艦娘症候群   作:昼間ネル

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リメイクシタノニ…
ナニモ…カワッテイナイ…
サビシイナァ…




君は無慈悲な夜の女王

「ソンナ…ワタシガ…オチルト…いうの?」

 

そう言うと彼女は膝から崩れ落ちた。

白く美しい肌に亀裂が走り、赤く痛々しいヒビが音を立てて全身に広がり始める。

 

「い、今だ!」

 

彼女の眼前に群がる女達が、背中に背負う自身より大きな砲門の照準を一点に集中させる。

 

「撃てェッ!!」

 

空を引き裂く様な爆音と共に、無数の閃光が空を埋め尽くす。そしてその光は大地に流星の如く降り注いだ。

 

「ココマデノ…ヨウネ…ゴメンナサイ…フタりとも…」

 

凄まじい爆発と共に、彼女は閃光に飲まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…一週間振りの鎮守府か」

 

海を跨ぐ巡洋艦のデッキで、一人の青年将校が思いっきり手を伸ばした。

 

「みんな…ちゃんとやってるかな」

 

彼はある鎮守府で提督を任されていた。ある会議の為、出張していたが、それも終わり帰路へと就いていた。

空を飛ぶカモメが彼の頭上を旋回していた。

 

「…お前も帰るのか?」

 

彼はポケットから出したパンを千切ると空へ放り投げた。カモメは急降下して彼に寄って来たが、急に反転すると慌てた様に船から離れて行った。

 

「何だ?どうしたん…うわっ!」

 

急に船が大きく揺れ、彼は尻餅をついてしまった。見れば船尾から煙が上がっていた。船員が彼に大声で叫んだ。

 

「深海棲艦です!中に戻って下さい!」

 

「な、何だって!うわあっ!」

 

船の上空を無数の黒い物体が旋回し出した。船に体当たりし、まるでカラスの様に不気味な雄叫びを上げていた。

 

「あ、あいつらは…深海棲艦の艦載機?」

 

ふと、妙な殺気に射竦められ海を振り返ると、この光景を眺めている一人の女がいた。だが只の人間がこんな場所に、まして海の上に居る筈もない。

 

「あ、あれは…深海棲艦の…飛行場姫…?」

 

彼が自分に気付いたのを察知したのか、彼女は彼を指差した。

 

「な、うおっ!」

 

無数の黒い物体がピタッと動きを止めると、その不気味な顔を彼に向けた。

 

「ま、まさか…」

 

次の瞬間、化け物達は彼目掛けて殺到した。

 

「く、来るなっ!」

 

化け物達がイヤらしい笑い声と共に口を開けた。その中から火が噴き出した光景を最後に、彼は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、お姉ちゃんは?』

 

『よく聞いてね…お姉ちゃんはもう帰って来ないの』

 

『…どうして?』

 

『戦いで…沈んだの』

 

『沈んだの…じゃあ、もう会えないの?』

 

『そうね…』

 

『そっか…』

 

『大丈夫よ、まだ私がいるから。これからはお姉ちゃんと一緒に戦っていくのよ』

 

『…うん、分かった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈うう…〉

 

『ねぇ…大丈夫?』

 

「はっ…こ、ここは…?」

 

「良かった…」

 

青年は目を覚ました。覚ました筈だったが、辺りには暗闇が広がるだけ。僅かに声のする方を向くと、朧気(おぼろげ)ながら人影が捉えられた。

 

「君は…誰だい?俺はどうしてここに…?」

 

「…私達、あの船から落ちて流されたのよ」

 

「流された?…そうだ、そう言えば、俺は…グッ!」

 

「まだ動かない方がいいわ。怪我してるもの」

 

「…そうみたいだね」

 

彼は自分の体に触れた。ハッキリとは見えないが布が巻かれているのが解る。幸いにも骨は折れていない様だが、動く度に身体中が悲鳴を上げた。

 

「さっき船から落ちて…って言ってたけど、もしかして君もあの船に乗ってたのかい?」

 

「…ええ。それで気が付いたら、アナタと一緒にこの島に流れ着いていたの」

 

「島?こ、ここは鎮守府…いや、病院か何かじゃないのかい?」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「い、いや…君が謝る事は…」

 

「その…浜辺で気を失ってるアナタを見つけて、ここまで運んだの」

 

「そうだったんだ…手当ても君がしてくれたのかい?ありがとう。お互い災難だったね。良ければ名前を教えてくれないか?」

 

「…サヤ。私の名前はサヤよ」

 

「良い名前だね。俺はある鎮守府の提督をしてるんだ」

 

「知ってる…」

 

「え?」

 

「そ、その…軍人の服着てるし…」

 

「ああ、確かに。あの船に乗ってたって事は、君も軍の関係者かい?」

 

「ええ…その…看護婦をしているの」

 

「そうか…道理で手当てが上手い訳だ」

 

「そ、そんな事ない」

 

「暫くは付き合う事になりそうだけど、よろしく、サヤさん」

 

「サヤって呼んで」

 

「え?あ、あぁ。よろしく、サヤ」

 

「…」

 

目には見えないが、彼女は微笑んでいる…彼にはそう見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、彼はサヤから今の状況を詳しく聞かされた。

