【月村 すずか】:ver.1.32
アリサと同様に、裕福な家庭で産まれ育った少女。月村忍という10歳も年上な姉の影響や、読書家なのも有って同年代よりも大人びた感性を持つが、内向的な性格が災いして目立つ事を極端に避けていた。しかしある日、革新に足る情動に駆られてからは自発的な行動を心掛け、徐々に変容しようと努力している。
Side:ヴィータ
この日本という国の夏は、暑くて湿気もジメジメしていて、人に成り済ます為の疑似生体機能を起動した場合は熱気が肌に纏わり付き、エアコンやら扇風機という機械が無いと汗が止まらない事を理解した。そして、そんな時に食べる冷たいアイスクリームは格別に美味いという事も知ってしまい、先々週辺りから3日に1つくらいは食べる様になってしまった。
他の将達からは呆れた目で見られているものの、シグナムだって煎餅なら即行で一袋空にするし、シャマルは私よりも頻度は少ないけどケーキ等を食べる時は終始笑顔で、ザフィーラも
そんでもって、私達の主――“はやて”の手料理は既製品以上にギガ美味い。
これは皆、同意見である。尤も、私達の感情や五感なんてモノは人らしく設定されているだけで、それが本当に本物の感じ方なのかは分かんねーけど、私達の反応を見て“はやて”が喜んでくれるのなら、
故に、私達の『家族ごっこ』は一月以上も続いていた。
別に否やは無いし、両親を亡くした幼い主の願いを無下にする程、私達は戦闘狂ではない。そもそも、戦闘なんて歴代の主へ仕えていた際に幾度と無くやったし、この生活が数ヶ月や数年続いた所で戦闘技術は錆びずに維持される為、気晴らしで模擬戦さえ出来ればそれで十分だ。ただ、まぁ……。初めての平穏らしい平穏を前にして、さて如何したものかと悩みつつはあった。
………
……
…
そんな風に考え始めた7月下旬のある日、“はやて”が珍しい提案をしてきた。これまでは、病院や商店街や市立図書館といった生活や趣味に関する場所だけを訪れていたのに、唐突に「なぁ、皆。今度の日曜、公園に行かへん?」と切り出されたら、賛同するよりも先に疑問が浮かんでしまうのは仕方の無い事だと言えるだろう。
「うん? もしかして、ピクニックでもすんのか?」
足が悪くても公園に行くのは自由だし、そう願うのなら可能な範囲で叶えたいとは思う。だが、近隣でなかったりバス停等から遠いと移動が大変なので、ある程度の下調べや計画は必要になってくるため当て推量で訊ねてみたところ、あっさりと否定されてしまった。
「ちゃうちゃう。正確には、臨海公園でやっとる大会が目当てなんよ。ほな、これ」
そう言って渡されたチラシを見ると、海鳴臨海公園という場所で昼頃から祭りがあるらしく、その一環として『スポーツチャンバラ』なる競技の大会も開かれるとの事。飛び入り参加が可能で、非殺傷性の柔らかい剣を用いて戦い、3位以内に入れば豪華賞品が貰える等と色々書かれており……。嗚呼、なるほど。
「で、どれが欲しいんだよ?」
「んー……。2位のブランド米も欲しいんやけど、やっぱり1位の商品券やね!」
「けどこれって、15歳以上が対象なんだろ? なら……」
「ふむ、私の役目だな」
任せろ。とでも言いたげにシグナムは微笑むが、あれは恐らく苦笑も混じってるな……。容姿の問題で、私が女児の様にしか見えない事についてはもう諦めている。
しかし、この小柄な体型が有ってこそ愛機の【グラーフアイゼン】を最大限に活かせるし、今回の旅路に限っては外見年齢が近い“はやて”とは親しくさせて貰っているのだから悪い事ばかりではない。とはいえ、それは多分ほぼ確実に1つ下くらいの妹に対するような感情だとは思うけれども、
だからこそ、“はやて”から目を掛けられる事が少ないシグナムに機会を譲りたくもあったし、そもそも私の得物は剣ではなく金槌の為、やはり万全を期すならシグナムの方が適していると考えていた折に、自ら申し出てくれたのは非常に有り難かった。
「そや。折角やし、勝負服ならぬ勝負浴衣を買いに行こか」
「分かりました。出掛ける準備を致します」
それにしても、スポーツチャンバラね……。危険性を徹底的に排除して切り結ぶとか、児戯以下だろうに。魔法文明が無く、飛び道具の発達によって廃れた近接武器の末路なぞ大体こんなものかもしれねーが、少しだけ憐憫の情を抱いてしまう。ついでに、シグナムの対戦相手にもな。
剣聖と名高い原型から受け継いだ剛剣の術理に、これまでの旅路で得た幾千もの戦闘経験。――――それらの集大成が、今のシグナムを形作っているのだ。魔法を秘匿し、着慣れぬ浴衣姿で、木剣ですらない武器を使おうとも、平和呆けした連中からして見れば正に悪魔のような強さだろう。然れど、シグナムだって“はやて”にドン引きされない程度には手を抜くはずなので、其処は安心して犠牲になって欲しい。
但し、火が着いた場合は知らねーけどな…………。
