「……今、何て言いやがった?」
「だーかーらー。負けた方は代表候補から降りましょうって言ったんですよ」
曜が持ち掛けた賭けの内容に、この場を取り巻く空気が一斉に凍り付いた。
誰もが彼の正気を疑う中、真っ先に声を上げたのは同じく代表候補の面々達。
「あ、アンタ、その言葉の意味を解って言ってるの!?」
「そ、そうだとも! 何事かと思って駆け付けてみれば、代表候補を自ら投げ出そうなんて………!」
「別に? 一足先に選抜戦を始めるだけだ。何もおかしいことは無い」
当の本人は何処吹く風といった様子で、靡くマフラーの先を弄んでいる。
「で、先輩はどうするんですか? この賭けに乗りますか降りるんですかー」
あれだけの大口を叩いた手前、石動に残された選択肢はただ一つのみだった。それを理解している上で、あたかも余地があるように問い掛ける。曜は完全に今の状況を楽しんでいた。
「いいぜ……乗ってやるよその賭けに」
「ありがとうございます。それじゃ、始めましょうか」
お望み通りぶっ潰してやるよ…………先行は俺だ!」
石動は曜の掌で踊らされている事に半ば感付きながらも、彼のプライドがそれ認める訳にはいかず、その事を意識の隅に追いやった。
デュエルディスクによるデッキのシャッフルが終わり、先行に選ばれた石動が力任せに初手となる五枚をドローする。
曜もそれに倣い、デッキから引いた五枚を手札とした処で、戦いの火蓋が切って落とされた。
───────────────────
【土間石動】 LP 8000/Ha.5
◇
【御使曜】 LP 8000/Ha.5
───────────────────
「鉄火の石動………確かそう呼ばれてましたよね、あの人」
ゆまは先程の生徒達の会話を思い出した。
「うん。僕も実際に土間先輩のデュエルを見るのは初めてだけど、その戦術は凄烈なものと聞くね。なんでも、守りを度外視にして、パワーカードでとにかく攻めに行くスタイルのようだ。でも、もしそうなら曜君が後攻を取ったのは僥倖だったかもしれない」
「ふぇ? それはどうしてです?」
頭にハテナを浮かべて首を傾げるゆまに、桔梗は言葉を重ねる。
「先行は攻撃できない。攻めに転じれないという事は、土間先輩のデッキの利点を殺したと言っても過言ではないからね」
「あ! なるほど、確かにそうですね!」
合点がいき掌を合わせるゆま。そして同時に、流石は代表候補だと、桔梗に対して関心を抱いたのだった。
「まあでも、事はそう上手くいかないみたいだ」
「え……………あっ!」
促す桔梗の視線を辿ると、不敵な笑みを浮かべる石動の姿があった。
「クククッ………今なら地面に頭擦り付けて謝るだけで許してやらねぇ事も無いぜ?」
この大衆の前で前言撤回し、許しを請えと石動は言う。曜はその反応を見るに、彼の手札が余程良いものと推測した。
その上で、有るかも定かではない情けを一蹴する。
「御託は良いからさ。来なよ」
「────────────────」
無知とはこれ程までに人を愚かにするのだろうか。
石動はそのデュエルスタイルもさることながら、気性が荒く、このアカデミアでは札付きの不良として周知されていた。美弦の存在が彼の抑止になるとはいえ、それでも誰も彼には近付かないし、関わり合いなどもっての他である。そんな彼に対し此処まで大きく出られ、あまつさえその神経を進んで逆撫でしようとする者など、これまでに誰一人として存在しただろうか。
現に観客の大半は、曜の仕出かした暴挙に開いた口を塞ぐのも忘れるほど唖然としていた。
「テメェはマジで潰す! 俺は手札から《コアキメイルの金剛核》を発動! その効果でデッキから《コアキメイル》カード1枚を手札に加える! 永続魔法《コア転送ユニット》を手札に加え、そのまま発動するぜ!」
激昂する石動の背後に、高さ三メートル程の大きなシリンダーが出現した。その底の部分には、独特な紋様が刻まれている。