深海棲艦の襲撃で海に流された自分達は、幸運にもこの島に流れ着いた。今、二人が居る場所は元々住んでいたらしい島民の家で、簡単な日用品なら揃っているとの事だった。

目の負傷も全く見えない訳ではなく、うっすらと物の輪郭程度なら捉える事が出来た。とは言え、彼にしてみれば暗闇を歩いている様なもので、まして身体中のあちこちにまだ痛みが残る。こんな状態で彼女、サヤが一緒に流れ着いてくれた事を、彼女には悪いが彼は感謝していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま…」

 

「ああ、お帰り」

 

彼がこの島に流れ着いて丸一日。

サヤは動けない彼に代わって食料の調達に出回っていた。彼女が言うには、船の漂着物が流れ着いた場所があり、そこから缶詰やら使えそうな物を拾ってきているそうだった。

 

「君がいてくれて助かったよ。一人じゃどうなってた事か…」

 

「ううん、気にしないで。私も一人じゃ寂しいから、アナタが居てくれてとても嬉しいの」

 

「顔には大して自信無いんだけど、そんな風に言って貰えると嬉しいよ」

 

「だ、大丈夫よ。私も…あまり自分の見た目には自信が無いの」

 

「そう?顔は分からないけど、声はとっても綺麗だと思うよ」

 

「そ、そんな事…あ、あの…傷、大丈夫?包帯…替える?」

 

「そうだね…じゃあ、お願い出来る?」

 

「ええ、任せて」

 

彼が上着を脱ぐと、サヤは包帯を外し始めた。彼の体を労ってだろうか、まるで卵でも握る様に優しく彼の体に触れているのが感じて取れた。

 

〈う~ん…顔は分からないけど…胸が大きいのも間違いないな…〉

 

彼女はあまり警戒心が無いのか、彼に触れる分には細心の注意を払っているが自分の体、特にその大きな胸を彼に押し当てる事にはまるで無頓着(むとんちゃく)の様だった。

 

〈目が見えないのが残念だな…いかん、命の恩人に何を考えているんだ…〉

 

「あの…次は下の服を…」

 

「え?あ、あぁ、下はいいよ」

 

「でも、足下も怪我して…」

 

「そ、そっちは…自分でやるから…」

 

「もしかして私、あまり上手くない?」

 

「そ、そんな事はないと思うよ。ただ、恥ずかしいと言うか…」

 

「でも包帯巻くのに、その…一度服を脱がしてるから…」

 

「え…そ、そうなんだ。まぁ…また今度頼むよ」

 

「そう…」

 

〈今はマズいんだよね…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お帰り、お姉ちゃん。大丈夫だった?』

 

『平気よ、今日はアイツらを追い返してやったわ』

 

『凄い!お姉ちゃんは強いんだね!』

 

『そうよ、お姉ちゃんの分も私達が戦わなきゃいけないのよ』

 

『…うん、そうだね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何をしているの?」

 

翌朝、彼が小屋から出ると、それに気付いたサヤが急に慌て出した。

 

「今日から俺も君の手伝いをしようと思って。体も痛みは引いてきたからさ」

 

「だ、大丈夫よ、私一人で平気だから…」

 

「そうかもしれないけど…二人の方が沢山拾えるんじゃないか?」

 

「そ、そうじゃないの…その、この辺りは私達の船を沈めた人が彷徨(うろつ)いているの」

 

「し、深海棲艦が?」

 

「ええ。アナタは、まだ目が見えないでしょう?だから、また襲われるかもしれないの」

 

「そうか…確かに今の俺じゃ気付かないか」

 

「でも、あの小屋に居れば絶対に見つからないから。だからお願い、あまり小屋から離れないで…」

 

「…分かったよ。じゃあ、島の探索は君に任せるよ。もし危なくなったらすぐ逃げてくれよ。俺達じゃ深海棲艦相手に戦えないからな」

 

「大丈夫、私こう見えても…って言っても見えないでしょうけど足は早いの。アナタに何かあってもすぐ駆け付けるから安心して」

 

「ああ、お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうよ」

 

サヤの足音が消えると、彼は小屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、サヤの取ってきた魚を口にしつつ、彼は疑問に思っていた事を尋ねることにした。

 

「なぁ、サヤ…漂流物がある場所って、船か何かがあるのかい?」

 

「ううん、船の残骸があるから…その中を調べてるだけ…」

 

「そうか…じゃあ無線の類いはある訳ないよな…」

 

「ごめんなさい…」

 

「いや、別に君を責めてる訳じゃないんだ。ただ連絡手段が無いと、この島から出るのは難しくなりそうだなと思ってね」

 

「そうね…あの、もしも…もしもだけど、この島から一生出れないとしたら…どうするの?」

 

「この島から…?う~ん、仲良く飢え死にかな」

 

「食料は…魚で良ければ幾らでも取ってこれるわ」

 

「そういえば、この魚も取ってきたんだっけ。そうだね、飢え死にの心配は無くなったか。じゃあ、俺と一緒にこの島で暮らすかい?」

 

「ええ…私はそれでも構わないわ」

 

「ハハッ、じゃあいっその事、夫婦にでもなるかい?子供は何人欲しい?」

 

「二人…ううん、三人位は欲しい…」

 

「アハハ♪こりゃ頑張らないと。でもこんな島じゃ子育ても出来ないだろうし、まずは救助される事を考えないとね」

 

「…そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、お姉ちゃん…私達のお姉ちゃんはアイツらに沈められたの?』

 

『そうよ…でも本当に悪いのは…よ』

 

『…?でも…はアイツらより弱いんでしょ?』

 

