【ノエル・綺堂・エーアリヒカイト】
家事から戦闘まで如才無くこなす、クールな月村家メイド長。妹分であるファリンが度々発揮するドジっぷりや、主人や客人に対する慣れ慣れしさに頭を悩ませている。
Side:なのは
ちなみに“すずか”ちゃんから借りた制服なのですが、身長がほぼ同じという事もあって問題無く着ることが出来ました。ただ、使っている洗剤が高町家の物とは違うようで、制服から微かに香るリッチそうな匂いに意識せざるを得ず、少しだけ浮き足立ってしまいます。――――そんな感じでブルジョワ感に浸っていると、先程から何かを話そうとしては
「あのね、“なのは”ちゃん。今更だけど昨日はごめんね……。急にお泊りさせちゃったり、その……、色々とね?」
色々と思い出したのか、気不味そうにしながらも顔を赤らめる“すずか”ちゃん。確かに、色々とありました。
少しだけ、はっちゃけているような?――と、普段よりも赤みがかった瞳を見ながらそう思っていましたが、如何やらその通りだったようです。
「気にしなくて良いよ、“すずか”ちゃん。私も楽しかったから」
魔法を知って1週間も経っていないのですが、あの日からの日々はとても忙しく、そして危険で、取り返しの付かない惨事によって気持ちが落ち込んだりもしましたが、月村邸での御茶会や予定外のお泊りイベントの御蔭で、私の
「ところで、なんだけど……。この制服、本当にクリーニングに出さないで返しちゃっても良いの?」
「うん。私の我が儘で引き止めちゃったし、本当なら御詫びって事でプレゼントしたいんだけど、それだと“なのは”ちゃんが困っちゃうでしょ? だから、それでお相子って事で」
結局、「
確かに、物の貸し借りや、精神的に『貸している&借りている』といった状態や認識はトラブルの元なので、早めに解消するに越した事はありませんが、私も年頃の乙女な訳でして……。靴はともかく、半日着ていた制服を洗わずに返すというのは、少しばかり気恥ずかしく思うのです。なので、如何にかならないかなーと思って粘ってはいますが、こうも善意を示されては、此方が先に折れざるを得ません。
「えっと…………。それじゃ、なるべく汚さないようにして返すね」
“すずか”ちゃんの中では、如何いった理屈でお相子なのかよく分かりませんでしたが、こうして何気に神経を使う長い1日が始まったのでした。
………
……
…
「ヘー……。良いことを聞いたわ」
「アリサちゃん。白い制服にネームペンは、洒落にならないと思うの」
「あら、回したくなっただけよ?」
バス停でお兄ちゃんから通学鞄を受け取り、無事登校後。習い事のため、お泊りに参加出来なかったアリサちゃんから取り調べを受けていた私ですが、制服の件を話し終えると不機嫌だったアリサちゃんの表情が一変し、にっこりと満面の笑みを浮かべたかと思うと、ペンケースからおもむろに取り出したネームペンを指の間に挟み、クルクルと器用に回し始めたのでした。
明らかに、意地悪な事をしてその反応を楽しもうとする意図が感じ取れますが、ペン先の蓋を取っていないので万が一の事は起こり得ませんし、この行為も陰湿と言うよりはじゃれつくような物で、そう考えると微笑ましく思えて来ます。
「何かしら、その生温かい視線は…………」
「特に何でも。ただ、上手になってるなーって思っただけだよ?」
「ふーん……。ま、ありがと」
何時も通りの、何気ないやりとり。家族が居て、友達が居て、話し合って、笑い合って、そんな楽しい生活を過ごせるだけで良かったのに……。なのに如何して、こんなにも近くに在るのに、遠いと感じる様になってしまったのでしょうか?
