魔法少女リリカルなのは√クロスハート   作:アルケテロス

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人物紹介
【高町 なのは】:ver.1.31
ツインテールが無くなって約二ヶ月。左手の包帯は既に解かれているものの、傷痕は尚痛々しい。更に、元から積極的では無かった他者との交友関係が完全に途絶えており、アリサや“すずか”を除く同級生からは空気の様な扱いをされているが、本人は全く意に介していない。最近、気掛かりな事が増えてしまった。




第31話:独りぼっちの牙城なの

Side:なのは

 

「それじゃ、行って来まーす」

「おー、気ぃ付けてな~」

「行ってらっしゃい、“なのは”ちゃん」

 

 週末。空は生憎(あいにく)の曇り空で、小雨がぽつぽつと降っていましたが予定に変わりは無く、今日からアリサちゃんの家で一泊二日の御泊りです。お母さんは何時ものように仕事で居らず、お兄ちゃんとお姉ちゃんは離れ家の道場で切り合っている頃でしょうから、リビングに居たレンちゃんと晶ちゃんにのみ声を掛けて出発します。

 

 嗚呼ちなみに、月曜日の午前零時に感じた不審な魔力波について、この5日間で調べられるだけ調べ尽くしてみましたが残念ながら空振りとなってしまいました。恐らく、あの日に感じた物は勘違いで、きっと寝惚けていたのでしょう。(ある)いは、自身で貯蓄している余剰魔力が何らかの要因で乱れ、それを誤認した可能性が有るのかもしれません。

 

 故に私は、余剰魔力の有効的な無駄使いとバス代の節約を兼ねた転移魔法により、アリサちゃんの家へと向かう事にしました。

 

 周囲を確認してから結界を敷き、ルーンライターに記録されている転移魔法を複写展開しつつ座標設定と魔力充填を行い、そして最後にコマンドトリガーとして「転移」と呟けば、それから先は為されるが儘です。粒子変換後に転移先で再構成か、若しくは座標置換か。その辺の仕様はよく分かりませんが、魔法の利便性がよく分かる魔法だと思います。

 

 さて……。そうこう考えている内に転移が完了したので、容姿の乱れと荷物の無事を確かめつつ、周辺に誰も居ない事を把握した後に結界を解き、事前に調べた経路を思い浮かべつつ道を歩くこと約3分。(ようや)く、アリサちゃん家の正門前に到着です。

 

 ええ、はい。実のところ、転移魔法で直行した方が早いという事は分かっています。

 

 しかしながら、アリサちゃんの家は“すずか”ちゃんの家にも劣らぬ豪邸でして、当然の如く防犯カメラが四方八方に備わっており、結界から出る瞬間を録画されない様にする為には、人気の無い場所へと転移して其処から歩くのが無難だと考えた結果、この様な方法になりました。少しだけ遠回りですが、結果としてはバスを利用するよりも1時間程の時短にはなっていますし、些末事に気を遣るのは野暮という物でしょう。

 

 それよりも、これから先はアリサちゃんと他愛の無い話をして笑ったり、一緒にゲームをして遊んだり、一時的とはいえ寝食を共にするのです。きっと楽しい筈だ。それだけの筈だ。他の感情が介在する余地なんて、これっぽっちも無い筈だ。

 

 

 

 この時の私は、そんな期待を無邪気にしていたのでした。

 

 

 

~~

Side:アリサ

 

 “なのは”と“すずか”は、私の大切な親友である。現在は、そう断言する事が出来る間柄ではあるものの最初はぎこちなかったし、むしろ不仲になる可能性の方が高かった。

 

 アレは、そう……。私が小学1年生になり、段々と慣れてきた頃の出来事だ。朝食の際に、パパから「実は、アリサと同じ学年に月村家のお子さんが居ると小耳に挟んでね。これも何かの縁だし、挨拶くらいはしておきなさい」と勧められた私は登校するや否や、まず下調べから始めた。

