終わる幻想郷-Last Word-   作:くけい

36 / 46
【7月27日(8)】

【7月27日(8)】

 

 

 万物には全て気が存在し、風水を操る物部布都はその気の流れを見る事ができる。

 倒壊家屋から下敷きになっている人達をほぼ助け終えた布都は、空から感じる違和感から神子にこの事を伝えるため、戻ろうとしていた。

 その時、里のあちこちで気が大きく膨れ上がるのが分かった。

 

「なっ、これは――」

 

 里の外れでも、同時に同じような現象が起こっている。

 特に爆発的に気を大きくなったのは太子の近くにいる面霊気だった。

 

「太子様、危ない!」

 

 布都は地を蹴って、急いで太子の元へ向かう。

 神子も秦こころの異常を察知してか、彼女と距離を取ろうしている。奇しくも、布都に近づく格好だった。

 

「布都!」

 

 布都の前方で、神子が声をかける。

 

「布都! 早くこっちに――」

 

 こころが面を従え、太子の後を追うように、こちらに向かってきていた。

 

「きゃあ」

 

 どこからか東風谷早苗の悲鳴が聞こえた。

 それとほぼ同時に布都と神子の周りにオレンジ色の半透明の結界が展開し、その結界に布都と神子は囚われた。

 わさわさと逆立つこころの長髪。それは怒髪、天を衝くといった感じだった。

 妖力で造られた薙刀を構え、こころは二人に突進する。布都と神子は左右に分かれ、一閃する斬撃を躱した。

 

「これは、一体……」

「太子様、先程空から異様な感じを――恐らく何者かが、彼女に力を与えたのではないかと――」

 

 空中にいた二人を様々な面が取り囲んだ。

 羽虫のような音を響かせ、面が二枚に分裂する。

 しかし、今回はそれだけではなかった。

 さらに青緑の面が青と緑の面に、橙色の面が赤と黄色の面へと分かれした。

 面の数は六十六枚。二つに分かれれば、百三十二枚。

 二人の巫女に割られた面の数は三十五枚。残りは三十一枚。

 三十一枚が四つに分かれ、百二十四枚。

 

「このまま、面を割り続けるとねずみ算式に増えていきそうですよ」

 

 と言い、布都は一枚の緑の面に光弾を放った。面は避ける様子はなく、接触する直前に赤の面に変化した。

 三方向から光弾が布都を襲う。体を翻しそれらを躱す。同時に、こころは神子に狙いをつけ、襲いかかる。

 

「どうしたんですか、皆さん」

 

 再び、下で東風谷早苗が聞こえた。見れば、鋤を持った男が、早苗を襲いかかっていた。他にも平鍬を構える者や三叉鍬を手に持った者も近くにいる人々に襲い掛かっている。

 早苗は身を翻し、振り下ろされた鋤を躱したが、どうすればよいのか、手をこまねいているようだった。

 

「付喪神です」と、布都が神子に向かって言った。

「何者かが付喪神に力を与え、暴走させているようです。あの薙刀女は私が引きつけますので、太子様は彼女にこの事をお伝え願いませんか?」

「分かりました。布都、しばらくお願いします」

 

 神子は早苗が一番近くにいる結界端まで動き、呼びかける。

 

「東風谷殿」

「はい!」

 

 神子に気がついた早苗が返事を返す。

 

「付喪神が彼らを操っているようです。付喪神の力を封じる、あるいは弱めることはできませんか?」

「――付喪神……」

 

 言われて、早苗は改めて、彼らの持つ農具を見る。磨耗や補修の跡などがあり、どれも使い込まれた様子が見て取れた。

 

「分かりました。やってみます」

 

 意を決して、早苗は男が持つ鋤に向かってお札を投げた。男はまるで憑き物が落ちたかのような一瞬ほうけたような顔をし、正気を取り戻した。

 

「……やった……よし!」

 

 お札を構えると、青い袴を翻し、同じように付喪神の傀儡と化した者達に向かって駆けていった。

 神子は布都の方に向き直る。布都はこころの突進を避けていた。そして空中に漂う無数の色とりどりの能の面。

 

「布都」

 

 神子は彼女に近づきつつ、呼びかける。

 

「太子様、気をつけてください」と、布都が言うと右手に生み出した一つの光弾をこころ――正確には心のそばに浮かんでいる青の面――目がけて、撃ち放った。それは命中する寸前に青色から赤色へと色を変え、すっと音もなく飲み込まれていった。同時に同じ形の三つの面――黄色と青色、緑色の面―から、光弾が吐き出された。

