ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第12話 騎士と魔女と、赤い勇者

「アメ……アメ、どこにいるの? 僕を一人に、しないでよ」

「ハレ、アメはここにいる……っ!」

 

 第19階層で待ち受けていたのは、ある意味では予想外の存在だった。

 囚われたハレが刃を剥くなんて、考えるはずもない。

 ――虚ろな目が、俺とアメを見据える。ゾクリとするほどに冷たい目だ。余りにも冷た過ぎて、別人であるようにも思えた。

 

「ハレは、赤いドラゴンに連れ去られたんだ。だから、僕が――僕が、救わないと!」

 

 ハレは剣を薙ぐと、床が綺麗に両断される。

 ――神器の能力は健在だ。恐らくあの剣は空間を飛び越えて物体を切り裂くことの出来る。

 

 その能力は高い。切断能力と、空間を掌握する二つの能力が重なっている。

 

 つまり――

 

「スペック的には、神滅具なんだろうな」

『うむ、間違いない。下級クラスの出力だが、間違いなく神滅具にカテゴライズして問題はないだろう』

 

 名は知らない新種の神器。

 しかもハレは恐らくディヨンによって催眠を施されている。

 アメの姿さえ認識できていないところを考えれば……状況は最悪に等しい。

 

 ――俺はハレを傷つけることが出来ない。ディヨンはそれを計算して、この状況を作り出したんだろう。

 

「どうやって洗脳されているんだ。術じゃなかったら、一番厄介だぞ」

 

 仮に術で無理やり従わせているのならば、その術を解けば問題はなかった。

 しかしもしも今のハレがディヨンの言葉や行動で心を壊され、その隙間を付け込まれたとしたら――

 

「心を癒す力なんて、俺の知ってる限りアーシアの力だけだ」

 

 アーシアの持つ禁手、微笑む女神の癒歌ならば傷どころか、その心までもを癒すことの出来る、唯一の神器だ。

 たとえ創造の力を使ったとしても、俺にはそんな神器を作ることは出来ない。

 

『相棒、避けろ!』

 

 ドライグの声と共に、俺は反射的に宙に浮かんだ。

 すると……俺がそれまでいたところに、恐ろしいほどに鋭利な傷跡が生まれた。

 

「やめろ、ハレ! こんなの、お前の本望じゃないだろ!?」

 

 声が届かないことは承知の上で、そう語りかけた。

 だけどハレの目は虚ろなまま、剣を振るう。

 

「あは、あはあはあはははは! 壊れろ、しねしねしねしねぇ! 赤いドラゴン!!」

「――バランス、ブレイク!!」

『Welsh Dragon Blanche Breaker!!!!!』

 

 俺は鎧を身に纏い、更にその堅牢な装甲の一部をパージする。

 それを使って守護飛龍を生み出した。

 

『『『『『『『アルジ、マモル!!!』』』』』』』』

 

 7体の守護飛龍を周りに浮かばせたものの、ワイバーンで何かができるというわけではない。

 ますばハレの力を、そして今のあの子の状況を知らないといけないんだ。そのために、防御を固めて――

 

「そんな小さなやつは、ぜんぶ切る」

 

 ……ハレはその場から動くことなく、剣を三度振るった。

 その後瞬間、俺の生み出したワイバーンの三体が両断されてしまう。

 ――こと切断能力に関して言えば、俺のワイバーンを一撃で破壊する力を持ってるのか!?

 

 ……守護飛龍と名付けるだけあって、あの機械龍は防御力に秀でている。それを難なく切り刻む力――あの剣には絶対切断の力でも備わっているのか?

 

『そのように想定した上で行動した方が良いだろう。どちらにせよ、目覚めて間もないにしては相当の威力だ』

「わかってる。距離度外視の絶切の剣。シンプルな能力だけど、それ故に厄介だ」

 

 どうすればいい。今のハレを救う手立てを考えるんだ。

 こんな時、フェルが居れば……っ。

 

「――きえちゃえ」

 

 ――その瞬間、目の前にいたハレが、背後に現れる。

 瞬間移動と言えるほどの速度。……いや、実際に瞬間移動なのだろう。

 

「うぉぉぉぉ……っ!!」

 

 振るわれる剣に、俺はギリギリのところで避ける。

 ――空間を切り裂き、次元の狭間のようなこの世界の裏側の道を通って移動する力。

 

 これもハレの神器の力の使い方の一つだったな……っ!

