俺たちの冒険の書No.002〜ローレシアの王子〜 作:アドライデ
「サマル?」
自身の声が遠くに響く。
「ローレ?」
返事は返らない。頭では理解しているつもりだった。彼らは棺桶に入ったのだと。棺桶(瀕死の状態を保持し、蘇生呪文が間に合うように、ロトの御守りの力で形成した、人を入れる容器)の状態であり、死亡が確定しているわけではない。
死者を祀る箱を模しているなんてある意味、趣味の悪い作りだと思う。
そう、つまり彼らは死んでいない。まだ蘇らすことができる。
「蘇る…。サマルを救った木」
思い出すのは呪いにより床に伏したサマルを治療した木の葉。ローレと取りに行った世界樹の葉である。
無意識のうちにリレミトの呪文を唱え、この場を脱出する。受け入れがたい状況。
物言わぬ棺桶を引きずり、船に乗り込む。毎日海の上で唱えた呪文は自然と口から漏れ、発動し、無の心で只々一心に目指す。
島は遥か彼方、果てしない水平線が出迎えるばかりである。
「独りは嫌」
心は既にここにあらず。護られ、そして力が及ばず、目の前で失う命。重ねないわけがない。幸か不幸か、犬になる呪いが記憶をあやふやにし、心の奥深くに仕舞われていた、恐怖と絶望、憤怒と復讐心。
運命のあの日。平和で文化的なあの美しいムーンブルクのお城が一瞬に滅ぼされた。そうムーンブルクの上空は今と同じ茜色に染めていた。
ムーンブルクに勇者ロトの血が混じったのは、およそ八十年前。ローレシアを建国した勇者の子どもが政略結婚としてムーンブルクに来たのが始まりである。
また、その竜殺しの勇者に渡す以前はロトの盾を所持しており、ロトとは古くから交流があったと考えられているが、古き時代の書物には確かなことは書かれていない。
ロトとの繋がりは伝統を受け継ぐ名前からも推察できる。『マイコ』と言う一般と外れた特殊な名もそれに準じて名付けられたと聞く。
この世界にはない独特のイントネーションがロトが空から来たと言う説に付属して、その仲間が世界を救った後にこの国を建国した、と言うのが今のところ有力な説である。
「お父様?」
珍しく中庭に呼び出されたムーンは首を傾げつつ側による。
「修行は順調か?」
父は優しく問う。魔法の修行のことだろうか。幼き頃は知識を高め、魔力の制御ができるようになった頃、呪文を授ける儀式が行われる。幾多の呪文があるが、それは相性により取得する種類、時間、効果が変わる。
「先日ベホイミを覚えましたわ。師は優秀だと褒めてくださいます」
「そうか、お前はロトの血を引く王女。さらに魔法の国の最高位だ。優秀であらねばな」
現王である父はロトの血を引いていない。だが、代々魔法国家の分家で今は亡きロトの血を引く母と婚姻を結んだ。そこに愛情があったかは定かではないが、ムーンは約束された血筋であると言うことだ。
母に先立たれたことにより、この国でロトの血を引く人はムーンただ一人だけになってしまっていたのは事実である。
辛いとか選択肢がないとか、そんなことを思う暇はなかった。約束された道をただ歩むだけのはずであったから。
しかし、この時の地響きが全てを狂わす。
「これは…一体何が起こったのだ」
只事ではない揺れ、父に庇われながら、兵を呼ぶ声を聞く。
「誰かおらんのか!」
「お、王様! 大変でございます! 大神官ハーゴンの軍隊が我がムーンブルクのお城を!」
駆け付けた兵士が跪き直ぐ様現状を報告する。
「何っ!? ハーゴンが攻めて来たと申すかっ!? ぬぬぬハーゴンめ! こうしては居れぬ! すぐに兵士たちを集めよ!」
ハーゴン忘れたくても忘れられないその名前。異教徒として怪しげな活動をしていることは前から報告は受けていた。しかし、信者を集め、この城を侵略するとは誰も予想していなかった。
それは何故か。
竜王は勇者によって討たれた。だから、この世に悪が存在するはずがない。その輩の復活を望むとは亀毛兎角な話である。
確かに竜王は存在しない。しかし別の悪がその脅威を振るおうとしていたのだ。そこに気付けず警戒を怠ったのが敗因である。
「マイコお前はここに隠れておれ」
魔物の羽ばたきと甲高い奇声が聞こえ、もう間も無くこの中庭にも来ることがわかった。押し込められた地下室への入り口、その隙間からやって来た魔物と対峙する父の姿が見えた。
「おのれ怪物どもめ」
腐っても魔法の国の王。魔法を駆使し次々に襲いくる魔物を焼き払う。しかし数が多過ぎた。徐々に劣勢になり負う傷が多くなる。
「お父様ーーー!!」
巨大な火の玉を受け、崩れ落ちる王の姿に叫び出る。駆け寄るも燃え尽くされる父の身体は黒く墨のように跡形もなくなっていった。伸ばした手が空を掴む。まだ碌に戦えないのに魔物の前に出ても死に逝くようなもの。
「お前はロトの…ならば」
一匹の導師がムーンの姿を見つける。この軍のリーダー。いや、あの時はわからなかったが、あの【あくましんかん】はハーゴンが乗り移っていたのかもしれない。
だからこそ、瞬時にロトの特性を判断し、焼き殺すのではなく呪いの呪文を唱える。例え血が生かそうとしても、戦えぬ姿にすれば死と同じ。
「皆が死に逝く絶望を知るが良い」
何もできずに身体中に痛みが走る。それと同時に胸元でロトの御守りが強く光る。これは転移。王のいないこの城に聖なる力はない。では……飛ばされる場所はどこ?
「ああぁぁぁーーー!」
その痛みに耐え切れず叫び意識を失う。その後、犬となって意識がハッキリしない中でフワフワと生きる。孤独と恐怖に心が支配されながら…。
同じく勇者の血を引くあの二人が現れて救われた心。再び失うかもしれない恐怖が襲う。何もできなかった、自分だけが生き残ってしまった。大切なものが手からこぼれ落ちていく。
大丈夫、死なない死なないはず。何度も言い聞かせている言葉。しかし、無言の棺桶がこれ程までに恐怖を掻き立てるなんて思わなかった。
竜殺しの勇者はなぜ一人だったのか。他の血を引きし者の末路は……。
「もう、誰も、失いたく…ない」
棺桶に眠る二人を呆然と見つめつつ祈る。
世界樹、死者と生者の境界を司る生命の木。ひらひらと舞い落ちるその葉は奇跡を起こす。
マイコLv.xx、大切なものを失う恐怖。