魔法少女リリカルなのは√クロスハート   作:アルケテロス

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人物紹介
【八神 はやて】
9歳の少女。約1年前の交通事故で両親を亡くし、自身も事故の後遺症で歩行不可能となった。その為、現在は学校への通学を断念しており、自宅でインターネットを介した通信教育を受けている。遠戚である叔父の支援が有るものの、本人の希望で特に介護サービスを受ける事無く、なるべく自立した生活を送れるように努力していた。



第29話:とある少女と騎士達の一幕

Side:はやて

 

「ほーん……。つまり、この【闇の書】とかゆー魔導書に選ばれた私は、666ページ分の魔力蒐集をしたら正式な主として認められて、その御手伝いを『守護騎士』の皆がしてくれるんやな?」

「はい、我等が主。その通りで御座います」

「ふむふむ…………」

 

 あの未曾有の混乱から場所をリビングに移し、何かと片膝を着いて“騎士の礼”をしたがる彼等を椅子に座らせ、話し込むこと1時間程。そして現在の時刻もまた、午前1時を指そうとしていました。正直、睡魔が忍び寄りつつあるので凄く眠いのですが、話を聞けば聞くほどに重要な情報が出て来るものですから、何処で区切ろうか悩んでしまいます。

 

 

 

 例えば、“666”という数字。

 

 

 

 これは“獣の数字”として有名な3桁の数字で、此方の世界では不吉や邪悪の象徴として様々な媒体で用いられており、元々は聖書由来の数字やけれども、仮令これが偶然の合致だとしても気味が悪く、楽観視をしていては何時か足元を掬われるかもしれません。嗚呼、ちなみに。互いの自己紹介は済ませていて――――

 

 皆を纏める凛々しい女性が、“シグナム”。

 荒んだ目をしている女の子が、“ヴィータ”。

 優しそうなお姉さんが、“シャマル”。

 筋骨隆々としたお兄さん(犬耳&尻尾付き)が、“ザフィーラ”。

 

 ――――この4人が私の配下となる『守護騎士』達で、騎士団としての名は『雲の騎士団(ヴォルケンリッター)』。魔法によって作り出された仮初めの生命体で、主要任務は私の御手伝いをしたり、脅威を排除する事らしいのですが、その脅威とは何ぞやと尋ねてみたところ、“主や我らを脅かし、妨げとなる全てが対象”との事で、ちゃんと手綱を握らななーと思いました。

 

 理由としましては、こういった物言いをする方達は人を殺すのが禁忌では無く、あくまでも手段の1つとして割り切っているのが相場で、それから何だかんだで暴走したり改心して行く様式は、夢小説と揶揄される小説体系においては然程珍しくありません。

 

 とは言え、虚構の知識が現実の参考になるかは正直なところ未知数ですが、頼れるモノは己の知識と叔父様だけで、即応可能なのは前者のみ。だから間違っていたとしても、今暫くは突き進む所存です。

 

「ところでな、シグナム。また幾つか質問したいんやけど、その魔力蒐集とやらには期限とか有るんやろか?」

「私が知る限り、無いと記憶しております」

「じゃあ、まだ私に説明していない機能とか付いていたりせーへん?」

 

 そう問い掛けてみると、「少し長くなりますが……」と前置きをされ、延々と語ってくれました。主を選定する機能、旅をする機能、破損個所を復元する機能、蒐集したデータを再現・改変する機能、貯蓄した魔力を運用する機能、盗難防止に関する機能、等々(エトセトラ)

 

 取り分け興味深かったのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、これは魔力蒐集によって400ページを超えた場合に解除される機能であるらしく、666ページに至らずとも限定的な運用が可能になり、更に全機能を知悉している事から【闇の書】の運用効率が格段に良くなるのだとか。――――要するに、頼もしい仲間を増やせるっちゅー事やね。分かります。

 

 しかし実際のところ、機械の如く【闇の書】の制御下に置かれているであろう彼等から聞きたかったのは、万が一の誤作動や機能不全を起こした際の強制終了やら再起動を可能にする方法だったのですが、面と向かって不躾な質問をする勇気など有るはずも無く、(つい)ぞ語られる事はありませんでした。

 

 

 

 尤も、仮に語っていたとしても私が其れに気付かず、さらっと聞き流している可能性が無きにしも非ずですが。

 

 

 

 その後、取り敢えず寝ようという本能に従って皆に解散令を出し、シグナムとシャマルには両親が使っていた2階の部屋を宛がい、ヴィータは小さいので一先ず私の部屋で同居をさせ、そしてザフィーラには大変申し訳無いのですが、リビングのソファーで一夜を過ごして貰う事になりました。

 