 

「やはり、前と同じように、色を変えてこちらの攻撃を弾き返すようですね」

 

 様子を見て、布都は予想通りといった感じで言葉を呟いた。加えて、「恐らく、面の数が減るほど、多く分裂するでしょうね」と、予想を告げる。

 

「ええ。ならば、どうするべきかは、一つ」

 

 言い聞かせるように神子は声に出す。

 

「そうなる前に止めなければ――布都、全ての面を記憶して下さい。準備ができれば、合図をお願いします。一気に攻勢をかけますよ」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「それでね、わた……」

 

 メディスン・メランコリーの人間に対する呪詛めいた繰り言が唐突に途絶えた。

 いい加減辟易していたアリスは彼女の話を聞き流しながら、戦闘をしている北の空を見ていた。

 

「それで、どうかしたの?」

「……」

 

 唐突の沈黙に合いの手を打ってみたが、変わらない。

 

「どうしたの?」

 

 そう言いアリスがメディスンの顔を見ようと覗き込んだ瞬間、メディスンの白い手がアリスの胸を押した。

 

「えっ」

 

 その力は強く、頭一つ分ほどの身長差があるにもかかわらず、メディスンは容易にアリスを押し倒した。

 倒れた拍子にカモミールの白い花びらが舞い上がる。りんごのような甘酸っぱい香りが広がる。地面に打ち付けたお尻の痛みがゆっくりと全身に広がっていく。

 

「……」

 

 黙したままのメディスンは倒れたアリスに近寄ると、白い手がアリスの白く細い首筋にかかる。白い手にゆっくりと力が込められ、締め上げられる。

 メディスンの顔を見る。不気味なほど無表情で、青い瞳に光りはない。

 

「メ……ディス……ン……どうし……て――」

 

 ぶつ切りに漏れる声。

 振りほどこうと、動くがびくともしない。

 魔法で抵抗しようにも、アリスの魔法は魔道書と呪文のセットでしか発動しない。

 首が痛い。

 ギリギリと締め上げられるアリスの白い首。

 窒息よりも前に、骨を折られる。

 

「……う……ぐぅっ……」

 

 ブックホルスターの留め金を外し、分厚い魔道書を握る。そのまま、魔道書の背表紙でメディスンの頭に叩き付けた。

 首を締め上げる力は変わらない。

 アリスは心の中で謝りつつ、力を込め思いっきり殴りつけた。

 ぐらりと、メディスンの顔が揺れ、首を締め付ける力が弱まった。

 しかし、それは一瞬だけ――

 メディスンの表情は変わらない。

 再び、アリスの首を締め付ける。

 できうる限りの力を込めて本を叩き付ける。

 ぴしりっと、メディスンの顔に亀裂が入り、更にもう一度打ち付け、メディスンの体が倒れた。

 

「げほっげほっ……うくっ……」

 

 痛む首を押さえ、咳き込みつつアリスが立ち上がる。

 一体、彼女に何が起きたのか?

 疑問を感じながら、彼女を見る。

 メディスンもまたゆっくりと立ち上がった。そこには何ら表情はただ瞳が赤く光っていた。

 アリスは後方に飛び距離をとる。それを追うようにメディスンが飛ぶ。

 魔道書を持った右手とは逆の手――左手の五指で、魔力の糸をメディスンへと伸ばす。人形劇の人形を操るように、種々の場所、頭、右手、左手、右足、左足に絡み付かせる。地面に腹ばいにさせようとするが、メディスンの力が強く、ただその場に固定する事しかできない。

 

「――メディスン、どうしたていうの?」

 

 力はメディスンの方が若干強い。押し返されそうになるアリスは力を込め、魔糸をきつく拘束する――が、メディスンの側に浮かんでいた人形――メディスンがスーさんと呼んでいた――が、アリスに向かって動き始めた。そこに表情はない。

 魔道書から手を離し、魔糸をスーさんに絡み付かせる。音を立て本が地面に転がる。

 スーさんの力もメディスンほどに強力だった。

 相手の力は衰えない。

 ゆっくりとアリスは二体の人形に押されていく。

 

「くっ」

 

 抗うメディスンの力の方が強い。

 魔糸の絡んだ五指がゆっくりと、ぎしっぎしっと本来指が曲がる方と反対方向に押されていく。

 

「うっくっ!!」

 

