終わる幻想郷-Last Word-   作:くけい

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【7月27日(5)】

 【7月27日(5)】

 

 

 僅かばかりに開いた幽明結界という門を抜け、妖夢は慌ただしく白玉楼に戻ると、枯山水の見える縁側へと向かう。白玉楼の主はよくそこで酒を飲んだり、昼寝をしたり、まあゴロゴロとしていることが多い。

 はしたないが、駆け足で廊下の角を折れる。はたして、そこに主――西行寺幽々子は、朱色の座布団を枕に寝ていた。

 

「幽々子様、幽々子様、起きてください」

 

 主の肩を揺する。体を揺すりながら、二度呼び掛けると「んー?」と寝ぼけた声を出した。

 

「あら、用事は終わったの? だったら、何かおやつ作って」

 

 幽々子は体をゆっくりと起こし、寝ぼけ眼を擦りながら、従者に聞いた。

 

「いえ、その事で話が――」

 

 妖夢は、赤白の巫女から頼まれた事、下界で起こっている事を早口で伝えた。おっとりとした白玉楼の主は「ふあぁ」と大あくびをした後、のんびりと返事を返す。

 

「それは、私の仕事じゃないわね」

「やっぱり、そうですよね……」

「それは、小町の仕事。だから小町に言わないといけないわ」

「小野塚小町さんの所へはどうやって行くんですか?」

「あぁ、妖夢は行ったことがなかったっけ? ああ、だから私の方へ先によこしたのね」

 

 と、幽々子は言い「んんー」と両腕を上げて、伸びをした。

 

「それじゃあ、一緒に小町の所へ行きましょうか」

 

 妖怪の山の渓谷の先、その先にある中有の道。北へとそこを抜けた先にある三途の川へと冥界の二人は向かう。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 幻想郷の北に位置する妖怪の山。その山の麓――北東側に木々に囲まれた一軒の家があった。

 マヨヒガ。

 そう呼ばれている家。

 古びた家の主は、八雲紫の式神の八雲藍、その式神の式神である化け猫――橙。

 ここには彼女以外に様々な猫が住んでいる。

 二人の八雲が住んでいる家もねぐらの一つではあるが、彼女は専らここに住んでいる。

 

「なんかさーヤバそうだよ、ここも」

 

 外の様子を伺っていた赤毛の少女が心配げに告げた。

 長い赤髪は三つ編みに、三角形の猫耳が付いている。

 

「もう、あちこち砂嵐だらけ」

 

 深緑のワンピースを揺らし、外の惨状を付け加える。

 

「どうしよう」

 

 彼女――火焔猫燐の言葉に橙は当惑した声を上げた。

 橙が燐と出会ったのは、最近の事。

 燐は黒猫に化けることが出来ることもあり、すぐに仲良くなったのだった。

 

「私の家にしばらく避難しない?」

「いいの?」

「ちょっと暗い所だけどね」

 

 橙は頷き、燐は仕事で使う猫車に猫を乗せていく。

 全員を乗せ終える。

 

「橙、付いてきて」と、言い、燐は猫車を押し、東の方へと向かう。

 一際木々が固まっているその中に、地下へと続く穴がある。

 燐の住処の地霊殿、燐の仕事場――灼熱地獄跡など地下へと続く穴は幻想郷にいくつか点在している。

 鬼火で周囲を照らしながら地下へと降りていく。

 地霊殿はもうすぐ――と、随分と地形が変わっている。

 あちこちの岩盤がえぐれている。

「わぁ、すごーい」と、橙が周りを見て驚いた声を上げている。

 戦闘があったようだ。

 今は激しい物音はしない。

 時折カラカラと細かな岩屑が流れ落ちる音が聞こえるくらいだ。

 辺りの岩盤は非常に堅く、この穴が倒壊することはないだろう。

 岩に張り付いたように燐の仲間の妖怪達が散らばっている。とりあえず、一番近くに位置する霊烏路空の方に向かう。

 近づいてみると空は透明な球体に包まれていた。燐は恐る恐るその球状の膜に触れる。火傷を負う、あるいは電気的な刺激などを受けることはなかった。

 

「空、大丈夫?」

 

 透明な膜を軽く叩き、問いかける。

 

「うっ……うーん」

 

 空は頭を左右にふらふらと揺らしながら、呻くような声で答えた。

 目を回しているかのような感じで――目に見える外傷はなく、命に別状はないようだった。

 空の服――白いブラウスや緑のスカートやそこから伸びる脚、漆黒の翼のあちこちに御札が張り付いている。そのうちの一つ、スカートに貼られていた札が一枚消えた。

 この透明な膜は札のせいなのだろうと、燐は見当をつける。続けて、周りを見る。

 黒谷ヤマメ、水橋パルスィ、霊烏路空、そして古明地こいし。

 燐は目を凝らして見回す。やはり、燐の主人である古明地さとりの姿が見えない。

 嫉妬を弄ぶ水橋パルスィの元に燐は駆け寄る。彼女もまた球状の檻に囚われていた。空ほど、札が張り付いてはいない。頭を押さえ低い呻き声を漏らしている。

 

「パルスィ、さとり様の姿が見えないんだけど、どこにいるか判る?」

「たぶん……微かに見えた感じだと……」

 

 燐の問いかけにパルスィは、天に指を指した。

 

「上に飛ばされたわ」

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 乾いた木が真っ二つに割れる音が結界内で響く。

 秦こころの面がまた一つ砕けた。

 すでに半数の面を破壊しただろうか。三十数枚の面を潰した。

 神子の指示により、二人の巫女は確実にこころの力を削いでいく。

 

