そんな非力な私を許してください。
第1話『START』
「もう……………………良いのですか?」
それは最後通告だった。少女がそれを肯定した時、これから彼等の刻む轍の上には、怨嗟と絶望の炎が残るだろう。
人の身にあまる業を背負う覚悟はとうに出来ている。あとは彼女がそれを望むだけ。
───────────うん。
あまりに簡素で、どこまでも無情な答え。しかしそれは那由多の果ての帰結だった。彼女の心は限り無い時間に囚われる中で、微塵に切り刻まれてしまったのかもしれない。
戸惑い。躊躇。懺悔。全ての迷いは塵となって、時の波に浚われた。彼女は一個の機械に成り果てようとしていた。
「貴女は……………………」
ただ一人、その事実を知り得る彼は、続く言葉を詰まらせた。
純粋で儚い、世界で最も美しい想いにその身を窶した彼女にとって、何が幸福であるのだろうか。
どれだけの時を費やしても、一筋の光さえ見えない闇の中で、あるかも分からない希望に縋る事か。それとも、無限のように続く苦しみから解き放つべきなのか。
「……………貴女は例外です。時間があり、罪も無い…………いつかその想いが報われる時が来るでしょう。ならば私は、全てを託して眠りにつく事も出来るのです」
しかし、彼女は間を置くことなく首を横に振り、それを拒んだ。
─────────────もういいの………だってこの命は、あなた達がくれたものだから。
紡がれたその言葉は、彼の思考を白く塗り潰した。
─────────────間違いなんかじゃない。みんなは救われなきゃだめ。だから………………………。
一人の少女さえ救えない者に、世界を救える筈もない。彼女に頼り、縋り、数多の絶望を見せてきた己こそ、救いようの無い罪を背負った咎人ではないか。
「…………貴女が私達にくれた時間は、決して無駄にしません」
彼女が示した無数の可能性から、最も適した道筋を算出する。
彼女の望んだ明日が何処にも無いのなら、創り出せば良いだけの事。その力は既に、この手の中にあるのだから。
「共に往きましょう。
───────────世界を、救うのです」
傲慢だろうと、強欲だろうと構わない。
もう誰も、独りにならない世界を創る為に。
彼女に救いが訪れるように。
人類を、救済する為に。
「─────────────────────
最後に呼ばれた自分の名前に、外の景色を眺めていた少年は、教室の窓から教壇の方へと視線を移す。その先では、黒のスーツを着こなした端麗な美女が、その切れ長な目を鋭くさせて彼を見据えていた。
曜はそれに気圧されて渋い顔をし、季節外れのマフラーで口元を隠す。
「………………以上三名の代表候補は、来週執り行われるDCSの選抜戦に出場してもらう。各自、調整は万全にしておけ」
担任の教師が、琴線に触れかかっているのが如実に感じ取れる声音で言い切った。
DCS────デュエルアカデミア・チャンピオンシップとは、毎年この時期に太平洋の孤島にあるデュエルアカデミア本校で行われる、
この大会の主旨は至って単純明快。その名の通り、"世界一強い生徒を選定する大会"だ。
優勝者は莫大な報酬と、KCや各スポンサー企業にその名誉を売り出す事ができ、プロデュエリストとしての地位を約束される。また、優勝に届かずとも、この大会は全ての模様を全世界に中継される。出場者の実力は例外無く評価され、企業からプロ契約を持ち出される可能性も十分にあり得る。
デュエルアカデミアの生徒にとって、この祭典は最大の目標といっても過言ではない。しかし当然ながら、全ての生徒が出場できる訳ではない。KCが定めた大会規定によると、出場可能なのは各校から三人まで。この時点で、出場が如何に狭き門かは容易に察しがつくだろう。
