終わる幻想郷-Last Word-   作:くけい

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【7月27日(10)】

【7月27日(10)】

 

 

 時間は少し遡る。

 部屋から、博麗霊夢と霧雨魔理沙が出て行った。次いで、アリス・マーガトロイド、メディスン・メランコリーの二人が、妖狐が作ったスキマから八雲藍と一緒に出て行った。同時に妖狐の親玉である八雲紫も別のスキマを作り出し、出ていく。

 それほど広くもない部屋から、六人がそう時間を置かずに去り、場が一気に静まりかえった。鈴仙は時折起こる揺れが心持ち大きくなっているような感じがした。迷いの竹林には特殊な結界を張ってあるために、外からの干渉はほとんどないが、大地を伝っての揺れには何の妨げにはなっていなかった。

 沈黙を破ったのは、八意永琳だった。

 

「ウドンゲ、貴女も準備なさい」

 

 鈴仙の返事を待たず、永琳は言葉を続ける。

 

「──外の様子が随分と騒がしいようだし、貴女が様子を探って。必要に応じて、この子に外の状況を送ってちょうだい」と、永琳は顎でてゐを示す。

「は、はい!」

 

 必要以上に外との干渉を行う事を良しとしない永琳がこう言うのだから、よほどこの事態が珍しいのだろう。鈴仙はすぐに準備をし、竹の迷路の出入り口へと向かう。

 

 

 迷いの竹林の出入り口近くまで来た。そこで、はたと鈴仙の足が止まる。

 自分はどこへ行くべきなのだろうか?

 深く考えず、永遠亭を出てしまった。

 人里にはいけない。今は薬売りの格好をしていない。

 一度着替えるべきだろうか?

 いや、一度外へ出てみれば、分かるだろうか?

 このまま、霊夢達の方へ行くべきか、それとも──

 ふと、周りを見渡す。

 

「あっ」

 

 竹林。そこからのぞく切り取られた青々とした空。

 ここは、自分が地上へと降りてきた場所だった。あれから、地上に降りて二週間ほど経った。

 鈴仙はここに降り立ったときの事を思い返す。

 

 

「見かけない顔だな」と、てゐは訝しげにレイセンを見た。

「あっ……レイセン……と言います」

「やっぱり知らない名前だな。どこから来た?」

「ええっと……」

 レイセンは住まいの住所を答える。

「……むっ……月?」と、てゐは引っかかりを覚える。「永琳だな、これは……」

「えいりんって……八意永琳様のことですか?」

「何だ、知っているのか? ──だったら、ついてきて」

 と、鈴仙はてゐに案内された。

 

 

「話しながら出いいから、ここに寝て頂戴」

 挨拶もそこそこに、レイセンは鈴仙をベッドに横にさせる。

「はい……それで、本の……」

 永琳は手に収まるような小さな金属箱を持つと、鈴仙の頭から足へとかざしていく。

「……というわけで、なぜかここに来てしまいして……」

「貴女、病院に入院したことは?」と、永琳は手を鈴仙の頭部にかざしたまま質問した。

「たしか……二度ほど……」

「もう少し詳しく説明して頂戴」

「ええっと──」と、レイセンはたどたどしく説明する。

「親はご健在?」「能力は?」「戦闘訓練は……」と、矢継ぎ早に説明を求められた。

「まぁ、大体のことは分かったわ」

 一通りの説明を聞き終え、

「レイセン、貴女が私をサーチする為の先兵ではないことはわかったわ」と、告げる。

「貴女の頭にはARSNが埋め込まれているわ」

「え-あーる……」

「簡単に言えば、玉兎感応通信網を抑制する物よ……これは罪を犯した玉兎に埋め込まれる代物よ。脱獄幇助を防止するためにね」

「え? でも、私はそんなこと──」

「ええ、知っているわ。これは貴女によって、月の玉兎全てが統御されるのを恐れた為ね。玉兎感応通信網も一つの波だから──」

「っ! そんな──でも、私は──」

「……まぁ、潔癖な上の連中なら……」と、永琳は声を漏らす。「二度の手術は貴女の成長により、機器が脳を圧迫してきたからでしょうね」

「…………」

「…………」

 

 俯き、黙ったレイセンを値踏みするようかのように見つめる永琳。

 

「さて、ARSNを取り除きましょうか」

「……え!? それって、あの……」

「心配しないで……別に物理的に排除するわけじゃないから、肌を切り裂く必要なんてないわ……まぁ、貴女がどうしてもっていうなら、時間が掛かるけど手術もするわよ」

 

 レイセンは流されるままに了解し、永琳は先程かざしていた機器を再度、頭に近づけスイッチを押した。それでARSNの機能は停止した。

 

 

 それからは大変だった。手が欲しいということで、様々な雑用を手伝ったり、解放された通信能力を使って因幡てゐと交信をしたり、新たな名前をもらったり、薬のことを覚えたり……

 月に居た頃が懐かしい。鈴仙はそう思った。

 ──と、

 

