……ガチャッ
「ただいま」
「お邪魔しますっ」
リビングへ歩いていく僕と葉月ちゃん。
「ちょっとその辺に座っててね」
「はいです」
ちょこんとソファに座る葉月ちゃん。
えっと何か飲み物は…と冷蔵庫を見ると昨日みんながお見舞いに来てくれた時の
紅茶とコーヒーがペットボトルで残っていた。葉月ちゃんは紅茶で良いかな。
「葉月ちゃん、紅茶でも良いかな?」
「おかまいなくですっ」
うんうん、可愛い気遣いだな。
お盆に紅茶の入ったグラスを二つ載せてリビングへ。
「どうぞ」
「ありがとうです」
両手でグラスを受け取り、美味しそうに飲んでいる。
一息ついた、と言う感じで葉月ちゃんが話しかけてくる。
「お姉ちゃん、どうしたんですか?」
「葉月ちゃんの家に戻ったみたいだけど……どうしちゃったんだろうね?」
いきなり家に戻るって言ってたけど……葉月ちゃんの無事を伝えるだけなら電話でも済むし。
どうしたんだろう?
「お兄ちゃん、風邪引いてるのなら寝なくて良いんですか?」
「うん、さっきお薬飲んだから美波が戻ってくるまでは大丈夫だよ」
「葉月、看病頑張るですっ」
やる気満々と言った感じの葉月ちゃん。
PiPiPiPiPi…… PiPiPiPiPi……
あ、電話だ。着信を見ると『島田美波』と表示されている。
「もしもし、美波?」
「あ、アキ。いきなり家に戻ってごめんね」
「大丈夫だよ。今は葉月ちゃんと僕の家に居るけど」
「そのことで一つお願いがあるんだけど……いい?」
「お願い?」
「うん……悪いんだけど今日葉月も一緒に泊まっても良いかしら?」
「僕は全然構わないけど…どうしたの?」
「ありがとう。あのね、お母さんが急な仕事で今日出掛けないといけなくなっちゃって」
「そうなんだ」
「うん。あ、ちょっとお母さんが替わりたいって」
「もしもし吉井君?急な事でごめんなさいね」
「いえ、僕の方こそ美波さんに迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「気にしなくて良いのよ。本人も喜んでやってるみたいだし」
メイド服を着たのも喜んでやってくれたのだろうか……ちょっと心が痛い。
「それで今日は葉月までお世話になっちゃって……具合が悪いのに本当にごめんなさい」
「僕の方こそ美波さんにはお世話になりっぱなしなので……こちらこそ申し訳ありません」
「ふつつかな娘ですが、これからも仲良くしてくださいね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「美波に替わりますね」
「アキ?じゃあウチ、夕食の買い物もして行くから少し遅くなるけど葉月の事お願いするわね」
「うん」
「それと……アキ?」
「なに?」
「あの、あのね……その、すっごく嬉しかった。ありがとうっ」
「どうしたの?」
「なっ、なななんでもないっ。じゃあねっ」
慌てて切られちゃった。
何の事か判らないけど、美波が嬉しかったなら良いかな。
そうか、家に帰ったのは葉月ちゃんの着替えを取りに戻ってたのか。
昨日今日と急な話が多かったから美波に迷惑掛けちゃったな。
「お兄ちゃん?誰からの電話だったんですか?」
「美波だったよ」
「お姉ちゃんですかっ」
「うん。それで今日は葉月ちゃんも僕の家に泊まるんだって」
「本当ですかっ。葉月嬉しいですっ」
両手を上げて全身で喜びを表現している葉月ちゃん。
こんなに喜んでくれると僕も嬉しくなるな。
「じゃあ、お兄ちゃん?」
「なにかな?」
「葉月とお医者さんごっこするですっ」
「ちょっ、ちょっちょっとっ葉月ちゃんっ!?」
紅茶を飲んでいる時じゃなくて本当に良かった。ちょっとした惨事になっていただろう。