『そうね。でもね、アイツらは…の為に戦っているの。本当に忌々しいわ』

 

『そうなんだ…』

 

『アイツらは…の…に従ってるの』

 

『…?』

 

『私達のお姉ちゃんみたいなものよ。お姉ちゃんも…に沈められた様なものよ。私は絶対に許さないわ。アナタもそれを忘れちゃダメよ?』

 

『うん、分かった…』

 

〈…か。どんな顔してるのかな。怖い人かな…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行ってくるわね」

 

「あぁ、気を付けて」

 

いつもの様にサヤを見送った提督は、体を伸ばそうと小屋を出た。相変わらず目は見えないが、日射しの強い日は薄明かりにハッキリと物の輪郭を捉える事が出来た。

 

〈…サヤもいないし、少し位なら出歩いてみるか〉

 

彼は側に落ちていた枝を拾うと、杖代わりに浜辺へ向かう事にした。

 

ものの五分も歩くと、潮の匂いと漣のせせらぎが耳に入ってきた。

朧気に見える海の水平線を見ると、彼は鎮守府の事を思い出した。

 

〈今頃、皆が探してくれてるんだろうか…何かのきっかけで、この島に誰かが通り掛かってくれればいいが…〉

 

そう思った彼は、自分の目元をなぞった。

 

〈だが仮に帰れたとしても、この目じゃ…ろくに文字も読めやしない…フフッ、サヤの言う通り、本当にここで暮らすのも悪くないかな〉

 

彼が感傷に浸っていると、微かだが空気を揺らす音が耳に入ってきた。ふと空を見上げると、一つ二つ、黒い塊が空を旋回している様だった。

 

〈何だ…カラス、いやカモメか?〉

 

その内の一つが彼に気付いたのか、彼に向かって急降下してきた。

 

「おいおい、俺が餌を持ってる様に見える…こ、コイツは!」

 

彼はその生物に見覚えがあった。例えハッキリと見えなくても忘れる訳がない。その音、形…彼の怪我の原因は間違いなくこの生物なのだから。

 

〈あ、あれは…間違いなければ深海棲艦が使っていた艦載機か?サヤの言ってた通りだ。まだこの辺りを彷徨いているのか?〉

 

彼は慌てて走り出し切り立った岩壁へと姿を隠した。彼の頭上をウロウロとしていた化け物達も彼を追う事に飽きたのか、やがて海へと舞い戻って行った。

 

〈よ、良かった…向こうに行ってくれた。だが、あれがいるって事は…ん?〉

 

ふと、海辺から大きな音が聞こえ、彼は岩影からそっと頭を出した。何やら白い人影が浜辺に上がった様だ。

 

〈あれは…サヤ…いや、違う!あ、あの形は…飛行場姫か!?〉

 

浜辺に上がった白い影は、そのまま陸へ…彼の住む小屋の方角へと歩いて行った。

 

〈ま、まずい…深海棲艦がこの島に!ど、どうする…このまま立ち去るのを待つか?〉

 

白い影が陸に上がって数分、彼が迷っていると砂浜を全速力で走り抜ける人影が映った。息を切らしながら走るその人影は彼に気付く事もなく飛行場姫の向かった方角へと迷わず走って行った。

 

〈あ、あれはサヤか?マズい!今行ったら飛行場姫と鉢合わせだ!〉

 

「…くそっ!」

 

彼は手に持った杖を握り絞めると、サヤの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛む体を引きずりながら戻って来た彼は、警戒しながらゆっくり小屋へと近付いた。

 

〈やけに静かだな…まさか、サヤは…〉

 

そう彼が思った時、小屋から人影が現れた。その影は彼に気付くと慌てて彼に駆け寄った。

 

「よ、良かった…無事だったのね!」

 

「さ、サヤか?そっちこそ大丈夫なのか?今こっちへ深海棲艦が来ただろう?その後にサヤが見えたから、慌てて戻って来たんだが…」

 

「わ、私にも分からないの。でも小屋にはアナタが居るから急いで戻って来たの。一体どこへ行っていたの?」

 

「い、いや…一日中寝てるのも暇だし、少し散歩でもしようと思って…」

 

「もう!勝手に出歩いちゃダメじゃない!本当に心配したのよ?」

 

「す、すまない…まさか本当に深海棲艦が彷徨いているとは思わなくて…」

 

「バカ、バカッ!アナタに何かあったらって…本当に心配したんだから!」

 

「…悪かったよ。でもそれは君だってそうだろ?もし深海棲艦に遭ったらどうするんだ?」

 

「もう…私の事なんてどうでもいいのに。アナタは目も見えないし体だってまだ治ってない。取り返しの付かない事になったらどうするの?」

 

「それを言われると…何も言い返せないな」

 

「…約束して。もう二度と勝手に出歩かないって。もし外に行きたいんなら私も一緒に行くから」

 

「…あぁ、約束するよ。これからはサヤの言う通りにするよ」

 

「…もうっ!」

 

サヤは力一杯彼を抱き締めた。彼女が彼を心から心配してくれているのは抱き締める腕から伝わってくる。とは言え、その理由が勝手に出歩いたからと、まるで母親に叱られている子供の様で彼は(いささ)か照れ臭くもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。いつもより早めの夕食を終えた提督は眠りに就こうとしていた。だが、昼間の騒動の所為か、サヤは寝ようとせず、いつも以上に彼にべったりだった。