「一体どうして、こんな事になっているのですか?」

 

 浮遊する面の数が減り余裕が出てきたのだろう。神子が二人の巫女に尋ねた。

 

「そりゃあ、こっちが聞きたいわ」と、黒髪の巫女が嘆息する。

「彼女は何か言っていませんでしたか?」

「……たしか、面を返せって……」と、もう一人の、蛙と白蛇の髪飾りの巫女が言葉を返す。

「面……ですか……」

 

 顎に手を当て、神子は少し考え込み、

 

「おそらくですが……その面、どこにあるのか心当たりがあります」

「――どこにあるの?」

 

 神子の言葉に秦こころがすぐに反応する。彼女は巫女の方ではなく、神子の方に視線を移していた。

 

「――どこにあるの?」

 

 面霊気が再び、神子に尋ねる。同時に分裂した面が音も無く、次々に消えていく……結界も消えていく。

 

「なによそれ、こんな事で解決するの?」

 

 黒髪の巫女は気の抜けた声を漏らした。

 

「何だったんですか、これは……」

 早苗も大きな徒労感を感じた。彼女にとって戦いなど外の世界では全くしていない。簡単な護身術を習ったぐらいで、霊力を費やすことなどない。

 無表情でずずずいーと神子に近づく面霊気。

 その様子を早苗らが見ていると、「霊夢」と、巫女の名を呼ぶ声が聞こえた。

 女の、その声は早苗と黒髪の巫女と近く――何もない空間が裂け、そこから聞こえる。

 声に遅れて、すぐに人が現れる。

 金髪の少女――といっても大人のような風格が早苗には感じられた。

 その姿の特徴と、空間が避ける出来事。

 二神から聞いている、この世界に結界を築いた妖怪だ。

 どこにでも自由に行ける扉を開く、異彩の能力。

 深く関わるべきではないと忠告された。

 彼女は早苗には興味が無いようで、軽く一瞥するだけだった。

 

「霊夢、手伝って欲しいことがあるの」

「……分かったわ」

 

 西の様子――見覚えのある少女の姿を確認し――を見やり、黒髪の巫女は了解する。

 

「あの……私は」

 

 当惑している早苗は東の巫女に、

 

「あんたは信仰を集めるんでしょ? ほら、今がチャンスよ」

 

 と、首の動きで里の現状を指し示す。早苗はその先を見る。

 人の救出や手当、倒壊した建物の瓦礫の撤去などで慌ただしい。怒号や悲鳴、泣き声が聞こえる。

 

「それじゃあ、がんばってね」「え?」早苗が何かを呟く前に、二人は虚空へと消えてしまった。

 

「早苗殿、彼女は一体……」

 

 目の前で起きた不思議な現象に神子が早苗の方に顔を向ける。

 

「私も最近ここに来たばかりで……詳しくは知りませんが、ああいう力、どこでもドア? が使える人? 見たいです」

「どあ?」

「ええとっ、とにかくあまり関わらない方がいいみたいです。実力行使となったら、おそらく勝てないでしょうし……それよりも」

「傷ついている方々を助けましょう」

 

 と言う神子の袖をクイクイと面霊気が引っ張った。

 

「あぁ、先に貴女の面を拾いましょうか」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 天界とは別の所に一時跳躍し、紫は巫女に経緯を説明する。

 天人の体は強靱で飛び道具はあまり効果が無かった。それは以前の戦闘で得た経験。

 比那名居天子のすぐ側に空間を開き、ただ拳を突き出す。それだけで勝てる……筈だった。

 天子の顔面に向けた拳は、体を後ろに倒して拳を躱す。さらにはその突きだした腕を掴みかかる。すぐに拳を引く。

 同様の事を行うも、それは全て避けられる。理由は永江衣玖が喋る言葉にあった。彼女は比那名居から少し離れた空中にいる。

「頭」「右肩」「左腕」と、彼女が天人に短い言葉で指示していた。

 しかし、衣玖の指示は非常に素早い。スキマを展開した直後、言葉を発している。

 

「どういう事……」

 

 紫は小さく呟く。別に問いかけたわけではないのだが、

 

「私は――」

「衣玖は空気の流れが分かるのよ」

 

 本人の言葉を遮り、天人くずれが得意げに喋る。

 

「だから、あんたのお得意のスキマなんて全然怖くないわけ、分かるぅ?」

「…………」

「分かったんならさぁ、あの博麗の巫女を呼んできてくれなぁーい」

「…………と言うわけです。手間をかけたくないなら、彼女の望む博麗霊夢を連れて来てください…………それと…………」

 

 竜宮の使いである妖怪――永江衣玖は目を細め、スキマ妖怪に使いを命じる。

 衣玖の周りの空気がバチバチと帯電した。小さな光があちこちで発している。

 

「私がそれしか出来ないなんて、思わないでくださいね…………」

 

 紫は少し逡巡し、本意ではないが身を引いた。

 

 

「……と言う訳よ」

「まったく、この忙しいときに……無茶苦茶してくれるわね」

 

 紫の話を聞き、頭を掻きながら巫女はため息を漏らす。

 

「まあ、なんとかしないといけないか……何度も壊されたらたまったもんじゃないわ……」一拍おき、言葉を続ける。「紫にひとつ頼みたいことがあるんだけど……」

 

 

「まさかこのままって訳じゃあないわよねぇ」と呟く比那名居天子の前方で空間が裂けた。

 

「……さて、お望み通り来てあげたわよ」

 

 スキマから降り立った巫女は、天子に対峙する。

 

「やっと突き止めたようね。私があんたの神社を破壊したのよ」

 

 ふんぞり返る天人くずれ。

 

