ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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お待たせしました、第10章終盤の始まりです。


第8話 強さの意味は

 戦争派の隠れ家である地下空間には、俺の魔力砲で大穴が出来ていた。視線の先には戦争派こ末端から、見知った英雄たちの姿が見える。

 

 しかし俺たちの最たる敵になり得るのは、英雄と子供達だけだ。戦争派と英雄派の特徴は、少数精鋭であること。しかし、だからこそ厄介だ。

 

 ……少数精鋭はこちらも同じだ。

 

「――それぞれが予定通り、敵を補足次第、作戦を開始しろ」

 

 言葉は返ってこない代わりに、それぞれの魔力が動き出す。

 それを補足しながら、俺は大穴の奥を見た。完全に施設を破壊出来ていないらしい。

 ……俺の周りにいたサイラオーグさんもディザレイドさんも、既に近くにいない。

 その代わりに俺の近くに魔法陣が浮かび、そこからは――黒歌とフリード、アメが現れた。

 

「作戦通り、それぞれが所定の敵と相対してるにゃん。イッセー、そろそろ私たちも」

「ああ。……これより俺たちは施設の最奥に侵入する。最優先はハレの救出、及び――ディヨン・アバンセの掃討だ」

 

 俺は三人を抱え、そのまま大穴の底へと落ちていく。

 ……その最中、俺たちに襲い掛かろうとする影が幾つか現れた。しかし、それは事前に俺の仲間によってそれぞれ防がれていた。

 

「頼んだぞ、みんな!」

 

 それぞれを信じ、俺は三人と共に下降していく。

 ……現代科学をつぎ込んだような施設は、迷路のような形だ。おおよそ施設に侵入し、暗躍することが難しい。

 だからこの正面突破はある意味で功を期した。

 

「フリード、ここの施設の情報はある程度持っているか?」

「一応入手した端末にはある程度載ってるっす。設計は地下二十階層。イッセーくんの攻撃で貫けたのは十五階層までっすね」

「多分これ以上先は特殊な防御加工してるにゃん。じゃなきゃ、イッセーの龍星で破壊出来ないはずないよ」

「……ここからは裏技は使えないってことか」

 

 俺は辺りを見渡す。攻撃でぐちゃぐちゃになっているが、少し先に地下へと続く階段があった。

 ……瓦礫を消し飛ばして、俺たちは十六階層に下がる。階段は螺旋状になっているようで、意外にも段数は多い。

 

「……全てのフロアを強固な仕様にしないのは、どうしてだと思う?」

 

 不意に俺はフリードと黒歌にそう尋ねた。

 ……やろうと思えばこの建物自体を、俺の砲撃に耐えられる仕様に出来たはずだ。でもそれをしないというのには、何か理由があると思う。

 

「んー、コスト削減とかっすかね。戦争派は特に金がかかる実験をメインにしてるっす。基地に金をかけるよりも実験なんでしょ」

「……それでも、十六階層からは防御力を上げてるって考えると――戦争派にとって、ここから先は重要な何かがあると考えるのが妥当にゃん」

 

 俺はフリードと黒歌の言ったことに説得力を感じた。

 現段階でも戦争派の内事情は露見している。だけど、俺はそれが全て正しいとは思っていない。

 そもそもあんな解析されるのが目に見えている端末を、見つけられる場所に置いておくことが可笑しい。

 ……ディヨン・アバンセは何か目論見があると睨むのが妥当だ。

 

「それにアメとハレの情報が何も載ってなかったのも気掛かりだ。他の子供達の情報は細かく記載されていたのに、二人のものだけほぼ空白……そこが引っ掛かる。アメは何か心当たりはないか?」

「……わからない。アメとハレは、少し前までは普通に、生活していたから……」

「……普通に、か」

 

 ――本当を言えば、彼女の言う「普通」という言葉を疑っている。

 ハレの持つ見たこともないような神器、突如戦場になった北欧の地。それに巻き込まれた姉妹。

 これらを偶然では片付けることは出来ない。

 しかもアメとハレは戦争派の子供達の二人とされているんだ。

 ……記憶を操作されているのか? そう思って黒歌に調べて貰ったけど、それらしい痕跡は発見されなかった。

 

「……とりあえず」

 

 階段を降り切って、目の前にある大きな門の前に立つ。堅牢な金属で出来たと思われるそれに、拳を振るった。

 ブン、と拳を振るう音と共に門が酷い破壊音を立てて消し飛ぶ。

 

「奥にいる親玉の口を割らせるのが早いな」

「――そう思ってるとか悪いんすけど、敵さんが現れたっすよ」

 

 土煙が目の前を覆い、視界は不鮮明になる。そんな中、俺よりも緻密な気配察知が出来るフリードが、目の前を真っ直ぐ見据えてそう言った。

 

「――よもや貴様が最初に我の存在に気付くとは。些か、驚きものだな」

 

 土煙の先から声がする。野太い男の声だ。煙にシルエットが映り、それの背丈が大体把握できる。

 

『――やぁ、赤龍帝くん!! 僕の家に良く来てくれたね!』

 

 ……生声ではない、機械越しの声が聞こえる。

 その声は一度しか聞いたことはないが、良く覚えている。先日戦争派の隠れ家で捕まり、顔を合わせた戦争派のトップであるディヨンだ。

 まるで友達が家に来たことを喜ぶような明るい声音で、ディヨンは話し続ける。

 

『なかなか魅惑的なノックで、戦々恐々だよ――さて、早速だけれど、一つ僕の俗事に付き合ってもらおうか』

 

 ディヨンはそんなことを言ってくる。

 ……俺たちが奴の遊びに付き合ってやる必要はない。

 俺は無視して前を進もうとした――

 

『まぁ、そもそも君達が従わない選択肢は用意していないんだけどね!』

 

 その時だった。

 俺たちの前に、黄色い壁が立ち塞がった。

 

「な、なんだこれは……まさか、神器か?」

 

 その壁の雰囲気からそう予想すると、予想に反さずディヨンは嬉しそうな声を出して肯定した。

 

『ご明察通り! これは僕が用意した神器さ! ――対等な決闘城塞(ワン・オン・ワン・フィールド)。この神器が発動する空間では、いかなる存在も一対一の対等な戦闘をしなければならない』

「一対一……そうしなければ前に進めないってことか」

『理解が早くて助かるよ。僕は二十階層にいる。それまでの階層一つ一つに僕の中の生え抜きの戦士(モルモット)を用意した。それを一人ずつ倒して、僕の下まで来てごらん?』

 

 ……明らかな罠だ。ディヨンは最初からこれを狙っていたのか?

