十六夜咲夜
着替えを済ませて、十六夜咲夜は取ってきたばかりの枝豆を塩ゆでする準備にかかる。鍋に水を入れ、火にかける。沸騰する間に枝豆を洗い、両端を挟みで落としボールに移して塩もみをする。
この枝豆は、紅魔館の門番――紅美鈴が畑で育てたものだ。
ここは幻想郷の霧の湖の中州に建つ、紅の洋館――紅魔館で、畑は屋敷の裏手にある。
霧の湖という名の通り、年中霧が立ちこめているが、館の周りはそれほどでもなく、太陽も肉眼で見る事ができる。これは紅魔館の主人の力による物で、霧で日光が遮られてしまっては、洋館の前にある豪奢な庭園の花々や木々が枯れてしまうからだった。
紅魔館を訪れる者はほとんどいない。この為、庭園の手入れだけでは暇だった美鈴は作物を作り始めた。
門番なのだから、門番としての役割に重きを置けと咲夜は思うのだが、原因は咲夜がここの住人になったことにある。
咲夜は時を止める能力を持つ。この館に無断で侵入した賊の全ては彼女の能力により、何もする事もできずに退場させられる。
御陰で、美鈴は本来の仕事をしなくなってしまった。
頼られるのは嬉しいが、頼られすぎる、あるいは任せっきりにされるのは不本意だった。
こちらも手のかかる主人の世話や、広い館の掃除などで忙しいからだ。
この洋館には主人である幼い吸血鬼レミリア・スカーレットとその妹フランドール・スカーレット、主人の友人である魔法使いのパチュリー・ノーレッジ、メイドの十六夜咲夜、門番の紅美鈴の五名で暮らしている。
屋敷の大きさに似合わず、住人が少ない理由は色々あるが、一つあげるとするなら、主の妹フランの能力にある。
ありとあらゆるものを破壊する力。無生物に対しては本人の意志でしか破壊できないが、生物に対しては意志の有無は関係しない。触れた瞬間、体はねじれ、破壊される。ここに住まう者は彼女の能力で破壊されない、適合者なのだ。
二人は元々ここの住人ではない。今から四百五十年前結界の外からこの紅魔館という紅い洋館とともに侵入してきた。
それから、どういった流れなのか、咲夜は知らない――別に知る必要も無いと思っている――が、紅美鈴とパチュリー・ノーレッジが住人として加わった。
ポットに水を入れ、もう一つのコンロに火をつける。主人の為の紅茶を準備する。
主人レミリア・スカーレット。
運命を操る――と本人が言っている――能力を持っている。
未来視とその未来を対象者に宣言することで相手をその未来に誘導する力。
そして天狗の新聞に記載された、今から一年ほど前あの紅霧異変の主犯。
紅魔館の主人とメイドの二人は異変解決を担う博麗の巫女――博麗霊夢に負け、二人は主従関係の一線を越えた。
そして、それは今も――
ティーカップを用意する。大きめの皿を取り、作り置きのクッキーを並べる。
と、訪問者を告げる鈴がなった。
「咲夜さーん」
遠くから門番の声も聞こえた。
珍しく二人目だ。
鍋の水はまだ沸騰してはいない。
火を止め、メイドは玄関へと向かった。
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博麗神社を訪れたその帰り道、アリスは霧雨魔理沙の家へ向かった。