【7月27日(4)】
紅魔館は陥落した。
次は人里。
聖輦船はゆっくりと向きを変える。人里を攻撃するために――その最中、
「忌々しい封印石め」
寅丸星は西の地の要石に向かって、宝塔砲を放つ。
「むぅ」
大岩が消し飛ぶ、という星の予想に反して、岩はエネルギー砲を弾いた。それでも宝塔の力が強いこともあり、要石も少しばかり、はじけ飛ぶ。
それはナズーリンの住処――掘っ立て小屋を完膚なきまでに踏みつぶし、ナズーリンの百一匹の家族の内、尻尾の籠の中にいる一匹を除いて全滅した。その事に寅丸星は気付かない。
「ちょっと星、無駄撃ちしないでよね」と、水蜜は眉をひそめて星に注意する。
「うん? まぁ、もうしないよ」
暢気に星は答え、宝塔の標準を里の方へと向けた。
◇◆◇◆◇
アリスは人形を一体召還し、瓦礫の隙間から滑り込ませ、霊夢の足に絡まっている瓦礫を退けさせる。
巫女とアリスとプラス1体は、瓦礫から霊夢の体を引きずり出す。
幸運にも丸テーブルの下に霊夢の体があった為、目に見える大怪我は負っていないようだった。
「大丈夫?」
アリスは肩を貸し、霊夢の体を抱える。
霊夢は苦しげに顔を歪ませている。
何かの病気なのだろうか?
しかし、一瞬で病気を治す魔法はない。あくまで治癒力を一時的に高めることだけ。
しかしそれには激痛を伴う事もあるし、病気の原因であるウイルスの力を高める危険性もある。そうなれば逆効果だ。
再び突風が、砂塵が巻き起こる。
「痛っ」
アリスは霊夢の抱き寄せ、衝撃をかばう。
しばらくして砂埃が収まり、複製の巫女は顔を上げる。
「紫――八雲紫。出てきなさい。早くしないと本当に霊夢が死ぬわよ」
空中に向かって巫女が大声で叫んだ。
その叫びを聞き取ったのか、それとも偶然なのか、少し離れた所で空間が開き、八雲藍が現れた。
「これは……」
周囲の惨状と霊夢の姿を見、「少しお待ちを……」と言い、スキマへと消える。
すぐさま新たなスキマができ、八雲紫、八雲藍が現れる。
紫もまた周囲の惨状を見渡す。
「なんとかして霊夢を治療しないと……」と、もう一人の巫女。
地に降り、紫は霊夢を観察する。
「八意の所にでもつれて行くしかなさそうね」
霊夢の顔を覗き込み、スキマ妖怪が呟く。
霊夢は何も言わない。荒い呼吸音が続く。
紫がスキマを展開した瞬間、アリスは地底での出来事を思い出した。
「……待って、魔理沙の所に……」
「どういう事……」
紫の動きが止まり、彼女はアリスの方を見る。
「これは意図されて起こったことなの。地底で聞いたの。二人に感染って」霊夢の体を抱え直す。「霊夢を警戒するなら、直接接触して感染させるより、間接的に感染させる方が動きやすいんじゃない」
「……それが本当なら……一度、彼女の家を確認するわ」
八雲紫は新たな門を展開し、式神が顔だけをそこにいれ、向こう側の様子を確認する。式神が首を横に振る。
それを何度か行う。
アリスと共にいた巫女は、足元近くに転がっている”それ”を見つける。
古めかしいお祓い棒。
記憶を辿ると、それを最後に見たのは――思い出せない。
ただ自身は使った事がないことだけが分かっている。
だとするなら、これは母が使っていた物なのだろうか。
これから必要になるのかどうか――分からないが彼女は拾い、腰に挟む。
「いました」と八雲藍が言った。
「見つけたわ。ついてきなさい」
スキマ妖怪は言うなり、スキマの向こう側へと言ってしまう。
式神が次に、複製巫女が、最後に霊夢を抱えたアリスが入る。
はたして、そこに霧雨魔理沙がいた。
ベッドに倒れ込むよう姿で――
