【それから(3)】
十月三日。
その日も博麗神社に魔理沙と早苗が訪れた。
約束の時間より少し早く、霊夢は参道の掃除を終えていない。
これからの予定について話し合うため、霊夢はさらっと掃除を済ませる。
部屋へと歩く魔理沙と早苗と追うように霊夢は箒片手に歩く。
その時、博麗神社の正面――鳥居から八雲紫が現れた。
「待って下さい」
紫が言った。三人が声の先を見る。
「博麗霊夢さん。貴女にお願いがあって参りました」と、紫は頭を下げた。
「どこかで、異変が起きたっていうの?」と、霊夢は胡散臭いといった調子で聞いた。
「いいえ、これは私個人のお願いです」
「……」
「霊夢さん、行きましょう。そんな自分勝手な人の言うことなんか聞かなくっていいですよ!」と、早苗が怒りを露わにしていった。
「……そうね」霊夢はかぶりを振り、魔理沙らの後を追う。
「待って下さい! 博麗霊夢さん。貴女にしか出来ないんです。どうか……」
霊夢は足を止める。
「私はあんたがしたことは許さない」
霊夢は紫を睨む。
「何でもします。だから……」
「何でも? 格好つけて……」と、霊夢は言う。「何でもあんたの言う通りに動くと思わないで」
紫は頭を下げる。
「霊夢、早く行こうぜ」と魔理沙。
「ほっときましょう」と、早苗。
「……」
「本当になんでもするのね?」と霊夢が言った。「私はあんたをなぐらなきゃあ気が済まないわ」
「……それで、よければ……」
「そう、いいのね」と、霊夢が言った。
「おいっ」と、魔理沙が言う。
「霊夢さん、徹底的にやっちゃっ――」と、早苗の言葉が途中で切れた。
パアンッ
霊夢の右手が紫の頬を平手打ちした。紫の体がよろめいた。
霊夢の左手が帽子ごと紫の金髪を掴んだ。
霊夢は左腕を引くと同時に、左脚を上げる。
霊夢の膝に紫の顔がめり込む。紫の体から力が抜ける。
霊夢の右手で護符を正面に投げる。それは神社の鳥居にピタピタと張り付いた。
左手を掲げる。霊夢の顔の前に、だらしなく鼻血を垂らした八雲紫の顔。
霊夢は軽く紫の体を浮かし、腹部に足蹴りにする。
紫の体は後方に飛ばされ、鳥居の所で何もない壁に磔にされたかのように固定される。
霊夢の指の間に三本の退魔針。
投げられた針は紫の体に突き刺さる。
霊夢が二歩歩く度に退魔針がスキマ妖怪の体に突き刺し、服に赤いシミが作られていた。
六本、八本……
「……霊夢?」と、かすれた声で魔理沙が言った。
十四本、十六本……
退魔針が突き刺さるたびに小さな呻き声を上げる紫。
さらに一歩踏み出した瞬間、霊夢は後ろに飛ぶ。霊夢に向かってどこからともなく飛んできた光弾。
霊夢と魔理沙と早苗の三人は光弾が飛んできた先を見る。
そこには八雲紫の式神――八雲藍が立っていた。
「邪魔しないでくれる?」と、霊夢は藍を睨む。
「それ以上はやられはしない!」と、藍は霊夢をにらみ返す。
「――藍! どうして来たの!?」
うなだれた顔を上げ、紫は驚く。
「主人として無様な姿は見せたくなかったのね」と、霊夢は紫を横目に嘲る。
「主人を守るのが私の役目です!」
「はん、もう忠義を尽くす必要なんてないでしょ? あんたを縛るものはもうなくなっているのに――」
「そうだな――」と、藍は肯定する。
「藍、どうしてそれを……」と、紫は目を見開いて驚く。
「だが、それでも私は紫様の式神だ!!」と、藍は両手に光弾を生み出し、霊夢に向かって飛ぶ。
霊夢もまた八雲藍に向かって飛ぶ。
至近距離で放たれた光弾を躱し、すれ違いざまに藍の胸を袈裟切りにする。
血飛沫が舞う。
「ぐっ!!」
