終わる幻想郷-Last Word-   作:くけい

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【7月27日(9)】

【7月27日(9)】

 

 

「うわっ! ひどい。誰がこんな事したんだろう?」

 

 天界から地上へと降りる比那名居天子と永江衣玖。

 先日、地上に訪れた天子は地上の変化に驚きの声を上げた。

 衣玖もまたその様変わりに驚きを感じたが、表情を変えず地上を見渡す。

 霧の湖 西洋館漂う紅魔館の姿は消え、魔法の森から人里の方に向かって、幾重にも地面が抉り取られ、あちこちで土色の粉塵が漂っている。山の中腹ほどにも見覚えのない建物――最近建てられたものと思われる――でも噴煙を上げていた。

 そして、未だに戦いが空中で繰り広げられている。

 

「船の封印が解かれたようですね」

 

 衣玖は西の様子を観察し、呟いた。

 

「船って?」

「あそこに大岩が見えませんか? いつの頃だったかははっきりとは覚えてはいませんが……昔、白蓮という尼僧? がおりまして、彼女は箱船を使ってこの地を訪れたのです」

「――へぇ。で、なんで封印されたの?」

「さぁ。はっきりとは……博麗の者と対立したらしく、かの僧は魔界に、船はあの地に封じ込められ――」と、衣玖は朧気ながら覚えている事を天子に伝えた。

 

「あー……じゃあ、アレ、私のせいだ」

「どういう事ですか?」

 

 天子は博麗神社を倒壊させる前の事を話した。

 

「………………」

「あれ? 衣玖、怒ってる?」

「…………いいえ。少し……改めて、情報を整理していたので……」と、途切れ途切れに言葉を返した。

 

「……まぁ、総領主様が生まれる前の出来事ですので……」と、衣玖は落胆し、ため息をこぼす。

 それは天子の行動に対してなのか、それとも、それでもなお、彼女に対し怒号を飛ばす事のできない自分に対しての気落ちなのか、衣玖には分からなかった。

 ゆっくりと二人は里の方へと降りていく。

 

「衣玖、もしかして……アレを助けるのかな?」と、天子が指さす。

 

 彼女が示したのは、暖色の結界。中には三つの人影があった。

「…………あれは、結界が張られている以上、加勢するのは難しいかと――」

「じゃあ、ああいう怪我している人の手当とか?」

「いえ、それは私達には向いていないかと……」

 

 衣玖はすぐさま否定した。人見知りの衣玖にとって、ホイホイと人に近づくなんてできなかった。加えて言えば、天子が他人に対し献身的な行動を取るとも思えない。

 

「そうだよね。あんな事、私メンドーでやってられないし」

 

 天子の言葉を否定すべきなのだが、できなかった。

 巫女の求めている事は何なのかは分からない。

 徳を積むためにする事は――

 

「――もう少し、様子を見ましょう」

 

 答えの出ない衣玖は、そう提案した。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 洩矢の鳥居の側で南の様子を窺っていた洩矢諏訪子の背後で轟音が響いた。音の先は倉庫から。舞い上がる砂塵の中から一つの人影が飛び出した。

 赤みがかったブラウンの短髪、整った顔立ちに異彩を放った赤い瞳。服装は黒と赤のチェックのブラウスに、白のパンツスーツ。手には木の棒を握っている。

 

「あれは……太鼓?」

 

 彼女――堀川雷鼓――が握っていたのは、太鼓のバチだった。

 

「ヴォォ―――――――ッ」

 

 言葉にもならない咆哮を上げる雷鼓。その咆哮は一つだけではなかった。それは別の方角からだった。山の木々から飛び出したのは薄暗い紫色の和傘を携えた付喪神の多々良小傘だった。

 小傘は何度かここを訪れている妖怪の一人だ。早苗が彼女に驚かされており、その反応がいたく気に入ったようだった。

 堀川雷鼓と多々良小傘は互いを敵と認識したようで、空中で襲いかかった。

 二人の体が重なる。太鼓のバチが、和傘が、互いの左脇腹を刺し貫いた。

 

