泡沫の園 -Paradise lost-   作:くけい

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【求―キュウ―】

【求】

 もとめる。ほしがる。

 明鏡国語辞典 第二版

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 家、もとい神社に戻ると私はお風呂の準備を始める。

 部屋に戻ると、霊夢さんは縁側に座っていた。

 

「部屋に入らないんですか?」

「こっちの方が花火の音が聞こえるのよ」

「見なくてもいいんですか?」

「別に、そういう華やかなモノは別の所で沢山見ているし……」

 

 そう言っていると花火の音が微かに聞こえた。

 

「始まったみたい」

 

 黙って花火の音を聞く。霊夢さんの表情はいつになくおとなしさを感じさせた。

 長くはない花火が止む。

 私は風呂場の様子を見に行く。お湯はちょうどいい高さまで、湯を張っていた。

 霊夢さんに声をかけ、いつものように先に入ってもらう。

 歯磨きをし、丸テーブルを動かす。二人分の布団を敷く。自分の寝巻きを用意する。

 掛け布団の上に座り、物思いにふける。

 終わり。

 その予感。原因は霊夢さんの言葉。

 終わり。

 それが、自分にとってどういう事なのか分からない。

 ……

 

「早苗、上がったわよ」

 

 いつの間にか、開いていた襖。白い浴衣を着た上気した霊夢さんが立っていた。

 頭には白いタオル載せていて、まるで降り積もった雪を被っているようだった。

 私は返事をし、着替えを持って風呂場へと向かう。

 服を脱ぎ、体を洗い、湯船につかる。

 お湯につかっているのに、その温かさがあまり感じられない。

 不安のせいだ。

 汗を、その不安を洗い流すように体を洗ったのに――

 ちゃぷっと鼻下まで湯につかる。

 それでも、温かさは変わらなかった。

 

 

 風呂から出ると、いつものように布団の上で座っている。髪の水分をふき取るタオルを首に巻き、団扇を扇いで黒髪を乾かしている。

 こちらに気付く。

 

「早苗、どうしたの? 気分でも悪いの?」

 

 こちらを心配する声。

 

「霊夢さん」

 

 私は霊夢さんの前に腰を下ろし、顔をぐっと近づける。

 

「早苗?」

 

 当惑する表情。

 湿り気を帯びた長い黒髪。

 上気した肌。

 頬を両手で包み、柔らかな唇にくちづける。

 温かい、柔らかな感触。

 お互いに歯磨きはしているのに、そのキスは祭りの香りがした。

 抵抗はなかった。

 少し息苦しくなり、唇を離す。

 霊夢の頬はほんのりと赤い。

 頬から手を離し、肩に触れ、押し倒す。

 

「さなえ」

 

 唾液で濡れた唇から、日常では聞くことのない弱弱しい声が漏れる。

 私は霊夢の体を押し倒す。

 黒髪は妖艶に乱れ――

 肩から手を離し、白い浴衣で包まれた二つの膨らみに手を這わす。

 薄い生地越しに伝わる火照った体の熱と、肉の柔らかさ。

 自分でも信じられないほど、積極的に霊夢の体を求める。

 

「っん」

 

 白く細い首を伝って漏れる甘い声。

 胸肌を、少女の膨らみを暴こうと、浴衣に手を掛ける。

 少し乱暴に、ぐっと左右に引っ張り、そして――

 

「ッ――――――――」

 

 私は悲鳴を上げた。

 

「早苗?」

 

 熱っぽい声はいつもの声に変わる。

 私は両手で顔を覆った。

 はだけた浴衣の中には何もなかった。

 正確には、白い霧が、詰まっていた。

 町のあちこちに発生していた霧が――

 

「早苗、どうしたの? 早苗」

 

 ここにきて、私は思い出す。

 ここは――

 この世界は――

 

「早苗、ねぇ? 早苗」

 

 この世界は私が創り出した。

 青いリボン、青い耳飾りをした霊夢さんは、唐突に私の前から姿を消した。

 そして、赤いリボン、赤い耳飾りをした霊夢さんは長い昏睡状態の末、目を覚ます。

 私は喜び、たくさん色々な話をした。

 けれど、そこに違和感があった。霊夢さんと同じはずの半身とどこか違う。

 同じ目、鼻、口、顔の輪郭、髪、匂い。

 その違和感は強くなっていく。

 同時に、彼女と話がしたいと思うようになった。

 けど、彼女はもういない。

 しかし、彼女に会う方法が一つあった。

 彼女が消える間際に残した月の出来事。

 都の遷都計画。夢の世界に月の住人を避難させる事。

 私は博麗大結界に搭載されたRed Magicを使って、疑似幻想郷を創り上げた。

 ただ、そのまま現実のデータを使うと膨大な容量を使うため、自分の中の知覚、知識、経験から創出する形に変更した。そのため、曖昧な部分は靄がかってはっきり見えない形になる。さらに必要な人物を配置し、夢という形で私は創世界にダイブした。