「藍!!」
紫が叫ぶ。
藍は姿勢を変え、再度霊夢に攻撃を仕掛ける。
だが、動きの鈍った藍の攻撃はあっさりとかわされ、背中を蹴り倒された。
うつぶせに倒れた藍は胸に右手を当て、傷を塞ぐ。
「っ!!」
藍の体をいくつも退魔針が突き刺さり、地面に磔にされる。
さらにその頭を霊夢が踏みつける。
「止めて下さい、霊夢さん。藍は関係ないわ!!」
紫が悲痛な声で叫ぶ。
魔理沙と早苗は固まったままだった。
「本人はそう思ってないようだけど――」
押し返そうとする力が霊夢の足に伝わっている。霊夢は藍の左腕を護符で切り落とした。
血飛沫が霊夢の顔を、服を汚していく。
足越しに藍の体が弛緩するのかが分かる。
「どうせ、妖怪のあんたならこの程度で死なないでしょう?」
藍の頭から足を離し、霊夢は紫の方へと歩いて行く。
「霊夢、そのくらいで……」と、魔理沙が小さな声でいった。
早苗は何も言えずにいる。
体一つ分ほどの距離まで近づいたとき、紫の戒めが解かれ前に倒れこむ――が、その顔を霊夢が蹴りつける。
土埃を立て紫は石の参道に仰向けに倒れこむ。
霊夢が馬乗りになる。
拳を振り上げ、紫の顔に叩き込む。
何度も、何度も――
「あんたなんかに――」
血に濡れた拳が――
「私に痛みが分かってたまるもんですかっ!」
何度も振り下ろされる。
「おい、止めた方がよくないか?」
魔理沙が早苗に言った。
「…………」
血が飛びちる。
「おいっ!止めないとまずいだろ!」
再度、魔理沙が言った。
「……そ、そう……ですよね……霊夢さん」
二人は霊夢に駆け寄る。
「霊夢!」
「霊夢さん、もう十分、だと思います」
早苗がそう言うと、霊夢は振り上げた拳をゆっくりと下ろした。
「……そうね……どうせこれ以上やっても、私は……」
紫と藍に突き刺さっていた退魔針が消失する。
「早苗、これでこの件は終わり。いいわね?」
霊夢は立ち上がり、振り返らず早苗に向けて言葉を発した。
「……は、はい」
「二人で話がしたいの。悪いけど、今日は帰ってもらえる?」
「でも、片づけるっていうか、掃除するっていうか……」と早苗はいう。
早苗は参道の石畳や地面が血に濡れていることを気にしている。あるいはそれを理由に霊夢と八雲紫らだけにすることに抵抗があるのか、あるいはその両方か。
霊夢は「私がしたことだから、それに一人で十分よ」と、言った。
「立てる?」
魔理沙と早苗を遠くに消えるのを待って、霊夢は紫に聞いた。
「ええ」
紫は立ち上がる。帽子を脱ぎ、その帽子で傷だらけの顔を隠す。
遅れて藍も立ち上がった。腕はすでに繋がっている。
「まったく、予定通りにいかないものね」と、霊夢が嘆息した。
九月三十日に話した予定。
「私はあんたを許さない……だけど、幻想郷を守るためなら協力はするわ。どのみち降りかかりそうな火の粉は払うけど……」
霊夢は頭を下げる紫に言う。
「ただし、早苗にも協力してもらうわ。私一人で出来る事なんて、たかがしれているからね」
「私も手伝うぜ」と、魔理沙が言った。
「ありがとう。あの騒動を収めるには早苗は必要だったの。恐らくこの先で、早苗に頼る時が来るわ……なら、どうやって早苗を納得させるか?」
「……」
「早苗がしようとしていたことを私がするわ。早苗が私を止めるまで……いいわね?」
「……はい」
「その時は魔理沙、できる限り何も言わないで。早苗が納得しないと意味がないしね」
そんなやりとりをしたが、式神の藍がしゃしゃりでてくることは想定外だった。紫はそんな事を言っていない。
手加減など出来ない。