「ッヴァガァァ―――――――ッ」

 

 肉食獣のような悲鳴を上げる二人。

 だが、雷鼓に対し、小傘の攻撃はまだ終わってはいなかった。

 刺し貫いたままメリメリと肉を裂き、和傘がぱっと開かれた。熱い血の雨が降る。

 くの字に折れる雷鼓の体は力を失い、地面に叩き付けられる。

 追い打ちをかけようと、和傘を構えた小傘が雷鼓を狙う。

 ――と、一陣の風切り音が鳴き、傘を持った小傘の右腕が切り落とされた。

 

「ガァァ―――――――ッ」

 

 飛びちる血飛沫。獣の咆哮が轟く。

 一方、雷鼓は体に力を入れ、起き上がろうとする。

 びしっと持ち上がった頭が、再び地面にめり込んだ。しかし、一度だけでは、獣の意志は砕けず、もう三度、足を振り下ろし、ようやく雷鼓は動かなくなった。

 片腕を失った小傘が狙いを神奈子に変え突進する。振り上げた隻腕は再び、風切り音と共に切断された。

 鮮血が舞う。

 両腕を失ってもなお突進する小傘。付喪神の赤い瞳が光る。

 神奈子は手前の地面を隆起させ、小傘を叩き付ける。さらに別の地面もボコリと盛り上がり、それは鞭のようにしなり、小傘を上から挟み込むように押し潰した。

 果汁を搾るように赤い血が溢れ出る。

 それきり、小傘は動かなくなった。

 

「まったく、何の騒ぎだか――」

 

 八坂神奈子は誰に言うでもなく呟いた。

 

「誰かが、付喪神に擬人化させるほどの力を与えたようだね」と、諏訪子。

「ふーん。で、あんたはこちらの監視かい?」

「ええ。さっきのは余計でしたか?」

 

 小傘の両腕を切断した射命丸文が返事を返す。彼女の後ろには仏頂面をした姫海棠はたてが控えていた。

 

「構いやしないさ。あれくらいなら誰でも、どうとでもなるだろうさ。それより、こうなった原因は知っているのか?」

「もしかして、こちらを疑っていますか?」と、騒動の主役が沈黙したことで、文は神奈子らの近くに降り立った。はたては、土柱の様子を見ている。

 洩矢神社がこの地に済む事が許されたのは、彼女らのトップである天魔との交渉の結果である。簡単に言えば、山に対して、危害が及びかねないときに守護すること。

 船の攻撃は山からやや逸れていた事と、洩矢神社と大きく離れていた事もあり、諏訪子達は様子見だった。

 さっきのは、山と言うよりは自分達に降りかかった火の粉を払った程度だ。天魔との交渉時、今はこういったトラブルはほとんど起こらないと聞いていた。しかし、こちらに移住して一月も経っていない僅かな時間で、こんな騒動が起こるのだ。こちらを試すために意図的に仕掛けているのではないかと、神奈子は考えた。

 

「……まぁ。そういう可能性もあると少し考えただけさ」

「こちらに来て早々、役割を果たせといった感じですが、私達も自分たちの領域を破壊してまで、貴女方を試すような事はしませんよ」

「こういったことは、これまでも?」

「いえ。私の知る所では一度も……といっても私はまだX百年程度しか――」

 

 その時、はたては視界の隅にそれを捉える。それは、細く、鋭利な――

 

「皆、避けて!!」

 

 文が話す中、はたてが大声で叫んだ。

 神奈子と諏訪子は瞬時に反応し、後方に飛んだ。文だけが、反応に遅れた。瞬間、文の体を何本もの細槍が差し貫いた。

 

「――ッ!!」

 

 体に走る衝撃に文は眼を大きく見開いた。

 