 そうやって、遅蒔きながら眠りに就いた其の日の夜。何とも不思議な夢を見た……ような気がします。銀髪ロングの女性が私の前で片膝を着き、何か大切な事を話していたのですが残念ながら明晰夢の類では無く、何処までも不鮮明かつ朧気で、とても夢らしい夢でした。

 

 それでも悲しみを堪える様な、壊れてしまいそうな表情だけは微かに覚えており、起床後は暫し、アレは何やったのやろかと悩んでいましたが、今日は朝から5人分の食事を作り、服を見繕い、時間になったらリハビリをしに病院へ行ってと予定が目白押しで、ゆっくりしている暇など有りません。

 

「そーいえば、圧倒的に食材不足のよーな…………」

 

 基本的に1人分しか作らないので冷蔵庫の中身は少なく、今朝は食パンを食べる予定だったので炊飯器は空ですし、更に食パンの枚数は残り3枚のみ。結局この日の朝食は、備蓄していた即席麺に乾燥ワカメやら卵を追加した手抜き料理で、何とか其の場を凌ぎました。

 

 昼食の準備は、予定的に無理そうなのでコンビニ飯で済ますとして……。夕食では、ちゃんとした料理を皆に出してあげたいなと思います。

 

 

 

~~

Side:シグナム

 

 今回の旅路は、些か調子が狂ってしまいそうになる。いや……。最早そう思う時点で、私は既に狂っているのだろう。魔法文明の欠片も感じぬ世界に、貧困と戦乱から程遠い生活環境、そして極め付けが純真無垢とすら思える温厚な主。これでは到底、戦働き等は望めそうに無かった。

 

 我等の存在意義は、主が歩み行く王道へと付き従い、その障害を排除する為だけの道具でしかないのに、その“力”を求められずにいるのだ。有り体に言ってしまえば異常事態なのだが、主が“平穏”を求めるのなら、その願いを叶えるのもまた我等の在り方である。

 

 人を殺めず、無闇に原住生物を狩らず、森や町を焼き尽くさず。屍の山と、血の海とは無縁の生活。それはまるで『善良なる人』のようで、酷く滑稽な状況にも思えてしまう。我が身の罪業と宿命を以てして、今更ながら人並みの生活を送れるとは望外の事態でしか無く、本当に望みさえしなかったのだ。

 

 まぁしかし、我等は永遠の旅人であり、現在すらも刹那の一部。これもまた一興として応じるのも、吝かでは無いのかもしれぬな……。

 

「…………あの、我等が主。出来れば其処の、ジーンズなる物を穿いても宜しいでしょうか?」

「どーしたん、シグナム? そのワンピ、肩幅でも合わんかったんかいな?」

 

 ちなみに現在、この世界での活動に相応しい衣服を貸与されているところなのだが、私には何故か可愛らしい衣服ばかりが手渡され、人形の如く着せ替えられていた。実に不思議だ。こういった衣服は、シャマルが着こなしてしまえるのに敢えて試されるとは、如何なる意図が有るのだろうか?

 

「いえ、幅も丈も問題有りません。ただ有事の際には破いてしまうかもしれないので、生地の耐久性が高そうな其方をと考慮しました」

「心配し過ぎやって。それにこれ穿いたら、普通に格好良くなるだけやろ?」

「格好良いかは分かりませんが、いざと言う時には動き易いと思います」

「あんな、シグナム……。古今東西、“ギャップ萌え”は正義なんやで?」

「成程……。御教示、感謝致します」

 

 如何やらこの世界では、意外性を追求する気風があるようだ。――――その後も様々な衣服へと着せ替えられ、最終的に私とシャマルは主の亡き御母堂の衣服を。ヴィータは、主が普段使いしている衣服の一部を貸与され、ザフィーラは体格に合う衣服が皆無だったので、守護獣としての本来の姿である獣形態となる事で解決を図ったものの、今度はそれによって別問題が発生した。

 

 主曰く、大型犬という区分に該当するであろうザフィーラの獣形態は、首輪と手綱と同伴者無しの状態で外を出歩いた場合、野生動物と見做されて治安維持組織へと通報される恐れがあるらしく、そして主の拠点には首輪と手綱の類は無いとの事。

 

 故にそれらを入手するまでの間、ザフィーラには拠点防御を任せ、主が外出する際には残る3人で護衛に当たる事を決めるや否や、早速ではあるがザフィーラを除いた我々と主は、共に拠点を後にしたのであった。

 

……

………

 

 尚、行き先は『海鳴大学病院』という大型医療施設で、今日は其処で再び歩ける様になる為の訓練をするのだと主は出発前から意気込んでいたが、訓練中の様子を見させて頂いた感想としては、その夢が叶うのは当分先の事である様に思えてしまう。

 

 現在の主の身体能力では、両手で手摺りを掴み、その場に数十秒でも立つだけで精一杯なのだ。この調子で回復するとして、まともに歩ける様になるまであと何年掛かるのだろうか? いや、そもそも単独歩行が可能になる日は来るのだろうか……?

