寄せては返す波。
砂浜に佇む二つの人影。
その一人が、海を見つめるもう一人に話し掛けた。
「また〈あちら〉を見ていたのですか?」
〈…〉
「はい、こことは違う世界があります」
〈…?〉
「それは…。例え姿は違えどもアナタは我々にとってかけがえのない方です」
〈…〉
「そんなに…気になりますか?」
〈…〉
〈やはり血がそうさせるのでしょうか…〉
「…あちらに行ってみますか?」
〈…!?〉
「もしかしたら、それが一番いいのかもしれません」
〈…〉
「ただ、これだけは覚えておいて下さい。我々は…いえ、私はいつまでもアナタが帰ってくるのを待っていると」
「テイトクッッ!!」
全速力で海を駆ける金剛と榛名の前に鎮守府が見えてきた。その鎮守府から煙が上がっているのが見えた。
鎮守府の港からは銃声と爆発音が鳴り響いていた。
「うっ…」
金剛が急に止まりその場に倒れそうになる。
「お姉さまっ!」
榛名が今にも崩れそうな金剛を慌てて支える。
「離して榛名っ!テイトクがっ!まだテイトクがあそこにっ!」
「お姉さまはもう大破状態ですっ!提督もきっとご無事です!」
無理にでも前へ進もうとする金剛を榛名は必死で制する。
「提督は私がお救いします」
「…No!それはダメね榛名っ!アナタ独りじゃ…!」
「私はまだ小破状態です。それに…」
榛名は後ろを見上げた。
「比叡お姉さま達もすぐ来ます」
「榛名…」
「提督は必ず助け出してみせますっ!」
榛名は金剛を安心させる様に抱き締めた後、鎮守府へと駆け出した。
「…Shit!!」
榛名の背中を見送るしかできない無力感に、金剛は海面を叩いた。
「…名、榛名!」
「…ここは」
榛名が次に目を覚ますと、そこは鎮守府のドックだった。
「お姉さま、榛名、気が付きましたよ!」
「榛名、榛名っ!」
まだ夢心地の榛名に金剛が抱き付いてきた。その後ろには比叡と霧島も嬉しそうに彼女を見ていた。
「あれっ、私は…」
「大丈夫です、ここは鎮守府です。深海棲艦達はもういませんよ」
「霧島…。あっ、金剛お姉さまっ!提督は?」
「Don't worry、大丈夫よ榛名。アナタが救いだしてくれまシタ!」
〈あぁ、そうか。確か私は提督を担いで…〉
入渠で体の疲れが取れたお陰か、榛名は提督を救いだした時の記憶が甦りつつあった。
金剛と別れ、単身敵に囲まれつつある鎮守府へと榛名は向かった。
敵駆逐艦、軽巡と遭遇するもこれを突破。何発か被弾しつつも鎮守府へとたどり着いた。
鎮守府の港には二つの人影があった。
一人は仰向けに倒れている提督、そしてもう一人は…
かつて戦った事のある、戦艦棲姫だった。
何故こんな所に姫級が!?榛名は轟沈を覚悟した。
だが、戦艦棲姫は榛名に見向きもせず海へと向かった。他の駆逐艦達もその後に続く様に榛名から離れていった。
戦艦棲姫が視界から消えると、榛名は安堵からかその場に倒れた。
「そこへ私と霧島がたどり着いて、助けに行ったら提督と倒れてて…。びっくりしたよ」
「ご免なさい比叡お姉さま。でも提督もご無事な様で何よりです」
「提督より榛名お姉さまの方が心配ですよ、全く…」
「心配かけちゃいましたね霧島。でももう大丈夫」
ふうっ、と榛名は思いっきり身体を伸ばした。
あの時、深海棲艦達は随分残っていた気がする。あの中に一人で飛び込むなんて我ながら恐ろしい事をしたもんだと、榛名は今更ながらにゾッとした。
「深海棲艦達は、戦艦棲姫は比叡お姉さま達が倒したんですか?」
「戦艦棲姫?な、何でそんなのが鎮守府に!?霧島見た?」
「いえ、私達が駆け付けた時は敵は残っていませんでしたから…。見間違いでは?」
「そう言われると…。あの時は私も必死だったから。言われてみればそうかも…」
確かにあの時は私も必死だったし…。
そう思いながら、榛名は湯船に頭を沈めた。
この鎮守府は元々、然したる激戦区でも無かった。
だが、ある時期から深海棲艦の勢力が増し、徐々に劣勢に追いやられつつあった。
そんな時、進撃に出た艦隊の隙を付く様に鎮守府海域に深海棲艦の部隊が出現した。
出撃していた金剛達の下に、大淀から大至急戻る様にとの連絡が入ったが、金剛達が着いた時には鎮守府海域は深海棲艦達に取り囲まれていた。
普段なら冷静な金剛も、提督に何かあってはと冷静さを欠き、我が身を顧みずその中へ突入した。
先行した金剛、それを追いかける榛名。比叡と霧島が追い付き決戦が始まると思われたが、何故か深海棲艦の部隊は撤退を開始していた。
「テイトク~ッ!!」
「ああ金剛、うわっ、待っ!」
司令室に入るなり金剛は提督へとダイブする。慌ててそれを受け止める提督。まるで恋人の様に提督に抱き着く金剛。
「心配したヨ~ッ」
「あ、ありがとう。だがまだ傷が治ってないんだ」
「oh~、sorry。でも元気になって良かったヨ~」
そんな光景を微笑ましく見つめる榛名。その視線に気付いた提督が榛名に向き直った。
「そう言えば、俺を助けてくれたのは榛名だと聞いたよ。ありがとう」
「い、いいえっ。榛名は何も…」
「だが、俺を助ける為に負傷したと聞いている。すまない」
「ンモ~ッ、テイトクッ!?ワタシだって頑張ったんだからネ!!」
「あぁ、勿論金剛にも感謝しているよ。すまない」
「Boo~!何かついでみたいデ~ス!」
金剛のご機嫌を取るのに必至な提督を見ていると、怪我も大した事はなさそうだと、榛名は胸を撫で下ろした。
「でも提督、何事もなくて良かったです。戦艦棲姫を見た時は、榛名もう駄目かと思いましたよ」
「…戦艦棲姫?そんなのが鎮守府にいたのか?」
「い、いえ、あの時は榛名も必死でしたから、もしかしたら見間違いかも…」
