艦娘症候群   作:昼間ネル

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間もなく時が灰に変わる…!





還らざる刻の終わりに

「あっ!しれぇ、目が覚めたよ!」

 

「う、ううん…」

 

少女が目を覚ますと、数人の男女が彼女の顔を心配そうに覗き込んでいた。

 

「雪風、大丈夫?」

 

時津風(ときつかぜ)ちゃん」

 

少女の隣の青年が優しい顔で彼女に微笑んだ。

 

「君は海をさ迷っていた所を救助されたんだよ」

 

「そうですか…」

 

少女はチラッと青年の後ろを見た。そこには彼女よりも少し背の高い少女が彼女を見つめていた。

 

「こんにちは雪風。私はあなたの姉の不知火(しらぬい)よ。初めまして…でいいのかしら?」

 

「初めまして不知火お姉ちゃん…私は雪風です」

 

雪風と不知火…二人は、再会を喜ぶかの様に、お互いの顔を見ると安堵の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女、陽炎(かげろう)型駆逐艦、雪風(ゆきかぜ)が今の鎮守府に来て早一月(はやひとつき)が過ぎていた。彼女の鎮守府は深海棲艦との戦いで敗北を喫し、生き残ったのは雪風を含めても数える程らしかった。犠牲者の中には雪風の姉に当たる陽炎や黒潮(くろしお)、この鎮守府の軽巡洋艦、阿賀野(あがの)の妹に当たる矢矧(やはぎ)も含まれていた。

帰る所を失った雪風は、時津風(ときつかぜ)不知火(しらぬい)(と長門(ながと))の勧めもあり、正式にこの鎮守府に所属する事になった。

姉妹艦の不知火や時津風が居た事もあってか、当初は塞ぎ込んでいた雪風だったが、今ではそれが嘘の様に新しい鎮守府の一員として溶け込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~、今帰ったよ~」

 

「ああ、お帰り時津風、雪風」

 

任務を終えた時津風と雪風の二人が執務室を訪れると、提督は一人の艦娘と話している様だった。

 

「あら、お帰りなさい。損傷はありませんか?」

 

「大丈夫だよ香取さん。だって雪風が一緒だったもん」

 

「え…あぁ」

 

「どうして雪風が一緒だと平気なんだ?」

 

眼鏡を掛けた艦娘、練習巡洋艦の香取(かとり)が提督に、そっと耳打ちした。

 

「そうか、幸運艦か…」

 

「あっ、ゴメンね雪風!そんなつもりで言ったんじゃないの!」

 

「ううん、平気だよ時津風ちゃん。死神って言われた事もあるの…それに比べたら、そっちの方が良いから」

 

「死神…また随分と不吉な」

 

「雪風といると運を吸いとられるって、よく言われてました」

 

「そうか…苦労したんだな」

 

「そうでもないです。だって、そのお陰で時津風ちゃんや司令官に会えたんですから」

 

「まあ…そう言って貰えると助かるよ。雪風の鎮守府の艦娘は気の毒だったがな」

 

「し、司令官が気にする事はありません!…それに、これは仕方のない運命だったって雪風は思ってます」

 

「運命…?」

 

「はい。前にある人が教えてくれました。雪風が何をしても変えられない事がある、それが運命なんだって」

 

「ふふっ、確かに的を射ている言葉かもしれません。ね、提督さん?」

 

「何で俺に言うんだ、香取」

 

「はぁ…雪風さん、覚えておいて下さい。男の人が鈍感なのも一種の運命みたいなものです」

 

「は、はい…」

 

「ど、鈍感?俺が?」

 

「じゃあ提督さん、私を見て何か気付きませんか?」

 

「何かって…か、髪型が変わったとか?」

 

「艦娘は生まれつき髪型は変化しません」

 

「え…ふ、服装じゃ…」

 

「…」

 

「あ、時津風分かった!」

 

「ゆ、雪風も…」

 

「え、二人とも分かったのか?そ、そうだ眼鏡が変わったとか!?」

 

「これも艤装の一部です」

 

「え~」

 

「にひひっ♪しれぇ、ニブいな~」

 

「じゃあ答えを教えてくれよ」

 

「答えは…12.7㎝連装砲を後期型にしてみました♪」

 

「そっか~なるほどね~…って分かるか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「阿賀野の本領、発揮…あ、あれっ?」

 

ある日の午後。

雪風は阿賀野達との演習に励んでいた。演習は阿賀野達のチームが有利に進み、残るは雪風と不知火だけとなっていた。誰もが阿賀野の勝ちを疑わず、実際に勝利は揺るぎない物だった。

ところが、この後の雪風の動きに誰もが目を見張る事になった。速度、射撃の精度は阿賀野が上の筈だった。にもかかわらず、阿賀野は只の一撃も雪風に当てる事が出来なかった。

 

「阿賀野さん、行っきますよ!」

 

そんな阿賀野の疲れを待っていたかの様に、雪風は阿賀野の横に回り込むと、至近で弾を放った。

 

「ああっ…あ、ありえな~い!」

 

阿賀野の被弾と共に演習は終了した。結果、阿賀野達のチームが勝利した物の、阿賀野にとっては苦い終わり方となった。

 

