生命の焔   作:刹那・F・セイエイ

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夢は現実の続き、現実は夢の終わり。


第一章:戦車道、もう一度始めます!
転校、そして再開。


『意外ね、あなたのほうから連絡よこすなんて』

「うん、明日からの新生活がちょっと不安だったのと、お姉ちゃんの容態を聞いておきたくて」

 

 そうベッドの上に腰を下ろして携帯片手に話す少女、彼女の名は西住みほ。地元である熊本の黒森峰女学園を離れ、現在は大洗女子学園に籍を置いている。時刻は22:00、明日から二年生だが、どうしても慣れない土地での新生活に不安を抱いてしまい、親友である逸見エリカに電話して少しでも気分を落ち着けておきたかった。

 

『それにしても、去年の暮れにあなたがいきなり「転校する」って言いだしたときにはさすがに焦ったわよ。()()()()()()姉を放り出して知らないところへ逃げ出すんじゃないかと思って』

「それはないよ、エリカさん。今回の転校はお姉ちゃんを助けたかったってのもあるし、何よりも大洗で行動したほうが()()()()()()()ってのもあるからね」

『まぁ……それはそうね。ほかで戦車道をやってる高校へ行ったところで、お国柄の役割(ロール)のせいで()()()()()()()以上、ある意味正解なのかもしれないわね』

 

 明日から袖を通すことになる真新しい制服のかかったハンガーと、個人的な趣味で集めていたぬいぐるみを眺めつつ、みほはエリカに転校理由を語る。今回転校した理由は、60年余り続いた硬式戦車道(代理戦争)の終結。内側の戦いで終わらないのなら、外側から介入してぶっ壊せばいい。それが、転校前にみほとエリカが出した結論だった。

 

『あなた、一度言い出したら頑なに自分の意見曲げようとしない頑固者だし、そんな寒い冗談を言うような子だとも思えなかったから見送ったけど、敵として会ったら容赦しないから』

「うん、トーナメントで当たったら、その時は全力で戦おう。それと、お姉ちゃんのこと、よろしくね」

『あなたに言われなくともやってるわよ、いつまでも魂の抜けた隊長の顔、見ていたいわけじゃないから』

 

 その後も二言三言言葉を交わし、通話を切るみほ。現在、彼女の姉、西住まほは去年の戦車道大会が原因で生気を失い、今もなお休学中の身である。あの大会ののち、エリカと共に半年間に亘る必死の介護もあってか、何とか意識は取り戻したものの、大会中に起きた()()()()が原因で、未だにベッドの上から離れられずにいる。

 先程のエリカの話を聞く限りでは、姉の容態は大丈夫そうではあるが、まだ予断を許さない状況であることには変わらない。姉の容態と、明日からの新生活への不安を抱きつつ、つい最近敷いたばかりの布団に包まれて眠りにつく。だが、新天地であろうとも、彼女の過去が逃れることを許しはしない。あの悲劇と惨劇を生んだ、血に濡れた過去が。

 

 

 それは遡ること九ヶ月近く前、硬式戦車道全国大会準決勝戦。晴れてもいなければ、曇ってもいない微妙な天候。気象庁の予報では晴れだそうだが、なんだか今にも降ってきそうで仕方ない。もっとも、降ったところで事態が好転するとも思えない。黒森峰の残存戦力は、もうたった三輌の戦車しか残っていないのだから。

 そんな状況の中、双眼鏡で敵車輌を探す少女、西住みほ。覗いた先の視界には何も見えず、隊長である姉からの問いに何も異常なしと返す。一息つき、再び双眼鏡を覗いた先に敵車輌を発見、T-34中戦車三輌、二時の方向、距離約1,200と思われる。その報告を受け取った隊長から撃破命令が下り、各車砲手がそれぞれの目標めがけて砲弾を叩き込む……のだが、自身の指揮する二号車だけが立て続けに砲撃を外し、一号車の支援砲撃によって難を逃れるという醜態を晒してしまう。高々1,200程度の距離、行進間射撃ならともかく停止射撃で外すとはどういうことだ。今までの訓練で何をやっていたというのだ、これでは我がSS12部隊の面子が丸潰れではないか。

 

「あの砲手はチームから外せ、お前はいつも人選が甘すぎる。我が黒森峰のSS12部隊はエリートだ、相手に恐怖を与える存在でなくてはならない」

「お前も西住の血を引いている戦車乗りなら、西住流の名を汚すような戦いをするな」

 

 その姉の叱責に対し、人選の甘かったことは事実なので平謝りするしかできず、素直に謝罪する。だが、そんな状況を一変させる出来事が目の前で起きる。前方に大量の発射煙、おそらく狙いはここだろう。発射煙、プラウダ……シュターリンオルゲルか!!

