艦娘症候群   作:昼間ネル

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盗聴をしている時はね、自由で誰にも邪魔されず
なんというか救われてなきゃダメなの
独りで 静かで 豊かで…



間宮さんが見てる

「間宮さん、おかわり貰える?」

 

「はいっ、喜んで♪」

 

ある鎮守府の昼。

間宮が営む食堂は大勢の艦娘達で賑わっていた。その中に紛れて食事する一人の男性。彼はこの鎮守府で提督を勤めていた。

彼の両脇に座る赤城、加賀の二人も提督の豪快な食事振りに、暫し箸を休める程だった。

 

「提督、最近よく食べますね」

 

「そうですね赤城さん…何だか見ているこっちもお腹が空いてきます」

 

「別にいいだろ、間宮さんの飯は旨いからな。あ、加賀それ食わないならくれよ」

 

「あっ、私の秋刀魚…!」

 

「ほれ、俺のカツあげるから。ア~ン」

 

「えっ、あ、ア~ン…もぐもぐ(美味しい…じゃなくて、これって間接…///)」

 

〈いいなぁ〉

 

〈加賀さん、いいなぁ〉

 

〈ズルいのね…!〉

 

「…(何かしら、凄い視線を感じるのだけど…)」

 

その一部始終を見ていた赤城が、提督の裾を軽く引っ張った。

 

「提督。加賀さんにはあげて、私にはくれないんですか?」

 

「…お好きなのどうぞ」

 

「わあっ!良いんですか♪ありがとうございまふゅ~」

 

〈ズルい…〉

 

〈ズルいでち…〉

 

〈流石、一航戦…!〉

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、提督さん、いい食べっぷりですね♪」

 

「そうね、伊良湖(いらこ)ちゃん。あんなに美味しそうに食べてくれると作り甲斐があるわ」

 

この食堂を一手に引き受ける給糧艦、間宮(まみや)が同じ給糧艦の伊良湖と共に汗を流していた。常時、三十人以上の艦娘を抱えるこの鎮守府を影ながら支える間宮は、無くてはならない存在だった。

そんな間宮だったが、最近はいつも以上に気合いが入る日があった。

 

「…やっぱり、提督さんが来てくれると間宮さんも気合いが入りますね♪」

 

「えっ?///も、もう伊良湖ちゃん、何言ってるのよ。私は別に、そんな…」

 

「またまたぁ。さっき提督さん来た瞬間、目の色が変わってましたよ~?」

 

「そ、そんな事無いわよ…そんな事…そんなに違ってたかしら?」

 

「だって、提督さんがカツ丼が好きって言ったら、次の日からカツ丼定食が出来ましたよね?」

 

「そ、それは…あぅぅ///」

 

伊良湖にしてみれば、自分の手本となる憧れの先輩だが、こと提督の事になると、驚く程少女に戻る。そんな所が可愛らしくもあり、少しだけ提督に嫉妬する原因でもあった。

 

「も、もう伊良湖ちゃん、からかわないで頂戴」

 

「うふふっ、ハ~イ」

 

確かに伊良湖の言うとおり、提督がこの食堂に来るといつも以上に張り切る自分がいる。それは間宮も自覚していた。

 

「間宮さん、伊良湖ちゃん、こんにちは」

 

この時間帯にしては珍しい客が、二人の前へ顔を出した。

 

「あら明石さん、こんにちは。お久しぶりですね」

 

「こんにちは間宮さん。最近は新入りの娘が増えて私の仕事も増えちゃって…中々こっちにも顔出せないですよ」

 

「うふふっ、明石さんには特にお世話になってるからね。ゆっくりしていってね」

 

「あっ、いや~はい。アハハ…」

 

「…?」

 

間宮と明石の会話を横に、伊良湖は次の調理へと取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ伊良湖ちゃん、また夕方来るから、それまでお願いね」

 

「はい、また後で」

 

昼の賑わいも一段落付き、食堂を伊良湖に預けると間宮は足早に去って行った。

 

〈…最近、この時間は休みたいっていなくなるけど、やっぱり大変なのかなぁ…〉

 

間宮は昼を過ぎると一先ず休むからと自室に戻り、伊良湖もそんな間宮を労り、夕方迄の食堂を一手に引き受けた。だが、間宮の休息の理由は、そんな伊良湖の老婆心とは別の所にあった。

間宮は部屋のドアを閉め鍵を掛けると、机の中から小さな無線の様な物を取り出した。無線に付いているイヤホンを片耳に当てると、布団に横たわった。無線のダイヤルを弄ると、最初は聞こえていた雑音が徐々に消え、何やら人の話し声へと変わっていった。

 

『ピー、ザザーッ…の海域に…の編成で…』

 

〈あ、繋がった。この時間は会議ね〉

 

『で…た後に…赤城の出番だ』

 

〈うふふっ、提督さん、いつ聞いてもいい声してるわね。なんでかしら、この声を聞いてるとまるで戦闘でもしてる様に血が滾ってくるわ。皆、戦ってる時はこんな感じなのかしら…〉

 

最近の間宮が頻繁に休息を取る理由はこれだった。

ここ数ヶ月前から、この鎮守府の提督は皆との親睦を深める為、間宮の食堂に頻繁に顔を出す様になった。その甲斐あってか、艦娘達の提督への親密度は以前よりも上がっていった。その艦娘の一人に間宮も含まれていた。

 

『間宮さんの料理は絶品だね。毎日でも食べたい位だよ』

 

料理を褒められたのは決して初めてではない。だが、艦娘と提督とでは言葉の響きが違った。艦娘達は、あくまで補給の一環としての食事を取る。だが、提督は純粋に自分の料理を味わう為に食べてくれる。それが間宮には何より嬉しかった。

 

『あ、これ俺の好きなカツ丼じゃないですか!もしかして覚えててくれたんですか?』

 

提督に褒められた日は、一日眠れなかった事もある。

 

