良くない?」

「そうね、でもまあ、最後の悪あがきって事で……」

 

 さとりが全てを言うよりも早く、変化があった。

 水の膜が内側から炸裂した。

 黒谷ヤマメ、水橋パルスィ、霊烏路空、古明地さとり、古明地こいしら五人を襲う弾けた水の膜はそれほどの脅威ではなかった。

 赤白の巫女との距離があったため、水の壁は彼らに接触する距離では単なる水しぶきだった。が、それに混じり、数多の護符が彼らに襲いかかる。

 

「ちっ」

 

 誰かが舌打ちをした。

 水に毒性はない。しかし、ヤマメの蜘蛛の糸は毒性をはらんでいる。巫女の服、皮膚を溶かしているのがその毒素の影響だ。だからこそ、彼らは無色透明のそれに必要以上の防御行動を行った。

 パルスィ、さとり、こいしの三人は片手で目を防御しつつ後方に飛び、巫女との距離を取る。

 ヤマメは簡単な糸の防御壁を作る。空はその場で砲身をかざし、目を防御する。

 髪や服、顔、腕が水に濡れる。そして、護符が服に付着した。

 自ら視界を制限したため、あるいは目を守る体制をとったため、護符を完全に防ぐことが出来なかった。

 空の体に十数枚の護符が張付いていた。砲身に服装、太腿や翼にまで――

 

「うわぁ」

 

 悲鳴を上げる空だったが、体には変化はなかった。

 

「あれ? 何ともないよ」

「もうそんなに力も残ってないって事ね。さっさと殺しましょう」

 

 主人――古明地さとりの言葉を受け、霊烏路空が巫女に向き直る。

 

「ちっ……うぐっ」

 

 巫女が忌々しげに舌打ちする。頭をたれ、霊力の消耗と激痛に呻く。垂れる前髪の隙間から敵を確認する。

 前方にいる四人の体の一部に護符はついている。早くしなければ剥がされてしまう。

 もう一人は後方左にいる。姿を確認するため、後方右に飛ぶ。古明地こいしの姿が映った。消えてはいなかった。彼女の体に護符が見えない。

 何とかしないと――

 左手に護符を顕現する。

 

「させないよ」

 

 白い光は放たれた。同時にヤマメとパルスィも動いている。左に跳躍し、空とヤマメの毒糸からは難を逃れたが、パルスィの光弾が直撃した。煙をあげていた太腿に辺り、足が胴体と切り離され、煮えたぎるマグマの底へと落ちていく。それだけではない。右わき腹の肉も光弾で抉り取られた。

 

「……まだよ」

 

 巫女は声を絞り出し、こいしに向かって護符を投げる。こいしは札を避けつつ、四人のほうへと移動している。

 

「まだ……私は、負けてなんかいない」

 

 叫び、こいしを追うように宙を蹴る。護符を投げる。

 

「お姉ちゃん」

 

 こいしは護符を避け、姉のほうに向かって手を伸ばし、宙を舞った。

 その手を姉の古明地さとりは手を伸ばして掴むと、くるりと一回りした。一周半したところで手が離された。その遠心力の勢いで、こいしは右の方に飛び、さとりはその反動で、左の方へと分かれて飛んだ。

 その時、巫女は翻す古明地こいしのスカートに護符が一枚張り付いているのが見えた。

 二人の軌道をあらかじめ読んでいたかのように、ヤマメ、パルスィはその姉妹の前まで移動していた。

 空が巫女に向かって砲を打つ。放たれた黒弾は巫女と空、二人の中間でピタリと止まる。それは瞬時に強力な引力を発生させる。

 その引力に大きく影響を受けたのが、近くにいる巫女と空。

 引っ張られまいと後方に飛ぶ巫女。

 その引力に身を任せ、前方へと跳躍する空。

 巫女へと迫るパルスィとヤマメの放った光弾の軌跡が曲げる。

 黒弾と黒鳥がぶつかる瞬間、黒鳥が黒弾を消す。

 引力がなくなり、バランスを崩す博麗の巫女。

 引力を利用した霊烏路空は、素早く巫女に肉薄する。

 右手の制御棒を構え、巫女の横を通り過ぎ――瞬間、右手を振り下ろす。

 空の砲身が巫女の後頭部を殴りつける。

 

