さて普通に学校から帰る時間になったな。
「美波は家近くだから、このまま帰る?」
「うーん、どうしようかな」
考え込む美波……何か考え付いたのか、周りを見回す。
「アキ、あそこ行かない?」
美波が指をさしていたのは少し先にある古い洋館のような大きな建物。
「いいけど…僕達が普通に入れるの?」
「えっ、アキ利用したこと無いの?」
「うん、あそこには行った事無いから何だろう?」
「行けば判るわよ」
美波がそんなに楽しそうなら酷い所じゃなさそうだ。
こぢんまりとした守衛所みたいなものがある門を抜けると
正面はまるでホテルのような車が転回できるスペースがあり大きなガラス張りのドア
建物の向かって左側には噴水や花壇があり、ベンチが配置されている中庭が
右側は芝生が敷き詰められていて百葉箱みたいな物が何個か配置されている。
建物の中に入ると中央は吹き抜けのエントランスホールに階段があり
左側に配置されたカウンターには館内の案内図など設置されていて
右側にはエレベーターが二台設置されている。
図書館だった。
「図書館か…僕ちょっと苦手なんだよね」
「そうなの?」
「うん。図書館って騒いじゃいけない雰囲気があるでしょ」
「雰囲気も何も騒いだらダメよ」
「僕、じっとしてるの苦手だし、僕の周りって結構賑やかな人が多いし…って、あれ?」
「何か言いたいことがあるなら聞くわよ?」
僕の頚椎を掌握しながら笑顔の美波。
「特にございません、美波様」
「ふふっ、冗談よ」
その冗談のような攻撃力に何度死線を彷徨った事か。
…………笑ってる顔はこんなに可愛いのに。
「ところで美波は何か探し物でもあるの?」
館内に入り、美波の後をついていく僕。
「いいえ、今は特に無いわ」
勝手知ったるという感じで歩を進めていく美波。
「ただ…懐かしいと思ったのと…アキと一緒に来てみたかったの」
そして言語の棚の前に着いて…
何かを思い出すかのように傍にある机を触っている美波。
葉月ちゃんを慈しんでいる時と同じような優しい表情。
美波が何か大切なものと会話してる気がして…声を掛けられない。
そして……涙?美波が泣いてる?
「あら…貴方」
僕が何も出来ずに立ち尽くしていると司書の人が声を掛けてきた。
「すいません。なんでもないです」
美波が目元を拭いながら司書の人の問い掛けに反応して答える。
「たしか去年もここで調べ物してましたね」
「あ…その節はありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる美波。
「日本語がだいぶ上達されたようでなによりです」
「おかげさまで大変勉強になりました」
「そろそろ閉館も近いのであまり遅くなりませんよう」
軽く会釈をして司書の人は美波から離れていく。
そして僕の近くを通る時に
(貴方彼氏なら、しっかり彼女を支えてあげないと)
か、彼女って…
「アキ?顔が赤いわよ?」
「えっと…」
「何か言われてたみたいだけど…」
「うん。しっかり支えてあげてって」
「誰が?」
「僕が」
「誰を?」
「美波を」
「どうして?」
「彼氏なら彼女をって」
……美波も顔が真っ赤になったじゃないか。
「あの…あのね、アキ」
「なに?」
「アキは、その…ウチとそういう風に見られるのって嬉しい?」
「えっと…」
僕が言いよどんでいると…
「ダメよ、アキ」
「?」
「これだけはきちんと答えて…いつもみたいに、はぐらかさないで」
嬉しくないと言えば嘘になるけど…美波に直接言うのは恥ずかしいな。
「じゃあ……選択にしてあげる」
「選択?」
「うん、アキでも判りやすいように…返事は嬉しいか、愛してるだけよ」
えっと、これは…どっちも恥ずかしいんだけど。
「どうしても答えないとダメかな?」
「ダメ…ちゃんと答えてくれないと生きてここから出られないわよ」
おかしい……選択の答えが生きるか死ぬかになってるんだけど!?