「《コア転送ユニット》の効果で手札のカードを1枚捨て、デッキから《コアキメイルの鋼核》を加える。そして《コアキメイル・ウルナイト》を召喚!」
シリンダーの内部で電気が乱舞し、現れたのは律動する物体。コアキメイルモンスターの心臓とも呼ぶべきその鋼核は、まるで意思を持っているかのように装置のガラスを突き破り、召喚された半身半馬のモンスターへとその管を伸ばした。
そして、鋼核がモンスターの胸部に沈んでいき、同化を果たす。次の瞬間、モンスターの体躯を黄金の鎧が包み込み、盾と矛で武装する騎士へと変化した。
《コアキメイル・ウルナイト》
Lv.4/地属性/獣戦士族/ATK2000/DEF1500
────────"コアキメイル"。その名を冠するモンスター群は、共通して自壊効果が備わっている。それが最大のネックなのだが、当然ながら各々がそれに見合ったステータスと効果を有し、また条件を満たせば自壊を免れる事も可能である。故に、使いこなす事さえ出来れば強力な制圧力を誇るカテゴリーだ。
「ウルナイトは手札の鋼核を見せる事で、デッキからレベル4以下の"コアキメイル"モンスター1体を特殊召喚する! 来やがれ、《コアキメイル・パワーハンド》!」
《コアキメイル・パワーハンド》
Lv.4/地属性/機械族/ATK 2100/DEF 1600
地面を割り、体の各所にドリルを備えた機械の巨人が現れる。その攻撃力は下級モンスターの中でも最上級であり、正に石動の主義を体現している。
「ハッ、今日は大盤振る舞いだぜ! 手札の鋼核を除外し、《コアキメイル・マキシマム》を特殊召喚だァ!」
石動の眼前に《コアキメイルの鋼核》が出現する。そして、脈動を繰り返す鋼核に刻まれた紋様が、著しく輝き始めた。
直後、鋼核の内から水銀のような液体が溢れ出し、流動し、収束していく。
「俺の切り札を拝ませてやる! 泣いて喜びやがれ!」
巨大なドラゴンへと変容を果たし、咆哮は大地を揺るがした。
《コアキメイル・マキシマム》
Lv.8/風属性/ドラゴン族/ATK3000/DEF2500
石動の有する最強のモンスター。その力は、幻のレアカードであるかの白竜に匹敵する。
「カードを1枚セットし、墓地の金剛核の効果を発動しておくぜ。こいつをゲームから除外することで、俺の場のコアキメイルはこのターン破壊されねぇ。これで自壊の心配はねぇって訳だ」
石動が余裕綽々とターンエンドを宣言し、曜へとターンが回ってくる。そして、周囲の観客達は既にこのデュエルの結末を決定付けていた。
──────────────────
【土間石動】LP 8000/Ha.1
〔モンスター〕
《コアキメイル・ウルナイト》
Lv.4/地属性/獣戦士族/ATK2000/DEF1500
《コアキメイル・パワーハンド》
Lv.4/地属性/機械族/ATK2100/DEF1600
《コアキメイル・マキシマム》
Lv.8/風属性/ドラゴン族/ATK3000/DEF2500
〔魔法・罠〕
《コア転送装置》永続魔法
《■》
◇
【御使曜】LP 8000/Ha.5
───────────────────
「あうぅぅ…………大丈夫なんですか、これ?」
「厳しい状況だね……単純な攻撃力もだけど、コアキメイル・マキシマムは自分のメインフェイズに一度だけ、相手の場のカードを一枚破壊する効果を持っている。けれど、仮にマキシマムを破壊しても、コアキメイル・ウルナイトの効果で後続を呼ばれてしまう……どちらにせよ、このターンでその二体をどうにかしないと」
「そ、そんなあ~」
既に周囲の観客の中には、曜に向けて哀れみさえ覚えている者もいた。その雰囲気に呑まれているゆまの隣で、桔梗は冷静に分析する。