「魔理沙」と、もう一人の巫女が声を上げる。
露出した顔や肌には霊夢と同様、赤い斑点があった。
巫女が黒白少女に駆け寄り、体を揺する。
反応はない。少女は気を失っていた。
――と、甲高い音が寝室に響いた。
アリスは音のする天を見上げる。
天井の梁の一つに一枚の護符が貼ってあった。
「あれは――」
「そんなに強力な防御札じゃない。早くしないと建物が崩れるわ」
アリスのすぐ近くからの声。呻くように漏らした声。
彼女の台詞で、この建物が攻撃されていることを知る。
「急ぎましょう。藍、あそこに繋げて」
「はい」と、式神が即答し、スキマを開いた。
◇◆◇◆◇
「船底近くにて、不審な反応を確認」
村紗水蜜は寅丸星に伝える。
聖輦船の船長は宝塔のエネルギーの一部を使って、ソナーを展開していた。
かっぱが取り付けた物だ。
どういう理屈で反応しているのか聞いても、村紗は理解出来なかった。
宝塔の主砲は強力だが死角は存在する。
それをカバーする為に使っていた。
相手の姿形までは分からない。
ただ急に反応が増えた。
「死角から攻撃しようとしているわね……多分。だけど……星、目標は三体よ」
「オーケー、副砲の準備をするね」
星は側にある金属製の管に顔を近づける。
「メーデーメーデー、こちら寅丸。ナズーリン、聞こえますか?」
「何ですか、駄主人」
「え? だしゅ?」
「何ですか、ご主人」
金属管の繋がった先の船内にてナズーリンは虎丸の声に言葉を返す。
「船底近くの森に三体の敵影を確認しました。左舷の副砲の準備をしてください」
「はーい」
ナズーリンは軽く返事をすると、丸い砲丸を抱えた。
左舷の三カ所が矩形に開き、代わりに無骨な砲台が顔を出す。
かっぱ――河城にとりが(面白半分?)改造して取り付けたものだ。
水蜜の所で設定すれば狙いも、発射もある程度自動で行ってくれる。
ただ砲丸の装填は人力の為、今はナズーリンがそれを行っている。
砲台がゆっくりと向きを変え、目標を霧雨魔法店に定める。
爆音を立て、砲丸が発射された。
その建物には結界が張られているのか砲弾を弾いた。
しかし、それは長く続かない。
大きな音を立て、砲撃は続き――
砲弾が屋根を貫き、中を破壊する。次々と家屋を蹂躙し、大黒柱のような太い柱が次々と砕かれ、霧雨魔法店は濁った土煙を上げながら瓦礫と化した。
◇◆◇◆◇
何かを弾く音。護符が悲鳴を上げているようだった
「ついてきて」
八雲紫が先導するようにスキマに入った。続いて、霊夢を抱えるアリスと人形、魔理沙を抱えた巫女、最後に八雲藍がゲートをくぐる。
「八意永琳、直して欲しい人がいるの」
「……貴女は玄関から入るって事を知らないのかしら?」
部屋に入るなり要件を告げる八雲紫に対し、八意永琳は回転椅子を回し、相手の方に向き直る。
スキマゲートの先は永遠亭、八意永琳の私室だった。
魔理沙の家のリビングと同じくらいの広さ。
部屋の中央に大きな木製テーブルが置かれ、その上には魔法使いが調合に使う機器に似たものがいくつも置かれている。
部屋の壁には丸窓が一つ、ドアが北側と南側の二カ所、後はガラス扉付きの本棚と棚で埋め尽くされ、本とガラス瓶に入った試薬が収納されている。
「生憎時間がないのよ」
「……外が騒がしいのは、それが原因?」値踏みするような目で、永琳は来訪者を見る。
「……そうね」
永琳は気を失っている魔理沙を抱えた巫女と、アリスが抱える巫女を見比べる。
「そっちの部屋に連れて行って、鍵は開いているわ」
部屋の主は北側の扉を指さし、反対の扉の方に歩いて行く。