〈今日は来てくれなかった。昨日の料理、美味しくなかったのかしら…〉

 

提督が来なかっただけで、食堂の機能が麻痺する事もあった。

そんな事とは露知らず、艦娘達からその事を聞かされた提督は、彼女の負担を少しでも減らそうと伊良湖を呼び寄せた。後にそれを聞いた時は、流石に申し訳なく思うと同時に、自分の為にそこまでしてくれた提督に、更に思慕の念を膨らませていった。

だが、提督はあくまで食事の時だけしか自分には会いに来ない。提督への想いが強くなればなるほど、その不満もまた大きくなっていった。

 

間宮は提督、大淀と共に鎮守府の物資を管理する立場にある。

ある時、届いた食材の中に彼女が注文した覚えのない物資が幾つか見つかった。この事を大淀に相談すると、最初はとぼけていた彼女から明石を交えて話があると呼び出された。どうも話を聞くと、大淀が頼んだ睡眠薬、明石が頼んだ数種類の〈栄養材〉を、怪しまれない様にと食材と一緒に送ってもらったらしい。

こんな物を何に使うのか問い詰めようとした間宮だが、自分の条件を飲むなら今後も協力してもいいと取引を持ち掛けた。その条件は提督の執務室に盗聴器を仕込む事。

大淀に提督を呼び出してもらい、その隙に明石が執務室に盗聴器をセットした。

それ以来、人には言えないこの行為が間宮の大切な日課となっていた。

 

 

 

『あなたが瑞鳳(ずいほう)さんですね。宜しくお願いします』

 

〈この声は赤城さんね。新しい新人さんかしら?〉

 

『初めまして。いつかは赤城さんの様な正規空母並の働きをしてみせます』

 

〈今度の新人さんは空母なのかしら?赤城さんや加賀さんみたいによく食べるのかしら〉

 

『そちらの方は…』

 

『潜水母艦の大鯨(たいげい)です。今は無理ですが、いずれは軽空母に…よろしくお願いします!』

 

〈潜水母艦…初めて聞くわね。イクちゃんみたいに海に潜るのかしら?〉

 

『~以上だ』

 

〈あ、会議終わったみたいね〉

 

『提督、宜しければこの後一緒に食べに行きません?』

 

〈今日も来てくれるの?早く戻らなきゃ!〉

 

『いや、今日はまだやる事あるから止めとくよ。明日な』

 

〈えっ、そんな…!駄目よ赤城さん、もっと強引に誘わなきゃ!〉

 

『そうですか、残念です…』

 

〈本当に残念だわ…〉

 

『お前と行くと、俺の飯がどんどん減っていくからな…』

 

『ち、違いますよ!?べ、別に提督のご飯もあわよくば食べれるなんて、そんな事考えてませんよ?』

 

〈そうよ赤城さん、あの料理は提督さんの為に作ったのよ?〉

 

『冗談だよ。赤城は旨そうに飯食うから、ついつい俺のも食べさせたくなるんだよ』

 

〈駄目よ提督さん。あれはあなたの為に作ったのよ?あなたが食べなきゃ意味無いわ!〉

 

『うぅ~///私、そんなに顔に出ますかね?』

 

〈『自覚無いのか』しら…〉

 

『明日の昼な。多分間宮さんの所に行くと思うから』

 

『ハイッ!楽しみにしてます!』

 

〈今日は来ないのね。じゃあ…〉

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

すっかり日も暮れ、夜の(とばり)も下りて来た頃、執務室のドアを叩く音に提督は顔を上げた。

 

「どうぞ」

 

開いたドアから間宮が顔を出した。

 

「あ、間宮さん。どうしたんです、こんな時間に」

 

「いえ、赤城さんに聞いたら今日はまだ仕事してるとの事で、お夜食でもと…」

 

「あ、本当ですか?丁度腹が減ってたんです。助かりますよ」

 

「そうなんですか?なら丁度良かったです」

 

間宮は両手に持つトレーを机へ置いた。そこには今作ったばかりであろう料理が並んでいた。

 

「あ、今日は魚料理ですね。丁度食べたかったんですよ」

 

〈提督さん、夜はさっぱりしたのが食べたいって昼間言ってましたものね…〉

 

「ん、何か言った?」

 

「い、いえ。そう言って下さると作った甲斐もあります」

 

「最近、よく持って来てくれますけど、無理しなくていいんですよ」

 

「い、いいんですよ!私が好きでやってる事ですから!」

 

「そうですか、いつも悪いですね」

 

「いえ、じゃあ私はこれで…」

 

間宮は提督が食事に箸を付けるのを確認すると、部屋を後にした。

 

〈うふふっ、今日も美味しそうに食べてくれたわ。タイミングも完璧だったし。明石さんには感謝しないとね♪〉

 

間宮は上機嫌で食堂へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、たまたま時間が取れた間宮はいつもの様に盗聴器のスイッチを入れた。

 

〈確かこの時間は執務室にいる筈…随分と静かね。今は提督さん一人かしら〉

 

カリカリと引っ掻く様な音だけが聞こえてきた。おそらく書類でも書いているのだろう。声が聞こえないならと、間宮が盗聴器のスイッチを切ろうとしたその時、ドアを開ける音が響いた。

 

〈あら、誰か来たみたい。誰かしら〉

 

『瑞鳳、どうしたんだ?』

 

〈瑞鳳?確かこの間入った娘ね〉

 

『あの、提督。私ご飯作ってみたの。良かったら…食べる?』

 

『おっ、それは嬉しいな。ありがたく貰うよ』

 

『エヘヘッ。そう言ってくれると嬉しいな』

 

〈…〉

 

『ねぇ、提督。私これでも結構料理得意なんだ。特に玉子焼きは。これからも作ってあげようか?』

 

〈えっ、何を言ってるの?提督さんは私の料理が好きなのよ〉

 

『本当かい?じゃあお願いしようかな?』

 

『うんっ!!』

 