 

 

 

 

 

「雪風、見事だったよ。思わず手に汗握る接戦だったよ」

 

「司令!エヘヘ…う、運が良かっただけです」

 

「いや、それだけじゃ、あの阿賀野相手に…つッ。あ、何でもない。大した物だ」

 

「イタタ…本当よ。雪風ちゃん凄いのね。阿賀野の攻撃、一つも当たらなかったよ」

 

「阿賀野さん。でも、阿賀野さんの攻撃、避けるだけで精一杯でした」

 

「本当~?阿賀野に一撃入れる事が出来る人なんて、長門さんを除けば不知火ちゃんだけだと思ったのに。陽炎型って強いのね」

 

「お褒めに預り光栄です「きゃっ!」

 

「し、不知火…居たのか」

 

「司令、不知火はさっきから居ましたが…」

 

「あ、悪い悪い。でも不知火も雪風みたいな妹を持って鼻が高いな」

 

「…」

 

「不知火?」

 

「あ、はい。自慢の妹です」

 

「お、お姉ちゃん…エヘヘ」

 

「蛙の子は蛙、虎の子に犬の子は生まれないって所かな」

 

「…司令、不知火は艦娘です。蛙から生まれる訳はありません」

 

「ああ、うん。まぁ、喩えだから、あまり深くは…」

 

「不知火の母親は誰なんでしょう?」

 

「不知火の…?か、艦娘だから海なんじゃないか?海は全ての生命の生みの親って言うし」

 

「では父親は誰なんでしょう?」

 

「う~ん…人間、でいいのかな」

 

「司令、雪風のお父さんがいるんですか?」

 

「いるって言うのかな…」

 

「司令!司令官のお父さんと、お母さんは人間の人ですよね!?」

 

「まあ、そりゃそうだが…」

 

「どうやって司令を造ったんですか?」

 

「えっ?」

 

「建造ですか?工廠で司令を造ったんですか?」

 

「そ、それはだな…男と女が出逢って…愛の終着駅に向かって「エッチですね?」不知火!?」

 

「エ、エッチですか?」

 

「ま、まあ…そうとも言うな。って言うか不知火、意味解ってるのか?」

 

「司令、不知火をなめないで下さい。幾ら不知火が駆逐艦と言えど、その程度の知識は有ります」

 

「うわぁ!不知火お姉ちゃん、大人ですっ!」

 

「一組の男女が一緒の布団で寝ると、コウノトリが赤ちゃんを運んでくるんです」

 

「そうなんだ!雪風、知らなかったです!」

 

「…俺もだよ」

 

「え?不知火は何か間違っていますか?」

 

「いや、間違ってない。そのままの不知火でいてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

「あの~…提督さん?阿賀野もいますよ~…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。雪風は、暇潰しに提督と話でもしようと執務室を訪れた。ドアを開けようとした雪風だったが、先客が居る様で、部屋からは二人の話し声が漏れていた。

 

〈あの声は…阿賀野さん?〉

 

雪風はドア越しに背中を寄せると、そっと耳を澄ませた。

 

『じゃあ提督さん、後で洗濯物洗ってあげるから、纏めておいてね』

 

『いや、お前も忙しいだろう。俺の事なんか気にしなくていいから』

 

『イイのよ、阿賀野が好きでやってるんだから。それに提督さん、いつもヨレヨレのシャツ着てるんだもん。それも洗ってアイロン掛けてあげるから、ほら、脱いで脱いで』

 

『これはいいから…部屋のだけ頼むよ』

 

『恥ずかしがらなくていいのに…私と提督の仲なんだから』

 

『…』

 

『じゃあ阿賀野、行くね。また後でね』

 

阿賀野はご機嫌でドアを開けると、雪風にも気付かずに去って行った。雪風はソロッと部屋を覗くと、提督は少々疲れた様な顔で肘を突いていた。

 

「あの…司令官…」

 

「ん…雪風か。どうかしたか?」

 

「い、いえ…司令、もしかして何か悩んでいませんか?」

 

「悩みか。まあ悩んではいるが…雪風に言ってもなぁ」

 

「そ、そんな事ありません!もしかしたら雪風に何とか出来るかもしれません!」

 

「ああ悪い悪い。別に雪風が頼りないって意味じゃないんだ。その…あまり人には言いづらい話でな」

 

「言いづらい…話ですか」

 

「はぁ…雪風、誰にも話さないって約束出来るか?」

 

「だ、大丈夫です。時津風ちゃんにも言いません」

 

「そうか。実はな…一週間程前なんだが、阿賀野と…その…一晩過ごしてな」

 

「一晩…過ごす?阿賀野さんが司令官の部屋に、お泊まりに来たんですか?」

 

「不知火風に言えば…男女の関係って事かな」

 

「だ、男女の関係…ですか」

 

「恥ずかしい話だが、あの時は酒も入っていて…阿賀野に迫ってしまったんだ。阿賀野も嫌がってはいたが、つい…」

 

「あ、あの…それで、司令はどうして困ってるんでしょうか?」

 

「それなんだが…俺も最初は阿賀野に嫌われたと思ってたんだ。ところが次の日、阿賀野はまるで昨日の事なんか無かったかの様にニコニコしててな…

 

