終わる幻想郷-Last Word-   作:くけい

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【それから(2)】

 

 

 最初は安直に考えていた。

 しかし、あらためて様々な出来事を経験し、早苗は自分の弱さを痛感する。

 神奈子や諏訪子に早苗は勝てない。博麗霊夢や八雲紫にも勝てないだろう。

 八雲紫の力。

 真正面からその力に対抗することなど出来はしない。

 自分が彼らより勝っていることは、おそらく――外の世界の知識。そう早苗は考える。

 だからこそ、早苗は時間を見つけてはRed Magicにアクセスする。この世界全てに干渉できる力。

 彼女がやったようにあの球に閉じ込めることはできる。しかし、それだけでは納得できない。

 八雲紫に恐怖を覚えさせるほどの力がなければ――

 彼女がした事を後悔させるほどの力を示さねば――

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 八月二十七日。

 その日も魔理沙は早苗と何気ない世間話していた。

 ただいつもとは違い、話の途中、音もなく八雲紫が現れた。

 

「霊夢の様子がどう?」

「何も、永琳がこの間診てはくれたが、何も変わっちゃいない。眠ったままだ」

「……そう……」と、それだけを言い紫は踵を返す。

 

 わざわざ聞くまでもないだろう。能力を使えば、こっそり様子を伺うことも可能なのに、と早苗は思う。

 

「待ってください!」と、早苗は帰ろうとする紫を止める。実際彼女の足は止まった。

「決闘を申し込みます」

「――は? 何言ってるんだ、早苗」

 

 突然の言葉に魔理沙は驚く。

 

「八雲紫! 私は貴女が霊夢さんにしたことを許せません!」

「……何のこと?」

「貴女が霊夢さんを辱めたことですよ」

 

 紫は早苗を睨む。

 

「貴女は――」

「それに、魔理沙さんにも――」

「早苗、どうしてそれを――」

「この世界を守るために霊夢さんの一族だけを束縛することは止めて下さい!」

「……それでは、誰が人を妖怪から守るの?」

「私が守ります!」

「大した力もない貴女に何が出来るっていうのかしら?」と、紫は冷めた目で、緑髪の巫女を見る。

 

「そう思われるんだったら。確かめてみたらどうですか?」と、早苗は挑発するような目で紫を見た。

 

 

 魔理沙の前で早苗は紫に戦いを挑む。結界が二人を包む。

 早苗は右手に大幣を持ち、距離をとり無数の護符を展開する。それは紫の力を危惧してのことだろう。紫は能力を使うことなく、身を翻し、弾幕を躱す。

 

「どうしたんですか? 攻めないと私を倒せませんよ!」

「……」

 

 早苗が次々と護符を打ち出すが、紫は避けるばかりで攻撃に転じてはいない。力量を測っているのだと、魔理沙は思う。

 早苗は決定打となるような攻撃は一度として出来てはない。八雲紫は表情一つ変えず淡々と護符を避けていく。

 そして、およそ一時間が経つ。

 魔理沙が予想していたとおり、早苗は一気に攻撃の手が緩んでいく。疲弊しているのだ。体が汗ばみ、呼吸も荒い。

 

「さっきまでの威勢はどうしたの? まだ、貴女は私に傷一つ付けていないわよ?」

 

 紫は挑発するような言葉を早苗に向ける。

 

「……やっぱり、正攻法では無理なようですね」

 

 頬を伝う汗を拭い、早苗は呻くような声をこぼす。

 

「――なら、これはどうでしょう?」

 

 早苗は左手に一枚の護符を構成し、紫に向かって投げる。

 

「……!?」

 

 護符は驚く紫の右頬を浅く切り、髪を数本切り落とした。

 

「動けないでしょう?」と、早苗は笑みを浮かべる。「八雲紫、貴女の体をその位置に固定しました」

「……何をしたの?」

 

 落ち着いた声で紫は早苗に問いかける。

 