〈提督さんっ…!?〉

 

次の日、提督は食堂には姿を表さなかった。

 

 

 

 

 

 

「…さん、間宮さん」

 

「え?ああ伊良湖ちゃん、ごめんなさい。少し考え事してたものだから…」

 

それから二~三日の間宮は仕事中も、心ここに在らずと言った感じだった。

 

「間宮さん、もし私で良ければ何でも言って下さい。私、間宮さんの力になりたいです」

 

「ごめんなさいね伊良湖ちゃん。心配してくれてありがとう。でもちょっと疲れただけだから」

 

「そうですか?」

 

「えぇ。数日もすれば良くなるわ」

 

「間宮さん…」

 

 

 

 

 

 

その日の夜、間宮はいつもの様に盗聴器のイヤホンを耳にした。そこからは、提督の声とは違う聞きたくないもう一つの声があった。

 

『提督、玉子焼き作ってきたの…食べりゅ?』

 

『食べりゅ~!!』

 

『も、もう///今のは噛んだだけなんだから、真似しないでよっ』

 

イヤホンの向こうからは、提督と楽しく談笑する瑞鳳の声。

 

〈提督さん…どうして…どうして私の所に来てくれないんですか?…新しい娘の料理はそんなに美味しいですか?〉

 

『瑞鳳、皆とは上手くやれてるか?』

 

『うん!最初は不安だったけど、赤城さんが色々教えてくれるから大丈夫…加賀さんは少し怖い…かな』

 

『はっはっは、大丈夫だよ。確かに無愛想だけど、ああ見えて面倒見はいい奴なんだよ』

 

 

 

 

 

「くしゅん!!」

 

「あら加賀さん、風邪ですか?」

 

 

 

 

 

『でも良かったよ。ウチは空母があの二人しかいないから負担掛けてるんじゃないかと心配でな。すぐには無理だろうけど、あの二人に変わる位になってくれ』

 

『赤城さん達の変わりなんて…でも、提督がそう言うなら…私、頑張るね!』

 

『あぁ、その意気だ』

 

暫く二人のやり取りを聞いていた間宮だったが、やがて引きちぎる様にイヤホンを取ると、盗聴器のスイッチを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「間宮さん、お願いします」

 

「ハイハイ赤城さん。いつものでいいですか?」

 

昼食時の間宮食堂。

ある任務から帰った赤城が、間宮の下へと顔を出していた。

 

「えっ、こんなに?いいんですか?」

 

「うふふっ、任務帰りでお疲れでしょうからね。サービスです」

 

「ありがとうございます!」

 

いつもの倍の山盛りに赤城は目を輝かせて喜んだ。

 

「…ところで赤城さん。新しい娘…確か瑞鳳さんでしたっけ?彼女はどんな感じです?上手くやっていけそうですか?」

 

「ひゃい?あっ、ふいほうはんれふか?…ゲホッ、すいません。ハイ、一度同じ部隊になりましたが、良い娘ですよ」

 

「そうですか…やはり優秀な娘なんですね。提督さんが高く買っていただけはあります」

 

「提督が…高く…?」

 

「その…この鎮守府は空母が赤城さんと加賀さんしかいませんから、それに変わる空母が欲しいとかで、提督さん、とても喜んでいましたから。もしかして…知りませんでした?」

 

「いっ、いえ。提督からは何も…」

 

「あっ、もしかして言っちゃいけなかったかしら…赤城さん、私が言った事は内緒にしておいてね」

 

「は、はぁ…」

 

「でも、提督さんも酷いですね。この鎮守府の古参の赤城さん達を差し置いて、新しい娘にばっかり目を掛けて…」

 

「いえ、そんな事は…提督にもお考えがあるでしょうし…」

 

「そ、そうよね。長門さんと一緒にこの鎮守府の要とも言える赤城さんの事を疎かにするなんて…提督さんがするわけないですもんね。ごめんなさい、私、早とちりしちゃったみたいで…」

 

「はい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の執務室。とある作戦の会議中。

 

「…ここで瑞鳳の出番となる。その後…」

 

「提督、それは私と加賀さんで充分だと思いますが」

 

提督の説明を遮る様に赤城が割り込んだ。

 

「あぁ、もちろん赤城達でも構わない。だが、瑞鳳にも経験を積ませる意味でも…」

 

「瑞鳳さんを信頼していない訳ではないですが、その海域は瑞鳳さんには少し危険かと…ここは私達の方が適任だと思います。そうですよね?加賀さん」

 

「えっ、ええ…赤城さんがそう言うなら」

 

「うん、まぁ赤城がそう言うなら構わんが…」

 

「わ、私は別に大丈夫ですが…」

 

「申し訳ありません、瑞鳳さん。あなたを信用していないわけではありません。ですが提督の作戦を万全にする為にも、今回は理解して下さい」

 

「は、はい…分かりました」

 

この鎮守府に来て初めての出撃と、張り切っていた瑞鳳は赤城の言葉にガックリと肩を落とした。

 

それから何度か出撃の機会はあったが、その殆どが既に安全な近隣海域のみ。ここぞと言う出番の際には赤城や加賀が、あなたに何かあってはいけないとばかりに、出撃を見合わせる様、提督に進言した。

赤城の善意は嬉しかったが、自分の真価を発揮できない事に、瑞鳳は一抹のやるせなさを感じていた。

 

 

 

 

 

 

「どうしました瑞鳳さん。最近元気がないみたいですが…」

 

港で一人黄昏ていた瑞鳳に、間宮が話し掛けた。

 

「あ、間宮さん。珍しいですね、こんな所で」

 

「うふふっ、私は出撃こそ出来ませんが、よく海を見に来るんですよ」

 

「そうなんですか…」

 

「…」

 

「間宮さんはいいなぁ。皆に必要とされてて…」

 

「何かあったんですか?」

 

「…私、この鎮守府に来た時、提督さんにやっと来てくれた、君の力が必要だって言われてとても嬉しかったんです。

 