 ――俺たちを止まるほどの敵を用意していると考える方が妥当だ。

 

「んで、あんたが最初の敵ってわけか」

 

 未だ土煙の中で姿を現さない大柄な男に、そう声を掛けた。

 

「なんとも酔狂なことだ。まさか貴様とこうして生きて合間見えることが出来るなんて――僥倖とも言えるな」

「……あんた、俺と面識があるのか?」

 

 まるで旧知の仲のような言い方をする男に、俺はそう尋ねた。

 

「貴様にとっては俺のことなど、歯牙にもかけぬ存在だろうさ。……この姿を見せれば、少しは思い出したくれるか?」

 

 男は突如、背中より翼を羽ばたかせた。

 ――8枚の翼を織りなして、土煙を器用に吹き飛ばす。その風圧の強さから一瞬目を閉じてしまった。

 ……今の余波だけでも、あの男がここを任される理由が理解できる――明らかに強大な力を感じる。

 そしてその強大な力の最たる正体は、おそらく堕天使だ。

 だが、待て。8枚もの翼を持つ堕天使を、俺が知らないはずがない。

 

「――いや、必然かな。さぁ、誰が我の相手をしてくれる? 赤龍帝、兵藤一誠。それとも貴様か? 神父、フリード・セルゼン」

 

 ……黒いハット帽に黒いスーツ。顔中の傷跡と、鋭い目。

 その姿を、俺は知っている。知っていると同時に、奴がいることが信じられなかった。

 ――これまで色々なことがあった。始まりは兵藤一誠としての生を受けたところから始まっているが……悪魔としての始まりは、忘れもしないレイナーレとの一件だ。

 

 アーシアを守るため、俺はレイナーレをはじめとする堕天使たちと交戦した。

 アーシアとの出会いの記憶だから、今でも記憶に新しい。

 

「――地獄の淵より舞い戻って来たぞ。我の名は、堕天使ドーナシーク。おおよそ目立たぬ雑兵だ」

「……こりゃまた意外性抜群っすねぇー、ドーナシークの旦那ぁ」

 

 ――レイナーレの部下で、俺が直接手を下した堕天使、ドーナシークがそこにはいた。

 

 ―・・・

『Side:三人称』

 

 戦争派の基地がある遥か上空に、最強の龍王、ティアマットは目を瞑って浮遊していた。

 感性を研ぎ澄まし、周りに漂う雰囲気を肌で感じ取る。

 ――ティアマットの直感が告げていた。この戦場に、奴が来ると。

 現状敵勢力で最も警戒すべき最強の敵。それはティアマットにとっては最も因縁深く、更に言えば一度は完全に敗北している。

 

「……最も面倒な強敵を迎え撃つ役目を命じられて、高揚してしまうとは――やはり私は生粋のドラゴンだな。そうは思わんか?」

 

 誰もいない虚空に、ティアマットは語りかけた。

 ……その瞬間、彼女の目の前の空間が歪む。

 

「……気付いていたか。それに以前よりも雰囲気が増したようにも思えるな」

「ぬかせ、そんなことは思ってもいないだろう。お前に遣える気があることに心底驚いているぞ――クロウ・クルワッハ」

 

 虚空より現れし存在は、最強の邪龍と名高い三日月の暗黒龍、クロウ・クルワッハであった。

 以前彼女が敵対した時と同じように全身を真っ暗な装束で身を包み、鋭い三白眼をティアマットに向けていた。

 

「俺は嘘はつかない。思ったままのことを言ったまでだ。以前の腑抜けたお前とは思えぬほどの力を感じているぞ」

「ならば素直に喜んでおこうか」

「そうしろ――俺としてはこの戦争に首を突っ込む気はないぞ」

 

 するとクロウ・クルワッハはそんな殊勝なことを言った。

 ……ティアマットは「なるほどな」と彼の言う言葉に納得する。

 ――元よりクロウ・クルワッハの性質を理解しているティアマットは、彼がこの戦争に興味がないことは分かりきっていた。

 

「だろうな。お前がどうしてここにいるかも理解しているつもりだ」

「……言ってみろ」

「大方、リリスのお目付役だろうさ。もしもの時にリリスを止められるのは、お前くらいなものだろうからな」

 

 ティアマットの推測に、クロウ・クルワッハは首を縦に振った。

 

「その通りだ。こんな誇りもない、つまらない小競り合いに参加してやるほど、俺は暇じゃないんだな――しかし、そこまで俺を分かっていて、何故俺を待ち構えている。残存戦力を考えるなら、下で赤龍帝と共に戦った方が賢明だろう」

「……はは、聡明だな。確かなその通りだ」

「…………わからないな。何が目的だ?」

 

 クロウ・クルワッハは訝しげな表情で首を傾げる。

 それを見て、ティアマットは余計に笑ってしまった。

 

「――昔の私は死んだよ。力の本質を見誤り、無鉄砲になっていたティアマットは、もうどこにもいない」

「……面白い。ならば俺の目の前にいるお前は何だ?」

 