まさか小学生にお医者さんごっこを誘われるなんて……
姉さんとお医者さんごっこをするより犯罪の気がする。
いや、実の姉でも犯罪なんだけど。
「どうしたんですか?」
なんでビックリしてるか判らない、と言う表情で僕を見てる葉月ちゃん。
「あのね、葉月ちゃん。そういう事はもっと大きくなってから好きな人と……」
お酒とタバコは二十歳になってから、みたいな。
「あぅ…お兄ちゃんは葉月の事、好きじゃないんですかっ」
すごくしょんぼりしてるな…すごく申し訳ない事をしている気がする。
でもお医者さんごっこはもっとやっちゃいけない事だろう。
「葉月ちゃんのことは好きだけど、大切だから出来ないんだよ」
「お兄ちゃんがするんですか?」
あれ?微妙に会話がずれている気がする。
「えっと、お医者さんごっこって……」
「お兄ちゃんが寝てて、葉月がお兄ちゃんの看病するんですっ」
目をきらきらさせて力いっぱい説明してくれる葉月ちゃん。
良かった……本当に良かった。
でも、それは普通に看病でいいんだよ。
「えっと、葉月ちゃん?それは看病って言うんだよ」
「そうなんですか?」
「うん、お医者さんごっこは違うからね」
「じゃあ、本当のお医者さんごっこって何ですか?」
「うっ、それは……後でお姉ちゃんに聞いてごらん?」
悪い、美波。
男の僕の口から説明するより、たぶん美波から説明した方が良いと思うんだ。
決して責任逃れじゃないよ?
「わかりましたっ。後でお姉ちゃんに聞いてみますっ」
物分りが良くて助かるな。
「ところで葉月ちゃん、看病って何をするつもりなの?」
濡れたタオルをおでこに当てるとかだろうか?
「えっと…お兄ちゃんが寒かったら葉月が一緒に寝ますっ」
絶対ダメだっっ!!
それは美波に見つかったら僕は即死だ。
ちなみに姉さんに見つかっても即死だろう。
仕方ない、またTVでも見るか。
この間のつまらないドラマは消しちゃったから大丈夫だろう。
「葉月ちゃん。美波が戻ってくるまでTVでも見てようか」
「お兄ちゃん、風邪引いてるのに寝なくて大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。お薬飲んでるからね」
本当はちょっと眠いけど……たぶんお昼御飯の後に飲んだ薬のせいだろう。
「えっと…ドラマは録画してないなぁ。葉月ちゃん、DVDとか見る?」
TVの下にあるDVDが並んでいるところを指差す。
ほとんど姉さんが買ってきた物だけど
背表紙の文字に『姉』とか『弟』と言った文字が多いのは気のせいだろう。
「葉月、これが良いですっ」
そう言って渡されたのは……恋愛映画だった。
「これで良いの?」
「はいですっ」
そういえば前にも大人ぶって恋愛ドラマを見たいとか言ってたな。
とりあえずDVDをセットして、再生ボタンを押す。
……葉月ちゃんには悪いけど、これは眠くなる映画だな。
横を見てみるとすでに葉月ちゃんは寝ていた。
ここまで歩いてきて疲れていたのか。悪い事したな。
ベッドまで運ぶ途中で起きても可哀想だし、毛布持って来るかな。
とりあえず毛布を掛けてっと…これで良し。
ピンポーン ピンポーン
美波が帰ってきたのかな。
「今開けるよ」
……ガチャッ
「ただいま」
買い物の袋を手に持ち、大きなバッグを肩から提げている美波。
「おかえり。荷物持つよ」
そう言って買い物袋を受け取る。
「ありがと…アキ、これも良い?」
さらに肩から掛けていたバッグも渡される。
「うん」
僕は両手に荷物を持ってノーガード状態だ。
「ふふっ、手も足も出ないわね」
「ん?」
美波が悪戯っぽく笑って……
ドアが閉まると、ほぼ同時に……
すぐ目の前には頬を染めた美波の顔があって……
僕の唇に柔らかく温かい美波の唇が重ねられた。