 

「さ、サヤ。もう大丈夫だから、寝た方が良いんじゃないか?」

 

「分かってる…分かってはいるの。でもアナタが何処かへ行ってしまう様で…」

 

「こんな体で何処にも行ける訳ないだろう。それにサヤに見捨てられないか俺の方が心配だよ」

 

「そ、そんな事ない!私がアナタを見捨てるなんて…そんな事絶対にないわ!」

 

「…ありがとう。何で俺みたいな冴えない男を心配してくれるかは分からないけど」

 

「ううん、それを言ったら私だってそうよ。私…とっても醜い姿をしているの。だから…アナタには悪いけど…アナタの目が見えなくてホッとしてるの…」

 

「別にそこまで自分を卑下する必要はないと思うけどなぁ。こんなに優しいんだ、もし本当にそうだとしても嫌いになったりはしないよ」

 

「…本当に?」

 

「ああ」

 

「信じて…いいの?」

 

「サヤは命の恩人だからね」

 

「…」

 

「あ…サ、サヤ!?」

 

暫く無言だったサヤは、彼の腰に(また)がった。彼の肩に手を掛けると、ゆっくり彼を横に倒した。

 

「私…昔からずっと一人だったの。だから今とっても嬉しいの。ここに居ればアナタは私だけを見てくれるから…」

 

「…顔が見れないのが残念だけどね」

 

「顔を見たら、きっと私の事を嫌いになるわ…あっ」

 

彼の手が優しくサヤの頬をなぞった。

 

「逆にもっと好きになりそうで怖いよ」

 

「わ、私の事を…好きになってくれるの?」

 

「嫌いになる訳ないだろ」

 

「嬉しい…」

 

彼の顔を優しく包むと、サヤは彼に口を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『前に言ったわね…お姉ちゃんの仇は…だって』

 

『うん、それがどうしたの?』

 

『…が…この辺りを通るの。上手く行けばお姉ちゃんの仇を討てるかもしれないの』

 

『…』

 

『見ていてね。お姉ちゃん、きっと仇を討ってみせるわ』

 

『ねぇ、お姉ちゃん…頼みがあるの』

 

『何?あなたが頼みなんて珍しいわね』

 

『あのね、その…を…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、小屋の外に鳥でもいるのだろうか、小さな囀ずりの声で彼は目を覚ました。昨夜は一緒だったサヤの姿は無かった。

 

〈また散策にでも行ったのか…うおっ!〉

 

起き上がろうとした彼は、急に足を引っ張られバランスを崩した。何かに片足を掴まれた様な感触に、彼は自分の足に触れてみた。片足に鉄の輪が巻かれ、部屋の柱に括りつけてある様だった。

 

「こ、これは…鉄…鎖か?」

 

「…おはよう」

 

「うわっ!サ、サヤッ、いたのか!?」

 

微かな声の方に目を凝らすと黒い塊が映った。彼が起きる迄ずっとその場に座っていたのだろうか、彼には全く気配を感じさせなかった。

 

「サ、サヤ。そんな所で何を…い、いやそんな事より、これを付けたのはサヤか?取ってくれないか?」

 

「ごめんなさい…それは出来ないの」

 

「な、何を言ってるんだ。これじゃこの小屋から一歩も外に出られない」

 

「私も本当はしたくなかったの。でも、こうしなければアナタを守れないの…」

 

「守る?海を彷徨いてる深海棲艦の事か?そ、そんな事はどうでもいい、この鎖を外してくれ」

 

「それは出来ないの。もし外したらアナタは、きっと私から逃げようとするもの…」

 

「ど、どうして君から逃げる必要があるんだ。俺は目も見えないし、逃げる事も出来ないよ」

 

「…もし、アナタの目を治す薬があるとしたら…欲しい?」

 

「目を治す薬?そ、そんな物ある訳ないじゃないか。だいいち、そんな薬があったとして、どうしてサヤがそれを持ってるんだ?」

 

「それは言えないの…でも、私、その薬を持ってるの」

 

「…もし本当だとしたら、どうして今まで黙っていたんだい?」

 

「前にも言ったけど…私の姿を見たら、アナタはきっと私を嫌いになってしまう。でも私はアナタとずっと一緒にいたいの。だから…こうするしかなかったの」

 

「俺も前に言っただろ。そんな理由で命の恩人を嫌いになったりしないって。だから、お願いだ。この鎖を外してくれないか?」

 

「…アナタの言葉を信じたい。でもアナタがここに居なきゃいけない理由はもう一つあるの」

 

「もう一つ…それは?」

 

「…ううん、今のは忘れて。アナタは知らなくてもいい事だから。大丈夫、何もかも上手く行くわ。私が何とかしてみせるから」

 

「さっきから話が見えない。話せない理由は何なんだ?せめて、この鎖だけでも外してくれ、お願いだ」

 

「…ごめんなさい、やっぱりそれは出来ないわ」

 

「サ、サヤ!」

 

「その代わり…薬はあげる。これを飲めばすぐに目が見える様になるわ」

 

「薬を…?」

 

「だから約束してほしいの。これからも私と一緒に居てくれるって」

 

「…分かった。約束するよ」

 

「ありがとう。大丈夫よ、これからは私が面倒を見てあげるから。欲しい物があったら私が何とかするし、アナタの頼みなら何だって聞くわ」

 

サヤは彼の目の前に小瓶を置いた。

 