曜が通うこのデュエルアカデミアネオ童実野校では、全校生徒の中から12名までを選出して選抜戦を行い、その上位三名が代表となる。選出はデュエル実技主任と教頭に一任されてる。
(…………居心地悪くなりそうだ)
この学園の生徒は、中等部を含めると実に300人以上。その半数が、将来プロデュエリストを目標に掲げる者達である。
新学期が開始してから既に学園内はDCSの話題で持ちきりになり、一部の生徒は飢えた獣のように気を荒立てている。おまけに、恐らくは勝率を伸ばすためであろうが、至る所でデュエルが盛んに行われ、第一から第五まであるデュエル場も連日貸し切られていた始末。
付け加えるならば、今年はかなりの逸材に恵まれたようで、十二名の代表候補のうち、曜を含めた三人は一年から。そして中等部から一人選出されている。
選ばれた以上この機会をみすみす手放す者はいまい。ただ、どうしても納得出来ない者はいるし、少なからず上級生からの風当たりは強くなるだろう。"そういう目"に合う可能性も無いとは言い切れない。
(面倒。今日は直帰しよう)
彼は少々特殊な経緯があり、真っ先に矢面に立たされる自信がある。そういった未来を容易に想像できた曜は、そそくさと身支度を済ませる。
──────が、しかし。
「御使。お前は教師の話もまともに聞かん者をどう思う?」
「へい! そ、そのような不届き者は万死に値すると思うであります!」
いつの間にか接近していた担任が、静かにその手を曜の肩に置く。その唐突過ぎる不意打ちに、彼は反射的に背筋を伸ばし、敬礼のポーズを取っていた。
「ほう。ではそういった不良に対して、どのような処分を行うのが適切だ?」
(あ、だめだこれ)
静寂がクラスを包む。曜は周囲から、生唾を呑む音を耳にした。
「………仏の顔も三度まで、という言葉をご存知でしょうか?」
「生憎と、私は仏ではなくてな。二度目は無い、というのが方針なんだ」
肩に置かれた手に、力が込められる。細くしなやかな指からは想像もつかない握力は、逃げられないとでも言うように曜の体を完全に固定していた。
「───────御使。後で私の所に来い」
彼女を怒らせるのは得策ではない事を、曜は改めて実感したのだった。
「……………了解です。"御使先生"」
「返事は"はい"だ。馬鹿者」
デュエルアカデミアの教員。曜のクラス担任。元プロデュエリストであり、現デュエル実技主任である彼女の名は御使美弦。
───────彼の実姉である。
担任が教室を去った瞬間、教室の至るところから深いため息が溢る。それは例えるなら、張り詰めた袋から空気を抜くようなものだろうか。
御使美弦。非の打ち所もない容姿に、実直な性格。常に羨望と尊敬を集める彼女だが、その反面、威圧感のある切れ長の眼と、ある程度名の知れた元プロデュエリストという経歴である事も手伝ってか、彼女の放つ迫力は他者を圧倒してしまう。現に、クラスに彼女がいるだけで、毎度クラスメイト達の空気が張り詰めるのだから。
そして。
「流石御使先生。赴任から三日目にして、蔓延っていた校内の不良を全て叩き直した事はあるぜ………」
「新任なのにデュエル実技主任なのは、全教員をデュエルで完封したかららしいけど、どうなんだろう」
「いやいやそれ以前に、バックにKCが付いているから誰も逆らうことは出来ないって噂だぞ」
等々、このクラスだけでも根も葉もない噂は後を立たない。実際は、その殆どが出鱈目なのだが。
(損な生き方してるよなぁ、姉さんは)
一方、その実弟である曜は、特筆すべき点の無い平凡な人間であると自負していた。
容姿は姉譲りとはいかず。最低限の対人能力はあるものの、学生としての青春のせの字も感じさせない気迫の無さ。それらが合わさって、彼のその日常に波風が立つ事は無い。
そんな正反対の性質であるこの姉弟だが、唯一の共通点と挙げるとすれば一つだけ。