「さぁ、また壊されたくなかったら私と勝負して、勝ちなさいっ」

「…………」

 

 得意げに喋る天子に対して、永江衣玖は黙って巫女を見つめるだけ。

 天界の大地に仁王立ちしている天子。その少し後方で宙に浮いている黙する少女。

 

「紫は手を出さないで。私一人で十分よ」

「ふふん、ホントにそれでいいの? 後悔するわよ。こっちは衣玖のサポートがあるんだから」

「…………」

「私は……」巫女はすぐ側の地面に護符を投げる。そこから、六体の巫女が浮かび上がった。「こういうことができるの。だから一人で十分よ」

「ふん。強がって、すぐに後悔するわよ」

 

 黒髪の巫女は天人の言葉を最後まで聞かず、後ろに飛んだ。

 その瞬間、立った今巫女が立っていたところに人よりも大きな歪な円錐型の要石が落下した。

 振動と土煙が舞う。

 その土煙と要石の死角を利用し、天子が前方へと飛び出す。

 六体の巫女が前方に飛ぶ。

 天子は前進する巫女に赤い閃光を放とうとするも、塵埃を裂いて飛ぶ護符を裂けるため身を翻す。

 それを躱したのは衣玖の声のお陰。

 すかさず、天子を狙っての物なのか、数枚の札が次々と土煙を裂いて飛び出してくる。

 同時に六体の攻撃を予想する天子だったが、彼らの狙いは後方にいる衣玖のようだった。

 赤い閃光を前方方向に出鱈目に放ち、視界を晴れさせる。

 赤閃は巫女にかすりともしない。

 巫女は天子と距離を取るために後方へと跳躍する。

 それを追う天子。

 一方、六体の巫女は衣玖に対して護符を放つ。

 同時にではなく一体一体、彼女の回避先に合わせて攻撃する。

 彼女は上へと回避するだけで、攻撃は行わない。

 複数の巫女が無表情で攻撃をしながら、衣玖の周囲を囲うように移動する。

 上に下に右に左に前方に、そして後ろに回る。

 

「…………こんな事をしても無駄なのに…………」

 

 衣玖にしてみれば、多少回り込まれたところで攻撃をかわすのは簡単だった。

 相手の砲撃は直進的、空気の流れからどこに動けば回避できるのか、簡単に判る。

 もっと相手が距離を詰める、あるいは数で押すか――が、突如半透明な蒼い壁が現れた。

 六体が封魔陣を展開したのだ。六つの陣は隙間なく展開し、彼女を閉じ込める。

 

「…………っ…………」

 

 同時にブツリッと天子に伝えるべき言葉が遮断され、衣玖は焦る。

 ノイズが消えた。

 受信器と発信器は隔絶されたのだ。

 

 

「それは電話機だね」と、河童の一人――河城にとりが言っていた。

 あれは昔、衣玖がたまたま拾った物だった。

 外観からそれは明らかに外から紛れ込んだ物だと判る。この世界ではたびたび起こる現象だが、誰もそれを咎める者などいなかった。張り巡らした結界に不備があるということなのだろう。

 河童が外の世界のガラクタを集めていることを知っていた(というか有名らしい)衣玖は、それがどういった物なのか何となく知りたくなり、河童の住処を訪れた。

 自称技術屋のにとりが言うには、電話機とは音を遠くに伝える物だという。音を吹き込む発信器と音を伝える受信器。

 衣玖はお金を貰う代わりに目立ちにくいもっと軽量化したものが欲しいと言った。

 河城にとりは小さくするほど性能は下がると言ったが、衣玖はそれでも構わないと返す。

 自身の能力を見せ、にとりが納得する。

 糸電話は振動で音を伝える。電話機は振動の波を電気の波に変換して伝える。

 結果、衣玖は小さな発信器と受信器を二組手に入れた。

 

 

 発信器はお互いに胸のリボンに付け、受信器は耳(髪で隠れて見えにくいが)にイヤリングという形で身に付けた。

 たとえ自身の肉声が届かなくとも、イヤリングを通して、言葉を伝えることができる。

 ノイズが多いがそれが途切れた。

 目の前の青い壁に電撃を放つ。しかし、結界はビクともせず、電撃は跳ね返り、衣玖自身に浴びせられる。

 壁は少しずつ狭まっていく――と、衣玖の後ろで空気の流れが変化する。

 前方へと体を寄せようとするも、その前方でも空気の流れが変わる。

 衣玖の予想通り、スキマが開帳し、腕が伸びる。八雲紫の腕。

 

「…………っくっ……」

 

 その腕が永江衣玖の胸ぐらを掴み、前へと引っ張る。

 スキマが大きく広がり、スキマ妖怪が顔を覗かせる。その瞳は鋭い。

 

「貴女は降伏しなさい。最初から貴女は私達に手を出すつもりなんてないんでしょう? あの子供が大事なんでしょうが……貴女が本気で私達に対立しようものなら、彼女はあれを殺すことはないでしょうけど、私は殺すわよ。どうなの? 返事は三秒以内しなさい」

「判りました。降参します」

 

 

 ブツリッと音が消え、比那名居天子は後ろを振り返る。永江衣玖のいた所に青いキューブが浮かんでいた。

 

「衣玖っがっ!」

 

 巫女の蹴りが天人の鳩尾にめり込み、後ろに飛ばされる。

 

「痛いったぁ。頑丈ってのはホントみたいね」

 

 響く脚をブラブラされ、巫女が呟く。

 