「んっ?」

 

 頭が重い。何かが強い力で自分を押し潰そうとしているような──

 鈴仙は踏ん張ろうとするも、頭がゆっくりと沈む。

 

「ぅ……重い」

 

 ぐらっと重心が前へと傾き、どたっと鈴仙は倒れ込んだ。

 

「ふうん、ここが地上ね……青クサッ!」

 

 頭上から聞こえる、聞き覚えのあるその声。

 踏みつけられている頭が痛い。

 

「──と、あらっ? レイセン、こんな所にいたの?」

 

 ゆったりとした白のブラウスにブルーのサロペットスカート。腰まで届く艶やかな金髪を揺らし、彼女はペットの名前を言った。

 

「──と、豊姫様っ!!」

 

 頭上から聞こえたのは、レイセンにとって懐かしい主の一人──綿月豊姫の声だった。

 

 

「それは、さっきの巫女のことじゃない?」と、永琳が豊姫の疑問にぽつりと答えた。

「巫女って、何?」と、豊姫はなぜか鈴仙に聞き返した。

「ええっと、巫女というのは……この地では、神事を行ったり、妖怪などが起こすトラブルを解決したり……まあ色々です」と、上手く説明しようと苦慮しつつ、鈴仙が答える。

 

 部屋に居るのは、八意永琳、因幡てゐ、綿月豊姫、鈴仙の四名。蓬莱山輝夜はいない──と言うより姿を見せないように、鈴仙は豊姫を永遠亭に案内する道すがら、通信網を使っててゐに表に出ないよう、お願いしたのだ。

 綿月姉妹にとって輝夜は、師である八意永琳を地上に追いやった人物である。それゆえ、姉妹はいい感情を持っていない──と、鈴仙は思っていた。

 

「神事ねぇ……それって、よく行うの?」と、豊姫は鈴仙に聞いた。

 

 豊姫がこの穢れた地に降り立ったのは、妹の潔白を証明するためだった。

 月の上層部は幾度かの神降ろしを観測し、月都で唯一神降ろしを行うことができる綿月依姫を問い質した。だが、彼女は否認。他に容疑者などおらず、現在彼女は造反容疑で自宅謹慎中なのだそうだ。月の都以外ということで、姉の豊姫がこっそりこの地を調査しに降りたというわけだった。

 

「うーん、そこまでは……」

「でも、神事には神託を得たり、口寄せを行うこともあるそうですから……それに──」

「神の言葉を聞く……ね……レイセン続きは?」

「うーん。なんて言えばいいのか……この世界のトラブルを解決する役目があるみたいな……」

「攻撃的に?」

「うーん。たぶん……ですけど……」

「ふうん──で、その人物の名前は?」

 

 鈴仙は霊夢の名前を伝える。

 

「彼女には今すぐ会える?」

「それは……ちょっとわからな──あ?」と、何かを思い出す鈴仙。「最初の神降ろしが観測された日はいつですか?」

 

 最近こちらに来たもう一人の巫女──東風谷早苗のことを思い出す。

 豊姫から帰ってきた答えから、早苗ではないようだった。彼女がここに来る前に観測されている。早苗が嘘をついていなければだが──

 

「はい、情報量」と、手を豊姫に向け、ぷらぷらとせがむように動かす。「情報はこっちでは高いんだ」

「てゐさん!」

 

 豊姫に対し、地上の兎が手を差し出し金銭をする。それを慌てて、鈴仙が止める。

 

「可愛い子ね。鈴仙のペット?」

 

 豊姫はてゐのサインを無視し、頭をくしゃっと撫でた。

 

「誰がペットだ! 見た目か! 身長か!」

 

 てゐは不躾なことを言う豊姫の顔を引っ掻こうとするが、腕が届かない。

 

「鈴仙が私のペットだ!」

「ちょっと、止めて下さい」と、鈴仙がうろたえる。

「あまり、長居をしているとまずいんじゃないの?」と、永琳が冷静に聞いた。

「──はい。お心遣い、感謝いたします」

「それについては、ウドンゲに調べさせるわ。はっきりとしたことが分かれば、玉兎感応通信網を使ってそちらに連絡するわ」

 

 豊姫は特に表情を変えず、提案を受け入れた。

 

 

 ウドンゲは綿月豊姫を玄関まで案内する。歩きながら鈴仙は月の主に疑問に思っていたことを聞いてみた。

 

「ここも、月と変わらなくてびっくりしました。穢れ穢れと言われていたので、もっとおどろおどろしい所だと思っていたのですが……あの、豊姫様、穢れって何なんですか?」

 

 月では地上は汚れきった不浄の世界だと、教えられた。穢れに充ち満ちた世界。そう、漠然とした世界で語られ、具体的な事はほとんど知らなかった。

 鈴仙の疑問に豊姫は少し考え口を開いた。

 

「──まあ、色々あるけど……そうね、レイセン、月の空気中の成分を言ってみて」

「空気中の成分ですか?……ええと……窒素が約八割、XX素が約二割、あとはアルゴン、二XX化炭素などですけど」

「それじゃあ、ここの空気中の成分は?」

 