三体のモンスターは、それぞれのレベル帯における最大級の攻撃力を誇り、石動の理想とする展開でデュエルは進行されている。このターンでこの盤面を崩せなければ、次の石動のターンで一気に勝負が決まるのは明白だった。
しかし、対する曜に焦りは見られない。それどころか、えらく達観しているようにも見えた。
「……もしかして、何か策が?」
「──────策どころか、もう見えちゃってるわよ、アレ」
彼らの隣で腕を組み、デュエルを見据えていた愛がそう言い切る。
「まったく……変わったんだか変わってないんだか………」
「あのぅ……見えてるって何がです?」
重たそうに腕に乗せられているソレに釘付けになっている桔梗の代わりに、ゆまは愛衣へ問い掛ける。それに気付かない愛衣は、ため息混じりに答えた。
「勝ち筋。勝てるって確信した時、片目を閉じる癖があるのよ。丁度あんな風にね」
未だ口内に残る鉛のような味。それに加えて、鼻につく血の匂いが煩わしくて堪らない。痛みは熱となって、赤く腫れた部分からじわりと滲み出ていく。
「やられたら倍返しにしてやるのがポリシーなので」
故に閉じていた片目を開き、曜は宣言する。
物理的かつ精神的に、完膚なきまでの敗北を与え、完全なる勝利を奪い取ると。デュエルなら命の危険とか、そういう支障は無いのだから。多分。
「威勢も此処まで来ると滑稽だなぁオイ。俺も暇じゃねぇんだ。やる事だけやってさっさとターンエンドしろや、クソ餓鬼」
「んじゃ、御言葉に甘えて。
────────────《天空の聖域》を発動」
唇に付いた血を嘗め取り、そのカードをセットする。
瞬間、夕暮れの空が曇り無い青天へと塗り替えられていく。更に、地には雲が吹き抜け、石動の正面に神殿が聳え立った。
その光景に、この場にいる人々は息を呑む。石動さえ言葉を忘れ、思考までも止めて、それを見上げていた。
「《ヘカテリス》は手札から捨てる事で、デッキから永続魔法《神の居城─ヴァルハラ》を手札に加える。そんでもって、そのまま発動ね」
陛の頂上。背後に出現した玉座に腰を掛け、曜は眼下の石動と彼の率いるモンスター達を睥睨する。
あれほど巨大なモンスター達も、此所から見るれば酷く矮小な存在に思えた。
「見とれてるとこ悪いけど、まだまだはこれからだ。ヴァルハラの効果を発動する」
曜が指を鳴らす。すると背後から天使の輪と光の羽を備えた光球が飛び出し、彼の周囲を幾度も回転し始めた。
《ティンクル・シンクロン》
Lv.1/光属性/天使族/チューナー/ATK 0/DEF 0
「ヴァルハラは、自分の場にモンスターが存在しない時、一ターンに一度だけ手札から天使族モンスターを特殊召喚できる。そして、《ティンクル・シンクロン》の効果発動。このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分フィールドのモンスター1体を選択し、そのモンスターと同じレベルの光属性・天使族モンスター1体をデッキから手札に加える。そして手札に加えた《ワタポン》は、カード効果で手札に加わった場合、特殊召喚できる」
《ワタポン》
Lv.1/光属性/天使族/ATK200/DEF300
次いで召喚されたのは、毛玉に触角の生えたようなモンスター。二体はじゃれ合うように曜の周囲を飛び交っている。
「念願の出番だ、目を覚ませ…………レベル1《ワタポン》にレベル1《ティンクル・シンクロン》をチューニング」
曜は呟きと共に、眼前に投影されたメニュー内にある『Synchro』の表記をタッチし、対象となるモンスターを選択した。それに従い、ティンクル・シンクロンは緑の光輪へとその身を変化させ、一個の星となったワタポンがその中心に位置する。
「その唄は、陰を討ち祓う至高の福音。シンクロ召喚──────奏でろ、《ヘメラ》!!」
二体のモンスターが融け合い、世界を包む程の光が弾けた。
「1ターン目からシンクロ召喚だと!?」
驚愕しながらも、石動は視線を庇った腕を退け、そのモンスターを目にした。