「がっ」

 

 じゅっと髪が焦げる音。

 揺れる視界。

 揺さぶられる脳。

 気絶しそうになるのをこらえ、懐の護符を掴む。

 それを空の眼前に構えるよりも早く、彼女の砲身が、巫女の眼前にがちゃりの構えられていた。

 

「これで、貴女の負け」

 

 漆黒の鳥が笑う。

 笑顔で勝利宣言をする霊烏路空に、巫女は痛みを堪えつつも不気味に笑う。

 

「どうかしら? これがなんだか分かる?」

 

 残った四肢の一つ――左手の護符を空の眼前に晒した。

 

「あの光――あんたの力を封印した奴よ」

「? それがどうしたの……」

「鈍いのね、あんたは。説明して……」

「おくう、早く止めを刺しなさい」

 

 焦るさとりの声を聞き、空が眼前の敵に注視する。

 

「うん。分か――」

 

 時の流れが遅くなった。

 そう――巫女が感じただけ――

 それは、ただの錯覚で――

 終わりの時は、近い。

 空の頬から流れる透明な雫がゆっくりと流れる。

 それは、汗なのか、水膜のそれか――

 砲身が光る。

 巫女は思う。

 もしかしたら、アリスを正気にさせる方法が他にもあったのかもしれないと。

 あんな記憶を引っ張りださなくても良い方法が――

 でも、そうはならなかった。

 それは、私が――

 白き刃が巫女の頭を消し飛ばした。

 頭部を失った体は、その左手にあった護符の力が解放された。

 支えのなくなった護符は、膨らんだ風船の口を放した時のように、出鱈目に宙を舞う。

 巫女の体が消し飛んだ。

 

「うわぁあーっ」「きゃぁーっ」「ちょっと、嘘でしょっ」「お姉ちゃんっ」「こいしっ」

 

 口々に悲鳴が飛ぶ。

 地が揺れ、岩が砕ける。

 溶岩が弾け、破壊音が鳴り響く。

 白いエネルギー竜は地底の岩石を抉り、五人を飲み込む。

 全てを巻き込んだ光は、やがて天へと上った。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 人里は近く、その空に半透明の立方体が浮かんでいる。

 

「太子様、本当に良かったのですか?」

「何がです?」

 

 北の方へと飛び立っていった白髪少女を見送り、巫女の後ろを飛ぶ布都が神子に囁くような声で聞いた。

 

「防衛より攻撃にまわった方が……」

「数的有利はあちら側ですよ……最低でも“五人”はいます。甲板に二人、船内には恐らく……三人」

 

 神子は軽く持ち上げた耳当てから手を離し、元に戻した。

 

「あの調子では、相手は好戦的でしょうし……」

 

 一拍おいて、神子は言葉を続ける。

 

「まだ目覚めて……」

 

 先頭を飛ぶ巫女が立ち止まり、神子は言葉を止める。

 

「ここで別れましょう……できる限り、そっちにあまり面倒はかけないようにするつもりだけど……」

 

 紅白の巫女は神妙な面持ちで二人を見つめた。

 

 

 巫女と別れた豊聡耳神子と物部布都は、里に静かに降り立った。

 近くに人はいない。

 民家に挟まれた道は北と南に別れている。二人は人のいる北の方へと歩みを進める。

「木の建物が多いですね……」と、布都が感慨深げに言葉を漏らす。

「茅葺屋根ではないですし、しっかりとしていますね」

「そうですね。道も綺麗ですし、上から見た時から感じていましたが、かなり整然としていますね」

 

 里を囲う壁は綺麗な矩形で、その内部もまた道が縦横に連なっている。

 

