魔法少女リリカルなのは√クロスハート   作:アルケテロス

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 戦いの中でしか、私は貴女を知り得ませんでした。名前や、話し方や考え方。得意とする戦法とか、同い年くらいに見えるとか、それくらいの事しか知らないけれど、優しい人である事は直ぐに分かったんだ。そう分からされて、私はなんて酷い子なのだろうと少しだけ自己嫌悪した事もありました。それでも成し遂げたい約束と、思いがあって……。だからこそ、私は止まる訳にはいかなかったんだ。



第18話:星が輝く時なの

Side:フェイト

 

 数にして26発。恐らくそのどれもが誘導性能を持ち、たとえ直撃せずとも至近で炸裂するようにプログラムされた近接殺しの魔力弾。その全てが私を迎撃しようと襲い来る光景は、恐怖よりも先に感動と尊敬の念を生じさせた。

 

 前へ。

 

 上下左右前後と来ようが、ひたすら前へと突き進む。直撃するよりも先に前へ。炸裂するよりも先に前へ。追いつかれるよりも先に前へ。【バルディッシュ】で道を切り開き、バリアジャケットに増設された反応装甲を頼りに、強引に突き破って進んで行く。

 

 もっと前へ。

 

 反応が鈍い。相殺しきれず、被弾が増えて来ている。けれどあと少し、もう少しだけ前へ。もうちょっと、なんだ。何度も出来るとは思わない。何度も通用するとは思えない。だから全身全霊の一撃を、この一度に賭けよう。届け……、届いてっ!!

 

 

 

――――――疾風怒涛《 Blast raid 》

 

 

 

~~

Side:なのは

 

 思わず、目を見張ってしまいました。速さのあまり制御が追い付かなかったとはいえ、あの誘導炸裂弾の雨を正面突破して刃を突き立てて来るなんて、いやはや敵ながら天晴。好敵手とは斯くあるべし等と思考を逃避させている間に、左手の痛覚を遮断。補強した《 Round shield dual 》に【バルディッシュ】を噛ませつつ、穂先から勢いよく左手を引き抜きました。

 

 溢れ出る鮮血。

 

 シールドが威力を削いでくれた御陰で辛うじて切り落とされませんでしたが、甘く見積もっても全治一ヶ月クラスの重傷で、物凄く痛そうに見えます。……まぁ、それはさて置き。間髪入れずに飛んで来る魔力弾を避けながら、距離を稼ぎます。

 

 …………稼ごうと、思ったのです。

 

 ですが、知らず知らずの内に追い込まれてしまったのでしょう。まんまとトラップゾーンへ飛び込んでしまった私は、抵抗空しく幾重ものバインドで雁字搦めにされてしまいました。無論、それだけで終わる筈も無く、私を取り巻くように凄まじい勢いでスフィアが展開され、魔力がチャージされていきます。

 

 その数、合計38基。

 

 これだけの発射台を用意して1発だけの発射という事は無いでしょうから、1基あたり10発ずつと仮定すれば380発、20発ずつなら760発といったところですが、肝心な連射性能が未知数のため楽観視は出来ません。ですので、念には念を入れて……。

 

「フォトンランサー・エクスキューションシフト!!」

[- Fire. -]

 

 あ、この弾幕はちょっと…………。

 

 

 

~~

Side:フェイト

 

 万感の思いを乗せ、最後の魔法を放つ。――――刺し通すはずの一撃が左手を負傷させるだけに止まり、それでも諦めずに魔力を使い切るつもりで発動させたのは、奥の手の1つである《 Photon lancer・Execution shift 》。38基ものスフィアで包囲し、毎秒7発、5秒間に渡る全力斉射で合計1330発の魔力弾を撃ち込んだ後、不要となった38基のスフィアで再構成した砲撃魔法《 Spark end 》を放ち、着弾地点付近に漂う魔力残滓ごと対象を爆破する。

 

 この2つの魔法からなる一連の大技が、私が一度に放てる最大の火力だった。

 