微風に金砂の髪を靡かせ、純白の衣を纏う少女が、羽毛のようにゆらゆらと曜の頭上から舞い降りてくる。
《ヘメラ》
Lv.2/光属性/天使族/シンクロチューナー/ATK 1000/DEF 1000
「─────むぐっ」
そして、ゆっくりと降りてくるヘメラの体が、曜の上に覆い被さった。静かに寝息を立てる彼女と、身体をくの字に折り曲げ苦しそうに受け止める曜。その異様な姿に、周囲の視線が嫌なほど突き刺さる。
「……………重いッ!」
曜が思い切り頭を持ち上げると、上に乗っていたヘメラの体が神殿の床に放り出された。その拍子に頭を打った事で漸く目を覚ました彼女は、未だ開ききっていない瞳で周囲を見渡している。
『でばん?』
「ああ。だからシャキッとしてくれ」
『………わかった』
目を擦り、盛大に伸びをした後、その背中に穢れ無い一対の白翼を展開する。そしてそれを羽ばたかせて宙に浮遊し、漸く正面へと向き直った。当然ながら、その視線の先では、三体のモンスターが威嚇じみた唸り声を上げて待ち構えている。
『…………………………………』
睨み合う一人と三匹。しかし、直ぐに相手側へと軍配が上がったのだった。
ヘメラは涙目になりながら曜の元へ引き返すと、抱き付いてその胸に顔を埋めた。そして、彼は鬱陶しそうにそれを引き剥がそうとする。
「こいつはもうっ…………! ティンクル・シンクロンを素材とした天使族シンクロモンスターの召喚に成功した時、デッキからカードを一枚ドローし、そのレベルを一つ変動させる! 俺はヘメラのレベルを1上げる!」
頑なに離そうとしないヘメラに観念したのか、曜は動き辛そうにカードを引いた。そのカードを見て、口端を吊り上げる。
「は、ハッ! 幾らシンクロ召喚といえども、召喚したのがそんな雑魚モンスターか!? 虚仮威しにもなりゃしねぇ!」
「さて、それはどうかな。《神秘の代行者 アース》を通常召喚し、その効果でデッキから《波濤の代行者 ネプチューン》を手札に加える」
曜が床を踏み鳴らすと、足下から光が溢れ、そこから緑と青の鮮やかな翼に白い肌の天使が飛び出す。
《神秘の代行者 アース》
Lv.3/光属性/天使族/チューナー/ATK 1000/DEF 800
アースは携えた杖を振るい、青い光を産み出して曜へと託した。彼はその光を受け取ると、上空目掛けて放り投げる。
「そして、ネプチューンは手札の天使族モンスターを除外して特殊召喚できる! 更にフィールドに《天空の聖域》が存在している場合に特殊召喚に成功した時、相手フィールドのモンスター一体の攻撃力を0にし、その数値分のライフを回復する!」
「ん、だとォ!?」
放物線を描いた青光は《コアキメイル・マキシマム》眼前に差し掛かると、無数の水滴となって拡散し、渦となって灰銀の竜へと襲い掛かった。
マキシマムから奪い取った力は光の粒となって水流に混ざり、曜の傍らに降り立った、壮年の姿をした青々たる翼の天使の下へ集う。
【御使曜】LP 11000/Ha.2
《波濤の代行者 ネプチューン》
Lv.5/光属性/天使族/ATK 2300/DEF 0
「これでアンタの切り札は形無しだ」
「舐めた真似しやがって……だが、何も切り札が一枚だけと言った覚えはねえぜ! リバースカードオープン、永続罠《コアの再錬成》を発動だ! 墓地から現れよ、《コアキメイル・ヴァラファール》ゥ!」
《コアキメイル・ヴァラファール》
Lv.8/炎属性/悪魔族/ATK3000/DEF2100
大地を裂いて現れた、灼熱を帯びた巨大な悪魔の咆哮が周囲の雲を吹き散らす。その攻撃力はマキシマムと比肩していた。
「次のターン、テメェのライフを一瞬で蹴散らしてやるよォ!」
「残念だけど、"次なんて無い"。レベル5《波濤の代行者 ネプチューン》にレベル2《神秘の代行者 アース》をチューニング!
