…………ん……朝か。
良かった。生きてる。
身体は節々が痛くて頭はボーっとしてて喉もちょっと痛いけど生きてる。
風邪は、まだ完治には程遠いけど昨日に比べれば………若干悪化してる気がする。
連休は今日を含めて後三日あるけど、ちゃんと治るのかな。
昨日は何やったんだっけ…
姉さんに脅かされて、美波に気絶させられて
美波にお昼食べさせてもらって、雄二やみんながお見舞いに来てくれて
ムッツリーニが風呂掃除してくれて、美波にジュースを作ってもらって
美波に寝巻きを探してもらって、美波がメイド服を着て
美波に夕飯を食べさせてもらって、美波に夜中に起こされて気絶させられる。
……風邪が治る要素がまったく見当たらない。
それなら話は簡単だ。昨日やってない事をすれば良い。
とりあえず「アキ、おはよう」「おはよう、美波」にナース服を着てもらって……
朝っぱらから何を想像してるんだっ、僕!?
「どうしたの、アキ?」
「なっ、なんでもないよ…それより美波は昨日はちゃんと眠れた?」
枕が代わったら眠れない、と昨日言ってた様な……
「おかげさまでぐっすり眠れたわ。やっぱり本物は抱き心地が違うわね」
「本物?」
「なっ、なななんでもないわっ。そっ、それより、アキっ具合はどう!?」
真っ赤になって視線を泳がせながら身振り手振りで話す美波。
何を慌てているんだろう。
「うーん、昨日とほぼ同じかな」
昨日より、ちょっと身体が痛いけど。
「それなら今日は病院行ってみる?ショッピングモールの近くにある診療所が休日も診療してたと思うわ」
「そうだね。きちんと診てもらって薬飲んだ方が早く治るかもしれない」
「ウチが予約しておいてあげる。電話帳ある?」
「リビングの電話の近くにあったかな」
「ちょっと電話も借りるわね」
リビングの方へ行く美波。僕もその後を追うようにしてリビングへ。
パラパラと電話帳をめくって番号を確認している美波。
「おはようございます。予約をしたいのですが」
本当に美波、日本語うまくなったな。
僕がドイツに行ってドイツ語がきちんと喋れる様になるまで一年程度じゃ、きっと無理だろう。
「はい、えっと名前は島田……」
あれ?美波、自分の名前で予約するのかな?
「明久でお願いします。はい、島田明久です」
それ、誰っ!?
「はい、よろしくお願いします」
受話器を置いて胸の前で手を合わせて何かお祈りをしているような美波…頬が少し赤くなっている。
「あの…美波?」
「きゃっ、アキっ!?」
「えっと…予約取れた?」
「大丈夫よ、バッチリ取れたわっ」
「ありがとう。それで今の名前……」
「ひょっとして今の聞いてたのっ!?」
「う、うん…その、島田明久って……」
「大丈夫っ、予約は取れたからっ。ちゃんと診てもらえるわ」
両手をグッと握り締めて説明してくれる美波。
「そっか、大丈夫なら良いかな」
「うんっ。ありがと、アキ」
満面の笑顔になる美波。
保険証と名前が違うけど予約の名前くらいなら良いかな。
「でも島田明久って、僕が葉月ちゃんに婿入りするの?」
葉月ちゃんは僕の事をお婿さんってよく言ってるし。
「なんでウチじゃなく葉月なのよっっ!?」
美波のハイキックが顔面に炸裂し宙を舞う僕。
蹴られる直前に見た美波の涙が忘れられそうにない。
美波と二人並んで診療所へ向かって歩いている。
「アキのバカっ」
美波はさっきからそれしか言ってくれない。
「美波、本当にごめんなさい」
僕もさっきからこれしか言ってない。
「バカっ」「ごめんなさい」
何度繰り返しただろうか。僕の頬の腫れが治まる頃……
美波が立ち止まって僕のおでこに指を突きつけて口を尖らせながら
「なんでウチが怒ってるのか判る?」
「えっと……ごめんなさい」
結局僕はこれしか言えない。
「アキが鈍いのは今に始まった事じゃないしね。しょうがないから教えてあげる」
「ありがとう」
やっと違う言葉が出せた。
「ウチのことを一番最初に考えてもらいたいのよ」
僕の胸に指をとんとんと当てながら言う美波。
「ふぇ?」
全然予想してない事を言われたので変な返事しか出来ない。
「後は自分で考えなさい」
「う、うん……」
どっちにしろ風邪を引いている状態でまともに考えられる訳が無いので
ちゃんと治ってから考えるかな。
