【Fragments 4】
ニュースを自動音声で流しながら、自動追尾型キャリーバッグではなく、昔からある手押しのキャスター付きキャリーバッグにマリーは荷物を詰めていく。
携帯化粧品を入れ、タオル、洋服、靴と入れていく。
下着はどれを持っていこうかマリーは迷う。
派手できわどさのあるワインレッド、シックな黒、汚れが目立ちやすいためほとんど身につけないホワイト……などと逡巡していると、緊急速報を知らせるアラートがなった。手を止め、詳細に耳を傾ける。内容は北の方で地震があったこと、電車の影響はないということだった。
私達の旅行先とは反対方向だけど、と少し不安になる。――が、どうにかなるものではない。元々、複数の大陸プレートの境界に近いため、この国は地震が多いのだ。当日、そして、旅行が終わるまでは大きな地震はおきてほしくはない。
速報が終わりと、国外の報道に移る。頭はテロ事件についての報道。
「まったく、明日から楽しい蓮子との旅行なのに、暗いニュースばかりね」
マリーは一人で愚痴り、お気に入りの曲をかける。
小一時間迷い、下着は結局迷っているもの全てを入れてしまう。ベッドインするその時に蓮子に選んでもらえばいい、と考えた。
翌日、8月7日の天気は良好だった。
マリーはキャリーバッグを片手に、京都駅に向かう。
駅は強化ガラスのドーム状になっており、駅の姿は一度、戦争で大きく破壊されてしまった。過去の姿などマリーは見たことがないが、駅は修繕により千年以上前の面影を残しているそうだ。
乗る予定のヒロシゲ35号の発車は10時2分。
京都駅に着いた今の時刻は8時49分。ヒロシゲ35号はまだ駅に到着していない。
すでに多くの人が行き交っている。集合時刻は9時20分で、いつものように遅刻をする蓮子を予想して早めの時間に設定した。
30分ほど時間があるので、駅のカフェで休憩をする。
マリーはガラス張りのエレベーターに乗り、三階のカフェに向かう。ほとんどの飲食店は10時から開店なので、落ち着いて休憩できるところはいまの時間帯ではここだけだ。
駅の大通りを望める窓側の席に座り、注文したブラックコーヒーを少しずつ飲む。多くの人が待ち合わせに使っている噴水が望めるので、蓮子が来れば、すぐに分かる。マリーはスクリーンでネットをしながら、ちらちらと窓の様子を伺う。人がどんどんと増えている。このカフェに入る人も増え、席の半分が埋まっている。
時間の9時20分になったが、蓮子はやっぱり来ていない。姿が見えるまで、ここで待ってみようと思ったが、コーヒーを飲みきってしまった。これ以上注文をしないのであれば、長居はしないほうがいい。
マリーは席を立つ。その時、何気なく視界に一人の人物が目に入った。人混みの中で特に目立つというわけではない。紺色のスーツにサングラス、手には黒のスーツケース。
構わず、マリーは店を出る。エレベーターを待っているとき、緊急速報が入ってきた。目の前にスクリーンと音声が入る。
◇◆◇◆◇
旅行当日の天気は良好だった。
蓮子は大きなキャリーバッグを片手に、京都駅――遅れ気味だが大丈夫、といつも通り気楽に考えながら――に向かう。
蓮子の後ろで子連れの女性の話し声が聞こえていた。楽しげな親子の会話。
同じように京都駅に向かっているようだった。
通りを折れ、ようやく駅が正面に見えた。
後ろから一陣の風が通り過ぎるように、少女が駆け抜けた。
おかっぱ頭の女の子だ。
どうやら、先にある大きな噴水を見て、興奮しているようだった。ぱたぱたと駅に向かって走って行く。
そのこの姿を追いかけるように駅の方を見る。
行き交う雑踏の中で、一人の人物に目がいった。
紺色のスーツケース決して珍しい姿ではないが、なにか嫌な予感がした。
男が手に持ったスーツケースをタイル張りの地面に置いた。そして、その荷物など、自分のものではないかのように――男はこちらの方に歩いて――離れていく。