秩序と安寧を司る、無謬の光明を示す守護者!シンクロ召喚─────来てくれ、《神威の代行者 ジュノー》!!」
聖域より遥か彼方。陽光が収束した一条の光が天より降り注ぐ。その光の中に、その姿はあった。
《神威の代行者 ジュノー》
Lv.7/光属性/天使族/シンクロ/ATK 2500/DEF 2000
ゴシックタイトの服装に幾つものアクセでコーディネートした、現代色に染まりきっている天使が降臨する。得意気な面持ちは自信の表れか、ジュノーはその大きな白翼をはためかせ、腰に手を当て石動達を見下した。
「ジュノーがシンクロ召喚に成功した時、"1ターンに1度だけ、墓地の代行者モンスターを除外する事で、通常召喚に加えて天使族モンスターを召喚できる"効果を、自分の場に存在する《天空の聖域》に与える! その効果で、俺は《奇跡の代行者 ジュピター》を召喚!」
《奇跡の代行者 ジュピター》
Lv.4/光属性/天使族/ATK1800/DEF1000
金星の方角から一筋の光が走り、茶色の羽を持つ天使が降り立つと、彼は膝をついて曜へと頭を垂れた。
「ジュピターの効果発動! 墓地の代行者モンスターを除外し、自分フィールドの光属性・天使族モンスター一体の攻撃力を800ポイントアップさせる! 墓地の《神秘の代行者 アース》を除外し、ジュノーの攻撃力を上げる!」
《神威の代行者 ジュノー》ATK 3300
ジュピターから光を受け取り、ジュノーの翼が更に大きく輝きを放つ。
準備は整った。曜はゆっくりと右手を掲げると、彼の僕たる天使達は彼の周囲に集う。
「あんたの敗けだ。ジュノーで《コアキメイル・マキシマム》に攻撃」
そして、曜は右手を無造作に降り下ろし、その命を下した。
ジュノーは右手に煌々と輝く光球を産み出すと、力を失い地面に這いつくばる水銀の龍へと、払うような動作でそれを放つ。
光球がマキシマムの体に触れた瞬間、炸裂する光の奔流が巨体を跡形もなく呑み込み掻き消した。
【土間石動】LP 4700
「チィッ…………だが、残った二体の攻撃力はウルナイトにさえ届きゃしねえ!」
「なんの! 俺の場にジュノーが存在する限り、他の自分の天使族モンスターが相手モンスターとバトルするダメージ計算時、その攻撃力をゲームから除外されている天使族モンスター一体につき400ポイントアップさせる! 除外されている天使族モンスターは3体! よって俺の攻撃モンスターの攻撃力は1200ポイントアップする! ジュピターでパワーハンドに攻撃!」
「何ィ!? ぐあッ!!」
パワーハンドの鋼鉄の体が、ジュピターの剛拳によって粉々に粉砕される。
【土間石動】LP 3800
「ヘメラでウルナイトに攻撃!」
「糞が! だが、ヴァラファールさえ残っていりゃあ次のターン………で…………?」
何時まで経っても攻撃が到来せず、立ち尽くすウルナイトと石動。
一番困惑しているのは、命令を下した曜本人であり、未だ体にしがみつくヘメラの首根っこを掴んで無理矢理引き剥がすと、顔と顔を付き合わす。
「攻撃と言った」
『……………むり』
ヘメラは涙目に断言する。傍目から見れば、大人げなく子供を泣かせているチンピラの図である。
しかし、今はデュエル中であり、少女は歴としたモンスター。現実ではなくそういう演出なのだと、傍観者達はその異様な光景について半ば無理矢理納得するしかなかった。
「…………………………ヘメラの効果発動! 墓地の光属性・天使族モンスターを除外する事で、シンクロ召喚を行う事ができる! 《波濤の代行者 ネプチューン》を除外して、レベル4《奇跡の代行者 ジュピター》にレベル3となった《ヘメラ》をチューニング!」
曜は溜め息混じりに攻撃を断念する。どちらにせよ、既に勝ちは揺るがないと判断して、その最後の仕上げに取り掛かった。
先程とはうって変わり、活躍の場を与えられたヘメラは嬉々として翼を広げて飛翔する。
ヘメラはジュピターが変化した三つの星を抱き、祈るように両手を胸の前で重ねた。彼女の周囲で三つの翡翠色の輪が乱舞し、煌々と輝きを強めていく。
「太古の聖痕刻まれし龍……暗雲を断ち、此処に顕現せよ! シンクロ召喚────────来てくれ、《エンシェント・ホーリー・ワイバーン》ッ!」
その刹那。雷光と共に、金色の鬣を靡かせた幾何学的な紋様を刻んだ龍が降臨した。
《エンシェント・ホーリー・ワイバーン》
Lv.7/光属性/天使族/シンクロ/ATK 2100/DEF 2000
「エンシェント・ホーリー・ワイバーンは自分のライフが相手より上回っている場合、その数値分を自身の攻撃力に加える。俺とアンタのライフ差は7300。そして、こいつは見掛けに寄らず天使族で、ジュノーの効果が加算される。今除外されている天使族モンスターは4体だから………さて、最終的な攻撃力は幾らでしょーか」