 ティアマットの話に興味が湧いたのか、クロウ・クルワッハは初めて好奇心を表情に浮かばせる。

 ドラゴンの行く末を見たい彼にとって、ティアマットの発言は魅惑の果実のように見えていた。

 しかし……それに対する彼女の返答は本当に単純で……――

 

「ただの、ティア姉だ」

「…………は?」

 

 その呆気ない発言に、クロウ・クルワッハは口を開いて呆然と彼女の顔を見つめた。

 

「私が高尚な理念を話すとでも思ったか? 案外単純なところがあるのだな、貴様にも」

「……お前にだけは言われたくない。だが、分からないな。お前が龍王ではないことは理解できた。龍王の名を捨てて、ただの姉に成り下がったのも理解出来た――だが、それで俺の前に立つ意味は分からないな」

「意味は、言葉の中にある」

 

 ティアマットは口元をにやけるように歪ませ、好戦的な表情でクロウ・クルワッハを見据えた。

 ――その瞬間、彼の背筋にゾクッと、冷たいものを感じた。

 

「――姉とはつまり、家内における妹と弟の頂点にいる存在だ。すなわち私は下を守るために戦う義務があるのさ」

「……脆弱な考えだ。そう断じたいところだが、しかしそうも出来ないな――以前よりも遥かに強い凄みがある。覚悟も見える。俺の前に立つのも、無謀な行動に思えないな」

 

 クロウ・クルワッハは口元を三日月の形にして笑う。

 その目には闘志が宿るように鋭く、その眼光がティアマット一人に向けられていた。

 

「ならば来い、ティアマット。お前の覚悟を俺にぶつけてみろ」

「望むところだ、クロウ・クルワッハ!!!」

 

 ――ティアマットの雄叫びのような咆哮が、ビリビリとクロウ・クルワッハの肌に電気が走る。

 好戦的な目と目視できるほどのドラゴンのオーラ。

 それを見てクロウ・クルワッハは確信した。このドラゴンは、俺の好敵手に値すると。

 対するティアマットは、人型のままで身体中に黒と白のツートンカラーで輝く円陣が包んだ。

 

「お得意の龍法陣の重複使用か。それは以前と変わらないようにも見え――っ!!」

 

 クロウ・クルワッハが一瞬、まばたきをした。その瞬間、彼は遥か後方に殴り飛ばされた。

 

「――変わっていないように、見えるか?」

「……前言を撤回しようか。随分と、滾らせてくれるじゃないかっ!」

 

 彼の静かな声音はなりを潜め、興奮気な声を轟かせる。

 ――彼にとって、以前のティアマットの醜態など、さして意味がない。

 最強の邪龍、クロウ・クルワッハは単に悪であると断ずるのは、本当の悪に対して失礼極まりない。

 彼が力を払うのも、理不尽を起こそうとするのも、そこには明確な悪意があるわけではないからだ。

 

「ドラゴンの行く末を見ることだけが俺にとっての生き甲斐だ。今のお前からはそれを感じる――お前との戦いの先に、俺が見たいものが見える。そんな気がするな」

「ならばその身体の全てに刻み込んでやる。そして最後に後悔しろ。触らぬ姉に祟りなしとな!!!」

「何を面白くもないことを――っ」

 

 ティアマットの戯言にクロウ・クルワッハは反応してしまうが、しかし彼女の攻勢は冗談では済まない迫力のものだった。

 クロウ・クルワッハの頬を掠める、真っ直ぐすぎるティアマットの拳。拳は空を切ったにも関わらず、その風圧だけでクロウ・クルワッハは吹き飛ばされてしまった。

 しかしティアマットはクロウ・クルワッハの胸ぐらを掴み、吹き飛ぶ彼を引き寄せて――龍化した極太の拳でその頬を貫いた。

 

「かは……っ!」

 

 防御すらままならなかった一撃を受けて、クロウ・クルワッハは大量の血反吐を吐いた。

 そして、最強の邪龍は、ティアマットを危険に感じてすぐさま安全な距離を取る。

 

「――ふむ、思っていた以上に良く動くな、悪魔の身体というものは」

「……やはりその力、純粋なドラゴンのものではないか。しかし驚いたな。いまや天龍と同等の外殻を持つ俺を、ただの一撃で血反吐を吐かせるとは」

「はは、そういえばまだお前には言っていなかったな」

 

 ティアマットは誇らしげに笑みを浮かべ、肩から羽織る赤色のコートの背中をクロウ・クルワッハに見せた。

 そこにあるのは紋章。

 赤色の生地に描かれる、ドラゴンを形だった紋章の意味するものは――赤龍帝。

 

「私は赤龍帝眷属の戦車、ティアマット! 最たる拳と防御力を持つ、世界最強の龍王戦車だ――油断してくれるなよ、クロウ・クルワッハ。私もまた、お前と同じ高みに至った」

「――それを判断するのは俺だ」

 

 最強の邪龍と最強の龍王の戦いは、熾烈を極めていく。

 

 ―・・・

 

 ティアマットがクロウ・クルワッハを担当するのと同じで、赤龍帝側はそれぞれが兵藤一誠から指示を受けていた。

 例えば三大名家最強と名高いディザレイド・サタンは、赤龍帝たちが戦いやすいように、不確定要素を全て引き受けている。

 謎の黒い生命体を初め、この戦いに介入してくる存在を一手に引き受けていた。

 ……戦争派の基地の中の中腹。そこでは煌びやかな火炎が包んでいた。

 

「……ちょっと予想外だなー。僕の相手が誰をするのか予想してたけど、まさか君とはね」

 

 英雄派のクー・フーリンは光り輝くクルージーンを担ぎ、目の前の少女――レイヴェル・フェニックスが立ちふさがるのを興味深そうに見つめていた。

 

「私には分不相応な立ち位置であると自覚していますよ」

「……その割には落ち着いているね。僕との力量差を知っているのに、どうしてそんなに悠長に話せるのかな?」

 

