ダンジョンにねじれる者がいるのは間違っているだろうか 作:屈曲粘体
「―――ハッ、…………夢、ですか」
早朝、リリルカ・アーデは飛び起きた。下着は寝汗でぐっちょりと濡れていて気持ち悪い。頭は半分覚醒しきっておらず、うまく思い出せないが昨晩は何か恐ろしい物を見た気がする。脅しや暴力などの生易しい物ではない。もっと根元的な恐怖だ。
今自分が無事であることから判断して、あれは夢だったのだとリリルカ・アーデは胸を撫で下ろす。
だが、安心したのも束の間にリリルカ・アーデは胸騒ぎを覚えた。
この部屋、妙に既視感がある。真新しい調度品の数々、清潔に保たれた空間。自分が生きていた環境とは似ても似つかないこの部屋はまるで昨晩の夢に出てきた部屋のよう……いや、あの部屋そのままではないか。
リリルカの身体から血の気が一気に引いて薄ら寒さまで感じ始めた。
(人の気配ッ!)
自分の死角に何者かの気配を感じたリリルカは身構えてその気配のある方を向いた。
そして、恐る恐る目を開けるとそこには、
「プクッ、プクククククク」
「……へ?」
モチーフが不明な人形のような物が口許を両手で押さえてプクプクと笑っていた。
気の抜けた声を漏らしつつもリリルカは、その愛らしさと不気味さが同居したような動く人形をまじまじと観察する。
及び腰で見詰めるリリルカの方を向いて笑い続ける人形に理解が追い付かずに戸惑うが、正体の分からない人形に対して警戒を緩める事もできずに膠着状態ができあがる。
「ここはどこですか!あなたは何者ですか!」
焦れたリリルカが声を出すが、人形は変わらずプクプクと笑い続ける。
何をしようともリリルカの方を向いて笑い続ける人形が自分をバカにしているように思われて、リリルカは次第にムッとし始めた。
「何が可笑しいんですか!」
堪らずリリルカが声を荒げると、人形は笑うのを止めて、口許から手を離した。全てがあらわになった人形の顔は感情の読めない表情を湛えている。
リリルカは空気が変わったのを敏感に感じとり総毛立つ。
人形はリリルカの方に手を伸ばし―――テーブルの上に乗っていた大きなおにぎりを掴んでパクパクと美味しそうに食べ始めた。
茫然としているリリルカを他所に、人形はおにぎりをすぐに食べ終えて、小さく息を吐き、再び口許を両手で押さえてプクプクと笑い始めた。
「な、な、な、なんなんですかあなたはーッ!」
リリルカの中でこのよく分からない人形にバカにされていることは、すでに確信となっていた。
しかし、リリルカがいくら憤慨しようと人形はどこ吹く風とプクプク笑ったままだ。
―――コン、コン、コン、コン
煮えたぎっていた心は一気に凍りついた。まるで心臓を捕まれているかのように息苦しくなる。
響いた硬質な音は昨晩の焼き直し。名状しがたき存在が現れる前兆。
無意識の内にリリルカは手を伸ばしていたが、無情にも扉はガチャリと開いて黒く細長い物が入ってきた。
「朝ごはん持ってきたよ。パルゥム君、起きてるかい?……て、えぇ!?だ、大丈夫かい、パルゥム君?」
入ってきたのはアヤカシなる異形ではなかった。春姫と名乗ったルナールでもなかった。昨晩の夢だと思いたい出来事に出てきたものではなかった。
服は極東風ではない。雰囲気も昨日のルナールとはまったく違う。
だが、ロリだった。
