アリス・マーガトロイド
「心がないって……羨ましいわね」
彼女の言葉。
自身が目指していた完全自立型人形は、博麗霊夢が既に作り上げていた。
霊夢と全く同じ姿で、違うのは霊力で構成され肉体、心臓は存在しない。
二人の魔法使いをかばい、右手と右足を失った彼女は霊夢に重なるように消えていった。
◇◆◇◆◇
博麗神社を訪れたその帰り道、アリスは霧雨魔理沙の家へ向かった。
月人達が起こした異変。あれ以降、魔理沙は博麗神社を訪れてはいないと博霊の巫女は言った。彼女の表情、言葉からそれは滅多にないことなのだと、うかがい知れた。
いまだに彼女のことを引きずっているのだ。それは自身にも言えることなのだが――
本当は四人で集まり、話し合うつもりだったのだが、八雲紫に先手を打たれ、彼女は消えた。
幻想郷のほぼ中心を陣取る魔法の森の中に、彼女の家――霧雨魔法店は建っている。
玄関の扉を、何度かノックするが返事はない。ドアを引くと、扉が開いた。不用心にも鍵はかかっていなかった。
「魔理沙、入るわよ」
断りつつも彼女の名を呼び、室内に入る。廊下は真っ直ぐに伸び、右手壁沿いに二階へと続く階段がある。左手にあるドアはトイレと浴室、廊下の先のドアはリビングに通じている。
アリスはリビングを覗いた。大きなテーブルと椅子が三脚。壁のあらゆる棚に商売用のアイテムが並んでいる。
左手――部屋の奥――の台所も覗く。食べた後と思われるコップが水を張った小さな桶に浸かっているだけだった。一階にはいないことが分かり、アリスを二階へと歩く。
時折軋む階段を上がり、正面の扉を開ける。
雑然と色々な物が置かれていた。魔道書、何かの薬品が入ったガラス容器、秤、壁に貼られたメモ紙、試験管、丸底フラスコ、壁には棚
寝室であろう扉をノックし、部屋に入った。
「入るわよ」
部屋の奥に簡素な大きなベッドが一つ置かれている。
その上には窓があり、そこから入る陽光がベッドと彼女の体を照らしている。
ゆっくりと近づく。
彼女はベッドに横になり、まどろんでいた。
身につけいるのは、薄い黒のキャミソール。片膝を曲げ、捲れたキャミの裾から白のドロワーズが覗く。
白い肌と黒のキャミソールのコンストラクト。
大きな二重の瞳、薄い唇、人形のような端正な顔立ちに、自分と同色のブロンドの髪は、一房編み込まれその先端は小さなリボンで留めていた。
顔、腕、指、首筋、鎖骨、胸、腰、太腿、足首、足、綺麗な肌が、どこまでも作り物めいた彼女の肉体は、一つの芸術品のようで――
それでも、彼女は人間だった。
年相応に膨らんだ乳房、唾液で濡れた唇、汚された性器、情交の風景とその嬌声。
勝手な美化は、そのとき崩れ去った。
軽い寝息が聞こえる。
彼女の枕元に一枚の紙片があった。
そこに写っているのは笑っている霊夢と魔理沙の写真。
大きな見出しから、それは春の出来事を纏めた記事だと分かる。
冥界白玉楼の主人西行寺幽々子が起こした出来事――春雪異変。
異変の解決は亡霊姫との酒飲み勝負で行われた。
けれど、これは表向きの話で、実際は八雲紫が博麗霊夢の実力を試すために利用されただけのものだった。
そして、そのとき魔理沙は人外に体を汚された。
力なき者は敗北する。守りたければ相応の力を持てと、彼女はそのための犠牲になった。
アリスは魔理沙の足元の方に座る。
ベッドが軋む。
「……アリス……か」
黄色い瞳でこちらを見やり、短くそう呟いた。
「霊夢が寂しがっていたわよ」
「……」
すぐに返事はなかった。
「どうせ、いつも通り、縁側でお茶でも飲んで、ぼーっとしてたんじゃないのか?」
場面だけ見れば正解だ。
フォローの言葉をかけようにも、すぐには思い浮かばない。
こちらが返事に窮しているのを見て、魔理沙は悪戯気味に微かに笑う。
アリスはブックホルスターから赤い本を取り出し、枕元に置いた。
「こんなことになる前に見せればよかったんだけど……本当に今更だけど、霊夢の症状について書いてあるわ」
魔理沙は表情を変えず、視線だけを本の方に移すだけだった。
「元々難しい病気なのよ。症状も多岐にわたるし……結果は、ああなったけど……」
青白の巫女の出現。
ねっとりした淫蕩な表情。
「ホント……今更だけど。魔理沙のしたことは正しかったのよ」
「……まあ、いつまでも湿気っていても仕方ないしな」
体を起こし、魔理沙は胡座をかいた。
「もう大丈夫だ。心配してくれてありがとうな」
笑顔で返す魔理沙。
少し陰が混じったその笑顔。
必要なのは、言葉ではなく時間。あるいは霊夢との言葉。
アリスはその言葉を信じ、帰ることにした。
◇◆◇◆◇
自宅に戻り、ダイニングの椅子に座る。きぃと音を立て椅子が軋む。
一体の人形に紅茶を入れるようインプットした行動プログラムを魔力で切り替える。
頬杖をつき、魔理沙の言葉を振り返る。
「……まあ、いつまでも湿気っていても仕方ないしな」
彼女の言葉は、自分にも当てはまる。
「そうよね」
小さく呟く。
満月の日を基準に人形をメンテナンスしていたが、いまだ実行していない。
それに、寺小屋で行う人形劇についても考えなければいけない。数年前、町で寺小屋の教師――上白沢慧音に出会い、依頼された。評判も良く、年に二回人形劇を披露していた。
と、かちゃりと音がした。
人形が紅茶をテーブルに置いた音だった。
「ありがとう」
アリスは人形に礼を言い、紅茶を口に運ぶ。
取りあえず、一つずつ片付けていこう。
紅茶を飲み、メンテナンスの為に立ち上がった。
NEXT EPISODE 霧雨魔理沙
だとするなら、霊夢が、アリスがああなった原因は――