「御使君って、凄いんですね! 編入して一月ぐらいしか経って無いのに、代表候補に出られるなんて!」
人並み以上に、デュエルが強い部類に入るという事だろうか。
隣の席の宮田ゆまからの称賛に、曜はむず痒さを覚える。
「買い被り過ぎ。運が良かっただけだよ」
「謙遜ですよう! あの御使先生とハルトマン教授に勝てる人は三年生でも限られます!」
「ホントに偶然だったんだって! 俺の手札が良くて、向こうが悪かったんだ。しかも姉さんのは試験用のデッキだし、こう言っちゃなんだけど、宮田さんでも勝てる試合だった」
やり辛い。それが、曜が彼女に抱いた第一印象だった。
馬鹿正直で笑顔が絶えず、どこまでも明るいのが、宮田ゆまという少女である。彼女の純粋さを前にすれば、誰もがその邪な心を改めるとまで言われている。
だが、その純粋さ故に、曜は困り果てていた。何故なら、彼は基本的に誉められる事に慣れていない。両親を早くに亡くし、姉の美弦による教育は常に厳しかったが故に、そういう性質になるのは必然であった。
そして、もう一つの理由は。
「──────流石は、御使先生の弟なだけはありますね!」
表情では照れくさそうに見繕っても、その内心は真逆のものだった。
(まあ、そうなるよな…………)
これまでもそうだった。曜自身が何をしようが、周囲は姉と比較する。今も、そしてこれからも。
───────結局は彼女も同じということか。
そんな諦感を抱きつつ、どうやってこの場を切り抜けようか模索していた、その時だった。
「────それは違うんじゃないのかい? ゆまさん」
声がしたのは背後から。
振り返れば、目映い程に金髪の少年が立っていた。彼は一度前髪を払うと、その人差し指をゆまに突き付ける。
「美弦先生の弟というのは生まれついてのもの。それは当然だけど、デュエルの実力というのは先天的なものじゃない。そこには血の滲むような努力があった筈だ。違うかい?」
「お、おう」
自信たっぷりの目配せに、曜は空返事だった。そして、少年は構わず続ける。
「だから、ゆま君。今の君の発言は、些か浅慮というものじゃないのかい?」
「僕から以上だよ」と締め括り、キメ顔で再び前髪を払った。
急に会話に割り込まれ呆けている曜の隣では、彼の言葉を受けて蒼白になり、その眼に涙を溜め始めているゆまがいた。
「ご、ごめんなさい! あたし、とっても失礼な事を…………」
「いや、別に気にしてないから! 大丈夫だよ」
涙目で何度も頭を下げるゆま。周囲から集まる視線。曜の中で不当な罪悪感が芽生える。そんな中、曜は素朴な疑問を金髪の少年に投げ掛けた。
「ところで、あんた誰?」
「えっ」
今度は、彼が呆ける番だった。
「い、嫌だなぁ。……君が編入してきた時、一番に自己紹介をしたじゃないか!?」
曜は眉間に皺を寄せ、小さく唸りながら記憶を掘り下げてみる。しかし、思い当たる節は微塵もなかった。
「そうだっけ?」
「あ……えっと………木島桔梗と言います」
その一言が決定打となり、彼は衝撃的な顔をした後に、うって変わってその表情に影を落とした。
金髪を肩まで流し、それでいて制服は校則に沿って着こなしている。少々言動に癖があるが、几帳面で真面目な印象を受けた。
しかし、やはり記憶に無い。一方で曜は彼をそれなりに評価していた。
「───────御使曜だ。覚えてなくてごめんなさいと、改めてよろしく、木島さん」
御使美弦の弟ではなく、御使曜として自分を見てくれる。木島桔梗はそういう人間だった。故に、曜はその手を差し出す。
数秒後、その意味を察した桔梗は、早速その手を握り返した。
「ああ、ああ! 僕の事は桔梗で構わないよ! こちらこそ、宜しくだとも!」
「あー、木島くんだけずるいですよぅ! あたしも宜しくお願いしますー!」