「あや!!」

 

 はたては右手でかまいたちの斬撃で槍を切断した。

 

「これは――やらかしちゃいましたね――」

「――傘の方か――」

 

 緊迫した面持ちで、神奈子が呻く。神奈子の言う通り、それは小傘の持っていた茄子色の傘から伸びていた。細槍は傘の親骨が伸びたものだった。切断された腕の側で、和傘が少し開いた状態で立っている。傘の一部がしなり、十数本の親骨が文の方に伸びていた。

 本来、細い親骨に大した強度はないはずだが、今は鋼鉄並みの強度を持ち、天狗の体を刺し貫いた。

 傘におよそ五十の親骨がある。攻撃に転じた骨は全てではない。

 

「飛べ!! あいつはお前を標的にしているぞ!!」

 

 左腕に突き刺さった骨を引き抜こうとしていた文に向かって、神奈子が叫ぶ。

 文が行動を起こすよりも早く、はたてが動いた。正面から文の体を抱き、すばやく上空に飛ぶ。

 遅れて、文の立っていた地面から数十本の骨が勢いよく生え出た。

 諏訪子が土の集積し、ハンマーを形作ると、小傘の和傘をぐしゃりと叩きつぶした。

 骨が伸びる事を止め、その場で固まった。

 

「――はたて、助かりました」

 

 呻くような声で感謝を伝える文。

 

「何が助かりましたよ。全然、助かってないわよ」

 

 涙声ではたてが怒る。

 文の白いシャツは赤く染まり、その血ははたてのブラウスまで赤く染めていく。

 

「――ああ、服を汚しちゃいましたね――」

「馬鹿! そんなんじゃないわよ」

 

 はたては文のからだをぎゅっと抱きしめる。刺さったままの骨の一部がはたての体に食い込んだ。

 

「……くっ……」

「早く手当をしないと――」

 

 はたては、河童の所に行こうと勧める。文の傷は浅くない。自前の妖力である程度の回復はできるだろうが、完治は難しい。河童の妙薬を頼るべきだろう。

 

「……しかし……」

「あの二人の監視は椛に任せておけばいいでしょ? あいつの千里眼なんてこういうときにしか役に立たないんだから」

 

 はたてはぐっと唇を噛み、河童の元に向かった。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 能面の位置を覚えた物部布都と豊聡耳神子は、秦こころに対し、一気に攻勢をかける。四つの面を二人がかりで同時に攻撃し、淡々と破壊する。薙刀を構え突進するこころを布都が引きつけ、太子を守る。

 

「太子様、もういいでしょう? 私が直接、引導を渡してやります」

 

 半分の面を割っただろうか、しびれを切らして布都は告げる。

 

「待って下さい! まだ早すぎます!!」

 

 神子の制止を振り切るように、

 布都はこころの薙刀を左腕でいなし、右腕を振り上げ、こころの左頬を殴りつける。

 しかし、布都の拳はこころに届かなかった。砕かれた能面が集まり、主を守護する盾となっていた。

 

「ふっ、まさかまだ面を利用するとはっ……あぐっ……」

 

 いつの間にか、薙刀から手を離した心の手が、衣服越しに布都の腹に食い込んでいた。こころの長い指が皮膚を裂き、白い水干を赤く染めていく。

 

「ちっ、往生際が……」

「布都、引きなさい!!」

 

 神子の命令が飛ぶ。だが、それよりも早く、三つの薙刀が別々の方向から、布都の体を貫いた。

 薙刀は三つの面からそれぞれ飛び出したものだった。左ふくらはぎ、両の乳房下、いずれも、布都の背後から突き刺さったもので、ぬらぬらと光る血に濡れた刃が胸から突き出している。

 

「――痛ッ!!」

 

 こころの手からこぼれ落ちた薙刀が、能面を通して分裂したものだった。

 

「このっ!」

 