本当に、不思議なものです。
お父さんや、お兄ちゃんやお姉ちゃんの様に、望外とはいえ誰かを守れる力が手に入ったのは喜ばしい事です。そしてその才能があった事も。しかし魔法は、兵器のように、剣術のように、『
知ってしまえば、知られてしまえば、その結果が如何なってしまうのかは想像も付きません。ただこれ以上、荒れ狂う水面に石を投じたくはありませんし、其処から生じた波や飛沫が誰かに掛かって欲しくもないのです。だからその気持ちを通すのであれば、私は日常と非日常の境界線となり、その盾とならねばなりません。
お父さんが、誰かを守る為にそうやっていた様に。お兄ちゃんやお姉ちゃんが、そうやっている様に。少しだけの間、日常の端へと遠退く。それだけで、たったそれだけの事なのです。それだけ、なのに…………。
あれから勝手に意気消沈してしまった私は、癖となりつつある広域探索魔法でジュエルシードを探しながら授業を受け、気が付けば放課後になっていました。
勿論、その間に全校集会で一昨日の事件について先生方からの御話しがあったり、昨日出遭った少女がジュエルシードを収集しているのを感知したり、アリサちゃんに悩み事の探りを入れられたりと色々ありましたが、マルチタスクをしている時の会話は未だに不慣れなのもあって、どうも話した記憶が曖昧です。
「ねぇ、“なのは”ちゃん。今は、御話ししても大丈夫かな……?」
「大丈夫だけど、如何かしたの?」
ちなみに今は、校門でアリサちゃんと別れ、“すずか”ちゃんと一緒にファリンさんが運転する送迎車に乗って高町家へと向かっています。
「うん。大丈夫みたいだね……。あのね、“なのは”ちゃんはアリサちゃんに悩んでないよって言っていたけど、それなら何を考えているのか教えてくれないかな? それとも、私達じゃ駄目なの……?」
そう言われてみると、確かにそう言ったような記憶が朧気にありますが、如何答えたものか……。悩み所です。
「んー……。ごめんね、“すずか”ちゃん。ただ何時かは終わるから、それまで待ってて欲しいの。私から教えられるのは、それだけ」
「うんん。此方こそ、無理に聞いちゃってごめんね……」
それっきり、何となくお互い無言のまま自宅へ着いてしまいました。我が家には狭い駐車場しか無いので、“すずか”ちゃんとファリンさんには玄関前で待ってもらって、私は自室で着替えた後、畳んだ制服を手近にあった紙袋へと入れ、二人の元へと戻りました。
「お待たせ、“すずか”ちゃん。パッと見た限りだけど、特に汚れてはいなかったよ」
「うん。奇麗に使ってくれてありがとう、“なのは”ちゃん。それとこれ、勝手に奇麗にしちゃったけど、昨日“なのは”ちゃんが着ていた服と靴だよ」
そう言って手渡されたのは、何故だか高級そうなスミレ色のラッピングが施された箱でした。車内にそれらしい物は無いし、トランクにでも仕舞ってあるのかなと思っていましたが、まさかこうやって返されるとは予想もしていませんでした。途端に、手渡してしまった紙袋を申し訳なく思ってしまいますが、それはもう後の祭りです。
「それじゃ、また明日学校でね」
「あ、うん……。バイバイ、“すずか”ちゃん。ファリンさんも有り難う御座いました」
「いえいえ~、お気になさらず。また何処かでお会いしましょう、“なのは”御嬢様」
そして二人を見送った後、私は自室へと戻り、何となくベッドへとダイブしました。気恥ずかしさと、気疲れと。とにかく色々な物が圧し掛かってきて、動きたくなくなってしまったのです。
「心なしか、羽も元気が無いような……?」
ついでに、魔力源であるリンカーコアの具合をチェックするために、余剰魔力の塊である羽を寝そべったまま展開してみますが、若干色褪せているように感じます。
それにしても、随分と大きくなったなーと沁々思います。初めてお兄ちゃん達に見せた頃は、まだ鴉の羽くらいの大きさでしたが、今では白鳥の羽よりも大きくなってしまって、むしろ邪魔とすら思える程です。
「分割って出来るのかな、これ……」
何となくやり始めたこの羽は、【レイジングハート】に頼らず感覚だけで制御しているので、その限界が何処までなのかイマイチ分かりません。ただ、身体の一部のような物ではあるし、やはり何となく出来るだろうなという根拠の無い自信でやってみたところ、あっさりと羽は二対となり、サイズも相応に小さくなりました。
「これで良しっと」
このままゆっくりとしたいのですが、ジュエルシード探しや宿題等やらなくてはならない事や、やりたい事は沢山あって、のんびりと過ごす事なんてとても出来そうにありません。それに、あの少女の動向も気になるところです。