空いていた方の手を握られ、傍目からすればシュールな光景になっていた。しかも、ゆまの握っている方は一般的に友好とは真逆の意味合いとして取られてしまうのだが、彼女は特に気に留めていない。というよりも、気付いてすらいない様子だった。
「はいはいよろしく」
曜はもはやどうにでもなれというように、半ば投げ遣りな返事を返す。こうして、彼の学園生活に少しだけ色が加えられたのだった。
「えへへ……! お二人とも、選抜戦がんばって下さい!」
「ああ! 僕と曜くんで、見事代表の座を手にして見せようじゃないか!」
「えっ。桔梗って代表候補だったの?」
「えっ」
「えっ」
担任のお説教と、罰である書類整理の手伝いを終えた頃。窓からはオレンジ色の光が差し込み、日が暮れつつある事を訴えていた。
美弦は来週の選抜戦の事でまだ仕事が残っているらしく、曜はそれも手伝おうとしたところ、先に帰れと一蹴された始末。
「あ……今日の夕飯の希望聞くの忘れた」
昇降口を抜けて校舎を後にした直後に、曜はそんな事を思い出す。しかし、今戻ったところで仕事の邪魔になるだけだろうと判断し、踵を返すことはなかった。
御使家において、家事は基本的に彼が担当している。養って貰っている以上、それ以外の事は極力していこうというのが方針だからだ。
それでも、後ろめたさは拭えない。故に、曜の中では目下のところ、来週の選抜戦よりもアルバイト探しに躍起になっていた。
「日雇いよりかは継続して働ける所がいいなー。コンビニ……は人目に触れるし面倒。無難にファミレスでキッチン希望……口座作ったら流石に気付かれるか。手取りの所に絞るしかないかな」
鞄から取り出した求人雑誌を眺め、それらしい仕事の載っているページに折れ目を入れていく。流石はデュエルの総本山かつKCが管理しているネオ童実野シティといったところか、様々な業種があり給料の平均もいいようだ。
「んー…………最悪、胡桃沢のとこに泣きつくか─────」
不意に、睨み付けていた雑誌が手元から消える。
曜の視線の先では、呆れ顔の女子生徒が奪った求人雑誌を丸めていた。
「────生憎と、校則でアルバイトは禁止よ。不良さん」
丸めた雑誌で、彼の頭をぽこっと叩く。
桃色の髪に赤いカチューシャ。特筆すべき豊満なそれに眼福しつつ、曜は叩かれた部分を擦る。
「あー……見逃してくれたりしませんかね、直江さん」
「逆に聞くけど、クラス委員長のボクがそれを許すと思う?」
直江愛衣。クラス委員長らしく、その姿勢は優等生そのもの。そんな彼女に見付かった事が最大の失態だった。
「観念しなさい。この事は誰にも言わないでおいてあげるから」
彼女は雑誌を鞄の中に収めると、曜の正面に陣取って腕を組む。
「学生の本分は勉強よ。デュエルアカデミアは少し特殊だけど、そこは変わらないわ。それを履き違えないこと。いい?」
「……胡桃沢の手伝い、とかなら」
「だめです。幾らデュエルが強くったって、勉強が疎かになったら元も子もないじゃない。それがアルバイトのせいなら目も当てられないわよ」
捲し立てられ、曜は肩を竦める。こうなった彼女が止まらない事を彼は知っていた。
「わかった参りました。諦めますからそこまでに─────」
「────嘘つき」
その言葉に一度、強い鼓動が曜の胸を叩く。
目と鼻の先まで踏み込まれ、身長差から上目使いに睨み付けられる。その鋭い目付きに、彼は内心で溢れ出す感情を知覚した。
「アンタが嘘を吐いた時って、直ぐに解るんだから。大体、アンタはいつもそう。いつも目先の事ばかり考えて、他の事は後回しにするの」
───────それは罪悪感でもあり、恐怖でもあった。
「もう…………ちっとも変わらないんだから。曜は」
彼女の言う通り、曜は変わらない。馬鹿で臆病なその心根は何一つとして。
