終わる幻想郷-Last Word-   作:くけい

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【Lost Fragment】

【Lost Fragment】

 

 人気のない夜の病院の廊下。

 蓮子の両親もこちらには向かってはいるが、あちこちで起こったテロの影響で、未だ病院に到着していない。

 心電計のパルス音が廊下に微かに漏れている。

 その電子音がふいに不規則に歪んだ。

 心電計の心音を刻む間隔は次第に長くなり──

 そして、止まった。

 すぐさまベッドに搭載された自動蘇生装置が起動し、電気ショックと心臓マッサージが続けられた。

 それはきっちり十五分続けられ、ピタリと止まった。蓮子が蘇生することはなく──

 宇佐見蓮子は死んだ。

 医師も駆けつけ、彼らによって死亡が確認された。

 結局、マリーはもう一度、蓮子の綺麗な姿を見ることはなかった。

 静かになったろうかを一人歩き、ぼろぼろになったキャリーバッグを引き、外に出る。

 時刻は零時を過ぎてようとしていた。

 駅とは離れているため、辺りは静まりかえっている。周囲に人はいない。車も走っていない。

 マリーは病院近くにある小さな無人ショップで、飲み物と道具──少し面倒な手続きがあったが──を買った。ここでも人はいなかった。

 歩きタクシー乗り場に行く。

 タクシー乗り場はどこも明るい。風雨がしのげるように屋根が付き、照明が旅行案内を照らしている。

 マリーは案内表示に据え付けられたボタンを押した。

 灰色の地面から柵が飛び出し、その中の地面が割れ、一台の車が上昇する。

 柵が地面へと吸い込まれ、車のドアが自動で開いた。

 バッグを助手席側に置き、運転席側に座る。

 別に運転するわけではない、昔の名残でその名前が残っているだけだ。

 乗り込むと音声ナビが行き先を尋ねる。

 マリーが行き先を言うと、候補地の詳細地図が現れ、

 車は静かに発進した。

 車内での宣伝映像はOFFにした。

 等間隔で置かれた街灯が、一定のビートで過ぎ去っていく。

 白い光が、去っては現れ、現れては去って──

 買った飲み物を取り出す。

 ストローを取り、パックされた薄い膜を鋭利なストローの先で突き破る。

 半透明なストローを奥までいれ、口をつける。

 コーヒーにココアをミックスした飲み物。

 美味しくはなかった。

 ホットの方が飲みやすかったのかもしれない。

 ざらっとした粉っぽさと、ねっとりとした甘さが受け付けない。

 やがて、車は都心部を抜ける。

 街灯は少なくなり、白い光の鼓動が、不規則でゆったりとしたものになっていく。

 路面も都市部のように舗装されてはおらず、時折車体が揺れる。

 変わらないのは車のヘッドライトと車内の静けさだった。

 

 