たしか前に美波に愛してるって言えって言われて、言った後しばらく機嫌が悪かったよね。
「じゃあ、正直に言うね」
「うん」
「僕は…もちろん嬉しいよ」
「アキ…」
やっぱりと言う表情をする美波。どこか気落ちしてる気がしてならない。
とりあえず怒ってないみたいだから間違ってないと思うんだけど…
ハズレを引いた気がするのは気のせいかなぁ。
「あ、そろそろ閉館の時間ね」
「そうだね」
たしか閉館が近いって言ってたし。
「アキ、帰るわよ」
すっと僕の手を握る美波。そしてそのまま引きずる様に歩いていく。
先ほどの司書の人が僕たちが傍を通る時、手を軽く握って口に当てて嬉しそうに笑ってた。
外に出ると街灯が点き始めていた。
「もぅこんな時間か」
「早いわね」
美波と二人並んで門の方へ歩いていく。
「そういえばアキはどうやってフランス語を調べたの?」
「ん?学校で調べたんだよ」
「ウチ、アキの発音から綴り調べて言葉の意味が解るまで結構時間掛かったのよ」
「ごめんね、ドイツ語とフランス語間違えちゃって」
「まったくね。でもアキはあの言葉調べるのにどれくらい時間掛かったの?」
「えっと…文法とか発音が全く解らなくて、たしか家に帰ってからもずっと調べてて四日間くらい…気が付いたら寝てた」
「そんなに!?玲さんに電話したらすぐ解ったんじゃないの?」
当時姉さんが居ても自分で調べなさいと言われて、きっと教えてくれなかっただろうな。
それに本当は……
「少しでも美波の大変さを知りたくて自分で全部調べてみたかったんだよ」
「アキ……」
「あの時の美波見てたらさ…日本に来たばかりで言葉だけじゃなくて文化とかも全く知らなかったでしょ?」
「そうね…本当になんで日本に来ちゃったんだろうって思ったこともあったかな」
ちょっと辛そうな美波。嫌な事思い出させちゃったかな。
「美波を励ましてあげたくて…美波が頑張ってるなら僕も頑張らなきゃって」
「………」
「本当にごめん。最初からドイツ語で調べてたら美波もあんなに怒らなかったよね」
「あ、あれはその…ウチの方こそ、ごめんね」
決まりが悪そうに下を向く美波。でも、すぐに顔を上げて
「でも…でもね、今はウチ、日本に来て本当に良かったと思ってる」
「美波が喜んでくれてるなら僕も頑張った甲斐があるよ」
「アキ、本当にありがと」
「お礼なんていいよ。むしろお礼を言いたいのは僕の方だよ」
「どうして?」
「美波のおかげで雄二や秀吉、ムッツリーニと仲良くなれ……」
……って、ヤバいっ。
美波には教科書の件、秘密にしてたんだっけ!?
何とか誤魔化さないと…
「どうしたの、アキ?」
「いいややや、どどどうもしないよ」
ジト目で僕を見てる美波。
「そういえばアンタ達4人が仲良くなった頃、一つ疑問があったのよね」
「なななにかな」
「ウチの教科書の名前の漢字が直ってたことがあったんだけど…」
「さっ、最初からっ間違ってなかったんじゃないかなっ」
「ふーん……」
美波が僕の両肩をガシッと掴み
「アキ、ちゃんと答えてね」
「はい」
「何か隠してるでしょ」
「はい」
「何を隠してるの?」
「言えません」
「言えなくして欲しいの?」
「…………」
仕方なく全部話した。
雄二と教室をメチャクチャにする喧嘩をした事。
秀吉のおかげで冷静になって考えることが出来た事。
ムッツリーニのおかげで掃除中の事故だと判明した事。
雄二と自転車でトラックを追いかけた事。
結局鉄人に捕まった事。
「隠してて御免なさい」
出来れば、ずっと隠しておきたかったんだけど…美波が気にしない様に。
「アキ……ウチの方こそ、ごめんね」
頭を下げる美波。
「僕は良いよ。美波が笑ってくれれば」
「アキ、ありがと」
パッと笑顔になってくれる美波。
「アキ、帰ろ」
美波が僕の手を握ってきた。
美波の手って暖かいな。