…………。
やけくそに体を起こす。
「…ぁぁ。」
無期ののちに思う。寒い。 水…、霜が体に降りまくりだ。
日の昇らない景色にようやくピントが合う。まずは伸び放題の草々、次に竹林、そして背後のテント。
意識が確かになる内に少しずつ音も認識し始めた。他でもない、上流の河の、猛々しい流れの音だ。
「…ふあぁ~。」
寒くって仕方ないが、その風景は心地良い。にはまだ行ったことないけど、俺には、のまんとにはこっちが良いんだろう。
…それにしても、良くも俺みたいな人外を、この七代の人たちは受け入れてくれる。それも、相棒の両親に至ってはこの俺を家族として迎え入れてくれた。…まるで、前例でもあったかのようだ。
__私たちは永遠不変の化け物なんかじゃない。嗜好が無ければ死んでしまう。
京東のデモの声明だったっけ。ラジオで聞いたけど、そんなことをわざわざ主張しなきゃならないなんて、関東平野は恐ろしいな。本当、比較的ヒトが少なく、人があたたかいここに住めて幸せだよ。
……何でも良いや。とにかく相棒を起こそう。
今日は龍保山の縦走だ。昨日の七丁山と比べて読図は簡単そうだから迷う事は無いだろうな。
手頃な棒きれを拾いザックの露よけを外して鍋を取り出す。テントの入口のジッパーを開けて相棒の少女の寝汚い様を拝んでやる。
幽かに紫がかった白い髪__。テントの中ですやすやと寝息を立てる健やかな姿は、露が体に降りる事などとても経験したことがないようだ。開けてる間も細い目も今は開いていない。柔らかに曲げられた脚はどもまでも、どこまでも……、
「クソがっ…。
…なめかましいッ…!」
途端、力なく閉ざされていた目がうっすらと開く。
「なめこ…?…何て…?」
あ、まずい聞かれた。
すかさず鍋を棒きれで銅鑼の様に叩く。登山用の薄い鍋だが何故かへこまず、音もしっかり鳴ってくれる。本来、これでしか起きないはずだが…。
消化器官を冷やすような音に少女は白眼が見える程度に目を開き、体を起こす。そしてこれまた無期ののちにこっちを向いて、さっきの不快音を忘れきったような屈託のない笑みで言う。
「おはよう!アンブ!」
「おはよう。千代。」
さっきの言葉は覚えてないと良いな。
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朝食の干し飯を噛み砕く千代を見ながら、養分補給の紅茶を飲む。風景とはまた別の形で精神が満たされていく。
「それじゃ、アンブ。色々確認させて。」
声の大きさこそ抑えているものの、その興奮は抑えきれていない。
「ああ。聞かせておくれ。」
一人での登山ではこんな会話さえやらなかった事だろうからな。
「まずはメンバーの確認ね。まずはチームリーダー
のこの私、八百千代だ!同級生達と見たかった景色を見る為に今日は登る! 162cm46kg17歳!年齢はすぐにアテにならなくなるよ!」
「おいちょっと待った、…身長だと?」
「そしてサブリーダーのあなた、アンブだ!」
「やめろ、意識したくない!」
「身長124cm0kg推定年齢10歳!」
あぁ、言われてしまった。
そう、今までのやり取りはすべてこの頭一つ以上の身長差の間で行われていたのだ。こんなんだからこんな嫁入り前の娘に年下扱いされるんだ!
「あのなぁ、千代。俺はそこまでガキじゃない。それこそお前のじいちゃんやひいじいちゃんのおしめを変えることが出来た位にはなぁ」
「別にいいじゃん。正確な年齢、分かんないんでしょ。」
「まぁ、そうだが…。」
「その未発達の肢体に私の匂いすり込めるなら別に年齢なんぞ「確認の続きをしようか。」
全力で目の前の少女の狂言を止める。ふざけんな。何の為に露を体に降らせてまでテントの外で夜を明かしたと思ってる。これ以上の嗜好物を与えるな、死んじまう。
「へいへーい、年頃のおにゃのこの冗談も受け付けな
いようじゃあ、その長寿も霞むよ?」
「年頃の女の子はそんな事言わない。」
「じゃあ確認続けるね。」
「早うやれ。」
本当この娘っ子は訳が分からない。
「本日の活動はここ、龍保山だ!最高峰は龍ヶ峰の541,8m!尾根を通っていく約9,2kmの道のりだ!登山道には雨で削られた尖った石灰岩の上を通る部分もある!不飲人でも怪我はするだろう!あんた死ぬらしいから気を付けるように!」
「あいよ。」
…『あんた死ぬらしいから』…?