 薙刀の刃は、布都のすぐ側にいるこころにまで達していない。ならば、すべき事は決まっていた。

 左腕をこころの腰に回し、ぐっと自分の方に抱き寄せる。胸に刺さった刃が、ぐずりとこころの体に突き刺さり、こころは雄叫びを上げる。

 こころの顔面を防御していた面盾が崩れていく。すかさず、布都は右拳をこころの顔面に叩き込む。

 逆立っていたこころの髪はゆっくりとしな垂れ、体から力が抜けた。周囲を囲っていた結界が消える。

 

「布都、大丈夫ですか?」

 

 青い顔をした神子が布都に近寄った。

 

「依代が頑丈ですから、すぐに治りますよ」

「治る、治らないの問題ではありません。あまり私を心配させないで下さい」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「残念だけど……」と、聖白蓮は胸に抱いたナズーリンの頭を撫でる。

 

 場所は聖輦船の甲板、そこには白蓮を慕う妖怪達――ナズーリン、雲居一輪、村紗水蜜と寅丸星――と雲山、魔界行きを望む観光客の霍青娥と宮古芳香の八名は集まっている。

 白蓮と聖輦船の合流にそう時間は掛からなかった。白蓮の住み処とゲートが手近にあった事が大きな要因だった。

 彼女は迎えが来たと言い、生活を共にしていた男と別れを告げ、聖輦船に降り立った。

 懐かしい面々。

 しかし、久方ぶりの挨拶もなく、ナズーリンは白蓮に自分の置かれた絶望的な状況を話した。

 彼女の言葉を聞き、聖は悲しげな顔を見せ、残酷な言葉を告げる。

 

「難しいわね。貴女から聞いた状況では――」

「貴女でもできないの? 大魔法使いだと言っていたけど」

 

 青娥は白蓮に聞いた。青娥に落胆はなかった。おおよその予想はついていたからだった。

 

「私にもできる事とできない事があります。特に彼岸の領分ともなれば、こちらから干渉する事はできませんから……」

「白蓮様、私達に分かるように説明してもらってもよろしいですか?」と、一輪が真剣な表情で聞いた。

 

「魂が肉体から離れれば、よほど強い情念がない限り、その魂は彼岸も元へと流れていってしまうの」

「制限時間があるという事ですか?」

「ええ。正確な時間は分からないけれど。けれど、問題は他にもあるの。肉体の問題がね」

「……」

 

 青娥は黙って、白蓮の言葉の続きを待つ。

 

「肉体が傷ついたときに傷を治すための治癒魔法が存在するわ。けど、これは万能ではないの。傷ついた細胞を再生させるにはエネルギーを必要とするのだけれど、同時に副作用と言っていいのかしら、色々な事が起きるの。発熱や大きな痛みが伴うのよ」

「けど、それは術者が肩代わりする事も可能よね?」と、霍青娥。

「ええ、もちろん。けれど、問題はそちらではないわ」

「何を元にして再生しているのか、でしょう?」

「ええ。設計図は当人の細胞。もちろん術者が設計図を書いて、その通りに組み立てる修復する事は可能だけれど……それは複雑なものほど、難しくなるの」

「鼠は難しい方に入ると……」と、一輪が問うた。

「鼠に限らず、生命体全ては複雑なものよ。一朝一夕で理解できるものでもないし――」

「完全な設計図――情報が必要ってこと。まっ、私は知っているけど――」と、青娥。

「たしか道教で、尸解仙という仙人になる方法があるわね。必要となる依代に肉体の情報を保存する。けど、その依代に大きな瑕疵を負えば、不完全な肉体となる」

「ええ、その通り」と青娥が合いの手を打った。

「それと――もう一つ問題があるわ。今の事と重なるけれど。今仮に不慮の事故でなくなった二人の女性を蘇生させるとするわね。一人は……そうね、二十歳くらいの女性で、もう一人は老衰した老女という事にしましょう。二人を蘇生するために、肉体と魂を結びつける。さて、どうやって、組み合わせる?」