「博麗大結界は結界内における全ての存在を監視しているです。貴女達妖怪を打ち負かすために手がかりを得るために……」

「……」

「同時に博麗大結界は檻なんです。結界内における全ての存在の力を封じ込めるための――」

 

 早苗は一枚の護符を構成し、紫に向かって投げる。それは、紫の左腕を浅く切った。

 

「それは貴女の力ではないわね」

「うるさい! こうするようにシステムをアップデートしたのは私です。霊夢さんには出来なかったことです」

 

 早苗は怒りを露わにし、護符を次々と放つ。紫の服を切り裂き、肌を浅く切りつける。

 

「恐怖しなさい! 貴女の生殺与奪の権をにぎっているのは私ですよ!」

 

 痛覚を持たないかのように表情を変えない紫。

 

「人を馬鹿にして――」

 

 早苗はRed Magicと意識とをリモートアクセスし、実行していたコマンドを変更する。

 

「八雲紫、貴女の体を右腕の付け根を境界に二分しました。これから、それぞれを別々の方向に移動させるとどうなると思います?」

「……さぁ? やってみれば?」

 

 表情を変えない紫。睨みつける早苗。

 

「後悔しても遅いですよ!」

 

 早苗は頭の中で命令文を書き込む。実行すれば、八雲紫の右腕がすっぱりと切断されるだろう。

 だが、

 >その命令は実行できません。

 早苗の命令は、システムに拒絶される。

 

「どうして……」

 

 早苗は焦る。

 再度、命令を実行する。

 >その命令は実行できません。

 拒絶。

 

「どうして、どうして……」

 

 命令を実行。

 >その命令は実行できません。

 

「どうして……なんで……」

 

 命令を実行。

 >その命令は実行できません。

 命令を実行。

 >その命令は実行できません。

 命令を実行。

 >その命令は実行できません。

 命令を実行。>その命令は実行できません。命令を実行。>その命令は実行できません。

 命令を実行。>その命令は実行できません。命令を実行。>その命令は実行できません。

 >全ての命令をキャンセルします。

 

「なんで!……なんで、なんで……悔しくないんですか! 霊夢さん!!」

 

 早苗は叫ぶ。それは単なるシステムの拒絶。だが、早苗にはそれが意志ある判断であるかのように感じていた

 

「…………ッ!!」

 

 早苗の目の前に紫がいた。

 早苗の首筋に鋭いモノが突きつけられていた。鋭い目が早苗を睨む。

 

「まだ、続けるつもり?」

 

 早苗の首筋に一筋の血が流れる。

 

「…………いえ……」

 

 押し当てられていたモノが退かれた。

 

 

 紫がいなくなり、泣く早苗を魔理沙が慰める。

 落ち着きを取り戻した早苗に魔理沙は言う。

 

「一体どうやってあのことを知ったんだ? 結界が監視しているって言っていたが――」

「ぐすっ、それは――」

 

 早苗は博麗大結界について話す。

 

「そんな機能がねぇ……それに未来人とは――」と、そこで魔理沙はため息をこぼす。「随分と大っぴらに喋ったもんだな。秘匿事項じゃないのか?」

「ううっ」

「まあ、過ぎたことは仕方ないか……霊夢が起きたら、謝っときな」

「……はい……」

「怒ってくれてありがとうな」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 八月が終わり、九月に入る。

 九月三日。祭事を終えた早苗に耳に聞こえたのは霊夢に対する中傷だった。

 不満が始まりは霊夢が早苗の働きぶりを一度として確認しないことだ。

 早苗が止めるも立場上そうとしか言えないから大変ねと返されてしまう。

 さらに過去いっこうに冬が開けないため、神事が行われたが効果がなかったことをあげた。

 冬明けの儀式など早苗は知らないが、別の儀式――雨乞いなど――でも効果が現れるには時間がかかる場合もある旨を伝えたが、信じてもらえない。そのまま彼らと別れ、早苗は一人になる。

 