蓮子の眼がその男と眼が合った。もちろん、相手はサングラスをしているので、その眼を直接は見えてはいない。
はっきりと男の動きがぴたっと止まったのだ。
蓮子は構わず、歩みを進める。さっきまでより早く――
そのとき、緊急速報が入った。速報が電子音声で伝えられる。端末を身につけている者全てに伝えられる情報。
「ただいま、世界的テログループ『Vermillion flags』からこの国に対する犯行声明が伝えられました。声明の内容は――」
男がくるりと背を向け走りだした。
「――より、不審な物を見かけた場合は、直ちに近くの――」
「爆弾よっ!! そこから、逃げてっ!!」と、蓮子は大声で叫ぶ。
男は人を押しのけ、走り出す。
誰かが悲鳴を上げた。男が置いていった荷物に気がついたのだろう。爆発の恐怖が伝播し、人々が噴水から、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
蓮子はバッグを掴んだまま、駅と走る。マリーを心配してのことではない。女の子だ。彼女はまだこの異常事態に気がついていなかった。母親が子供の名を呼んでいる――が、それは悲鳴で掻き消え、子供には届かない。
警報サイレンが鳴り響いた。赤いアラートランプが駅を照らす。ゆっくりと金属性のシャッターがガラスのアーチを覆っていく。
少女には、ただの演出にしか見えていないのだろうか。逃げるそぶりはない。
少女に追いついた蓮子は少女の肩を掴む。こんなときどうするのがベストなのか、全く分からなかった。
ただ直感で思いついたことをする。
蓮子はキャリーバッグのロックを外し、バッグを傾け中身を地面にぶちまける。荷物は少ない。度の土産を入れるために最小限のものしか入れていないかった。
「――ちゃん。この中に入ってっ!!」
時間がない。少女の名を呼び、少し乱暴にかばんに少女をバッグに押し付け、ロックをかける。両手をかけ、地面を滑らせるように駅から遠ざける。
自分はどこへ逃げるべきが、バッグと同じ方向に走るべきか。それとも、噴水の水の中に入るほうが安全か、逡巡する。その時――
「蓮子っ!!」
自分の名前を呼ぶ声。
蓮子は声のした方を見る。マリーがいた。
瞬間、閃光と衝撃が蓮子を襲う。
◇◆◇◆◇
白い閃光が走り、爆音と爆風が周囲を破壊する。突然の爆風にマリーは背後の壁に叩き付けられた。
打ち付けた頭、視界が揺れる。
目に映る黒煙にきらきらと輝くガラスの破片。それを、最後にマリーは気を失った。
京都○○総合病院の廊下のベンチにマリーは一人で座っていた。廊下は比較的静かで、小さなパルス音が一定の間隔で聞こえる。
今の時刻は午後十時半。
あの時、京都や旧首都東京を含む主要都市を中心に約二百カ所で爆発が起こった。道があちこちで断絶され、主要の交通網は壊滅状態。そのせいで、蓮子の両親は夜の十時を過ぎても、いまだ病院に到着していない。
今現在で死者は百名を越え、重軽傷者は三千名を超えている。
マリーは小さな火傷と少しばかりの切り傷だけで比較的軽症だった。打ち付けた頭も特に後遺症もなく、いまは包帯を巻いている。
しかし、蓮子は――
マリーはガラス越しに隣の部屋――集中治療室を見る。
蓮子の体に包帯が巻かれ、管と人工呼吸器に繋げられていた。
千切れた体を縫合し、一命を取り留めたものの、火傷の深度、さらに広範囲に広がっていることから、今夜が峠だと医師は言った。
蓮子が助けた子供は無事だった。けれど、少女の母親にとっては複雑な心境だろう。
包帯で顔が分からず、それが本当に蓮子なのか分からない。
ミステリー小説のようにこれが入れ替わりのトリックかなにかで、五体満足のいつもの蓮子がひょっこりと自分の前に現れてこないかと思う。
けど、そんな事は起きない。
マリーの胸にぽっかりと空いた穴が広がっていく。
NEXT EPISODE 【7月27日(7)】
森の木々が黒い星々に砕いていく。