「それは彼らの声を聞けば、分かるのではないですか?」と、一輪が聞いた。

「残念だけど、声帯ない霊の声にあまり違いがないから判断する事は難しいわ。もちろん力のある者であれば、生前の声を出す事も可能だけれど……それに――」

「――二人が本当に自分の肉体を指し示すか?」

 

 青娥が聖より早く、問題点を告げる。

 

「そう……それに彼らは嘘をつく事ができる。欲が出れば、なおさらね」と、聖は寂しげに告げる。「結局、信用にたる情報がなければ難しいのよ」

「……うぅ……ぐすっ……」

 

 白蓮はナズーリンの頭を撫でる。

 

「――それでも、私にできる事があるかもしれないわ。すぐに戻りましょう」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 パチュリーの魔法のお陰で、美鈴とレミリアは目に見える傷はなくなった。今も気絶していて、状態は落ち着いていた。

 咲夜が嗚咽を押さえると辺りは静かになった。

 元々、パチュリーと咲夜は大人しく口数が少ない。唯一おしゃべりなフランも怪我で寝ている姉のこともあり、はしゃぐ事はなかった。

 その沈黙は唐突に破られる。

 一筋の光の雨が、パチュリーが張った結界を突き破り、彼らのいた地下空間に炸裂した。

 パチュリー、咲夜、美鈴、レミリア、フラン、銘銘がその衝撃で吹き飛ばされた。

 

「痛ぁっ!!」と、悲鳴。

「むきゅー」と、気絶音。

 

 そして――

 

「きゃあ゛ああああああああああああああああ―――――――!!」

 

 絶叫とも言えるフランドールの悲鳴。

 痛む体を起こし、咲夜は周囲を見回す。額から血を流しているパチュリー。瓦礫にまみれたレミリアと美鈴。

 フランは顔を押さえ、両足をバタバタとさせていた。フランの顔から白い蒸気が立ち上っている。

 埃っぽさに混じった肉の焼ける匂い。陽がフランの顔を照らしていた。彼女は姉以上に陽光に対する耐性がない。

 咲夜は時を止め、急いでフランの体を抱き、日陰に移動する。

 

「パチュリー様」

 

 動き始めた時間。咲夜は魔法使いに助けを呼ぶが、彼女はぴくりともしない。フランは咲夜の腕の中で気絶した。爛れた顔と腕があまりに痛々しい。

 

「どうすれば――」

 

 改めて、咲夜は周囲をも渡す。蹂躙された地下。天井は以前よりも大きく裂けている。

 咲夜はレミリアと美鈴の体を抱く。どちらも息もしている。咲夜は日陰の一カ所に皆を集めた。

 それだけしか、できる事がなかった。

 咲夜は魔法を使えない。先程の攻撃を防ぐ事はできない。

 

「何か――」

 

 メイドは必死に思慮を巡らす。不意に触ったスカートのポケットに異物を感じ、取り出す。

 

「これは――」

 

 それは、以前に花見の時に霊夢からもらった札だった。

 すぐさま、咲夜はそれを自身の体に張った。

 空中に出来上がった矩形の傘。

 ――と、があぁんっと大きな音が咲夜らの頭上で響いた。効果はあるようだった。しかし、本来の用途で使っている訳ではない。そう長くは持たないだろうと、咲夜は思う。

 手の中にある数枚の護符。それまでにこの事態は収束するのだろうかと、不安な面持ちの中再び、騒音が鳴り響いた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「私の近くに――」

 

