艦娘症候群   作:昼間ネル

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「あふれる母性で返り討ちにしてあげるわ」





深世海へ

雲一つ無い晴天の空の下、一人の女が海を滑る様に走っていた。

海には不釣り合いな着物を着た彼女は、眼前に小さな島を捉えると歩みを止めた。

 

「提督…雲龍姉さま…私が必ず…」

 

背中に背負った包みから巻物を取り出すと、彼女は再び海を滑り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少しで懐かしの我が家か…」

 

海を進む大きな巡洋艦のデッキで、一人の男が海を眺めていた。

彼はある鎮守府の提督をしていた。とある出張が終わり、自身の鎮守府への帰路へと就いているところだった。

彼の頭の上でカモメが旋回していた。彼はポケットからパンを取り出すと、それに気付いたカモメが彼に群がってきた。ところが、急に方向を変えると飛び去ってしまった。

 

「な、何だ…?」

 

「…!!」

 

眼下の海から何かを叫ぶ声が聞こえる。声のする方に頭を出すと、一人の女が海を滑っていた。

 

「あ、あれは…雲龍?」

 

「…!!」

 

白い巻き毛が特徴的な正規空母の艦娘、雲龍。

彼の鎮守府の所属ではないが、彼女の妹に当たる部下の天城から何度か特徴を聞かされていた。

彼女はしきりに何かを訴えているようだった。

 

「…!」

 

「雲龍、どうしたんだ!?」

 

「…げて!」

 

彼女の声に耳を傾けようとした時だった。大きな爆発音と共に船が大きく傾いた。

 

「うわあっ!!」

 

手すりにしがみついた彼が後ろを見ると、海の中からピラニアの様な黒い怪物が姿を現した。

軽母ヌ級、駆逐イ級。

無数の深海棲艦達が我先にと彼の船へ群がってきた。

その大きな口から、無数の魚雷が発射されると船の船尾へと吸い込まれていく。

 

「や、やめろっ!」

 

彼は慌て船から飛び降りた。彼が海に落下すると同時に、船は轟音と共に爆発した。

 

「うわああっ!!」

 

「…!」

 

船が爆発する瞬間、一つの影が彼に覆い被さった。

 

〈う、雲龍か…?〉

 

次の瞬間、巨大な爆風と津波が二人を押し流し、頭に何かがぶつかった様な強烈な痛みに、彼は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ…くすぐったいの…そろそろいいかしら?』

 

優しい女の声に、彼は目を覚ました。だが目の前には暗闇が広がるだけ。何か大きな物に顔全体が包まれているのか、息苦しさから彼は目を開けた。

 

「…ぶはっ!」

 

「ンッ…やっと起きたのね」

 

「ここは…前が見えない…」

 

「目を怪我したみたいね。応急措置はしたけど…」

 

「け、怪我…?」

 

彼が動こうとすると全身に鈍い痛みが走った。骨は折れてはいないが、全身に無数の捻挫でもあるのか動く度に体が悲鳴を上げた。自分の目に触れると、包帯が巻かれているのが判った。

 

「ここは…」

 

目が覚めると同時に、彼はついさっき起こったであろう出来事を思い出していた。自分は船に乗っていた事。その船が深海棲艦に襲われた事。海に落ちた自分はそこに駆け付けた艦娘に助けられた事…。

 

「君は…雲龍?」

 

「あなた…提督ね?今さらだけど、初めまして」

 

「あ、あぁ…ここは…鎮守府なのかい?」

 

「そうだって言ってあげたいのだけど…」

 

「え?じゃあここは?」

 

「あなたが乗っていた船は沈んだの。その後、私…あなたを背負ってこの島にたどり着いたの」

 

「島?ここは鎮守府じゃないのか?」

 

「…えぇ。ごめんなさいね…」

 

「…そうか、そうだったのか。随分と面倒掛けたみたいだな。先ずはありがとう。君の事は妹の天城から聞いた事があるよ。これも何かの縁かもしれないな。よろしく」

 

「縁…そうね。そうなのかもしれないわね。私もそう信じてるわ」

 

「雲龍…?」

 

「それはそうと体は大丈夫?ずっと高熱でうなされてたからし…もう駄目かと思って心配したわ」

 

「そ、そうだったのか。でも気分は悪くないよ。傷は痛むけど」

 