「……しかし太子様、私達……すること、あるんでしょうか?」

「ないに越した事はないでしょう。

 

 話をしながら歩いていると、ちらほらと人が見えた。

 西の空を見ている者が多い――と、北の空で白い光の柱が立った。

 そして――

 眩い閃光、大地が削れる音とけたたましい破壊音――そして、強烈な突風が矢継ぎ早に展開される。

 

「ッ……」「痛っ」

 

 尸解仙の二人は砂塵混じる風を手でかばう。布都は烏帽子を、神子は耳当てをもう片方の手で押さえる。

 

「あの巫女っ……ぺっ、砂が――」

 

 布都が苦い顔をして、呟いた。

 

「あの巫女、全然役に立ってないじゃないか!」

「彼女を貶しても何も変わりませんよ。これ以上被害が出ない事を祈りましょう――布都、こちらは頼まれた通りに動きましょう」

 

 二人は走り出す。

 土煙舞う先に見えるのは瓦礫――

 あちこちで悲鳴が上がっていた。

 ――と、再び突風が二人の走る通りに吹き荒れた。

 神子と布都が身構える――と、

 

「きゃあっ」

 

 神子の近くを走っていた少女の悲鳴。

 突風でよろめいた茶髪の少女を神子がかばう。

 風が収まり、少女は「ありがとうございます」と神子にお辞儀をした。

 

「ええと……」

「私は豊聡耳神子といいます。彼女は物部布都、私の友人です」

「豊聡耳さん。一体、何が起きてるんですか?」

「私達には皆目……ただ……」

 

 少女は大事そうに風呂敷を抱えている。

 かなりの重さがあるようで、彼女がよろめいたのもそれが原因のようだった。

 

「随分と大切にされているのですね」

「あ? これですか?」

「本、なんですけど――うちの商品なんです。」

 

 少女――本居小鈴が答えた。

 

「本――」

「貸本屋なんです」

「貸本……?」

「ご存じないですか? 本を貸し出しているんです。他にも地図や製本も行っているんですけど」

「……この里の地図と筆を貸して頂けませんか?」

 

 小鈴の言葉を聞き、神子は少女に聞いた。

 

「え?」

「先ほどの衝撃で、生き埋めになっている者達が百名以上います。その者達の居場所を

 書き記したいのです」

「百って――どうして、貴女にそんな事が分かるんですか?」

「私は他の方より少しばかり耳がいいだけですよ。今、あちこちで悲鳴が聞こえます。できれば、こんな声はあまり聞きたくはないのです」

「早く家に戻った方がいいですよ。ご両親も心配しているでしょうし……」と、布都が小鈴に言う。

 

「そうですね――案内します」

 

 途中何度か突風に巻き込まれ、その度に神子は小鈴をかばいながら三人は彼女の家へと向かった。

 

 

 道中、空に浮かぶ立方体に中には博麗霊夢(青白衣装)、東風谷早苗、秦こころの三人がいること――正確には名前――を、尸解仙の二人は小鈴から聞く事となる。

 

 

 貸本屋――鈴奈庵に到着する前に小鈴の父親と出会った。

 周囲の惨状を見、足の悪い客のために向かわせた娘を探していたのだった。

 すでに人々には空船が原因と知られていた。

 それを直前で防いでいる博麗の巫女について、神子は何も言わずにいた。

 鈴奈庵は無事であったが、そこから北の方では多くの被害がおきている。

 神子は小鈴の父親に事情を説明し、鈴奈庵に入る。

 神子は、地図にいくつかの記号をすらすらと書き記していく。さらに数枚同じように神子は地図に書き記していく。

 

「――は子供、――若い女性、――は男性を示しています。これは――」

 

 と、神子は説明していく。

 最初、彼らは半信半疑だったが、知っている家族構成と合致している事もあり真剣な顔つきになった。

 小鈴の父親が地図を手に取り、外へと走って行く。

 