「…そうか」
「きっと見間違いネ~!もしそうだったら今頃こうしてハグできないよ!」
金剛はさっきよりも激しく提督に抱き着く。そんな金剛を少しだけ羨ましく思いつつ、微笑ましく見守っていた。
「皆、今まで心配を掛けた。また今日からよろしく頼む」
俺は司令室に集まった皆にすっかり回復した事を告げた。皆も温かく迎え入れてくれた。
それからの毎日は決して楽では無いが、今迄以上の充実感を感じた。
「提督、次の出撃ですが…」
榛名が遠慮がちに尋ねてきた。
「あぁ、以前はこの進撃ルートだったが、少し修正をしてこうしたいと思っているんだ」
「それは、どの様な意図で?」
隣にいた加賀が少し不満気な顔をした。
「今回の鎮守府が攻められた事を考えて、少し見方を変えてみようと思ったんだ。そう思うと、この海域が怪しいと思ってね」
加賀は次の作戦の為に彼女なりに考えていたのだろう。それが大幅に変更されたのだ。少し不満に思うのも無理はない。他の者もいまいち納得していない、と言った面持ちだった。
「分かりました。提督の判断を信じます」
「ああ、頼む。健闘を祈る」
鎮守府近海。
つい先程迄、嵐のように砲弾飛び交う戦場だったが、今は嘘の様に静まり返っていた。
戦艦ル級、軽巡ヘ級を倒した事を皮切りに深海棲艦は総崩れになり、戦いの勝敗は決した。
「…驚きました。この海域はもう解放したから何の問題も無いと思っていたのに。これだけの勢力が潜んでいたなんて」
「そうですね加賀さん。もし提督の指示がなければ又、鎮守府が襲われたかもしれませんね」
加賀と榛名は顔を見合わせた。
加賀の言う通りこの海域は既に解放済み。加賀もそんな海域に何故出撃するのかいささか疑問だった。
だが蓋を開けてみれば、深海棲艦が再び集結を図っていた。
深海棲艦達も、もうこの海域はノーマークだと思っていたのか、数こそ多いもののほとんど統制が執れておらず撃破は容易だった。
「確かに榛名さんの言う通りね。…正直言うと私、少し不安だったの。何と言うか…復帰してからの提督、以前と雰囲気が変わった様な気がして」
「…雰囲気、ですか」
実は榛名もそれは感じていた。だがそれは、怪我をして少し弱っているだけだろうと、考えない様にしていた。
「…でも、どうやら杞憂だった様ね。安心したわ」
「…ハイ」
艦隊は撤退を開始した。
「今回は危なかったですね」
書類に目を通す提督に榛名は話し掛けた。
「ああ、何となくここが怪しいと思ってね」
「加賀さんも驚いてました。こんなに敵が集結していたなんて、って」
「自分でも驚いてるよ」
提督は書類を置き、紅茶を飲みながら椅子に頭を掛ける。
「フフッ」
「…どうかしたのか?」
「いえ、加賀さんも言ってましたけど提督、少し雰囲気変わった様な気がしまして」
「…そうかい?」
「あっ、悪い意味じゃないんですっ!ただ前と雰囲気違うから、まだ怪我が治ってないんじゃないかな~と思いまして」
「ははっ、それはもう大丈夫だよ。…それとは別に榛名に一つ頼みがあるんだ」
「頼み、ですか。榛名にできる事ならいいですが…」
「テイトクッ!榛名を秘書艦に任命したって本当デスかっ!」
予想してはいたが、案の定金剛が朝一番で乗り込んで来た。無理もない。今迄は金剛に秘書艦をしてもらっていたのだから。それが急に変更となれば、理由の一つも聞きたくなるだろう。
「あぁ、榛名に少し仕事を手伝ってもらおうと思ってね」
「それなら、今迄通りワタシでも!」
「提督、やはり金剛お姉さまのままでいいのでは?」
後から着いてきた榛名が申し訳なさそうにしている。
「いや、榛名にも少し慣れてもらおうと思ってね。金剛が嫌いになったとかじゃないから、誤解しないでほしい」
「…まぁテイトクがそう言うなら仕方ないデス」
金剛は頬を膨らませながら渋々頷いた。
「あの、提督…」
司令室で書類を片付けていると、榛名が物怖じしながら尋ねてきた。
「どうして秘書艦を金剛お姉さまから榛名にしたんでしょうか。別に金剛お姉さまのままでも良かったのでは…」
そう言われてみれば自分でも不思議だった。
榛名の言う通り、今迄通り金剛でも良かったかもしれない。だが、今の自分には金剛よりも榛名に側にいて欲しかった。やはり助けられた事が原因だろうか。
「そうだな、自分でも何でだろうと思うよ。ただ…」
「ただ?」
「もう少し、榛名の事を知りたいな、って理由じゃ駄目かな」
「えっ?そっ、それって…///」
榛名の顔がみるみる赤くなっていくのが分かった。
「今は金剛よりも、榛名と多くの時間を過ごしたいんだ…。駄目かな?」
「だっ、駄目じゃありませんっ!!」
ガタンと音を立てて榛名が椅子から立ち上がった。
「あ、すっすみませんっ」
今度は萎縮して椅子に座り直した。
「で、でも金剛お姉さまとの約束は…」
「約束?」
「はい、将来は必ずケッコンして指輪を送る約束をしたと、前に聞いた事があって…」
「そうか…」
正直、そんな約束したかなと思うが、もし忘れたなんて言ったらどんな顔するか…。考えただけで怖い。
「それについては、もう少し時間があるから考えるよ」
「…そうですね。お姉さまもきっと楽しみにしていると思います」
「…」
約束、か…。
「テイトク~ッ!第一艦隊、帰還したヨ~ッ!」
司令室のドアを開けた金剛は、俺の顔を見るなり満面の笑みで報告をしてきた。
「ああ、お疲れ。その様子だと勝利、と思っていいのかな?」
「モチロンデ~ッス!テイトクの読み通り、敵の裏をかいて大勝利だったヨ!」
俺が提督に復帰してから数ヶ月が経っていた。
怪我の後遺症なのか、暫くは実務を思い出すのにいささか戸惑った。