「あの子には降参してもわうわ。私があんたに勝つと、あんたは負けた原因をあの子にするでしょう?」

「……そんな事しない」天子は立ち上がる。

「そうかしら? あんたみたいな子供はよく人のせいにするのよ。それに彼女の声に従い続けるのは嫌にならない? どこかで”黙って”って言うんじゃないの?」

「そんな事はしない」

「ホントに? サシで勝負した方が判りやすいでしょう? どっちが強いか、なんて」

「ふん、後悔しても知らないから」

 

 強気の顔を見せる天子。

 

「じゃあ、本気で行くわ。緋想の剣よ」

 

 叫び、天子を天へと顔を上げ、右手を掲げる。

 青白の巫女は空を見る。ゆっくりと流れる雲があるだけ――

 

「――っ!」

 

 咄嗟に巫女は左に跳躍する。

 さっきまで立っていた所を何かが後ろから通り過ぎた。

 天子は前方に跳躍し、前から飛んできた緋想の剣を掴み、飛んでくる札を避ける。

 赤い気を纏った剣を振りかざす。

 三日月型の赤い気が放たれ、博麗の巫女を目がけて空を切る。

 姿勢を下げ、赤い斬撃を躱す。

 青白巫女が護符を投げる。

 しかし、それは相手にまで届かない。

 巫女と天子の間に要石が落下し、札を弾いた。

 再び一面に土煙が舞う。

 巫女は素早く後ろに引く。

 要石がその場で回転し、土埃が広がり、視界が晴れていく。

 天子は片膝をつき、左手で大地を触れる。

 博麗の巫女が立っている大地が円形状の切れ目ができ、凄い勢いで立ち上った。

 

「ぐっ」

 

 押し潰されそうな圧力。

 下へと引っ張られる強力な力に片膝をつく。

 両手を地につけ、倒れこまないよう踏ん張る。

 大地の上昇はゆっくりと止まった。

 お陰で吹き矢の矢のように飛ばされることはなかった。

 しかし、間髪入れず、天子が斬りかかる。

 

「伊邪那美よ、退け」

 

 博麗の巫女が唱えると、せり上がった大地が下がっていく。

 天子の斬撃が髪を掠めた。

 だが、天子の攻撃はそれで終わらない。続けざま、斬りかかる。

 

「もらったぁ」

「金山彦命よ、刀を成せ」

 

 右手を掲げ、巫女が叫ぶ。

 一瞬で周囲の金属成分を収縮させ、巫女の右手に一振りの刀が現出する。甲高い金属音が響かせ、刃がぶつかる。

 刃を押し付け、その反動を利用し、巫女は身を後ろに引く。

 天子は赤い閃光を放ち、巫女を追う。

 刀で弾き、地面に着地すると、そのまま地を蹴って天人と距離を取る。

 顕現した刀は本物とは違い柄の部分も金属で使いづらい。

 天人が自分を追って着地するタイミングを狙って、刀を投げる。

 天子もまた巫女の動作を見、彼女に向かって緋想の剣を投げた。

 巫女は顔を目がけて飛んできた緋想の剣を、首を横に振って躱す。

 一方、天子目がけて投げた刀は天人にかすりもしない。

 真っ直ぐに巫女を目指す。

 巫女はこちらに向かう天人に護符を投げる構えを見せ――その時、上空から岩が落ちてきた。

 一つだけではない。次々と落ちてくる。大地を抉る破壊音を立て、地面に突き刺さる要石の数々。

 巫女は身を翻す。

 

「剣よ」叫び、天子は大地を蹴り、上空へ。

 上から砂塵舞う舞台から巫女を探す。

 一方の巫女は砂金の中で天石門別命の名を呼ぶ。

 ちらりと天子の瞳に青い色の何かが写った。

 すかさず、天子をそれに向かって斬りかかる。

 

「今度こそ、もらっ……」

 

 緋想の剣を振り下ろす瞬間、その青いものがフッと音もなく消えた。

 剣は大地にめり込む。

 緋想の剣を引き抜いたその時、天子の前に土埃のカーテンから博麗の巫女が躍り出た。

 彼女の右手は前に突き出され、天子の頭をがしりっと掴み、そのまま天人の後ろの要石に叩き付ける。

 ちょうど天子の頭の所に注連縄が撒かれており、岩に直接叩ぶつけられることはなかった。

 それでも、その衝撃に脳を揺さぶられ、息が詰まる。

 顔から手が離れる。

 天子は巫女に「神須佐能袁命よ、捉えて」掴みかかろうとするが、鼻先に刀の刃が突きつけられ制止する。天子の頬に汗が流れた。

 

「痛っ」

 緋想の剣を踏みつけられ、剣を掴んでいた手が地面に叩き付けられる。

 

「触らない方がいいわよ」青白巫女が目を細める。「神が造った刀よ。切れ味がかなりものもだから」

「なによそれ。神様の力を借りたっていうの?」

「そうよ」

「卑怯よ。そんなの」

「人一人のできる事なんて高が知れてるのよ……まあ別に使わなくてもよかったんだけど、せっかく覚えたし」

「ふんっ、えらそうに。今度はそうはいかないから」

「今度なんてないわ……死にゆく者にはね」

 舌をだす天人にいつの間にか近くに降り立った八雲紫が淡々と告げた。近くには永江衣玖も立っている。

「はっ。私が死ぬなんて、そんなわけないでしょう」刀の檻の中で嘲笑う。「だって私は天人なんだから」

「……何も知らないのね、天人くずれ」冷めた口調で紫が呟く。

「五衰ね。かわいそうに」巫女が同情の欠片もなく、

「なによ、それは」

「衣裳垢膩、頭上華萎、身体臭穢、脇下汗出、下楽本座」と、再び八雲紫。

「えしょ……何言ってるのか、全然判らないんだけど」

「えしょうこうじ、ずじょうかい、しんたいしゅうわい、えきげかんしゅつ、ふらくほんざ。貴女の状態がどんな状態なのか言ってあげたら」と、再度スキマ妖怪が呆れ声で繰り返した。

