???(2)
村紗水蜜は無縁塚から少し北に歩いたところに立っていた。彼女の近くには川が流れている。幻想郷を流れる水は妖怪の山から流れ霧の湖へ、そこから東西に分かれて流れる。
周囲は草原で視界を遮るものはほとんどない、一つをのぞいて。
十メートルを超える岩が大地に突き刺さっている。
形状は歪な円錐型で、窄まった部分が地面に刺さり、不安定ながらもこの状態が続いていた。
岩の上の方は注連縄が巻かれ、一枚の護符が張り付いている。護符は千年経ってもなお風化せず綺麗なままだ。
水蜜は毎日ここを訪れる。晴れの日も雨の日も雪の日も――
大岩の下には聖輦船が封印されている。
僧侶――聖白蓮から与えられた船。
千年前、憎き博霊の巫女によって封印された。
そして、千年経った今も封印は解かれていない。
長年の風雨で岩は少しずつ削れていってはいるが……
年月によって封印が解かれるのはいつになるのだろうか、そう水蜜は考える。
岩に触れることはできない。この岩を中心に結界が張られている。
触れなくとも、一定距離近づけば、体中に電気が走る痛みとともに触れた皮膚がやけどする。
無縁塚には自分と同じ同士がおり、時々水蜜と一緒に岩を眺め、話などをした。
彼女がいつものように物思いにふけっていると、突如地面が揺れた。
その揺れは次第に大きくなり、ぐらりと巨大な岩がその震動で傾いていく。
やがて、土煙を上げ、岩が倒れた。
舞い上がる土煙を腕でガードし、岩から距離を置く。
しばらくして、土埃が収まっていく。
水蜜が見ている前で、倒れた結界岩から護符がひらりと剥がれ落ちた。
恐る恐るそれへと彼女は近づく。が、電気が走る痛みなど感じることもなく、岩に触れることが出来た。
封印が解けたのだ。
これなら、聖輦船を掘り起こすことが出来る。そして――
「みんなに知らせなくちゃ」
村紗水蜜は無縁塚――同士であるナズーリンの住処へと飛んだ。
◇◆◇◆◇
空から、一つの要石が落ち、地面に突き刺さったそれから局地的な地震が発生する。
聖輦船の封印が解けて一時間、人里から南西にある建物、名前のないお堂が地面の震動で少しずつ傾いていく。
「地震だぁ」
揺れが収まる数秒前、悲鳴と共に中から人影が飛び出した。金と黒の二色の短髪の頭部を枕で押さえ、お堂から五十メートル先まで逃げ出した。
頭を抱え、彼女は住処を見やる。
「星」
自分を呼ぶ声が聞こえた。
彼女――寅丸星は声の先を向く。そこには、白とエメラルドグリーンの水兵服を着た村紗水蜜がいた。黒のショートヘアにセルリアンブルーの瞳。
「ああ、水蜜か」
「何枕なんて持っているの?」
半目でこちらを見つめる村紗に虎丸はきょろきょろと周りを見る。揺れはすでに収まり、周囲の草木はそよ風で揺れている。古くからあるお堂は、崩落していない。
「いやぁ、天気も良いから天日干しでもしようかと……」
視線をそらし、そう答えるも声は小さくなっていく。
「まあ、そんなことはどうでもいいわ。星、封印が解けたの」
「どうでもいいなら聞くなよ」と言いたかったが、村紗の言う封印が何のことだかすぐには分からない。虎丸は聞き返す。
「封印?」
「聖輦船の封印よ」
「ん? ああ、そうなんだ」
適当な回答。「あなた、まだ寝ぼけてるの?」と村紗は言いたかったが、言わない。これから忙しくなる。だから彼女にやってもらう最低限の事だけを伝える。
「私達は船を掘り起こすから、星は宝塔を準備して」
「宝塔……宝塔……ああ!」
「何大声出してるの?」
「え? いや、別にぃ……」
村紗の言葉に虎丸は焦る。宝塔はずっと前になくしたままだ。聖輦船の封印が解けるなどまだまだ先のことだと思っていたからだ。