「私は外にいるわね。薬を飲んだら呼んで…」

 

サヤが部屋から出ると彼は小瓶を掴んだ。彼女にも言ったが、そんな都合の良い薬がある訳がない。仮にあったとして、どうやって手に入れたのか?何故、その事を隠していたのか。

そもそも何故こんな真似までして自分を縛り付けようとするのか…

彼はサヤに得体の知れない畏怖を抱き始めていた。

だが、それは治ってから考えれば良い。

そう思った彼が瓶の蓋を開けようとした時、足枷(あしかせ)の輪が思ったよりも緩い事に気付いた。ここ数日、大した食事をしていない所為か、彼の足は少し肉が落ちていた。今の状態なら足を抜き取る事も可能なのでは?ゆっくり足枷を引っ張ると少し痛いが抜けそうになった。

 

「もう飲んだかしら?」

 

「ま、待ってくれ!今飲むから…」

 

ひとまずは視力を取り戻すのが先だ、そう考えた彼は小瓶の液体を一気に喉に流し込んだ。

 

「の、飲んだぞ!」

 

「そう…じゃあ目を開けて。すぐに…見える様になるから」

 

「…こ、これは!」

 

正直、サヤの言葉を全く信じていなかった彼だが、徐々に視界が明るくなっていくのが解った。先程迄はうっすらとしか見えなかったが、今はハッキリと部屋の輪郭を捉える事が出来た。

 

〈こ、こんな事が…一体あの薬は何なんだ?〉

 

「…入ってもいい?」

 

「…!ま、待ってくれ!服が乱れてるんだ、少し待ってくれ」

 

「そ、そう…分かったわ」

 

〈…よし、外れた!〉

 

彼の足首が足枷から抜け出た。目が見えなかった時は気付かなかったが、部屋にはガラスの窓があった。部屋の中には小さな椅子や鉄製の工具の類いが幾つか置かれていた。

 

〈…〉

 

彼は椅子を掴むと、窓に向かって思いっきり振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇ…やっぱり…」

 

部屋の外で待つサヤは、やはり自分から部屋に入るべきか悩んでいた。()()彼は薬を飲んだ事で視力も回復しているだろう。自分の姿を見てどう思うだろう…やはり薬は渡すべきではなかったのでは…。

だが彼は自分を嫌いになどならないと言ってくれた。きっと全て上手く行く…そう考えていた時だった。

 

《ガチャン!!》

 

「え?」

 

彼の居る部屋からガラスを割る音が聞こえた。一体何があったのかとサヤはドアを開けた。

そこには彼の姿は無く、割れた窓ガラスの破片が散らばっていた。

 

「…!!」

 

彼が窓から逃げたのだと理解したサヤは、怒りよりも酷く焦った様に慌てて部屋を出て行った。数秒後、彼女の足音が無くなると、ドアは独りでに閉まった。

 

〈…よし、上手く行った!〉

 

実は彼は部屋を出ていなかった。椅子を窓に叩き付けると同時に素早くドアの後ろに隠れ、サヤに自分は窓から外へ逃げたと錯覚(さっかく)させるのが狙いだった。案の定サヤは彼が窓から逃げたと勘違いしてくれた。恐らくサヤは窓の側を探しているだろう。その隙に小屋から抜け出そうと、彼は物音を立てない様に小走りで駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小屋が見えなくなる程の距離迄走ると、彼の目の前に砂浜が広がっていた。照り付ける太陽、柔らかな砂の感触…彼は久し振りに生き返った様な解放感に包まれた。

 

〈ふぅっ…目が見える事がこんなに嬉しいなんて〉

 

だが、そんな気分は一瞬にして掻き消された。以前とは違い今度はハッキリと…あの忌々しい球体を目にしてしまったから。

 

〈し、深海棲艦の艦載機!やはりこの島は奴らのテリトリーなのか?〉

 

彼が慌てて逃げ出すと、それに気付いた黒い球体が何匹も彼を追い始めた。

 

「く、くそっ!来るな!あっちへ行け!」

 

ケタケタと不気味な笑い声を上げながら彼の後ろに付きまとう化け物達。やがてその内の一匹が彼の行く手を阻むと、その口から機銃の様な火を吐いた。

 

「うわあっ!!」

 

目の前の砂浜が吹き上がり、彼はその場に尻餅をついた。だが、化け物達はそれ以上攻撃しようとせず、その場を行ったり来たりするだけだった。

 

〈な、何だ…?殺す気はないのか?〉

 

「…ドウイウ事ナノ?」

 

「なっ!」

 

彼が振り返ると、そこに一人の女が立っていた。彼はその姿に見覚えがあった。彼が最後に見た光景に居た女…飛行場姫だった。

だが飛行場姫は彼に襲い掛かる訳でもなく、むしろ何かに驚いている様だった。

 

「ドウシテアナタガ…」

 

「…くっ!」

 

何故か怯んでいる飛行場姫の隙を突き、彼は元来た小屋へと走り出した。後ろを振り返ると飛行場姫は彼を追う事はせず、彼とは違う方角を見ている様だった。

 

〈どうしたんだ?と、とにかく今は小屋へ戻るんだ。サヤと一緒にアイツを防がないと!〉

 

いつからそこに居たのか、飛行機姫の後ろに一人の女が立っていた。それに気付いた飛行場姫は彼女を睨み付けた。

 

