魔法少女リリカルなのは√クロスハート   作:アルケテロス

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人物紹介
【エイミィ・リミエッタ】
自称“クロノの右腕”であり、“アースラのお姉さん”。もとい執務官補佐と、アースラの通信主任を務めている。実際のところ、艦内ではリンディ提督とクロノ執務官に次ぐ権限を持つものの、それを気負うことなく明るく自由に振る舞っている。かなりの癖っ毛のため、ブラシとヘアスプレーが欠かせない。




第16話:立ち込める暗雲なの

Side:■■■

 

 何と声を掛ければ良いのだろうか? 如何切り出したら、話を聞いてくれるのだろうか……? 何てことは無い。ただそのまま伝えれば良いし、きっと彼女は遺恨も私怨も挟まず淡々と話を聞いてくれて、社交辞令的に返事をしてくれる筈だ。そう信じているのに、僕は如何しようもなく彼女――“高町なのは”――に話し掛けることを躊躇(ためら)ってしまっていた。

 

 いや……。本当は、合わす顔が無いから向き合いたくも無いんだろう?

 

 足が竦んで、息が詰まって、気が張って、尻尾を巻いて帰りたくて。そんな僕なんかよりも彼女はしっかりしていて、強くて、格好良くて、凛としていて。あまりにも惨めで、あまりにも輝いていて。手伝うつもりだった。頑張るつもりだった。贖罪(しょくざい)のつもりだったんだ!!

 

 でも君は、ずっと凄くて……。

 

 きっと、僕が手伝わなくても全てを為し得たに違いないし、そもそも僕が馬鹿な事をしなければ、こんな事にはならなかった筈で……。分かっているさ。君が言ったように「ただ前へ進むしかない」って事ぐらい身に沁みて分かっているとも。だからこそ、如何しても“タダ”では終わらせたくなかったんだ…………。

 

 

 

~~

Side:なのは

 

「あの、“なのは”さん……」

「もしかして、スクライアさんでしょうか……?」

 

 声のする方へと視線を向けると、そこに居たのは枯れ草のような薄茶色の短髪に、深緑色の瞳を持つ同い年くらいの男の子でした。戦闘や会議の時にもさり気無く居ましたし、もしやと考えなくもなかったのですが、スクライアさんの声を出しているので、これはもう確定的だと思います。

 

「あ、うん。怪我も完治したから、もう良いかなと思って。……えっと、実は恭也さんから伝言を預かっているんだけど――――」

 

 そう前置きをして、律儀に一言一句も違えずといった感じでスクライアさんが諳んじてくれた伝言を纏めると、『学校の方には病気と伝えているので、欠席の件は心配しなくても良い』といった内容でした。

 

 思い返せば、時刻はとっくに10時を回っており、普通であれば登校しなかった児童の安否確認の電話の1つや2つは、保護者の元へ掛かるというものです。それを意地の悪さに定評があるお兄ちゃんが、上手く対処してくれたのは本当に有難い限りで、これがお母さんなら如何なっていた事やら……? 後で、御礼を言わなくてはいけません。

 

「――――伝言は以上です」

「有り難う御座います。お陰で、憂いが1つ無くなりました」

「どう致しまして。それでその…………」

 

 逡巡。そうやって、スクライアさんが何かを言い淀んでいる内にクロノさんが呼びに来て、会議の続きが始まる事になりました。一体、スクライアさんは何を伝えたかったのでしょうか? 表情から察するに、少しばかり気後れしそうな内容である事は推考出来るのですが……。取り敢えず、それはさて置き。今は会議に集中しなければ。

 

「では、引き続き会議を進めましょうか。エイミィ、資料を」

「はい、艦長。今、皆さんの手元のモニターに送信したのは、アースラに対し攻撃魔法を仕掛けて来た犯人と思われる人物の情報です。名前は――――」

 

 ――――プレシア・テスタロッサ。16年前、開発中だった新型駆動炉の稼動実験に失敗し、中規模次元震が発生。その責を負い、地方へと異動したのを最後に足取りは不明。魔導師ランクは条件付きSSSランク。“電気”への魔力変換資質持ち。

 

………

……

 

 これだけ、でした。機密管理上、必要最小限の人に必要なだけの情報を与える『Need to know』の原則からしてみれば十二分過ぎる程でしたが、実際にやられてみると疎外感を抱かずにはいられません。おそらく、リンディ提督の元には完全なデータがある筈。ですが、まぁ……。ただの現地協力者がどうこう思う事では無いかもですね。はい。

 

「それぞれの目的や理由は未だに不明確ですが、今後は“プレシア・テスタロッサ”、“フェイト”及び“アルフ”の3人が協力関係にある事も視野に入れて、行動をしていきたいと考えています。――――ですが、ジュエルシードを全て回収してしまった以上、此方が取れる行動は少なく、後手に回らざるを得ない状況です。もしかすると、既に遠方の次元世界へと逃走している恐れもあります」

 

 此方側で回収したジュエルシードは13個。そして、フェイトさん側(仮定)で回収されたジュエルシードは推定8個で、合計21個。果たして、フェイトさんが望んだ数に達したのか否かは分かりませんが、向こうの拠点を特定出来ていない現状では、確かに此方からのアクションは難しいように思えます。

 

「ですので、確認をしてみましょうか。ねっ、なのはさん?」

「…………ふぇ?」

 

 そして滔々と語られるそれは、とてもとても下策の中の奇策のように思えるモノで。『リンディ提督=賭博師』という図式が、私の中で誕生した瞬間でもありました。あの、クロノさんとエイミィさん。目を逸らさずに助けて頂きたいのですが……。