 煙は未だに晴れず。けれども、やりきったのだ。ひたすら撃ち込んで、吹き飛ばして。きっと跡形なんて何も無くて、これで終わりなんだと勝手にそう思い込んでしまっていた。否、そうあって欲しいと願ったのだ。

 

 

 

 けれども、彼女は存外平気そうに煙の向こうから現れて――――――

 

 

 

[-《 Restrict lock 》-]

「それじゃ、今度はこっちの番!」

 

 そして気付けば、幾つもの軽い衝撃と共に四肢のみならず全身を満遍なく拘束され、身動きが取れなくなってしまった。しかも器用な事に、反応装甲が欠けている部分を選んでの拘束である。これでは、反応装甲を起爆させて強制解除する事など儘ならないし、そもそも魔力はブラックアウト寸前まで尽きてしまっている。為す術など、もう何も残されてはいなかった。

 

「集え、綺羅星」

 

 そのコマンドと共に、圧縮魔力の残滓や大気中の魔力が粒となり、彼女の元へと集い始める。全てがキラキラと輝きながら流れを作り、編み込まれるように集束していく様は、言葉に尽くせぬ程に幻想的な光景で……。私は何時しか疲労も痛みも忘れ、ただただ無心に、その様子を目に焼き付けようと見入ってしまう。

 

「全力全開、スターライト・ブレイカーーーー!!!!」

[-《 Starlight breaker 》-]

 

 

 

 

 光が満ちる。やがて世界は白へと色を変え――――……………………

 

 

 

 

~~

Side:クロノ

 

 現地時間0415。“なのは”とフェイトが交戦を始めて5分と少し。先日、“プレシア・テスタロッサ”による物と思われる次元跳躍攻撃があった事や、フェイトの脅迫を鑑みてユーノと共に市街地の防衛へと回っているものの、実際のところその予兆は微塵も感じられないまま遊兵と化した僕達は、“なのは”の奮闘を遠くから見守る事しか出来なかった。

 

「そんな、“なのは”さんが押されているなんて……」

「いや、おそらくフェイトが普段以上に突っ込んで、“なのは”が引いているだけだろう。現に危うげは無いし、もしかしたら暖気運転も兼ねているのかもしれないな」

 

 士官学校時代では非常呼集で叩き起こされた挙句、仮想敵役の魔導師を高度3千メートルで迎撃するというシナリオをこなした身としては、今の“なのは”の心境は察せなくもなかった。

 

 『きつい』のだ、この状況は。

 

 思いとは裏腹に身体が追い付かないというのは、かなりもどかしく感じてしまう。それでも、やらなくてはならないし、やり遂げたい思いが身体を衝き動かす。そして尚更、もどかしく思う。けれども、焦らずに身体を慣らそうとしている彼女を見る限り、そういった心配は杞憂というものだろう。

 

 それよりも気になるのは、この後の事だ。

 

 フェイトは魔力リソースとなる魔力流を準備した上で、夜襲同然の決闘を“なのは”に吹っ掛けている。つまり、勝ちに来ているのだろう。ではその陰で動いているであろうアルフやプレシアは、何を考え行動しているのか? 未だにジュエルシードの収集目的が判明しない中、それだけが懸念事項だった。

 

 現地時間0432。

 

 “なのは”の調子が上がり、フェイトと付かず離れずの接戦を海上で繰り広げるようになった頃、それは静かに起きた。微かに、それでも異常だと分かる空間の揺れ。――――次元震。ジュエルシードを回収しきった今、そう易々と発生しないはずの現象が起こるという事は、おそらく誰かがジュエルシードを発動させたのだろう。馬鹿げている……。次元震がもたらすのは破壊だけだというのに。

 

「エイミィ」

[> はいはーい、クロノ君。只今震源地を絶賛割り出し中だよっ! だから、もうちょっと待ってね? <]

「了解。頼りにしてるよ」

 