 アリスに指示する八雲藍の顔は険しいものだった。

 突如幻想郷全土に降り注ぐ光の雨。遠くで炸裂している惨状を見れば、その強烈さは理解できる。

 それがどこから来るものなのか、藍には分からない。特定しようにも、主命から薬の成分を抽出するための植物群を守ることに専念せざるを得なかった。

 広範囲の攻撃から複数箇所を防衛することは、藍の能力で以てしても難しい。

 スキマは無限に展開できるものではない。空間を干渉できる面積には限界がある。それは主人である八雲紫も同じ。ただ、その限界が違うだけだ。

 広げたスキマが大きければ、展開できる数は少なくなる。小さなスキマであれば、数多くのスキマを展開できる。数が増えれば、その数だけ座標を操らなくてはならない。

 守るべき場所は四カ所。今離れている三カ所は大きなスキマで対処するが、完璧な防守ができているかと問われれば、返答に窮する状態だ。

 

「……今度は誰が――」

 

 メディスンを抱くアリスの呟きに、答える余裕は今の藍にはなかった。身動きが取れず、ただこの状況を耐え続ける状況は、ひどくはがゆい。ただ耐え凌ぐだけで、妖力は確実に消耗していき、状況は悪化していく。この事態を引き起こしている首謀者を探すこともできない。

 苛立ちが募る藍は、近くに落下する一本の槍を見落としてしまう。

 見逃した光の槍が大地を砕き、彼らを瓦礫の突風が襲いかかった。

 砂塵が悲鳴を飲み込んだ。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 深い霧が立ちこめる彼岸と此岸の境界――三途の川。

 逆さつららのような岩々に不思議な色をした川の水。一隻の小さく古びた小舟が川縁に泊まっている。

 主の亡霊少女と共にここを訪れた妖夢は、巫女から頼まれた要件を小野塚小町に伝えた。

 

「それなら、気にする事はないさ。まだこの間の花見の時の霊の処理が追いついてなくてね」

「あんまりゆっくりしていると、上に怒られるわよ」と、幽々子は冗談めかして言った。

 仕事――といっても、今の霊とだべっているだけ――の邪魔をしないという事で、幽々子は妖夢の手を引き、岸辺を歩く。辺りで聞こえるのは涼しげな川のせせらぎだけ。暑くもなく、寒くもない、不思議な空間。

 

「――ではないですか?」

「残念だけど、ハズレ。まぁ、少し惜しいんだけどね」

「じゃあ、正解はないですか?」

「そんな簡単に教えたんじゃ面白く――」

 

 亡霊少女が、言葉を止めた。

 従者と進んだ、ここまでの道のり、あるいは帰り道の方に顔を向ける。

 

「……」

「幽々子様?」

 

 妖夢の問いかけに主人は応えない。特に何かがあるというわけではない、少なくとも妖夢にはそう見えた。

 

「走るわよ、妖夢」

 

 グッと手を引き、幽々子は走り出す。歩幅の違いもあり、妖夢はよろけそうになるが、そう長く走る事はなかったので大丈夫だった。

 近くには霊とだべる小町がいた。

 

「小町!」

「んんっ?」

「構えて!!」

「何だ?」

「念の為よ!!」

 

 と、幽々子の手が従者の襟首を掴み、ぐっと、自分の体に引き寄せ、そのまま抱きしめた。

 身長差のせいで豊満な主の胸に従者の顔が埋まる。

 

「ぅ、幽々子様?」

 

 息苦しさを感じながらも、再び妖夢の問いかけに主人は応えない。

 

「小町、私の後ろへ」

 

 幽々子は体を顔の方へ向ける。

 

「何があるって言うんだ?」

「まだ、見えない?」

「ん? あれは……」

 

 小野塚小町も異変に気がついたようだ。

 狙いは私だと西行寺幽々子は思っていたが、そうでない者も混じっているかもしれない。なぜなら、相手はこちらの登場人物を知っている。

 

「小町、早く!!」

「ああ」

 

 始めて聞く幽々子の怒鳴り声に、小町は戸惑いながらも従い、彼女の数歩後ろに下がった。

 亡霊少女は妖夢を抱き留めている左手と反対の手をかざす。

 

「ギャストリドリーム」

 