「その日から、まるで女房の様に俺の部屋に来る様になってな。あ!も、勿論何もしてないぞ!…ただ、さっきみたいに何かと俺の世話を焼きたがるんだ」

 

「…司令は、阿賀野さんが嫌いなんですか?」

 

「嫌いではないんだが…頼りになるし可愛いとも思う。でもなぁ…特別な感情は無いんだ」

 

「阿賀野さんに、そう言っちゃ駄目なんですか?」

 

「雪風は、この鎮守府に来て日が浅いから知らないだろうが、阿賀野は少し思い詰める所があってな。もしそんな事言ったら何をするか…下手したら俺を殺して自分も沈むなんて言いかねない」

 

「…」

 

「俺が蒔いた種だけどな…もしかしたら阿賀野と所帯を持つ事になるかもしれん。そんな気無いのに…どうしたら…」

 

「司令は、阿賀野さんと…その、お泊まりしたから悩んでるんでしょうか?」

 

「平たく言えばそうなるな。あの時の俺に言ってやりたいよ。変な気起こすなって」

 

「…もし、言う事が出来たら?」

 

「おいおい、そんな事聞いたってしょうがないだろう」

 

「一週間前って言ってましたけど、この日ですか?」

 

雪風は壁に貼ってあるカレンダーの曜日を指差した。

 

「あ、ああ…何だ雪風。もしかして、その日に行って俺に注意でもしてくれるのか?」

 

「…うふふっ♪そうします」

 

「…え?」

 

雪風は、イタズラを思い付いた子供の様に笑うと、クルッと背中を向けた。そんな雪風を、変な事を言って悪かったと引き止めようとした事が、提督の最大の不幸だったかもしれない。

部屋を出て行こうとした雪風を引き留めようと、提督は雪風の肩を掴んだ。

 

〈はっ!?〉

 

次の瞬間、執務室に居たはずの雪風は自室で目を覚ました。窓を見ると、さっきまでの日の光は無く、暗闇に包まれていた。隣では時津風が寝言を言いながら熟睡していた。

 

〈司令に掴まれた時はビックリしたけど、どうやら一週間前に戻って来れたみたいです〉

 

雪風様におせなのだ

 

〈時津風ちゃん…何の夢見てるの?〉

 

雪風は時津風を起こさない様に布団を抜け出すと、執務室へと向かった。執務室の中では提督と誰かが会話しているらしく、時折笑い声が聞こえてきた。雪風は室内の二人にバレない様に、ソッとドアに耳を張り付け、会話の内容を探った。

 

『…どうしたの提督さん、お酒、まだ残ってるよ?』

 

『いや、今日はもう…』

 

『アハハ、流石にもう飲めないかな。あ、ほら、危ないから阿賀野が部屋まで連れてってあげるよ』

 

『大丈夫だ、そんなに酔っては…』

 

『もう、顔真っ赤じゃない。それにね、提督さん…な、何なら阿賀野…一晩中側にいてあげても…いいんだよ?』

 

〈も、もしかして司令の言っていた、お泊まりってこの事かも!うん、予定通り!ここで雪風が、お邪魔すれば…〉

 

『いや、阿賀野。今日は部屋に戻るんだ』

 

『えっ?』

 

〈…あれ?司令、ちゃんと断って…〉

 

『で、でも提督さん、そんなフラフラじゃ…』

 

『悪いな阿賀野。何だか急に矢矧の事を思い出してな。その…もし矢矧がここに居たら、姉さんに変な事しないでって怒られそうだ』

 

『そ、そんな事…んもぅ、ここで矢矧の名前出すなんて反則だよ』

 

『悪いな。次の機会があったら、その時は遠慮なく()()()に預かるよ』

 

『も、もう!からでもかったのに

 

『じゃあな、阿賀野。また明日』

 

『う、うん…じゃあね、提督さん!』

 

〈あ、阿賀野さん部屋から出て来ます!〉

 

雪風はドアから離れると、サッと暗闇に身を潜めた。ドアを開けた阿賀野は特に辺りを気にする事もなく、心なしか肩を落とした様にトボトボと廊下へ姿を消した。

 

〈良かった…雪風の事バレませんでした。でも、おかしいです。阿賀野さん、お泊まりせずに帰っちゃいました。もしかして今日じゃなかったのかな…〉

 

雪風が暗闇で思案に耽っていると、閉じられたドアが再び開かれた。

 

「…雪風、いるんだろ?」

 

「えっ?…あっ!」

 

「やっぱりな。部屋に入ってくれ。少し聞きたい事がある」

 

「は、はい…」

 

こんな夜更けに、執務室の側で何をしていたのか…さて何と言い訳をしようかと考えながら、雪風は部屋に入った。

 

「ご、ごめんなさい司令。雪風、寝ぼけていたみたいです」

 

「…で、一週間前に戻っちゃいました、か?」

 

「え?し、司令…どうして…その事を…」

 

「聞きたいのは俺の方だよ。さっきまで雪風と部屋に居たと思ったのに、気が付いたら阿賀野と酒を飲んでいた」

 