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Side:恭也
7月下旬。例年通りなら、24時間鍛錬尽くしの山籠もりやら、各地にある武術館や道場巡り等の準備に取り掛かっているところだが、今年に限っては叔母である
だからこそ、なのか。普段は興味の欠片も無い地域の祭りを見物がてら、“なのは”辺りが食べそうな色付き綿飴でも買おうと思い立ち、家を後にする。
会場となっている臨海公園は家からも近く、10分と掛からずに着いてしまうものの敷地が横長で、其処に立ち並ぶ出店から至高の綿飴を見つけ出すには更に20分程掛かりそうな混み具合だったが、通勤ラッシュ時の海鳴駅を思えば苦では無い。そう思いつつ人波に紛れて歩いていると、何故だか違和感を覚えた。祭りの陽気に、剣吞な空気が交ざっているのだ。こうも際立っていると、その発生源が気になってしまう。
嗚呼もしや、あの女性か……? 不躾にならない程度に観察をしてみると、自然体で在りながら何処から切り込んでも切り返してくれそうな武威を
だが、これ以上関わるつもりは無かった。悪意を秘めている様には感じないし、仮に何かしらの任務を遂行しているのなら、
(仮に“誘い”であれ、元から参加する予定であれ、これは好機かもしれんな……)
妹の美由希を鍛え上げ、自らも完成された
詰まるところ、此処最近の自分は他の好敵手を欲しており、更なる成長と進化を求めているのだった。そういう意味では、“なのは”を通じて魔法という未知に出会えたのは良い経験となったものの、やはり剣と剣を交えたい気持ちに揺るぎは無い。
果たして、鬼が出るか蛇が出るか……。実に楽しみだ。
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Side:シャマル
初めの内は、激化していく戦闘に“はやて”ちゃんが怖がるのではと懸念したけれども、ろ興味深そうに見守っているのを見て、直ぐに杞憂であったと安堵しました。
こんな平和な国の生活圏付近に、あの様な下手人とも成り得る手練れが居たとは意外ではあるものの、根は善人寄りなのでしょう。楽しそうに剣を交わし、周囲に仲間らしき人物が存在しない事から察するに、この邂逅と切り合いは偶然の産物――――だとしたら、今回の旅路は少しばかり末恐ろしいですね……。
仮に、もし次が有るならば、其れは最悪で想定外の“何か”かもしれないと考え出したらキリが無いとは分かっていても、こういった巡り合わせを軽視すれば何事かの前兆さえも見落とすに違いない。そんな漠然とした不安が、如何しても拭えません。
「はぇ~……。あれも青春やね、シャマル」
しかし、予期せぬ事を予測するなんて事は
………
……
…
「青春なのかは分かりかねますが、遊んでいるのは確かかと」
「うん? かなり激しく打ち合っとるのに、まだ全力やないの?」
「はい。本気のシグナムなら、既に切り捨てていますよ」
デバイスや魔法が有りで、徒手格闘も交えるのなら、シグナムが圧倒的に勝つのは疑うまでもない確定事項である。されどルールを順守し、魔法生命体としての性能のみで挑む場合、よく鍛えられた成人女性程度の筋力しかないシグナムでは、凄腕の男性剣士が相手だと如何しても手古摺ってしまいます。
只それ以前に、昨今では中距離主体のミッドチルダ式魔法が主流となり、近距離主体のベルカ式が衰退している
まぁ、要するに黙認です。
因みにヴィータちゃんとザフィーラは、試合が長引くのを感じ取ったのか興味が失せたらしく、今は“はやて”ちゃんの身辺警護を全うすべく周囲を警戒しています。
それ故に、本物の家族らしく無いんでしょうけれど……。こればかりは私達の人間らしさを追求せねば改善しないので、そこは気長に学習と調整をして行けばそれっぽくなるとは思います。
「ええなー。うちも足が良うなったら、あんな風に動けるんやろか?」
「きっと叶いますよ。“はやて”ちゃんが望むなら、遠からず叶えてみせます」
「…………いや、それって【闇の書】が完成せなやれへん裏技の事やろーけど、他人様に迷惑なんて掛けとう無いんよ。そもそも、そーゆーのは自力でやってこそだとシャマルは思わへんの?」
「結果が同じであれば、過程は短い方が宜しいのでは?」
「ほーん……。だからシャマルの調理スキルは、あーなんやね……」
何かを悟った様子で言い淀み、再び観戦へと集中する“はやて”ちゃんでしたが、あまりこの話を続けたくないのか少し不満顔なので、今回は此処までにしておきます。けれども私達が得意とするのは魔法で、難題を手っ取り早く解決させるのも魔法が一番の近道である事は、どうか心に留め置いて下さいね?
私達は文字通り、正しく『人で無し』です。
主の為であるならば、最悪を回避する為であるならば、あらゆる最善を尽くしてみせましょう。
…………………………最後?