「フフッ、あんなに気持ち良さそうに寝ていたものね。私の胸…そんなに良かった?」

 

「え?ど、どういう意味?まさか…」

 

「えぇ、ずっと私の胸を枕にして。別にいいけど…」

 

「そ、それは…まぁその…すまない」

 

「もう一度…する?」

 

「え!?」

 

「冗談よ…何か凄い不満そうな顔ね。分かったわ、じゃあもう少し…」

 

「い、いや、大丈夫だよ、うん。一人で寝れるから…」

 

「そう?じゃあ私、食料探してくるわ。いい子にしててね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから提督は彼女に詳しく説明を受けた。

彼女が言うには、別の任務で通り掛かった際に彼の乗る船が襲われている所に遭遇、唯一の生存者である彼を背負い、たまたま発見したこの島へと避難したとの事だった。

この島が何処なのかは彼女も判らず、また周囲に深海棲艦が頻繁に現れるので、彼女一人では島を出るのも難しいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魚…あまり好きじゃない?」

 

「あ、いや、そんな事はないよ」

 

「それならいいけど…」

 

彼が島に着いてから三日目が経っていた。

彼女は動けない彼に変わって毎日魚を取りに出掛けていた。だが三日も魚を食べていると飽きてしまうもので、口には出さずとも表情に出ていたのかもしれない。

彼女もどうやっているのか焼き魚を持ってきてくれるのはありがたかったが、海が汚れてでもいるのだろうか不思議な味がした。

それに目の見えない彼にも、彼女が酷く疲れている雰囲気が察してとれた。魚を取って帰って来た時は必ず数時間の休憩を必要としていた。

 

「この包帯…そろそろ取ってもいいかな」

 

「その…私はあまり取らない方がいいと思うの」

 

「痛みはないんだけど…そんなに酷かった?」

 

「その…もし見えなかったらとても悲しむと思うから…」

 

「取ってみないと判らないよ」

 

「あ…」

 

彼は包帯を取り目を開けた。

最初は暗闇だった視界が朧気ながら明るくなってくると、彼の目に一人の女が映った。

銀髪にも見える白い髪、開いた胸元からこぼれ落ちそうな大きな胸、膝上の白いミニスカート。彼の目の前の彼女は、少し怯えている様に後ずさった。

 

「…」

 

「うん、見えるよ」

 

彼女は手を伸ばすと、彼の顔にそっと触れた。

 

「痛みはないけど、傷が残ってる?」

 

「え、えぇ、少しだけ…」

 

「はは、せっかくの男前が台無しだな」

 

「…」

 

「ここはお世辞でもいいから、そうねって言ってほしかったな」

 

「ご、ごめんなさい…その、一つ聞いてもいい?私、変じゃない?」

 

「見た所大破もしてないし、流石、天城のお姉さんだけあるよ。とっても美人だ」

 

「え…」

 

「俺は…好みのタイプじゃなかったかな?」

 

「そ、そんな事ないわ!でも…そうね、主砲が二門あって夜戦可能なら「来世で頑張るよ。まぁ冗談はさておき、改めてよろしく」

 

「え、えぇ…やっぱり私、変なんじゃないかしら」

 

「…?どうして?」

 

「だって、さっきからずっと胸ばかり…」

 

「あ~うん、つい…」

 

「あまり見つめられると恥ずかしいのだけど」

 

「…すまん」

 

〈…暫く寝た振りしてれば良かったな…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ…ちょっと…どこへ行くの?」

 

歩ける迄に回復した彼が寝泊まりしている小屋から出ると、彼女が慌てて彼の腕を掴んだ。

 

「流石に三日も寝たきりは退屈だからさ、俺も食料集めを手伝うよ」

 

「で、でもあなたの体はまだ完全に…」

 

「大丈夫だよ、これでも体力には自信あるんだ。ほら、この通り…イタタッ!」

 

「もう、だから言ってるのに。あなたは私とは違うんだから、あまり無理はしないで」

 

「わ、悪い。でも、それを言ったら雲龍もだろ?いつも魚を取ってきてくれるのは助かるけど、とてもつらそうだったろ」

 

「気付いてたのね…。でも私達はある程度の時間があれば回復できるから」

 

「そうなんだ。こんな時は人間の体が恨めしいよ」

 