「し、司令…もしかして、()()()の司令なんですか?」

 

「…やっぱりそうだったのか。雪風、どうやら俺はお前と一緒にこっちへ来た様だな」

 

「そ、そんな事が…もしかして雪風の肩を掴んだから…?」

 

「そんな所だろう。雪風、説明してくれるか?お前が一体何をしたのか。どうして俺は一週間前の、この場所にいるのか…」

 

「…分かりました」

 

雪風は提督に自分達に起こった出来事を説明した。自分には過去に戻る力がある事、今までも自分の危険の度に力を使って不運を回避してきた事。今回も提督の話を聞いて、彼と阿賀野の邪魔をする為に一週間前に戻って来た事…。

普段の提督なら、そんな馬鹿なと一笑に付したかもしれない。だが、自身の身に起きた出来事を(かんが)みれば、これが夢ではないと理解せざるを得なかった。

 

「そんな事が出来る訳…と言いたい所だが、この状況じゃ信じない訳にもいかないな。雪風、もしかして阿賀野との演習の時も…」

 

「は、はい。そうでもしないと、雪風が阿賀野さんに勝つなんて出来ません」

 

「そうか…」

 

〈本当に…本当にそんな事が可能なのか?だが、現に俺は一週間前のこの時間に戻って来ている〉

 

「雪風、この事は…過去に戻る力の事は、他に誰か知っているのか?」

 

「いえ、誰も知りません。本当は司令にも黙ってるつもりでした。すみません…」

 

「いや、怒ってなんかいないよ。それに、こんな事が出来るって言っても誰も信じやしないだろうしなぁ」

 

「はい…でも、陽炎お姉ちゃんと黒潮お姉ちゃんは雪風が何かしてるって気付いてたみたいです」

 

〈陽炎と黒潮…?矢矧と一緒に前の鎮守府に居たって言う雪風の姉妹か。やはり姉妹艦だから何か察したって事なのか?〉

 

「…分かった。とにかく助かったよ雪風。阿賀野の件は暫くは平気だろう。じゃあ雪風、元の時間に戻してくれ」

 

「えっ?雪風、そんな事出来ませんけど…」

 

「え…時間を戻したら、さっきの時間に戻るんじゃないのか?」

 

「雪風に出来るのは戻るだけです。さっきの時間には戻れません」

 

「じゃ…じゃあ、もしかして…同じ一週間を過ごさなきゃいけないのか?」

 

「はい。雪風は、いつもそうしてきました」

 

「そ、そうなのか…そうそう都合良くは行かないって事か」

 

「あの…もしかして迷惑だったでしょうか」

 

「い、いや。そんな事はないさ。俺の為にしてくれたんだろう?むしろ助かったよ」

 

「エヘヘ…」

 

「確か、不知火が明日任務から帰って来るはずだ。珍しく中破していたからな。すぐに入渠出来る様にしておくか」

 

「ハイッ!不知火お姉ちゃんも喜びます!」

 

〈時間を戻して、やり直す…か。もし本当なら…〉

 

その後、提督と雪風は何事もなく一週間を過ごした。

提督は書類に目を通す作業が苦手な為、秘書艦の香取に小言を言われる事が多々あった。ところがこの一週間に限り、次にどの事務手続きが必要になるかを事前に知っていたかの様に手際よく終わらせ、香取も珍しい事も有るものだと感心した。

また、中破状態になるはずだった不知火は、運が良かったのか、ほぼ無傷で帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ雪風~。最近の雪風って凄いご機嫌だよね~」

 

ある日の昼下がり。雪風は時津風と共に食堂へ向かおうと中庭を歩いていた。

 

「ええっ、そ、そうかなぁ」

 

「ニヒヒッ♪いつも一緒にいるんだもん、分かるよ」

 

言われてみれば、そうかもしれない…雪風は時津風に言われて初めて意識した。

雪風の機嫌の良い理由。それは言うまでもなく一週間前の、あの夜からだった。

元々雪風は提督には自分の力を秘密にしておくつもりだった。提督が自身に優しい理由。それはあくまで自分が何の変哲もない一艦娘だからだ、少なくとも雪風はそう思っている。そんな彼が自分の秘密を知れば、得体の知れない化け物扱いされるかもしれない。だが、そんな不安は杞憂に終わり、彼は秘密を知った上で彼女を受け入れてくれた。

雪風が嬉しかった事。それは自分を受け入れてくれた事だけではない。提督と…彼と秘密を共有している事。まるで自分が彼を独占している様で、その事を考えるだけで雪風の心は奇妙な充足感を覚えていた。

 

「しれぇに関係あるの?」

 

「う、うん…そうかも」

 

「前に雪風、夜中に起きて、しれぇの所に行ってたよね。その時からだよね、雪風の機嫌が良いの」

 

「時津風ちゃん…起きてたの?」

 

「うん、雪風って一度寝ると起きないのにさ~。どうしたんだろって思って…後付けちゃったんだよね。しれぇに用事でもあったの?」

 

「な、何でもないです。雪風、寝ぼけてたみたいです!」

 

「寝ぼけてたって言えば、この間変な夢見たんだ~」

 

「変な夢?」

 