 紫とも青とも就かない不思議な色の結界は三人の前に展開する。

 十数秒後、結界が攻撃を弾く。その音は耳を覆いたくなるほどの爆音で、妖夢は首を回し結界を見る。

 遠くから飛んできたのは護符だった。霊夢が使っている護符。それが、夥しい数の護符がこちらに向かって飛んできていた。

 

「お前ら、あの巫女に何か怒らせるような事をしたのか?」と、小町は幽々子に向けていった。「尋常じゃあねえぞ、この数は――」

「知らないわよ、そんな事。直接聞かないとわからないわ」

 

 静かになった。でも、それで終わりではない。遠くに赤い点々が見えた。それが次第に大きくなる。

 そして――

 

「第二波か――」と、小町が言った。

「小町……悪いけど、使うわよ――」

 

 返事を聞かず、幽々子は妖夢の背中に回していた手を離し、両手を広げ、両腕を上げると、胸の前でクロスさせる。

 その動作で、万を超える複製された巫女は消滅した。さらに返す手で、半数以上の巫女を滅する。もう一度々動作をし、残りは数体。三度目の攻撃をさせることなく、複製巫女は完全に消滅した。

 幽々子は展開した結界を消去する。

 

「この中で、恨まれるようなことをした奴、挙手……ちなみに、あたいはないぞ」

「私は……まあ、あるわね……」

「――やっぱりな……けど、これだけの事をしても、無傷っていうのも……なんか……えげつないねぇ」と、呆れた顔の小町。

 

 幽々子に対し、人海戦術など無意味。彼女に対し、あらゆる生命はゼロ距離でその生命線を握られている。

 

「……」

 

 妖夢は言葉もなく、巫女達が来た方向を見ていた。今は人っ子一人見えない。

 

「――そうかしら?」

「お前なぁ……さっきのは、確実に指で数えられるような量じゃなかったんだぞ! あんな圧倒的な物量で攻め込まれたら、普通ひとたまりもないぜ!」

「……」

 

 妖夢は言葉もなく、巫女達が来た方向を見ていた。人っ子一人見えない。いやな予感がした。

 それは、はっきりと形になる。

 

「……幽々子様、また――」

「ええ、分かってる。二人共そのままで――」

 

 再び、幽々子は結界を構成し、力を使い巫女もどきを一掃していく。幽々子の指が命の糸を躊躇なく切り落としてく――

 が、その指先が止まった。

 

「――えっ!?」

 

 その様子を見て、小町が声を漏らす。

 幽々子の体が青白い光を放ち始めた。

 

「まさか――」と、小町は驚きの声をこぼす。

「――これは」と、きょとんとした表情の幽々子。「――ああ……そういうことね」

「何が……起きてるんですか?」

 

 当惑する従者は得心する主人に問いかける。

 

「妖夢……お別れみたい……」

「妖夢! ゆっこを押さえろ!」

 

 言うが早いか、小町は大鎌を構え幽々子の前に躍り出た。幽々子が倒しきれなかった数名の巫女に対峙する。巫女の攻撃はひどく単調で、一直線に幽々子を狙っているだけで、簡単に大鎌が護符を防いだ。

 

「西行妖が――桜の封印が解かれたんだ! まずいぞ、これは!」

「封印……そんなことは! だって、春を集めていないのに!」

「春? 何言ってんだ!?」

 

 小町の大鎌が巫女を両断する。すかさず、迫り来る巫女に向かって鎌を振る。

 

「幽々子の封印を解く方法なんて、いくらでもあるんだぞ! この間の花見の事を忘れてんのか!?」苛立ちげに小町が叫ぶ。「もうすぐ、ゆっこは本当の肉体を求めて動き出す。向こうの肉体に接触すれば、幽々子は完全に消滅する。永遠の別れだ――」

「えっ!?」

「――だから、しっかり押さえてろ!!」

 