早く終わらせるなら、視覚的に惨い方がいい。
それを察していたのか、八雲藍の攻撃は霊夢に命中するものではなかった。
「服、貸しといてくれたら、縫っといてあげるけど」
「……心配いらないわ」と、紫は言葉を返す。
「そう……」
「三日後にまた来るわ。それでいいかしら?」
「……ええ……」
「それじゃあ」
二人が消えた。
あとに残されたのは血に汚れた霊夢と戦闘の爪痕。
血の臭いがいやでも鼻につく。
「……ううっ……」
霊夢は蹲り、嗚咽を漏らす。
その時――
「泣いてるの?」
少女の声が聞こえた。
霊夢は涙を拭い、顔を上げる。
八雲藍の式神――橙が目の前に立っていた。
「ちょっとね」
「あのね、藍様がこれをって――」
橙が霊夢の前に手を差し出した。中身の詰まった布袋が掌にのっている。
「汚れているところにかけたら、綺麗になるって」
霊夢は涙を拭い、手を伸ばした。
「……ありがとう。試してみるわ」
受け取ると、橙は後ろで開いていたスキマへと走り入っていく。
すぐさまスキマが消えた。
◇◆◇◆◇
十月二十日。
霊夢は鈴仙に連絡し、豊姫とともに月の都へと移動した。豊姫と鈴仙の二人に案内され、依姫と出会う。
造反の疑惑を払拭するため、月の都の任意の場所で実際に神降ろしをしてほしいと頼まれた。
依姫にとって久しぶりの鈴仙との再会だったが、言葉こそは喜びを感じるものの、表情はほとんど変わらなかった。それが、彼女の性格によるものなのか、立場的なものなのか、造反疑惑ゆえのものなのか分からない霊夢はこっそり豊姫に聞いた。特に後半の出来事ゆえであれば、まあ申し訳ないと霊夢は思った。
「ああ、大丈夫よ。あれでいつも通りだから、ねえレイセン?」
「はい、別に怒ってはいないと思いますよ」
豊姫はあけっぴろげに話し、鈴仙にも話を振った。
「まあ、初めて依姫に会った人は大体同じ事を言うのよね」
「お姉様!!」
「あっ、これが怒っている時ねっ」
豊姫は飄々と言葉を返す。
不作法は謝ると、依姫が霊夢に言った。
月の町並みは里とは異なり、華やかだった。整然とした路に色鮮やかな建物が並び立つ。等間隔に植えられた見たこともない青々とした植物や照明灯が並んでいる。遠くの方には大きな建造物が見える。
今霊夢が歩いているところでは玉兎がほとんどで、綿月姉妹のような月人はあまり見受けられない。
方方から玉兎の驚嘆が聞こえる中、霊夢は依姫に指示された通り神降ろしを行う。
「すまないな」と、依姫は霊夢に言った。
場所は綿月の屋敷のリビング。部屋は広い。大きな豪奢な白テープルにティーカップが人数分置かれている。
「別に謝る必要なんてないわ。大体こっちが盗んだことが発端らしいしね」
霊夢は出されたお茶を一口飲む。不思議な味がした。
「――純狐を捕らえてくれた事だ。あれには昔から手を焼いていたのでね」
「ああ、そういうこと……」
霊夢は直接姿を見てはいない。断片的な記録を読んだに過ぎない。足止めあるいは囮となった清蘭と鈴瑚はかなりの重傷だったが、命には別状はないらしい。
「とはいえ、逃げられてしまったが――」
「へ?」「え?」
霊夢と鈴仙が同時に声を上げる。
「逃げられたんですか?」と、鈴仙が続ける。
「ああ、詳しくは話せないがな」と、依姫が嘆息する。「まあ、簡単にはいかないということだ」
「じゃあ……」
「心配ない。向こうの狙いはこちらだ。またそちらの方を囮に使うこともないだろう」と、依姫が言った。「二度同じ手は通じないだろうしな――」
「ごちそうさま」
カップを空けた、霊夢は立ち上がる。