 未だ剣を構えず、ただ周りへの配慮は忘れない。

 何しろ、周りの炎の熱量は本物だ。彼女の知っているレイヴェル・フェニックスの情報から考えるに、あまりにもこの戦場には似合わないものだ。

 フェニックス家の中で最も幼く、未だ実戦を知らない。そんな少女が英雄派の幹部と戦わせるなど、正気の沙汰ではない。

 

「もしかして、黒歌の代わりの捨て駒にしたの?」

「……捨て駒、ですか。確かにそう考えるのが妥当なところでしょう――ですが、違いますよ。あなた程度ならば、私で事足りるからです」

「――あ?」

 

 レイヴェルが不敵な微笑を浮かべてそう言った瞬間、クー・フーリンの表情は変わる。

 明らかに不機嫌な表情の変化だ。まさかレイヴェルから煽られるなどとは毛ほども思っていなかったのだろう。

 レイヴェルは優雅な物腰で、フワリとスカートの裾を掴み、一礼する。

 

「納得がいかないのならば、どうぞ自分でお確かめください」

「――なら遠慮なく」

 

 刹那、クー・フーリンはレイヴェルの視界から消える。

 ……気付いた頃には、レイヴェルの身体は横薙ぎに切り裂かれ、上半身と下半身が別れてしまっていた。

 

「自分が不死鳥だからって、絶対に死なないわけじゃないんだよ。自分の才能に自惚れたね」

 

 クー・フーリンはつまらなさそうな顔で、レイヴェルの方を見ずにそう呟いた。

 

「――あなたが早くて強い。そんなもの、最初から承知の上です」

 

 ……しかし、彼女の予想を超えて、炎に包まれる。

 その熱量は近くにいるだけで身が焦がされ、ヒリヒリとした痛みを付随させる。

 

「……あの程度じゃ死なないかー」

 

 特に驚いた様子は見せない。反撃してくるのは予想外であったが、生きていることは予想の範疇であったのだ。

 クー・フーリンは振り返ってレイヴェルの目を見据えて――初めて、息を飲んだ。

 

「……何、その目。お飾りのお嬢様の目じゃないよ」

「お飾り、ですか。中々痛いところを突いてきますわね」

 

 ――レイヴェルの目には、明確な闘志が宿っていた。

 ……クー・フーリンは前情報で、赤龍帝の情報をある程度把握している。

 兵藤一誠を筆頭に、猫魈の黒歌、様々な龍の力を秘める朱雀、更には最強の龍王であるティアマット。

 それぞれが一騎当千の力を秘める戦士たちに対して、レイヴェル・フェニックスはあまりにも平凡な悪魔である――そう評価していた。

 

「確かに私は、戦闘力という面では、他の方々の足元にも及ばないことでしょう――ですが、よもや私が何の覚悟もなくイッセー様の眷属になったとは、思っていませんよね?」

 

 しかし、それは大きな間違いだ。

 レイヴェルは聡明な少女だ。良く頭が周り、彼の眷属になるという意味を良く理解していた。

 戦いを呼ぶ赤龍帝の眷属になるということは、すべからず戦火の渦に身を投じることを意味している。

 

「……イッセー様は優しいお方です。彼は眷属に対して才能と力を求める。そうでないと、生き残れないから――誰にも自分のせいで傷ついて欲しくない。だからイッセー様は、強者を求めるのです」

 

 その炎は覚悟を意味している。

 ――そんな兵藤一誠が、自分からレイヴェル・フェニックスを眷属に選んだ。

 それが意味することは……彼にとって、彼女は自分の眷属に足る才能と心を持った少女であるということだ。

 

「故に私は、彼の眷属の僧侶として、あなたと戦います。英雄派の特攻槍、クー・フーリンさん」

「――そっか、そっか。それは悪いことを言ったね。訂正するよ」

 

 クー・フーリンは額に手を当てて、少し笑う。

 ……そして剣をレイヴェルに向けて、

 

「君は歴とした曲者揃いの赤龍帝眷属の一人だ。だからこそ、僕がここでしっかり滅してあげる」

「いえ、あなたでは無理です――だからこそ、私があなたに割り当てられたのですから」

 

 レイヴェルは炎の翼を縦横無尽に薙ぐ。

 あまりにも分かりやすい動作だったものだから、クー・フーリンは容易に避け、先ほどと同じように光剣でレイヴェルを切り裂く――しかしそれか致命傷になることは決してない。

 手応えの無さからクー・フーリンはレイヴェルの言った言葉の意味を理解する。

 

「……なるほど、相性が最悪だな。僕と君は」

「ええ。例えあなたが早くとも、私はあなたの攻撃では傷一つつかない。あなたのゲイ・ボルグが如何に必中の槍でも、それはあくまで対人最強の武器でしかない――心臓さえも再生するフェニックスを倒す手段をお教えしましょう」

 

 レイヴェルの炎は熱量が増す。それを見て、クー・フーリンは冷や汗をかいた。

 ――舐めていた、と。彼の眷属が規格外過ぎて、感覚が麻痺していたのだ。

 ……不死身が、弱いはずがない。

 

「神クラスの一撃で、存在ごと消し飛ばすか、精神的に弱らせて不死の力を一時的に弱体化させるかの二つ」

 

 家名に伝説の聖獣の名を連ね、今の悪魔の世界の中で猛威を振るう。

 ――それがフェニックス家。その涙はどんな傷をも癒し、その炎はあるいは神にも届きうる熱を誇る。

 今は未熟、だがその器は……大器の器。

 

「あなたには神クラスの一撃はありません。そして、覚えておいてください――私はどんな状況でも、絶望することがないことを」

 

 炎風がレイヴェルのコートの裾をフワリと浮かばせる。

 ――彼女もまた、曲者揃いの赤龍帝の一人。

 

「私は赤龍帝眷属の僧侶にして――フェニックス家の長女、レイヴェル・フェニックス。我が誇りの炎をその全身で受けてみなさい」

 