「コレハドウイウ事ナノ?ナゼ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アノ人間ハ生キテイルノ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…サ、サヤ!居ないのか!?」

 

彼が小屋に戻って来ると、サヤはまだ戻っていないのだろうかドアは開けっ放しだった。小屋の中へ入るも人の気配は無く、彼は慌てて扉を閉めた。

 

〈まだ俺を探してるのか…見つかってなきゃいいけど〉

 

このまま小屋に隠れているべきか、一旦小屋を出てサヤを探しに行くか…彼が悩んでいると、小屋の外に足音が聞こえた。

 

〈だ、誰だ?サヤか、それとも…〉

 

コンコンとドアを叩く音と共に、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「私よ、サヤよ…ここを開けて」

 

「サ、サヤか!分かった、今開け…」

 

ドアを開けようとした彼だったが、ふと脳裏を過った疑念が彼の手を止めた。

 

〈ちょっと待て…サヤが無事だったのはいいが、アイツは…飛行場姫はどうなったんだ?遭わなかったのか?〉

 

「どうしたの?私よ、開けてちょうだい」

 

「サ、サヤ…アイツに…飛行場姫に遭わなかったか?」

 

「もう大丈夫よ、ここには来ないから」

 

「ここには来ないって…何故そんな事が分かるんだ?アイツには遭っていないのか?」

 

「…開けて」

 

〈やはりおかしい…あそこから小屋まで一キロも無い。もしサヤが引き返して来たなら絶対に遭遇する筈だ…

 

〈そ、そういえば前も似たような事があったな。あの時は気にしなかったが…二人共小屋に向かったんだ、出遭わない訳がない!〉

 

「サヤ、君は…何者なんだ?」

 

「どうしたの?何故そんな事を聞くの?お願い、ここを開けて」

 

「答えてくれ。どうして飛行場姫が来ないと言い切れるんだ?」

 

「…やっぱり私の事が嫌いになったのね?」

 

「違う、君には感謝してる!だからハッキリさせたいんだ。だから「嘘よ!」

 

「サ、サヤ…?」

 

「私の事、好きって言ってくれたじゃない!これからも私と一緒に居てくれるって…あれは嘘だったの?」

 

「そ、そうじゃない!」

 

「じゃあここを開けて!私の姿を見てもう一度言ってちょうだい。これからも一緒に居てくれるって!」

 

「…」

 

「駄目よ…許さないわ…私から離れるなんて…アナタの事信じたから私、お姉ちゃんを…」

 

「お姉ちゃん?《バキッ!!》うわあっ!!」

 

木製の扉に穴が開き、白い(もり)の様な物が伸びて来た。よく見ればそれは巨大な手の様に見えたが、少しずつ形を変え、人間の手に変化した。

 

「なっ…サ、サヤ…」

 

穴から伸びる手が鍵に手を掛けると、カチッと鍵を回した。手が穴から引っ込むと、ゆっくりとドアが開いていった。

 

「ねぇ…」

 

一歩、彼女が部屋へ足を踏み込んだ。薄明かりの部屋に彼女の輪郭が浮かんだ。

 

「私の事…好きって言ってくれたわよね?」

 

また一歩、彼女の足が床を踏んだ。

 

「私がどんな姿でも…嫌いにならないって…」

 

白い肌、額に浮かぶ黒いツノ、巨大な鈎爪の様な左手。

 

「言ったわよ…ね?」

 

彼が戦う深海棲艦…港湾棲姫だった。

 

「うわあああっ!!」

 

彼は小屋の隅へと逃げ出した。目の前に落ちている木片や皿を掴むと彼女に投げ付けた。

 

「く、来るなっ!」

 

「ま、待って…この手が怖いの?だ、大丈夫よ。私、一生懸命練習して人間と同じ大きさに出来る様にしたの。これなら怖くないでしょ?」

 

彼女の左手がみるみる小さくなり、真っ白ではあるが人間そっくりの手に変化した。

 

「ね?大丈夫だから…」

 

「な、何が目的だ!俺を食べる気なのか!?」

 

「そ、そんな事しない…」

 

「じゃあ何で俺を殺さないんだ!」

 

「違うの!お願い、話を聞いて。わ、私はずっとこの島で…二人のお姉ちゃんと一緒に暮らしていたの。お姉ちゃんは優しかったけど…私、とっても寂しかったの。

 

「そんな時、お姉ちゃんの一人が沈んだの。倒したのは艦娘だけど…それを命令したのは提督(アナタ)だって聞いたの…」

 

「だ、だから俺を捕まえて仇を討とうとしたのか!?」

 

「ち、違う!お姉ちゃんはそのつもりだったけど…私、何度もアナタの事を聞かされて…その内どんな人なんだろうって憧れる様になったの。

 

「ある時、アナタの船がこの辺りを通るって聞いたの。お姉ちゃんは沈めようとしたから、私お願いしたの。その人間は私が沈めるから、私にちょうだいって…」

 

「俺に復讐したいのか?お、お前達だって艦娘を沈めてるじゃないか!」

 

「分かってる…本当は私、戦いなんてどうでもいいの。私、アナタを沈める気なんて本当に無いの。お願い、信じて…」

 

「…仮にそうだとして、一体何が目的なんだ?俺が憎くないのか?」

 

「アナタを憎いだなんて考えた事もないわ…それに、アナタは私が思った通りの人だった…こんな私に優しくしてくれて…私の事が好きって…」

 