「それじゃあ、送りましょうか」
豊姫が言い、皆が立ち上がる。
霊夢とウドンゲは豊姫の元へと歩く。
「それじゃあ、送っていくわ」
依姫は表情を変えず見送った。
豊姫が月に戻ると、依姫は暗い顔をしていた。
「やっぱり、嫌われたのかしら?」
「そんな事、本人に聞けばいいのに」
「訊けるわけないでしょ!」
「あの子なりに気を遣っているんでしょ」
「私達、そんなにレイセンの前で――言っていたのかしら?」
「さあ……これからは、いつでもあの子が中継できるんだし……」
「……」
依姫はため息をこぼす。
「珍しく頭が回っていないようだから私が言うけど、レイセンがこちらに戻るなら、またARSNの手術を受けないといけなくなるわ、恐らくね。それはレイセンにとって酷でしょう?」
たとえ、今回の純狐捕縛の功績をもってしても変わらない。
「だから、これでいいのよ?」
「お姉様は、本当に……」
「別にゆっくり悩めばいいじゃない」
「……」
「時間はあることだし――」
いつもの口調で依姫は言った。
【Last Fragment】
人気のない夜の病院の廊下。
蓮子の両親もこちらには向かってはいるが、あちこちで起こったテロの影響で、未だ病院に到着していない。
心電計のパルス音が廊下に微かに漏れている。
その電子音がふいに不規則に歪んだ。
心電計の心音を刻む間隔は次第に長くなり――
そして、止まった。
すぐさまベッドに搭載された自動蘇生装置が起動し、電気ショックと心臓マッサージが続けられた。
それはきっちり十五分続けられ、ピタリと止まった。蓮子が蘇生することはなく――
宇佐見蓮子は死んだ。
通路のドアを隔てて、医者がこちらへと歩いている音が聞こえた。
蓮子の死亡を確認するためだ。
しかし、自動ドアは開かず、ガチャガチャとドアノブを弄る音が聞こえた。医師の声も聞こえる。
ドアが開かないようだった。こちらからも何かアクションを起こすべきだろうかと、マリーが悩む中、視界の隅で赤いものが写った。
マリーは蓮子の方を見る。そこには昔見た古めかしい紅白の巫女衣装の女の子が、ベッドの側に立っていた。
「彼女でいいわね?」と、少女の声がガラス越しに聞こえた。
「ええ、お願い……」と、別の女の声。
黒髪の巫女は蓮子の側に立ち、両手を蓮子の方にかざした。
透明な球状のもの蓮子は包まれ、白い光が当たりを包む。
心電計の電子パルス音が再び鳴り出した。
光は数秒で収まり、蓮子を包み込む物がなくなった。
巫女は蓮子の顔に巻いている包帯の一部をめくり、中を確認すると指を離す。
「終わったわ」
そして、彼女は踵を返す
「貴女は……」
不意にマリーの口からついてでた言葉に、巫女が反応した。
マリーの顔を巫女は驚いた顔を見せる。
「貴女は誰なの?」
マリーは巫女に問う。
「私は、霊夢……博麗霊夢よ」と、巫女は優しげな表情で言った。「終わったわ。帰りましょう」
霊夢の前にスキマができる。そのスキマの先にマリーと同じ顔の女がちらりと写る。彼女はこちら見るだけで何も言わず、巫女はスキマに入るとそのまま二人は姿を消した。
「んんっ」と、ベッドの方から声がした。
「なんなのよ、これは! くるしいったらありゃしないわ!」
蓮子は強引に顔に巻かれた包帯をぐいーっと引っ張る。包帯の隙間から血色のいい、いつもと変わらない蓮子の顔が見えた。
「あれ? マリー?」
蓮子がこちらの姿に気がつく。マリーは蓮子に微笑む。
廊下のドアが開いた。
NEXT EPISODE【それから(4)】
[兌][乾]は同時(完結まで)に投稿します。