 

『ははっ、やっぱり僕の思い通りになってるねー、赤龍帝くん』

 

 ハレの攻撃を避けながら、状況の打開策を考えている時だった。

 どこかのスピーカーから男……ディヨン・アバンセの声が聞こえた。

 

「ディヨン、お前はハレに何をした! この子を使って何を!」

『なに、ただの神器実験さ。そこのハレ?だっけか。まあ名前はどうでも良いけど――素晴らしいだろう。君の力さえも切り裂く神器だ。この戦争が彼女に良い刺激を与えて、ついに神器が覚醒したのさ!』

 

 答えは話さない――だけど、今ので確信した。

 ディヨンはハレが神器を秘めていることを知っていて、その上でこの北欧で戦争を起こしたんだ。

 

 あくまで、彼女の神器を目覚めさせるためだけに……?

 

「――そのために、たくさんの人を、傷つけたのか……っ」

 

 セファもジークもエルーも、リヴァイセさんも――俺の思い出の場所を、こんなにもめちゃくちゃにしたって言うのか!?

 

『ん? 研究者が探求のために何かを犠牲にするのは当然だよ。むしろこの世界に新しい神滅具を生んだことに対して感謝してほしいくらいさ』

「――感謝? はっ、ふざけるな。お前がしていることは、ただの馬鹿騒ぎだろうが」

『……まあ理解されるつもりはないさ――だけど君にその子を傷つけられないだろう?』

 

 分かりきった事実を話すように、ディヨンはそう嘲笑う。

 それが悔しいほどにその通りで、俺にはハレを傷つけることは出来ない。

 

『君が常識ある人物で助かったさ。なにせ君に非情さが備わっていれば、たちどころに僕は終わっていたからね。ははっ、君はその甘さで死ぬのさ』

「随分と勝手なことを言ってくれるな――ならそこで見てろ。俺は残念なことに、お前の手の平で動き回るほど単純じゃないんだよ」

 

 そう、方法は少なからずある。それを全て試さない限りは、俺は決して諦めない。

 

『じゃあ、見せてみてくれたまえ! 救えるものなら救ってみたまえ! 僕の実験動物たちをさ!」

 

 ――あとでそれを口にしたことを、後悔させてやる。

 そう心の中で怒りを募らせながら、俺はハレを救う手立てを思案する。

 

「アスカロン!」

 

 まずはアスカロンによる聖なる力。悪魔なら猛毒だけど、人間にはそれほど殺傷力があるわけではない。

 俺はアスカロンのオーラをハレに放つ。ハレはそれを見て、無表情のまま剣を横に薙いだ。

 

「なに、それ」

 

 アスカロンの攻撃は、例に漏れずハレの力で霧散する。

 ……本当に何でも切断するんだな。そう考えると、修復能力のない武器を使うのは不味いな。

 

 俺は一旦アスカロンを籠手の中に収納し、次は無刀を取り出す。

 現状、ハレはあの剣を遠距離でしか使っていない。近距離で絶対切断が使うことが出来るのかの検証だ。

 

『Accel Booster Start Up!!!!!!』

 

 俺は鎧の能力の一つ、倍増の速度を加速させるアクセルモードを発動する。通常の倍増の一段階上の力で、その全てを身体強化に回した。

 

「――ッ!」

 

 瞬間的な速度は最早ハレではまだ捉えられない。

 そうして彼女に近づき、無刀に魔力の刃を灯して、それをハレの剣に打ち当てた。

 

「ッッッ、僕に、近づくなぁ!!」

 

 その瞬間、ハレは強く握り、全方向に向けて乱雑に剣を振るった。

 その一閃は全てを切り裂く斬撃刃となって、俺を襲う。

 

 幸い可視化した斬撃だから、軌道は目で見える。だから避けることはなんとか出来たけど――厄介なんてもんじゃない。

 

 俺の無刀がハレの剣に触れた瞬間、魔力は無刀から途切れた。

 まるで豆腐を切るように綺麗に魔力の刃が切断されたんだ。

 

「……なら、防御特化でどうだ――ワイバーン、ディフェンスモード!」

『ヨロイガッタイ!』

 