「頭上華萎、以外の全て症状が……」と、衣玖が静かに告げる。

「嘘でしょ? だって私こんなに頑丈なのに……」

「天人が不老不死だとでも思っているの?」

「かわいそうに」と青白巫女が哀れんだ目で天人を見る。

「嘘よ。だって私全然元気だし……」

「――いいえ、間違いなく死ぬわ」

 

 突如、頭上から声が聞こえた。四人が同時に顔を上げる。そこにいたのは背の低い薄紫色の髪の少女。

 

「誰?」

「だって彼女は、すでに二人の天人を見殺しにしているんだから」

「古明地さとりよ」巫女の疑問にスキマ妖怪が答える。「地底に住む妖怪の一人よ」

「地下暮らしの妖怪が何でまた……」と巫女が呟く。

「その女も”心の中”でそう言っているわ」

 

 さとりの言葉で三人の視線が永江衣玖に向く。

 

「…………」

「え?」と、目を丸くする天子。

「どうゆうこと?」

「彼女は人や妖怪の心を読み取る妖怪よ」と、巫女の疑問に八雲紫が答えた。

「心を読むなんて随分と厄介な妖怪ねぇ」

「その女はすでに一人の天人を殺しているわ」

「殺してなんか…………私はあの人の意思を尊重して…………彼は天人としての生なんて望んでいなかった…………人として生きていたいって…………それに…………私はただあの人が私の料理を嬉しそうに食べてくれるから…………」

「この子供と同じく、他人の都合で天人となった人がいたみたいね」

「ふんっ、本音が見え見えね。そんな事で殺しちゃうなんて酷い女ね」

「? どういう事?」

「彼らはそういうことには興味を無くすのよ。心変わりが怖かったってところかしら」

「もっと判りやすく言ってよ」

「人の時の欲求が希薄化するのよ」

「もっと具体的に言って」と、巫女は眉をひそめる。

「人の三大欲求は睡眠欲、性欲そして食欲。これらを必要としなくなるの」

 

 彼らは仙果という桃と丹を食べる、それだけだと紫は付け加える。

 

「へえ。つまんないわね」巫女は肩をすくめた。

「しかし、むかつくわね。あんたもニセモノなわけ?」

 

 巫女を指差し、さとりは苛立つような声を上げた。

 

「何がよ?」

「何であんたも心が読めないのよ。人も妖怪も何だって、何者だって――私に掛かれば心の裡を隠す事なんてできないはずなのに」

 

 古明地さとり。心を読む妖怪。心を読み取る、それこそが自らのアイデンティティー。

 こんな短時間に心を読み取ることができないことが起こるのは屈辱的だった。

 心の読めない覚はさとりであらず、ならば自分は何者なのか?

 今まで心の読めなかったものがいなかったわけではない。

 たった一人、卑近な者として妹のこいしがいる。

 しかし、彼女は例外。心を読み取るメカニズムを知って(?)いるが故にできることなのだ。

 その怒りを、鬱憤を晴らすために衣玖の心をつついた。

 

「ヒトモドキ。あんたは一体何者なのよ」

 

 巫女はさとりの言葉を聞き、俯き、小さく呟いた。

 

「ゎ――――――」

 

 その言葉は誰にも聞かれることはなかった。続けて「紫」と、彼女の名を呼び、右手の握りしめた拳を横に伸ばした。

 その拳はスキマの中へと消え――

 

「ホントむかつくのよ。にんげっ」

 

 スキマの先――さとりの顔正面にへと繋がり、妖怪の顔にめり込み、言葉が途中で消えた。

 よろめいたさとりの首根っこを紫がスキマ越し掴み、もう一つのスキマへぽいっと投げ捨てた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「どうする? 探しに行く?」

「結構、今地上荒れてるよ?」

「う-ん?」

 

 球状の膜から解放された妖怪達が相談している中、上から地霊殿の主が降ってきた。

 

「あっ、帰ってきた」と、暢気な声で空が言った。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「衣玖、私まだ死にたくないよ」困った表情を浮かべる天子。

「えっ、私は総領主様があの人のように人で有りたいと……」

「私、そんな難しいことなんて考えないよ。ただ、あんな事一日中しているなんて退屈なだけ」

「…………そう……なのですか…………」

「どうしたらいいの?」

「徳を積む事よ。私としてはそのまま自死でも何でもしてほしいけど」と、紫がぽつりと言った。

「徳?」

「言い換えるわ、善行を積む事」

「善行っていっても何をしたら――」

「なら、地上に降りなさい」

 

 困り顔の天子に巫女が静かに言った。

 

「地上……そこで私は何をしたらいいのよ?」

「人里に来れば判るわ」巫女はスキマ妖怪を見る。「紫、地上に戻して――それと、少し休んどきなさい、大変だろうから」

「どういう事よ?」

「さぁ、先の事なんて詳しくは分からないけれど、用心はしといて」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 ナズーリンは泣いていた。

 

 

 戦闘が一段落し、船内から甲板に出る。改めて、一輪と話をしようとしたのだが西の方を見て愕然とする。

 自分の家――掘っ立て小屋がなかったのだ。ナズーリンは言葉を失う。

 小屋があった場所には大きな岩が転がっていた。そして、その周囲にはえぐれた地面。明らかに聖輦船の宝塔によるものだった。

 寅丸星に対する怒りと住処を無くなった悲しみが混じるナズーリンは星に詰め寄る。

 