 二時間ほど揺られ、目的地が近いというアナウンスが流れた。

 甘苦い飲み物は一口しか飲まず、車内のゴミ箱に捨てた。

 停止のアナウンスが流れ、車がゆっくりと止まる。

 名前を告げ、指輪をスキャニングさせ、支払いを済ませた。

 自動で扉が開く。

 バッグを取り出し、マリーがドアを閉めるより早く、自動で閉まった。

 車は近くのタクシー乗り場に自身が収まるため、出発して消えていった。

 かたかたとバックを揺らしながら、歩いて行く。

 不気味な潮騒が聞こえる。

 マリーが目指したのは海だった。

 そこは使われなくなった工場跡地だった。

 少し離れた所に古い灯台があり、回転灯が周囲を照らしている。

 今では稼動していない工場設備が、照明に照らされ不思議な光景を作っている。

 廃工場旅行。初めて、蓮子と出会った場所。

 現代建築の構造物では見る事のできないシルバーメタルの無骨な建物。そこに機能性などあるのかと思えるほどの奇妙な構造群。規則性があるのか判然としないパイプ。

 警備といえるものは、まったくない。

 申し訳程度に設置された一筋の金属チェーンが通せんぼをしているだけだ。

 マリーはバックから手を離し、チェーンを跨いだ。

 マリーが歩いている場所は船舶を停泊させる所で、歩くたび、かつんかつんと真っ平らな金属板が響く。

 月は雲に隠れて見えない。

 暗い闇夜にぽたぽたと地面が濡れていく。

 雨が降り始めた。

 灯台の光がまわっている。

 マリーが気にせず、前へと歩く。

 雨足が強くなり、服が雨を少しずつ重くなっていく。時折強い横風が吹いた。うねる漆黒の海面が見えてくる。その時、降り注ぐ雨がなくなった。雨が止んだ訳ではない。灯台の光で見えたのは、薄紫色の傘だった。

 

「風邪を引くわ」

「──何の用?」

 

 突如、背後から聞こえた声に驚くことなく、マリーは問いかける。

 振り返らずとも、誰なのかマリーは分かっていた。

 自分とよく似た女。

 

「──少し──貴女の様子を──」

「また──種馬としての仕事?」

「──いいえ──」

 

 八雲紫は短く答える。

 

「──ここが、貴女の死に場所?」

 

 相手はこちらの問いを無視し、マリーに問いかけた。

 

「友人の一人が死んだくらいで……」

「貴女に何が分かるの?」

 

 相手の言葉を遮るように、マリーは強い言葉で激昂した。

 

「人を単なる道具にしか思わないくせに……」

 

 マリーは向き直り、八雲紫を睨みつける。

 灯台の光が二人を一瞬だけ照らす。

 

「蓮子は──蓮子は、私にとって一番大切な人。あんたなんかに──」

「たった十数年しか生きていないくせに、どうして一番大切だって言い切れるの?」

 

 感情を剥き出しにするマリーに対し、八雲紫は表情を変えず淡々と呟く。

 時折、暗闇を切り裂く灯台の光。

 

「この先も貴女は色々な人と出会うわ。それでもなお──」

「心にもない綺麗事なんてどうでもいいわ。あんたはただ私を利用できればいいだけでしょうがっ!!」

 

 マリーは右手でポケットにしまい込んだ、買ってそう間もない刃物を取り出した。マリーは白銀の刃先を出す。

 周囲を飛ぶ蠅を追い払うように刃を一閃する。

 しかし、それは空を切るだけだった。

 紫は後ろに身を引いていた。傘を手にしたまま──

 紫のもう片方の手がスキマを介して、マリーの頭を掴み、ぐっと後ろに押しやった。

 

「うぐっ」

 

 呻き、マリーは金属床に尻もちをつく。

 灯が二人の姿を一瞬だけ映す。

 傘を差したまま、冷めた目でマリーを見つめる紫。

 上体を起こし、紫を睨みつけるマリー。

 雨降る暗闇の中、一陣の強い風が吹き、マリーは再び切りかかる。

 斬撃を紫は能力を使い、苦もなく退ける。

 それでも、マリーは凶器を片手に挑む。

 

「無駄よ」

 

 短く、落ち着いた小さな声。

 一閃は再び紫に躱される。しかし、それはマリーが狙う本命ではない。八雲紫の力。半歩ほど攻撃を引いたこともあり、マリーは自分に掴みかかる相手の腕を──手首を掴んだ。

 紫はマリーが自分の腕を切りつけると思い、腕を引っ張り相手の体勢を崩そうとした。

 だが、マリーは掴んだ紫の腕を切りつけることもなく、相手の腕を自分の腕ごとスキマへと押し込んだ。その為、逆に紫の方が体勢を崩すことになった。紫の体が後ろに倒れそうになる。