「ウドンゲ、部屋に来て頂戴」
扉を開け、それだけを言うと、永琳は北の部屋に入る。
そこは青白いタイル張りの部屋だった。
中央には可変式のベッドが一台。他には簡易的な椅子が一台、キャスター付きの台車が二台と金属製の棚が部屋の隅に置いてあった。
「そこに寝かせて」
アリスは彼女の指示に従い、霊夢を下ろす。
永琳は棚からいくつ華道具を取り出し、台の上に置くと椅子に座る。
「この症状はいつから?」と問診を始め、霊夢は弱々しい声で応答する。
霊夢の口腔を見、胸元をはだけさせ、聴診器を当てる。
「お師匠様、何です――うっ!」
南側の扉が開き、鈴仙が入ってきた。
彼女は多くの来客が部屋にいたことに面食らう。
「ウドンゲ、至急生理食塩水と水、十名分のコップ、あと保管庫からM-465XXとBTMN-03のピンを持ってきて頂戴。それと姫を連れてきて」
戸惑う鈴仙に対し、永琳はたんたんと注文を告げる。
「――はい」と返事をし、鈴仙はすぐに部屋を出て行く。
永琳は来訪者に向き直る。
「これは、××××××症よ。昔からある病気で、感染力も高く、毒性も強い。初期症状は高熱、目眩に吐き気、感染からおよそ半日から一日で肌には赤い発疹を症状。そのうち呼吸器、内臓が痙攣を起こし、早ければ三日の内に死に至る」
「そんなっ!」とアリスが声を上げる。
「けど、今は治療法が確立しているわ。別に大した手術も必要ないし、ウドンゲが持ってくる薬を飲んで安静にしていれば治るわ」
「治るのね」と、八雲紫が念を押すかのように聞き直す。
「ええ、当然でしょう? 私を誰だと思っているのよ」と、凛とした声で永琳は返す。
「これの亜種は現在三種確認されている。それに対しても治療法は確立している」
「感染原因は何ですか?」と八雲藍が問う。
「毒蜘蛛ね。セアカ××××××グモ。この蜘蛛の表面を××××が覆っているのだけれど、その中の××××という成分の影響よ、これは。接触、飛沫あるいは経口と感染経路は広く――」
「――お師匠様、お連れしました」
鈴仙がコップとビンなどを乗せたお盆を持って部屋に入る。そして、その後ろから、
「まったく、騒々しいわね」と、蓬莱山輝夜はつまらなそうに呟いて入ってきた。
「貴女は――」
アリスが小さく呟く。
霊夢の腕を切り落とした女。この永遠亭で出会ってもおかしくはないが――
「あら、貴女達はあの時の――」
「ウドンゲ、塩水と水、M-465XXを一つ用意」
退屈そうに喋る輝夜の言葉を遮り、永遠亭の女医は鈴仙に指示を出す。
一つのコップに生理食塩水を入れ、もう一つは水を入れる。
玉兎は薬と共に永琳に渡した。
「まずはこっちの塩水を飲んで頂戴」
黙って、霊夢はコップを両手で受け取り、ゆっくりと飲み干す。
飲み終わるのを確認すると、永琳は空のコップを受け取り、薬と水を渡す。
「この薬を水と一緒に飲んで。薬は嚙まないように、ね」
黙って指示に従う霊夢。
「この病気は空気感染。つまりここにいる全員が――妖怪も病気にかかるのかは分からないけれど――発症する恐れがあるわ。だから、これからここにいる全員に飲んでもらうわ。まあ、薬を飲んで、二三日休んだら大丈夫よ」
「二三日っ!」と、八雲紫。「生憎そんなに待っている時間なんてないわ」
紫は急かすように言う。
「知っているわ」
意に介さす、永琳は言葉を続けた。
「ちゃんとそれに対する準備もしているわ」と、八意永琳落ち着いた声で言う。
「私の事ね」と、退屈そうな声で呟く。
「貴女に何が出来るって言うの?」と、八雲紫。
「永遠と須臾を操る能力」と、簡潔に姫は言う。
