【S2U】
質実剛健を旨とするクロノが使用するストレージデバイスで、士官学校への入隊当初にリンディ提督から贈られた物。インテリジェントデバイスとは違い、人工知能を持たないので魔法を発動させる処理速度は秀でているものの、魔法の選択は全て使用者に委ねられており、更に使用者のマルチタスクにも限界はあるので、魔法の同時発動数に関しては如何しても劣ってしまう。ちなみに、デフォルトのシステム音が何故かリンディ提督の声へと上書きされているが、真相は不明である。
Side:なのは
楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまうもので、フェイトさんと話し込んでしまった私は、クロノさんに注意されるまで刻限が迫っている事に気付けませんでした。
「それじゃ、またね。フェイトさん」
「うん。名残惜しいけどまた、だね……。ミス高町」
そして部屋を出て、充実感と共に緊張感から解き放たれた私は、小さく安堵の息を吐きました。魔法談義や、お互いの出身世界を紹介し合ったり、好きな食べ物とか場所を聞いたりして、とにかく“当たり障りの無い”部分だけを選んで話題にして来ましたが、何とか話のネタが尽きる事は無く、無事に終わる事が出来ました。
本当は、私の家族や友達も紹介したかったのですが、何と言いましょうか……。やっと築けた関係を壊したくは無いが為に、フェイトさんの琴線に触れるような事はしたくなかったのです。
“プレシア・テスタロッサ”とフェイトさんの関係性、癒える間も無く増える傷に打撲、しかしそれでも盲従するフェイトさんの意志。――――情報が開示されていないので、これは勝手な推測となりますがやはり、『プレシアはフェイトさんのお母さんか、親族なのかな?』と思う訳でして。虐待やら育児放棄等の不穏なワードがちらつく以上、人間関係の話題は控えるという選択肢の他有りませんでした。
「クロノさん、今日も有り難う御座いました」
「気にしなくて良い。むしろ、此方が礼を言いたいくらいだ」
罪悪感があるにせよ。連日の面会により良い方へと天秤が傾いてくれたので、その感謝の意も込めて御礼を述べてみましたが、何故かその様に返されてしまいました。
「それはつまり、如何いった理由でしょうか……?」
「…………すまない。配慮に欠けた発言だった。うちの医療スタッフがカウンセリングするよりも、遥かに改善している様に見えてな」
嗚呼、なるほど。それでつい、口が滑ってしまったと……。正直なところ、あまり気にはなりませんでした。むしろ、特に制限無く会える理由がそれとなく判明して、すっきりした位です。
「気にしないで下さい。私も、フェイトさんには元気になって欲しいですから」
なので、次回の面会日時の相談をしたいと思ったのですが、会話の間隙を突くかのように
それからの3時間は、待ち遠しいと思う間も無く流れて行きました。早めの昼食を食べ、事件解決の功績を称えた賞状を授与され、リンディ提督と御茶会もとい面談をしたりとエトセトラ。最後はリンディ提督とクロノさん、そしてエイミィさんに見送られながら、私達はアースラを後にしたのでした。
ええ、そう。“私達”です。
未だに地球からミッドチルダ間の次元航路が安定していないので、アースラが地球を離れる目途が立っておらず、それまであの艦船で箱詰めとは息苦しいだろうと思った私は、アースラに残ると主張していたスクライアさんを説得し、連れ出すことに成功。そして今に至ります。
大規模な被害が出て、思わず厳しい言葉をぶつけたあの日から、何となく互いに余所余所しくなって――――いえ、そもそも私が他人行儀で接していましたし、あれから効率重視で動いていたので、和解する程の接点も有りませんでしたね……。ともあれ、好感度が低いからと冷遇するつもりは無いですし、これも何かの縁という事で大事にしたいとは思うのです。
尤も、生まれて此の方、同年代の男の子と親しくなろうとは考えもしなかったので、具体的な方策はとんと思い付いておらず、八方塞がり感が否めませんけれども。
「スクライアさん。地球を離れる前に、何かしたい事ってありますか?」
転送終了後、私達は人目や監視カメラの心配も無い臨海公園の隅に立っていました。直接、高町家の庭へと出ても良かったのですが、歩きながら話したいという思惑もあって、この場所へと転送させて貰ったのです。
「もし、許してくれるのなら……。“なのは”さんと高町家の皆さんに、御礼と謝罪をしたいと思っているんだけど、如何かな?」
如何と聞かれましても、返答に困ってしまいます。確かに以前、全てが終わるまで謝罪は受け取れないといった旨を伝えましたが……。
「御礼はともかく、私もスクライアさんも被害者なのに謝罪をするんですか?」
「それでも、僕がジュエルシードを発掘さえしなければ……」
「それも以前、お伝えした通りです。たらればの可能性を持ち出されても、これまでも、これからも何一つとして変わる事は無いんですよ?」
「ごめん……。でも僕は、“なのは”さんみたいに割り切れないんだ…………」
思い出さない様に目を逸らす事が、割り切っている事になるんでしょうか?
