艦息?いいえポケモンマスターです。   作:晴貴

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第3話

 

 

 横須賀鎮守府はデカい軍事施設だった。建物の大きさや人の数は元より、とにかく敷地が広い。東京ドーム何個分だよ。

 そして俺が真っ先に案内されたのはシャワールームだった。びしょ濡れですもんね。ありがてぇ。おまけに制服はクリーニングに出してくれるという好待遇。

 ……しかしテンパってて気にしてなかったけど、なんで俺は高校の制服着てたんだ?普通に部屋着だったはずなんだけど。

 

 まあその程度の疑問なんて今さらか。気にするべきことはもっと他にあるし。

 シャワーから出て用意されていた服に着替える。白いワイシャツに黒のスラックスという落ち着いた格好だ。

 さっぱりしてシャワールームから出ると待ち構えていた天龍さんと龍田さんに客室まで連れて行かれた。お呼びがかかるまで待機ということらしい。

 

 ただ待ってるだけだと手持ちぶさたないのでとりあえず2人に話しかけてみた。やっぱりというか、どちらも艦娘らしい。

 そのまましばらく雑談に興じる。艦娘関連の話題は新鮮で面白い。

 

「なあ東壱」

 

「なんですか?」

 

 天龍さんは普通に俺を名前で呼ぶ。そこに深い意味はなくて、そういう気質の人なんだろう。

 ちなみに俺が敬語なのは2人とも見た感じ俺と同じくらいの年齢だからだ。っていうか軍人相手なんだし畏まるべきだよな。

 曙達にも敬語使っとけばよかった。

 

「お前は本当にオレ達や深海棲艦のこと知らないのか?」

 

「はい。さっき初めて聞きました」

 

「それはおかしいのよね~。日本に住んでてそんなことも知らないなんてあり得ないんだけど」

 

 まあ俺が住んでた日本とこの日本はたぶん違う国だからなぁ。んなこと言ったらどんな反応されるか。妄想癖か虚言癖を疑われておしまいかもしれない。

 とはいえ、だ。俺が置かれた状況をしっかり理解してもらうにはいずれ話すべきなんだろうけど。

 

 どう説明したら1番理解を得られるかな、と考えていると、客室の扉がトントンと叩かれた。

 失礼します、という声と共に現れたのはメガネをかけた黒の美女。彼女もまたセーラー服っぽい服装をしていた。

 それだけならまあ普通の範疇なんだけど、なぜかスカートの両脇に大きめのスリットが入っている。そのせいで腰骨辺りの肌が露出してしまっていて、率直に言うといかがわしいお店の制服みたいだ。

 

「八坂さん、お待たせ致しました。提督がお呼びになっていますのでこちらへ」

 

「はい」

 

「オレらもついて行っていいか?大淀」

 

「ええ、別に構いませんよ」

 

 スリットお姉さんの名前は大淀さんというらしい。前方の大淀さん、後方の天龍さんと龍田さんに挟まれながら提督がいる執務室へと案内される。

 そこにいたのはおそらく30代前半くらいの、白い軍服をまとった男性。海軍の事情なんて詳しくは知らないけど提督って地位に着くにしてはかなり若い気がする。それだけ優秀な人なんだろう。

 

 ただなんで肩に小人を乗っけてるのか。しかもあの小人動いてるんだけど。

 その不思議生物について言及したいが、場の空気的にそれは難しい。

 

「はじめまして、八坂君。僕は横須賀鎮守府で提督を務めている氷川だ」

 

「八坂東壱です。この度は助けていただいてありがとうございました」

 

「いや、こちらこそ第七駆逐隊……曙達を助けてくれたことにお礼を言わせてもらいたい。本当にありがとう」

 

 そう言って氷川さんは頭を下げた。お手本のようなきれいなお辞儀だった。

 こんな偉くてイケメンでしかも性格良さそうな人に頭を下げさせるとか恐縮すぎる!そもそも俺があんなとこにいなきゃ曙達も逃げ切れてたかもしれないわけで。

 

「き、気持ちは分かりましたから頭を上げてください!」

 

「すまないね。ただこれは彼女達の提督として必要なことなんだ」

 

 やだ、氷川さん心までイケメン……!まだ肩に小人乗っかってるけど。

 しかしこの部屋人多くない?俺と提督、大淀さん、天龍さんに龍田さん。さらには曙達4人と救援部隊の6人。合計15人の大所帯だ。

 そんな衆人環視の中でイケメン提督に感謝を示されて頭を下げられる俺。

 視線が痛いのは被害妄想だろうか。勘弁してくれぇ……。

 時間にすれば1分くらいのやり取りだったが、それだけで俺は結構精神を削られた。

 

「……さて、それでは本題に入ろうか」

 

 氷川さんの雰囲気が変わる。これが提督の威厳ってやつなのか?