 だが、マリーは紫の体に斬りかかる事はなかった。

 マリーは何もない空間を──開いたスキマ近くの空間──掴んだ。それは紫が予想していた事では全くなかった。

 そして、マリーは腕に力を入れ、自分の腕が入った空間を一気に閉じた。

 すぱっと綺麗に切断されるマリーの右腕。

 

「ああああああああ──────────っっ!!」

 

 耳をつんざくような悲鳴が雨降る暗闇に溶けていく。

 鮮血。

 必然か幸運か、切断面から勢いよく噴き出した血が、妖怪の顔を濡らした。

 

「ぐっ、こんなっ」

 

 彼女は呻き、顔を押さえる。傘が金属地面に落ちた。

 熱く粘ついた血液が眼に入り、呻く妖怪。

 マリーは相手に背を向け、歩く。

 大量の血が流れ、体から力が抜けていく。

 痛いはずなのに、次第に感覚がなくなっていく。

 脚から力が抜け、膝が折れる。

 マリーは受け身を取ることもできず、顔を地面に打ち付ける。

 受け身を撮る事もできず、顔を金属地面に打ちつけるが、その痛みも感じない。

 小さく、マリーの口が動く。

 

「蓮子──いま、いくね──」

 

 それきり、マリーは動かなくなった。

 

 

 ──↑↓──

 

 

 誤算だった。八雲紫は歯噛みした。傘から手を離し、血のシャワーを遮断した。

 傘でカバーすれば効率がいいはずだが、咄嗟の事でこうする事しかできなかった。

 彼女が力に干渉できるとは──

 まさか、彼女がスキマを見ることだけではなく、触れることもできるなんて──

 灯台の光で微かに見えた彼女の後ろ姿。

 スキマを使い、捕まえようとするが、距離感が合わず、空を掴むだけだった。

 風が吹き、傘が飛んでいく。

 血をぬぐい取り、目を開ける。そこには──

 地面に大量の血で作られた赤い線が引かれていた。

 その緋色の線の先に、うつぶせに倒れた少女があった。

 血だまりがマリーを中心に広がっている。

 脈を確認する必要もない。マリーは死んでいた。

 紫はスキマを開き、切断された左腕と取り、マリーの体の上に放り投げた。

 

「──なんで──」

 

 どうしてこうなったのか──と、紫は考える。

 いまさら、彼女を殺した罰なのか──

 いや──

 マリーまで数十世代、近しい人を失うことは誰にでも起こった。

 当然だ。

 人はいつか死ぬ。

 しかし、後を追うように自尽する者は誰一人としてなかった。

 誰一人としてなかったのだ。

 マリーが他と異なる点は、その能力と博麗の巫女との接触──

 あの女が彼女に吹き込んだのだ。

 何せ一日と時間を引き延ばされたのだ。

 あの女に対する怒りがふつふつとわき起こる。

 

「……私が、あまいことしか出来ないなんて──」

 

 血と雨に濡れた紫は低い声で──恨みの声が続く。

 

「霊夢に何もできないなんて、思わないことね──」

 

 唇をきつく噛む。

 八雲紫はただ、じっと亡骸を見下していた。

 灯が再び流れ、辺りは暗くなった。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 八雲紫は元の時間軸、座標地点に戻った。そこにはいつもと変わらぬ幻想郷があった。

 すぐ側には式神がいた。演算のバックアップの為に就いて来てもらっていたからだった。

 

「紫様、何かお怪我を──」

 

 血に汚れ、ずぶ濡れ姿の主を見て、驚きと心配の声を上げる。

 

「心配要らないわ。ただ──早く着替えたいわ」

 

 感情の少ない声で紫は呟いた。

 それは吸血鬼が赤き霧を展開する、二日前の出来事だった。

 




NEXT EPISODE 【7月27日(8)】
右手奥には美鈴が倒れている。
誰よりも早く咲夜の異変に気がついた彼女が近寄った結果、首筋をナイフで切られ、蹴り倒された。

――とある短編から抜粋。
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