 残り四体のワイバーンを自分の鎧に纏わせて、俺は平行世界の俺の力の再現をする。

 防御特化の力。鎧の堅牢さとワイバーンの堅牢さを重ねた防御力は、俺の持つ手段の中では最硬クラスだ。

 

「――なんとか耐えたか……っ」

 

 ハレの一撃は、肉薄するも止まる。

 肩を襲った絶切の一撃も、どうやら限界はあるようだ。ただ、それでも防御に徹底したこの鎧をここまで切断するとなると、この状態でない限りは、ハレの攻撃は俺に届くということ。

 

「……どこまで続くかわかんねぇけど、ディフェンスモードを使うしかねぇか」

 

 フォースギアを展開するも、相変わらず力の溜まり方が遅く、力も弱い。

 この状態では創れても下級クラスの神器しか作れないんだ。

 それに一度貯めた創造力を再度貯めるのに不安も残る――今は、使えない。

 

「今、分かっていることは、あの剣は全ての事象を文字通り切断する。よほど防御特化にしないと剣は止まらなくて、だけど切断できる強度には上限があるってことか」

『かつ瞬間移動の真似事ができるというところだ――相棒は近、中、遠距離で戦えるオールラウンダーだが、あくまで直接攻撃系の戦士だ。フェルウェル不在がここに来て響いてくるとはな」

 

 赤龍帝としての力は確かに強力だ。だけどシンプル故に対策がたてられやすい。

 

 それでもこれまで戦ってこられたのは、フェルの神器の多様性があったからだ。

 

「ないものねだりはしない。今あるカードで、ハレを救う方法を考えるよ」

 

 それが難しいことは分かっている。

 でも、どうにかしないといけないんだ――この二人を、俺はどうしても救いたい。

 

『賭けるところがあるとすれば、夢幻の因子か。だがあの力はちぐはぐだ。望んだ結果は生まれない』

「だけど、これまでいざという時にグレートレッドの欠片は俺の助けになってくれた。それに――守らなきゃ、お兄ちゃんドラゴンも守護覇龍も語れないだろ?」

『……ははっ、相違ないな。その通りさ、相棒。ならば何とか知恵を絞り、あの姉妹を救ってみせようじゃないか』

「――独り言なんて、余裕だね」

 

 その瞬間、俺に向けて斬撃が届く。

 殺気のような気配で避けるものの、かすり傷はできる。

 それだけハレの攻撃は気配察知が難しいんだ。たぶん神器の能力か?

 

 なにぶんポテンシャルが凄い。多様性には欠けるだろうが、単純な能力故の力だ。

 

「どうして、どうして僕からアメを奪うんだ! 僕たちは、ただ二人で……っ!」

 

 ……光のない目で、涙を流しがらそう懇願する。身の丈に合わない剣を振るうその姿は、どうしようもなく悲しさを表現していた。

 

「……運命を歪められて、振るいたくもない剣を振るうしかないってさ」

『どうした、相棒』

「……ほんと、バカみたいな話だなって思ってさ」

 

 俺はハレの攻撃を何とか避けながら、しかし冷静に独り言を呟く。

 ドライグはそれに応えた。

 

「――ハレもアメも泣いてる。想う気持ちは同じなのに、どうしてたった一人の人間のためだけに人生を狂わせられるんだと思ってさ。神器を宿していたから、ただそれだけのせいで」

『重なるのか、二人と自分……自分たちが』

 

 ――そうだ。俺はハレとアメに、自分を重ねている。

 同じ北欧の地で生まれ、神器を宿すハレを、他人とは思えない。

 俺は悲惨な最期を迎えた。きっとハレもアメも、ここで助けられないとそうなってしまうだろう。

 

「ハレ……っ! お願い、もう、やめて……もう、そんな剣、振るわないで……私のために――」

 

 俺の視線の先で、アメが泣き崩れる。

 俺の目の前で、ハレが泣きながら剣を振るう。

 ――その理不尽が、許せない。

 

「――なぁ、アメ」

 

 俺は、そんなときにアメの近くに移動した。

 床に伏せて泣き崩れるアメに話しかけると、彼女は顔をバッと上げる。

 

「……アメが泣いているのは、どうしてだ?」

「……え?」

 

