「ねぇ、アキ?」
「なに?」
「お母さんに何か変な事、言われなかった?」
「えっと、押し倒すとか何とか……」
「おっ……アキのバカっ!!」
美波の左ストレートを至近距離で貰う。
近くにあった道路標識まで吹っ飛ばされた僕が標識に抱きついていると
「アキ、それ押し倒すの?」
真顔で聞かれた。
「美波に吹っ飛ばされたから、つかまってただけだよ。いくら僕でも無機物には……」
「アキの事だから、てっきり立っている物なら何でも良いのかと思ったわ」
ついに僕の恋愛対象は生物の枠も超えたようだ。
「ところで、アキ?夕食はどうするの?」
今大体午後5時くらいか……スーパーに寄って帰っても午後6時くらいには戻れるかな。
「僕が作るよ。美波は何が食べたい?」
「そうね……昨日はウチだったから今日はアキの家の家庭料理が食べたいかな」
「了解」
「ウチにも手伝わせてね」
「良いけど……どうして?」
「アキの家の料理を覚えたいからよ」
「そっか。じゃあ、スーパーに寄って行こうか」
美波は料理も一生懸命なんだなぁ。
--スーパーにて
「そういえばアキ?今日一人だったら夕食どうするつもりだったの?」
「うーん、一人だと作るの大変だからインスタントか冷凍かなぁ」
「ダメよ。また風邪引いちゃうわよ」
「そうなんだけど……食べてくれる人が居ないと作り甲斐が無いというか」
「玲さんは、いつ日本に戻って来るの?」
「一応、今度の日曜には戻ってくるはずだけど」
「ふぅん……じゃあじゃあ、ちょっと遠回りになるけど夕食だけでもウチの家まで食べに来ない?」
「そんな、悪いよ」
「全然気にしなくて良いわよ。一人分増えるくらい大した事じゃないわ」
「それもそうだね」
作る側としては一人分増えるくらいは大した事は無いのは判る。
「それに葉月も喜ぶと思うし」
「そっか。それならお邪魔しようかな」
「うんっ」
美波もこんなに喜んでくれてるし。
「そういえばさ」
大根を手に取って選びながら美波に話しかける。
「なに?」
「美波って結婚して子供が出来たらドイツ語教えるのかなぁって」
僕が手に持っていた大根が消えた。
ボキッ
「アキったら、子供の言葉の心配なんて……大丈夫よ、ウチは日本で結婚して日本に住むから」
照れながら美波が僕の腕の代わりに大根を折っていた。
犠牲になってくれた大根は食べて供養してあげよう。
「そういえば明日のお昼どうするんだろ」
「そういえば、そうね」
「雄二も霧島さんも料理は結構出来るからなぁ」
「一応みんなの分の材料買っておいて、どうするかは連絡あってから決めるしかないわね」
「そうだね」
結局メインをサンドイッチにする事にした。
スーパーを出る頃には街灯も点き始めていた。
……ガチャ
「ただいま」
「お邪魔します」
美波が荷物を姉さんの部屋に置きに行ってる間に
僕は買ってきた食材を夕食に使う物を分けたり、冷蔵庫に仕舞ったりした。
とりあえず夕飯の支度をしないとね。
「じゃあ、時間が掛かりそうな大根からね」
「うん」
とりあえず調理に取り掛かる前に大根に手を合わせた。
美波は頭に『?』を浮かべていたけど。
「「いただきまーす」」
「そういえば美波?」
「どうしたの?」
「僕が食べさせてあげようか?」
そういえば甘えさせてくれとか言ってたよね。
結局、葉月ちゃんが来るまでずっとあーんをしてもらってた気がするし。
「大丈夫よ。一人で食べられるわ」
「遠慮しなくて良いよ。僕もしてもらってたんだし」
「そうね……」
美波の目がスッと細くなって……
「じゃあ、アキがメイド服着てくれたら食べさせてもらおうかしら」
「ええっ!?」
そっ、そんな無理を……でも美波が喜んでくれるなら仕方ないか。
僕のメイド姿を見るのは美波だけだし……
ええいっ、美波にお礼したいんだろっ、男・吉井明久っ。
…………メイド服着たら男じゃなくなる気がするけど。
「じゃあ、着替えてくるよ……」
僕が席を立とうとした時
「あっ、アキ。そのままで良いわよ」
「ほんと?」
「ええ。そのかわり、アキはウチが食べさせてあげる」
「ええっ、僕は一人で食べられるよ」
「じゃあ、ウチも一人で食べる」
これじゃ堂々巡りだ。
「わかったよ……」
「最初からそう言えば良いのよ。お互い、もっと素直になりましょ」
…………素直、ね。
「「ごちそうさまでした」」
「僕が洗い物するから美波は先にお風呂入ってきたら?」
「そう?悪いわね。じゃあ、お風呂、先に頂くわ」
さてと……洗い物しちゃいますか。
それにしても雄二から連絡来ないな、何やってるんだろう?