「でも、提督さんも赤城さんも、私はまだ練度が低いから気を使ってるのか、あまり出撃させてくれないんです」

 

「そ、それは提督さんにもお考えがあるのでは…」

 

「うん、それは分かってるの。でも、私、もっとお役に立ちたくて…」

 

「…瑞鳳さん。そうがっかりしないで。あ、そうだ。今日、提督さんにお夜食持っていってくれませんか?瑞鳳さんの玉子焼きを一緒に持っていけば、きっと喜んでくれますよ…次いでに出撃できる様、頼んでみては」

 

「…ありがとう間宮さん。提督さん、喜んでくれるかな」

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。可愛い瑞鳳さんが持って来てくれるんですから♪」

 

「か、可愛いだなんてそんな…」

 

「ふふっ、じゃあ後で食堂に来て下さいね」

 

「…うん!」

 

 

 

 

 

 

間宮食堂の裏口、人気の無い場所で一人の艦娘が隠れる様に佇んでいた。彼女の目の前の扉が静かに開き、割烹着姿の艦娘が現れた。周囲に人目が無いのを確認すると、彼女はその艦娘に、そっと紙袋を渡した。

 

「あ、間宮さん。頼まれてた物ですが…まだ実験してないから効果は保証できませんよ?」

 

「私は明石さんを信頼してます。大丈夫ですよ」

 

明石は間宮に小さな紙袋を渡した。

 

「…でも、よく私がやってる事分かりましたね。もしかして間宮さん、私の工廠も盗み聞きしてたり…?」

 

「明石さんは、いかがわしい薬なんて作っていませんし、私も提督や明石さんの事を盗み聞きなんてしません…そうですよね?」

 

「…くれぐれも内密でお願いしますね」

 

 

 

 

 

 

「提督、お夜食持ってきたよ!」

 

すっかり日も落ち、仕事も一段落した提督の下に夕食を持った瑞鳳が訪れた。

 

「お、ちょうどお腹も減ってたんだ。助かるよ」

 

「エヘヘッ」

 

瑞鳳はトレーを机に置くと、器を並べ始める。

 

「ん?それにしては量多いな」

 

「うん、間宮さんがせっかくだから一緒に食べたらって…ダメ?」

 

「ハハ、間宮さんも気を効かせてくれたんだな。じゃあ一緒に食べるか」

 

「うん!」

 

提督と瑞鳳は食事に手を付けた。

 

 

 

 

「うん、間宮さんは本当に料理が上手いな」

 

「その玉子焼きは私が作ったんだよ」

 

「分かってるって。瑞鳳の玉子焼きの味を忘れるわけないだろ」

 

「本当?嬉しいな♪」

 

提督と瑞鳳が談笑しながら夕飯を食べ始めて5分程。瑞鳳は提督がだんだんと無口になっていく事に気付いた。いや、提督だけではない。自分も同じだった。妙に身体が火照る。まるで戦場の真っ只中に放り出された様に神経が研ぎ澄まされていた。

 

〈アレ…どうしたのかな私。な、何だか身体がムズムズする…〉

 

チラッと提督に目をやると、提督もまた彼女を見ていた様で、慌てて視線を外す。

何度も瑞鳳をチラ見する提督は、よく見れば顔が上気し息も荒くなっている。そんな提督の様子を不審に思いつつも、気が付けば自分も鼻息が荒くなっている事に気付いた。

 

「ず、瑞鳳…」

 

「ひゃっ!な、何?」

 

「きょ、今日はもう遅いし帰った方が良いんじゃないか?」

 

「あ…う、うん。そうだね…そうする」

 

もしかしたら提督も今の自分と同じ気分なのかもしれない。そう思った瑞鳳はトレーに自分と提督の分の器を乗せようと手を伸ばす。

その手を提督が掴んだ。

 

「あ、て、提督。離してくれなきゃ…持ってけないよ」

 

「瑞鳳、やっぱりその…もう少しゆっくりしていったら…どうだ」

 

「へ…?ど、どうして…んっ!ん…っ!」

 

提督は瑞鳳の体を引き寄せ、唇を重ねて彼女の口を塞ぐ。瑞鳳は提督の腕を引き剥がそうとするが、体に力が入らない。気が付けば自分から提督の背中に手を回していた。

このままでもいいか…そう思いかけた瑞鳳は最後の理性で提督の腕から脱け出した。

 

「す、すまん瑞鳳。これは…その」

 

「て、提督さん…こんな事は…ダメだよ」

 

二人の間に気まずい空気が流れた。そんな雰囲気を壊す様に、執務室のドアが開いた。

 

「失礼します…って、アラ?どうかしましたか?」

 

部屋に入って来た間宮に、顔を真っ赤にした瑞鳳は逃げる様にその場を後にする。

 

「あっ、瑞鳳!」

 

「…あの、もしかして取り込み中でしたか?顔が真っ赤ですけど」

 

「い、いや、何でもない。何でもないんだ。そんな事よりどうしてここへ?」

 

「いえ、もうそろそろ食事も終わる頃だと思いまして、食器を取りにと」

 

「そ、そうか、助かる」

 

提督は間宮から距離を取る様に椅子に座った。そんな提督を不思議そうに眺めながら、間宮は食器を重ね始める。

 

〈改めて見ると、間宮さん胸大きいんだな…何を考えてるんださっきから…〉

 

前屈みでトレーに器を乗せている間宮は、提督の視線に気付くとクスリと笑った。

 

「もう、提督さんったら。そんなに胸ばっかり見られたら恥ずかしいですよ///」

 

「あっ、ハハハ、すまん。ついつい目に入っちゃって」

 

「提督さん、本当に顔色おかしいですよ。どうしたんですか?」

 

間宮が提督の体を引き寄せ、おでこに手を伸ばす。

 

「まあっ、大変!こんなに熱が!」

 