加賀や榛名からも雰囲気が変わったと言われたが、正直実感は無い。
一つだけ、以前と違っている事があるとすれば勘が冴えた、と言う所だろうか。
あの鎮守府襲撃以来、自分でも驚く程の勝利が続く様になっていた。
ここが怪しいと思えば必ず深海棲艦はその海域にいた。深海棲艦はきっとこう来るだろうと想定した作戦は、見事に的中し、味方に勝利をもたらした。
大本営からも近々勲章が授与されると、大淀からも聞いていた。
「テイトク~。ワタシ、鼻が高いでス」
「どうしたんだ、急に?」
「テイトクが世間で何て呼ばれてるか知ってますカ~?」
「…何て言われてるんだ?」
「深海棲艦との戦いを終わらせる英雄デ~ッス!!」
「そ、それは買い被り過ぎじゃないかな」
「いいえ、榛名もそう思います」
金剛の隣にいた榛名も目を輝かせて俺を見つめていた。
嬉しくはあるが、何かむず痒くもある。
「そう言えば、今日の戦いのMVPは…」
「oh~、そ、それは…」
「は、恥ずかしながら榛名です」
榛名が金剛に申し訳なさそうに手を挙げた。
「凄いじゃないか。確か前回も榛名だったと思うが」
「み、皆さんや金剛お姉さまがフォローしてくれたお陰です」
「ははっ、謙遜して。そんな榛名も可愛いよ」
「そっ、そんな…。可愛いだなんて///」
「…」
一瞬、金剛が榛名を睨んだ気がした。だがもう一度金剛の顔を覗きこむとさっきと変わらぬ笑顔を称えていた。…気のせいだろうか?
「…ah~、そう言えば大淀が言ってマシタ。近々、例の指輪が届くと。ホントですかッ?」
「大淀め、秘密にしておいてくれって言ったのに…。あぁ、本当だよ」
「Oh~!!テッ、テイトクッ!そ、それじゃあケッコンの相手を決めたンデスかっ!?」
「実は、まだ決めかねているんだ。でも届く頃には答えを出すよ」
「テイトクッ!ワタシ、覚えてマスからネッ!テイトクが私に指輪をくれるって約束ッ!」
…そんな約束したかな。
それにケッコンと言っても、実際に夫婦になる訳じゃない。あくまで能力を底上げするだけだ。
ただ、例え真似事でもそこまで喜んでくれると男としては嬉しい限りだ。
ふと榛名を見ると、喜ぶ金剛とは裏腹にどこか寂しげな表情をしていた。
「提督、お電話です」
資料に目を通していると、隣の部屋にいた大淀がドアを開けて俺に言った。
「大本営からか?」
「いえ…フフッ、お母様からです」
「お袋?」
「きっと心配なさってるんですよ」
「あぁ、そうだろうな」
俺は隣の部屋に行き、電話の受話器を取った。
「もしもし?」
それから数分程、何て事のない話をした。お袋は何度も何度も怪我は治ったのか、本当にもう大丈夫なのか、しつこく聞いてきた。
母親と言うのはどうしてこう心配性なのだろうか。それだけ俺の事を案じてくれていると思うと、嬉しい反面照れ臭くもあるが。
『…じゃあ、本当にどこも悪い所は無いんだね?』
「あぁ、大丈夫だよ。心配性だな」
『そりゃ良かったよ。わたしゃてっきりまだ具合が悪いんじゃないかと思ってねぇ』
「え、何でまた…」
『だって、前と声が少し変わってるからさ。まだ怪我が治ってないんじゃないかと思ってねぇ…』
「テイトク…」
「…金剛?」
もう日も暮れ、鎮守府も夜の帳に包まれていた。提督も就寝に就こうと思った矢先、執務室のドアが静かに開いた。
「…どうしたんだ、こんな夜更けに」
「Ah~、そ、そのデスね~」
金剛はドアの前で気まずそうに照れていた。目も泳いでおり、提督と目が合うと反らし、また合うと反らす、そんな事を何度も繰り返していた。
「何か話があるのかい?」
「は、話といいマスか~…」
何がしたいのか分からない金剛に、提督は軽く溜め息を付くと、椅子から立ち上がった。
「今じゃなきゃ言えない話なのかい?」
「…」
コクコクと金剛は無言で頷いた。
「なん…」
提督が言い終わる前に、金剛は彼の胸の中へ飛び込んだ。
「こ、金剛」
「テイトク、前にワタシに言ってくれた約束覚えてマスか?」
「約束…、もしかして指輪の事か?」
金剛は提督の胸の中で頷いた。
「前に、テイトク言ってくれマシタ。『もし指輪を贈るって言ったら、貰ってくれるか?』って」
「…」
「ワタシ、とても嬉しかったデス。テイトクは他の人が好きなんじゃないかって、思ってマシタから…
「でも、榛名を秘書艦にするって言った時、テイトク、あの約束、忘れちゃったのかナってショックデシタ。
「テイトクは…榛名の方が好き…なんデスか?もうワタシの事は…好きじゃ…ないんデスか?」
「そ、そういうワケじゃ…」
「だったら…」
金剛は提督の背中に両手を回した。
「ワタシの方がスキだって…証明してクダサイ」
金剛は顔を上げた。涙混じりの目を閉じると金剛は提督に唇を重ねた。
金剛は顔を離すと、提督の胸に顔を埋めた。提督は金剛の肩が震えているのに気付いた。
「今夜は…ココにいてもいいデスか?」
いつもの金剛とは思えない、か細い声で彼女はそっと囁いた。
しばらく迷っていた提督は、優しく彼女の肩を抱いた。
金剛は一瞬キャッと驚いて顔を上げたが、提督の顔を見ると安心した様に目を閉じた。
金剛は、再び提督の胸に中に飛び込んだ。
「大きい波に揺らレッテ~戦いにゆくのデ~ッス♪」
廊下を歩く金剛はとても、隣の榛名が若干引く位ご機嫌だった。
提督がケッコン指輪を取り寄せる。まだ自分が選ばれていないにも関わらず、彼女は我が世の春を味わっていた。もちろん、それだけではないのだが…。
「ふふっ、お姉さま良かったですね。提督はきっとお姉さまに指輪を贈ってくれますよ」
「ま、まだそうと決まったワケじゃないヨ~///でももしそうだったら…!イヤ~ン、テイトクのエッチ~♪」