「アキ、先にお風呂頂いたわ」
「ん。そしたら僕もお風呂入ろうかな」
「いってらっしゃい」
「あ、そうだ。雄二からまだ連絡が来ないんだけど、もし来たら美波、代わりに聞いといてもらえる?」
「お安い御用よ」
「じゃあ、お願いするね」
そう言って僕の携帯をリビングのテーブルの上に置いて風呂場へ。
PiPiPiPiPi…… PiPiPiPiPi……
あら、アキの携帯が鳴ってるわね…坂本からだわ。
「もしもし」
「何だ、島田か……って、なんでこんな時間に明久の携帯にお前が出るんだっ!?」
「何よ、坂本。アンタから全然連絡が無いから電話があったら出るようにアキに頼まれたのよ」
「明久は何やってるんだ?」
「お風呂よ」
「明久の背中流してやらなくて良いのか?」
「それが出来れば苦労してないわよっ!!」
「ぅおぃ、やる気あるのかっ!?」
「……って、翔子っ、俺は背中は流してもらおうと思ってないし、ここで服を脱ぐなっ」
翔子、何やってるのかしら?
アキと坂本の電話がずいぶん長いと思ってたけど、これが原因なのかな?
「電話が遅くなったのは悪かった。用件だけ言うぞ」
「うん」
「明日、如月ハイランド前に10時半に集合だ」
「判ったわ。ところでお昼はどうするの?」
「お前らの事だ。どうせ俺たちの分まで作る気だろ?」
「うん」
「素直に厚意を受けてやるから俺たちの分まで作ってきてくれ」
ずいぶん上から目線ね……アキのお仕置き用のついでに
坂本の分にもマスタードたくさん入れてやろうかしら。
「判ったわ。如月ハイランド前に10時半ね」
「ああ、明久にも伝えといてくれ」
「うん」
「えっ、電話の相手は明久じゃなくて島田だが……うっ、浮気じゃないぞっ、うぎゃあぁぁぁぁ」
ウチが手を下すまでも無かったわね。翔子ありがとう。
「あ~、いいお湯だった」
「あ、アキ。坂本から連絡あったわよ」
「ありがと。明日どうするって?」
「如月ハイランド前に10時半に待ち合わせだそうよ。お昼は坂本たちの分もお願いしますって」
「そっか。そうすると8時過ぎには僕の家、出ないといけないかな」
「そうね……お昼の準備するとなると6時には起きないと」
「そうだね……とりあえず、お風呂入っちゃったけど準備できるのは今からやっちゃおうか」
仕込だけでも出来るだけしておくと明日の朝が楽になるからね。
「うん、アキ頑張ろ」
美波も嬉しそうだ。
「まったく雄二も連絡くれるなら、もっと早くくれれば良いのに」
「ふふっ、そうね」
結局二時間くらい明日の準備にかかってしまった。
そのぶん明日はゆっくり準備出来て、朝御飯を食べても時間に余裕があるだろう。
美波と二人、リビングに戻ってきて…
「そういえば、美波?」
「なに?」
「約束してた膝枕なんだけど……」
明日にしようかな、と思ってたんだけど
明日はお出掛けの予定になったし、来週には姉さんが帰ってきちゃうから
姉さんにバレないように膝枕をするなら今しかないだろう。
「えっ?今やってくれるの?」
「うん、美波が良ければだけど……」
「じゃあ、お願いしようかな」
「うん」
ソファの出来るだけ端っこに座って……と
「美波、どうぞ」
「じゃあ、失礼するわね」
美波の頭が僕のひざの上に……
ポニーテールでまとめられてない分、髪がさらさらとしてて
シャンプーの良い匂いがする。
「美波……これで良いかな?」
「ええ、温かいわね……すごく安心する」
美波に膝枕がやっと出来た。
しばらくすると……
…………すぅすぅ
あれ?美波寝ちゃったのかな。
無理も無いよね……この三日間、僕のためにあれだけ尽くしてくれてたんだから。
うーん、このままだと今度は美波が風邪引いちゃうな。
仕方ない。ちょっと我慢してね。
僕のひざの代わりにソファにあったクッションを美波の頭の下に引いて……っと。
姉さんの部屋までのドアというドアを全部開けて、ベッドの掛け布団もずらして……っと。
「美波、ちゃんと約束は守るからね」
ちょっと失礼して美波の背中の下に手を入れて
ひざの下にも手を回し、腰で持ち上げる感じで
よいしょっと……
…………お姫様抱っこの完成。
美波って思ってたより軽いんだな。
直接言うとたぶん殺される気がするけど。
「ちょっと我慢してね」
「うぅーん、アキぃ」
わわっ、起きちゃったっ!?
僕の首に手を回してくる美波。
うわわわ……美波の顔がこんな近くにっ!?
……すぅすぅ
良かった、まだ寝てる……寝惚けてただけかな。
心臓から口が飛び出しそうになるから早く姉さんのベッドへ……
何とか無事、姉さんのベッドへ美波を運ぶ事が出来た。
ふぅ、やれやれ……普段歩くだけなら何てこと無い距離なのに。
しかし……可愛い寝顔だな。
僕のためにこんなに疲れるまで頑張ってくれて……
「美波、本当にありがとう」
そう言って僕は美波の頬に…………唇を押し付けた。
…………グイッ……ガシィッ
いきなり布団の方へ引っ張られ、美波に抱き締められた。
「アキぃ」
あれっ……美波、ひょっとしてまだ寝惚けてるのっ!?
「みっ、美波?」
ヤバい…息が出来ない。
しかも骨が嫌な音を立ててる気がっ!?
「二度ある事は三度あるのよ……次はちゃんとアキから……」
寝言にしてはヘンな寝言だな……ダメだ、これ以上意識が……
「アキ?寝ちゃったかな」
「もぅ……」
「ちょっと期待してたのに……」
「ふふっ、今日はこれで我慢してあげる……」
「その代わり、抱き枕になってもらうわよ」
「いつかきっと……アキから……」