「…フフッ♪」

 

「何かおかしいかい?」

 

「ううん、そんな意味じゃなくて。でも、そうね、実は向こうに船の残骸が流れ着いてるの。今日はそこに行こうと思ってたから、手伝ってもらえる?」

 

「本当かい?何か美味しい物があればいいんだが」

 

「やっぱり私の魚、美味しくなかったの?」

 

「そ、そんな事ないよ!とっても美味しかったよ」

 

「じゃあ今日も魚にする?」

 

「…」

 

「冗談よ。私も他の…たまには別の物食べてみたいし」

 

「そ、そうだろ?よし、行こう!アイテテ…」

 

「もう、無茶しないでって言ってるのに。ほら、私の肩を貸すわ…別に胸に触れても構わないわよ?」

 

「あ~…ワザとじゃないんだが、位置的にな…」

 

「その割には嬉しそうだけど…」

 

「すまん…」

 

「フフ…それ言うの二回目…いや、三回目かしら?」

 

 

 

暫く歩くと、切り立った岸壁へとたどり着いた。

彼女が指差す場所を見ると、浜辺に幾つもの漂流物が打ち上げられていた。その中には缶詰めや割れていない瓶が残っていた。提督は喜んで拾おうとしたが痛んだ体では思う様に運べず、結局彼女が一人で持ち帰る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、こんなに落ちてるなんて。探してみるもんだな」

 

「…そんなに魚じゃないのが嬉しい?」

 

「そ、そうじゃないって。俺、まだこんな体だろ?少しは雲龍の負担減らしたくてさ」

 

「まぁ、そうね。正直役には立っていないかも」

 

「ぐっ…はっきり言うな…」

 

「でも私がいるじゃない」

 

「それは…そうだけど」

 

簡単な食事も終わり、彼は真面目な顔で尋ねた。

 

「それにしても、こんな島に人が住める小屋があるなんて。前に人が住んでいたのかな」

 

「そうみたいね。魚を捕まえる網もあったから、私も助かってるわ」

 

「そうか…深海棲艦が現れたんで人がいなくなったのかな。まぁお陰で寝泊まりできて助かるよ」

 

「そう言ってくれると嬉しいわ」

 

「あぁ…ところで鎮守府との連絡は、付きそうにないかい?」

 

「残念だけど、そういった物は…」

 

「…そうか。となると、誰かが救援に来てくれるのを待つしかないか」

 

「…来てくれるかしら?」

 

「え?」

 

「その…この辺りは深海棲艦が多いでしょ?だから、わざわざこんな所まで探しに来るかしら?」

 

「となると、この島で俺と暮らす事になるけど、雲龍はそれでもいいのかい?」

 

「私は別に構わないわ。私、大勢でいるのは苦手なの…でも一人は寂しいし。理想的じゃない?」

 

「おいおい…天城が悲しむぞ」

 

「そうね…とても悲しむでしょうね」

 

「あぁ。それに今頃鎮守府の皆も俺達を探してるだろうし。海からでも判る旗でもないか、明日もう一回探しに行こう」

 

「…そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、いつもより早く起きた提督は、まだ寝ている彼女を尻目に小屋を出た。歩ける迄回復した彼は散歩がてらに浜辺に向かった。

貝殻を踏まない様に海辺を歩いていると、目の前で魚が跳ねるのが目に入った。

 

〈…雲龍はアレを毎日取ってきてくれたのか〉

 

何故か魚に好奇心をそそられた彼は暫く海を眺めていた。

 

〈何だろう…無性に雲龍の取ってきてくれた魚が食べたいな。俺、別に魚好きじゃないのに…〉

 

心境の変化に戸惑いながら、いつもの様に漂流物を漁っていると、機械の残骸だろうか鉄の塊が流れ着いていた。

 

〈何かの部品か…どこかで見覚えがある様な…ん?〉

 

錆びたエメラルド色の残骸の中に黒い物が混ざっていた。見た目の割には重いがほとんど新品同様の、まるで誰かがついさっき置いていったかの様な棒だった。

 

〈少し短いけど…これにシャツでも括り付けて旗にでもすれば誰かが見付けてくれるかもしれない〉

 

提督は意気揚々と小屋へと引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、姿が見えないからびっくり…それ、どこで見つけたの?」

 