 (プラウダ)の真意に気付いた隊長(まほ)は、目の前の机をどっかと蹴飛ばし、握っていたカップすら投げ捨ててキューポラに飛び込む。それに続いて、自身もキューポラに飛び込み全速後退を命令。キューポラに手を掛けつつ、死の行進曲から逃れようとする。だが、逃れることのできない殺戮の雨が遠慮も容赦もなく一帯に降り注ぎ、車内が地響きによる轟音と混乱による悲鳴で満たされる。

 

――当たるな……!!当たるな……!!神さま、お守りください!!

 

 口元で両手を組んだみほの渾身のお祈りもむなしく、直撃したロケット弾がみほの意識を刈り取っていく。車輌を焼く炎のはじける音と熱気で目を覚まし、なんとか脱出しようとするが、焼け付いたキューポラの淵など、とてもじゃないが熱くて触れたものではない。先の絨毯爆撃でなくしたであろう船形帽を気にかける余裕もなく、すでに事切れている砲手――彼女とは、この試合ののちにノンアルコールビールを飲もうと約束していたが、それももう叶わなくなった――の血にまみれた右手を視界に捉えつつ、目に染みる煙に咳き込みつつなんとか半身を車外に引きずり出す。

 次に体勢を立て直そうとしたところで姉の声が聞こえ、そちらに顔を向けると姉を含め、三人の生存者――そのうち、船形帽をなくしたであろうほうが通信手、被っているほうが装填手担当だったはずだ――が確認できる。

 

「生存者はお前だけか」

「三号車は直撃で全滅……一号車もこれだけだ。車輌は放棄して後退する」

「イワンめ……たった三輌に無茶しやがる」

 

 冷静沈着な姉にしては珍しく苛立たし気に吐き捨てる様を見たのち、なんとか燃え盛る車輌から脱出する――煙の吸いすぎによる酸素不足で頭が回らず、通信手の彼女に手を貸してもらった――が、その先の選択肢が残されていないことをまざまざと思い知らされることとなった。

 

「敵戦車、突っ込んできます!!T-34十輌……いや、二十輌。デザント兵乗せています」

「お姉ちゃん……」

「歩兵随伴か……残念だが、打つ手がない。投降しよう」

 

 装填手のその報告に、もはや抗う術がないと悟ったまほは投降を決断、生き残った全員を一号車の陰に退避させる。迫りくるデザント兵と、敵戦車の履帯の軋む音に恐怖が臨界点を突破したのか、通信手の彼女がまほの制止も聞かずに一号車の陰から飛び出す。その直後に地獄への片道切符を渡され、その死体もすぐに履帯で引き潰され、まほ達を取り囲む。

 

「撃つな!!」

「投降する、撃つな!!」

「降伏です、降伏します!!」

 

 投降の意志を汲み取った敵兵のひとりが、銃殺しようとしていたのであろうもうひとりを制止し、そのもうひとりがボルトアクションライフルを片手に構えたまま、まほの襟首をつかむ。

 

「我々は、黒森峰SS12部隊!!戦車道規定に従い投降する、全員の捕虜取り扱い条約に則った扱いを要求する!!」

 

 生き残った各員にライフルを向けられつつ、みほもまた、まほと共に叫ぶ。

 

「撃たないで!!撃たないでください!!私たちは投降します!!」

 

 

「撃たないでください!!投降です!!」

 

 過去の悪夢を現実に引きずりながら、これもまたほんの最近買ったばかりのイルカの目覚まし時計のヒレをまだ聞きなれてないアラーム音を聞きつつ片手で叩き、次に自分の寮の部屋に響いたのは、自身がベッドから転げ落ちる音であった。次に視界に飛び込んできたのは見慣れない天井、雲も煙も、今は見えない。

 

 ここにはもう、自分を殺そうとする相手はいない。不用意に窓を開けても、撃たれる心配はない。敵に発見されることを恐れて、わざわざ夜間に行動する必要もない。大きな音を出さないよう、神経をすり減らす必要もない。朝起きるたび、いつ死ぬかを覚悟する必要もない。この戦争の中から逃げ出せば、すぐにでも手に入る甘美な誘惑。

 だが、そんな自由で素晴らしい人生、寿命か病気で天寿を全うできる明るい人生を手にするためには、この代理戦争を終わらせる必要がある。親友(エリカ)との約束を果たすためにも、この大洗女子学園で戦車道チームを立ち上げ、これまで続いた死の舞台劇を壊さなければならない。

 新天地での目標を改めて掲げ、遠い地に置いていった姉に誓う。

 

お姉ちゃん、待ってて。必ず助けて見せるから。




・西住みほ
西住姉妹の妹で、代理戦争終結のために大洗へと転校した。
かつては「黒森峰のカリウス」とまで呼ばれた戦車戦のエースで、彼女の指揮によって屠られた敵戦車は数知れず。
常に生と死が交錯する戦場の中に身を置き続けてきたせいか、戦争を遊び感覚でしか捉えられない、いわゆる「軍ヲタ」というものをひどく嫌悪している。
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