 

 不慣れな新入生が迷わぬ様に、各教室の出入口に掲示されている座席表から“つきむら すずか”の名前を探し当て、更に同姓が居ない事を確認しつつクラスと席の位置を記憶する。その後は、授業を受けながら挨拶の内容や仕方を熟慮し、実際の行動に移したのは昼休みになってからであった。

 

 今にして思えば、その合間で冷静になるべきだったのだろう。

 

 パパが言わんとしていた事は、「顔見知りくらいには為っておきなさい」という程度の意味合いだった筈なのに、何故か私はそれを深読みして「見極めて来なさい」と解釈し、行動へと移していたのだから、当然の如く歪みが生じた。

 

 私は“アリサ・バニングス”で、相手は“月村すずか”。どちらの両親も、其の姓を冠した大企業の重役を務めており、活躍している分野が多少なりとも被っていた事から、私は“すずか”に【商売敵の娘】というレッテルを張り、向こうの子がどんな人物なのか? 格下に見られたりはしないか? 私の敵に成り得るか? そんな事ばかりを思い描いては期待していたからこそ、裏切られた時の失望感は凄まじかった。

 

 ()(てい)に言ってしまうと、かつての“すずか”は人見知りが激しく、今よりも遥かに臆病な性格だった事もあり、私の堂々とした……いや、もしかしたら威圧的とも思える挨拶に戸惑ったのか、小さな声で何事かを言った後に目を逸らし、やがて顔すらも俯かせてしまったのだ。

 

 人と話す時は、目を見て話す。

 

 それが礼儀であると教えられていた私にとって、目を逸らすような行為は大変理解し難く、初めの内は失礼だと指摘して遺憾の意を示すも、“すずか”は委縮するばかり。それに痺れを切らした私は、こうすれば嫌でも視線は上がる筈だと彼女が身に着けていた白いヘアバンドを奪い取る暴挙へ出てしまい、その後はもう散々だった。

 

 たまたま“すずか”と同じクラスで、騒動の仲裁をすべく声を掛けて来た“なのは”の行為に対して私は苛立ち、衝動的に平手打ちを浴びせてしまったのだが、御返しとばかりに此方の頬へ裏拳を叩き込まれ、視界が暗転。気絶から目を覚ました時には、保健室のベッドに寝かされていた。

 

………

……

 

 こうして、私達は最悪な出会い方をしたけれども、互いの非を認めて謝罪を交わし、気拙さも有って距離を置こうとする私を“なのは”が引き留め、“すずか”との仲立ちをしてくれたからこそ今の関係へと繋がっているのだ。

 

 其の恩を思えば、対戦中の格闘ゲームで完膚無きまでフルボッコにされた程度で、そう易々とキレる訳には…………。いや、やっぱりキレよう。幾ら何でも、コマンド入力とタイミングが難しい特殊カウンターからの壁嵌め+打ち上げ空中コンボ+超必殺技=推定15割のオーバーキルとか、そんな酷なことは無いでしょうに。

 

「ああ、もうっ! 少しくらい手加減しなさいよねっ!?」

「えー……。最初から初心者狩りした人が、それを言っちゃうの?」

「そりゃ、惨敗したら言いたくもなるわよ。全く、何でこんなに強いのかしら……」

 

 2週間前に発売されたばかりのゲームで、私は予約購入してから合計8時間程プレイしていたのに対し、“なのは”は今日が初プレイ。しかも、まだ30分程しか遊んでいないのにこの上達っぷりなのだから、ちょっとぐらい愚痴を零すのは許して欲しい。まぁ元々、反射神経や動体視力が重要なシューティングゲームや格闘ゲームが得意な事は知ってたし、やがて私が負け始める事も少なからず予期していた。

 