「須臾……永遠……時間を操ると――」と、八雲藍。
「ええ、簡単に言えば、ね」と、永琳は返す。「彼女は任意の領域において、時の停滞と加速を促すの」
◇◆◇◆◇
彼女は聖輦船へと向かっていた。
船は里へと近づいている。
閃光を迸らせながら――
そして、魔法の森に噴煙が立ち上る。
それが限界だった。
結界を張り、里を守り続けることが――
霊夢を待ち続けることが――
彼女は同じ顔の少女から渡された護符を展開し、もう一人の自分を呼び出す。
状況を簡単に説明し、自分の代わりに里の防御を頼んだ。
空から森を見下ろす。
霧雨魔法店は完膚無きまで破壊されてしまっていた。
◇◇↑↓◇◇
ナズーリンは船外にいた。
こちらに近づく敵影を排除する為だ。
相手は博麗の巫女……のようだ(距離が遠い)。
こちらの予想とは裏腹に、砲撃は赤い結界により防がれ続けている。
まるで、博麗の巫女が二人いるようだ。
とはいえ、無視できずナズーリンは迎撃にかり出された。
ナズーリンは片手で黒いダウジングロッドを構え、もう片方の手を手に掲げる。
ダウジングロッドの両端が鋭利に刃に変形した。
相手の赤白は一直線にこちらに向かっている。
「ディテクター」
声を大きく叫び、掲げた手から五十の緑玉が周囲に散らばっていく。
それぞれが別々の記号持ち、【あ】から【ん】と五十音を設定している。
それぞれの緑玉は等間隔に離れ、空中に固定される。
ナズーリンは敵に向かってダウジングロッドを投げ、その手にもう一つのダウジングロッドを顕現させる。
ナズーリンは相手に勝とうなどとは思ってはいなかった。
自分は戦闘なんて向いてはいない。千年前の時だってなにも出来なかったのだ。
出来ることは、ダウジングロッドを用いて捜し物を見つけるだけ。
このばかげた騒動が早く終わり、魔界へと向かいたい。
しかし、露骨な負け試合はできない。
巫女は体を反らし、回転するダウジングロッドを避ける。
顕現したダウジングロッドを投げつける。
すでに躱されたダウジングロッドに緑玉【ゆ】をサーチし、軌道を変える。
巫女を背後から攻撃する。
三つ目のダウジングロッドを顕現させ、もう片方の手で光弾を放つ。
赤白の巫女は体をひねり、易々と避けていく。
見えていないはずの背後からのダウジングロッドも横に飛んで躱される。
後方に逃げながら、ナズーリンはロッドを【ゆ】から【ま】、【め】から【さ】、【く】から【み】とサーチポイントを切り替え、攻撃刃の軌道を変える。
しかし、相手はこちらに向かう速度を緩めず、ひらひらと避ける。
距離はどんどん詰められていく。
「え?」
ナズーリンは驚いた声を上げる。
右側から斬りつけようとしたロッドがぱしりっと掴まれたのだ。
すかさず、下の方から巫女を真っ二つに裂かんとダウジングロッドを操作する――が、これも巫女は体を捻らせ、回転ロッドを掴み取られる。
掴まれたロッドは操作できない。
焦るナズーリンは新たなダウジングロッドを生成せず、残りの一本の軌道を変える。
巫女は槍を投げるかのようにダウジングロッドをナズーリン目がけて投げる。
ナズーリンは空を蹴り、左に飛ぶ。
――が、そこに続けざまに投げたロッドがナズーリンの胸へと迫る。
体をひねり、【ま】をサーチさせ、若干の軌道を修正し、すれすれで回避する。
しかし、その時すでに巫女はナズーリンのすぐ前におり、彼女は怒りに満ちた目で拳を振り上げ――
◇◆◇◆◇
「巻き戻す事は出来ないのか?」
八雲藍は永琳に問う。
八雲紫は何も言わない。