 大鎌を振り下ろし、巫女の分身が縦に裂け、消滅する。

 妖夢は顔を上げ、主の顔を見る。

 

「ごめんね、妖夢」

 

 幽々子の瞳から光が――すうっと生気が消えていく。

 

「……さよなら……」

 

 声はなく、唇だけが動いた。

 

「妖夢、幽々子を止めろ!!」再度、小町が叫ぶ。「私は向こうに行って、肉体の再封印を行う。命張ってでも止めろよ!!」

 

 返す手で巫女を切り落とし、小町は此岸へと飛んだ。

 

「……そんな……幽々子様」

 

 うなだれる妖夢。

 感傷に浸る暇もなく、幽々子のお腹を押さえた妖夢の両手にぐっと重い力が掛かった。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 鬼人正邪は巫女達の戦いに注視していたため、それに気づいた時には、すでに各地でそれによる被害が出始めていた。

 そして、その一つ――一本の光の槍が、正邪目がけて落下してきていた。

「ふん」と、つまらなさそうに一息漏らすと、手を掲げて叫ぶ。

 

「――逆転」

 

 正邪は力を一気に発動させる。光の槍の力のベクトルは瞬時に反転し、天から地へ、ではなく地から天へと流れていく――

 その筈だった。

 しかし、光は正邪の力を物ともせず、直進し、正邪の脇腹を苦もなく貫いた。

 

「――がはっっ!?」

「正邪!!」

 

 吐血する正邪に針妙丸が悲鳴を上げる。

 刺し貫かれた正邪の体は力なく地面へと落下していく。

 

「正邪、しっかりして!!」

 

 針妙丸は右肩の服をぐっと引っ張り、落下を阻止すようとするものの、落下スピードは全然変わらない。

 このままでは、地面に叩き付けられる。そうなれば――

 

「うっ……ぐっ……ぎゃ……ぎゃくてん……」

 

 途切れ途切れに正邪は力を放つ。自分自身に――

 自身に作用するベクトル――落ちていく力をゆっくりと反転させていく。

 だが、勢いは変わらない。土色の大地が近づく。

 

「正邪、死んじゃダメ――!!」

 

 衝撃に恐れ、目をつぶった針妙丸が叫ぶ。

 

「あ……あぁ……ぎゃく……てんしろぉ!」

 

 声を絞り出す正邪の体が急激に落下速度を緩め、地面すれすれでピタリと止まる。次の瞬間、とさっと正邪の体が地面に着地した。

 正邪と針妙丸、二人が安堵する間もなく、横殴りの突風が襲う。

 二人に近い大地が、光の槍で砕かれた衝撃だった。

 

「ぐあああっっ!」「きゃあああっ!!」

 

 呆気なく引き飛ばされる二人。血をまき散らし転がる正邪。針妙丸は服から手を離してしまい、別れ離れに。

 

「けほっけほっ、正邪! 正邪、どこ?」

 

 正邪と引き離された針妙丸が呼びかける。土煙で周りの様子が見えない。

 しばらくして別の方向から砂塵が吹き荒れ、ちらりと正邪の姿を捉える事ができた。

 針妙丸は小さい体で姿勢を低くし、正邪に駆け寄った。

 裂けた腹から血が止めどなく溢れ、地面を濡らしている。正邪の顔は青白い。

 

「針妙丸……お前は逃げろ……」

「そんなこと、できな……いよ」

 

 絞り出すような正邪の声に、針妙丸の言葉が近くにいたその存在で途切れそうになった。

 正邪を、針妙丸を見下ろすように、青いリボンで髪を束ねた博麗の巫女が立っていた。

 

「全く、面倒な事をしてくれたものね――」

 

 そう言い、巫女はため息を漏らした。

 

 

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NEXT EPISODE【7月27日(10)】
「あら、レイセンったら、こんなところにいたの?」
ウドンゲの頭上で懐かしい声が聞こえた。
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