【リニス】
ドクターこと、“プレシア・テスタロッサ”の使い魔。元々はペットとして飼われていた山猫だが、フェイトの世話係として使い魔にされた。情に厚く、フェイトだけでなくアルフも実の娘のように愛情を注ぎ、教育を施した。短期間ではあったものの二人の魔法の師でもあり、その教えは今も息づいている。
Side:ユーノ
《 Starlight breaker 》
そう名付けられた恐るべき星の一撃が、フェイトさんを飲み込んだ。――――それはつまり、もしこれが物理破壊設定なら幾千幾万もの人命を都市ごと容易く平らげるであろう魔法が、“たった一人”の意志を撃ち砕くために放たれ、阻まれる事も無く、減衰無しの最高火力を保った状態で直撃した事を意味する。
やり過ぎだと思った。そして同時に、羨ましくもあった。あらゆる手を尽くして戦い続けたフェイトさんに、それを真正面から止めてみせた“なのは”さん。本当に自分勝手で無礼だと承知しているものの、この気持ちは偽り様のない本心だった。そう、僕は……。
彼女達に、憧れを抱いてしまっていた。
あんな風に成りたいと、あんな風に成れないからこそ、ああいう風に誰かとぶつかり合ってみたいものだと妄想し、
全く、なんて可笑しな話だろうか……。
これは現実だ。それは唾棄すべき冒涜的思考だ。僕は当事者の一人で、これは今起きている出来事なんだ。傍観者で居られるものか。もっと関わるべきだ。問題を解決しよう。考えなくては! 動かなくては!――――けれども理性が幾らそう叫んだところで、この意識はなかなか拭えそうになかった。
「フェイト! フェイト、しっかりっ!!」
切羽詰まった声に、意識が引き戻される。ふと視線を向けると、其処には撃墜されて海中から引き揚げられたフェイトさんが臨海公園の歩道上に寝かされており、何処からか駆け付けて来たアルフさんが必死に呼び掛けながら、フェイトさんのバイタルチェックを。そして“なのは”さんは、その傍らで自分の左手に間接圧迫止血を行いつつ、アースラへ連絡を取っているようだった。
未だに現場待機の指示が解かれていないものの、何か手伝えるかもしれないと思い、三人の元へと飛行魔法で近付く。
「嗚呼、これは……」
一目見て、予断を許さない状況である事が窺えた。
~~
Side:なのは
そして私はクロノさんへの支援要請に応えるべく、スクライアさんとアルフさんに救護を任せ、巨大要塞の奥へ奥へと突き進むのでした。
正直、フェイトさんの容態が気になって仕方がありませんが、簡単な外傷救護しか出来ない私が居たところで邪魔でしょうし、その鬱憤は人型魔導兵器へと晴らしつつ進んで、飛んで、ショートカットを魔砲で作り、無事にクロノさんと合流した所までは比較的順調だったのです。
しかし、此処で思わぬ問題が。
此方へと差し出された、クロノさんの左手。即ちそれは、握手を求めているのでしょう。地球上でも珍しくないコミュニケーション方法の1つで、感謝や激励などの際に併用される極普通の行動です。ならば、此方も左手を差し出して握手するのが通例なのですが、残念な事に先程フェイトさんに貫かれたばかりでして……。
ええ、当然のように血塗れです。
一応、バリアジャケットを調整して防御フィールド越しに出血箇所の圧迫止血を行っていますし、左手の痛覚も【レイジングハート】の補助によって遮断しているので痛くは無いのですが、視界に入れて気持ちの良い物ではありません。しかしながら、誤魔化すのも無理があるので素直に握り返すと、やはり想定通りに指摘されました。
「“なのは”、その傷……!」
「大丈夫です。応急処置は済ませてますので」
痛覚遮断により鈍くなってしまった左手の触覚は、【レイジングハート】にエミュレートして貰う事で疑似的に再現出来ており、筋肉や骨が物理的に断たれて動かない指も防御フィールド越しでマニュピレータのように操作中。そして念の為、鎮痛剤代わりの脳内麻薬を少々過剰に。なので、戦闘をする分には大丈夫な筈です。はい。
「……分かった。但し、帰還したら医療スタッフの手当を速やかに受けるように」
「ラジャーです」
「それと前衛は僕が受け持つので、君は無理しない程度に援護を頼む」
「委細承知しました」
その後、余剰魔力をクロノさんに譲渡した後、魔力に物を言わせた強襲で駆動炉を制圧。更に、供給源と思われる高エネルギー結晶体を封印したところで、余剰魔力を溜め込んでいる翼が一対消失してしまいました。昨夜までは三対六枚の翼だったのですが、残すは一対二枚のみ。余裕が失われつつある事に、僅かながら不安を覚えてしまいます。
尤も、駆動炉からのエネルギー供給を断ちましたので、人型魔導兵器や要塞の防衛機能は停止しており、あとは容疑者とジュエルシードの確保をすれば一段落なのもまた事実。きっと大丈夫。上手く行くはずだ。そう信じて私は、クロノさんの後に続いて最下層を目指して行きました。
~~
Side:リンディ
[> 艦長、此方クロノ。駆動炉制圧、引き続き任務を遂行します <]
「了解。それでは手筈通りに」
[> イエス、マム <]
クロノからの通信を切り、意識を集中させる。
「此方、時空管理局提督“リンディ・ハラオウン”です。“プレシア・テスタロッサ”、次元巡航船への攻撃容疑で貴女を逮捕します」
[> それは勝利宣言のつもりかしら……? だとしたら貴女、とても滑稽ね <]
「何が可笑しいのですか?」