提督が小屋に戻ると、何やら心配した顔付きの彼女が駆け寄ってきた。

 

「少し遠出してね、そこで見つけたんだ。深海棲艦に襲われた船の残骸じゃないかな」

 

「そう…気を付けてね。あなたはまだ…治っていないんだから」

 

「心配し過ぎだって。雲龍の魚のお陰で治りが早いんだ。なぁ…もし面倒じゃなきゃ、また取ってきてくれないかな」

 

「いいけど…フフッ、もう魚は飽きたんじゃないの?」

 

「あ、あぁ。俺もそう思ってたんだが、急に恋しくなってね。雲龍が取ってきてくれたからかな?」

 

「もう…しょうがないんだから。じゃあ、いい子にしてるのよ?」

 

「はいはい、ちゃんとお留守番してますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、旨い!魚がこんなに旨いなんて思わなかったよ」

 

「褒めてくれるのは嬉しいけど…火で焼いただけよ?」

 

「雲龍が取ってきてくれたから美味しいのかな。料理は愛情って言うからね…アイテテ」

 

「ほら、まだ治ってないんだから…仕方ないわね」

 

「お、おいおい」

 

彼女は提督の後ろに座ると彼の体を強引に引っ張り寄せた。彼の頭を胸の谷間に押し込むと、魚を彼の口元へとゆっくり運んだ。

 

「う、雲龍…」

 

「大丈夫よ、私が食べさせてあげるから。ハイ、ア~ンして」

 

「子供じゃないんだから」

 

「いいのよ、ママがやってあげますからね」

 

「…雲龍って、意外と世話好きなんだな」

 

「そうかもしれないわ。私こう見えて駆逐の娘に懐かれてるのよ。それにね?…恥ずかしいんだけど、私、子供が欲しかったの」

 

「俺、もうすぐ三十路だぞ…子供にしちゃ老けてないか?そういえば雲龍って造られて何年…あ、熱い!雲龍、そこ口じゃない!」

 

「そんな話する子、ママ嫌いよ」

 

「わ、分かったって!…もうちょい下」

 

「ねぇ、この間言ってたわよね。あなたとこの島で暮らす事になったらどうするって」

 

「そういえば言ったな。本当にそうなりそうで不安だよ」

 

「どうして?私といるのはイヤ?」

 

「そうじゃない。雲龍だって鎮守府に帰りたいだろう。…まぁ雲龍が側にいれば食事の心配はなさそうだけど」

 

「そうよ、もしそうなっても私がいるわ。いっぱい甘えていいのよ?」

 

「う~ん…子供だったら素直に嬉しいんだが…俺は大人だからなぁ」

 

「…そうね、ママ相手にこんなになってる悪い子だものね」

 

彼女はスッと、彼の股間に手を滑らせた。

 

「お、おいっ!」

 

「あらあら、オマセさんね。イケナイ子」

 

「勘弁してくれよ…俺も男だから、こんな事されたらなぁ…」

 

「ウフフ…ママの胸はそんなに気持ちいい?」

 

「…雲龍」

 

「アン♪ダメよ、ママに何する気?ウフフ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、いつもの様に浜辺へやってくると彼女は何やら考え込んでいる様だった。

 

「どうしたんだ?」

 

「少し島の周りを探索してみようと思うの。まだ船の残骸が残ってるかもしれないから」

 

「俺も行こうか?」

 

「あなたはここで探してて。もし敵が現れたらすぐ逃げてね」

 

「あぁ。一人で大丈夫か?」

 

「この島には危険な敵はいないわ。それに坊やを一人残して沈めないわ」

 

「それは確定なのか…」

 

提督をからかう様に手を振ると、彼女は浜辺に沿って歩いて行った。

 

〈敵に遭わなきゃいいけど…〉

 

彼女を心配しつつ、提督は漂流物を漁り始めた。

 

 

 

 

 

 

〈これも使えそうだな〉

 

彼女と別れて数十分程。

漂流物を漁っていた提督は、気が付けば元いた浜辺からかなり遠くまで来ている事に気付いた。

ふと、壁の様な岸壁の向こうから煙が上がっているのが目に入った。

 

〈煙…雲龍か?他に人がいるのか?〉

 

と、その時、岸壁の向こうから海を滑る様に二つの影が躍り出た。

 