刻まれた紋様と鬣が逸烈な輝きを放ち、バチバチと音を立ててスパークを帯び始める。
「い、いちまん……せん……だとォッ!?」
「正解。じゃプレゼントだ。エンシェント・ホーリー・ワイバーンでコアキメイル・ヴァラファールに攻撃! ──────────ハウリング・インパクトッ!!」
「馬鹿な……この俺が一年に敗け──────ぐぉおおおおおおおぉぉおあッ!!?」
彼方まで轟き渡る咆哮が、石動を粉砕されたモンスターもろとも吹き飛ばした。
【土間石動】LP -4200
沈黙がこの場を支配していた。
誰もが、何時の間にか手には汗を握らせ、視線は無意識にデュエル奪われていた。
「……………わ、ワンターンキル……です……よね?」
「ああ……それも後攻で、ね」
ゆまも、予想だにしなかったデュエルの結果に唖然としている。その隣で一人、桔梗は物思いに更けていた。
(彼は…………いや、決め付けるのは早計かな)
「ふん。あれくらい当然よ」
「………なんで君が得意気なんだい?」
すると、何処から途もなく一人の拍手が聞こえた。
「─────────本番前にこんなものを見せられては、気が重くなるばかりだよ。でも、素晴らしいデュエルだった。皆もそう思わなかったかい?」
彼の言葉を皮切りに、我に帰り始めた観客から、歓声と拍手が送られる。
曜に対する悪評は完全に忘れ去られ、惜しみ無い賛辞が飛び交っている。しかし、曜自身はその事を些事たるものと捉えていた。
「御使曜君。君を一人のデュエリストとして心より歓迎するよ。けれども関心しないな………代表候補という名誉は、そんなに軽々しく扱うものじゃない」
三年の制服を着た彼は、聖域の陛の下へ歩み、曜を睨み付けた。
龍剛院燼。龍皇の異名を持ち、アカデミアにおいて歴代最強と呼び声高い天才デュエリスト。事実、中等部からこれまでの五回に渡るDCSの全てで、彼はその首位の座を独占している。
頂点に座す者と、それを見上げる者。その構図は、本来は真逆のものであった。
「賭けについては冗談のつもりだったんですけど……確かに、考え無しでした。ご教授痛み入ります、龍剛院先輩」
曜はパワーヴィジョンシステムを終了させて、ディスクの電源オフにする。聖域が消え、今度は曜が彼を見上げる事になる。
「……まさか見てくれていたなんて思っても見ませんでしたよ。他の代表候補の人達もちらほら見受けられますけど」
「アカデミアの施設は一級品だからね。調整もしていれば、皆帰りが遅くもなるのさ」
視線を交わし合う。不穏な空気さえ漂わせ、しかし直ぐに曜は踵を返した。
「閉門の時間なので、お先に失礼します。ああ、土間先輩もデュエルしてくれてどうもです。では」
立ち尽くしている石動へそう告げて、そそくさとこの場を後にする。思い出したように彼の後を追う桔梗とゆまの二人。それに続くように、観客達も改めて帰路についていく。
「石動。君はどうするんだい?」
「……………テメェには関係ねぇだろ。気安く話し掛けるんじゃねぇ」
デュエリストがその矜持ごと完膚なきまでに叩きのめされたら、斯くもこうなるのだろうか。
石動は人混みを掻き分け、何処へ途もなく消えていく。その背中を見届けて、燼は歯噛みした。
「曜君…………君のやり方は、間違っている」
「随分と彼にご執心ね、燼?」
流麗な紫色の髪を頭の両端で束ねた美少女が、彼に歩み寄る。
「雪乃………いやなに、かの"日輪"の弟となれば、ね」
藤原雪乃。今注目されている話題の若手女優であり、代表候補でもある彼女は燼の傍らに立ち、再び赤く染まった空を見上げた。
「あの子のデュエル、綺麗だったわ。戦い方もすごく緻密で、何よりモンスター達がまるで生きているようだった」
「うん…………でも、僕の憧れた光とは程遠かった」
燼は断言する。彼の記憶の中にあるその光はもっと鮮烈で、大きかった。それを、彼は忘れてしまっているのだろう。否、きっと履き違えているに違いない。
─────ならば正そう。この力で。
そこは、ネオ童実野シティの上流階級が集うトップスと呼ばれる地区の、とある高層マンションの一室。
家庭的な部分が皆無の姉が独断で契約したが故に、二人暮らしでも尚持て余している感の否めない、無駄にだだっ広い家に辿り着く。そして脱いだ靴をキチッと揃えてから、リビングの低反発ソファに身を投げる。
そのまま、微動だにすることなく一分弱。内心で今日一日の事を振り返り、
(────────あ~っぶね~! 脳禁馬鹿で助かった…………!)