「良かったじゃないですか。上手く利用できて――」

 

 早苗は声が聞こえた方に顔を振る。神子と布都が立っていた。声は布都のものだった。

 

「打倒、博麗神社。そう言っていたらしいですね。夢が叶ったりじゃないですか?」

「……」

「洩矢神社の知名度は上がり、内心嬉し――」

「口が過ぎますよ」

 

 神子が布都の頭を叩いて、言葉を止めた。

 

「気にしないで下さい。手伝いのため私といる時間が減って、嫉妬しているだけですから」

「ヴッ」と、布都はばつが悪そうにする。

 

 実際、里にずっといないこともあり、里の様子を神子らに聞いたり、時に神事の手伝いをお願いしたりしていた。

 彼らの住まいは里から少し離れた所にあり、いまは里の大工によって拡張工事を行っている。

 

「これから、上白沢殿の所へうかがうのですが、一緒にどうです?」

 

 

 三人は上白沢慧音に霊夢の現状とあの騒動について説明した。霊夢の状況を里で大っぴらに広めることは、里が無防備であるように外に知らせる可能性がある。それにより一波乱が起きることは避けたい。その為に行ったことが、今度は別方向の悪い方に向かっていることを語る。

 さらに――

 

「里に赴く前に、彼女に言われたんです」と、神子は言う。

 

 

 里へと向かう、赤白の巫女は神子と布都を見る。(【7月27日(3)】)

 

「この世界は二十の結界を持って、その世界から隔絶している。それは外の世界に変化について行けず、消滅してしまう者達が多く住まいからなの。それは普段の生活から道具、技術、色々な所で異なるわ。もし、あんた達がこの世界から出るのなら、どこかで時間を作って説明するわ。でも、ここで定住する、あるいはしばらくここにいるなら――この騒動を自分たちの都合の良いように利用しなさい。そうすれば、早く里の人たちと打ち解けるでしょうし――」

 

 

 その言葉を聞いて座って話を聞いていた早苗が立ち上がり、布都を睨む。

 

「貴女の方がこの状況を利用してるんじゃないですか!!」

「当たり前だ。構わないだろう。本人がそう言っていたのだからな」

 

 異に返さず、布都は答えた。

 

「私らはお前と違うぞ。本人のお墨付きだ。対して、お前はどうだ? 今度、分社を建ててもらうんだろう? さぞ、心の中では大爆笑であろう?」

「……私は……」

 

 言葉が出ない。布都の言葉は当たっている。幻想郷に来た当初は、外の世界のようにうらびれることなく、やっていこうと誓ったのだ。逃げた先でも同じ事になれば、もう早苗らが逃げる場所などどこにもないのだから。

 

「泣こうがだまされっ!?」

「いい加減にしなさい」

 

 神子が布都の頭を叩いた。上白沢慧音もまた布都を諫める。

 人の口に戸は立てられぬ――だが、私に出来ることは協力しようと、慧音は続けて言った。

 稗田家に協力を求めるといい、あちらもある程度は博麗のことは知っているからなと、慧音は付け加えた。

 三人は稗田家に向かい、稗田阿求にも説明をする。彼女のまた事情を察してくれた。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 九月十六日。昨日降り続いた雨は深夜には止み、静かな朝を迎える。

 その日も魔理沙はいつものように目覚め、返事の返ってこない霊夢に挨拶する。

 日に日にやせ細っていく霊夢。頬は痩け、髪は艶をなくしている。

 魔理沙は引き戸を開けた。涼しい風が顔を撫でる。

 顔を洗い、栄養カプセルを霊夢の口に流し込む。

 自分の朝食を作り、霊夢に話しながら食べ、片付ける。

 霊夢の体をマッサージする。やせ細った腕。大きく浮かび上がる鎖骨。

 風が肌を撫でる。それ以外何の音もしない。

 永琳は今のまま看病を続けていればいいと言っていた。医療の知識などほとんど知らない魔理沙にとって、それほど懐疑的ではなかった。

 だが、日に日に外観が悪化の一途辿っている様を見ていると、自分のしていることが本当に正しいことなのか分からなくなる。

 もっと別のことをした方がいいんじゃないか?