 アメは、目が丸く見開いた。

 ……アメの涙の理由は分からない。いや、きっと当人のアメでさえどうして泣いているのか深くは考えていないと思う。

 

 ――例えば、自分たちの絶望に悲しんでいる。大いにあり得る話だ。

 

 だけど……俺はアメの涙をそうは思えなかった。

 

「君の涙は、とても自傷的だよ。私のためにって言ったよな? それは、君が自分のためにハレに傷ついて欲しくないからなんだろ?」

「……そう、よ。アメなんかのために、ハレは酷い目にあってる。アメさえ居なかったら、ハレはあんなことには――」

「――自分が何にも出来ないから、そんな自分が許せなくて泣いているなら、俺は怒るぞ」

 

 緑色の透明な壁を軽く殴り、俺はアメにそう言った。

 

「で、でもそれは、事実で……」

「事実だよ。だけどアメは、ハレのためにまだ何もしていない」

「――僕を、無視するなぁぁぁ!!」

 

 ハレの一閃が放たれる。だけど俺はそれを避けることせず、全ての力を防御に回して何とか堪えた。

 ……アメの涙なら、俺は止められる。だけど、ハレの涙は俺には止められない。

 

 きっと彼女を止められるのは、アメなんだ。でもそのアメが泣いていたら、何も始まらない。

 

「――ハレはさ。君を守るために神器に目覚め、力を使った。きっとアメにも、何かが備わってる」

「…………なにか? アメに、そんなものは……」

『――その通りだよ。アメ、君には本当に落胆している。何せハレが素晴らしい神器を持つ反面、君は何にも目覚めなかったんだか』

 

 ……ディヨンが、心の底からイラつく声音でそう宣った。

 

『ははっ、そうだね。どうせだから真実を教えてあげようか』

 

 だけど、奴の声はどこか苛立っていた。

 絶対的優位に立ったいる奴が、どうして苛立っているんだ? ディヨンはその怒りをぶつかるように、アメに真実を伝えた。

 

「真実?」

『そう、君たち姉妹の不幸さ。いやぁ、君たちは平和に暮らしていたよね。お父さんとお母さん、二人に包まれてごく一般家庭に――僕の用意した箱庭で』

「――箱、庭?」

 

 ――やめろ、それ以上はいけない。

 奴の言った言葉の意味が理解できて、俺は反射的にそう思った。

 

「そう! 君たちは元々は君たちの知らない親の元から生まれたのさ! だけど、僕は君たちの本当の親を殺し、代わりとなる手駒を親とした!」

「――う、そ。そんなの、あるわけ……」

 

 アメは、目を見開く――そうか、奴は、ハレにもその真実を口にしたのか……っ!!

 

 そうして心の隙間につけ込むように、奴はハレを今の状態に仕立て上げた。

 

『この戦争の真実は、君たちの神器を目覚めさせることにあった! だけと、君は待てども何一つ花開かないからね。本当に、使えないモルモットだ』

「ディヨン……っ」

 

 奴は顔を表さないで、アメの心を壊そうとする。

 ……それだけじゃない。奴が話している間、ハレも激しく頭を抱えて苦しんでいた。

 

「……僕たちは、ずっとずっと、人じゃなくて、モノで――それなら、こんな人生、要らないよ……っ」

『いい壊れっぷりだね! そう、その点ハレは素晴らしいよ! 何せあの赤龍帝の鎧をいとも簡単に切り刻むんだ。もっと極めれば、その力はきっと神にも届く!』

 

 いったい、どれだけの罪を重ねれば気が済む。

 ……いや、そもそも罪の意識なんて奴は持ち合わせていないか。そんな殊勝な男ならば、戦争派なんて集団は作っていない。

 

『アメ、君はどこまで行っても足手纏いだ。だが、君という足枷がハレの神器の目覚めに繋がっている。ならばもしも、君が死ねば――ハレは、どうなるんだろうねぇ』

 

 ――ガシャン、と音がする。

 その音が聞こえた瞬間、冷や汗をかいた。

 

「――や、やめろ」

 

 その音の正体が目視出来て、俺は目を見開いた。

 天井に一つの銃口があった。

 

「に、逃げろ、アメェェェェェェェ!!!」

 