「あぁ、そうだな…間宮、熱が下がるまで側にいてくれないか?」

 

「えっ、それは別に構いま…きゃあっ!」

 

提督は間宮を机に押し倒した。

 

「い、いけません提督さん!人が来ます…」

 

「こんな時間に誰も来ない!だから、なっ?」

 

「ま、待って下さい!こんな所じゃ…提督さんの部屋なら、私…///」

 

提督は、執務室の灯りを消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます間宮さん。いつものお願いします」

 

「あら、明石さん。ちょっと待ってね♪」

 

朝の喧騒も落ち着いてきた食堂。敢えて人気もまばらになった時間に食事を取りに来た明石に、満面の笑顔の間宮が答えた。

 

「…間宮さん、もしかして、あの薬使いました?」

 

「うふふっ、分かるかしら?でも少し(薄味)だったかもしれないわ。もう少し濃くしてみたらいいと思うのだけど…?」

 

「…成る程。後で作り直してみます。あ、あぁその…材料の方なんですけど」

 

「大丈夫よ。大淀さんにも話してあるわ。数日中に(食塩)が届くはずよ」

 

「アハハ…間宮さんには敵わないな」

 

その後、提督と気まずくなった瑞鳳は、自分の出撃に関する事を進言する事が出来ず、提督もまた瑞鳳をそれとなく避ける様になった。

瑞鳳が赤城達と共に出撃するのは一ヵ月先の事になった。

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間程。

提督は間宮の食堂へは姿を見せなくなった。一度顔を出した際に、間宮が夜食を持っていこうか尋ねても気にしなくていいと断られた。

 

「最近、提督さん素っ気ないですね。せっかく間宮さんが愛情込めて作ってるのに」

 

間宮の気持ちを知っている伊良湖も、提督の態度には納得いかないものがあった。

 

「仕方ないわよ、提督さんもお忙しいんだから。私の我が儘で引き留める訳にもいかないし」

 

「それはそうですけど…」

 

当の間宮だけは、その理由を知っていた。

 

 

 

 

 

『ハァ…ハァ…』

 

〈どうしたのかしら提督さん。何やら息苦しそうだけど…。まさか病気?大変!すぐに行かなきゃ!〉

 

間宮はイヤホンを外そうとするが、よく聞くと提督の息使いは荒くはあるが、苦しさは感じられない。

 

〈…?苦しそうだけど、悲鳴を上げる訳でもないし…でもこんなに息が上がって…?〉

 

『ハァ…ハァ…』

 

〈…えっ、えっ?これってもしかして…///確か大淀さんに借りた本に…男の人は、人恋しい時に自分で慰める事があるって書いてあったけど…まさか提督さん///〉

 

『ううっ…』

 

〈や、やっぱりそうなんだわ!も、もう提督さんったら。私との一夜が忘れられないのね。そ、そうよね、提督さんもまだお若いですものね。そんな時もありますよね。ウフフッ///

 

〈でも、イヤだわ提督さんったら。そんな事しなくても私に声を掛けて下されば、何時でもお相手するのに///そ、そんなに私の身体は良かったですか?〉

 

『…大鯨…』

 

〈…〉

 

〈…えっ?〉

 

〈……〉

 

〈提督さん…今、何と…?〉

 

 

 

 

 

 

 

 

『提督、お夜食お持ちしました!』

 

『あぁ、待ってたよ大鯨』

 

いつもの様に提督の部屋を盗み聞く間宮の耳に、本来居る筈の無いもう一つの声が飛び込んで来た。

提督が一週間前の夜以来、自分を避けているのは間宮も感じていた。間宮もそれは気にしていなかった。きっと後ろめたさがあったのだろう。いずれは時間が解決する。そう思っていた。

ところが、そんな隙を突く様に大鯨が提督の下へと頻繁に出入りする様になった。

 

〈提督さん、何故、私を呼んでくれないんです?どうしてそんな新しい子を呼ぶんです?〉

 

『大鯨がこんなに料理上手かったなんてなぁ。来てもらって正解だったよ』

 

『えへへ、そういってもらえると嬉しいです。何かリクエストがあったら言って下さいね。私、張り切っちゃいます!』

 

〈この娘は危険ね…〉

 

 

 

 

 

数日後、間宮は早朝の執務室へ食事を持って訪れた。丁度提督が目を覚ました直後に。

 

「提督さん、朝食をお持ちしました」

 

「あ、あぁ、ありがとう」

 

間宮の訪問を予期していなかった事もあるが、提督は彼女の顔を見ると些か面食らった。

 

「…提督さん、最近私の所へ来ませんが、良ければ私がお持ち致しましょうか?」

 

「いや、大丈夫だよ。俺一人にかまけるより皆の事を頼むよ」

 

自分と目を合わせようとしない提督に近付くと、間宮は提督の手をそっと握る。

 

「…!」

 

「提督さん、私を避けていませんか?」

 

「そ、そんな事はないよ」

 

「もしかして、以前の事を気にしておいでですか?…大丈夫です、私は気にしていません。提督さんも男の方ですからね。そんな気分になる時もあるでしょうし」

 

「…そう言ってもらえると助かるよ」

 

「その…もし、よろしければ…こ、今晩もお伺い…しましょうか?///」

 

「えっ!?い、いや。いいんだ!気持ちだけ受け取っておくよ」

 

「提督さん…」

 

 

 

 

 

 

「こ、こんにちは」

 

執務室を後にした間宮は大鯨と目が合った。

 

「あぁ大鯨さん、こんにちは。提督さんにご用ですか?」

 

「は、はい。今日の作戦について…」

 

「そう、頑張ってね…」

 

「あ、あの…!」

 

間宮が愛想笑いを振り撒きながら大鯨とすれ違おうとすると、彼女は間宮を呼び止める様に声を上げた。

 

「…どうしたの?大鯨さん」

 

「盗み聞きは…よくないと思います」

 

「っ…!な、何を言っているの?」

 