 アリスは指に力を込め、抵抗する。ただ、いつまでもこの状態を維持できるわけではない。

 傷つけまいとしていることが、状況を少しずつ悪化させていく。

 火の魔法か、氷の魔法か。

 どちらにしろ、すぐに相手の動きを封じる事はできない。

 簡単な魔法が火の方だ。

 覚悟を決めたアリスは地面に転がる魔道書を足で蹴り、メディスンの体にぶつける。人形がよろめいた。次いで、魔糸を解く。

 メディスンに向かって、右手を構える。

 アリスが魔法を放つ直前、メディスンの体が地面へと押し倒された。

 そこには、スキマから飛び出した八雲藍が立っていた。藍はすぐにメディスンの首関節の隙間にくないをうちこんだ。メディスンの体がすっと脱力した。

 

「これは一体どういう事です?」

 

 落ち着いた口調で、睨みつけるように式神がアリスに問うた。

 

「分からないの。急に固まって、私に襲いかかってきたの」

「近くに誰かは?」

「いいえ。だれも、いなかったわ」

「――ふむ」

 

 唇に手をやり、藍は少し考え込む。

 

「彼女は捨てられた人形に魂を宿した付喪神。住処は鈴蘭の咲く無名の丘。彼女の唯一の友達は側に居るスーさん。彼女は自立した物ではなく、メディスン自身が無意識に動かしている。能力は、植物から特定の成分を抽出する。成分は一度に一つだけではなく、複数を抽出することも可能。捨てられた事による人に対する憎悪をもつ」

「……」

「私が彼女について知っている事です」

 

 スーさんは地面に力なく転がっている。動いてはいない。

 

「少し調べてみましょう」

 

 藍はメディスンの体をひっくり返すと、顔を近づけ、メディスンの頭を軽く叩く。

 

「……」

 

 手に持ったくないでメディスンのブラウスを引き裂いた。つるんとした人形のボディが露わになった。さっきと同様

 

「中には何もないようですが……」

 

 八雲藍はくないを構えた。

 

「ちょっと、何を――」

 

 当惑するアリスを藍がちらりと見る。

 

「復元魔法は使えますね」

「えっ、ええ。まぁ……」

「それでは――」

 

 藍は躊躇いなく、くないをメディスンの胸に突き刺した。胸に蜘蛛の巣状に亀裂が走る。くないを引き抜き、藍はそこにできた穴から、体内の覗き込んだ。

 

「何もない……か。復元をお願いします」

「……まかせて」とアリス。メディスンの胸に手を当て、呪文を唱える。

「時限的なものはないという事は、遠隔で誰かが操っていたのかしれません」

「……それって簡単な事だとは、思えないけど……」

 

 ぐるりと改めて、アリスは周りを見回す。辺りには魔法の森のような大木などなく、見晴らしはいい。相手を操るなら、その距離が遠いほど困難だ。

 

「何か、別のアンテナを仕掛けているのかもしれませんが……しばらく、このまま様子を見ましょう」

 

 藍は目を細めて、呟いた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 咲夜の異変に最初に気がついたのは美鈴だった。咲夜の持つ気に、別の気が混じっていると、美鈴が感じ取ったからだ。

 紅魔館の地下図書館の天井は聖輦船の砲撃により、大きく穴が空いていた。直接、紅魔館を狙った攻撃はかなり前になくなっていたが、外から響く騒音と大地の揺れから目標の対称が変わったからだと判断し、未だに結界を張って潜んでいた。