「ロリである」その一点がリリルカに影を落とす。
自分と同じ高さの目線が胸をざわめかせる。
穢れを知らぬような邪気のない仕草が不安を掻き立てる。
一度疑い始めると彼女の全てが昨晩の幼いルナールと重なる。
いつの間にかリリルカは青い顔で小刻みに身体を震えさせていた。
「顔が真っ最中だけど大丈夫かい!?朝ごはんは食べられそうかい?」
「た、食べられる!?嫌です!リリは食べられたくないです!」
「食べないよ!?君はボクを何だと思ってるんだい!?」
リリルカの言葉にヘスティアは戸惑う。冗談にしてもとっぴ過ぎるが、神であるヘスティアにはリリルカが本気で言っていることが分かってしまうため、余計に混乱する。
しかし、リリルカを放っておく訳にはいかないため、春姫達から助けられる前によほど冒険者から恐ろしい目に遭わされたのだろうと納得して 励まし続ける。
「安心してくれパルゥム君。ボクの名前はヘスティア、こう見えても神さ。君を守るくらいのことは簡単にできるよ!」
「神様、ですか?」
「ああ、大船に乗った気持ちで安心していいぜ」
ヘスティアの力強い言葉がリリルカの心に熱を与える。超越存在たる神々ならば、たとえ力を制限されていようと恐ろしい異形にも劣らぬだろうと信頼できる。
ソーマはなにもしてくれなかった。無関心だったのだ。リリルカはそれを恨めしく思っていた。
だが、目の前の女神は違う。初対面のリリルカを気にかけて、親身になってくれている。
ヘスティアの包み込むような慈愛にあてられて、信じてもいいんじゃないかという気持ちがリリルカの内側から湧いてきた。
「本当、ですか?……本当にリリを助けてくれるんですか?」
「ああ、もちろんさ!神に二言は無いぜ!」
「神、様ぁ……!」
リリルカは我知らずヘスティアに抱きついていた。目の端には涙が滲んでいる。
ヘスティアはリリルカの髪をすくように撫でてポンポンと背中を叩いた。
「よしよし。怖かったねパルゥム君。もう大丈夫だぜ。ここには君を傷つけようとする奴なんかいない。安心して休んでいてくれ」
リリルカの内側で凝り固まっていた他者への猜疑心は、昨晩の未曾有の恐怖体験とそれを打ち消すヘスティアの母性によって、溶かされていた。
リリルカをあやし続けていたヘスティアはしばらくし、そっとリリルカを離した。
「それじゃあ、ボクは仕事に行ってくるよ。小さいファミリアだからボクも眷属と一緒にがんばっているのさ。ボクがいない間はそこのコダマンマ君が君を守るから安心してくれ」
リリルカは、いまだにプクプクと笑い続けている人形が自分を守ると言われてもいまいち信用できなかったが、他ならぬ目の前の女神様が言うのだから信じてみようと自然に思うことができた。
そうして、リリルカの口からは別の疑問がこぼれた。
「眷属、ですか……?」
「まだ一人しかいないんだけどね。春姫君っていう極東出身のルナールの女の子で、優しくて才能もある自慢の子さ!……って、どうしたんだいパルゥム君!?」
「春姫……極東……ルナール……」
眷属の名前と特徴を耳にした瞬間、リリルカは膝から崩れ落ちた。
焦点の定まらない目でぶつぶつと呟き始めたリリルカにヘスティアが狼狽する。
「突然どうしたんだいパルゥム君!?何か返事をしておくれ、パルゥム君!?」
◆◇◆◇
修行だよ!