「不可逆性を覆すことは出ないわ。専ら使うのは停止。加速は元の時間軸に戻す為に使うくらいね」式神の問いに、輝夜が答える。「その気になれば、誰かさんの時間を一瞬で千年飛ばせることも可能よ」
「能力のことは、あまり過剰に広める必要はないわよ」と、諫めるように永琳は言う。
その言葉を聞き、アリスは思い返す。
あれは――
蓬莱山輝夜が不死者だというだけ理由だけではなかった。
あの偽月の騒動は、目の前にいる黒髪の彼女は、時の加速の影響を受けにくい不死者の、あの白髪の藤原妹紅でしか正面から戦えないのだ。
「まずは三日、時間を飛ばすわ。とりあえずはまず、一日を十五秒で飛ばすわ。そこに寝て、力を抜いて、リラックスして……ゆっくり息を吸って、吐いて……」
蓬莱山輝夜が霊夢の元に歩み寄り、両手をかざす。
肌の斑点が少しずつ消え、見える擦り傷が治っていく。
「ウドンゲ、塩水を」
「はい」
生理食塩水の入ったコップを霊夢に渡す。
「苦しいことはない? そう。それを飲んだら、もう一度、一日時間を飛ばすわ。それと――」永琳が言葉を続ける。「ウドンゲ、棚から殺菌用の霧吹きを。各自自分で服に振りかけてちょうだい」
◇◆◇◆◇
棒を操作し斬りつけようとする少女をぶん殴ろうと接敵する霊夢だったが、反射的に直前で思いとどまり、空を蹴って後退する――直後、そこを天から白い靄のようなモノが落下する。
続いて、落下するように現れたのは女性。少女をかばうように立っている。
白い法衣に、水色の髪を紺色の頭巾で隠した女。
尼僧にも似た格好。
「大丈夫? ナズーリン」
現れた女は後ろの少女に声をかけた。
「一輪!」驚いた声を上げる「今までどこにいたの?」
「それは後で――随分と無茶苦茶な事やっているわね」
「それは、あの二人が――」
相手の会話が聞き取れたのはここまでだった。
白い靄が下から迫っていた。
大きさは自分の二回り大きい。
その靄には顔があった。
人間で言えば、初老の男性。
逞しさを感じさせる豊かな眉と厳かさを感じさせる豊かな口髭に顎髭。
胴体は見えず、二つの拳が見える。
こちらに迫りながら、拳を出す白い靄――入道を、身を引いて躱す。
入道は二人の前に立ちはだかるように空中に留まる。
そして、尼僧――雲居一輪が前に出る。
「千年前のようには行かないわよ、博麗の巫女」
一輪は黒い瞳を輝かせた。
◇◆◇◆◇
三日分の時間を加速させ、霊夢の肌の斑点が消えた。
患者の体を起こさせ、違和感はないかと、八意永琳は問診をする。
口腔を見、心拍をチェックする。
一通りの確認が終わり、「ありがとう。助かったわ」と、霊夢は立ち上がり、感謝の言葉を述べる。その顔に笑顔はない。
「別に感謝されるほどのことではないわ。次はそっちの子ね」
「ええ、お願い」
女医の言葉に八雲紫が答えた。
人形巫女が、霊夢と入れ替わりにベッドに魔理沙を寝かせる。
黒い帽子は、人形巫女が胸の前で抱える。
永琳は瞳孔を、口腔を、腹部を、心拍を、肌を確認する。
ひとしきりチェックを済ませると、魔理沙の上体を起こし、指で口をこじ開けた。
「ウドンゲ、薬を――」
「はい」
「水」
「はい」
少女の喉の奥に薬をねじ込み、ゆっくりと水で流し込む。
頭を寝かせ、輝夜がその前に立った。
「全員に薬と水を……」と、永琳は鈴仙に指示を出す。
◇◆◇◆◇
黒いロッドを操っていた少女はいない。船内へと引いたのだ。空中に張り付いていた緑の光弾も消えている。
入道と一輪が交互に巫女を攻撃している。
入道は接近戦を、一輪は遠距離戦を仕掛け、互いをサポートしながら巫女を追い詰めていく。
入道に投げた護符は形姿を変えて避け、一輪は腕輪を回転させ護符を弾く。