「うん、雪風の性格が全然違うの。まるで天龍さんみたいでさ」

 

「天龍さんみたい…想像付かないです」

 

「雪風様にお任せなのだ~とか言って、ちょっとカッコ良かったかも」

 

「時津風ちゃん、それ見ちゃいけないものかも…」

 

「そうなの?じゃあ、阿賀野さんはどうしたんだろ」

 

「阿賀野さん?」

 

「うん。阿賀野さんも、しれぇの所にいたでしょ。その時から阿賀野さん、様子が変なんだよね」

 

「阿賀野さんの様子が…変なんですか?」

 

「何日か前にさ~、阿賀野さん最近元気ないから何かあったのって聞いたの。そしたら最近しれぇが自分を避けてるって」

 

〈そう言えば、あの時から司令が阿賀野さんと話してるの見た事ないです〉

 

「最近、香取さん、しれぇのお部屋にずっといるでしょ?だからそれでじゃないって阿賀野さんに言ったら、落ち込んじゃってさ~」

 

〈今は香取さんが秘書艦してるんでした!司令と何か難しい話してたけど…でも香取さんは…〉

 

「あたし、香取さんも好きだけど、阿賀野さんの方が好きなんだ~。不知火お姉ちゃんよりも何考えてるか解りやすいしさ」

 

「雪風は不知火お姉ちゃんが何考えてるかすぐ解ります」

 

「あたし、雪風が来てくれて本当に良かったよ…。でもさぁ、最近いつもより何考えてるのか、よく解らないんだよねぇ…」

 

〈そう言えば…最近、雪風ともあまりお話ししてくれない気がします…〉

 

「もしかして、不知火お姉ちゃんも、しれぇの事好きなのかな。香取さんとばっかり一緒だから、焼きもち妬いてたりして」

 

〈そうかなぁ…不知火お姉ちゃんが、司令のお話ししてるのは見た事がないです〉

 

「時津風ちゃんは…司令といると楽しい?」

 

「あたし?う~ん…しれぇの事は好きだけど。たまに甘えたくなるって感じかなぁ」

 

「甘えたく…」

 

「それにしれぇって、鈍感だから香取さんとか阿賀野さんの事、怒らせちゃうでしょ?そんなしれぇを見るの好きなんだよね」

 

「もう、時津風ちゃん、意地悪です。そんな事より早く間宮さんの所に行きましょう」

 

「それでね~そっちの雪風は髪が白くて猫の耳があって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈最近、提督さん、阿賀野に冷たいな…〉

 

〈あの夜も…急に酔いが覚めたみたいに矢矧の事口にするし…あれだけ飲ませたのに…〉

 

〈どうしてだろう。阿賀野、何か悪い事したかな〉

 

〈…ううん、そんな事ない。提督さんは阿賀野の事が好きだもん。阿賀野の事を嫌いになんてなる訳がない…〉

 

〈…〉

 

〈もしかして香取さん…?〉

 

〈そう言えば香取さん、最近よく提督さんと一緒にいる…〉

 

〈香取さんは調べ物があるなんて言ってるけど…〉

 

〈……〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時津風ちゃんは座ってて。雪風が取って来ます!」

 

「ありがと~」

 

食堂に来た雪風と時津風は、空いてる席へと腰掛けた。雪風は時津風の分も取りに行くと走って行った。

ふと、時津風が人の気配に振り向くと、そこには阿賀野が佇んでいた。

 

「隣、いい?」

 

「うん、いいよ」

 

阿賀野は持っていたトレーを机に置くと、時津風の隣に座った。いつもはニコニコしている阿賀野だったが、今日に限っては何処と無く大人しく、食事に箸を付けようともしなかった。

 

「どうしたの阿賀野さん、顔色悪いみたい。何か悪い物でも食べたの?」

 

「…そうかも。胸の奥に引っ掛かって、ず~っとモヤモヤしてるの」

 

「しれぇに言ったら治してくれるんじゃない?」

 

「う~ん、提督さんに聞いたら、もっと悪くなるかも」

 

「何で?じゃあ香取さんは?香取さんだったら艦娘だし、きっと解るんじゃないかな」

 

「香取さん、か」

 

「最近しれぇと一緒にいるし…お部屋でチュ~してたりして。ニヒヒ♪」

 

「…時津風ちゃん、これ食べる?」

 

「うわぁ!いいの?食べる食べる!」

 

阿賀野はトレーの食器を渡すと、席を立った。そんな阿賀野と入れ替わりに雪風が二つ分の食器を抱えて戻って来た。

 

「あれ、時津風ちゃん、それどうしたの?」

 

「阿賀野さんがくれるって」

 

「阿賀野さん?」

 

「うん。お腹空いてなかったのかな」

 

〈どうしたんだろう…〉

 

「香取さんの話は聞きたくなかったのかな」

 

「香取さんの話…?」

 

「うん、しれぇとチュ~してるかもって言ったら急にどっか行っちゃった」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん、今いいかな?」

 

「あ、阿賀野…」

 

阿賀野が執務室のドアを開けると、提督は一人で調べ物をしていたのか、本棚の資料に目を通している様だった。

 

「どうしたの、何か探し物?」

 