しばらく歩いていると……
「あれ?久保君」
正面から久保君と良く似ている中学生くらいの男の子が並んで歩いてきた。
「やぁ吉井君…と島田さん」
気のせいか美波を見た時の視線に少し殺気が含まれてたような……
「あ、吉井さん?」
と、久保君と一緒に歩いてきた男の子が言う。
「「はじめまして」」
美波と二人で一緒に挨拶する。
「はじめまして、久保利光の弟の良光です」
「吉井明久と言います」
「ウチは島田美波よ」
「吉井さんってこんな可愛い彼女が居るのになんで兄さんは……」
「かっ、可愛いって…」
美波が頬を染めて俯きながら…………照れながら僕の背中にパンチを繰り出してくる。
その一発一発が僕の渾身の左ストレートを凌駕していた。
「みっ、美波っ。ちょっと落ち着こうね」
「良光、彼女って言われて吉井君が困っているぞ」
なんで美波じゃなくて僕が困るんだ?と思っていると……
ガシッと頚椎を美波に掴まれた。
「アキ、ウチは何なのカシラ?」
美波に生命を握られている僕に選択する権利は無かった。
「そ、そうだね。可愛い彼女だね」
僕は自分の生命も可愛い。
「すっ、すまない。急用を思い出したのでこれで失礼するよ」
そう言って走り去る久保君…気のせいか眼鏡の奥に光る物が見えた気がした。
「にっ、兄さん!?じゃあ僕もこれで失礼します」
久保君の後を追うように走り去る弟君。
「久保も気をつけないと……ウチの直感がそう言ってるわ」
「ふぇ?」
「いい、アキ?久保と絶対二人っきりになっちゃダメよっ!?何されるか判らないわ」
「う、うん」
とりあえず、そう返事はしたけれど……
久保君はいつも僕に協力してくれる数少ない友達なんだけどなぁ。
やがて診療所に着いた。
ここは総合診療科というのがあって結構患者さんが多いらしい。
「病院なんて来るのすごい久しぶりだなぁ」
「アキはいつも元気だもんね」
「そうだね…それくらいしか取り柄が無かったんだけどね」
「ふふっ、そんな事無いわよ」
美波にそう言ってもらえると、なんか嬉しいな。
「予約時間まで後15分くらいあるわね」
「その辺に座って待つしかないね」
「お姉さまっっ!!」
聞いた事がある声がする方を見てみると……螺旋双髪に戻っている清水さんが居た。
「こんな所で会えるなんて美春は運命的なものを感じます」
僕にとっては悪運としか言いようがない。
『清水美春様、三番の診察室へどうぞ』
「清水さん、呼ばれてるよ」
「うるさい、豚野郎。お姉さまがここに居るのに診察なんか受けている場合じゃ無いのです」
清水さん、君は何をしにここに来ているんだ?
「お姉さまさえ居れば病院に来る必要もありませんっ。さぁ美春と一緒に帰って寝ましょうっ」
「みっ、美春っ!?ここで騒いだら他の人の迷惑よっ」
「じゃあ他の人の迷惑にならない所へ行って美春と寝ましょう」
そう言って美波の手を引っ張る清水さん。
確かにここは病院だからベッドはたくさんあるけど……
「あのね美春、よく聞いて。ウチは玲さんに頼まれてアキの面倒をみているのよ」
「玲さんってどなたでしょうか?」
「僕の姉さんだよ」
「豚野郎のお姉さんですか…その方はお胸が大きいのですか?」
チラッと美波の胸を見る…あ、なんかヤバい予感。
「ア~キ~~、誰と比べているのカシラ?」
一瞬で左手首と左腕と左肩の関節が外された。
「玲さんは、その……結構大きいわね」
美波が自分の胸を押さえながら寂しそうに言う。
「じゃあ、興味ありません」
清水さんの判断基準って胸の大きさだけなのだろうか。
「美春、ウチが約束を破る事が嫌いなのは知ってるわよね?」
「はい…」
「ウチはアキが治るまで面倒をみるって約束をしてるのよ?」
「でもっ……」
「ウチは命を懸けてでも、この約束を守りたいの……判ってくれるわよね?」
真剣な美波の表情。
清水さんもその表情から何かをくみ取ったのだろう。
「判りました。美春は大人しく家で寝てます」
「判ってくれてありがとう、美春」
「でも学校で会った時は保健室を予約しておきますね」
と言って走り去る清水さん。
予約して保健室に行くのは、ただのサボりじゃないのかな。
…………結局清水さんは診察も薬も貰わないで帰っちゃったんじゃないかな。
何しに来たんだろう?