【高町 桃子】
“なのは”の母。高町家の大黒柱で、喫茶『翠屋』の店長。一家を支える為に日々忙しく働いている。明るく、楽しい事が好きで、旅行などの提案は大体この人の発言から始まる。
【フィアッセ・クリステラ】
実質、高町家の一員であり、自他共に認める長女的ポジションのお姉さん。かつて『翠屋』のチーフウェイトレスだったが、現在はイギリスで『クリステラ・ソング・スクール(CSS)』の学園長として経営する傍ら、歌手としても活動している。
Side:なのは
あの惨劇を経て再帰宅後、お兄ちゃんとお姉ちゃんは興奮冷めやらぬのか山へ模擬戦しに向かい、スクライアさんは悪夢にうなされていたので、お兄ちゃんの部屋へと放置。そして私は、シャワーで軽く汗を流してからキッチンでホットミルクを作り、2階の自室へと戻りました。ええ、はい。そうなのです。これは寝る為の準備ではなく戦う為の準備であり、私はこれから学生の宿敵たる宿題と戦わなくてはなりません。
今まで帰宅部だった事もあり、あまり苦には感じませんでしたが、ジュエルシードを集める傍らでやろうと思うと、これが結構煩わしいのです。
ただでさえゆっくり出来ないのに、アリサちゃんや“すずか”ちゃんとメールで遣り取りする時間、家族や晶ちゃんやレンちゃんと話す時間、テレビを見る時間、本を読む時間。そういった贅沢な時間の使い方が出来なくなってしまい、私は平日を学業と塾と習い事で予定を埋めているアリサちゃんと“すずか”ちゃんに、尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。
そんなこんなで宿題終了。ホットなミルクが常温になるまでには終われたのですが、時刻は夜の9時42分。何かをして寝るには時間が足りず、何もしないのでは勿体無いように思える時間です。取り敢えずコップを洗うべくキッチンへと向かうと、そこにはお母さんの姿がありました。どうやら、食卓で帳簿と睨めっこしているようです。
「お帰りなさい、お母さん」
「ただいま、なのは。恭也と美由希は何時も通り?」
声をかけると、お母さんは思案中であった筈なのにも
「うん。もう40分くらい前には出て行ったよ」
「そう。ところで今日、“なのは”は何をしていたのかしら?」
「えっとね、今日は――――」
学校での事、そしてジュエルシード回収での事。それらの事を掻い摘んで話すと、お母さんは私の寝不足を心配したり、お兄ちゃんとお姉ちゃんの行動に呆れたりして、そして最後に「頑張ったのね。あまり無理をし過ぎちゃ駄目よ?」と締めくくって、私の頭を撫でてくれました。
これだけ、なのです。
家族旅行をする場合でもない限り、年中無休で喫茶『翠屋』を経営するお母さんとの会話は、朝食時や夜のこの時間帯でもない限り滅多にありません。休日だと昼食時に戻って来る時に会えますが、その短い時間で家事をこなしたり家計簿を見直したりするのであまり話せる事は無く、此処最近は私がジュエルシード回収で忙しい事もあり、話せる時間は益々減っています。
勿論、分かってはいるのです。店を建てた時の借金、商店街の表通りという一等地の借地料、あとは調理機材やら各種設備の維持管理費、食材等の調達費、共に働くスタッフ達の給料となる人件費など本当に色々とお金が掛かる訳で、それをお母さんとお兄ちゃんが支え、今の暮らしが守られているという事も。
なので、お母さんが私の話を聞くことぐらいしか出来ずとも、それだけで有り難いと思っていますし、私も同年代の子達のような親と過ごす休日という物を諦め、こうした僅かな一時を大事にしています。
「イエス」
「ふふっ……。“なのは”ったら、フィアッセみたいね」
それから歯を磨いて、ベッドにダイブし、そして翌朝。昨日よりはマシな気だるさと共に起床し、晶ちゃんとレンちゃんが共闘して作った朝食(息が合っても仲は悪いので、喧嘩しながら作るのです)を食べ、何時ものように登校。すると何故か、校門に警察車両が止まっていました。
嫌な予感がして、アリサちゃんと“すずか”ちゃんと共に人が集まっている方へ行ってみると、案の定と言うべきでしょうか。穴だらけとなったグラウンドで、警察の人達が現場検証をしていました。そうです。昨日の惨劇の舞台となったグラウンドの戦闘痕が、どうやら悪質な悪戯として通報されてしまった様なのです。
お兄ちゃん曰く、「御神の剣士の踏み込みは、地を
そんな訳で午前中は憂鬱な気分で過ごし、午後は社会見学の一環で町へと繰り出しつつ探索魔法でジュエルシードを探したりしましたが特に反応は無く、そして放課後。
「で、今日の悩み事は何かしら?」