 空間モニターの向こう側ではエイミィが慌ただしくコンソールを操作し、艦長が指示を出す様子が伺える。やはり、この決闘は陽動なのだろうか? だとすると、向こうは“なのは”を最大戦力と捉えている事になるんだが……。まぁ、気にするまい。

 

[> 発震源特定! 艦長! <]

 

 そう言って表示されたのは、次元空間を漂う巨大要塞の姿だった。それはモニター越しでも分かる程の威容を誇り、思わず「大物だな」と軽口を叩きそうなる。

 

[> エイミィ、待機中の武装局員に出動命令を。クロノは一旦此方に戻って、二班と共に出動する様に。ユーノさんは、引き続き現場待機をお願いします <]

「了解」

「分かりました!」

 

 果たして、あれは震源地であると共にプレシア等の一味も潜んでいるのだろうか? 確証は無い。けれども居れば捕まえ、居なければ次の一手を打つだけである。憶することは無い。気負うことは無い。現場では己を信じ、全力を尽くすのみだ。たったの、それだけなんだ……。

 

「転移、アースラ」

 

 そして転移後、5分と経たず僕を含む第二班の出動が速やかに行われた。『一班が強襲を受け、半数以上が戦闘不能』という凶報と共に。

 

……

………

 

 少しだけ、現実逃避をするとしよう。

 

………

……

 

 “魔導師ランク”という制度がある。これは魔力量の多寡や保有資質によって決まるもので、僕の場合はAAA+というランクだが、実はこのランク帯の平均魔力量以下の魔力量しか持ち合わせていない。つまるところ、運用技術や魔力変換といった保有資質の面で平均以上に優れていれば、僕の様に差し引きプラスの分で上のランクを狙えたりするのだが…………。

 

[> ブリッジ、こちら二班長。負傷者及び魔力切れ多数! この(まま)では空挺堡(くうていほ)を維持できません! <]

[> 落ち着け二班長。一班再編完了! これより戦線に復帰する! <]

[> こちら医療班。流れ弾が多く、重傷者の後送が出来ない。支援を! <]

 

 こういう多勢に無勢という状況では何だかんだで魔力量が物を言うので、「ランク相応の魔力量が欲しい」と思わず無い物強請(ねだ)りをしたくなる。しかし悲しかな。此処数年、魔力量は伸びを見せず、ついでに武装局員の隊長クラスは平均Aランクで、その部下はBランクだ。

 

 要するに、この場には“なのは”の砲撃魔法のように敵を一掃出来る者が居らず、僕は僕で「要塞の駆動炉を停めてね♪(意訳)」という艦長の無茶なオーダーに応える為、先程から単独先行をしているので直接的な支援は不可能である。

 

 ちなみに多勢とは、要塞内に突如湧いた人型魔導兵器の事で、推定100体以上。魔導師ランクで言えばAA~Bランク相当とまちまちで、如何(いか)に知恵と連携で勝ろうとも物量と火力で勝る相手に持久戦を耐えるのは少々分が悪い。

 

 よって、速やかにエネルギー供給源と思われる駆動炉を停止または破壊し、その余勢で次元震を止めたり、あわよくばプレシア等の事件関係者を捕縛しないといけないのだが、残念な事にこの身は1つ。出来れば“なのは”、せめてユーノの手でも借りなければ、それらの達成はとても難しいように思えた。――――主に、魔力と時間的な問題で。

 

[> ふむ……。エイミィ、武装局員への指揮は私が預かります。貴女はクロノと“なのは”さんのナビを優先なさい <]

[> えーと、それってもしかして……? <]

[> 現場で陣頭指揮って事ね。ちなみに、アースラの駆動炉からちょろっと魔力を拝借するから、エネルギーの再配分は任せたわよ? <]

[> デスヨネー。はいっ、精一杯頑張ります! <]

 

 何ともまぁ、人手不足極まれりといった感じの状況になって来たな……。こうなっては1つの失敗が全体への致命的な負荷となりがちなので、此方もエイミィに負けじと頑張らなくては。それに、艦長――母さんが陣頭指揮を執るのだ。執務官として、息子として、惨めな姿など晒せるはずが無いじゃないか。