「明石さんから聞いたんです。間宮さん、提督さんの部屋に盗聴器仕掛けてるって…大丈夫です、この事は誰にも言いません。だから…あまりそう言った事は…その…」

 

「大鯨さん、あなたもしかして提督さんが好きなの?」

 

「えっ?な、何でいきなりそんな…///」

 

「そうなのね」

 

「それは…はい。私みたいな非力な潜水母艦も大事にしてくれますし…あっ!」

 

間宮が大鯨の肩に優しく手を置く。

 

「大鯨さん。私もあなたと同じ様に戦闘はほとんど出来ないわ。だから私達きっと仲良くなれると思ってるの。

 

「私は提督さんの事をお慕いしてるわ。同じ様に大鯨さんとも仲良くなりたいの。後はあなたが私を好きになってくれれば、皆幸せになる。そう思わない…?」

 

「あうっ!ま、間宮さんっ…!」

 

間宮の顔はさっきと変わらぬ人懐こい笑顔を浮かべている。だが、大鯨の肩に置かれた手は徐々に彼女の皮膚に食い込む様に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、これで大丈夫」

 

「ありがとうございます、明石さん」

 

数週間後、提督は中部海域への進撃の為、部隊を編成した。すっかり鎮守府の一員として馴染んだ大鯨もその中にいた。ここ数日の連続出撃で傷んでいた大鯨の艤装を明石が調整していた。

 

「大鯨ちゃん!早く行くでち!」

 

「皆、準備できてるのね!」

 

「あっ、待って!あ、明石さん、じゃあこれで!」

 

同じ部隊に編成された潜水艦達に腕を引っ張られ、大鯨は工廠を後にした。

大鯨が港に行くのと入れ替わる様に、一人の艦娘が明石の工廠へ現れた。後ろに立つ彼女の影に明石は呟いた。

 

「…一応、これで上手く行く筈ですが」

 

 

 

 

 

 

 

AL海域戦場。

決して戦力では負けてはいないものの、戦いの均衡は崩れようとせず、皆疲れが見え始めていた。

中でもあまり戦い向きではない潜水艦達は尚更だった。

 

「くうっ!」

 

たまたま水面に浮上した伊19は、運悪く敵の砲火を浴びてしまった。それに慌てた大鯨が慌てて彼女に駆け寄ろうとする。

 

「あっ!た、大鯨ちゃん!来ちゃダメなのね!」

 

隙だらけの大鯨にたちまち敵の砲火が集中する。

 

「え?きゃーっ!!」

 

 

 

 

 

「少しでも攻撃を受ければ艤装が不調になる様にしておきました。後は…大鯨さんの運次第ですね」

 

「ありがとう明石さん。無理言ってごめんなさいね。でも明石さんも悪いのよ?まさか大鯨さんに秘密を洩らすなんて」

 

明石の顔を見つめる間宮は、どこか彼女を責める様な顔をしていた。

 

「あはは、すいません。彼女は物資の輸送が仕事ですからね。それが元で感付かれちゃいまして…」

 

「もう済んだ事ですから何も言いませんが…それにしても残念だわ。私、彼女とは似た様な艦娘だから仲良くなれると思ってたのに…」

 

〈大鯨さんもきっとそう思ってるかも…〉

 

「…何か言いました?」

 

「あっ、いいえ!」

 

この数時間後、大鯨が敵の攻撃を受け消息不明になったとの連絡が鎮守府に入った。

 

 

 

それからというもの、間宮は我が世の春を謳歌していた。

提督は昼間こそ自分の食堂には来なかったが、間宮は毎晩提督の下へ夜食を届けに行った。提督は当初は気を使わなくていいと言っていたが、彼女の押しの強さに負けたのか、すっかり彼女を受け入れた。

間宮は度々、提督を誘惑した。間宮との関係は止めようとする提督だったが、その度に自分の意志の弱さを後悔する事になった。

それが食事に混ぜた薬のせいだとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

「提督さん。夜食をお持ちしました」

 

「…ありがとう」

 

「どうしました?何かありましたか?」

 

「いや、そうじゃないんだが…。間宮、明日からは夜食はいいよ」

 

「え?何故です?」

 

「前も言ったが、俺一人特別扱いは皆に悪い…。それに、今度から瑞鳳に頼むよ」

 

「…瑞鳳さん?」

 

「あぁ。だから間宮は、皆の…」

 

「…何故です?」

 

「ま、間宮?」

 

「提督さん、私の料理美味しいって言ってくれたじゃないですか。あれは嘘だったんですか?」

 

「う、嘘なんかじゃない」

 

「じゃあ、これからも私が作ります。何の問題も無い筈です」

 

「い、いやだから間宮も俺一人の為にそこまで「提督さん!!」

 

「な、間宮…?」

 

「そんなに瑞鳳さんの料理は美味しかったですか?この私よりも!」

 

「そ、そんな事は…」

 

「だったら証明して下さい、今すぐ。この料理を食べて下さい!!」

 

「ど、どうしたんだ急に。いつもの間宮らしくないぞ」

 

「誤魔化さないで下さい!元はと言えば提督さんが悪いんですよ。私がこんなに愛情を込めて作っているのに、瑞鳳さんや大鯨さんに目移りして…!」

 

「べ、別に目移りなんか…」

 

「提督さん、私は誰よりもあなたの事を知っています。他の艦娘達は戦う事はできても、あなたを支える事はできません。

 

「その点、私は給糧艦ですから、提督さんのお身体を労る料理を作る事ができます。も、もちろん提督さんが望むなら夜戦のお相手も…///

 

「だから提督さん。私が一番大事だと証明して下さい。さぁ、早くその料理を食べて下さい。冷めてしまいます」

 

「あ、あぁ…」

 

提督は間宮の迫力に、椅子に座って箸を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後の鎮守府。

工廠でいつもの様に明石が艤装の修理に追われていた。

 

「ふうっ、この辺で休憩でもしようかな」

 