私達が今いるのは六階層前。新しい階層へ向かう直前だ。
ピーピングで朧気に得られた情報からは、リリルカちゃんが面倒そうな事情を持ってるファミリアに所属している事が分かった。
リリルカちゃんを助けるには場合によって、いや、かなり高確率でそこの団員達と事を構える事になるだろう。
その中にはおそらく、今の私達よりも格上の冒険者もたくさんいるだろうから今まで以上に能力アップに努めようとしているわけだ。……まあ、私が怖がられちゃったから看病を続ける訳にもいかずにってのが一番の理由なんだけどね。
……はあ。最悪だよ。すごくショックだ。
リリルカちゃんに怖がられた事じゃなくて、リリルカちゃんを怖がらせた事が。
完全に油断してたよ……春姫ちゃんは普通に接してくれるし、ヘスティアちゃんも割かしすぐに慣れてくれたから、私がショゴスもかくやのポストクトゥルフヴィジュアルなのをすっかり忘れてしまっていた。
辛い目に遭った女の子に追い討ちをかけるように恐怖体験させるなんて、酷すぎるよ……
すぐに謝りたいけど、もはやとどめ以外の何者でもないからヘスティアちゃんに任せっきりにしてしまっている。
ヘスティアちゃんは、半日くらい休んだって大丈夫って言ってくれたけど、絶対大丈夫じゃないよね。
ヘスティアちゃんにも、何かとお世話になってるヘファイストスさんにも迷惑をかけてしまっている。
後で何らかの形で補填しないとなあ……
コダマンマは上手くやってるだろうか?
リリルカちゃんの身辺警護のために召喚してきたけど、仲良くなってくれていた嬉しい。コダマンマの可愛さならばリリルカちゃんもきっと受け入れられるだろうし、それがクリーチャー、ひいては私を受け入れてくれるためのきっかけになってくれないだろうかと期待している。
うん。なんか希望出てきた。私達のアイドルコダマンマと優しさの化身みたいなヘスティアちゃんのコンビだ。リリルカちゃんの心をしっかり癒してくれるはずだ!
よし!ウジウジしてなんかいられない!今は私にできる事を精一杯頑張ろう!
六階層には「ウォーシャドウ」っていうすごく強いモンスターが出てくるらしいから強力なクリーチャーが必要だ。
2マナ……春姫ちゃんのフェアリー・ライフも合わせて3マナって考えると……あれだね!
春姫ちゃん。フェアリー・ライフをお願い!
「お任せください!――すくすく育て、大きくなーれ!歌う妖精。フェアリーいい曲。全部いい曲。たくさん聴いて、大きく育て【フェアリー・ライフ】!」
よっしゃあ、いくよ!
―――3マナ消費して、暗黒秘宝ザマル召喚。
現れたのは、不可思議な紋様が刻まれた箱。その箱がゆっくりと開き、中から鎖や鉤爪が飛び出してくる。
いつまでも黙っているところを見ると発声器官はないのかな?それとも、ただ無口なだけだろうか?
まあ、そんなことはどうでもいいか。どちらにしても、心強い事に変わりはない。私のマナは全て闇扱いっぽいからザマルは強化されまくっている!
「個性的な方ですね!私も仲良くなれるでしょうか?」
無機物感がものすごいザマルをナチュラルに一個体として見られるって、やっぱり春姫ちゃんってすごいよね。クリーチャー達に思い入れがある私としては、そんな春姫ちゃんの対応が嬉しくて仕方ない。やっぱり春姫ちゃんって良い娘すぎるね!
春姫ちゃんならザマルとも絶対に仲良くなれるよ!私が保証する!
「ありがとうございます!ザマルさん、よろしくお願いいたします!」
おっ、春姫ちゃんの言葉に応えるようにザマルの中からマジックハンド的な物が出てきて春姫ちゃんの前に差し出された。握手ってことかな?
てか、ザマルの中ってどうなってるんだろう?
謎多きクリーチャー達の中でもパンドラボックス達はトップクラスで謎が多いよね。
それにしても、ザマルは意外と友好的なのね。無口だけど仕事人っていうか……クーデレ?
何はともあれ春姫ちゃんが嬉しそうで私も嬉しい。
それじゃあ、親睦も深まったところで六階層に向かおうか!
「はい!アヤカシ様!」
六階層へと足を踏み入れる。
内装は五階層までとほとんど変わらない。しかし、静まり返った空間は張り詰められた緊張感があり、私達に無言の圧を与えてくる。
不意に、ピキリと何かが割れるような音が響き壁に亀裂が走る。そこから無機物じみた硬質な腕が這い出て来る。
それに伴い壁の亀裂もどんどん大きくなっていく。
更に這い出た腕が大きくもがいて亀裂の進行は加速度的に速くな―――ッ!危なッ!