「布都、貴女は救助の支援をお願いします。私は――」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 「ちょっと霊夢さん。その面ではありません! その右の面です!」 

 

 早苗が半ば怒り口調で叫ぶ。

 

「もうちょっと分かりやすく言ってよ、もう!」

 

 こちらの巫女も怒り口調で叫ぶ。

 秦こころに向かって投げた護符は、彼女の周りを浮遊する面によってふさがれ、その攻撃は二人の巫女に反射される。

 未だ面霊気が展開した結界の中に、二人の巫女が囚われていた。

 西の空には、浮遊する船が北の方に向かって砲撃を行っているが、それを止める事もできない。

 いつまで紅魔館が持つのか、それは分からない。

 黒髪の巫女はただ早くこの状況を脱したいのだろうが――

 タイミングよく攻撃し、破壊できた面はまだ三つ。多くの面が結界内で二人を取り囲むように浮遊している。

 秦こころは巫女達に近づこうとはせず、妖力で構成させた薙刀や扇子を投げつけていた。

 

「だから、霊夢さん、あのほっぺたが丸い面です!」

「えー、アレ全然丸くないわよ」

「それじゃないです! その面の少し上に浮いている……」

「あーもう、面倒くさいわね!」

「霊夢さん、もう少し……あれ?」

 

 早苗が、西の方を見て言葉が途切れる。

 里から少し離れた空に、紅白の巫女が浮かんでいた。

 長い黒髪、そして赤いリボンで纏めている。

 

「霊夢さんが、もう一人……」

「んんっ?」

 

 彼女は早苗の視線を追う。

 

「あぁ、あれは私の双子の妹よ。カザミユウカって言うの」

「そんな話、初耳です……ちょっと待ってください。名字が違うじゃないですか」

「当然でしょ。あの子はもう結婚しているから。だからカザミなの」

「いや、年齢的にまだ……」

 

 早苗は言いかけた言葉を止める。

 こちらの世界の婚姻のルールが、外の世界と同じだとは言いきれないからだ。

 後ろ姿だけでその顔は早苗の方からは見えない――と、

 

「よそ見しないで」

 

 早苗は襟首を掴まれ、ぐっと巫女に引き寄せられる。

 先ほどまで早苗がいた所を、秦こころが投擲した薙刀がかすめていった。

 

「下手をすると死ぬわよ。向こうはかげんなんて分かんないんだから」と、言って手を離す。

「次はあのへんてこな顔の面を狙うわ」

 

 指をさし、博麗の巫女が早苗に指示する。

 

「ちょっと待ってください。相方は……」

「多分あっちの方にありそう」

「ていうか、さっきから自分が狙いやすそうなものばっかり指定していませんか?」

「いちいちうっさいわね。あんたがこっちのタイミングに合わせれば、こんな事に――」

 

 結界の外で閃光と轟音が轟いた。

 

「っ!」「なっ!」

 

 衝撃と突風が人里を破壊する。

 

「そんな――」早苗が戦慄く。

「間に合わなかった――ってわけ――」黒髪の巫女が呻く。

 

 耳をつんざくような悲鳴が一面に響き渡った。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 「もう引っ張らなくても、大丈夫だから」

 

 アリスは沈痛な面持ちで告げる。

 何も言わず、人形遣いの方を見ず、巫女は掴んでいた腕を放した。

 

「何で霊夢がまたあんた達を……」

「……たぶん……」アリスの方を見ず、言葉は続く。

「あの異変の前から、予感があったから――それが複数……」

 

 博麗の巫女は上へ上と微かに光が零れる地上へと進む。

 

「ただの勘。北と西と空から。はっきりと何が起きるのか――までは分からないの。ただ起きる時期はほぼ同じ。たちまち被害がでるような異変じゃなければ、一つ一つ順番に解決していけばいいんだけど――そういう感じじゃないの、これ――いいえ、これらは。だから――どれが、あの八雲紫が裏で手を引いているのか分からない以上、他人の手を借りるわけにはいかない。他人を巻き込めば、また良いように利用されるだけ。借りるとしたら――魔理沙くらい、ね」