 ……フェニックス家で最も才能に恵まれた才女――火炎が彼女の戦場に舞った。

 

 ―・・・

 

「目下最大の厄介者は君だ、8番目の子供、ドルザーク」

「ひゃははっは! 言ってくれるジャーン、兄ちゃんョォ」

 

 地上付近の森で相対する二つの影があった。

 神器「封龍の宝群刀」を手にする土御門朱雀と、様々なドラゴンの力を宿すドルザークである。

 ――8番目の子供、ドルザークは赤龍帝眷属にとって天敵だ。

 何せ現状、彼らの過半数以上がドラゴンに関する能力を持つからだ。

 そしてドルザークはドラゴンの力を吸収し、自らのものとする。既にティアマットのブレスを手に入れており、力は増していくばかりだ。

 

「しっかしよォ。俺様を相手にすんのに、あんたなのは意味わかんねェ。だってあんた、あれダロ? ドラゴン使いが、俺と戦うなんて正気の沙汰とは思えネェ」

「私もそう思う。相性からしても最悪――と、思っていた」

 

 しかし朱雀はそう切り返した。

 

「ンア? もしかして、俺様に勝てるとか思ってんノ?」

「思っているとも。そのために色々と用意してきたのだからな」

 

 さて、と言いながら朱雀は両手で刀を持ち、切っ先をドルザークに向ける。

 

「さて、ディン。此度も私に力を貸してくれるかい?」

『もちろんさ。僕は君の唯一無二の相棒だからね――なんて、ドライグの真似してみたり。ちょっと憧れだよなー、あの二人は』

「――ヨーシ、分かった。テメェラ跡形残らず喰ってやんヨォォォ!!!」

 

 ドルザークの激昂と共に、彼は龍人と化す。以前よりも禍々しさが増したその容姿に加え、大きさも一回り大きくなっていた。

 

「封を解く」

 

 朱雀は神器の能力を使うための言霊を呟いた。

 彼の神器の能力は単純明快である。封印したドラゴンの力を解き放ち、その力を発揮する。ただそれだけだ。

 現状朱雀が使う力は基本的に、生前のディンが封印してきたドラゴンの力である。その力の大きさには差があり、中にはあまり強くないものもある。

 

「――雷鳴の電龍よ、纏いて光の依り代にせよ」

 

 ……その瞬間、ドルザークの目の前から朱雀は消えた。

 彼に襲いかかったドルザークは、それまで朱雀のいた場所で立ち尽くすばかりだ。

 

『ド、ドコに消えタァァ!?』

「後ろだ」

 

 ――朱雀の宝刀が、ドルザークの身体を切り裂いた。

 宙にドルザークの赤黒い鮮血が舞い、すぐにドルザークは朱雀から距離を取る。

 

『ンなの、聞いてネェゾ! 今ノ速さハッ』

「――雷を放つとでも思ったか? 吸収されてしまう一撃を、どうして放つ必要がある。……と言っても、私の神器の可能性に気付いたのはイッセー様の聡明さだ」

 

 それまで、朱雀は封印されたドラゴンの力を、あくまで大出力の大技として放っていた。

 しかし大技とは察知されてしまう恐れが強く、事実朱雀の攻撃は強者にはあまり通用しなかった。

 ならば、と一誠は提案はした――ドラゴンの性質を、自分に纏わせることはできないかと。

 

「雷鳴を宿せば、雷の速度で動ける。ただそれだけだ。しかし力を放出していなければ、君に力を奪われる心配もない。あとはこの刀で少しずつ削っていく」

『ウゼェェェェェェ!!! なら、テメェの力を引き出してやるだけダァァァ!!』

 

 ドルザークは口を開け、口元に白と黒のオーラを灯す。その力は恐らく、ティアマットから奪ったものであろう。

 二色のコントラストが本来は美しいが、朱雀はそれを醜悪に感じた。

 

「担い手が違えばこうも変わるか」

『しかし威力は甚大だ――ならばこちらも行こうか』

 

 宝剣に埋め込まれている宝玉の一つが光る。

 朱雀は天に刀を掲げると、力の発動のために新たな言霊を紡いだ。

 

「封を解く――業業たる龍王よ、双色を以て穿て』

 

 ――宝剣の周りが、黒と白で包まれる。それはドルザークと同じで、しかし彼とは違って美しいものであった。

 ドルザークのブレスと、朱雀の斬撃波が衝突する。

 

『ナ、ナンデテメェが同じ力を!!』

「ティアマット殿の力を少しだけ封印させてもらっただけだ――続けて封を解く。赤き覇者の龍よ、覇力を募らせ猛き燃やせ」

 

 ――ティアマットの力が、赤龍帝の倍増の力で膨大なほどに膨れ上がる。

 それによってドルザークは力負けをして、斬撃波の光の中へと飲み込まれた。

 

「赤龍帝の力を単体で使えば、君に奪われてしまう。ならばそれをあくまでサポートに使うまでだ。そしてティアマット殿の力は既に奪われている。だから心置き無く使ったまでだ」

 

 斬撃波が止み、ドルザークは血濡れでその場に立ち尽くしていた。

 ――あくまでティアマットと赤龍帝の力は一度きりだ。封印したのは力であり、その存在ではない。

 ……ドルザークは朱雀のことを、獰猛な目で睨んでいた。竦み上げてしまうほどの目力はあるものの、今の一撃は相当応えたのだらう。

 そもそも彼も連戦続きだ。先日はティアマットと戦って消耗していると考えると、妥当なところだ。

 

「……ディン、彼を封印出来ると思うかい?」

『難しいな。何せドルザークは元が人間だ。如何にドラゴンに変容しても、人間の要素がある限り封印は難しい』

「結局は打倒しか手はないか」

 