 ただ、これ程までボロ負けするとは想定外の事態で、このまま続けても一方的に狩られるだけだと察した私は対戦モードを中断し、“なのは”にストーリーモードを最高難易度でプレイさせ、それを私が観賞するというストレスフリーな遊びへ切り替えてみたところ、“なのは”は危な気無く最終ステージまで到達したばかりか、初見である筈のボスを相手に三本先取で三連勝し、見事エンドロールを迎えてしまった。

 

 (けしか)けた私ですら、最高難易度でのプレイは途中で投げ出した程の苦行だったのに、まさか一発でクリアするとは……。

 

 ともあれ、これ程の差が有ると勝負にすら成らないので、今後は協力プレイが出来るゲームや運要素の強いパーティーゲームを取り揃えようと決意しつつ、ふと気になって時計を確認すると、何時の間にか8時を過ぎていた。つまり、私の勘違いでなければ現在は夜の8時過ぎで、そろそろ御風呂に入ったり寝る準備をする時間帯だ。

 

 しかし正直、物足りなさを感じてしまう。

 

 もっと色々やりたかったのに、梅雨時の晴れ間なんて滅多に訪れる筈も無く、結局ゲーム三昧の一日となってしまった。他にやった事と言えば、室内飼いをしている家の犬達を“なのは”と共にモフったり、昼食や夕食を一緒にしたぐらいで、未だに元気が有り余っている。

 

 まぁ、これはこれで楽しかったし、私の我情で“なのは”を振り回すのも気が引ける。だから、今回は此処までにすべきだ。そう判断を下して、されど名残惜しく。やはりと思い、考え直す。そもそも今回の御泊り会で“なのは”だけを招待した事には、私的な意図が絡んでいた。

 

 

 

 “すずか”への意趣返し。大雑把に纏めると其の一言に尽きる。

 

 

 

 今まで私達は、機会や都合や遠慮などの要素によって、私や“すずか”の家に集まりこそすれ宿泊すること無く過ごして来たものの、ざっと二ヶ月程前――――“すずか”の家に“なのは”が泊まった日の翌日。やけに上機嫌な“すずか”から、お互いの時間を共有し合い、一緒に過ごす充実感や喜びを延々と学校で聞かされ、そんなに良いモノなんだと羨ましく思う反面、僅かな妬みを抱いてしまった事が起因になっており、それらが私を現状へと至らせたのである。

 

 さて、そんな内情と幼稚さを秘めつつ“なのは”を招いた時点で、これ以上を躊躇(ためら)うべきだろうか……? それこそ、今更な話でしょうに。(さい)は投げられた。ならば、些事も投げ捨てて楽しまなくては、この鬱屈した思いは晴れそうになかった。

 

「ねぇ、“なのは”。折角だし、一緒に御風呂へ入らない?」

 

 

 

~~

Side:なのは

 

 御風呂に入ってサッパリ気分になったところで、粛々と寝支度に取り掛かります。歯を磨いたり、御手洗いに行ったり、その他にも細々と。

 

 ちなみに、“すずか”ちゃんと同様にアリサちゃんもダブルサイズと思われる大きなベッドを普段使いしているらしく、子供二人で寝ても十分な広さが有るため、私は此方でも一緒に寝る事になりました。……や、否やは有りませんが、少しばかり寝相が気になってしまうのです。仮令(たとえ)、“すずか”ちゃんから「大丈夫だったよ」と太鼓判を押されていても尚。

 

 まぁ、寝相が原因で何方(どちら)かがベッドから落ちたとしても、それはそれで笑い話になりますし、あまり気にしない様にすべきなのでしょう。

 

 

 

 それにしても、今日は楽しい一日でした。

 

 

 

 古今東西のアナログゲームのみならず、初めてのデジタルゲームも幾つかやらせて貰えましたし、並列思考によるフレーム単位の動作解析やら、アリサちゃんが操作するキャラの行動予測をしたり等、色々と遊ぶことが出来ました。勿論、最近有った面白い話や、噂話といった取り留めの無い会話や情報交換も楽しかったのですが、それは平日の学校でも沢山やれるので、あくまでも二の次です。