「どうして、魔理沙だけ……」反射的に言葉を漏らす――が声は途切れる。

 魔理沙だけ――そう自身で言ったが、その答えはアリスには分かっているような気がした。

 何かが炸裂するような音が聞こえた。

 

「魔理沙もすでに巻き込まれているのよ。八雲紫にね。あの妖怪にとって、魔理沙はたぶん役割があるのよ」

「役割って……」

「……さぁ、それは私には解らない」

 

 黒髪の隙間から見える瞳は、ぽっかりと空いた天を見ていた。

 

 

 地上に戻ってみると、いつもの幻想郷の姿は一変していた。

 西の空に土煙が舞い上がっている。

 そして、空には場違いな船が浮かんでいた。

 

「あれが……もう一つの異変?」

「……たぶんね」

 

 巫女は船を無視し、神社の方へと飛ぶ。アリスもついて行く。

 船は少しずつこちらに向かっているようだった。

 博麗神社を目指す巫女とアリスの前で、オレンジ色の光が横切った。強風が二人を襲い、手で顔をかばい――そして、再び目にした大地は一変していた。

 

「そんなっ」

 

 アリスが絶句する。

 一瞬の内に博麗神社は瓦礫と化していた。それだけではない。里の方にも被害が出ている。

 灰色の煙が立ち上っていた。

 光の軌道は里の直前で少し曲がっている。誰かが弾いたのだ。その瞬間をアリスは見た。

 赤い結界。

 霊夢はあそこにいるのだと、アリスは確信する。

 巫女は何も言わず、神社へと向かう。アリスもそれに追従する。

 やがて土煙の舞う参道に降りる。

 黒髪の少女は、かつて縁側があった場所へと歩いて行く。アリスも後に続く。

 巫女は周囲を見回すと、東――結界の方へと飛び、立ち止まる。

 彼女がアリスの方に振り向き、叫ぶ。

 

「アリス! 伏せてっ!」

 

 言葉に習ってアリスが伏せると、再び光と強風が襲う。

 鎮守の森の木々をなぎ倒す音、大地を削る轟音。光が結界で弾かれる。

 今度は先ほどよりも遠い。

 風が収まり、アリスは立ち上がる。

 巫女の姿が見えない。

 収まりつつある土煙の中に見覚えのあるものを見つけた。

 霊夢にあげた人形。

 霊夢をデフォルメした人形。

 瓦礫の中にあった巫女人形を拾い上げる。

 ボロボロだった。

 体の部分、手足の部分。ところどころが裂け、白い綿がはみ出している。桜の刺繍を施した赤いリボンも千切れている。

 人形の首がぐらりとゆれ、瓦礫だらけの地面にぽとりと落ちた。

 その瞬間、アリスの背後で、光の柱が立ち上った。

 アリスは振り返りそれを見る。

 白く神々しいほどの真っ白な光。

 その光を見て、アリスはそれを悟った。

 

「アリス、手伝って」

 

 遠くで、名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「アリス!」

 

 それは間違いで、すく近くからの呼びかけだった。

 いつの間にか戻っていた巫女が瓦礫をどけようとしていた。

 彼女の元に駆け寄り、一緒に残骸をどける。

 

「うぅ」

 

 少女の呻き声が聞こえた。

 アリスは人形を手放し、両手で彼女の言う瓦礫をどけていく。

 

「ぅくっ」

 

 呻き声が近くで聞こえる。

 瓦礫をどけていく。

 赤いものがちらりと見えた。

 

「霊夢」

 

 アリスは呼び掛けながら、二人で瓦礫をどけていく。

 瓦礫の隙間から霊夢の顔が少し見えた。

 その顔にはぽつぽつと赤い斑点がある。

 巫女の黒髪は()()()()()()()()()()()()()()()()で纏めていた。




NEXT EPISODE 霊夢の見た夢
ZZZ……
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