 朱雀は剣を強く握り、ドルザークを警戒する。その身にどんなドラゴンの力を宿しているか、わかったものではない。

 ……ある意味で朱雀とドルザークは似通っている。故にその危険性を誰よりも理解していた。

 

『――タリネェ』

 

 ドルザークの身体が、ドクンと脈打つ。

 

『ヤッパ、もっとツエェドラゴンの力を使うしかネェカ!!!!!』

 

 血管が浮き上がり、切れてプシュッと血が吹き出る。

 腕が恐ろしいほどに極太となり、その容姿は――もはや、邪龍だ。

 

『――このオーラの質。あれは危険だ』

「知っているのか、ディン」

『あぁ、よく知っているとも。あれは邪龍特有の気持ちの悪いオーラだ。しかもあの容姿、力はその中でも一際面倒な邪龍の力――力と防御に秀でた邪龍、グレンデルのものだ』

 

 ――グレンデル。

 既に討滅されている邪龍と一角で、彼を体現する言葉は正に「邪龍の本質」を体現していた。

 ただ暴力を思うがままに振るい、涙や悲しみを見ると滾るような存在。傷つけること、壊すことを本懐としていると言えば良いか。

 とにもかくにもあれほど世間一般で知られる邪龍を体現した存在はいないと言われるほどのドラゴン。

 それが大罪の名前を冠した暴力の龍王――大罪の暴龍(クライム・フォース・ドラゴン)・グレンデルだ。

 その生前の姿に、今のドルザークの容姿は酷似している。

 巨人風のいでたちに加え、銀色の眼で、鱗が黒く、腕は太い。オーラは深緑で、それが禍々しく身体を包んでいる。

 

『――邪龍化(プリズムブレイク)ゥゥゥ!!! コイツは俺様だけがユルサレタ、最悪の力だ!!』

『不味いな。彼の力はあらぬ方向に進化しているよ。あのままではあの子はいずれ……』

 

 ドルザークの変容を見て、かの善龍ディンは危惧する。

 戦慄に近いものを感じているディンとは対照的に――朱雀はどこか、儚げな表情を浮かべていた。

 

「……一体、どこで道を踏み外してしまったんだ」

『…………アアン?』

 

 その発言にドルザークは首を傾げた。

 敵に贈る言葉としてはあまりにも不適切な問い掛けだ。しかし、朱雀は聞かずにはいられなかった。

 ――同じドラゴンを宿す身だからこそ、今のドルザークを見て同情を禁じえなかった。

 

「何よりも辛いのは、それを良しとしてしまうことだ。君を止めてくれる人がいなかったからだろう」

『ナニ、イミワカンネェこと言ってやがる! そ、そんな目で、俺様を見るんじゃねぇ!!』

 

 ドルザークは勢い余って、朱雀に襲いかかる。

 朱雀に向かい拳を上から振るうものの、朱雀はそれを体捌きで躱した。それまで彼のいた地面には大穴が生まれ、如何にドルザークの拳の一撃が重いかが容易に想像できる。

 

「善悪の区別も付かない子供を放っておいた大人の責任もある――だが申し訳ない。私は君と同じでまだ子供だ。声を大にして君に説教垂れるほどご立派ではない」

 

 朱雀は目を瞑り、宝剣の刃に指を添えて――スッと指を軽く切る。

 指からは違う垂れて、宝剣を鮮血で鳴らす。様々な宝玉が埋められた美しい剣は、朱雀の血で濡れてもなお美しい。

 

「だからこそ、君を下して君の間違いを説こう――封を解く」

 

 朱雀は瞼を少しだけ開けて、宝剣の宝玉を一つ輝かせる。それは禍々しい深緑の色をした宝玉。

 ――奇しくも、ドルザークの示した力は、朱雀と似通っている。

 もちろん朱雀のものはドラゴンに変化するものではない。

 朱雀のそれは、表面的にドラゴンの力を身にまとうもの。ドルザークの本質をドラゴンに置き換える力とは似て非なるものだ。

 だが――今回は本当に相性が悪かった。

 如何にドルザークがグレンデルの力の一部を吸収し、その力を発揮しようが……

 

「暴虐の邪龍よ。破壊の化身となりて、大罪を償え」

 

 ――朱雀の中には、オリジナルが眠っているのだから。

 宝剣より現れる、巨大なドラゴンは、ドルザークと似ている。

 しかし魂は希薄で、意識はない。

 

『ん、だよ、それ……ンデ、グレンデルが……っ!!』

『ははっ、驚いて当然さ。いずれは復活するであろう邪龍。グレンデルもまた、数百年もすれば復活するはずだった。だけど、残念ながらそれは叶わない――生前の僕が彼を自らの中には封印したからな。特にグレンデルくんは強敵だったよ。僕が衰弱した原因の一人だね』

 

 ――ディンが嬉々として己が武勇を語る。それと共に、グレンデルの拳はドルザークへの放たれた。

 

『ンナッ、このヤロォっ!!』

 

 それをドルザークは生身で受け止める。両腕を広げ、巨腕を受け止めて歯をくいしばる。

 口元からは違う溢れ、踏ん張る足が少しずつ後ずさる。それほどにオリジナルのグレンデルの拳は、強力なものだ。

 ――ドルザークは一度手にした力を再度喰らうことはできない。故に既に持っているグレンデルを、喰らうことができないのだ。

 

「悪を持って悪を制する。さぁ、ドルザーク。これが君の使う原初の罪だ」

 

 朱雀は顕現するグレンデルの隣を通り過ぎて、ドルザークの下まで駆ける。騎士として悪魔に転生している朱雀の速度は既にトップクラスのものだ。

 ――宝剣を薙ぐ。グレンデルの力押しに耐えていたドルザークがそれを防ぐ術はない。

 彼の方からヘソにかけて、大きな刀傷が生まれた。違う噴射し、地面を濡らす。

 更にグレンデルの拳に耐えきれず、はるか後方に殴り飛ばされた。

 ……グレンデルが宝剣の中に戻った。

 