「そ、それは目が見えなかったから…お前が深海棲艦だって知らなかったからだ!」

 

次の瞬間、彼の背中に悪寒が走った。あたかも死神の鎌を喉に突き付けられた様な、ドス黒い殺気に包まれた。

 

「ウソ…よね?」

 

「目が見えてたら、最初からお前なんかと…!」

 

「…どうして…どうしてそんなヒドい事言うの?」

 

「…ッ!や、止めろ、来るな…」

 

「これからも一緒に居てくれるって…私と一緒に居てくれるって言ったじゃない」

 

「う、うわあっ!」

 

彼は目の前に落ちている物を片っ端から投げ付けた。一瞬、彼女が怯んだ瞬間、体当たりする様にドアを抜けた。一目散に小屋の外へ出ると、そこには…

 

「お、お前は!」

 

「ウ、ウウッ…」

 

足を引き摺る様に立つ飛行場姫。その苦悶の表情は、どう見ても人間にしか見えなかったが、全身から発せられる強い殺気が彼女が人ではない事を告げていた。

 

「ヤハリ…連レテクルベキデハ…ナカッタ…」

 

「な、なに…?」

 

「二…人間…ソコヲ…動クナッ!」

 

「…うおっ!」

 

飛行場姫の背中から黒い巻物の様な滑走路が現れると、何度も彼を追い回した黒い化け物が一匹飛び出した。化け物は彼に噛み付こうと突進したが、彼女同様弱っているのか、人間の彼でもギリギリ躱す事が出来た。

 

「バカネ…セッカク…助ケテアゲヨウト…シタノニ」

 

「た、助ける…?」

 

次の瞬間、後ろから強烈な殺気を感じ振り返ると、彼を追って来た港湾棲姫がいた。だが、その表情は今までの様な弱々しいものではなく、目を血走らせた怒りの顔だった。

 

「例え、お姉ちゃんでも…許さナイ…!」

 

「うわあっ!」

 

突如巻き起こった、爆発の様な突風に彼は吹き飛ばされた。彼が再び顔を上げると、そこには黒い要塞の様な艤装に腰掛ける彼女が居た。

要塞の砲台の一つが飛行場姫に狙いを付けると、無慈悲な一撃が放たれた。

地震が起きたかの様な爆発に彼は吹き飛ばされ、そんな彼を港湾棲姫は庇う様に抱き留めた。

煙が消えた時、そこには飛行場姫の姿は無く、その破壊力の大きさを物語る様な大穴が空いていた。

 

「もう大丈夫よ…これで私達の邪魔をする者は誰もいないわ…」

 

「は、離せっ!お、俺は帰るんだ!」

 

一瞬、彼女の掴む力が弱まり、彼はその手から逃れようとした。勢いよく走り出そうとした瞬間、片足を掴まれ彼は頭から転んだ。

 

「う、ううっ…ハッ!」

 

全身を包む悪寒に、彼はゆっくりと振り返った。彼の足は彼女の巨大な鈎爪の様な手に握られている。

ゆっくり…ゆっくりと彼は視線を上げ彼女の顔を覗き込んだ。そこには、いつもの…目の見えなかった彼が想像していた様な穏やかな、慈愛に満ちた表情をした彼女がいた。

 

「サ…」

 

次の瞬間、彼の足を握るその手に力が込められた。

 

「何を言ってるの…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナタハココデズット私ラスノヨ

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女がもう一度力を籠めると、木が(きし)む様な音と共に彼の足が有り得ない方向へと曲がった。

次の瞬間、砂浜に彼の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女、港湾棲姫は三姉妹の末の妹に当たる。

今から一年程前、長女の中間棲姫が戦場に倒れた。彼女…港湾棲姫も悲しくはあったが、生来争いを嫌う彼女にとっては然したる問題でも無かった。

次女である飛行場姫は姉を沈めたのは提督と呼ばれる人間で、私達の手で仇を討つのだと事ある(ごと)に彼女に説いた。

彼女、飛行場姫にしてみれば復讐の念を絶やさない為だったのかもしれない。だがその結果、港湾棲姫は姉を討った人間に、お伽噺(とぎばなし)の王子様に似た強い憧れを持つ様になった。

 

ある時、彼の乗る船が近くを通ると知った飛行場姫は船を沈めようとしたが、妹から一つの頼み事をされた。

 

『その人間は自分が沈めるから、生きたまま連れてきてほしい…』

 

別にそんな事をしなくても自分が沈めればと思った飛行場姫だったが、大人しい妹の初めての頼みを無下にする事も(しの)びなく、その願いを叶える事にした。

 

生かされたまま連れて来られた提督を見て、狂喜した港湾棲姫だったが、一つ大事な事を失念していた。

彼は人間なのだ。

もし自分の姿を見れば、彼は間違いなく自分を拒絶するだろう。そこで彼女は、ある事を試した。

彼女達、深海棲艦の体液は傷口に塗る事で絆創膏(ばんそうこう)の様に傷を塞ぐ事が出来る。彼女は彼の目を体液で塞ぎ、言わば〈(ふた)〉をしたのだった。

彼女の目論見通り、彼は自分を人間と勘違いしてくれた。こうして彼女の(つたな)い恋は成就(じょうじゅ)した。

正体を隠しているとはいえ彼も自分に愛情を抱く様になり、彼女も献身的に彼に尽くした。雌の本能に突き動かされ彼に迫ったが、そんな自分を彼も受け入れてくれた。

彼女は幸せの絶頂にいた。

 