「あ~、探し物って言うか…阿賀野、この辺りにあったボーキサイトの記録帳みたいの知らないか?」

 

「阿賀野は最近、執務室には来てないから…誰かさんの所為で」

 

「誰かさん?阿賀野、どうしたんだ、何か用か?」

 

「提督さんは、ご用がないと阿賀野に会ってくれないの?」

 

「(イヤに突っ掛かるな)…とりあえず、お茶でも飲むか?」

 

「…飲む」

 

提督は隣の部屋から湯飲みを二つ持ってくると、机に置いた。お茶に口を付けた阿賀野は、少し落ち着いたのか、さっきよりも表情が柔らかくなっている様だった。

 

「美味しいだろ?」

 

「うん」

 

「香取に貰ったんだ。何でも妹の鹿島(かしま)瑞鳳(ずいほう)から《ガチャン!!》

 

提督が話し始めた途端、阿賀野は湯飲みを床へと叩き付けた。

 

「お、おい!何をしてるんだ阿賀野!」

 

「また香取さんの話…?阿賀野といる時位、あの人の話するのやめてよ!」

 

「な、何を言ってるんだ?何故そこで香取の名前が出てくるんだ」

 

「…提督さん、最近、阿賀野とお話ししてくれないよね。それって阿賀野とお話ししても楽しくないから?」

 

「楽しく…そんな事はないよ。阿賀野と話すのは楽しいよ」

 

「じゃあどうして一週間前は阿賀野と最後まで飲んでくれなかったの?」

 

「ちゃんと飲んだだろう。ただ、あれ以上飲むと少し羽目を外しそうになって…」

 

「…本当にそれだけ?」

 

「本当にって…他にどんな理由が」

 

「本当は阿賀野じゃなくて、香取さんなら良かったって思ってたんでしょ?」

 

「そ、そんな事は…」

 

「ねえ、提督さん。阿賀野ねぇ、提督さんと初めて会った時から日記付けてるの。提督さんと何を話したか、阿賀野に何て言ってくれたか…ぜ~んぶ書いてあるの」

 

「そ、そうなのか」

 

「どうしてか解る?阿賀野、提督さんの事、だ~い好きだからだよ。提督さんも…阿賀野の事、好きだよね?」

 

「あ、ああ…うわっ!」

 

立ち上がった阿賀野は、何を思ったのか急に提督の腕に掴み掛かった。

 

「そうだよね?提督さんも阿賀野の事が好きなんだよね?そうだよ、阿賀野が一番提督さんの事知ってるんだもん、当たり前だよ!」

 

「失礼し…阿賀野さん?あ、あの…もしかして、私お邪魔でしたか?」

 

ドアを開け部屋に入ろうとした香取は、一瞬状況が理解出来ず固まってしまった。部屋に入っていいものかオロオロしている香取を見ると、阿賀野は提督を掴む腕に力を込めた。

 

「提督さん、今ここでハッキリ言って!香取さんより阿賀野の方が大事だって!」

 

「あ、阿賀野さん…何を」

 

「香取さんも提督さんが好きなんでしょ?」

 

「ど、どうしたんですか急に。何故そんな事を」

 

「提督さんが好きだから秘書艦を買って出たんでしょ?」

 

「そ、それは…そんな事はないと言えば嘘になりますが」

 

「ほら!時津風ちゃんの言った通りだった!提督さんと香取さんは、阿賀野に内緒でそんな仲になったんでしょ!?」

 

「ご、誤解だ、阿賀野」

 

「そ、そうですよ阿賀野さん。私達はそんな仲じゃ…」

 

「その割には香取さん、ず~っとこの部屋に籠ってるよね?阿賀野の気持ちを知ってる癖に」

 

「あ、阿賀野さんを傷付けていた事は謝ります。ですが、それは誤解です。私は別の「嘘よ!そんなの嘘!嘘、嘘、嘘ッ!!」

 

「阿賀野、いい加減にしないか。香取も困ってるだろう」

 

「提督さん、今日から阿賀野を秘書艦にしてよ。そうすれば阿賀野と、ずっと一緒にいられるよ」

 

「あの、提督。私は秘書艦を辞めた方が…」

 

「…いや、駄目だ」

 

「なっ…何で!?」

 

「今のお前を秘書艦になんか出来る訳ないだろう。それに香取は別に落ち度があった訳じゃない。辞めさせる理由なんてないだろう」

 

「…」

 

「…ふ~ん。やっぱりそうなんだ。提督さんは阿賀野より香取さんの方が大事なんだね」

 

「大事とかそんな話じゃない。それとこれとは別の話だ」

 

「…そうだね。分かったよ」

 

「阿賀野、今日は部屋で大人しくしていなさい」

 

「…うん、分かった。でもその前に提督さん、阿賀野の事ギュッて抱きしめて」

 

「何を言ってるんだ」

 

「そうすれば阿賀野の事嫌いじゃないって、納得出来るから」

 

「…分かったよ」

 

提督は、まだ興奮冷めやらぬ阿賀野の手を離すと、阿賀野の肩に手を回した。

 

「…落ち着いたか?」

 

「…うん。香取さんもゴメンね」

 