「……さすがにグレンデルクラスの力を顕現するのは、相当体力を奪われるな」

『僕の中でもいきの良いじゃじゃ馬だからねぇ。……さて朱雀くん、彼をどう見る?』

「これで終われば苦労はしない」

 

 なお、朱雀は剣を構える。

 ――案の定、ドルザークは倒れていなかった。血を流しながらも、その目は怒気を見せている。

 

「持久力ならば彼の方が断然上だ。長期戦に持ち込まれたらたまったものじゃない」

『だけど、僕らはあくまで足止めが第一優先だ。彼をイッセーくんの元に行かせないことが重要さ』

 

 ドルザークに赤龍帝の力を奪わることは、最も避けるべき事態である。

 戦争派の目的は明らかに一誠の赤龍帝の力を手に入れること。これに尽きる。

 で、なければまだまだ未成長のドルザークを何度も彼に引きあわせることはしない。

 

「……テメァ、つえぇな。おもしれぇ!!」

 

 ……ドルザークの声が、人間のものに戻っていた。見た目も心なしか完全なるドラゴンではなく、どこか人間的な要素も含まれている。

 ――笑っていた。まるで好敵手を見つけたように、純粋に。

 

『……良くも悪くも彼の性質はドラゴンそのものだね。好敵手を見つけて笑う。ドラゴンの特性の一つだ』

 

 ならばドルザークのその変化を、成長と捉えるのは妥当だ。

 それを証拠に、彼のオーラは先程から増すばかりだ。この成長具合は、まさしく赤龍帝のそれに近い。

 

「……そーいえば、名前、きいてなかったなぁ」

 

 するとドルザークは、朱雀なはそう尋ねた。

 戦う者の名前を知るのは、戦士の流儀である。悪を重ねる癖にその辺りが変に律儀なところを見て、

 

「ははっ。そうだね、まだ名乗っていなかったか」

 

 ……朱雀は可笑しそうに笑った。

 

「……私は土御門朱雀。赤龍帝眷属の騎士で、三善龍の一角を身に宿すドラゴン使いだ」

「スザク、スザク――決定ダァ、お前はかならず、俺様が直々に倒す!」

 

 グレンデルの巨腕から、鋭利な爪が生える。

 それを見て朱雀は「なるほど」と思う。

 ――粗暴なれど、ドルザークは馬鹿ではない。拳による戦いが不利だと理解して、斬撃による戦闘を選んだ。

 無謀ではなく、勝つための最善を尽くす姿は、朱雀も嫌いではない。

 

「……封を解く――疾走の地龍よ、この身を風へと昇華せよ」

 

 その瞬間、朱雀の身体は風のような速度を引き出せるようになる。

 しかし油断ならない。今のドルザークならば、今の朱雀の速度でさえも反応する予感があるからだ。

 ――ドラゴン使い同士の戦いは激化していく。

 

 …………時を同じくして、地下。

 兵藤一誠を中心とした一団の前に姿を現したのは、一誠やフリードからすれば懐かしい姿であった。

 ――堕天使、ドーナシーク。

 下級堕天使で、昔に一誠たちグレモリー眷属と争ったことのある人物だ。

 そして一誠によって倒され、その行方は不明となっていた。

 ……そんな堕天使が、この状況で一誠の前に現れた。しかま、昔と違って背中に翼を幾重にも折り重なった状態で。

 

「天使や堕天使にとって、翼の数は強さの証。だけど、あまりにもそれは」

「――ははっ、似合わぬだろう? 安心しろ、私も自覚している」

 

 ドーナシークはハハッと苦笑する。

 ……一誠は、気を抜けない。何せその存在が異質すぎるのだ。

 しかもこの空間の性質上、敵とは一対一で戦わなければならない。不確定要素が強いドーナシークを相手にすることを考えれば、誰が相手をするのかは明白だ。

 一誠は魔力を膨張させ、戦闘フィールドに足を踏み入れようとした――その時であった。

 

「――おっさき♪」

「なっ!? ふ、フリード、お前!!」

 

 ……踏み込もうとした一誠の肩を掴み、後ろに引いてフリードが戦闘フィールドに入っていく。

 一度は入ると交代は不可となり、どちらかが破らないと先に進めないのが、この戦いのルールだ。

 しかしフリードは悪そびれなく、ニヤリと笑って一誠の方を見た。

 

「悪いっすねー。でもここで君に体力消費するのはどう考えても悪手だせぃ。ここは燃費の良い俺っちが行くっす」

「でもお前、あいつはどう考えても……」

 

 戦争派に何かしら弄られている。一誠の口からはそれはどうしても口には出さなかった。

 しかしフリードもそんなことは百も承知の上だ。だが、それを差し引いたからこそ、余計に一誠を戦場に送り出すことはできない。

 ――悪魔の一誠にとって、光の力は有毒だ。三大勢力の和平が成立してから、彼が堕天使の中で戦った強い存在は、コカビエルである。

 堕天使との戦闘経験があまりにも少ないのだ。

 それに加えて如何程に変わったかも分からないドーナシークの相手をさせるのは、危険極まりない。

 ――フリードは最悪の可能性を消すため、ドーナシークと戦うことを選んだ。

 

「んま、そこで見ときなって。俺がどんだけ強くなったのか、それを今教えてやんよ」

 

 フリードはアロンダイトエッジを肩に乗せてそう言うと、その剣より光が漏れる。その剣の核である宝玉が輝き、主人であるフリードに付き従うと言わんばかりに輝きを増した。

 ……フリードはドーナシークを見つめる。

 

「なんの因果っすかねー。昔の上司と、こんなところで顔合わせるとか、マジ笑える」

「……変わったな、お前は。昔よりも丸くなったか?」

「なっ!? も、モデル体型の僕ちんが、太った!?」

 