激しく安堵する。緊張はほどけ、今になって冷や汗が体中から滲み出た。
石動のお陰で、学園内での曜の評価は大いに見直された事だろう。だが、彼にデュエルを仕掛けた理由は、周囲を見返す事以外にもあった。
それは、デッキの相性である。
コアキメイルの真価は、その妨害能力の高さにある。高いステータス故に戦闘による破壊は厳しく、されども行動を阻害する手段にも富んでいるのだ。特に光属性と闇属性モンスターに対してはそれが顕著であり、曜の扱うデッキにとってそれは天敵も同然である。
もし仮に来週、尚且つ二回戦以降で戦う場合、対策されれば最も対処のしようが無いのが石動だった。故に曜は彼にあの賭けを持ち掛けたのだ。
(わかりやすくて助かった。他の代表候補が見てたのは予想外だったけど)
曜は事前に代表候補達のデータを把握していた。その使用デッキ、得意とする戦術、本人の性格。過去の映像や新聞部の記事、人伝に聞いた話などによって、諸々の情報は頭の中に叩き込まれている。
石動をわざと挑発し、選抜戦の棄権を持ち掛ける。その性格上確実にこの勝負に乗るという確信があったし、あれだけの観客達の手前、勝てば迷わず棄権するだろう。言葉通り、一回戦を先に行ったというわけである。
(一先ず、選抜戦はこれで幾分か楽になったな)
相変わらず、自分の意地汚さに嫌気がさす。それでも、目的を果たす為の手段だと判断したのだから仕方が無い。第一、仕組んだとはいえ、戦いそのものは正々堂々だったのだから問題は無い筈だ。
──────まあでも、きっと御使曜という人間は、元々こういう在り方だったかもしれない。
体を起こしてマフラーを取り外し、目の前のテーブルに放る。その下には、"まるで首輪のように首を覆う黄色い線"が雑多に幾重にも刻まれていた。
「マーカー…………罪人の烙印、か」
治安組織であるセキュリティが犯罪者に刻む、この街の人々にとっては忌むべき印。決して消えず、マーカー内に埋め込まれたマイクロチップによって常にマーカー付きは監視される。
季節外れのマフラーは、これを隠す為だった。そしてこの傷だけは、なんとしても露見させてはならない。
『──────いたい? ますたー』
声がすると共に、虚空から少女はその姿を現す。デュエルモンスターズの精霊、と呼ぶべきだろうか。不思議な事に彼女だけはこうして意志を持ち、話すこともできれば実体化もできる。
曜も初めは戸惑い、夢か何かと思いもしたが、今では当たり前のようになっていた。
「全然。殴られた所はまだ痛いけど」
『ん。まってて』
普段ならば、ヘメラはこの時間はカードの中で眠りについている。しかし、先程のデュエルのせいか、珍しく起きたままだった。
彼女は曜の隣に正座し、その頬を撫でる。すると、穏やかな光が傷を包み、そこに優しい暖かさが広がった。やがて痛みと共に腫れは引いていき、触れてもなんとも無くなっていた。
「…………それで? 結局のところ、お前は何なんだ?」
『? ……へめらはへめらですが』
「そういうのを聞いてるんじゃなくてだな………」
当たり前のようになっているが、どう考えようとも異常だ。実体化すると言えど、ヘメラの姿は現状、曜のみが視認できる。加えて、触れた時の感触や温もりは確かに感じられ、間違いなく現実のものだ。
『んんー』
頭を撫でたり、髪をといたり、頬をつねったり。その都度、人間らしい感触と反応が返ってくる。断じて幻覚などではないと訴えるように。
先程のように特別な力がある事を除けば、曜となんら遜色無い生き物だった。
『くすぐったい』
「……お前、もっと出来た人間の所に行った方が良いんじゃないの。なんだって、俺みたいな奴に引っ付くんだよ」
以前、ヘメラは自分の事を天使だと言った。彼女の力やその純真さを鑑みるに、その言葉に偽りは無いのだろう。
だが、曜は聖人君子ではない。平気で嘘も吐くし、進んで他人を想い遣る事も考えない。それどころか、他者を利用し踏みにじる事ができる悪人だ。このマーカーがその左証であり、つい数時間前にもそれをやったばかりである。
それを誰よりも近くで見ていた筈なのに、理解できないとばかりにヘメラは小首を傾げた。
『ますたーはやさしいひとだよ………?』
「……………………………………」
────今まで何を見てきたんだ、こいつは。