一人身悶えする金剛を見て、榛名はこれで良いと思った。
金剛が提督を慕っているのは誰よりも知っている。自分が秘書艦に任命された時は、どうなるものかとヒヤヒヤした物だ。だが指輪を取り寄せたと言う事は、提督も金剛の気持ちに答えるという事なのだろう。
自分も提督を慕っている。だが、姉の幸せを壊す位なら…。自分の気持ちは一生、胸に閉まっておこう。
榛名はそう思った。
数日後、大本営からの命令により艦隊はいよいよ深海中枢の前縁部への強硬偵察に出ることになった。
加賀を旗艦にした部隊が、次の中枢侵攻への足掛かりとするべく奮戦していたが、既に勝敗は決していた。
「提督の予想通りの展開だったわね。こちらはほぼ無傷。敵の本拠地はそろそろ近いと言うのに」
「犠牲が出ないのはいい事じゃないですか、加賀さん」
「それはまぁ、そうなのだけれど…。何か上手く行き過ぎて、気味が悪いわ」
榛名の答えに複雑そうな顔をする加賀。彼女は決して好戦的ではないが、それでも弱すぎる敵にいささか張り合いの無さを感じていた。
「まぁいいわ。私達の任務はここまでよ。一端帰投しましょう」
加賀が踵を返す。それに続き榛名も後に続く。
「あら?」
「どうしました、加賀さん?」
「あ、いえ…戦闘に夢中で気付かなかったけど、ほら、あそこ…。あんな所に小さな島があったのね」
榛名が加賀が指差す方向に目を向けると、数百メートル先に小さな島が見えた。
「あ、ほんとですね。私も気付きませんでした」
「…榛名さん、先に行っててくれないかしら。もう敵はいないと思うけど、少し様子を見てくるわ」
「でも、お一人では…」
「大丈夫よ、島に上がる訳ではないわ」
「分かりました。では先に行っています」
榛名はその場を後にした。
榛名が駆け出すのを見ると、加賀も目の前の島へと向かった。
ものの一分もすると島へと辿り着いた。特に何の変哲もない離れ小島と言った処か。
島の周囲を一周し、帰ろうとした加賀はある物に気付き急停止した。
それは人だった。
もう何日も何も食べていないのか、体は骨が見える程痩せ細った裸の人間が倒れていた。
〈何でこんな所に人が…?船が難破でもしたのかしら〉
とりあえず、生きているかだけでも確認しようと加賀は島に上陸した。
加賀は恐る恐るその人間に近付いた。どうやら男性らしい。
「あの…」
加賀の声に男は弱々しく顔を上げた。すると、さっきまでは身動き一つしなかったのが嘘の様に加賀に掴みかかってきた。
「なっ、何をっ…えっ!?」
加賀の肩に掴みかかった男は、何か驚いた様な顔で必死に何かを訴えようとしている様だった。やがて力尽きたのか、糸が切れた様にその場に倒れた。
加賀は驚きのあまり動けなかった。
掴みかかってきた事にではない。
加賀は、彼をよく知っていた。
「提督、榛名ただいま帰投しました」
鎮守府に戻って来た榛名が自分の下へ報告に来た。
「お疲れ。怪我も無いようで何よりだよ」
「提督の判断が正しかったお陰です。艦隊の皆さんもほとんど無傷です」
「そうか…」
…うん?
「加賀は…?」
「えっと、加賀さんは気になる事があるとかで、遅れるそうです」
と、そこへ金剛がドアを開けて入って来た。
「Oh~榛名、帰っていたデスか。テイトク~、お話って何デスか?」
「実は、これの事でね」
提督は机の引き出しから小箱を取り出した。
「そ、それは…!」
「ケッコン指輪だ」
提督は箱を開けた。そこには銀色に光る指輪が収まっていた。
「テッ、テイトクッ!じゃあ私とケッコンを…!」
「その事なんだが…」
提督は金剛ではなく、榛名の前に立った。
「えっ?」
「テッ、テイ…ト…」
提督は榛名の目を見て語った。
「榛名、俺とケッコンしてほしい」
榛名は暫く何が起きたか分からないのか、口を開けて驚いていた。だが、目の前の指輪を見ると、自分がプロポーズされたのだという事を理解したようだった。
「提督、わっ、私とっても嬉しいです!…ですが、お姉さまの方が相応しいのでは…」
榛名は金剛の方を申し訳なさそうにチラチラと見やる。
「金剛には申し訳ないと思っている。だが、榛名、俺は君とケッコンしたいんだ。…受け取って貰えないか?」
榛名も提督の事は慕っている。提督が自分を選んでくれたら、と思った事は一度や二度ではない。だが、それ以上に姉の金剛の気持ちも知っていた。
その金剛を差し置いて自分が選ばれるなんてと、強烈な罪悪感に襲われた。
だが、そんな気持ちを掻き消したのは意外にも金剛の一言だった。
「オメデトウ、榛名」
「…お姉さま?」
「テイトクへのLoveは負けないつもりだったケド…。テイトクのLoveは榛名に向いてたみたいネ」
「お、お姉さまっ、私…!」
金剛は榛名を抱き締めると、優しく頭を撫でた。
「だから今回は榛名に譲りマス…。ワタシの分も仲良くしてクダサイネ」
「お姉さま…」
榛名は目を潤ませながら金剛を抱き締めた。やがて金剛が榛名の背中を軽くポンポンと叩くと、榛名は提督に向き合った。
「何でしょう…。守りたい気持ちが溢れてきます。お姉さまも、皆も…。提督、本当に榛名で構いませんか?」
「あぁ」
榛名は指輪を受けとると、ゆっくりと指を通した。
「提督、本当に榛名で良かったんでしょうか…」
夕暮れの執務室。
つい先程、榛名はケッコン指輪に指を通したばかりだった。自分が選ばれた事を実感するまでに時間が掛かったが、それを認めると今度は罪悪感が彼女の心に覆い被さってきた。
当の金剛はああ言ってくれた。だが、本当に自分がこの指輪を受け取って良かったのだろうか。自分だけが幸せになっていいのだろうか?