 

 主目的は、一緒に遊ぶ事。――――そんな風に限られた休日を満喫し、適度に遊び疲れ、心身共に充実したならば、「また学校でね」なんて言って別れるのが今まで通りでした。しかし今回は御泊りで、しかも“すずか”ちゃんと同様にアリサちゃんも夜更かしは得意な方という事もあり、ベッドインしたまま夜会話をする事になりました。

 

 そもそも最初から、そのつもりだったのだと思います。人や犬とのコミュニケーションを生き甲斐としている節さえ有るアリサちゃんが、御風呂から上がった辺りから極端に口数を減らし、就寝する直前なのに神妙な面持ちをしていたのですから、察せない訳がありません。

 

「あのさ、変な御願いをするんだけど……」

「うん。改まって如何したの……?」

 

 おっと、いきなり深刻そうです。

 

「三週間くらい、家でホームステイしない?」

「…………それって、寂しいから?」

 

 こくり。と無言で頷かれ、少しばかり育児怠慢(ネグレクト)の気配が漂うバニングス家の家庭環境に同情しつつも、羨ましいなと思いました。今日聞いた愚痴の中では確か、アリサちゃんの両親はアメリカにある『バニングス建設』の本社の方へ出張中らしく、仕事の関係で帰って来るのは一ヶ月くらい先だとか。

 

 実際にそうだとしても、大凡(おおよそ)の居場所が分かっているなら十分な気もしますし、隣部屋にはアリサちゃんの身辺警護や執事を長年務めている鮫島さんという方が寝泊りしているので、決して放置されている訳でも無いのです。しかし、私がアリサちゃんではない様にアリサちゃんも私ではない為、寂しいと思うのならきっとそうなのでしょう。

 

「でも、週一で御泊りするならともかく、三週間はちょっとね……」

 

 流石に、食事やら個室を三週間も提供し続けて貰うのはアリサちゃんの御両親に悪いですし、それに今度は私のお母さんが寂しがると思うので、長期間の同居生活となれば少しばかり気が引けてしまいます。

 

「ところで、“すずか”ちゃんは呼ばないの?」

「“すずか”は、その……。何時もは頼られる方だし、頼るのは何て言うか……」

「じゃあ、映画観賞会や読書会を主催して、それに招くっていうのは如何かな?」

「ふむ…………。前向きに考えとく」

 

 その後も30分程、途切れ途切れに相談やら愚痴が続いたものの、やはり私の方が睡魔に耐え切れず意識が遠退いて行きました。

 

 一応、やろうと思えば身体操作魔法の応用で意識を覚醒させる事も可能でしたが、無理をする為の魔法は使わないに越した事はありません。それは何故かと考えますと、無理をするのにも限界が有るのです。私はそれを経験し、理解しました。であるからして、本当に無理をしたい時に無理が出来るように、大切に取って置きの――――眠りましょう。寝ます。

 

………

……

 

 そして翌朝。特に何事も無く起床して、身支度を済ませ、鮫島さんが用意してくれた朝食を食べ、忘れ物が無いかを確認し、いざ帰宅しようと気持ちを切り替えた所でアリサちゃんに足止めされるという出来事(イベント)が有りましたが、やんわりと説き伏せてバニングス邸を後にしました。

 

 本音としては、とても嬉しかったです。何故なら魔法少女ではなく、アリサちゃんが知る平凡な少女である“高町なのは”を頼ってくれたのですから、一緒に遊んで、寝食を共にしたぐらいですけど、こんな私でも役に立てたようで何よりだと感じています。しかし変わらずに、遅々として成長せずに留まっていたら、何時かは手を引っ張られることも無く置いて行かれるのでしょう。

 

「それは嫌だなぁ……」

 

 善き親友としての大成を。その為には、もっともっと精進しなくては……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだよね、■■■■?

 

 

 


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