都合の悪い事に目を背けているのか。しかし、見た目相応の感情しか持たない彼女が、そんな器用な真似を出来るとは思えない。
ともかく、離れる気は無いという事だけは理解できた。
「まあいっか。今はそれで」
再び横になり、まだ見慣れない天井を眺める。此所に越してからまだ一月。それ以前は病院にいたし、そこから更に過去の事は──────。
「少し……疲れたな……」
彼の口から噛み殺しきれなかった欠伸が漏れ、同時に急激に目蓋が重くなるのを感じる。
(洗濯物入れてないし………夕食の準備もまだだけど………ちょっとだけなら)
────ちょっとだけ、自分を甘やかしてもいいだろう。
誰に乞うたかも解らずに、曜は微睡みに身を委ねる。
「あー、あと…………………ありがとな」
忘れてしまわない内にそれだけ告げて、曜は意識を手放した。
眠りに落ちる主人を見詰めて、ヘメラは静かに彼に寄り添う。穏やかな心音を聞き、それに釣られて自身もまた、眠気を感じ始めていた。
けれど、その前に成すべき事がある。
『あいす、たべていい?』
「………………………………………………んー」
『やった!』
ヘメラはその寝言を肯定と受け取ると、とてとてと小走りで台所へ。
冷凍庫からバニラのカップアイスをスプーンと一緒に持ち出して、元の場所へ帰還する。そして、いそいそと封を切り、不器用な持ったスプーンで一口目を掬い上げ、それを堪能するのだった。
『おいしー』
その体から常に放たれる朧気な光が、少しだけ強くなった。
《ティンクル・シンクロン》
Lv.1/チューナー/光属性/天使族/攻 0/守 0
このカード名の①の効果は1ターンに1度しか使用できない。①:このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、自分フィールドに存在するモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターと同じレベルの天使族モンスター1体をデッキから手札に加える。②:このカードを素材としてS召喚に成功した場合、カードを1枚ドローし、そのSモンスターのレベルを1つだけ上げる、または下げる事ができる。
◇
《ヘメラ》
Lv.2/シンクロ/チューナー/光属性/天使族/攻 1000/守 1000
光属性・天使族チューナー+チューナー以外の天使族モンスター
①:──────────────────
②:自分の墓地に存在する光属性・天使族モンスター1体を除外して発動できる。このカード含めた自分フィールドのモンスターを素材としてS召喚する。この効果は相手ターンでも使用できる。
③:──────────────────
◇
《波濤の代行者 ネプチューン》
Lv.5/光属性/天使族/攻 2300/守 0
このカード名は1ターンに1度しか特殊召喚できない。①:このカード以外の手札の天使族モンスター1体を除外して発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。②:フィールドに「天空の聖域」が存在し、このカードが特殊召喚に成功した場合、相手フィールドの表側表示のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力を0にし、その攻撃力分だけ自分のLPを回復する。
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《神威の代行者 ジュノー》
Lv.7/シンクロ/光属性/天使族/攻 2500/守 2000
光属性・天使族チューナー+チューナー以外の天使族モンスター1体以上
このカード名の②の効果はデュエルの中に1度しか使用できない。①:このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、このカード以外の自分の光属性・天使族モンスターの攻撃力は、戦闘を行うダメージ計算時のみ除外されている天使族モンスターの数×400アップする。②:このカードがS召喚に成功した場合、フィールドの「天空の聖域」は以下の効果を得る。
・1ターンに1度、墓地の「代行者」モンスター1体を除外して発動する。このターン、自分は通常召喚に加えて1度だけ光属性・天使族モンスターを召喚できる。