 いや、無理だ。例え動けたとしても、実弾からアメが逃れることなんて絶対に無理だ。

 どうする、もう考えている時間はない――選択肢はただ一つだけだ。

 

「――我、目覚めるは優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり! 無限を愛し、無限を慕う! 我、森羅万象いついかなる時も、笑顔を守る守護龍となりて、汝を優柔なる優しき鮮明な世界へ誘おう――!!」

『Juggernaut Guardian Drive!!!!!!!!』

 

 ……紅蓮の守護覇龍。俺の持てる最大の力であり、全ての仲間を守るための絶対的な守護の力。

 この戦争における俺が持つ絶対的な切り札だ。

 

 それを使うしか、なかった。

 

「……あ、かい、ドラゴン?」

 

 アメは目の前に現れ、銃弾から自分を守った守護龍を見て、そう呟いた。

 ――今、この戦場で戦う俺の仲間の元にそれぞれ守護龍が現れたはずだ。

 

 だけど予定よりも遥かに早い。きっとみんな、何かあったと思っているはずだ。

 

「……守護覇龍は一日に一度しか使えない。……全部お前は思惑通りか? ディヨン」

『ははっ、そこまで分かっていて使ったんだね! ――君のその力は、本当に反則級だよ。何せこと戦争においては、一つの艦隊と言っても良い。だから僕は君にハレをけしかけたのさ」

 

 そうして守護覇龍を使わせるところまで誘導したってことか。

 

『不気味なほどの頭脳だな。相棒をここまで翻弄するなんて、あの悪神ロキのようだ』

「いや、タチの悪さで言えばロキより酷い。あいつは結局一人だったけど、ディヨンは手駒のように子供を使う――本当に胸糞悪いよ」

 

 軽装となった鎧姿の状態で、俺は現状を把握する。

 とりあえず、ひとまずアメが傷つくことはない。守護覇龍が発動している限り、それは絶対だ。

 

 守護覇龍の制限時間はあまり長いものではない。守護龍の同時顕現は強制能力なんだ。 だから自分の意思で消すことは出来ない。

 

「あかい、ドラゴン――キエロ」

 

 途端、ハレは俺の近くの守護龍に剣を振るった。

 抑揚のなくなった声で振るう一閃は守護龍に振るわれるものの――傷は出来ても、守護が切断されることはない。

 

「舐めるなよ、ハレ。そんな操られた一撃で、守護龍を切り刻めると思ったか」

 

 守護龍に対する攻撃は、フラッシュバックして精神的苦痛として俺の元に返ってくる。恐ろしく鋭い一撃だ。

 だけど、それでもその一撃には重みは感じない。

 

「ハレの力は、アメを守るために発現した。ディヨン、お前が操ったハレの力なんて、届かない」

 

 こんな戦い、終わらせないといけない。

 俺は今一度、アメを見た。

 その顔は下を向けていない。ただ顔を上げて、俺を見つめている。

 言いたげな顔だ。だけど彼女の性格はそれを口には出せない。

 

『君がアメに何を期待しているかはわかるさ! だけどね、こんな状況下に追い込められても何もできないアメには何もない!』

「――神器舐めてんじゃねぇよ」

 

 ……ったく、たかが研究者風情が、何を神秘を分かったようか顔で語る。

 

「絶望から生まれることだけが神器じゃねぇよ。そんなマイナス面だけが、神器じゃない」

 

 ハレはアメを守りたいから、神器に目覚めた。

 ならその逆もあるはずなんだ。アメにも何かがあるのならば、それはアメの本当の想いに呼応するように息吹く。

 

「……つっても、お前の手の平の上で転がってるのも事実か。俺も守護覇龍を使わされたしな」

 

 これ以上、ディヨンの思い通りに動くのはこりごりだ。

 ……アメは今、何を考えているのだろうか。それは俺には分かりようがない。

 ディヨンによってどん底に突き落とされた心の内で、アメはどんなことをするのだろうか。

 

 ――不謹慎だけど、俺はそれが気になった。

 

「アメが答えを出すまで、いくらでもハレを抑えてやる。だからアメ」

 

 壁越しに、うつむく雨に向かって、俺は言葉を投げかける。

 彼女を信じる――アメの、ハレを想う力を。

 

「……私は」

 

 ―・・・

 