 椅子に座って多少リラックスするどころか自然と背筋が伸びた。

 

「はじめに聞いておきたいのは君が海で何をしていたのか、ということだ。八坂君がいたのは一般人の立ち入りが禁止されている海域なんだが」

 

「え゛」

 

 思わずすごい声が漏れた。

 けど言われてみればあんな化け物が出現する海なんてそりゃ立ち入り禁止だろう。

 つーかこれ説明のしようがなくね?俺だってなんであそこにいたのか分かってないんだし……。

 

「その反応だとあそこが立ち入り禁止の海域だとは知らなかったのかい?」

 

「……はい。すみませんでした」

 

「君は艦娘や深海棲艦について全く知らないと報告がきている。ならば海域について無知なのも分からないでもない。だがそれを知らずともあそこにいた理由はあるんだろう?」

 

 ないです。マジでないんです。そう言えたならどれだけ楽なことか。

 今この状況で目的も理由もないとか口にしたらふざけんなと怒られることくらい俺にも分かる。

 いやまあ観念して怒られろってことなのかもしれないが……。

 

 ため息を吐いて天井を仰ぐ。

 ……どうしよ?ただの高校生にすぎない俺が、海千山千の相手をしてるような提督を口先で誤魔化すなんてできるとは思えない。

 これはもう開き直るしかねぇかなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八坂君が、ふー……と息を吐いた。そしてしばし虚空を見つめたかと思うと、次の瞬間に僕と視線がぶつかる。

 さっきまでの狼狽えていた目とは違う。落ち着いた、深い瞳だ。

 

「まず最初に分かっておいてもらいたいことがあります」

 

 特別大きな声でも威圧するような声でもないのに、どこか有無を言わせない迫力があった。

 彼から放たれるプレッシャーに知らず知らずに冷たい汗が流れそうになる。

 

「……何かな?」

 

「正直に言って、俺も自分の身に何が起こっているのか把握できていません。その上俺の憶測が正しければ、氷川さんにとっては到底信じられない話になると思います」

 

 ただ、と八坂君は淡々と言葉を続ける。

 

「それはふざけているわけでも誤魔化そうというわけでもありません。求められれば俺にできる限りの証明も協力も惜しまないことを約束します。だからどうか、これからお話しすることを虚言だと決めつけないでもらいたいんです」

 

「……分かった。君が話すことを軽視しないと誓おう」

 

「ありがとうございます。それでは早速ですが今回の大前提について」

 

 八坂君はゆっくりと息を吸い込み、それを一瞬止める。

 そして溜めた息と一緒にこんな言葉を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 ――おそらく俺はこの世界の人間じゃありません。

 

 

 

 

 

 

 

「……それはどういう意味かな?」

 

「言葉の通りです。パラレルワールドとでも言えば理解してもらえますか?」

 

「そういう概念自体はね。ただそれはSFの映画や小説、言ってしまえば創作物の中でしか聞いたことがない」

 

「……俺も今日まではそうでした」

 

 力なく、ぽつりとそう呟く。それから彼は自分の身に起きたことを、彼自身が理解している範囲で語り出した。

 

 本来の自分はこの世界とは違う日本で生きていたこと。

 それが気が付けばいきなり海の上で途方に暮れていたこと。

 そんな時に曙達と出会ったこと。

 だから艦娘や深海棲艦といった、元の世界の日本には存在しなかったものについての知識が一切ないこと。

 

 ……はっきり言って無茶苦茶だ。これを信じろ、というのがムリな話だろう。

 確かに艦娘に関する知識がないことや、こちらの世界では架空となる学校の学生証を持っていたことの説明にはなるが……。

 

「なるほど。君が最初に断りを入れた理由は分かった」

 

「はい。とても信じてもらえるような内容じゃないのは俺も理解してます」

 

「それでも打ち明けたということは違う世界の人間だという確たる証拠でもあるのかい?」

 

「いいえ、ありません。むしろ現状では俺が違う世界の人間だと証明するのは難しいと思います」

 

 八坂君は臆することなく言い切る。

 

「ただ証明……というか、それが真実だという可能性を提示することはできるかもしれません」

 

 証明か。八坂君が異なる日本からの来訪者だという証拠があるとすればやはり報告にあったテレポート能力だろうか?

 少なくともこの世界にそんなものは現実に存在しない。可能性を提示するというのも間違った言葉ではないだろう。

 

「どうやってかな?」

 

「氷川さんは俺が瞬間移動したというのは聞いてますよね?」

 

「ああ。その力を見せてくれるのかい?」

 

「望まれれば。なんなら今からでも構いませんが……」

 

 八坂君が横目でちらっと窓の外を見る。すでに太陽は半分ほど水平線に隠れていた。

 日没まではすぐだ。能力については気になるが実演は明日以降に回した方が賢明だろう。

 

「いや、それは後日にしよう」

 

「後日……つまりそれまで鎮守府に置いてもらえるってことですか?」

 

「ああ。まあ当然ながら自由は制限させてもらうことになるが」

 

「構いません。正直、追い出されるか問答無用で牢屋に放り込まれても文句言えないくらい怪しい自覚があるので……」

 