探さないと……
自分一人では探すのは無理だ。
彼女に頼まないと……
「そういえば、ナズーリンは?」
「先に掘り起こしてもらっているわ」
「はは、あっそう……」
とりあえずは、まずナズーリンに村紗には内緒で探してもらわないと……
虎丸は、村紗に言葉を返す。
「……それじゃあ、準備してくるよ」
◇◆◇◆◇
「さて、そろそろ準備しないと……」
日が暮れようとしている。
読んでいた本を棚に戻し、永江衣玖は台所に向かう。夕食の準備に取りかかる為、白いエプロンの腰紐を結んでいると、玄関の開く音が聞こえた。呼び鈴の音はない。
来客だ。予想は付いている。このタイミングで家を訪ねる者は一人しかいない。
「衣玖、お風呂借りるね」
玄関の扉を閉め、彼女の方を見ずに浴室へと一直線に歩いて行った。
彼女は今日も自宅の屋敷に帰るつもりはないようだ。
天子が衣玖の家に泊まるときは、必ず食事の準備をする前に訪れる。昔、夜に彼女が泊まりに来た際、彼女のために食事を作ったことがあった。二度も夕食を作るのは面倒であったし、台所の片付けも終わった後だったので、来るなら夕食を作る前にして欲しいと彼女に言った。
それ以降、天子は泊まるときはこの時間帯に訪れている。
彼女がここに訪れることは必ずしも良いことではない。それでも、衣玖はその事を天子には言わなかった。
物事には始まりと終わりがある。たとえ、天人であろうとも――
ただ、早いか遅いか、それだけの違い。
いつも通り、衣玖は二人分の料理を作り始めた。
「久しぶりにいい汗掻いたよ」
乾いていないしっとりとした青髪を揺らし、天子は天真爛漫な笑顔で家主にそういった。
もぐもぐと衣玖の手料理を、いつものように美味しそうに食べる。
地上で二度要石を中心に地震を起こした事。これは練習。本命は博麗神社。
博麗の巫女にちょっかいをかけ、自分の遊び相手になって貰うこと。
天人らしからぬ言葉が次々に飛び出した。
まあ、それはいつものことだったのだが――
「汗をかかれたのですか?」
「うん」
不安げに聞く衣玖に対し、天子は食事の手を止めず頷いた。
それが何を意味するのか――
天子はあれを知らないようだった。
「そう……ですか」
「どうしたの? 衣玖、元気ないね。お腹痛いの?」
「いえ」
兆候は、じわじわと出ているようだった。
◇◆◇◆◇
寅丸星と村紗水蜜が話をしているその下で、彼女は瞼を擦る。
「んっ」
声を漏らし、重い体をゆっくりと起こす。辺りは暗く、空気はひんやりとしている。
上半身を起こし、うつらうつらと記憶を探る。
自分の名前は――
豊聡耳神子。
顔を左の方に向ける。暗くて見えないが、自分と同じように寝ている人物がいる。
名前は、物部布都。
臀部を中心に体を回し、伸ばした脚を石造りの床に下ろす。
石の寝台は冷たく固い。それは、霊廟の床も同じだった。
神子が指をパチンと鳴らすと、霊廟に光が灯った。
◇◆◇◆◇
博麗霊夢らが花見を楽しむ一日前、彼女はその新聞記事を見て閃いた。
自身の計画。
これを上手く使えば、あるいは。
タイミングはいつが良いのだろう?
彼女は記事の内容を頭に叩きこみ、記事を丸めて捨てた。
その記事は、紅霧異変について書かれたもの。
幼い吸血鬼。
ナイフを扱う従者。
紅魔館のこと。
そして異変を解決した東の巫女。
彼女は計画の成就を夢想する。
――を起こすのだ。
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聞いていた地上のイメージとはほど遠いものだった。