 ――物心がつく頃には、私の近くには常にハレがいた。

 双子の姉のハレは、生まれて来るのが数分早いからって、いつもお姉さんぶる。

 

 ……もちろん、身体の弱い私を労ってのことだ。

 ハレは誰よりも優しい子だ。虫の一匹だって殺すのを躊躇うような女の子で、双子の妹の私から見ても、魅力的な女の子だと……思う。

 

 だからこそ、足手まといの私のせいでハレの時間を奪うのが嫌だった――……

 

「――アメ、あの子に告白されたの!?」

「……うん」

 

 この日もそうだったっけ。

 ……ある日、私は同じスクールに通う男の子に告白された。

 恋愛とかには全く興味のない私は、考える間も無く告白を断った。

 しかし、どこかで噂を聞きつけたのか、ハレは帰って来るなりそう尋ねてきたのだ。

 

「勿体無いなー。格好良くて優しいって女の子の間では評判の男の子なんだよ?」

「……興味ないよ」

 

 表面的なものなんて、何の価値もない。結局表に裏が備わっていないと、いずれは関係性なんて崩壊する。

 

 だから、傷つかないように始まらなければ良い。それに、私はあの男の子の私を見る目がどうにも気持ち悪かった。

 

「……そっかー。でも、確かにあの子はアメには釣り合わないね。だって、私の妹は世界一可愛いから!」

「……もしかして自画自賛?」

「ち、ちがっ!」

 

 一卵性の双子に向かって世界一可愛いとか、良く言えたものだ。それ、自分自身も世界一可愛いって言っているものだから。

 ……私は、口元を手で抑えながら笑った。

 

「ふふ……そーだね。ハレも世界一可愛いからね」

「ちょ、アメ! それはもう忘れてよ〜! 私が言ったのはそういう意味じゃなくて……っ」

 

 分かってる。ハレの言いたいことは最初から分かっていた。

 だけどハレがこうして私の前だけで見せるこの慌てた素顔を見るのが、好きだ。

 いつも悠然としているしっかり者のハレの、慌てる姿なんて中々見れるものじゃない。

 

 これは私の特権だ。そして私は、ハレのこの顔が――一番可愛いって、思う。

 

「こ、こうなったら私がアメにピッタリの理想的な人を見つけるよ! 」

「……余計なお世話」

「ふふーん、お世話焼きがお姉さんの仕事だからね!」

 

 ――ふと、思う。

 私にとってよ理想的な人って、なんだろうって。

 容姿が整っている人? 性格が良い人? それとも逆のつかみ所のない人?

 

 ……どれも違う気がした。

 

「……大きなお世話だよ。それにハレは自分の心配、したら?」

「う、うぅ……そう言われるのは辛いよ、アメー。わたしにはいつになったら春は訪れるんだろ〜」

 

 そんな言葉が嘘だと言うことはすぐに気づいた。

 ハレは辛口でそんなことを言いながら、実際にはどんな男の子も避けてる。

 

 気さくで優しくて、器量の良い可愛い女の子を放っておく男子なんていない。ハレはわたしなんかよりもよっぽど人気がある。

 

 それでもハレがボーイフレンドを作らないのはきっと――私のせいだと確信できる。

 

「……彼氏に限った話じゃないか」

「ん、何か言った?」

「ううん……なんでもないよ」

 

 何かを感じ取ったのか、ハレが私の手を握って来る。

 ……私は全てにおいてハレの足手まといだ。

 だけど、それでも――その手は温かく、アメを受け入れてくれる。

 

「えぇー、本当にー? アメって変に嘘つくときあるからねー。なになに、お姉さんに隠し事とは許さないぞー!」

「……お姉さんぶらないで。成績私より悪いくせに」

「ちょ、頭の話は持ち出さないでよ! どーせ私はおバカさんですよーだ!」

 

 意外とすぐに拗ねるハレが、プイッと顔を背ける。

 ……お馬鹿可愛い。ハレには悪いけど、そう思ってしまった。

 

 ――こんな平和にハレに依存できる生活が、私は大好きだった。

 重荷になっていると分かっていても、ハレの温もりはそんな罪悪感を包み込んで消し去ってしまうほどなんだ。

 

 だけど……私たちの平和は、脆くも崩れ去ってしまった。

 