〈あれは…艦娘?助けに来てくれたのか?〉

 

提督は二人に気付くと彼女達を呼び止めるべく、大声を張り上げた。

 

「おーい!待ってくれ!ここだ!」

 

彼の叫びに気付いた二人は彼の顔を見ると一瞬固まった。

 

「君達は確か…神通と春雨だったかな…あ、おい!」

 

神通と春雨の二人は、彼の顔を一瞥すると何もなかった様に再び海を滑り出した。

 

「お、おいっ!どこへ行くんだ?待ってくれ!」

 

痛む体を引きずりながら彼女達を追って海へ入るも、二人は既に海の水平線へと消えていた。

 

〈どうなってるんだ…俺の鎮守府の艦娘じゃないから俺が判らなかったのか…?〉

 

不審に思いながらも、彼は煙が上がる岸壁へと向かった。そこには座礁した船の残骸が音を立てながら燃えていた。

 

〈これは…俺の乗っていた船の一部…?それにこれは硝煙の匂い?まさかアイツらが撃ったのか?〉

 

再び海を振り返るも二人の影も形もある訳もなく、彼は帰路に就く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦娘が…?」

 

「ああ。顔を知ってる訳じゃないが、あれは川内型と白露型の艦娘だったと思う」

 

提督は先程の出来事を興奮気味に語った。それを聞いている彼女は今一つ信じていない様で、些か言葉に詰まっている様だった。

 

「疑う訳じゃないけど…本当に艦娘だったの?」

 

「おいおい、仮にも俺は鎮守府を任されている提督だぞ。その俺が艦娘を見間違うと思うのか?」

 

「でも…私も島の周りを見て回ったけど、艦娘は…」

 

〈艦娘…?艦娘を見たって…もしかして…〉

 

「それに俺の乗っていた船の一部が流れ着いていたんだが、ついさっき壊されたみたいな感じで…アイツらがやったとは思いたくないが…」

 

「…」

 

「もしかして俺をこの島に住んでる人間だと思ったのかな」

 

「その娘達、駆逐の娘だったのよね?あなたにいやらしい事されると思って逃げたのかしら」

 

「冗談はよしてくれ…それに軽巡ならともかく、駆逐の娘は…そんな邪な目で見た事はないよ」

 

「そうね、坊やはママの事がだ~い好きだものね」

 

「…はっきり違うと言えないのが何とも…」

 

「ここには私達しかいないんだから、恥ずかしがらなくてもいいのよ?ほら、こっちに来て。ママと一緒に寝ましょうね」

 

「…ああ」

 

まるで催眠術にでも掛かった様に彼女の胸に顔を埋めると、彼女も彼の頭を撫でながら横になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、いつもの様に彼女が出掛けるのを見計らって、彼は船のある場所へと向かった。昨日は気が動転していたが、もしかしたら無線が使えるかもしれない、また艦娘達がやって来るのでは…?僅かな希望を抱き、彼は目的の場所へと辿り着いた。

 

〈やはり駄目か…〉

 

船に積んである機械や計器の類いは、どれも使い物に成らなかった。特に機械類は完全に破壊されていた。

 

〈これまた徹底的にやってくれたもんだ。これじゃ近くを通りかかった船に連絡を取る事は無理だな〉

 

以前は暫くすれば救援が来るだろう…そう楽観的に考えていた彼だったが、その考えが甘かった事を思い知らされた。

だが、彼の心に悲観的な気持ちは無かった。彼自身も不思議だったが、このまま雲龍とこの島で暮らすのも悪くない…そんな気持ちさえ芽生えてきていた。

 

〈どうしたんだ俺は…一日も早くこの状況を何とかしなきゃいけないのに…何でこんなに…〉

 

自身の心の揺らぎに驚いている彼の目に、ある物が写った。

 

〈あれは…深海棲艦!?〉

 

何人かの深海棲艦と思われる者達がこの島へと向かっている様だった。

 

〈ま、マズい、隠れないと!〉

 

壊れた船の船体からそっと離れようとしたが、運悪く船の一部が砕け海に落ちた。その音を聞き付けたのか、深海棲艦の一人が彼に気付いた。彼女、軽巡棲鬼が真っ直ぐにこちらへ向かって来ると、他の者達もその後に続いた。

 

「し、しまった!くそっ!」

 

「そこにいるの!?」

 