さらには空中船の鉛玉が、巫女を目がけて砲撃される。
三方向からの攻撃に巫女は為す術がない。
ただ、砲撃だけがゆっくりだった。
砲台の死角に入る為に巫女は、攻撃を避けながら聖輦船に近づく。
船の右舷――船尾の方に接近する。
案の定、砲台は巫女に狙いを定めるには角度が足りないようだった。
砲撃は封じた。
しかし、入道がこちらに接近しつつある。
右手に護符を生み出し構えようとした瞬間、背後に気配を感じた。
左に首を回す。そこは緩やかにカーブする木製の船端があるだけ――ではなかった。
直径五十センチほどのに船端が丸く切り取られていた。
そして、そこから誰かが顔を覗かせている。
青い髪。青い瞳。微かに見える服装も青い。
船長の村紗水蜜、砲撃主の寅丸星、服砲撃主のナズーリン。そして、四人目の乗員――霍青娥が顔を覗かせていた。
「はあ~い!」と、軽い調子で手を振る女。
「あんたっ痛っ」と、巫女の右肩に激痛が走る。右肩を見る。
額にお札を貼り付けた女が噛みついていた。
星の付いた帽子。黒い髪、濁った瞳に土気色の顔。
派手な赤い中華服。
五人目の乗員――宮古芳香。
鋭利な歯が更に深く食い込み、仮初めの体が食いちぎられた。
「あああぁーーーーーっ」
激痛に悲鳴を上げる。
痛みで苦しんでいる暇はない。
「アレ、肉じゃっ」
歯を食いしばり、しゃべる芳香の顔に右肘を叩き込む。
すぐさま肘を引く。
体をひねり、回し蹴りを腹部に打ち込む。
吹き飛ぶ相手を見る余裕はなかった。
青髪の女は何をするのか、それを思案する余裕もない。
入道が目の前にまで接近していた。
入道が大きな拳を振り下ろす。
身を躱す猶予はない。
腕を胸の前でクロスさせ防御姿勢を取る。
拳が、巫女の腕にぶつかる直前――入道の拳が鋭い円錐形の、槍のような形に変形し、少女の細腕を砕き、胸を貫く。
間髪入れずに、入道の後ろから雲居一輪が飛び出す。
身動きの取れない巫女は、彼女の膝蹴りを顔面に受け、雲の槍は巫女の体から抜けることなく砂塵と帰した。
「これ、本物じゃないわね」船内から覗いていた霍青娥が呟いた。「さしずめ式神ってところかしら?」
「……さあ、私には……」一輪は訝しむように青娥を見る。
「賢いやり方ね。事前に相手の戦力を推し量って……次が本番ってところかしら?」
「貴女は?」
「霍青娥よ。単なる魔界ツアーの乗客よ」
「確かにこの船で魔界に行く事は可能だが……」
「なんか先に報復したいみたい。千年前だったかしら?」
「ええ、そうよ……けど、こんな事をし、聖様どう思うのかしら」と、周囲を眺め、一輪はため息を零す。「それ、貴女が開けたの?」
「ええ、大丈夫。すぐに戻すわ――芳香、戻ってきなさい」
「あーい」
けろりとした中華服の女が船内に入る。
「少し離れて、危ないから」青娥は、髪留めの鑿を持ち、くり抜かれた淵を反時計回りになぞる。
仄かに縁が白く輝き、そして、くり抜かれて地上へと落下した部分は、まるで時間が巻き戻ったかのように浮き上がり、切り口にピッタリとはまり込んだ。
◇◆◇◆◇
「――――――――――」
悲鳴にも似た声を上げ、魔理沙は上体を起こした。
患者が起きたことで、輝夜は身を引く。
「魔理沙っ」と霊夢。
荒い息を整えながら、周囲を見渡す。
「ここは……私は確か……」と周囲を見渡し、赤白の巫女が二人いることに気がつく。
魔理沙の目の色が変わる。
少女の金髪が揺れる。
「なんで、お前はまた――」
立ち上がり、霊夢の胸ぐらを掴み引き寄せると、魔理沙は声を荒げた。
その様子にビクリと鈴仙は怯える。