「金剛には悪いと思ってる。でも、さっきも言ったが俺は君に受け取ってほしかったんだ」
「でも…」
榛名はどこか納得できない、と言った顔をしていた。
スッと提督は椅子から立ち上がると、榛名を優しく抱きしめた。
「あっ、て、提督…///」
「どうして榛名を選んだかは自分でも分からない。でも、俺は榛名に側にいてほしかったんだ。…それとも榛名、さっき指輪を受け取ってくれたのは嘘だったのかい?」
「う、嘘じゃありません!私、とっても嬉しかったです!てっきり提督は金剛お姉さまに指輪を渡すものだとばかり思っていましたから…
「だ、だから私に指輪を渡すって言われた時、わ、わた、私っ!…その…あぅぅ///」
「それでいいじゃないか」
「えっ?」
「俺も榛名が好き、榛名も俺が好き。何の問題も無いだろ?」
「は、榛名が好きって…///」
「…もしかして、俺の事、嫌い?」
「そ、そんな事っ!…もう、提督は意地悪です…」
提督は榛名の肩を抱いた。榛名も提督の肩にゆっくりと手を回した。
「榛名…愛してるよ」
「はい…榛名もです…提督」
二人はどちらからともなく、唇を重ねた。
鎮守府の港。
一人の艦娘が海を見つめながら、傷心に浸っていた。
後ろに響く足音に彼女は振り返った。
「金剛さん、ちょっといい…かし…。あなた泣いているの?」
金剛が振り替えるとそこには加賀がいた。加賀の顔を見ると、金剛は慌てて涙を拭った。
「Hey加賀、悪いケド今は誰とも話したくナイネ。後にしてほしいデス」
「…何があったか知らないけど、そうもいかないのよ。大事な話があるの。多分あなたが一番関係あると思って」
「ワタシに…?」
加賀は語り始めた。
榛名にプロポーズした翌日、俺は実家の母に報告しようと一日だけ休暇を取った。
鎮守府から数時間、小さな港町にある実家へ辿り着いた。もう何年も帰っていない気がする。最後に帰ったのはいつだったろうか。覚えていない。
実家の門を潜ると、母親が庭を掃除していた。
「お袋」
「ん?誰…あれ、アンタ」
「久しぶり」
お袋は俺の顔を見ると、驚きながら近付いて来た。だが、何故か俺の前まで来ると、急に俺をまじまじと見つめた。
「どうしたの。顔に何かついてる?」
「え、いやぁその…。まぁお上がりよ」
「あぁ」
俺は家へ上がった。
「懐かしいな」
俺は家の中を探索して回った。もう何年も帰っていないせいか、家の記憶はすっかりぼやけていた。
昔、自分が使っていた部屋はまだそのままだった。当時の雑誌や本が誇りを被っていた。
その中に大きなアルバムを見つけた。幼年学校当時の物だった。
俺は懐かしさからアルバムを手に取った。
一枚一枚写真を眺めていると、こんな事もあったなと、過去を思い出す。と、同時に不思議な違和感に包まれた。
うん?
確かに写真に写っているのは自分の筈。だが何かが違っている気がした。
「ねぇ」
声に振り替えるとお袋が立っていた。
「あぁ、今いくよ」
「その前に聞きたい事があるのよ…」
お袋は何故か警戒心を露にしていた。
「…ど、どうしたんだよ改まって」
「…アンタ、本当に私の息子だよね?」
気が付くと、俺は実家の近くの港に来ていた。
あの後、お袋とはほとんど話をせず、逃げる様に家を飛び出し、気が付けばここにいた。
どうして逃げたのだか分からない。ただ無性にあの家に居たくなかった。何故だ?
俺はアルバムの事を思い出していた。
あのアルバムを見て沸いた不思議な違和感。自分は確かにあそこに写っている。自分は確かにそこにいた。それは間違いない。
…じゃあ何故その時の事を、思い出せないのか?
そこに写っているのは自分なのに、まるで人の写真を見ている様だった。
何故…?
〈うっ!何だ?頭が…痛いっ!!〉
その場には誰も居ない筈なのに、誰かに大声で呼ばれた気がした。頭の中をかき混ぜた様な猛烈な頭痛に、俺は思わず膝を着いた。
次の瞬間、海に大きな水柱が立った。
「なっ…!」
自分の背丈よりも大きな波が起こり、俺を包んだ。
「うわあっ!」
波に弾かれる様に、俺は後ろに尻餅を付いた。
次に目を開けると、そこには無数の人影が俺を見下ろしていた。だがその誰もが人であって人ではない。
黒いフードを被った少女。
真っ黒な袴を着た少女。
両手にまるで巨大な鮫の様な艤装を持つ少女。
艦娘の様に大きな大砲の着いた艤装を背負う髪の長い女。
スラリとした手足を持ち、両脇に小さな滑走路の様な艤装を持つ女。
角を生やし、自分の体程もある鈎爪の様な両手を持つ女。
白い肌に白い髪。俺達が戦っている相手…。
深海棲艦だった。
「うわあぁっ!」
俺は恐怖でその場から逃げる様に走り出した。だが、いつの間にか後ろにも彼女達が立ちはだかり、俺の行く手を塞ぐ。ふと海に目をやれば、黒い貝殻の様な化け物が何匹も集まっている。
彼女達は、まるで人間が珍しいかの様に好奇に満ちた目で俺を見つめる。
「…!」
気が付くと体が震えているのが分かった。俺は死を覚悟した。
その時だった。
〈…ッテ…シタ〉
え?
