魔法少女リリカルなのは√クロスハート   作:アルケテロス

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人物紹介
【アリシア・テスタロッサ】
プレシアの愛娘。明るく元気な少女で、人見知りをしないため誰からも好かれる人柄だった。しかし往年、プレシアが多忙を極めていた際にはその溌溂(はつらつ)さは鳴りを潜め、心細さを抱きつつも健気に耐えようとしていた。実験中の事故により他界。僅か5年という、あまりにも短い人生であった。




第21話:在りし日の追憶、揺蕩うモノ【後編】

Side:プレシア

 

 最愛の娘、アリシアを喪ってからどれ程経ったのだろうか。涙は枯れた。怒りは冷めた。それでも私は、人形のように日々を生きていた。理由はただ1つ。アリシアを生き返らせる為。

 

 既に脳死状態だと診断されて尚、生命維持装置に繋げて有りもしない奇跡を祈り、死という眠りから解き放つ方法を求め、正道の物だろうと邪道の物だろうと片っ端から調べ尽くす。希望なんて、まるで無い。ただ、それによって時間と資金が浪費されるだけだとしても、私は決してアリシアの死を認めたくはなかった。

 

 そんなある日の事。

 

 稼ぎだけは良い非合法な実験をこなす内に、自らを【無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)】と形容する胡散臭い男と出会ってしまった。あらゆる技術や科学分野において、非常に優秀であると自負する彼は協力者を求めており、私の仮住まいへと押しかけて来たのもその一環なのだと(のたま)い、熱に浮かされたように話を続けた。

 

「生まれてこの方、ずっとボッチという奴でね。やりたい事は多々あれど、この身は1つ。そこで、だ……。君に研究を1つ任せたいのだが、如何だろうか? なぁに、心配せずとも君が興味を持つ物さ。そして比較的容易でもある」

 

 そう言って無造作に渡して来た研究が、記憶転写型の人工生命体複製技術を現代へと蘇らせる計画――――通称、『プロジェクトF.A.T.E』だった。専門外の分野ではあったものの“これならば”と思った事もあり、基礎研究のデータを読み解き、彼の助言や助力を得ることで次第に完成へと近付いて行った。

 

 しかし同時に、違和感も覚えた。何故、これ程の技術が失われていたのか? もし次元世界ごと失われているのなら、その世界は何という名の世界なのか? そしてその世界には、もっと有用な古代遺産が眠っているのではないか?

 

 研究の傍らで調べる最中、抱いた疑問は憶測を呼び、推測へと至り、半信半疑へと変わって、やがて妄信と化していった。失われし都、【アルハザード】。次元空間の狭間へと消えた神秘を求めてしまうくらいには、もう何も残されてはいないと感じてしまったからだ。

 

 結局のところ、完成した『プロジェクトF.A.T.E』を応用しても、アリシアを取り戻すことは叶わなかった。出来たのはアリシアの記憶を持つ他人でしかなく、やはりアリシアの魂は、アリシアの心は、アリシアの身体にしか存在しないのだと強く確信すると共に、新たな方法を模索しようと思い立つのだった。

 

 

 

 次こそは必ず……。

 

 

 

 そう願っていたけれども現実は無情で、何処までも理想を阻み続けてくれた。最早この思いは届かず、次を望める程に私の命は持ちそうにない。だから全てを諦め、終わらせようと決心してしまえば、もう何もかも気に掛ける必要は無かった。

 

 嗚呼、それならば……。良い事を思い付いた。どうせ死んで居なくなるのだ。計画を邪魔してくれた管理局や、“高町なのは”に意趣返しをしてやろう。何が出来るのか。如何すれば上手く行くのか。幾つか試案し、切り詰めた上で、失敗作を呼び出すことにした。

 

………

……

 

 そして今、目障りな者同士を潰し合わせて戦力を削ぎ、『時の庭園』を崩壊させる為の時間稼ぎにも成功した。あとはアリシアと共に、虚数空間へと身を投じれば全てが終わる。――――だというのに、本当にこれで良いのかと少しばかり躊躇ってしまう。

 

 弁を弄するつもりで言葉を交わしたのに、此方が乱されるとは何とも可笑しな話である。思えば、怒りをぶつける相手は居ても、聞かせる相手はこれまで居なかった……。その事実に気付き“なるほど”と飲み下したところで、未練がまた1つ山を成す。けれども、もう如何しようもなかった。此処を墓場と定め、アリシアと共に沈み逝く。それしかない。それだけが、母親としてやれる最後の事なのだ。

 

[> 貴女、まさか……? <]

 

 迷いは一瞬だった。

 

「……さようなら、リンディ提督」

 

 床が崩れ、虚数空間へと放り出される。そして私はアリシアと共に、何処までも何処までも落ちて行き、やがて思考はぷっつりと途切れ――…――…………

 

 

 

~~

Side:■■■

 

「気分は如何ですか、ドクター?」

「………………此処は……?」

「此処は医務室で、より正確にはベッドの上となります」

 

 先程、意識が戻ったばかりのドクターに声を掛けてみると、未だに呆然としているようだった。無理もない。ようやく応急処置を済ませたばかりなのだ。薬の副作用で意識が混濁していても、何ら不思議ではなかった。

 

「そう……。…………迷惑を、かけたわね……」

「そう思うのなら、どうか御自愛して下さいませ」

 

 精神リンクの乱れに気付き、ドクターを探していなければ今頃如何なっていた事やら……。見つけた時には既に倒れており、口元からは少なくない吐血。人造魂魄(こんぱく)の身ではあるものの、心臓が止まりそうな程の衝撃とは正にあの事だろう。

 

「時間が無いのよ……。貴女だって、知ってる……でしょう?」

「はい。存じております」

 

 不治の病に侵され、余命はもう3年程だと診断データが示しています。されど、3年近く残っている寿命を削るように生きるのは、勿体無いと思うのです。死者蘇生の研究を諦められないのなら、捨て切れないのなら尚の事。長く、しぶとく、能率重視で命を使い切る方へと意識すべきではと、烏滸(おこ)がましくも愚考する次第です。

 

「……一体、……何をして…………?」

「過労と不眠の問題を、一発で解決するお薬を投与しているんです。ちなみに、またの名を“睡眠導入剤”とも言います」

 

 そう告げると恨めし気に睨まれてしまいましたが、数分と経たずドクターは眠りの淵へと誘われ、やがて規則正しい寝息を立てるようになりました。こうして寝顔を拝見してみますと、普段の険しい表情が嘘のような穏やかさで、「ずっとこのままで居て欲しい」という勝手な願いが脳裏を過ぎってしまいます。

 

 しかし、叶う事はないでしょう。

 

 きっと貴女は挑み続ける。依るべき記憶を持たず、言葉に“思い”という質量を乗せられない私の言葉では、とても引き止めきれるとは思えません。ですから今の内に、少しだけでも休んで行って下さいませ。貴女が最後の最期まで、夢へと立ち向かって行けるように。そして何時か、この悪夢から目を覚ませるようにと祈っております。

 

「お休みなさい、プレシア…………」

 

 

 




 どうか、良い夢を。





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