「パパ、ママ!」

 

 ――突如起こった戦火の矛先が、私たちの住んでいた小さな町に飛び火した。

 

「お、お前たちなどに構っていられるか! どうしてこんなことに――」

 

 最初に、パパとママが私たちを見捨てた。

 そして見捨てた瞬間、まるで計算されたように銃を持った兵士に射殺された。

 

 その時に、私は悟った。

 

 私の――私たちの平和は、壊れてしまったのだと。

 

 ―・・・

 

 ハレが程なくして変な力に目覚めた。

 私とハレが始めて兵士に襲われた時、まるで計算されたように自然に、ハレから剣が生まれた。

 

 ハレの身体には不釣り合いな程に大きな剣で、ハレは片時も離れず私を守る。

 

 私は……何も、出来なかった。

 

 身を守ることも、逃げることさえも全てにハレ頼みだった。

 

 それでもハレは、無理して笑って手を握る。その手は冷たくて、いつも震えていた。震えながらも強い言葉を使って、泣きたい心を強く紐結びして、泣かないようにしていた。

 

 ……どうしてハレは、私を――そんなことは、口が裂けても言わない。

 分かっている。ハレがどうしてそこまでして強がるのか。

 

()は、アメが大好きだから。だから絶対に、アメが幸せになれるように頑張るからね!」

 

 ――私だって、力があれば、同じことをする。

 だけど、私には力はない。ハレの助けになれるものは、何一つない。

 

 私が死ねばハレが幸せになれるのなら、私はいつだって死んでやる。だけど――私が死んだら、きっとハレは後を追うように自分から死んでしまうだろう。

 

 ……どうしたら、幸せになれるのかな。

 

 もしも神様が何か願いをかなえてくれるのなら、私は――

 

「ハレと二人で、笑顔で過ごしていたいよ……」

 

 ……そんな時、私たちは――赤い人と出会った。

 その人を一目見た時、私はあることを確信した。

 

 ――この人は、ハレと同じでお人好しであると。世話焼きで、いつも何かを守っている人であると。

 

 長年ハレと過ごしている私だからこそ分かることだった。この人に一度助けを求めれば、きっと手を貸してくれるだろうと確信していた。

 

 だけど……ハレがこの人の手を取ることはないだろうということも、分かっていた。

 

「誰の助けもいらない。僕が、アメを守るんだ。僕が、守らないといけないんだ」

 

 ――実の両親ですら、私たちを見捨てた。そのことが、ハレの中ではトラウマになっていると思う。

 ハレは特に両親を慕っていたから。

 

 信じることを止めたんだ。信じたら裏切られるということを、この戦場で嫌と言うほど知ってしまったから。

 

 だからハレは赤い人の手を振り払う。

 

「ハレ……きっとあの人は――」

 

 私たちを助けてくれる。そう言いたくても、ハレにそう言えなかった。

 それはつまり、私がハレのことを信じていないって言っているものだから。

 ハレじゃ頼りないから、強そうな人に助けてもらおうなんて、何も出来ない私の口からは言えなかった。

 

 ……何も出来ない。力がないから――そんな言い訳を繰り返した。

 

 私はハレのために何も出来ることがない。何をしていいか分からない――だけどあの人は、それを許してはくれない。

 

「――君はハレのためにまだ何もしていない」

 

 ……例え力がなくても、出来ることがあると言いたいのか。

 でもそんなものは詭弁だ。力がないのなら、何かが出来ようがない。この人は力があるからそんなことが言えるんだ。

 

 ……だけど何故だか、私はそんな風には思えなかった。

 

 ――どうしてか、その人の顔に、弱さが垣間見えたから。

 

 ……現実を突きつけられて、絶望しかけた私に、その人は懸命に声をかけてくれた。その顔が何故かハレと重なって仕方ない。

 

 何もない私に、何かは必ずあると、そう断言した。

 

「……ハレ」

 

 誰が、ハレを救う?

 赤いあの人? だけどあの人は、自分ではハレを救えないと言った。

 

 ――いつまで他力本願なんだ、お前は。

 

 ……私の中の誰かが、私にそう呟いたような気がした。

 

「…………私は」

 

 いつも、否定からだ。

 私は何事も、否定から物事を考えていた。

 私ではどうしても無理だと、言い訳を重ねて出来ないことを肯定していた。

 

 ――私がしたいことはなんだ。この手でハレを、どうしたい。

 

「私は!」

 

 そんなこと、決まってるっ!