「アヤカシ様!?」
大丈夫だよ春姫ちゃん。ぎりぎり避けられたから。
背後から音もなく近付いてきた別のウォーシャドウが不意討ちかましてきやがった。よく避けれたな私!
マズイ。今の隙にさっきのウォーシャドウが完全に産まれやがった。囲まれてるぜチクショウめ。
派手なウォーシャドウの登場で注意を引き付けて背後から奇襲とはコスい手を使ってくる。
相変わらず迷宮は性格が悪い。
だけど、私達だって成長してるんだ。こういう状況への対処だってそれなりに慣れている!
―――暗黒秘宝ザマル、後方のウォーシャドウに攻撃!
春姫ちゃん。私が前のウォーシャドウの足止めするからザマルと私のサポートお願い!
「了解しました!―――攻撃は最大の防御なり。防御は最大の攻撃なり【ライト・ディフェンス】!【ナチュラル・ブースト】!」
輝く風が私達の身体の周りを渦巻き、身体を緑色の光が覆う。
よっしや!力が湧いてきたよ!ここはだめ押しに、
―――1マナ消費して、トキシック・パイプを発動!
髑髏を形どった赤い煙がウォーシャドウに纏わりついて、動きを鈍らせる。
ウォーシャドウの攻撃のネックは速さで、動き自体は単調なため、鈍った攻撃ならば私でも避けられる。
鉤爪のような指を伸ばされる度に大振りに避けていく。
時々危ない部分はあるけれど、輝く風が私の隙をカバーしてくれる。
よっしゃあ、もう一丁!
―――1マナ消費して、トキシック・パイプ発動。
ますます動きを鈍らせるウォーシャドウ。
はっはっは。すでに速度は私が速度で上回っている。攻撃は掠りもしない!余裕余裕!……って、汚え!春姫ちゃんの方に向かいやがった!ヤバい、間に合わない!
ウォーシャドウが春姫ちゃんの方に黒手を伸ばし―――鎖で雁字搦めに縛られた。
私は間に合わないけど、ザマルは余裕で間に合うんだよね。
サポート込みのザマルはこれだけの時間があれば余裕でウォーシャドウを倒せるようだ。心強いね!
ただ、巻き付けた鎖でウォーシャドウの身体を引きちぎるのはちょっとホラー過ぎない?
無機物系のモンスターだったからまだマシだけど、なんか真っ黒の液体があふれてるんだけど……
まあ、切り替えてどんどん行こう!
福腹人形コダマンマ
文明 :闇
コスト:2
種族 :デスパペット
パワー:2000
このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、自分のシールドをひとつ、手札に加える。ただし、その「S・トリガー」は使えない。
暗黒秘宝ザマル
文明 :闇
コスト:3
種族 :パンドラボックス
パワー:2000+
自分のマナゾーンのカードがすべて闇のカードであれば、このクリーチャーのパワーは+2000される。
このクリーチャーが攻撃する時、自分のマナゾーンのカードがすべて闇のカードであれば、相手の手札を1枚見ないで選び、捨てさせる。
ライト・ディフェンス(呪文)
文明 :光
コスト:1
自分のターンの終わりに、バトルゾーンにある自分のクリーチャーをすべてアンタップする。
ナチュラル・ブースト(呪文)
文明 :自然
コスト:1
このターンの終わりまで、自分のクリーチャーはすべて「パワーアタッカー+1000」を得る。
トキシック・パイプ(呪文)
文明 :闇
コスト:1
S・トリガー
バトルゾーンにある相手のタップされているクリーチャーを1体選ぶ。このターンの終わりまで、そのクリーチャーのパワーは-1000される。(パワー0以下のクリーチャーは破壊される)