「なんで私の家が無くなっているんだっ!」

 鼻声混じり声に星と水蜜は同時に「えっ?」と、何も知らないといった声を上げた。

「どういう事?」

 船長が西の方を見る。砲撃主も。

「なんて事してるの、星。あそこは、ナズーリンの家があるのよ。二百八十一年前に貴女に言った筈だけど」

「わざとじゃないんだ、ナズーリン。あの岩が弾かれて、結果的にああなったんだ」

 とぼけた調子の星を殴ろうとしたナズーリンを一輪が抱き留めた。

 一輪の胸の中でナズーリンは泣き崩れる。

 

「大丈夫。きっと、聖様がなんとかしてくれるわ」

 

 一輪がナズーリンの頭を撫でる。

 

「この辺りにしといて、魔界に行く?」

 村紗は言うが、「――すぐには無理みたい」と続けた。

「どういう事?」

 

 ナズーリンの背中をさする一輪が尋ねる。

 

「こっちに近づいてる」

 

 村紗の目に映るソナーに二つの影がこちらに向かっていた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 スキマから出た途端眩い光が魔理沙を出迎えた。

 咄嗟に手で目をかばう。

 破壊音を立て魔力の塊が魔理沙の横を通り過ぎ去り、周囲を見る。

 

「――なんだよ……これは――」

 

 里の様子を見て、魔理沙は言葉を失う。

 北側の建物はグチャグチャ。地面は抉れ、それは東へと延び博麗神社も巻き込んでいた。

 神社の姿は見る陰もない。

 爪痕から空中に立つ一人の少女が里を守っていたことが判る。彼女と目が合った。それは一瞬だけだった。彼女は霊夢の方を向く。

 

「遅れてごめんなさい」と、結界を張った少女に霊夢が謝った。

「こっちは私でなんとかするから……お願い」

「まかせて」

 

 霊夢は聖輦船の方に顔を向かう。船が再び暖色の光を放つ。

 魔理沙はミニ八卦炉を握り、前にかざした。

 

「マスタースパーク」

 

 船からのオレンジの閃光と、魔理沙の手から放たれた白の閃光が衝突する。

 そのエネルギーは拮抗し、目標を貫くことなく消えてしまう。

 

「あれは私が止める」

「うん……無理はしないで」

 

 霊夢は頷き、聖輦船へと飛んでいく。

 魔理沙の後を追うようにスキマから出た赤白の少女は里を守っていた自分と同じ顔の少女の元へ飛ぶ。

 再び、船から光。聖輦船との距離を詰めようとした魔理沙は「マスタースパーク」と叫び、エネルギーの塊を放つ。

 歯を食いしばり、出力を上げる。

 やはり互いの的にまで届かず消えてしまう。しかし、先程よりはこちらの閃光が押していた。

 白光の消滅と共に体が脱力感に襲われるが、その虚脱感に身を任せるわけにはいかない。里の防衛をまた彼女に押し付けてしまうことになるからだ。

 全部消し飛んでしまえ――

 腹立たしさを魔力に込め、聖輦船の閃光にぶつける。

 そして、十三度目のエネルギーの白刃はオレンジ色の刃を押し潰し、聖輦船の左舷を抉った。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 聖輦船は霊夢に対して正面を向いてはいない。正面から40度ほど傾き、右舷を晒していた。

 近づくにつれ、その船体の大きさに霊夢は圧倒されるが、構わず前へと進む。

 船尾の方で動きがあった。

 黒い――金属色のものがせり上がる。

 長い筒状のものが船首の方に伸びている。

 ゆっくりと筒先が霊夢の方へと向けられた。

 金属の長い筒を見て、吹き矢と連想した霊夢は瞬時に身構える。

 

「封魔陣」

 

 赤い結界を眼前に展開する。

 同時に河城にとりが聖輦船に取り付けたガトリングガンが火を噴いた。

 夥しい弾丸が博麗の巫女を襲う。

 高速で撃ち放たれる金属玉の数々に後方に押されそうになりながらも耐える。

 踏ん張る巫女の上空から白い靄が降りてくる。

「雲?」呟く巫女の前でそれは次第に巨大な拳と厳めしい老夫の顔を形作り、少女に襲いかかる。

 

「入道か――」

 

 霊夢は力を抜き、銃弾の勢いに身を任せて後退する。前方右手に人が見えた。

 紺色の頭巾をかぶった女――雲居一輪。僅かだが、何かをこちらに投げるような準備動作を捉える。

 弾丸が靄を貫き、結界が弾く。その顔に変化はなかった。

 拳が下へと流れ、再び霊夢の方に向かってくる。

 弾雨を終わっていた。

 霊夢は左に飛んで拳を避けつつ、護符を投げつける。白い雲はふわっと札を避けるように割れた。霊夢にとってそれは予想通りの結果だった。

 結界を尼僧の方に向ける。相手は距離を詰めようと近づいている。

 船の方を見ると先程の金属塊は小さな細い煙を出していた。

 甲高い音を立てて結界が薄い円形の金属を弾き、消滅する。

 

「雲山」

 