そんな彼女の唯一の懸念は姉、飛行場姫の存在だった。

たまたま彼女が島に来た際は、運良く彼が小屋を抜け出していたお陰で彼を(かくま)っている事を知られずに済んだ。

だが、彼はまた勝手に島を歩き回るかもしれない。小屋に閉じ込めて彼の存在を隠そうとしたのは正しかったかもしれないが、彼女はここで余計な仏心を出してしまった。

 

『例え私が深海棲艦だと判っても、彼はきっと私を愛してくれるわ…!』

 

彼に渡した薬は只の水に過ぎない。彼が飲んだのを見計らって念を送り、彼の目を塞ぐ〈蓋〉を剥がしただけだった。

もし彼が只の人間ならば必要以上に彼女を怖がる事もなかったかもしれない。だが彼は彼女達の敵である艦娘の指揮官なのだ。彼にとって港湾棲姫(サヤ)は憎むべき敵でしかないのだ。

結局、そんな甘い考えの所為で彼は自分から逃げ出そうとし、姉にも彼を匿っている事がばれてしまった。

やはり彼の目は治すべきではなかった…そう思った時はもう遅かった。

 

彼女の幸せは唐突に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊ビニ行ッテクル!」

 

「怖イ人達ガイルカモシレナイカラ、アマリ遠クニ行ッチャ駄目ヨ」

 

「ヘーキ、艦娘ナンカヤッツケチャウモン!」

 

「ソウ言ッテ泣キナガラ帰ッテ来タデショウ?」

 

「泣イテナイモン!ホッポ、ママミタイニ泣イタリシナイモン!」

 

「…?ママハ泣イテナンカ…」

 

「昨日モパパ二乗ッカッテ「ホ、ホッポ!!」

 

「ママノ泣キ虫~オッパイオバケ~♪」

 

「…モ、モウ〈今日カラ気ヲ付ケナイト…〉」

 

 

 

 

 

 

あれから一年。彼女は子供を産んでいた。

彼が全てを知ったあの日、彼女は激情に駆られ彼の片足を折ってしまった。

その後、何度も傷付ける気は無いのだと弁明し、それを証明する為に今まで以上に彼に尽くした。

彼女が目を離した隙に、彼が小屋から逃げ出した事も何度かあった。だが最近は彼も彼女から逃げられないと悟ったのか、すっかり大人しくなった。

彼を傷付けてしまった事は後悔しているが、結果的にはこれで良かったのだと彼女は満足している。

 

「サヤ…少し散歩してくるよ」

 

「あっ、待ってアナタ。肩を貸すわ」

 

「一人で大丈夫だよ、心配性だな」

 

「もう、夫婦なんだから心配するのは当たり前でしょう?」

 

「…ああ、そうだな」

 

「あっ…」

 

「…どうした?」

 

「フフッ…お腹の子が早く外に出たいって…アナタに会いたいって」

 

「そうか…」

 

「ねぇアナタ…私、今とっても幸せよ…アナタは?」

 

「そうだな…走れる様になれば、もっと幸せかな」

 

「イジワル…」

 

あの日以来、彼は自分を拒む事もなくなり、まるで人間の夫婦の様に穏やかな時間を過ごしている。

生気の無い笑いを浮かべる彼を見る度に彼女は思う。彼は、まだ完全には心を許していないのかもしれない。

でも彼は、もう何処にも行ったりはしない。まだ時間は掛かるかもしれない。

だが、それでも…

 

「ねぇ、アナタ」

 

「何だ」

 

彼が自分の愛情を理解してくれる日が、いつかきっと来る。

 

「愛してるわ…」

 

彼女はそう信じていた。

 

 




ちょっとだけ解説。
改訂前のだと飛行場姫の役割が潜水ソ級だったんですが変更してオチ担当に昇格させました。次の○○の話でも飛行場姫がオチ担当ですが、次話の飛行場姫は…(↓次の話>>をクリック!)。
キャラが二人だとギャグパート入れにくい…
設定としては長女が中間棲姫、次女が飛行場姫、港湾棲姫が少し年の離れた三女と思って下さい。
名前はゲーム沙耶の唄から取りました。



艦娘型録

提督 見える様になって初めて気付いたけど、凄いカッコしてるのな。横乳見えちゃう見えちゃう!俺でなきゃ見逃しちゃうね!これで額のテ○ガさえなけりゃ…

港湾棲姫 思わず折っちゃったけど絶対怒ってるわよね。死んだ魚みたいな目してるし。本当にワザとじゃないの。でも逃げなくなったし…後はホッポね。もう一つ小屋建てようかしら。

飛行場姫 別に先を越されたとか言わないわ。でもね、本気で撃つ事ないんじゃないかしら…怒ってないわ、ええ、本当に怒ってないわよ。でも一応お姉ちゃんよ…ヒドくない?

中間棲姫 この娘が妹の…可愛いわね、あの娘の小さい時にそっくり。え?今何て言ったの?違うでしょ、お姉さんでしょ?二度と伯母さんなんて言っちゃ駄目よ。ワ カ ッ タ ワ ネ ?

北方棲姫 パパ、私、妹が欲しい!…うん、ママに言ったらパパに頼みなさいって!…え?もうすぐ産まれるの?やった~♪後三人は欲しい!…勘弁?それってどういう意味?
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