「う、雲龍か?」

 

彼が浜辺に上がると、息を切らせた彼女が岸壁から顔を出した。

 

「やっぱりここにいたのね」

 

「そ、そんな事より大変だ。深海棲艦に見つかった!」

 

「ええ、解ってるわ。あなたはここから離れて」

 

「ひ、一人で戦う気か?無茶だ!」

 

「フフッ、大丈夫よ。私こう見えても凄く強いんだから。それに軽巡と空母、駆逐艦が数隻なら…どうって事ないわ」

 

「だ、だが…」

 

「でもあなたがここにいると巻き込んでしまうわ。私の姿が見えない位、遠くに行ってちょうだい」

 

「わ、分かった!沈むなよ!」

 

「大丈夫、私を信じて」

 

彼にウインクすると、彼女は海へと向かった。提督も彼女の邪魔をしない様にと、その場から走り出した。全力で走り、息切れに一呼吸しようと立ち止まった時、海の方角から砲撃と爆撃が入り交じった音が彼の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一時間も経った頃、提督は再び海へと向かった。

海から砲撃の音は聞こえず、戦いはひとまず終わった様だ。どちらが勝ったのか、もしや彼女が負けたのでは?そんな不安に駆られた彼は一目散に海へと走った。

 

「…う、雲龍!」

 

「…心配して来てくれたの?ありがとう、私は平気よ」

 

浜辺の周辺からは焼け焦げた硝煙の匂いが漂っていたが当の彼女はどこ吹く風、まるで戦闘など無かったかの様に涼しげに佇んでいた。

 

「ひ、一人で退けたのか…」

 

「言ったでしょ?私、こう見えても強さだけは自信あるの。私を倒したいなら一個艦隊は…あっ」

 

「無事で良かった…本当に良かったよ…」

 

「…ごめんなさい、心配掛けて…でも安心して。あなたを置いて沈んだりはしないから。約束よ」

 

「…フフッ、本当ならそれは男のセリフなんだが…こんな抱き着いた状態で言っても説得力ないな…」

 

「そんな事ないわよ。坊やを守るのはママの仕事だもの…あなたは何も言わずに甘えていればいいのよ…こうやってね」

 

「…それも悪くないか」

 

抱き着いた自分の背中を、彼女はさらに強く抱き締める。感情が混もっているのか少し痛い位に感じたが、その痛さをもう少し味わっていたいと、彼は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、いつもの様に食事を取っている最中だった。

 

「ううっ…」

 

「どうしたの?」

 

提督は急激な頭痛に襲われ、その場へ突っ伏した。

 

「な、何だか…気分が悪いんだ…」

 

「そう…大丈夫よ、私がいるから」

 

「ああ…」

 

彼女がソッと彼の頭を撫でると、彼は急に眠気に襲われ、深い眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「うう…」

 

「ハァハァ…」

 

「ぐああっ…!」

 

その日は一晩中熱が引かず、彼は身体中に妙な痛みが走るのを感じた。それを見守る彼女は少しでも痛みが和らぐ様にと彼の手を握り続けた。

痛みが引いた頃、彼の手を握りながら眠ってしまった彼女に彼が気付くと、朝の日光が小屋に降り注いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫?」

 

提督が小屋の外で体を伸ばしていると、たった今起きたのか、まだ寝惚け眼の彼女が心配そうに彼の顔を覗き込んだ。

 

「ああ、心配掛けたな。でも大丈夫、自分でも不思議な位気分が良いんだ。まるで生まれ変わったみたいだ」

 

「フフッ、あながち間違っていないかも」

 

「…ああ、それと雲龍…俺、考えたんだが…」

 

「…!!」

 

彼が言い終える前に、突如彼女は彼を庇う様に立ちはだかった。

 

「う、雲龍…?な、ア、アイツは…!?」

 

雲龍の肩越しに顔を出すと一人の深海棲艦が二人を睨んでいた。大破でもしているのか所々服が破れ、露出した手足にも赤いヒビが痛々しく浮かんでいた。

 

「ヨクモ…ヨクモ…ッッ!!」

 

「あ、あいつは…確か飛行場姫…?雲龍!」

 

「昨日撃ち漏らしたみたいね。あのダメージだからもう来る事はないと思ったのだけど…」

 