頭の中で声がした。
どこかで聞いた様な、ひどく懐かしい、とても安心する声。
十秒…二十秒が過ぎただろうか。気が付けば、体の震えは無くなっていた。
深海棲艦達の中から一人の女が進み出た。
彼女達の中で異彩を放つ黒い髪。額に二本の角を生やし、黒いワンピースを着た女が俺の前までやって来た。
不思議と恐怖は無かった。その女の表情はとても穏やかな、一瞬彼女を人間と見間違う程だった。
「今の声は…オマエなのか?」
気が付けば、俺は自分から彼女に話しかけていた。
彼女は慈愛に満ちた眼差しで微笑んだ。
〈オ迎エニ アガリマシタ〉
「はい、分かりました」
大淀は電話を切った。
その後ろにいた加賀、金剛、榛名に大淀は振り返った。
「提督は明日の朝にお戻りになるそうです」
「そう…」
それを聞いた加賀が複雑そうな顔をして俯いた。
榛名は戸惑っていた。
加賀に大事な話があると言われ、司令室に来た。そこには大淀と金剛もいたが、何故か三人共、いつも陽気な姉の金剛でさえ、暗い顔をして静まり返っている。
「あの…皆さん。どうかしましたか?加賀さん、榛名はどうして呼ばれたのでしょうか?」
重い空気に耐えきれなくなった榛名が加賀に尋ねた。
加賀が榛名に向き直った。
「榛名さん…。よく聞いて頂戴」
「そんな…そんな話、信じられません!」
榛名は加賀の話を遮った。
榛名だけではなく、司令室にいる三人共、加賀の話に驚きの色を隠せなかった。
「失礼します!」
榛名は飛び出る様に部屋を後にした。
まだ司令室に残る加賀、金剛、大淀の三人は一様に暗い表情だった。
「もし、加賀さんの言う事が本当なら…」
「私も嘘だと言えればいいのだけれど…」
加賀は、金剛に向き直った。
「金剛さん、こんな時に聞くのも何だけど…一つ確認しておきたい事があるの」
「…何です」
俯く金剛に加賀は尋ねた。
「提督は…榛名さんが助けたのよね?」
その日の夜、鎮守府に警報が鳴り響いた。
鎮守府近海に突如として、深海棲艦の大群が感知された。その目的が鎮守府なのは明白だった。
何はともあれ、鎮守府にいる艦娘達は迎え撃つべく出撃を開始した。
突如鳴り響いた警報に、榛名も慌てて出撃の準備を進めていた。金剛と港に向かった榛名は比叡、霧島と共に海に降り立とうとしていた。
「あれっ?」
「どうしたの榛名?」
「い、いえ艤装が…」
榛名は自分の艤装が何故か動かない事に気付いた。昨日までは何ともなかった艤装が、まるで嘘の様にピクリともしない。
よく見ると、可動部分に透明の糊の様な物が至る所に付いていた。
「お姉さま、先に行っていて下さい。榛名もすぐに向かいます」
「分かった、先に行ってるよ榛名」
勢いよく駆け出した金剛に遅れまいと、比叡、霧島もその後に続いた。
それを見送った榛名は、さてどうした物かと途方に暮れた。
「榛名」
聞き慣れた声が榛名の名を呼んだ。その声に振り替えると、そこには提督がいた。
「提督?どうしてここに?帰るのは明日の筈では?」
「榛名と話がしたいと思って、今日帰って来たんだ」
「話?あの、提督、今は深海棲艦が現れてそれどころでは…」
「あぁ知っている。アイツらには加賀達の相手をしてもらっている」
〈アイツら?相手?〉
「榛名、よく聞いてくれ。深海棲艦は人間…艦娘達と争わなくても生きて行ける。でもそれは、君たちが深海棲艦に仕掛けてこないと言う前提があってこそだ」
「提督、何を言って…」
「榛名…俺達は艦娘達と戦いたくない」
「俺…達?それじゃまるで提督が深…」
『榛名さん、私、あの島である人間に出会ったの』
榛名の頭の中に、加賀の言葉が過った。
「…本当なんですか?」
「榛名?」
「加賀さんが言っていた事は本当なんですか?」
「加賀が…何か言ったのか?」
「あなたは…
『絶対にそこに居ない筈の…
「『提督』じゃないんですか?」
榛名がその質問を投げ掛けた瞬間、海に二つの大きな水柱が立った。そしてその中から二つの生き物が姿を表した。
一つはまるで四足歩行の肉食獣を思わせる禍々しい姿の深海棲艦。
そしてもう一人は、かつて榛名が対峙した事のある戦艦棲姫だった。
榛名は慌てて艤装を展開しようとするが、動かない事を思い出す。そんな榛名の焦りを察する様に提督が榛名の艤装を一瞥した。すると、艤装に付いていた糊の様な物が砂の様にサラサラと溶けて無くなった。
「俺は深海棲艦の世界で生まれた。そこにいる彼女、戦艦棲姫に育てられた。母親は亡くなっていたらしい。
「俺は成長するにつれ、自分の姿が彼女達と違う事に気付き始めた。その姿はまるで俺達、彼女達が戦う相手、人間や艦娘にそっくりだった。
「俺は何故、自分だけ姿が違うのか彼女に尋ねた。彼女は教えてくれた。俺の父親は人間だったと。
「それを知った俺は、父のいた世界…人の世界に興味を持った。向こうで生けていれば俺は人間としての人生を送れたのだろうかと…。
「そんな時、そこの彼女から一つの提案があった。人間の世界で暮らしてみるかと。
「君達には悪いが、俺はここの提督に目を付けた。この姿は…元の提督に似せた艤装みたいな物だ。記憶を読み取った後、戦艦棲姫に自分の記憶を一時的に消してもらい、俺は人間の提督としての人生を歩み始めた。
「もう一度言う。榛名…俺は君達と戦いたくない」
「…」