唐突に、アリサ尋問官からの鋭い追究が始まりました。勿論、“すずか”書記官も一緒です。
「最近、変な事件が多くて怖いなーっていう悩み事を少々」
「ダウト。声に感情が篭もってないわよ?」
如何やら、今日のアリサちゃんは一段と手強いようです。とはいえ、正直に伝えても心配させてしまうだけですし、アリサちゃんと“すずか”ちゃんには、何も知らず日常側を満喫して欲しいという勝手な願望もあって、あまり話したくはなかったりします。
そも、魔法とは私の日常に入って来た異物である事には変わりなく、使っていて楽しいとは思いますが、例外的にジュエルシードのような危険な物もあり、知らずに済むのならそれはそれで良いと思うのです。知ってしまえば、きっと関わらずにはいられませんから。
「うーんとね……。特に家庭問題とか、私の反抗期や倦怠期とか、実は色恋沙汰とか、学校の成績とか、将来の悩みとか、周囲への不満とか、そういったアリサちゃんや“すずか”ちゃんが想像するような事は、何にも無いよ」
「じゃあ、それ以外で何を困っているのよ?」
「危険物探し」
「そう、それは大変ね。……って、納得するとでも?」
「かなり要約して端折っているけれど、残念ながら曲げようがない事実なのです」
「ふーん……。ところで“なのは”、今度の日曜日なんだけど――――」
納得したのか諦めたのか、アリサちゃんの追究はそれで終わり、話題は御茶会へのお誘いへとシフトしました。ちなみに、アリサちゃんも“すずか”ちゃんも社長令嬢で、私と同じように読書やゲーム等もするのですが、趣味の1つに御茶会というものがあり、基本的にアリサちゃんの家(大豪邸)・“すずか”ちゃんの家(大豪邸)・喫茶『翠屋』(比較対象外)の三箇所で行われていて、今回は“すずか”ちゃんの家で開かれるようです。
「あのね、“なのは”ちゃん。今回も、ちょっと遅くなるかもだから……」
「うん。またお兄ちゃんに頼んでみるね」
「あ、ありがとう…」
そして何時ものように遣り取りをし、お互いに薄く笑みを交わし合いました。尚、真相を知っているアリサちゃんからの冷ややかな視線が少し痛かったですが、同志“すずか”との親交を深めたところで本日は解散となりました。私は家へ。アリサちゃんと“すずか”ちゃんはバイオリンの御稽古へ。という訳で、送迎車に乗った二人を見送り、見えなくなるまで待ったところで、私は寄り道がてら危険物探しへと向かうのでした。
どうせなら、危険物よりも硬貨を見つけたいところなのですが、はてさて……。
~~
Side:アリサ
「ねぇ、アリサちゃん。本当にあれで良かったの?」
車が走り出してから数分後。平生よりも口数が少ない私に気を利かせたのか、“すずか”が話を振ってくれたのを受け、先程の会話を思い出しつつ言葉にしてみる。
「“なのは”が変に強情なのは――――って言うと、まるで駄洒落ね……。こら、そこ笑わないの。とにかく、まともに相談してくれないのは何時もの事だし、何より困っている理由で『危険物探し』って答えが返ってくるなんて、完っ全に予想外よ。あの場は、戦略的に退かざるを得なかったわ」
と言うか、危険物探しで困っている親友にノータイムで的確な助言が出来る人など、この世に存在するのだろうか? 等と言うツマラナイ思考は除外して、更に思考を巡らせていく。
“なのは”が嘘や冗談を好むような性格ではない事ぐらいは知っているので、「危険物とは何かの暗喩であり、理由があってそれを探しているのかもしれない」とまでは想像出来ても、その深刻さまでは推し測れないし、何よりあの説明の仕方では「心配させたくはないけど、関わらないで欲しい」という迂遠な拒絶のようにも思えて、如何しても二の足を踏んでしまう。
「多分、核心へ踏み込もうが待っていようが、“なのは”なら教えてはくれるだろうけど、そうじゃないのよ。変な言い方だけど、『危険物探しに付き合って』なんて言ってくれるような、そういう気が置けない仲でありたい。……なーんて思っているんだけど、“すずか”はどう思っているの?」
「私も概ね同意なんだけど、“なのは”ちゃんとは出会ってまだ二年くらいだし、そう焦ることも無いんじゃないかな?」
「そんなものかしら……?」
“すずか”の言う通り、ワインのように歳月と共に深みを増していく付き合い方も有りなのだろう。実際、私の両親がそんな感じで、あんな関係を築ける間柄は羨ましいとも思ってしまう。しかし私は子供で、だからこそ甘いジュースが欲しいのだ。笑い合って、楽しんで、手を取り合って、そんな憂いの無い快活な青春とやらを私は謳歌したい。そう願って止まないのだ、この心が。
だって大人になれば、それはきっと飲めなくなってしまうのだから。