 

 

 

~~

Side:フェイト

 

 ツンとした錆の匂い。静電気が走っているような僅かな痺れと、身体の火照り。何となく御風呂に入っているような気がして、このまま嘘に溺れてしまいそうだった。

 

「この役立たずっ!! あれ程の好機を前にして、手に入れたのはたったの3つ。これでは辿り付けるか如何か、分からないじゃないの!!」

「ごめん、……なさい…………」

 

 今日の(しつけ)は、随分と激しい。あの目は、期待を裏切られた目だ。この声は、心底失望してしまった声だ。病魔に(むしば)まれて立っている事さえ辛いはずなのに、烈火の如き怒りが、ドクターの身体に熱を与えている。この(むち)の一振りに、言葉の一句に、一体どれ程の熱が込められているのだろうか?

 

 もう、その熱量が分からない程に浴びせられてしまった私に計る術は無いけれど、きっとドクターは冷え切っているに違いない。白い化粧と、紫色のリップで顔色が分かり辛いものの、何時も通りなら多分そう。……ほら、やっぱり。振るう度にドクターの汗が滝のように流れ落ち、声は乱れに乱れ、やがて“ぱたり”と止んでしまった。

 

 激昂していたとはいえ、あまりにも早い終わり。また、以前よりも更に悪化しているのだろう。切羽詰っていて、時間も残されていないのに、私が不甲斐無いせいで無理をさせてしまって、本当に申し訳ない限りだ。

 

 

 

 謝りたい。

 

 

 

 けれども、ドクターの熱を受けきったこの身体はとても熱くて重くて。一言さえ、満足に伝えられそうになかった。ならば、すべき事は分かっている。意識を落として疲労を回復させ、それからまた頑張らなくては……。

 

 ジュエルシードは、もう何処にも落ちてない。残りの13個は、ミス高町と管理局が持っている。なら、残された道は保管されていそうな巡航船への強襲? それとも代替品を探すべき? 成功の可能性ってどのくらいだろう……? そして、ドクターがたおれるまでに、まにあう、……のかなぁ…………?

 

「フェイ――――!? ――イト――!! ああ、―――――!」

 

 ごめんね……、アルフ。ちょっと……だけ、やすませてほし――――……

 

 

 

~~

Side:なのは

 

 アースラの良心かもしれないナンバー2と3に見捨てられた私は、ナンバー1の語りによって手詰まり感を打破するには有効な策かもと思わされた挙句、無意識に了承したところで会議は終了。それから、ナンバー1もといリンディ提督を除く皆で食堂へと移動し、昼食を食べる事になりました。

 

『説得とは、扇動・洗脳の(いず)れかである』

 

 今回は、そんな教訓を図らずとも得てしまいましたが部外者の私ですらこの有様(ありさま)なら、常日頃リンディ提督を支えるクロノさんとエイミィさんは、かなり凄い人なのかもしれません。主に精神的な意味で。――――等と呆けた思考を振り払い、お弁当のおかずであるハムカツを一口含みます。んー……、流石はレンちゃんと晶ちゃん合作のお弁当。正気に戻るのも止む無しの美味しさです。

 

「ふむ……。“なのは”の昼食は、手作り弁当なんだな」

「はい。今日は学校へ行くはずだったので、今食べないと駄目になっちゃうんです」

 

 それを聞いて、申し訳無さそうな表情になるクロノさんでしたが、視線で私の顔と弁当箱を行き来している内に覚悟でも決まったのでしょう。やがて重々しく、非礼を詫びるようにお願いをしてきました。

 

「もし良ければなんだが……、おかずを1つ交換してくれないか?」

「別に構いませんけど、どれが良いですか?」

「あの、“なのは”ちゃん……。私の分も、お願いします!」

「勿論、エイミィさんもどうぞ。スクライアさんは如何しますか?」

「えーと……、僕は遠慮しておくよ。普段、家の方でご馳走になっていたし、これ以上交換したら“なのは”さんの分が無くなっちゃうだろうから……」

 

 そんな感じでおかずを交換したり、航行中の食事が如何にローテーションされ、制限され、嗜好品に乏しく、食べ飽きてしまうのかをクロノさんとエイミィさんに力説されたり、食後に魔法や戦術について語り合ったりと楽しい一時を過ごした後は、明日の作戦に備えて一時帰宅をする事になりました。

 

 ちなみに、明日は金曜日で当然のように登校日なのですが、作戦のため仮病を使わざるを得ず、更に言えば協力して貰うための説得は私自身がしなくてはなりません。この気持ち、何と形容すれば良いのでしょうか……? 中間管理職の気持ち? いえ、何か違うような気も――――と並列思考を無駄に稼動させつつ、何時ものように庭へと転移。バリアジャケットを解除し、隠蔽用の結界を解いた瞬間の事でした。

 

 突如として携帯電話が鳴り響き、通話とメールの不在着信が引っ切り無しに通知されていきました。(たま)らず消音設定にしましたが、バイブレーションが絶えず震動を続け、イルミネーションが点滅を繰り返すこと1分程。通知欄を確認すると、大半がアリサちゃんや“すずか”ちゃんによる物で、後はお母さんからのメールが幾つか。

 

 取り敢えず…………。

 

 庭に立ち尽くしていても仕方が無いので、玄関から入って「ただいま」と帰宅を告げようと思いました。現実逃避……? いいえ、これは戦うための準備です。例えるならばそう、剣士が一足一刀の間合いに入るようなものでして、決して不自然な事ではないのです。ええ、はい。

 

 


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