「い、いいえ…誤解が解けた様で「ぐッ!!」え?」

 

阿賀野の背中を抱いていた提督の手は、彼女の肩を掴むと、徐々に力が抜けた様に落ちて行った。提督は崩れる様に、その場へ倒れ込んだ。

 

「…提督さんを連れてっちゃって」

 

「ぐうっ…あ、阿賀…ガハッ!」

 

「きゃあっ!て、提督!」

 

香取が駆け寄ると、提督の胸にはナイフが深々と刺さっていた。提督は必死に声を絞り出そうとするが、出るのは声にならない声ばかりだった。

と、そこへ騒ぎを聞き付けたのか、一人の影が飛び込んで来た。

 

「ゆ、雪風さん!」

 

「し、司令!か、香取さん、司令が…司令の胸に…!」

 

「そ、それが阿賀野さんがいきなり提督を…」

 

「ああっ…提督さん、かわいそう!阿賀野の提督さんが、こんなに苦しんで…痛いよね…苦しいよね…でも…」

 

「ぐ…ぐあっ…!」

 

「…阿賀野は、もっと苦しいよ…」

 

「あ、阿賀野さん!あなたを反逆罪で拘束します!」

 

言うが早いか香取と阿賀野は艤装を実体化させ、連装砲を互いに突き付けた。

 

「阿賀野さん、こんな所で撃ち合えばどうなるか解らない貴女(あなた)ではないでしょう。直に騒ぎを聞き付けた皆も来ます。大人しく投降して下さい」

 

「香取さん、香取さんが実戦で本領発揮出来ないのは、その思い切りの無さだよ。もし阿賀野だったら、とっくに撃ってるよ」

 

「あ、阿賀野さん、やめて下さいっ!」

 

「雪風ちゃん、時津風ちゃんにお礼を言っておいて。時津風ちゃんのお陰で、阿賀野はやっと決心が付いたってね」

 

「と、時津風ちゃん…?」

 

「提督さん、その傷じゃ絶対助からないよ。でも大丈夫、すぐに阿賀野も後を追ってあげるから。そうすれば、阿賀野の気持ちが本物だって…解ってくれるよね?」

 

「あ、阿賀野さん、あなた、まさか…!」

 

阿賀野が背中に背負った艤装を振りほどくと、右手の連装砲で狙いを付けた。

 

「あ、阿賀野さんっ!」

 

「しれぇっ!!」

 

阿賀野が自身の艤装を撃つのとほぼ同時に、雪風は提督を庇う様に抱き付いた。雪風の背中を一瞬強烈な閃光が照らし二人を飲み込んだ。だが、次の瞬間には光は消え…

 

「…制服は阿賀野さんみたいにお腹出てて…って、雪風聞いてるの?」

 

気が付けば雪風は時津風と共に中庭を歩いていた。

 

〈…上手く行きました。もし雪風の考えてる通りなら…〉

 

「と、時津風ちゃん。今日は中庭で食べましょう!」

 

「え~、何で~?」

 

「雪風が時津風ちゃんの分も貰ってきてあげます。だから先にお部屋へ戻っていて下さい!」

 

「ちょ、ちょっと雪風…もう」

 

時津風に手を振ると、雪風は走り出した。鎮守府の中を走り抜け、一目散に執務室を目指す。廊下を曲がった所で、雪風と同じ様に何処かへ向かおうとしていた人物が彼女を呼び止めた。

 

「ゆ、雪風っ!」

 

「司令っ!だ、大丈夫ですか?傷は…」

 

「いや…それが嘘の様に何ともないんだ。雪風、もしかして、また…」

 

「は、はい。雪風が()()ました」

 

「そうか。雪風が俺に抱き付いてきた瞬間、もしやと思ったんだが…助かったよ雪風。あのままじゃ確実に死んでたよ。ところで今はいつなんだ?また一週間前なのか?」

 

「い、いえ…30分位前です」

 

「30分…?何だって、そんな時間に」

 

「実は…阿賀野さんが、あんな事をしたのは時津風ちゃんとお話しした事が原因なのかもって考えたんです」

 

「時津風との話…?」

 

「はい。時津風ちゃん、食堂で阿賀野さんとお話ししたって言ってました。何でも香取さんのお話をしたら急に何処かへ行っちゃったって…多分、その後に阿賀野さん、司令の所へ行ったんだと思います」

 

「時津風が何か言ったのか…?」

 

「し、司令!時津風ちゃんを怒らないで下さい!時津風ちゃんは…」

 

「ああすまん、言い方が悪かったな。でも阿賀野が、あんな暴挙に出たのは時津風の言葉が原因かもしれない。となると、阿賀野と時津風を会わせない方が良いか…」

 

「はい…雪風もそう思って時津風ちゃんには、中庭で食べようって言っておきました」

 

「そうか…雪風、俺は今から間宮さんの所へ行って阿賀野と一緒に食事をするよ」

 

「えっ!?司令、どうしてそんな…ま、また刺されちゃいます!」

 

「いや、もしかしたら阿賀野と香取が会った事が引き金になったのかもしれない。だから間宮さんの所で阿賀野を引き留めておけば、香取と鉢合わせる事もないだろう」

 