明石がレンチを置き、水筒に手を掛けた時だった。

 

「明石さん…」

 

「…あ、あなたは!!」

 

工廠の入り口に、もう二度と会う筈のない人物が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈提督さん、仕事熱心ね。もう一時間も机に向かって。秘書艦に成れれば手伝ってあげられるのに。他の娘が羨ましいわ…〉

 

今日も間宮は日課の盗聴に精を出していた。もう少し聞いて、特に何も無ければ食堂に向かおうと思った矢先、執務室に、けたたましく電話の音が鳴り響いた。

 

『はい、もしもし』

 

書類に目を通していた提督は一旦手を休めると受話器を取った。

 

『…えっ?何ですって?それは本当ですか!?』

 

〈何かあったのかしら?とても驚いてる様だけど…〉

 

『本当に大鯨が!?』

 

〈…大鯨さんっ!?〉

 

『はい、はい。分かりました。明日こちらに戻ってこれると。はい!』

 

〈大鯨さんが…戻ってくる?どういう事?あの娘は戦いで沈んだんじゃ…〉

 

間宮はイヤホンを耳から外すと、大急ぎで部屋から飛び出した。間宮が部屋を出て数分もしない内に、執務室のドアが開いた。

 

『あぁ大淀。どうしたんだ、そんなに慌てて。それよりも聞いてくれ、大鯨が…』

 

 

 

 

 

 

「明石さん、どういう事ですか?」

 

息を切らせて工廠へ走って来た間宮は、明石を捕まえると鬼気迫る表情で彼女を問い詰めていた。

 

「もしかして、大鯨さんの事ですか?」

 

「そうで…どうして明石さんがその事を?この事はまだ提督さんしか知らない筈ですが」

 

「あはは、実は執務室の盗聴器、こちらでも聞ける様にしてまして…」

 

「じゃあ、さっきの電話も?」

 

「はい、知ってます。で、こちらに来るだろうなと思いまして」

 

「…抜け目ないんですね。まぁ話が早くて助かります。で、大鯨さんの事なんですが…艤装に細工して沈んだんじゃなかったんですか?」

 

「えぇ、私もそう思ってました。でも、海を漂っている内に隣の鎮守府の艦娘に発見されて救われたそうです」

 

「…?さっきの電話では大鯨さんが見つかったとしか。どうしてそんな事が分かるんです?」

 

「後ろの彼女がそう言ってました」

 

「えっ!?」

 

ハッと驚く間宮は、振り返るよりも早く衝撃に弾き飛ばされた。

 

「きゃああっ!!」

 

吹き飛ばされた間宮を明石が抱き止める。

 

「うっ、ううっ…な、何が」

 

明石に捕まれた間宮がゆっくり振り向くと、そこには連装噴進砲をこちらに向けている大鯨が立っていた。

 

「た、大鯨さん…どうして…そ、それにその姿は…」

 

確かにそこにいるのは紛れもない大鯨本人だった。だが以前の様な白い割烹着ではなく、エメラルド色の着物、雄々しい肩当てに艤装を纏った姿だった。

 

「確かに私はあの海で倒れました。私もここで沈むのかと思っていた時、運良く別の鎮守府からの救援隊に発見されたんです。

 

「それだけじゃありません。回復した私は自分の力が強化されているのが解りました。今の私は潜水母艦、大鯨じゃありません。

 

「軽空母の龍鳳(りゅうほう)ですっ!!」

 

「か、改二ですか…っ!」

 

間宮を抱き抱える明石の手に力が込められる。

 

「っ!あ、明石さん…?」

 

「申し訳ありません間宮さん。実は大鯨…あ、いや龍鳳さんでしたっけ?彼女に問い詰められて全部話しちゃいました。

 

「で、最初は龍鳳さんも仲間に引き込もうとしたんですが、彼女は間宮さんの事が許せないみたいでして…

 

「提督さんに洗いざらい話すって聞かないものですから、取引をしたんですよ」

 

「と、取引?」

 

「はい、仲間になって頂く代わりに間宮さんには抜けてもらおうと…」

 

明石は力一杯間宮を突き飛ばした。倒れた間宮が顔を上げると、いつの間にか明石は艤装を展開していた。

 

「な、何をっ!?」

 

「私の工廠にはぐれ深海棲艦が侵入、からくも駆け付けた龍鳳さんと共に撃退するも、偶然そこにいた間宮さんは犠牲に…あぁ、大淀には提督をこちらに近付けない様に時間稼ぎをしてもらってます」

 

「…っ!!」

 

間宮が何かを叫ぼうとすると同時に、明石と龍鳳の連装砲が彼女を捉える。

大音響と共に工廠の壁が吹き飛んだ。

 

「…っ、ううっ」

 

砲撃の煙が晴れた時、そこには最早指を動かす程度の力しかない間宮が倒れていた。

 

「すみません間宮さん。でも私達艦娘は、例え沈んでも建造で再び生を得る事が出来ます…次は仲良くしましょうね、間宮さん」

 

「ま、待って…」

 

残る全ての力で間宮は声を絞り出す。

 

「さ、最後に頼みがあるの…もし叶えてくれるなら、私はこのまま沈んでも構わないわ…お願い、私の最後の頼みよ…」

 

流石に味方を手に掛けた罪悪感からか、明石は間宮に近寄ると、その手を優しく握った。

 

「あ、明石さん!」

 

「大丈夫よ、龍鳳さん。間宮さんはもう長くないわ…言って下さい。私に出来る事なら必ず、すると約束します」

 

「…」

 

間宮は明石の耳元で何やら囁いた。

 

「えっ…ほ、本気ですか!?」

 

明石の驚愕の表情を見た間宮は、満足そうに笑うと目を閉じた。

 

「あ、明石さん、間宮さんは何と…?」

 

「…やっぱり間宮さんには敵わないな」

 

「…?」

 