「魔理沙、止めて」アリスが割って入る。
「彼女に助けてもらったの。私も、貴女も」
「だから、何だって……」
「喧嘩なら外でやってもらえる?」と涼やかな声で永琳が言った。
「これで終わり? なら、私は部屋に戻るわよ」
冷めた口調で、輝夜が部屋を出て行く。
「金髪に茶色のスカート……」アリスは地下で見た黒谷ヤマメの特徴を言う。「見たことない?」
「ああ、知っているさ。道に迷って家を訪れたんだ」
「魔理沙、貴女が倒れたのは、その子が原因なの」アリスが言う。「霊夢の感染させる為にわざと貴女に近づいたの」
「倒れた?」
「霊夢も倒れたのよ。彼女が助け出してくれたの」と、アリスはもう一人の巫女を見る。
彼女は、魔理沙から目を反らして俯いている。
「××××××症よ。貴女がかかっていた病は。病状から、彼女より貴女の方が進行していたわ」と、永琳。
「黒谷ヤマメ。確かそんな名前だったかと……」と八雲藍。「地霊殿に住まう者」
「地霊殿?」と、魔理沙。霊夢は黙ったまま――
「妖怪サトリの屋敷名ですよ。数々のペットが住んでいて……」と式神の言葉が消え、「古明地さとりと戦ったのですか?」
続けて、古明地さとりの特徴を説明し、アリスが言葉を返す。
「読心する能力。かなり厄介な能力ですが、彼女なら対抗できると考えたということでしょうか?」
「……」
八雲藍の問いに霊夢は答えない。
巫女の胸ぐらを掴んでいた力が緩む――と建物が揺れた。
「なんだ、地震か?」
「いいえ」
魔理沙の声にスキマ妖怪が答える。
「船が――」
「聖輦船が人里を攻撃しているのよ」
アリスの声を遮るように八雲紫が答えた。
「セイレイセン――」聞き覚えがないのか、魔理沙は顔をしかめる。
「千年前、博麗の巫女が魔界に封じ込めた聖白蓮の門下の船よ」
「千年……何だってそれが――」
「どこかの馬鹿天人が封印を解いたのよ。遊び半分でね」少し怒気がこもった声で紫が答える。
「それだけのことが分かっていながら、お前は何もしないんだ?」
魔理沙が八雲紫に問い質す。
「それは博麗……霊夢の役目で、私の役目ではないわ」
「だが、お前は結界を張って、ここを――」
「霊夢、里の外に繋げたわ。行きなさい」
魔理沙の言葉を遮り、紫はスキマを開け、霊夢に告げる。
「……」
霊夢は何も言わず、スキマをくぐる。
「……魔理沙」
もう一人の巫女が魔理沙の黒い帽子を差し出す。
黙ったまま、魔理沙は手に取り目深にかぶる。
魔理沙は「……私も行く……このまま……」と、言って走るようにゲートに潜った。
もう一人の赤白の巫女も魔理沙の後を追うようにスキマに飛び込む。
アリスは動けずにいた。
足手まといで彼らの足を引っ張るのが怖かった。
「薬は後五錠か……ちょっと心許ないわね」と薬瓶からスキマ妖怪へと目を向ける。
「紫。あの子を呼んでちょうだい。薬を作りたいの」
「藍。お願い」
空間を開け、式神が姿を消す。
「ウドンゲ、部屋を消毒する準備をお願い」
「はい」
居心地の悪さを感じていた玉兎は、すぐさま部屋を出て行く。
「どうして、貴女は霊夢にばかり頼るの?」
アリスはスキマ妖怪に問いかける。
「妖怪を牽制するべきは人よ」
「あんな状況にまで追い込まれて、それでも霊夢だけがすべき事なの?」
「そうよ。これまでずっとそうしてきたのよ」
「だからって――」
「はいはーい、あっ」
明るい声が二人の間に割って入る。
式神が開けた隙間から、少女が飛び出した。
金髪に赤いリボン、青い瞳。黒のブラウスに赤のスカート。
「仲間だぁ」と、少女はアリスを見て言った。