 永琳に頼らず、魔道書の中に解決できる方法が隠れているんじゃないかと考えてしまう。

 

「なあ……早く起きろよ……霊夢……うっ……」

 

 不意に魔理沙の目から涙が零れる。

 こぼれ落ちた涙が、霊夢の頬を濡らす。

 

「ううっ……う゛うっ……グスッ……ンッ」

 

 嗚咽する魔理沙の耳に小さな声が聞こえた。

 

「ま……り、さ」

 

 小さな声で霊夢の小さな口が僅かに動いた。

 僅かに開いた瞼。

 

「……霊夢!!……本当に……本当に!!……」

 

 魔理沙は霊夢の顔を覗き込む。

 霊夢はこくりと小さく頷いた。

 

「医者を呼んでくる。しばらく一人になるが大丈夫だな?」

 

 涙を拭い、魔理沙は立ち上がり、バタバタとせわしなく音を立て、外へと飛んでいった。

 部屋が静かになった。

 霊夢は一人で起き上がろうとしたが体は動かず、しかたなく魔理沙の帰りを待つ。

 しばらくして、別の声が外からした。

 

「魔理沙さん、どこですか、トイレ? 上がりますね?」

 

 しばらくして、部屋に早苗が現れた。

 

「お早うございます、霊むさ……」

 

 霊夢と早苗の目が合った。

 

「霊夢さん!!!!!?」

 

 がばっと早苗は霊夢の枕元に座る。

 

「いつ目覚めて……ああ、魔理沙さんは永琳さんと所へ行ったんですね?」と、外を見て早苗はいった。

 

「皆心配してたんですよ」

 

 早苗の目からじわっと涙が溢れる。

 

「なんで、もっと私を頼ってくれなかったんですか……私、そんなに頼りないですか?」

 

 早苗の問いに霊夢は動かない顔で複雑な表情をした。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 摂取する水分を少しずつ増やし、流動食を食べさせる。魔理沙が体を支えながら歩く訓練を始める。

 霊夢が若いということもあり、体の回復はかなり順調だった。

 普段と変わらぬ食事も取れるようになり、うっかり支えられる回数も減っていった。

 やつれていた頬もふっくらと膨らみ、髪の艶も取り戻していく。

 九月二十八日。

 代理で神事を行った早苗を労うため、霊夢は料理を作る。早苗は里の店で一度奢ってもらうだけで十分だと言ったが、霊夢は金を払うだけでは申し訳ないと言った。

 料理が出来たタイミングに合わせて、魔理沙が訪れる。

 食べながら、あらためて里での霊夢の評判を取り戻す話しをする。霊夢は別に大したことではないというが、早苗はそれでは気が重いという。

 その食事で早苗は酒がほとんど飲めないと言うことが判り、魔理沙は下戸と上戸ということを利用しようと考えた。

 外の世界の考え、内の世界の考え。

 下戸と上戸の考えはいつの時も平行線。

 飲酒を控えさせようとする早苗と、隠れてお酒を楽しむ霊夢。

 とりあえずはその設定を広めるようにした。

 

 

 九月三十日。

 以前と変わらない姿となった霊夢と、魔理沙が軒下でおしゃべりをしていると、音もなくスキマを介して八雲紫が姿を現した。

 霊夢と魔理沙の表情が硬くなる。

 早苗からスキマ妖怪との対決した話は聞いている。長い過去から随分と秘匿していた事柄を盛大にぶちまけたと――

 その事を問うために来たのだろうかと、霊夢は思惑する。

 ――何の用、と霊夢は言おうとしたが、それよりも先に紫が動いた。

 紫はうやうやしく頭を垂れる。

 

「博麗……霊夢さん。貴女にお願いがあって参りました」




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