 

 

 

 さて…………、そろそろ現実を見据えるとしよう。

 

 

 

 敵は推定AAAランクの人型魔導兵器が“残り3機”。対して此方は、これまでの戦闘で疲労困憊(こんぱい)となったAAA+ランクの執務官が1人。何とか駆動炉がある機関室まで辿り着いたものの手厚い歓迎を受けており、そろそろ次元空間の藻屑と消えるか、叩き切られて肉片となるかの二択が脳裏にチラつき始めている状況だ。

 

 尤も、少し後方へと引いて魔力回復に努めれば突破も容易だろう。しかしそうすると今度は、時間が経つに連れて増す次元震を止められない可能性も出て来るのだ。此方を立てれば彼方が立たず、彼方を立てれば此方が立たず。単なる推測で自縄自縛する様は何とも滑稽ではあるものの、こればかりは無理を通さないと上手くいかない現場が悪いとボヤくしかない。――――そう思っていたところに何とも心強く、涙がちょちょ切れそうな叱咤激励が飛び込んで来た。

 

[> クロノ、次元震と空挺堡は私が抑えます。だから貴方は無理をせず、けれども可及的速やかな対処を心掛けるように。良いですね? <]

「イエス、マム」

 

 無茶なオーダーの上に、更なる無理な要望が覆い被さって来る辺り、向こうの慌ただしさが目に浮かぶようだった。それから数秒と掛からず、次元震の振動が遠ざかるように小さくなっていく。これで時間は出来た。作ってもらった。なら次は、今度は此方がやり遂げる番だ。

 

「さてと……」

 

 そして僕は、脱兎の如くその場を後にした。戦闘において魔力切れを起こすという事は任務失敗のみならず、最悪の場合は殉職と特別勲章授与コースであり、『人的資源の損失回避及び全体士気の低下抑制の面から、そういった負の連鎖は断たねばならない』と戦闘教本にもきちんと明記されている。

 

 故に、これは敵前逃亡では無い。再突撃準備の為の後進であり、疑似潰走。即ち、戦略的撤退なのだ。恥じる事は無いし、惜しむ事も無い。ただ悔やむべきは、己の魔力不足と深刻な人手不足のみである。

 

[> もしもし、クロノ君。こちらブリッジ <]

「如何したエイミィ? 悪いが手短に頼む」

 

 魔力は時間経過と共に自然回復していくが、精神を集中させてリンカーコアを活性化させた方が効率は良いので、あまり気を散らしたくは無かった。エイミィもその辺りを察してくれたのか、内容をかなり端折った上で口早に「助っ人送ったよ! ではまた!」とだけ伝達し、返事を待たずに通信をぶっつりと切ってくれた。

 

「…………いや、それじゃ誰が来るか分からないじゃないか?」

 

 ついでに何時来るか、どう合流するかもだ。――――等と思っていると、床下からやたら高密度の魔力反応を感知。急いで飛び退くと、先程まで立っていた所を掠めるようにピンク色の閃光が天井に向かって突き抜け、程無くして穴の中から見知った人物が飛び出して来た。

 

「えっと……、大丈夫ですかクロノさん? 一応、当たらないように撃ったつもりなんですけど……」

「それは一般的に誤射と見做(みな)される行為なんだが……。まぁ、とにかくだ。君が来てくれて心強いよ、“なのは”」

 

 何時か誤射ネタで、からかってやろう。そう心に刻みつつ、僕は労いと感謝の意味を込めてゆっくりと左手を差し出したのだった。

 

 

 




 戦いの中でしか、私は貴女を知り得ませんでした。名前や話し方、考え方や得意とする戦法。そして同い年くらいに見えるのに、随分と暗い目をしているんだなとか、そんな当たり障りの無い事だけしか知り得なくて……。だから、まずは終わらせようと思いました。全てが如何しようも無く終わってしまえば、貴女は戦いを諦めてくれる。それからやっと会話らしい会話が出来るのだと、そう心から思ったのです。

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