 やがて自分の都合のいい世界に私は溺れる。都合の悪い記憶は切り捨てる。

 私は霊夢さんの裸身を見たことがない。

 触手による陵辱は服を着たままで、昏睡状態だった時は、魔理沙さんが服を着替えさせたり、体を拭いたりした。魔理沙さんが直接霊夢さんの面倒を見させることは一度もなかった。

 

「「早苗」」

 

 霊夢さんの声がダブって聞こえる。

 瞼をゆっくりと開き、指の隙間から声のほうを見る。

 三つの顔があった。

 自分は指で顔を覆ってはいなかった。

 二神と巫女の顔。

 八坂神奈子様と洩矢諏訪子様と、博麗霊夢さん。

 

「ようやく、目を覚ましたか」

 

 神奈子様がそう言った。

 

「あの、私……」

「丸一年も眠ったままだぞ」と、心配げな顔で神奈子様が言った。

「えっ!」

「こら、そういう顔で嘘は言わない」と、諏訪子様は頬を膨らませた。

「あの実際はどれくらい……」

「三日だって」と、短く霊夢さんは私の問いに答えた。

 

 どうやら、夢と現実の時間の流れはかなり異なっていたようだ。

 

「お前が来て、すぐに早苗は目覚めたが、何をしたんだ?」と、神奈子様。

「別に何もしてないわよ。ただタイミングが重なっただけだと思うんだけど……」

「一体何が原因で早苗が眠り姫になっちゃったんだ?」と、諏訪子様。

「たぶん私のせい」と霊夢が言う。「月の連中に夢を操る奴がいたのよ。あの事態を止めるのに少しちょっかいを出さざるを得なかったのよ。多分その時の最後っ屁ね」

「随分と曖昧だが……」

「あの時、私の側に早苗がいたからね。本人じゃなく、ねちっこく周りの人間にちょっかいを出すタイプなのよ「…………」

 

 神奈子様は霊夢さんを訝しむように見つめる。

 

「あのー、皆さん一度部屋から出てってもらえますか? 着替えたいので」

 

 寝間着姿の私は言った。

 

 

「ずっと、ええっと……ログイン? ……のままだったから。ちょっと気になって来てみたの」

 

 空は白い雲で覆われている。時折清涼感を感じさせる青空がのぞく。

 

「そしたら、あんたは昏睡状態……あれを使いすぎたら、こうなっちゃうのかと思ったわ」

「違います」

「まあね。私は早苗ほどアレの使い方知らないから、ちょっとね――」

「……」

「無事で良かったわ」

 

 霊夢さんはそれ以上詳しくは聞いてはこない。

 知っているのか、それとも興味がないだけなのか。あるいは、血による勘なのか。

 吐く息が白い。

 空から白い雪がはらはらと舞い落ちる。

 

「初雪ね」

 

 空を見上げ、霊夢さんが呟く。

 

「あの霊夢さん」

「何?」

「霊夢は魔理沙さんの事が好き、なんですよね?」

「あんた、何言って……」

「どうなんですか?」

 

 私は真顔で問う。

 

「…………」

「…………」

 

 しばし沈黙があって――

 

「分かったわ」と、嘆息し観念したといった声を漏らす。

「私は魔理沙が好きよ」

 

 その顔は夢の中の彼女と同じ顔のようで、同じようでもなく――

 

「そうですか……分かりました」

 

 私は頬をぱんっと叩いた。

 

「はい、もう大丈夫です」

「? 早苗?」

 

 と、早苗のお腹が空腹訴える声。

 

「霊夢さん、お腹空きませんか?」

「まあ――もうお昼だしね」

「じゃあ霊夢さん、おすすめの店紹介してくれませんか?」

 

 代行による霊夢さんに対する醜聞はかなり収まってきている。

 こちらが振りまいた言葉と霊夢さんのあっけらかんとした態度によることもあるのだろう。

 それでも……

 仲良くご飯を食べているところを見せることも悪くはないだろうと……後付けの理由を考える。

 

「あんたねぇ、さっき私にあんな事言わせといて――」と、霊夢さんの言葉が途切れた。「……まあ、いいわ。こっちも色々とお願いしたいこともあるし――」

 

 ため息をこぼし、霊夢さんは呟いた。

 もうすぐ十一月が終わり、十二月が始まろうとしていた。

 

 了

 




夢オチです。
もっと恋愛小説っぽくしたかったのですが、長編の方に時間がかかりすぎているので、手短に書きました。
どこかでBAD ENDルートを投稿したいなと思っています。
投稿先はR-18の”終わる幻想郷 例外”でタイトルは”さかしまの園”です。

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