 一輪が叫んだ。それが入道の名前なのだろうと霊夢は確信する。

 雲山は一輪と対称の位置に回ろうとしていた。

 霊夢は護符を一輪に向かって投げ、距離を詰める。一輪は持っている戦輪で弾き、反対の手で白い光弾を放つ。

 横に飛び白光を躱す霊夢。距離を詰めた一輪が巫女の顔面に向かって拳を打つ。

 霊夢は払うように受け流し、一輪の顔面に向かって拳を打つ。

 弾いたはずの戦輪が音もなく、一輪の顔の前に移動し、つきだした拳の右手首を輪に引っかけ、外側に引っ張る。

 拳は相手に届かず、更には体勢を崩され、鳩尾に一輪の右膝が食い込んだ。

 衝撃に息が詰まりながらも霊夢はすぐに戦輪から腕を抜き、戦輪を掴む。戦輪の妖力を霊力で浄化させる。

 右腕を支店に体を反転させ、相手の背中を蹴り込もうとするが、軽い身のこなしで一輪は避けた。

 これで挟み撃ちはなくなったと思った瞬間、すぐ側を何かが通り過ぎた。それは森に着弾し、土煙を上げ木々が倒れた。

 目だけで発射先を見る。聖輦船からの砲撃だった。霊夢は後ろに飛ぶ。

 正面には一輪、その奥に入道の雲山。

 一輪が雲山の壁となり、攻撃ができないと思っていたが、一輪の後ろの白雲が放射状に伸びた。

 先の鋭い蜘蛛の脚にも似た白い針。巫女の体を串刺しにせんと次々と襲いかかる。

 空を切り、砲撃が横切る。

 左手の指に挟んだ護符で一本を切るがまるで手応えがなかった。それでも四方八方から迫る白槍を切り落とし無効化する。

 だが、その間にも一輪は動いていた。

 気がつけば、眼前に尼僧の姿。

 彼女は左手に握った戦輪で巫女の首を狙う。

 霊夢は右手に握っていた戦輪でそれを弾く。

 だが、一輪の膝蹴りは躱せなかった。

 

「っ!」

「さっきの女より弱いわね。動きも鈍いし――貴女、本気? それともこちらを馬鹿にしているつもり? 貴女も本当の巫女じゃなくて、さっきと同じ式神かしら?」と言いながらも、弾かれた戦輪を巫女の顔面を狙って投げた。同時に霊夢もまた戦輪を投げる。

 甲高い金属音を立て、服を掠めて落下していく。

 すかさず空を蹴り、霊夢は右腕を振りかぶる。一輪の顔面を狙うも、ずっと相手は後退し、空振りする。一輪の鼻先を長い袖が掠めた。

 一輪は交代と同時に博麗の巫女の顎を狙って、右脚を蹴り上げる。

 霊夢は左腕でそれを受け、押し返すように後退した。

 

「さぁ、どうかしら?」

 

 顔を歪めつつ答える霊夢。

 実際、霊夢の体の動きは鈍かった。

 毒された体を回復させるために加速された数日の時間は筋力を弱らせていた。

 一輪の背後から白い槍の群れが飛び出し巫女に迫り来る。

 霊夢は後ろに飛び、一輪を狙って護符を投げる。

 本来なら身動きの取りづらいはずの一輪は物ともせず、護符を弾き、あっという間に距離を詰められる。

 

「封魔陣」

 

 赤い結界を紡ぎ、相手の進行を止める。

 一輪は結界を蹴って跳躍する。一方、雲山は下から回り込もうと動き始める。

 霊夢は結界を消し、雲山に向かって護符を一つ、続けて一輪に向けて護符を投げた。

 先の護符の周囲に水の膜ができる。雲山は膜の内と外の二つに分かれてしまう。

 顔の方は水膜の内側。

 白い槍で水の層を突き破ろうとするが、白い泡の連なりと突き破ることはできない。外のほうは只の白い靄となった。

 一方、一輪に向けた護符は彼女の周りを暗闇と化した。すぐさま霊夢は一輪に向けて飛ぶ。

 左手を右の袖口に入れ、

 霊夢の予想通り、一輪は後退した。暗闇から抜け出した彼女に接近す、顔を狙って右腕を

 振り上げた。

 しかし、拳は僅かに身を引いた一輪の鼻先を掠める。

 涼しげな表情を浮かべていた尼僧だが、その表情はすぐに崩れた。

 一輪の左のこめかみに重い衝撃。

 氷の塊を入れた巫女服の長い右袖が相手の頭を横殴りする。

 すかさず、霊夢は相手の胸ぐらを掴み、一輪の首筋に護符を突きつけようとする――その直前、勢いを利用し、巫女の顔に頭突きを見舞う。

 霊夢は怯まず、一輪の首筋に護符を突きつける。

 

「引きなさい」鋭い目で霊夢は一輪を見る。先の鋭い護符を首に食い込ませる。

「私の両腕がまだ自由なのに、そんな事を言うの?」一輪は笑う。「そんな事をしても――同時に貴女も命を落とすことになるわよ」霊夢の胸元にくさびを打ち込むが如く揃えられた一輪の指が触れた。

「式神一人に貴女の命を犠牲にするの? 随分と貴女の命は安っぽいのね」

 

 固まった二人。

 その近くで破壊音が聞こえた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 早苗は布都とは別に行動していた。

 布都は倒壊した家の瓦礫から人を救出する手助けをしていた。それが彼女の能力を十二分に発揮出来るかららしい。

 彼女は森羅万象の気を見ることが出来るようで、人の気を、瓦礫の気の流れを見て、効率的に瓦礫の撤去をしている。

 早苗は怪我人の手当の手伝いを行っている。

 包帯や消毒薬を運んだり、骨折している人の添え木で固定する手伝い、泣きぐずっている子供をあやしたり……

 喧騒や悲鳴は無くならない。

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 空飛ぶ船が煙を上げている。

 

「……そろそろか……」

 

 幻想郷の空に浮かぶ小さな古城――輝針城の側で呟く声。

 空飛ぶ逆さ城から彼女は赤い瞳で下界を観察していた。強者どもの諍いも一段落と言ったところか――

 風が吹いた。

 赤と白のメッシュが入った黒髪が、黒と赤のいくつもの矢印が連なったワンピースが揺れる。

 この風は神風なのだろうか?