榛名は艤装を展開した。
瞬間、獣の様な艤装と戦艦棲姫が提督を庇う様に躍り出た。
「…嘘だったんですね」
「…」
「私が提督だと思っていた人も、私とケッコンしようと言った事も、私の気持ちも…。全部全部、全部嘘だったんですね…」
「榛名、君とケッコンしようと言った気持ちは今も変わらない。だから」
提督の言葉を遮る様に、榛名の主砲が火を吹いた。
放たれた砲弾は、提督を大きく反れ、後ろの海へ吸い込まれ波しぶきを上げた。
「…返して下さい」
「…」
「榛名の提督を返してっ…!!」
榛名の連装砲が全て、今度は正確に提督へ照準を定めた。
暫く榛名と向き合った提督は、悲しそうに榛名に背を向けた。提督の側にいた獣の様な艤装が彼を飲み込む様に包むと、提督は戦艦棲姫と共に海へと消えた。
〈さよなら…〉
提督が最後に言った言葉は、榛名には届かなかった。
「榛名ーっ!!」
榛名は自分を呼ぶ声で我に帰った。
比叡を先頭に金剛と霧島が、榛名のいる港へと戻ってきた。
「比叡お姉さま…。敵は、深海棲艦は?」
「そ、それが私達を見たら急にいなくなっちゃって」
「こちらでも砲撃の音が聞こえましたが、敵が現れたんですか?」
霧島の問いに、榛名は困惑した。今ここであった事をどう説明すれはいいのか…。
「テイトクが深海棲艦だった…。そうでショ?」
「えっ!」
「こ、金剛お姉さま、それはどういう…」
「今日、加賀から聞いたネ。戦闘のあった島で本物のテイトクを見つけた事。今のテイトクが別人に入れ替わっている可能性が高い事…
「そしてもう一人、入れ替わっている可能性があると…」
榛名が金剛の言葉に顔を上げた瞬間、金剛の連装砲が榛名へと向けられた。
「きゃあぁっ!」
金剛から放たれた砲撃に、榛名は轟音と共にその場から吹き飛ばされた。
「お、お姉さま何を…ひっ!」
金剛に向き直った比叡は、今まで見た事のない金剛の冷酷な顔に竦み上がった。
「比叡、霧島。榛名を撃ちなさい」
白装束は半分以上千切れ、痛みを堪えながら海面に立つ榛名に、金剛は無慈悲に主砲を向け直す。
「そ、そんなっ、お姉さまっ!」
「は、榛名お姉さまが偽物だと決まった訳では…」
「…そう言えば鎮守府が襲われた時、比叡と霧島、アナタ達がワタシより先に着いたわね…」
「こ、金剛お姉さまっ、私達を疑って…!?」
「ワタシは一度に姉妹を三人も失いたくありまセン。比叡、霧島。アナタ達が榛名と違うと…本物の比叡と霧島だと…
「証明して…くれるわね…?」
比叡は今すぐにでも榛名の側へ駆け寄ってやりたかった。だが、もしそんな事をすれば金剛は間違いなく自分ごと榛名を撃つだろう。金剛の無言の圧力が、比叡と霧島からすべての選択肢を奪った。
「ごめんね…」
比叡と霧島の連装砲が榛名へと向けられた。
「お姉…さま…!!」
鎮守府の港に二つの砲撃音が鳴り響いた。
「金剛さん、今の砲音は?鎮守府にも深海棲艦が現れたの?」
他の仲間と共に迎撃に向かった加賀が引き返してきた。どういう訳か深海棲艦達は加賀達の姿を見ると何故か撤退してしまった。その意図が解らず、ひとまず鎮守府に戻ろうとした加賀は、港で砲撃音と水柱が上がるのを見て、慌てて金剛達と合流しようと戻ってきた所だった。
「大丈夫デス。ここにいた敵は、ワタシ達三人で倒しまシタ」
「三人…?まさか榛名さんは」
「Yes。加賀の言う通りだったネ」
金剛の後ろでは、比叡と霧島が抱き合いながら泣いていた。
「そう…。気の毒だったわね」
加賀はバツが悪そうにその場を後にした。
「ごめんね…榛名」
「榛名お姉さま…申し訳ありません」
比叡と霧島は何度も何度も呪文の様に、もういない榛名へ謝り続けた。
そんな二人に背を向ける金剛。…その時の彼女の顔は、二人からは見えなかった。
かつて、この辺りの深海棲艦を束ねていた中枢棲姫は人間に興味を持ち、ある鎮守府の提督を拐った事があった。
やがて彼女は一人の息子を産んだが、彼が成長する前に艦娘達との戦いで海に沈み、彼の父親もその後を追う様に亡くなった。
彼女亡き後、戦艦棲姫が彼女の遺児を育てる事にした。
やがて成長した彼は、自分達と戦う艦娘達の存在から、彼の父親がいた世界に興味を持つ様になった。
彼が人間の世界に強い憧れを持つのは仕方の無い事なのかもしれない。
彼女は、あちらの世界へ行ってみるか彼を誘った。彼は諸手を挙げて賛成した。
戦艦棲姫が彼の願いを叶えてやろうとしたのは、純粋に親心からだった。
我が子同然に育てた彼がいなくなるのは淋しいが、このままいても、彼の人間世界への憧れは強くなるばかりだ。それに彼は半分は人間だ。
彼女は涙ながらに、彼を人間世界に送る事を決めた。
深海棲艦の上位種はテレパシーの様に自分の意思を伝える事ができる。
彼と共に鎮守府に進入、提督を拉致すると意思を読み取る要領で記憶を読み取り、その記憶を彼に植え付けた。
彼は自分達が戦う艦娘達の提督へと姿を変えた。
戦艦棲姫は、彼が知らず知らずに発する意思を受け取り、彼の作戦が成功する様にと部下を動かした。
やがて彼からある強い感情を感じる様になった。
戦艦棲姫は、全く同じ感情を彼の母親である中枢棲姫からも受け取った事があった。
かつて中枢棲姫から受け取り、共有した感情。自分だけの物にしたい、独占して滅茶苦茶にしてやりたい…!