反論が喉元まで出かかりましたが、何とか
………
……
…
そんな風に案を煮詰めつつ、歩くこと10分少々。ようやく家の門を潜って、玄関へと到着する事が出来ました。鍵と携帯電話は、家を出る際に持ち出していたので抜かりは無く、【レイジングハート】の格納領域から鍵だけを取り出して開錠、中へと入ります。
「ただいまー」
思い返せば、金曜の早朝に家を飛び出し、今は日曜の午後4時頃。であれば、約60時間ぶりの我が家という事になりまして、何ともまぁ……、感慨深いものがあります。ちなみに、パジャマ姿で街中を歩く度胸は無かったので、現在はバリアジャケットの意匠を変更して着込んでおります。
「お帰り、“なのは”。意外と大丈夫…………じゃなさそうだね、それ」
玄関へと迎えに出てくれたお姉ちゃんが、包帯でぐるぐる巻きにされた私の左手を見て、その様にコメントをしてくれました。一応、アースラの医療スタッフの方が砕けた骨を組み治し、傷口を塞いでくれたので、割と悲惨な傷痕と神経がズタズタなのを気にしなければ大丈夫ではあります。
「でも嫌じゃないから、気にしないで。お姉ちゃん」
「そっか……。ところで、後ろのお連れ様は?」
後ろと言われて振り返ってみますが、其処には先程から沈黙を保っていたスクライアさんのみで……。嗚呼、なるほど。如何やら人間版の方を見たことが無かったので、気付けなかったようです。斯く思う私も、声を聞かなければ分かりませんでしたし。
それから場所を居間へと移して、お姉ちゃんとスクライアさんが話している間に、私は服を着替えるべく自室へと戻りました。
すると何と言うことでしょう。
机の上に、見知らぬプリントが山を成しているではありませんか。おそらく、アリサちゃんや“すずか”ちゃんが持って来てくれた物で、お知らせと宿題が半々といったところだとは思いますが、金曜から日曜分の宿題を明日までにする必要がある訳でして、とても休んでなんて居られません。
「多分、今日で終われる筈だけど……」
その前に下に降りて、コーヒーやら御菓子やらを調達してから挑みたいと思います。たとえ誤魔化し続けていても、疲労や眠気には限度と言う物がありますので。
~~
Side:リンディ
「手応えはまずまず、と言ったところかしら?」
空になってしまった湯呑を片付けつつ、独りごちる。先程まで、御茶会という名目で“なのは”さんの進路希望調査をしてみたところ、魔導師という選択肢にも興味は有るとの事なので、関連する職種の詳細と活躍例を紹介し、布石を幾つか仕込むだけに留めておいたのだ。
実戦経験済みの暫定Sランク空戦魔導師。
万年人材不足の管理局からして見れば、“なのは”さんは直ぐにでも活躍して欲しい逸材ではあるものの、彼女には組織への愛着心や所属する事への
だから私は焦らず、されど興味と意欲を持てる様に仕掛けて行くことを選んだのだった。もっと大きく飛躍が出来る様に、そして如何なる困難へも立ち向かって行ける様に。――――これは御仕着せの願い。傍迷惑な妄想。そうと知りつつも私は、彼女が成人して道を決めるであろう9年後が楽しみで仕方が無かった。
「嗚呼……。やっぱり、娘も欲しかったわね~……」
そんな戯言が、ぽつりと零れた。
~~
Side:なのは
宿題を終わらせた後は、夕食を食べながら家族と話をして。御風呂を済ませた後は、“すずか”ちゃんやアリサちゃんと電話で少々やり取りをして……。そうやって一日が終わりを迎え、私は少しだけ安堵していました。ようやく、遠退いていた日常が明日から戻って来るのです。
平和で、穏やかで、温かな時間。
だと言うのに、心がちっとも躍りません。あんなに大切にしていた物なのに、何故なのでしょうか? そして今、私が楽しみにしている事とは…………。
「…………………………お休み、レイジングハート」
[- Good night master. -]
寝て。覚めて。それでもこの気持ちが変わらないのなら、きっと“本物”になるのだろう。何となくそんな気はしますが、昨夜から碌に寝かせていない脳味噌では、これ以上の思考は無理だと放棄する事にしました。
その上、アースラの医療スタッフから処方されていた鎮痛剤が良い感じに効き始め、左手の痛みは消え、副作用である睡眠誘発作用も相俟って、とても抗い難いのでして……―――…―………