 豊姫に問われて、ウドンゲは答えに悩む。考えたこともなかったからだ。

 

「え? 同じじゃないんですか? 特に息苦しさもないですが……」

「正解は窒素が約八割、酸素が約二割、後は色々ね」

「酸素……ですか?」

 

 聞いたことのあるような、ないような元素を言われた。いや、薬の成分化学式に乗っていたような。うろ覚えながら引き出した情報はそこまでだった。

 

「酸素はXX素とほぼ同じ性質を持つ。月にも微量に存在するけれど、ここの何万分の一程度ね」

「はぁ」

「酸素は生物を著しく酸化させるの」

「……酸化……錆びるんですか?」

「そう。地上は月よりも何千、いえ何万倍何億倍も速く酸化するのよ」

 

 酸化=老化。

 そういえば、薬を売っているとき、皺の多い人や腰の曲がった人たちがいた。それが酸素の影響なのだろうか? 年をとれば、人は皆ああなると聞いてはいたが──

 

「これが穢れの一つね。他にもあるけど……説明するのも面倒だわ──」

 

 永遠亭の玄関に着いた。

 豊姫が髪を揺らしながら、靴を履いた。ついで、鈴仙も靴を履く。

 鈴仙の三歩前に豊姫が立っている。

 

「──レイセンは、月に戻りたいって思ってないのね」

「え?」

 

 そう、月に戻る手段は今目の前に存在している。豊姫の用事はどうあれ、月に帰るのだ。

 返答に窮する鈴仙に、豊姫が背中を向けたまま、

 

「あんなに表情をコロコロ変えるレイセン、始めてみたわ」

「そんなことは──」

 

 背中越しに主人の声が聞こえる。表情は見えない。光を屈折させ、主の表情を盗み見ることも可能だが、出来なかった。

 自分はそんなに変わったのだろうか?

 

「私たちとの生活は苦痛だった?」

「そんなことは……そんなことは、ないです」

 

 強く否定した……のだろうか? 外の騒動の揺れが、響いているにもかかわらず、二人の間にある空気を冷たく、静かだった。

 

「あの事は、もう関係ないです。お二人と一緒に入れて幸せでした」

「そう」

 

 短く、言葉を返し、かつての主人はペットを見る。

 

「それじゃあ、レイセン。後はお願いね」

 

 そう言うと、豊姫は空中へと消えた。

 少しの間俯き、鈴仙は外へと歩いていく。

 月兎が出て行った玄関へと続く長い廊下に素兎が立っていた。

 

 

 豊姫の言葉に足が止まっていた鈴仙は、大地の揺れで我に返る。

 首を左右に振り、気分を切り替え、鈴仙は頭の中で霊夢の波長を探る。

 ラジオのチューナーをいじくるように固有波長を合わせていく。

 チャンネルを合わすその道すがら、ルーミアの波長に合わさる。

 

「どうしちゃったの、チルノちゃん……きゃああっ!」

 

 悲鳴──

 発信源はここから相当遠くない。西の方からだった。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 自宅のトイレから出た豊姫を待っていたのは、険しい顔をした妹──綿月依姫だった。

 

「体調の方はどうだ?」と、心配そうな声で聞いた。その表情は、体調の悪い姉を心配する、それ以上に険しい表情だった。

「うん。少し出せたから、これからよくなるだろうと思うわ」と、豊姫は少し曇った顔をして、言葉を返した。

 造反の疑惑から私達は監視されていると、依姫は考えていた。豊姫はまあ無くはないだろうという程度の認識だ。具体的にどういう形で監視しているのかは定かではないが──

 豊姫は鈴仙には伝えていないが、造反の疑惑は神降ろしの件だけで疑われたわけではない。

 レイセンの失踪。

 月の上層部で最も危険視している玉兎がレイセンだ。表向きは綿月のペットというのがレイセンの位置づけだが、実のところ綿月姉妹によるレイセンの監視だった。

 彼女の能力の汎用性は高く、その片鱗の結果を彼らはすでに見ている。

 状況を改善させるには、一つはレイセンを見つけ、確保すること。あるいは状況にもよるが、抹殺。もう一つは秘密裏に神降ろしを行っている者を特定し、月の重鎮どもに他者による神降ろしの証明をすること。

 月の中で疑わしい者がいない以上、穢れの星へと捜索を広げる必要性が少なからずあった。とはいえ、穢れの存在などもあり、簡単な事ではなく──

 豊姫が地上に降りる事も知られてはいけない。さすがに女性が用を足すところまでは監視はしないだろうと踏み、今の状況となった。

 

「まったく、嫌になるわ」

「少し、横になっておくか?」と、言いつつ依姫は指を動かした。

 

 それは、綿月姉妹二人だけで造った手話。

 ──じゅ・ん・こ。

 ──純狐が、攻めてきた。

 




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「イッツ、ルナティックターイム!」

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