故に、どうしようもない嘘を吐き続けている。
「───────ごめん」
「あ…………べ、別に怒ってるわけじゃないわよ! 委員長として注意しただけなんだから!」
険悪な雰囲気になりつつあったその時、曜は背中に何かがぶつかり、思わず前のめる。
「おぉっと、悪い悪い……って、おやぁ? よくみりゃあ、姉の七光りの御使曜君じゃねえか」
曜より一回り大きい体格の男は、制服のラインが彼等のような赤ではなく、青。つまりは三年生にあたる。因みに、二年生は黄色だ。
「ちょっとアンタ、今わざとぶつかったでしょ!?」
「ああ? 今年の一年は礼儀も知らねぇのかよ。第一、こんなところで立ち往生してるてめぇらが悪いんだろうが」
「だったらそう言えばいいじゃない! そんな事で謝らない理由にはならないんだから!」
「…………ぎゃーぎゃー喧しいんだよクソ女」
男は無造作に拳を振り上げると、愛衣に向かってそれを振り下ろした。
鈍い音が響く。しかし、幾ら待っても来ない衝撃に、愛衣は恐る恐る閉じた目蓋を開いた。
「っ………そこまでにしてくれますか、土間先輩。選抜戦前に問題起こすのは、代表候補同士として本意じゃないでしょう?」
愛衣を片手で制し、口の端から血を流す曜の姿があった。
「曜……!? どうして…………!」
「このくらいどうってことない。……失礼します、先輩」
曜は同じ代表候補の土間石動に頭を下げ、切れた唇から伝う血を拭う。そして乱れたマフラーを整えると、愛衣の手を引いた。
「口、切れちゃってるじゃない! 保健室に行かなきゃ……」
「大丈夫だから。帰ろう」
抵抗できない程の力で引っ張られ、彼女がもたつくのも構わず曜は歩みを進める。
予期できた事だった。故に愛衣を危険に晒してしまったのは自分の落ち度だと、曜は自責する。
「待って……ねえ、待ってったら!」
「暫くは俺に近寄らないほうがいいよ。じゃないと、今みたいな目に合う」
愛衣を拒絶し突き放す。自分の周りにいれば、同じように不当な因縁をつけられてしまうから。解っていた筈なのに、桔梗やゆま達との事で平和ボケしてしまっていた。
「違うの……! ボクが勝手にやっただけで、曜は何も─────」
愛衣の言葉は、その全てが曜の耳に入る事は無かった。背後で石動がわざとらしく張り上げた声に遮られたからだ。
「──────スカシ野郎が。結局は、御使美弦も身内贔屓するような屑だったって事か」
曜は唐突に立ち止まり、愛衣は思わずその背中にぶつかる。
「…………………………誰が」
その声音は、彼女がよく知る幼馴染みのものとは思えない程に低く、威圧的で。
「────────────なんだって?」
怒気と言うには生温い程の、冷徹な気配を帯びていた。しかし、石動はそれを嘲笑い、一蹴する。
「ハッ。図星なんだろ? そう熱くなるなよ」
気が付けば、部活上がりの生徒達が、彼等の周囲に集まっていた。これを好機と捉え、石動は態とらしく声を上げる。
「今年の代表候補の指名にゃ、誰も納得しちゃいねえ。三人が御使美弦お抱えの一年で、その中には編入して一月程度の弟がいるってのは、明らかに臭すぎる」
つまり、出来レース。石動はそれを信じて疑わない。否、石動のみに限らず、大半の生徒は同じような考えを抱くだろう。
「編入試験も八百長だったんだろ? 大好きな姉貴の威光にすがり付いて、おんぶに抱っこで此処までのこのこやってきたんだろ? さぞかし生温くて生き易かっただろうな!」
「アンタッ……美弦さんがそんな事する筈無い! 言い掛かりにも限度ってものがあるわよッ!」
「さあ、どうだかな。この場にいる奴等は、そうは思ってねえみたいだが?」
周囲がざわつき始める。そして、彼の言う通り、ギャラリーの口々には疑念が混ざり始めていた。
「ッ……訂正しなさい! みんなも、こんな奴の法螺を鵜呑みにしちゃだめなんだからッ!」
