【断章5】
人里から離れ、魔法の森の側にある店――香霖堂に彼女は訪れた。
彼が店を始めたのは数年前。
建物は小綺麗で、個人の家としてはかなり大きい。
玄関扉は開き戸で、その上には黒墨で店名が大きく書かれていた。
扉を開けると、鈴の音が鳴り響いた。見ると、開き戸の上に鈴が付いている。
部屋は薄暗く天井が高い。
書面に続く廊下はすぐに左へと折れている。
「ごめんくださーい」と奥へ向かって声を飛ばす。
「奥にどうぞ」と男の声が聞こえた。
廊下を折れた先には扉もなく広がった空間が展開している。
部屋には窓はない。
左手側は棚になっており、壺や書籍、照明ランプのような物などが置かれている。
部屋の中央には低いテーブル台が有り、奇妙な構造体がいくつも置かれている。
右手側は引き出しの多い薬棚、奥にはカウンターと白髪の男――森近霖之助が座っていた。
彼の眼鏡がきらりと光る。
「これは珍しい……」
驚いた口調だが、表情はいたって平静だった。
「博麗の巫女とは……何をお探しで」
「実は――にプレゼントをしたいの。出来れば役に立つ物がいいのだけれど」
「――と一口にいっても、彼らは多種多様な研究をしている者達です。必要としている物とすると、かなり広範囲で限定的な物になりますね」
「そうなの?」
「具体的な名前を。もし、僕の知っている方なら、見合った物を提供することが可能ですが……」
巫女は相手の名前を告げる。
「ああ、彼女なら――」と、霖之助はカウンターの下を覗き、一つのマジックアイテムをカウンターの上に置いた。
「これを買うために、がんばっていますよ」
「随分と古めかしいわね」
「……よく分かりますね。元々はこれより一回り大きかったのですが、深い傷が多くて、削って、研磨、染色。新品同様に仕上げたのですがね」
「見た目は新品。だけど魂っていうのかしら、それを見るとね」
「付喪神ですか?」
「どうなのかしら……まぁ、それを買うわ。いくらなの?」
店主がさらりと金額を告げる。
「うっ! 結構するのね」
「一点物ですからね。これよりも高価な物はまだまだありますよ」
霖之助は涼しげな表情で返す。
「はぁ、多めにお金を持ってきて正解だったわ」
諦観の声を上げ、巫女は懐から財布を取り出した。
◇◇◇◇◇
魔法の森の中にある一軒の家。
彼女は外に掲げてある看板で名前の確認をし、ドアをノックする。
開き戸のドアノブを回す。ロックはかかってない。
玄関の扉は難なく開く。
中は薄暗い。右手は二階へと上がる階段、左手にはドアが一つ、そして正面にドアが一つ。
香霖堂の時のように声をかけるが、返事がない。
人の気配はある。正面の奥の方で物音がしている。
巫女は音のする方向に歩いて行く。
「ごめんくださーい」と再び挨拶し、ドアを開ける。
中は雑然とした感じで様々なものがあふれかえっていた。
部屋の外周は、二カ所の窓を覗いて、扉のない棚が設置され、雑然と元が置かれている。
部屋の中央には香霖堂と同じくテーブル台が有り、奇妙な構造体がやっぱりというべきか
いくつも置かれている。
その器具の間に揺れる金髪が見える。
そして――
ぽんっと軽い音と共に、灰色の煙が一筋立ち上った。
「……ちょっと爆発したりしない?」
「そんな事はしないさ。これは赤い××××液が××鉱石と反応して青くなる時に起きる現象だ。液量も少なし、発生するガスも悪性ではないから大丈夫さ」
「へぇ」
「……って、あれ? 誰だ?」ひょこっと金髪の少女が顔を覗かせる。「客? お客なのか?」
「ええ、そうよ」
「東の巫女さんが! まさか転職? それとも魔法巫女という新たな職業が」と、言いながら、霧雨魔法店の店主――霧雨魔理沙はいそいそと動き回る。
「まず、魔法使いについて知りたければこの本、簡単な魔法を使いたいならこのハウツー本。これと一緒に×▽液や△▽鉱石の入ったこのキットを買えばすぐに魔法の効果を実践できますよ。さらにこの……」
「ちょっと待って」と巫女は矢継ぎ早に喋る少女を制止させる。「私は、魔法使いになりたくてここに来たんじゃないの」
「えっ」
「期待させて申し訳なんんだけど……」
「じゃあ――」
「貴方に買い取ってほしいものがあるの?」
「はぁ、買い取りかぁ」と、落胆の声を漏らす金髪の少女。
「見てもらえる?」
「んっまあ見てみるだけなら……」
「これなんだけど」
巫女は先ほど香霖堂で買った物を懐から取り出した。
「それはっ! どこで手に入れたんだ」
小さな魔法使いは目を見開いて驚いた。
巫女からそれを手に取り、様々な角度から観察する。
「香霖堂よ」
「やっぱり……あいつ、どうして……」
少女は手にとってそのマジックアイテムを見る。
ミニ八卦炉。それがこのマジックアイテムの名前だった。
「どうかしら? 買い取ってもらえる」
巫女の言葉を聞き、少女は巫女の方を向く。魔理沙の表情は暗い。
「その金額としては○○……何だが……欲しいし……買い取りたいんだが……あいにく手持ちの金が足りなくてな」少女の顔が赤い。「すぐには全額払えないんだ」
「お金なら要らないわ」
「え?」
「ただ、一つだけ頼みたいことがあるの」
「頼み?」
「博麗神社……場所は貴女も分かるでしょう」
「んっああ。行ったことはないけど」
「一度、遊びに来て欲しいのよ」
「? それだけか?」
「ええ、それだけよ」
「……割に合わなくないか? 私はいいけど……これ、かなり高かっただろう?」
「まあね。貴女がこれを受け取ったら、交渉は成立ってことでいいわよね?」
◇◇◇◇◇
翌日、彼女はいつもと変わらぬ調子で娘の霊夢に出かけることを告げる。
霊夢が母を見たのは、これが最後。
以後、彼女を幻想郷で見た者はいない。
◇◆◇◆◇
午後二時頃、色々あって少女はあれから十日後、博麗神社を訪れた。
少女は朱塗りの鳥居をくぐった。
石畳の参道が真っ直ぐ拝殿へと流れている。
どこか寂れた印象を感じる。
周りを見渡す。
誰もいない。
境内の方に回まわる。
縁側に一人の少女が座っていた。
紅白の巫女。頭には赤いリボン。
少女は彼女に声をかける。
「巫女ってのは、随分暇なんだな」
小さな巫女は半目でこちらを見、「誰よ? あんたは」と返した。
「私は霧雨魔理沙。新米の魔法使いさ」
「魔法使いが家に何の用? 異変の解決をお願いしに来たの?」
「いや特に暇だったから、話し相手を探してっこに来たんだ。お前の名前は?」
「霊夢、博麗霊夢よ」と、簡潔に答えた。
NEXT EPISODE 【7月27日(5)】
「緋想の剣よ」
比那名居天子が叫ぶ。