 

「――ハレを、助けたいの!!!」

 

 他の誰でもない、自分自身の両手で――世界一大切な姉を、救いたい!

 

 ……目の前に塞がる見えない壁を私は、両手で叩いた。

 

「誰も、好き勝手なんて、させるものか……っ! 私の大切な家族を、好き勝手にするのは――許せない!」

 

 何度も何度も手を壁に打ち付けて、返ってくる振動も関係ない。

 真っ直ぐにハレを見つめた。

 

「……私が――今度は、私がハレを救う番」

 

 ……今までは、気付けばしたばかりを向いていた。下を向いていても、ハレが私を目的地に連れて行ってくれるから。

 

 だけど今は、ハレが前を見ていない。それどころか下も上も、どこも見えてやいない。

 

 だから、私がハレの手を引っ張ってあげたい。

 

 ――ふと、私の近くにいた赤いドラゴンが、私に寄り添った。

 

「……あなたは」

 

 私を守ってくれる真っ赤なドラゴン。その身は銃弾で大きく傷ついているけど、それでも誇り高く立ち塞がっている。

 そのドラゴンが、仄かに紅蓮の輝きを轟かせていた。

 

「――私の、力になってくれるの?」

「――」

 

 赤いドラゴンは、どこか頷いたような挙動を見せて――次の瞬間、真っ赤なオーラになった。

 その赤は私を包み込んで、守ってくれているように感じた。

 ……その温もりを、私は良く知っている。

 

「……ハレと同じだ」

 

 ハレがいつも握ってくれる右手。その手の温もりとそっくりだった。

 私ははだかる壁に手を伸ばす。

 

「――邪魔を、しないで」

 

 こんな壁に、邪魔されてたまるか。

 私は――ハレを、助けるんだ。

 

 ……私の全身を包む赤いオーラが、私を通り抜けさせようと眩く輝く。

 電気がバチバチと鳴り響くように、二つの力がぶつかり合う。

 

 そして――私は、ハレとあの人が戦う戦場に、脚を踏み込んだ。

 

「――アメ」

「……ありがとう」

 

 私は、多くを伝えることが出来ない。

 貴方が居てくれたから、私はここに立つことが出来た。貴方の力が守ってくれたから、ここに入ることが出来た。

 

 だけど私は口下手だから、言いたいことを言えない。

 

 ……だから、簡潔に言うしかないんだ。

 

「――ハレを助ける。だから、力を貸して……っ」

 

 不愛想な言葉だ。助けを求める人の言う言葉じゃない。

 だけどその人はそれでも笑顔を浮かべて、

 

「当たり前だろ? ……じゃあ、始めようぜ――お前たちの人生をめちゃくちゃにした馬鹿野郎が驚くくらいの逆転劇を、俺とアメの二人で!」

『――俺も入れてくれないとパパ、寂しぞ』

 

 ……その人と、その人の中の人が、そう会話をする。それを聞いて、不意に笑ってしまった――どんな状況下でも、この人たちはこの人たちのままなんだろうと。

 

「……ありがと」

 

 ……私の使う言葉は、いつだって簡潔だ。不愛想で、続く言葉が中々見つからない。

 それでも――この人(イッセー)は、ハレは分かってくれる。私の言葉の真意に。

 

 

 

 

 ――昔、ハレと一緒に見た絵本がある。

 そこに出てくる登場人物は、大きな剣を持った騎士と、大きな杖を持った魔女。その二人は仲間で、とある戦いで死の寸前まで追い込まれる。

 

 ……そんな二人を救ったのは――赤い鎧の勇者だった。




最新話、お待たせしました!
今回は丸々ハレとアメのお話をさせていただきました。特にアメに焦点を当てた話でしたね。
次回は予定では前半に黒歌とメルティの戦い、後半をハレとイッセー&アメの戦いを描こうかなと思います。
必然的に話が長くなるので、また更新まで時間が掛かると思いますが仕事にも慣れてきたので今回ほどはお待たせしないと思います!

それではまた次回の更新をお待ちください!

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