「えっ」
「貴女の名前はなーに?」
「えっ、アリス……だけど」
「アリス、私はメディスン。この子の名前は?」
少女はアリスの側にふわふわと浮いている人形を指さした。
「えっと、特に名前はないの」
「えー、ダメだよ。ちゃんと名前つけてあげなきゃあ」
助けを求めるように、アリスは八雲藍の方を見る。
「彼女のメディスン・メランコリー。鈴蘭畑に捨てられた人形だ。長い年月を経て、妖怪化した者だ」
「……付喪神ということ?」
「まあ、その類でいいだろう……メディスン、頼みたいことがある」
「ん~なーにぃ?」
「また、いくつか抽出したい成分があるんだ。頼まれてくれるかい?」
「いーよ。アリスも一緒に行こう。仲間でしょう?」
「え? 私も?」と、メディスンが袖を引っ張る。
アリスは困惑し、八雲藍の方を見る。
「貴女がよければ……構いませんよ」と、八雲藍は真顔で返した。
◇◆◇◆◇
涼やかの音を奏で、冷たい水が流れている。
天界に流れる小川のほとりで、比那名居天子は釣りを楽しんでいた。
天子の天界での退屈しのぎは、専ら釣りだった。きらきらと輝く水面と川のせせらぎ。
大木が作る日陰の中に天子は座り、釣り針を川に垂らしている。
少し離れた大木にもたれ、衣玖が本を読んでいた。
衣玖はあまり喋らない。表情もあまり変えない。別に不機嫌ではない。天子が話しかければ普通に返答は返ってくる。
今も話しかければ、簡単な返事が返ってくる。
「今日は中々釣れないな-」
天子は小さく呟く。釣り糸は動かない。
「場所でも変えてみようかな?」
「――なら、水中にでも、沈めてあげましょうか?」
天子とも衣玖とも違う声が混じる。
「総領娘様、あ……」
天子の後ろでスキマが開き、スキマ妖怪が天人崩れの頭部を足蹴にする。
「……ぶないですよ」
遅かったが、衣玖は最後まで言葉を口にする。
「私がここにいる理由は分かっているでしょう?」
天子の側でゴトリと落ちる。瓦礫と化した博麗神社の転がっていたそれは、要石。
「あれ? ばれちゃった?」
押し付けられる顔を力任せにあげ、天子は笑いながら言った。
「あそこは、あんたのような小娘が弄んで良い場所じゃないのよ」
「それくらいにしてもらえませんか? 八雲紫さん」
紫が天子を足蹴にしている間に近づいた衣玖が、表情を変えずに言った。
少し右腕を曲げ、人差し指だけを突きだし、銃のポーズを取る。
指先からバチバチと青白い火花が散っている。
八雲紫は視線だけを動かし、自分の右側に立っている人物に質問する。
「貴女は?」
「この子の付き人です」
「付き人? 飼い主の間違いじゃない?」
「少しやんちゃなところはありますが、大事な人なんです」
相手が言い終わるやいなや、スキマ妖怪は右手を水平に伸ばす。
拳の先はスキマ。その先に繋がっているのは、衣玖の右腕。
紫が相手の腕を掴むより早く、衣玖が動く。
構えた腕をずらし、電撃を放つ。
初撃は意図的に外した。八雲紫に当たれば、足蹴にされている比那名居天子にも電流を浴びせることになるからだ。
衣玖の今の電撃に大した力はない。
当たったところでちくりとした痛みと体を痺れさせるだけ。
初撃を放った後、すぐにスキマ妖怪の眉間に狙いを定め、電撃を続けざまに放つ。
腕をスキマから引き、後方へと飛んで、相手との距離を取る。
頭の重しが取れた天子が立ち上がる。
「さて、今度こそは博麗の巫女を連れてきて貰いましょうか!」
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森近霖之助は来客に声をかける。