「アイツ、まだやる気だぞ」

 

「ええ、少し離れていて。私も艤装を出すから」

 

「あ、あぁ!」

 

彼が離れると、彼女の周囲に黒く巨大な霧が現れた。やがてそれは徐々に形作り、まるでそれ自体が一つの基地の様な砲台が現れた。

 

〈う、雲龍の艤装って、あんなだったのか?確か雲龍は空母だった筈…あれじゃまるで…〉

 

「ユルサナイッ!ヨクモ…ヨクモ…ッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイトクトウンリュウネエサマヲッ

 

 

 

 

 

 

 

 

〈な、何?…提督って…〉

 

殺気立つ飛行場姫の周囲から、無数の黒い艦載機が放たれた。

 

「うわっ!」

 

空を舞う艦載機達が一斉に反転し、二人に襲い掛かるが、それを察知した彼女が提督の前に立ちはだかり、その攻撃を一身に受けた。

 

「くっ!」

 

「う、雲龍っ!」

 

流石に正面からこれだけの攻撃を受けたのはキツいのか、彼女は片膝を突いた。

 

「この至近距離は流石に堪えるわね…でも、次は私の番よ」

 

「クウッ…!」

 

彼女の巨大な砲台が目の前の敵を捉えた。最早逃げる事も出来ず青ざめる飛行場姫に、無慈悲な一撃が放たれた。

辺り一帯を吹き飛ばす爆風が周囲に広がった。

 

「うわああっ!」

 

「大丈夫よ!」

 

彼女が提督の体をしっかり掴んで爆風から身を守った。やがて煙が晴れると、その攻撃をまともに喰らった飛行場姫が、最後の力で立ち上がろうとしていた。

 

「ゴメンナサイ…ウンリュウネエサマ…カタキヲウテズ…テイトクヲ…トリモドセマセン…デシ…タ…」

 

飛行場姫は力尽きその場に倒れると、その体は霧の様に消えて無くなった。

 

「まだこれだけの力が残っていたなんて…大丈夫?怪我はない?」

 

「あ、ああ。なぁ、雲龍…今その深海棲艦、雲龍と提督をって言わなかったか?

 

「どういう事だ?…何故、深海棲艦のそいつが俺達の仇を討とうと…?まるで俺達の方が深海棲艦みたいじゃないか…

 

「そ、それに雲龍…お前…その姿は…」

 

気が付けば彼女、雲龍はついさっき迄とは違う姿に変貌していた。

腰まで届く白い髪、額に生えた黒いツノ。所々に生えた牙の様な塊、そして白く変貌したその肌…。

 

「何?私の姿…どこか変かしら?」

 

「いや…別に…」

 

「フフッ、おかしな坊や♪さぁ、いらっしゃい」

 

「…ああ」

 

〈雲龍の姿…まるで深海棲艦じゃないか。確か…港湾水鬼だったか…じゃあ俺の敵なのか?いや、違う…雲龍は俺の味方だ…

 

〈それに…雲龍が深海棲艦だったら何だっていうんだ…そうだ…艦娘の方こそ俺達の敵じゃないか…

 

〈そうだ…アイツらは敵なんだ…俺達、深海棲艦が倒すべき…邪魔な敵なんだ…

 

〈そうだ…そうなんだ…〉

 

〈……〉

 

両腕を広げる彼女に吸い込まれる様に抱き締められると、彼は今自分が何を考えていたのか、もうどうでもよくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

驚いたわ…

最後の最後で元通りになるなんて。

でも、もう何の問題も無いみたいね。

 

あの日、私の島に雲龍と言う名の艦娘が現れたのが全ての始まりだったわね。

こんな所に一人で来るなんて、そんなに沈みたいのかしらと思ったけれど…成る程…彼を庇ってこの島に辿り着いたわけね。

でも…人間が私達の世界で生きていける訳がないし、海にでも捨ててこようと思ったけど…彼を見て気が変わったわ。

何かしら…酷く弱っている彼を見ていると…母性本能とでも言うのかしら…彼を助けたい…何でもしてあげたい気持ちが芽生えてきたわ。

 

私は彼の命を救う為に色々試してみたわ。その中でも一番効果が合ったのが、私の体の一部を体液にして彼に飲ませる方法だったわ。

彼が目を覚ます迄、毎日口から私自身を注ぎ込んで…彼が目を覚ましてからは魚に混ぜて彼に与えて…。

一時は助からないかと思ったけど、彼は徐々に回復していったわ。

 