 図書館は魔法光と大穴から漏れる陽光で斑に部屋を照らしている。

 今はこの書庫を根城にしているパチュリー・ノーレッジが結界を展開し、紅魔館の住人を守っていた。

 館の主――レミリア・スカーレットはこの状況に苛立っていた。

 何もできないからだ。

 いや、正確にはしようと思えばできるのだが、日傘を差して戦うなど弱点を教えているようなものだ。

 メイド、門番、魔法使いの三人が止めた。

 簡易のベッドにはレミリアの妹、フランドール・スカーレットが寝ていた。

 そんな状況で、唐突に咲夜の耳に、不気味な話し声が聞こえた。

 ホルスターのナイフを見る。

 花見の前日の記憶を引っ張りだす。

 玄関の扉を開けると、門番と一人の少女が立っていた。

 少女の黒髪に赤と白の髪が混じっている。小さな顔のその表情は無理矢理笑顔を作っているようだった。

 美鈴が状況を説明する。

 美鈴の作った野菜が評判なようで、買いに来たとのこと。お金がなく、変わりに一番値打ちのある銀のナイフを持って来たと言う。

 美鈴が二人の名前を言った。

 鬼人正邪、少名針妙丸。

 もう一人はどこにいるのかと、思っていたら少女の左肩に小さく動く者があった。それが訪問者のもう一人だった。

 帽子がお椀の蓋で、その下の髪はラベンダー色。赤い着物を身に纏っている。人なつっこい笑顔をこちらに向けている。

 黒髪の少女が差し出したナイフを見る。

 黒い柄に焦げ茶色の皮でできた鞘。

 手に取り、鞘を抜いた。

 真っ直ぐな刀身。

 光る刃が、メイドの姿を鏡のように映した。

 刃こぼれもしていない。

 そして、軽い――

 咲夜は彼女たちに渡す野菜について門番に聞いた。

 レタス、トマト、なす、きゅうり、枝豆。

 それだけでは釣り合わないと感じ、キッチンに戻ると昨日館の主が残したクッキーと大きなかごを用意し、二人を見送った。

 咲夜はホルスターからナイフを抜き取った。途端、咲夜の意識を遠くに引きずり込まれた。

 

「……」

「咲夜さん、あの……いつもと――」

 

 美鈴は咲夜に近づく。メイドは美鈴の方を振り向く。その目は赤く光っていた。それと同時にナイフを握った左手が大きく動いた。

 

「えっ?」

 

 突然のことで美鈴は何もできなかった。

 咲夜のナイフが美鈴の首筋を切り裂いた。鮮血が噴き出し、無意識に血を止めようと手で傷を塞ごうとする。血の匂いが広がる。

 レミリア・スカーレットがその匂いを知覚し、アクションを起こすよりも早く、咲夜は次の行動を起こしていた。

 咲夜の右足が、美鈴の腹部を蹴りつけた。美鈴の体が吹っ飛び、本棚に叩きつけた。美鈴の血が床に広がっていく。

 その音で、パチュリー、レミリアの二人が、咲夜と美鈴を交互に見る。

「んー」とフランドールが寝ぼけた声を漏らす。音、あるいは血の臭いに反応したのかもしれない。

 背の高い本棚が軋み声を上げ、倒れる。

 ――ブツンッ――

 唐突にレミリアの視界が漆黒に覆われた。

 レミリアの能力――未来視。

 これは、どういう事なのか?

 レミリアの体が固まる。

 しかし、答えはすぐに判明する。

 全身に走る激痛。

 その痛みでレミリアは未来視の意味を理解した。

 体を切られ――

 そして、眼を潰されたのだと――

 この状況を止める方法。

 いつもの咲夜の匂いに混じった小さな異物感。

 いつも彼女が身につけているナイフと異なっている。

 

「お姉様!!」と、フランドールの悲鳴。

「フラン! さく――」

 

 ――咲夜のナイフを破壊しなさい。

 そう告げようとしたが、その言葉は途切れ、代わりに大量の血液が噴き出した。

 喉を切られたのだ。

 

「フラン。咲夜の握っているナイフを壊して!」

 

 レミリアに代わって、パチュリーが命令した。

 妹だけに任せるわけにいかない。レミリアは四肢を失った体で翼を広げ、体当たりを行う。

 フランがベッドを蹴る。

 ベッドが軋む音。

 レミリアに押し倒される咲夜。

 主の背中にナイフを突き立てようとするメイド。

 フランは咲夜のナイフの刀身を掴む。更に力を加えると、銀色の刃がフランの手の中で粉々に砕けた。

 

「……わ、わたしは……」

 

 はっと目を見開いた咲夜の震えた声。震える両手。

 

「お姉様、死んじゃやだよぉ」

「どうして、こんな……」

 

 血まみれの咲夜は声と共に体を震わせる。

 

「大丈夫よ。吸血鬼は頑丈だから。幸い、頭と胴体はまだ繋がっているみたいだし……」

 

 咲夜らの側に近づいてきたパチュリーが告げた。

 

「フラン、レミィの腕と足を集めて」

「うん」

「レミィより先に、美鈴の方が先になんとかしないと……」

 

 トテトテと、パチュリーが美鈴の元へ走って行く。

 

「――お嬢様……」

 

 咲夜は、主人の前で糸が切れた人形のように座り込んだ。メイド服のスカートが血を吸っていく。

 

「……申し訳ありません。私は――」

「……たい……ゃ……な……」

 

 回復させつつある喉から、レミリアが声を漏らす。声と共に喀血した。

 

「お姉様、大丈夫だって」

 フランが姉の言葉を伝えた。

 

「……ですが……」

 

 しかし、今の咲夜には気休めにもならない言葉だった。




NEXT EPISODE【7月27日(9)】
「残念だけど……」と、聖白蓮はナズーリンの頭を撫でる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。