〈そこまでして提督さんと…やっぱり一番提督さんを想っているのは間宮さんかもしれないな…ふふっ、悔しいけど妬けちゃうな〉

 

明石はもう動かなくなった間宮を抱き上げると、工廠の奥へと向かった。

 

「分かりましたよ間宮さん。あなたを手に掛けた私が言うのも難ですが…

 

「同じ艦娘として…いえ、女として、あなたの最後の願いは私が責任を持って叶えてみせます。

 

「だから、安心して眠って下さい…間宮さん」

 

 

 

 

 

その後、爆発音を聞き付けてやってきた艦娘や提督には、明石と大淀が事前の打ち合わせ通り、はぐれ深海棲艦の仕業だと説明した。と同時に大鯨が姿を変えて生還した事も提督から説明があった。

間宮を失った事に鎮守府の誰もが悲しんだ。

 

━━━事の真相を知る三人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、どうしたんだ明石。珍しいなお前がこっちに来るなんて」

 

執務室に入ってきた明石は、両手に持つトレーを机の上に置いた。

 

「いえ、たまたま食堂に行ったら伊良湖ちゃんが提督さん今日も来ないって言ってたものでしたから、私が代わりにお持ちしまして…エヘヘ」

 

「そうか、ありがとう。今は伊良湖一人だから仕事を増やすのも可哀そうだと思ったんだが…悪いな」

 

「いえいえ、私も丁度暇でしたから…あの、せっかくなんでご一緒してもいいですか?」

 

「ハハハ、構わないよ。一緒に食べよう」

 

「わぁ!ありがとうございます♪」

 

「おっ、今日は唐揚げか。旨そうだな」

 

提督はその一つを箸に摘まむと、口へと運んだ。

 

 

 

『明石さん…私、提督さんと離れたくないの。

だから、お願い…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私を提督さんに食べさせて…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦娘の体は、大破、轟沈すると人の姿を保てなくなり霧の様に霧散する。

明石は、後は消え去るだけの間宮の体を建造ドックへ運んだ。

 

明石は開発、建造ならば何度も経験している。どうすれば成功確率を上げられるかも誰よりも熟知している。

だが、今回明石がしようとしているのはいつもの真逆、失敗するのが目的だった。

建造に失敗すると謎の生物?通称失敗ペンギンが生まれる事がある。果たしてこれを生物と呼んでいいのかは疑問だが…

明石の目的はこの失敗ペンギンを発生させる事だった。

間宮を建造機の中に入れ、意図的に暴走させる。案の定開発は失敗。いつも通り失敗ペンギンが出てくるはずだった。

だが、そこにいたのは明石の半分程の背丈の美しい鳥だった。しかも只の鳥ではなく、孔雀の様にきらびやかな、例えるなら鳳凰とでも言うべきだろうか。

その鳥は自らの足で明石の前に進み出ると、その場に座り込み、死んだ様に動かなくなった。

その目に涙が見えたのは、明石の錯覚だろうか…

 

明石はその鳥を掴むと、大事に箱に詰め、伊良湖に渡した。

提督に食べさせる為に、以前間宮さんが頼んだ鶏肉だと言って…

 

 

 

 

 

 

「提督さん、美味しいですか?」

 

「う~ん。美味しいっちゃ美味しいけど…いつもと味違う気がするな。何の肉だこれ?」

 

「もう、そんなのどうだっていいじゃないですか。ちゃんと食べないと、間宮さんも…か、悲し…」

 

提督が肉を口に運ぶのを見た明石は、突然言葉に詰まると泣き出してしまった。

 

「お、おい、どうしたんだ明石!」

 

「い、いえ胡椒を…かけ過ぎて…」

 

「そ、そうなのか。びっくりしたな」

 

「アハハ、な、涙が…止まんないれす。本当に…辛いや…」

 

 

 

 

『ねぇ、提督さん…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私…美味しいですか…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、提督は背後に人の気配を感じた。

チラッと横を見るが誰かがいる訳もなく、気のせいかと思った彼は、口の中の唐揚げを飲み込んだ。




最後は(一方的に)ハッピーエンドにするか悩んだんですが、たまには結ばれない落ちもいいかなと思ってこうしました。建造ドックについては、あまり突っ込まないで頂けると助かります。最後のオチに持ってくの、自分ではこれが限度…。








艦娘型録

間宮 元々ラジオのハガキ職人だった事もあり、明石に盗聴器の件を頼んだ。好きな番組は「伊集院光の深夜の馬鹿力」最近、新人投稿者の笑美莉に自分以上のセンスを感じている。因みにペンネームはハチミツガール。肩に「TT」の焼き印がある。嘘。

伊良湖 実は間宮に性を越えた憧れを抱いていた。間宮の事を少しでも知りたくてラジオも聞き始め、気が付けばハガキ職人に。ペンネームは笑美莉。間宮のペンネームは知らない。

明石 鎮守府に一大ハーレムを築く為の薬を作っていた所を間宮さんに感づかれ協力する羽目に。最後は大鯨の方が御しやすいと思ったのか乗り換えた。因みに提督の○○ボイスは最高音質で録音。一日三回は聞いている。

提督 間宮さんは嫌いではないが、どちらかと言うと瑞鳳や大鯨みたいな可愛い系が好き。この後の運命は明石と大淀に握られている。間宮、キサマ聴いているなッ!!

大淀 明石に睡眠薬を頼んだ所を以下略。この後、明石のハーレムが完成する前に左遷された提督と共に鎮守府を出て行けるかは彼女次第。

瑞鳳 ファーストキスを奪われた。誕生してまだ日が浅い為か、提督が何をしようとしていたのか多分解ってない。でもファーストキスは奪われた。

大鯨 ロリ巨乳。ただここの提督は、瑞鳳みたいなツルペッタンが好きな様で、今後の争奪戦に影響を与える程ではない。イク達には頼りになるお姉さんと言うよりは、餌を持ってきてくれる飼育係の様に思われていた。
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