 こんな状況下でもフリードはふざける。

 ……しかし片時も隙がないのが、彼が強者である所以だ。

 

「……強いな、お前は」

「んま、無駄に魔改造された俺っちは、もう魔王にも歯向かっちゃうくらいだけどよ――ドーナの旦那、あんた、何したんだ」

 

 フリードはアロンダイトエッジの切っ先をドーナシークに向けて、挑発するようにそう言った。

 

「その力の波動、どう考えても正規のパワーアップじゃないっしょ? どー考えても下法の類を使ったよね? ……そこまでして、強くなったのはあれっすか? 仲間ちょんぱされた復讐っすか?」

「……妥当な考えだな。だがフリード、それは違うぞ」

 

 ――ドーナシークは否定した。

 彼は帽子を光の力で消し飛ばす。しかもその力が問題だ。帽子を、焼き消したのだ。

 ……聖なる炎。またの名を、聖火。

 熾天使が一人に与えられた絶大を、ドーナシークは振るった。その意味はフリードにもすぐ理解できた。

 

「……お前も、兵藤一誠の力に魅せられたのだろう。――私もその一人だ」

「…………」

 

 ドーナシークの突然の告白に、フリードは目を丸くして驚いた。

 その目には復讐などという色は灯ってなどいなかった。

 ただ純粋な闘士と、強者を目指す力が篭る。

 

「赤龍帝の力を初めて垣間見て、ただの一撃で私はなす術なく降された――あぁ、悔しかったものだ。だがそれ以上に私の心を奪ったのは、その美しすぎる赤い輝きだ」

 

 バチバチ、と。ドーナシークの周りから力が漏れ出て、音を鳴らす。

 

「その誇りある赤に、私は心を奪われた! 圧倒的力を前に畏れを抱いた! ……そしてそれを、超えたくなった」

 

 ドーナシークは上着を脱ぎ捨てた。

 上半身をさらけ出すと――そこには幾多もの大きな傷跡があった。

 激しい修行跡にも見えて、フリードは納得する。

 

「……力は得た。今の私には復讐などという気待ちは毛頭にない! ただ、赤龍帝、兵藤一誠を倒したい、一人の男だ」

 

 ――間違いなく、最上級堕天使クラスだと、一誠は、フリードは確信した。

 一誠の経験からすれば、コカビエルと同等かそれ以上の力を感じた。

 それを下級堕天使が至ったと思うと、末恐ろしい。

 しかし――その男は、ドーナシークを鼻で笑った。

 

「うんうん、なるほどなるほど。倒したい、ねぇ――馬鹿も休み休みにしてな? あんな意味わかんねぇ化け物を、あんたみたいな小物が倒せるはずないじゃーん」

「……何?」

 

 ピクリと、ドーナシークの眉が歪む。

 

「ほら、俺の言葉にわかりやすいくらいに反応する。確かに力をコカビエルの旦那に近いかもしんねぇけどな? 器がちげぇよ。あんたは力を持つに値しない器だ」

 

 フリードはアロンダイトエッジの切っ先を空に向ける。

 ――そして、本当のことを口にした。

 

「俺が名乗り出た本当の理由、教えたやんよ――力を手に入れて、『私には似合わない」とか言ってる割には自分大好きで力を見せつけたい馬鹿の顔を、泣き面にしてやりてぇんだよ。そんな自己中なわけだけど、でもそれが外道神父、フリード・セルゼンだ」

「――昔から思っていたよ。お前は、大概私をイラつかせるとな……っ!」

 

 仮面が剥がれ、ドーナシークは殺意を剥き出しにした。

 しかしフリードは余裕さを消さず、人知れずアロンダイトエッジの力を解放する。

 ――ドーナシークの肩に、目には見えない小さな刃が幾多も突き刺さった。

 

「――っ!?」

「ほらー、すぐに油断する。こんなのイッセーくんには通用しないぜー?」

 

 アロンダイトエッジの能力の一つ、刃の生成だ。

 しかもそこに不可視能力を付加できる辺り、アロンダイトエッジの性能はエクスカリバーにも匹敵するであろう。

 

「でも安心したよー? ドーナの旦那が昔と何にも変わってなくて――おかげで借りは返せるっす」

「……借り?」

「あれれ、忘れちゃった? それなら別に良いんだけど――一度は仲間だった俺があんたを滅してやんよ。はい、アーメン」

 

 フリードは上着を脱ぎ捨てて、前髪を逆立てた。

 ――言葉と声音は調子づいているが、しかしフリードの戦う姿勢は本物だ。

 一時も油断なく、隙はない。故に戦いづらく、次の一手が予想することが出来ない。

 フリード・セルゼンは大罪を償うため、子供達を守ることを決めた。

 そこから今の彼には、このような異名がある――大罪の神父、フリード・セルゼン。

 堕ちた神父は堕ちた聖剣を駆使して、否定しながら善を全うする。その姿は、きっと誰もが認める神父としての姿であった。




みなさん、せーの――

「いや、お前本当に誰だよ」


オリジナルの方も無事本編完結しましたので、ようやく優ドラ更新再開です。
久しぶりにバトルもの書いたので、まだ少し違和感が残るかもしれないですが、最新話でした。
そしてまさかのドーナシークさん再登場 笑
一応本編で唯一生き残っていた最初の敵さんです。ほら、一誠を怒らせてたぶん一番弱い時期にやられたお人です。

今回は何気にレイヴェルとか他の眷属たちの描写が楽しかったです。特にレイヴェル。
ポテンシャル的には相当だと思うんですよね。だって不死身ですし。しかも魔力の才能もあり、頭も切れる。
ちなみに彼らの戦闘描写はまだまだするので、それもお楽しみにお待ちください!

……しかしフリードは本当に誰だよってくらいに成長したなぁ。やっぱりお兄ちゃんって立ち位置は偉大だ。

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