……『年齢はすぐにアテにならなくなる』……?
「…なぁ。千代。さっきの同級生ってのは?」
「ん。故人だよ。これからの社会ヤダーって言ってね。結構な人数で仙丹飲んで亡くなったんだ。あ、私も飲んだよ。」
…仙丹か。『死にながら第二の人生を、死んだ頭で始める薬』とトチ狂って行った福丘で聞いたが仙丹自体
……何になろうとも不思議でない…のか?
…同級生たち…か、恐らくこいつも飲んだのだろう。それで、生きている、今の、こいつは、果たして…?
「東陽運動公園から登山道に入る。竹林だけどね、尾根に登れば針葉樹林になるよ。登っていけば広葉樹も見られるね。左手の木々の切れ間には九州山地の美しい山々が見えてね!山にはあんたずっといただろうけどきっと気に入って貰えるとおもう…、
…どうしたの?元々大きい目を見開いて。…衝撃的、だったかい?さっきの話。」
「いっ…いいや。生物が死ぬ話くらい、永年生きてれば隠居してようが幾らでも耳に入るさね。こちらこそ、そのバナナ目が珍しく人の目になったのを見られて驚いてるぜ。」
「ひどいよー!って脱線しまくったね。
昼食にはマーガリンパン、行動食にはカロリメットとウゥイダーゼリー、飴、カシューナッツ、サラミだ!どぉだ?上手そうだろう?果たしてあんたは本当に、紅茶と角砂糖だけでおれるかな!?」
「?別に構わんよ。俺は大会なんか出ないし、荷物は軽い方が良い。っていうか、持ってきてない奴に見せつけるもんじゃない。」
「ぐ…。違いない。くそぅ、こんな頭一つ以上背の低い、貧相な体つきのショタに諭されるなんてッ…!」
「だから言ってるだろ、俺は長生きしてるんだって。何でも良いからその締まりの無い笑みを止めろ。」
細い目にヨダレを垂らす顔はバランスの整っていても見ていて気持ち悪い。
「うん分かった。と言っても確認はこれでお終い。テントを片付けて出発だね。」
そう言って少女は立ち上がる。
緑黄色のポリエステルのシャツにベージュ色でストレッチ素材の半ズボン。脚は黒いタイツで覆ってある。
ここまでは見慣れた服飾なのだが、その左腕には見慣れない色彩がある。
色彩?それは様々な装飾である。シリコン製の腕時計が一本、ミサンガが数本。腕時計は普段使っている物が右腕にあるし、ミサンガは色は違えど組み込まれた模様はどれもお揃いだ。
……そうか、同級生たちと見たかった景色…か。そもそも、千代と初めて会ったのも1000m越えの山、英後山だった。こいつの登山能力からすれば、こんな500mちょっとの山など今さら来る事無かっただろう。もちろん、山の面白さが高さだけで決まる訳が無い。だが恐らく、ここに来た理由なら…。
「ほい、しっかりして。」
たちまち我に帰る。
「外寝がキツかった?七丁山も大変だったからね。」
「うんにゃ、そうで無い。テント畳むの手伝うぜ。」
こいつとは長い付き合いになるだろう。詮索なんてしてまで謎を早く暴こうなんざ馬鹿げてる。
知りたいことは放っておけば、忘れた頃に知れるものだということはこの長くなる人生で学んだ事じゃないか。
紅茶の残りを一気に飲み干し、目標の山がある方角に目を向けた。
さて、始まりだな。