まさか、此処から逃げる算段があるというのだろうか? それとも、もう目的は果たされてしまったとでも? あらゆる可能性を考慮し、各種センサー類や前線からの情報を精査していると、プレシアの背後にもう一人――――医療用ポッドの中で浮かぶ、フェイトによく似た幼い少女が映り込んだ。
「もしかして、その子は……」
[> そうよ。あんな失敗作とは違う純粋なオリジナル。私が愛するたった一人の娘、アリシアよ <]
「プレシア……。貴女という人は、生命操作技術が禁忌だと知って尚求めたのですか?」
つまり今回の事件は、16年前の事故で死んだ娘を生き返らす為に人道を外れ、此処まで至ってしまったとでも……? そうであるなら最早、正気の沙汰ではない。
「死者は蘇りません。たとえ複製したところで、その魂が娘さんの物では無いことぐらい貴女も気付いている筈です」
[> ええ、その通りよ! それでも、
「それが、今回の事件の切っ掛けですか……」
如何して、アリシアを安らかに眠らせる事が出来なかったのだろうか。進んだ科学技術が、発達した魔法技術がプレシアに幻想を抱かせてしまった……? だとしても、魂という神聖不可侵の領域を侵してしまえば人は死から目を背け、生を軽んじる様になってしまう。私は法の番人として、それを赦す訳にはいかなかった。
[> けれど残念な事に、それもまた御破算となってしまったわ……。ねぇ、貴女。【アルハザード】を御存知? <]
「御伽噺の範囲でなら、多少は」
異様に発達した技術を持ちながら、次元断層の狭間へと消えてしまった未知の世界。それが【アルハザード】なのだと、遥か昔から真しやかに語り継がれている。尤もそれは、「次元災害で消えてしまった世界をモデルにした、空想上の産物だ」という説もまた根強く、真偽は明らかになっていない。
[> なら説明は省けるわね。私は其処に眠る秘術を求め、……っ <]
溢れ出した血と、止まらぬ咳。画面の向こうで彼女が口元を押さえてよろめくも、何とか踏み止まった。吐血を伴う病気は何であれ命に関わる事が多く、顔色を注視してみるとメイクの濃さで分かり辛いものの、死相が浮かんでいるようにも見える。
[> 目指そうと、……した。でもあの役立たずは、鍵となるジュエルシードを14個すら集めきれず、計画は
「プレシア……。今すぐ武装を解除し、投降して下さい。貴女は適切な治療と、法の下の裁きを受けるべきです」
[> 残念ながら、もう手遅れよ…… <]
其処で少しだけ、言葉が途切れる。ただの時間稼ぎのつもりが、プレシアから有益な証言を引き出せてしまった。公人としては、それは喜ぶべき事なのでしょう。しかし私人として、一人の母親としては胸が引き裂かれる思いでした。執念と狂気と家族愛の果てがこの“ザマ”など、あまりにも報われないし救われない。
そう考え込んでいる内に、彼女が新たな魔法を発動させた。それはごく自然に見逃してしまうような所作で、呼び止める間も無く魔法陣が幾重にも展開され、床や壁、天井にも新たな亀裂が走り、要塞の崩壊が加速度的に早まっていく。
「貴女、まさか……?」
[> ……さようなら、リンディ提督 <]
やがて大きな音を立てて床が崩れ、プレシアとアリシアは虚数空間へと落ちて行ったのでした。――――こんな筈では無かった。こんな風に彼女を追い込むつもりなんて……。
しかし幾ら悔いたところで、
~~
Side:なのは
こうして、今は名も無き事件が終わりを迎えました。結局の所、私とクロノさんは“プレシア・テスタロッサ”さんの元へと辿り着けないまま引き返し、彼女が持っていた8個のジュエルシードもまた、虚数空間の中へと消え失せてしまった様です。
尚、虚数空間とは次元震に伴って発生する吸引力が無いブラックホールの様な物で、落ちれば最後、記録上生還者ゼロ、魔法もキャンセルされてしまうので探しようが無いのだとか。よって今回の件は容疑者“死亡”と見做して処理するのだと、クロノさんが独り言として呟いてくれました。
また、フェイトさんの容体やアルフさんの様子なども呟いてくれたりと結構だだ漏れで、時折愚痴が混じるのは御愛嬌。能力主義であるのは良い事だと思いますが、私より2~3年ほど年上でしかない少年の青春時代が就労によって消費されているとは、何たる事でしょうか。思わず、同情にも熱が入ってしまいます。
閑話休題。
ちなみにフェイトさんは、違法薬物やら限度を超えた魔力運用などの後遺症が心配されましたが、スクライアさんとアルフさんによる応急手当てと、アースラ医療班への迅速な引き渡しが功を奏し、要観察ではあるものの今は回復へと向かっているようです。
「肉離れや全身の傷に関しては自然治癒を待つしかないが、意識は戻ったようだ。遠からず独房へと移して、それから次元空間が安定したら本局へと移送する」
ふむふむ。
「それと、“なのは”が希望しているフェイトとの面会に関しては、僕が立ち会うという条件付きだが艦長からの承認は得ている。予め、希望日時を伝えてくれると大変有難い」
ほうほう。
「…………“なのは”。もしかして、結構疲れているんじゃないか?」
「もしかしなくても、実は割と深刻に……です」
左手の治療後にアースラで遅めの朝食を頂いた結果、緊張がほぐれてしまったのでしょう。満腹感と疲労感と寝不足と血液不足により、もうノックアウト寸前だったりします。
「それなら医務室のベッド……は今頃満員だな。そうなると――――」
あっ、此処の机と椅子で仮眠しますので、お構いなく。ではでは……。