今まで感じた事のない、身体の奥から燃え上がる様な醜い感情。
中枢棲姫が、自分達の指導者が目の前で倒れた時、彼女は悲しみよりも歓喜に満たされた。
〈これで、目の前のあの男を自分だけの物にできる!!〉
だが、その彼は何故か自分達の目の前で自殺を選んだ。
戦艦棲姫は嘆き悲しんだが、一つの事を思い出した。中枢棲姫は死の直前、子供を産んでいると。
彼女は中枢棲姫の遺児に、その愛情を注ぐ事にした。
その彼が、一人の艦娘に強い愛情を抱いていた。
この意思を受け取った時、戦艦棲姫の中に彼を見守る親心を掻き消す様な強い感情が芽生えた。
彼女は人間に、しかも自分達の敵である艦娘に彼を取られると思った瞬間、彼を取り返そうと思った。
彼女は捕らえていた本物の提督を、戦闘が起こった付近の島へ放置した。やがて彼女の思惑通り、加賀が提督を発見した。
これで艦娘達は、今の提督が偽物だと気付くだろう。そうなれば彼がまだ人間として生きたいと願っても、それは叶わない。
そして彼女は、彼の前に姿を現した。
彼を取り戻す為に…。
金剛にとって、榛名が本物かどうかはどうでも良かった。提督が偽物だと分かった瞬間から、榛名は提督を救えなかった憎い恋敵へと変わった。
例え榛名より先に金剛がたどり着いても、結果は変わらなかっただろう。もしかしたら金剛も心のどこかで理解していたのかもしれない。だがそれはどのみち救えなかったと認める事になる。
金剛は榛名に責任転換する事で、その心の弱さを塗り潰す事を選んだのだった。
〈提督〉の顔にヒビが入り、それは全身に広がった。彼が全身に力を籠めると、その全身がバラバラにくだけ散った。その中からまるでサナギが脱皮する様に一人の男が現れた。一見すると人間と変わらないが、色素が抜けた様に白い肌。小さな紋章の様な黒ずみが胴体に浮き出ていた。
「もういいの?」
「…あぁ、やっぱり俺の住む世界はこっちだったよ」
「そう…」
まだ人間の世界に、榛名への未練を絶ちきれない彼を戦艦棲姫は優しく抱き締めた。
彼が再び艦娘達の前に姿を現す事はないだろう。
戦艦棲姫が彼を抱くその腕を放すまで…。
一応メールシュトローム~のその後みたいな話になってます。あの話で、中枢棲姫に子供いるって終わり方したので、これで一本話作れないかな~と思って考えました。
特に意識した訳じゃないですが、自分の話では金剛と榛名は変な因縁があるみたいです。榛名撃つの二度目だよ…。
金剛は見た目明るいけど、姉妹の中で一番内心ドロドロしててほしいって思います。金剛好きな方ごめんなさい。私も金剛好きですヨ~。
おまけ 艦娘型録
ファーザー 主人公のお父さんかつ15話の主役。中枢棲姫を口説いたヤベー奴。捕まってる時ヒマだったので、潜水ソ級を餌付けしていた。だいたいこいつのせい。
カンムスキー ファーザーの息子で戦艦棲姫の義理の息子。榛名を好きになったのも戦艦棲姫と同じ長髪ストレートだからが理由のマザコンハーフ。最近日焼けサロンに行きたいと言って、戦艦棲姫に泣いて止められた。
戦艦棲姫 カンムスキーの義理の母。カンムスキーを溺愛している。将来は自分とケッコンしなきゃいけないだの、自分といる時は全裸じゃなきゃいけないだの嘘を吹き込んでいたせいで帰って来たカンムスキーに暫く口を聞いてもらえなかった。
中枢棲姫 カンムスキーの母。ナガモンに殺された。裸族。戦艦棲姫に「人間の世界には服という物があって…」と遠回しに服を着ろと言われたが「お前らこそ何で服着てんの?」と逆ギレした。最終的に下は処理するという形で落ち着いた。
金剛 前の提督とは相思相愛だった(本人談)。榛名株が急浮上した事から夜這いを決行する。偽者だった事には気付いてなかったらしいので、本当に好きだったのか若干の疑いが残る。
榛名 被害担当艦。告白してきた奴が敵だったり、実の姉三人にフルボッコにされたりと良い所が一つも無かった。次出す時は多少報われると思うのでマジ勘弁して下さい。
加賀 いらん事しい。この人の最後の一言で金剛が激発した。ちなみに発見した本物の提督は、おんぶするのが嫌だったのか置いてきぼりにした。
提督(本物) いきなり戦艦棲姫に拉致られて無人島でリアル黄金伝説をする羽目に。定期的に戦艦棲姫が缶詰め持って遊びに来るので、食うには困らなかったらしい。たまに雑誌を持ってきてくれるのは嬉しいが、いつも濡れているので度々口論になっていた。金剛の事は好きだったが本命は霧島。
母ちゃん 提督(本物)の母。バツイチ。流石に自分の産んだ子供だからか提督が偽者と一発で見破った。息子の部屋でエロ本を見付けても見なかった事にする優しさを持つ。カラオケは週2。
潜水ソ級 ファーザーに貞子と呼ばれていた。意外と巨乳。