それに…嬉しい誤算もあった。

彼が目の包帯を取りたいと言った時、私はいざとなったら彼を殺してしまおうと考えていた。

ところが、どういう訳か彼には私が艦娘に…彼が一緒にいた雲龍とやらに見えているらしかった。

これには私も驚いたわ。

もしや…私の一部が彼の体に入った事で私が同族に見えるのでは…?別にそこまで想定していた訳じゃないけど…面白い事もあるものね。

 

それに…私が艦娘に見えるだけじゃない。その逆も…艦娘も深海棲艦に見えるみたいだった。

万が一にも、この場所が判らない様に…彼が鎮守府に連絡が取れない様に、私は部下の軽巡棲鬼と駆逐棲鬼に船や無線の類いを見つけたら破壊しろと命じておいた。

運悪く彼はその場を発見してしまったみたいだったけど、彼には二人が艦娘に見えていた様だった。

彼が雲龍の…私が倒した艦娘の艤装の一部を持ち帰って来た時はびっくりしたけど…。艤装も破壊しておくべきだったわね。後でもう一度確認しておかなきゃ。

 

そして、偶然にも彼を発見した軽巡と空母…確か天城って言ったわね…彼には深海棲艦に見えていたらしいけど、恐らく彼を探しに来ていた艦娘でしょうね。

ちゃんとトドメを刺しておくんだったわ。お陰で彼に私の艤装を見られちゃったじゃない。

…でも、それも心配無かったわね。彼はまだ気付いていないみたいだけど、もう彼の体は完全に深海棲艦(私たち)に変化してるわ。

もう彼には私が元の…本当の港湾水鬼(わたし)に見えてるみたいだけど、それを受け入れたのがいい証拠。

でも、それを知ったらきっと悲しむでしょうね。それは私も見たくないわ。そうね…この事は内緒にしておきましょう。

 

そうよ、言う必要なんてないわ。

彼には…坊やには私がいればそれでいい。

ここにいる限り誰も手出しはできない。

ずっと私が守ってあげるわ。

あなたはずっと…私の胸の中にいればいいのよ。

ねぇ…そうでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ…さっき何か言おうとしていたみたいだけど?」

 

「そうだったっけ…?もう思い出せないよ…」

 

「そう…じゃあもう鎮守府なんかに帰らないで…ずっとママと一緒にいてくれる?」

 

「鎮守府…?もうどうでもいいよ…俺はずっと雲龍と…ママと一緒にいたい…」

 

「ウフフ…そう言ってくれると思ったわ。ほら、あなたの大好きなママのおっぱいよ。アアン…♪もう、そんなにがっつかないの♪ママは逃げたりしないわよ。

 

「これからは全部ママが面倒見てあげるからね…だからず~っと…ママと一緒にいましょうね…

 

「可愛い可愛い…私の坊や…」

 

もう彼は自分が誰かのか…何故ここに居るのかさえ忘れていた。

ただ一つだけ覚えている事があるとすれば…

彼女が自分の愛しい母親である事だけだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以前書いた港湾棲姫の話を書き直すつもりだったんですが、途中でアイデア思い付いたのでこうしました。13話消すのも勿体ないし、棲姫じゃなく水鬼だったらのIFルートって思って下さい。

関係無いですが、誤字の報告等いつもありがとうございます。打ち間違いは読み直して気付くんですが、漢字はこれかな?って探り探りやってるので…。










艦娘型録

提督 別に大きければ良いって訳じゃないんです。小さくてもそれはそれで。でもアレは反則だと思うんです。何ですかアレは。胸元全開でスイカ並みじゃないですか…。これに抗える男はいるの?これが…バブみか…。

港湾水鬼 その…触るのはいいのよ、触るのはね…私も嫌いじゃないし。でもね…引っ張るのは痛いから、止めてくれると…ママ嬉しいかな♪

雲龍 やだっ…私の出番、少なすぎ…?

天城 え~、私こんな風に見えてるんですか?そりゃあ改で和服から一気に露出上がってますけど…あそこまでじゃないと思うんですよ。飛行場姫さん…でしたっけ?そんなに似てるでしょうか…。






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