 

 

 

 この感情は、「歯痒い」な…………。

 

 

 

 主が“力”を求め、我等を使って頂ければ遠くない内に“真の主”としての覚醒を果たし、飛行魔法や身体強化魔法で如何とでもなる事なのに、自力での解決に囚われているのだから忠言すべきか悩んだものの、仮に断られた場合を憂慮すると、とてもでは無いが容易には言い出せない。

 

 他力を良しとせぬ、生き方。その志は崇高なれど、幼少の(みぎり)からそれを為すのは無謀であり、自ら進んで行うのは蛮勇とも言える。もし、その決意を固めてしまう様な事態になってしまったら……。そんな愚考が纏わり付いて、離れそうになかった。

 

………

……

 

 

 

~~

Side:ザフィーラ

 

「――――以上が、該当する記憶だ」

「ふむ……。事の仔細は理解した」

 

 あれから約3時間。現在、我を除く騎士達と主の一同は予定を済ませ、昼食の為に拠点への帰還を果たしていたが何処か雰囲気が重く、理由を確かめずにはいられなかった。その為、主とヴィータが話している合間にシャマルやシグナムから記憶情報を提供して貰い、時系列毎に再構成を行っていたのが先程の事となる。

 

「ザフィーラ。御前から見て、我等が主は如何映る?」

「努力家。そして気負っている様にも見えるが……、何かは分からぬ」

「そうか……。私も同様の意見だ」

 

 そして、これ以上の言葉は無用だと判断したのか、話が途切れてしまった。我は元より、シグナムもまた饒舌とは程遠い武骨者で、同じ内容の会話が続くこと自体が稀である。然れど、話題を切り替えやすいという点では有り難く、此度もまた質問がてら話を替えていった。

 

「ところで、シグナム。シャマルの記憶に()れば、明日にでも全員で出掛ける予定を主殿が立てている様だが、拠点警護の方は如何するつもりだ?」

「シャマルの陣で対応する。余程の事が無い限りは、それで大丈夫な筈だ」

 

 成程。拠点に魔法陣を敷いて陣地化するのであれば、確かに無人であっても問題は無いが……。1つだけ、懸念が残る。

 

「しかし、魔法を使えば管理局が気付くのではないか?」

 

 数代前の主に仕えていた頃から、幾度もの戦戈(せんか)を交えて来た敵対組織『時空管理局』。それは、主と我等の王道を阻む障害の1つであり、彼等は代を経るに連れてより強大さを増し、今や我等の戦力を凌駕し得る“力”を持っていた。

 

 故に我等は、此方の戦力が整うまでは弱者の策を採らざるを得ず、魔法の痕跡を辿られぬ様に隠蔽もしくは偽装を施し、様々な次元世界へと散らばっては魔力蒐集を行う等、何時しか騎士らしからぬ行動が当たり前となってしまったが、これは決して堪え難い事では無い。

 

 主の喪失、または【闇の書】の破壊という最悪の事態を防げるのであれば、我等は如何なる手段も(いと)わぬ覚悟をしている。だからこそ、危険を冒そうとするシグナムの案には懸念を抱くも、それについてはシャマルが補足してくれた。

 

「ええ、なので隠密性を優先した最低限の陣地化となりますが、防犯目的なら十分な性能となる事は保障します」

「了解した。それならば、憂い無く護衛に努めよう」

 

 ちなみに記憶を共有した御蔭で、我が獣形態で出掛ける際に必要となる首輪と手綱の入手時期は、『夕食の調達がてら購入する』という予定を知った為、最早尋ねたい事は何も無く、またしても三者の間には沈黙が訪れようとしていた。しかしそれは、主からの問い掛けにより状況は打開へと至る。

 

「あんなー、ザフィーラ。これから色々と買い出しに行くんやけど、何か食べたい物とか有ったりせーへん?」

「我は……いや、私はこの世界の食べ物には疎く、強いて挙げるならば肉料理となります」

 

 今までの経験上、そのオーダーで不味い物が出た例は極少数なので恐らく大丈夫だとは思うが、はてさて……。

 

「それやったら夕食で、牛肉のソテーと温野菜の付け合わせ、豚汁、唐揚げ辺りを出して無難に様子見やろーか……? ハンバーグという選択肢も捨て難いんやけど、食感で賛否が別れると聞いた事も有るよーな、無いよーな……。取り敢えず、今回は見送りやね…………」

 

 如何やら、主の中では献立がお決まりになった様だ。一体、どんな食べ物を出して頂けるのかは想像が付かないものの、少しばかり楽しみであった。

 

 

 


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