「じゃあなんで違う世界の人間だなんて余計怪しまれるようなこと言ったのよ……」

 

 我慢できずに、といった感じで曙がこの場にいた全員の心境を代弁する。

 突っ込まれた八坂君は苦笑を浮かべながら頭をかいた。気が付けばさっきまであった威圧感は消えている。

 

「いやー、ウソをついたところで誤魔化しきれないと思って。だったら素直に白状した方が身のためになりそうだし」

 

「正直者はバカを見るって言葉を知らないわけ?」

 

「あ、曙ちゃん……」

 

 容赦ない曙を潮が制止する。この鎮守府ではよく目にする光景だ。

 しかし八坂君は曙の言葉を受けても動じた様子はないな。大抵の提督は曙に開口一番罵倒されてダメージを負う、というのが通例なんだが。

 

「ああ、そうだ。それから俺が使った能力について補足があります」

 

「聞かせてもらおう」

 

「ええっとですね、実は瞬間移動なんてことができるようになったのはついさっきなので、この力がなんなのかというのはさっぱり分かりません」

 

「ついさっき?」

 

「はい。俺がいた世界でも瞬間移動は空想の世界の産物であって、現実的な力じゃありません」

 

「ふむ……」

 

 八坂君の説明を聞いてしばし考える。彼の話が本当ならこちらの世界に来て目覚めたか、元の世界で目覚めた結果その力でこちら側にやってきてしまったのかもしれない。まあ距離どころか世界を飛び越えるなら、それはテレポートではなくワープの類いなような気もするが……。

 まあ何にせよ、保護の名目で監視しつつ、まずは身元の調査を進めよう。いくらなんでも異世界から来たという話を最初から真に受けて調べないわけにもいかないからな。

 それで何かしらの情報が掴めればいい。

 

「だいたい分かったよ。優先的に聞きたかったことは一通り聞いたし今日はこんなところかな。八坂君からは何かあるかい?」

 

 正直聞きたいことはまだ山のようにあるが、あまり踏み込んで悪い印象を与えたくもない。詳細不明で強力な力を持っている相手なのだから、可能な限り友好的にいくべきだろう。

 そのために今度は八坂君の方からも質問がないか水を向ける。

 

「あー……これまでの話と関係ないことなんですけど、ひとつだけ」

 

「なんだい?」

 

 おそるおそるといった様子で八坂君は僕を指差す。

 ……いや、僕じゃない。僕の背後だ。後ろには秘書艦の大淀が立っているだけだが。

 そう思っていると、八坂君は今日1番の衝撃を僕達に与える言葉を口にした。

 

「あの、さっきから氷川さんの肩に乗ってる小人は何ですか?っていうか動いてますけど生きてるんですかね?」

 

 その瞬間、執務室の空気が凍った。

 

「き、君は妖精さんが見えるのか!?」

 

「は?妖精さん?え、その小人が?」

 

「そうだ!」

 

「ええ、見えてますけど……うわ、なんだよ、登ってくるなって!つーかどっから現れた!?」

 

 隠れて様子を見守っていた妖精さんが、自分達を認識できていると分かった途端八坂君に群がってよじ登っていく。

 中々目にできない光景を前に、僕と艦娘のみんなが呆然とする。だが事態はそれに留まらなかった。

 

「は?工厰(こうしょう)妖精?それがお前らの名前なのか?一括りの時点で名前じゃないだろ……あ、ああ、俺は八坂東壱だけど。いや、艦娘じゃないって。どう見ても男だろ俺は」

 

 八坂君が独り言を言い始めた。僕にはそうとしか聞こえないが、妖精さんと会話しているというのは明らかだ。

 この時点で彼が他国の工作員であるという可能性はほぼあり得ないというレベルまで下がる。どんな理由があろうとこんな希少な人材を単独で、しかも深海棲艦に襲われる可能性のある危険な場所から、かなり不確定な方法で潜入させるわけがない。

 

「君は妖精さんの言葉が分かるのか!?」

 

「え?まあ、はい」

 

 事の重大さを理解してないらしい八坂君は平然と頷く。

 もし彼が本当に妖精さんの言葉が理解できているという裏が取れれば今後の方針も変わってくる。

 

「――大淀、彼女を呼んでおいてくれ」

 

「畏まりました」

 

 それだけで大淀には伝わったのだろう。音も立てずにスッと執務室から姿を消した。

 妖精さんの言葉を理解できる人間または艦娘というのは数が著しく少ない。現在日本海軍で確認できているのはわずか4名で、その内人間は呉鎮守府の大将のみ、といえばいかに希少な人材か分かってもらえるだろう。

 

 そしてここ横須賀鎮守府にも1人だけ妖精さんの言葉を解する者がいる。それが判明してから轟沈を避けるため、戦闘はおろか遠征、演習さえも禁止にされた艦娘が。

 

 その、彼女の名前は――。

 

 

 

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