「部外者が何を言った所で、疑いが増すだけだ。本当はお前も此方側なんだろ? さっさと鞍替えした方が身の為だぜ?」
「そんなのこっちから願い下げよ!」
愛衣は俯く曜の前に出て、拳に有らん限りの力を込めて反論する。しかし、時既に遅く、彼女の言葉は最早誰一人として信用に至らなかった。
思い描いた展開に、石動は下卑た笑いを溢した。しかし直後に、その目に映ったそれに、思わず怪訝な顔を浮かべる。
声を荒らげる愛衣の背後。事の中心である少年は、自らが置かれている立場とは裏腹に"笑っていた"。
悪戯をする餓鬼のように。堪えるつもりが、どうしても漏れてしまう無邪気な笑みで。
───────演出ご苦労、哀れな"
曜はこの世界で一番手っ取り早く、かつ誰もが納得できる手段を選び取る。
「───────デュエルしよう。土間先輩」
返事も待たず、その右腕にアカデミア支給のデュエルディスクを装着し、起動させる。
KC社が開発した、次世代のエネルギーを発生させる半永久機関『モーメント』。デュエルディスクの内部にはそれを小型化したものをエンジンとして組み込まれており、起動と共に内部の小型モーメントが回転を始め、甲高い音と共に虹彩を放つ。
「は?」
「ああ、解り辛くて悪かった。代表候補の土間先輩を倒して、証明すると言ったんだ」
その言葉が、石動の琴線に触れるのは容易かった。
「……………そんなに無様を晒してえんなら相手してやるよ」
彼も同様にデュエルディスクを取り出し、腕に取り付けた。基本的に、支給のデュエルディスクはその学年と同じ色を基調とされているが、彼の物はブラックメタルに塗装され、所々が刺々しく改造されている。
「曜!? あんた、今どんな状況か解ってるの!?」
「付き合う必要は無いよ。離れてて」
状況を呑み込めずにいる愛衣に向けて冷たく突き放すように言い残し、曜は前に歩み出る。
───────これだけの観衆がいて、都合の良い
「一つ、賭けをしようか。土間センパイ──────」
無邪気な笑みを浮かべながら、曜は石動にそれを言い放った。
「遅いですねー」
「ああ…………ここまで来ると、どれ程の罰を受けているのだろうね、曜君は」
ゾッとしない想像に寒気を覚えつつも、二人は健気に校門の前で立ち尽くしていた。
「もしかしたら、反対側の方から帰っちゃったんじゃないでしょうか……?」
その推測に盲点を突かれ、桔梗は思わずハッとする。
「無きにしも非ず。手分けして待つべきだったかな…………」
夕日が校舎に映え、時刻もぼちぼち閉門が近い。
部活を終えた生徒達が校門を抜け、続々と帰路についていく。そんな彼等の背中を二人で見送りながら、揃って溜め息を吐いた。
「遅いですねー」
「遅いねー」
「───────おーい! いま本校舎の前で面白い事になってんぞ!」
諦めて切り上げてしまおうか。桔梗がそんな事を口にしようとした直後、一人の生徒が声を上げながら、丁度校門を抜けようとした友人達の輪に息を切らせながら入っていく。
「なんだよいきなり。それよか、早くゲーセン行かねーと閉まっちまうぞ」
「それどころじゃないんだって! デュエルだよデュエル!」
「いや、フツーじゃねそれ。デュエルアカデミアよここ」
「それが代表候補同士のデュエルなんだよ! しかもやり合うのはあの"鉄火の石動"と、御使先生の弟らしいぞ!」
「え、まじ? 来週から選抜戦なのにイミフなんですけど」
「どちらにせよゲーセン行ってる場合じゃねぇ! デュエリストの血が騒ぐぜ!」
「テンション上がり過ぎだし、掌返すのはえーよ。いや見に行くけどさ」
一斉に反転して、ばたばたと本校舎に向かっていく。
そんなやり取りを直ぐ側で耳にしていた桔梗とゆまは、互いの顔を見合わせると、直ぐ様彼等の後を追って駆け出したのだった。