 彼女――鬼人正邪は考える。

 かつて、これほどまでに人里を蹂躙した者がいただろうか?

 博麗神社をここまで破壊した者がいただろうか?

 恐らくはいない。

 そして、それを実行した者達は敗走の様相を呈している。

 彼らの敵対者もかなり消耗しているのでは?

 

「今がチャンス?」

 

 正邪に問いかける声。それは彼女の左肩から聞こえた。

 菫色の短髪に赤い着物をきた少女。帯には一本の針を武器として携えている。

 小柄過ぎる体躯の小人族。少名針妙丸。

 

「かもな……意外と早かったな」

 

 もっと何十年、何百年も掛けて行うはずだった下克上。

 その為にあれらをもっと色々な所に散らばらせる予定だったが――

 紅魔館のメイドにナイフを渡し、人のいない神社の倉をあさり、古めかしい棒を引っ張りだした。

 柔らかな風が顔を撫でる。

 鬼人正邪がここまで幻想郷が目茶苦茶になっているのを目の当たりにするのが初めてだった。

 強者達のつぶし合い。

 鬼人正邪が生まれる前の今から千年前、鬼と天狗の諍いが幻想郷で最も激しい争いだったと聞いている。

 それに匹敵する騒動ではないかと、正邪は考えた。

 

「これから始めよう――下克上を。針妙丸」

 

 正邪の合図に針妙丸は小槌を掲げる。

 

「さあ、秘宝よ! もの言わぬ道具に夢幻の力を与え給え!」

 

 打ち出の小槌を中心に発した見えない光が幻想郷全土を包んだ。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 魔理沙の攻撃により、里への被害は押さえられていた。

 時折、強い突風が吹く。

 二人の巫女は里に向かって飛んでくる金属玉を防いでいた。

 ――と、不気味な話し声がどこからか聞こえる。赤白の巫女は声の出所を探す。腰に挟んだお祓い棒からだ。右手でそれを引っ張りだす。聞き取れない声が次第に大きくなり――

 ずきんっと重い頭痛がした。

 顔をしかめ、お祓い棒を掴んだ右手で頭を押さえた。

 周囲が一瞬で暗闇と化し、巫女の意識はその闇へと飲み込まれた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 大量の魔力の消耗に、体がだるさを訴えていた。

 魔理沙は宙に浮き、煙を上げる船の様子を伺っていた。

 ――と、不気味な話し声がどこからか聞こえる。魔理沙は声の出所を探す。右手に持つマジックアイテムからだ。聞き取れない声が次第に大きくなり――

 ずきんっと重い頭痛がした。

 顔をしかめ、ミニ八卦炉を掴んだ右手で頭を押さえた。

 周囲が一瞬で暗闇と化し、魔法使いの意識はその闇へと飲み込まれた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 不気味な話し声がどこからか聞こえる。咲夜は声の出所を探す。

 左太腿から――

 ナイフホルスターからだろうか?

 いや――

 咲夜はホルスターからナイフを抜き取った。

 そのナイフは最近手に入れた物だ。

 門番の美鈴に呼ばれ、玄関に出ると白いワンピースを着た一人の少女が立っていた。

 胸元には大きな青いリボン。スカートの裾には矢印にも似た赤と黒の模様があしらわれている。

 大きな麦わら帽子を被っているのでその顔は見えにくい。

 微かに見える前髪は一部が赤と白のメッシュが入っている。

 側に立っている門番が言うには、お金の代わりにと、ナイフをと言うことで。

 聞き取れない声が次第に大きくなり――

 ずきんっと重い頭痛がした。

 顔をしかめ、ナイフを掴んだ右手で頭を押さえた。

 周囲が一瞬で暗闇と化し、メイドの意識はその闇へと飲み込まれた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 遠くの空で、船が浮かんでいる。

 光の衝突が続き、今は煙を上げていた。

 アリスは黄色いマリーゴールドの花々に囲まれていた。

 側では、メディスンが一方的アリスに話しかけながら、花から必要な成分らしき物を引き出している。

 八雲藍はいない。

 彼女は次に抽出すべき花、あるいは木の場所を確認しに行っていた。

 それは小さな光の筋となって、手渡されたガラスの瓶に流れていく。

 白い粉がすこしずつ山になっている。

 

「それでね、わた……」

 

 メディスンの言葉が、唐突に途切れる。

 光の筋が崩れ去った。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 物部布都は空から不気味な気を感じ取った。

 上を向けど、空は緋色に染まっているでもなく、蒼い。

 言いようのない不気味さを感じた布都は一度、神子の元に戻ることにした。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 豊聡耳神子は地図に救出が終わった場所を書き込んでいた。

 面霊気は神子の後ろで蹲っている。たった一つの面の為に多くの面を失い、しょんぼりしている。

 筆を置き、神子は嘆息する。

 救出は順調のようだったが、この町を立て直すのは容易ではない。

 家々の破壊は凄まじい。元の状態に戻すのにはどれだけの時間が必要になるのだろうか――と、考えていた神子の耳に何かの異音を聞き取った。

 はっきりとは判らない。音ではないのかもしれない。もっと別の――そう考えていた神子の後ろで、

 

「――――――――」

 

 表現できない声。

 秦こころが獣のような咆哮を上げた。

 

 

【挿絵表示】

 




NEXT EPISODE 【断章1】
声に遅れて襖が開く。
現れたのは赤毛の女。
彼女の名前は――
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