「で、でも…」

 

「最近、阿賀野の事を避けてたからな。少し相手をしてやれば気持ちも和らぐだろう。それに食堂には人目もある、おかしな事は出来ないだろう」

 

「そ、そうですね。あの…司令、もしかして阿賀野さんを解体しちゃったり…しませんよね?」

 

「…しないよ。ただ、これからも同じ事がある様なら考えるかもしれない」

 

「そ、そんな…」

 

「でも阿賀野は不知火と同じウチのエースだ。俺もそんな事はしたくない。それに雪風、お前がいれば俺は怖い物なんてない。これからも俺の側にいてくれよ?」

 

「…ッ、は、はいっ!!」

 

「…それとな雪風、個人的に頼みたい事があるんだ」

 

「雪風に…頼みですか?」

 

「ああ、これはお前にしか出来ない事なんだ」

 

人目を避ける様に、こっそりと話す提督と雪風。だが、そんな二人を見つめる視線が有る事に、二人は気付いていなかった。

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督と雪風以外に知る者のいない阿賀野の刃傷沙汰から一週間が過ぎていた。

あれからも、些細なトラブルや深海棲艦との戦いに苦戦する事が起きたが、提督はその度に雪風に頼み、また雪風も提督に内緒で過去に戻り、本来起きる筈のアクシデントを回避してきた。

一時は暴発した阿賀野も、提督が上手く宥める事で以前の優しい彼女に戻りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪風、何処へ行くんです?」

 

雪風と不知火は、ある任務から帰った来た所だった。本来なら帰投は数時間後の筈だったが、雪風達はいつもの様にアクシデントを回避する事で本来よりも早めに帰投していた。

 

「司令にご報告に行かないと…」

 

「そうね。でも、もう少し後にしましょう」

 

「え…」

 

不知火は、あまり感情を顔に出すタイプではない。時津風は彼女が何を考えているのか解らないと愚痴をこぼしていたが、雪風は言葉の抑揚から感情の起伏を読み取っていた。

今回の任務も通常より早く終わり、二人ともほぼ無傷だった。にもかかわらず、不知火は妙に不機嫌だと雪風には映っていた。

 

「え…で、でも、早く帰って来たんです。司令もきっと喜びます」

 

「…ねえ雪風。あなた、司令の事はどう思っているの?」

 

「ど、どうしたんですか、不知火お姉ちゃん」

 

「お願い。お姉ちゃんに教えてちょうだい」

 

「…雪風にとっても優しくしてくれますし、尊敬してます」

 

「それは不知火も同じです。でもね雪風、不知火の目には、雪風は少し司令を買いかぶり過ぎている様に見えるわ」

 

「か、買いかぶり…?難しい言葉なんで解らないです」

 

「確かに尊敬はするけど、司令も人間という事よ。人間は雪風が思っている程、善良ではないの」

 

「お姉ちゃん…?」

 

「雪風、今は不知火の言っている事が解らないかもしれません。でも、この事は覚えておいて。解ったわね?」

 

「は、はい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令、ただいま帰り…あれ?」

 

雪風が執務室を訪れると提督はおらず、香取が一人で調べ物をしている様だった。

 

「あら、雪風さん。お帰りなさい」

 

「司令は…お留守ですか?」

 

「明石さんの工廠にいると思います。何か用事があるなら私から、お伝えしておきますよ」

 

「い、いえ、大丈夫です。私も不知火お姉ちゃんも無事帰って来ましたって言いに来ただけですから」

 

「そうですか…」

 

香取は雪風の言葉も半分上の空の様で、再びファイルを読みだした。雪風も邪魔をしては悪いと思い、踵を返した時だった。ふと顔を上げた香取が口を開いた。

 

「…雪風さん、少々お聞きしたい事があるのですが、良いですか?」

 

「雪風にですか?何でしょう」

 

「最近、提督さんに、おかしな所がありませんか?」

 

「おかしな…ですか?」

 

「あぁ、別に深い意味はないんですよ。…ただ、一週間程前から少々気になる事があって」

 

〈一週間前…?阿賀野さんの時辺りかな〉

 

「これは鋼材とボーキサイトの在庫を記した資料なんですが、実際の数と食い違いがあるんですよ」

 

「そ、そうなんですか。雪風には解らないです」

 

「…ごめんなさいね、こんな話をして。雪風さんは提督さんとよくお話をしているので、何か聞いていないかと思ったんですが」

 

〈そう言えば、一週間前から司令に10分だけ時間を戻して欲しいって何度も頼まれましたけど…それと関係あるんでしょうか〉

 

「雪風さん、もし提督さんがあなたに何か話したら…」

 

その時、二人の会話を遮る様にドアが開かれた。

 

「雪風、帰ってたのか。ご苦労様」

 

「は、はい」

 

「提督、少し席を外します。雪風さん、またね」

 

「あ、ああ」

 

「はい、香取さん」

 

香取は雪風に微笑むと、部屋を後にした。提督は香取の気配が完全に消えるのを確認すると、雪風に小声でささやいた。

 

「…雪風、悪いんだが、また頼めるか?」

 

「あ、はい。また10分で良いですか?」

 

「いや、今日は30分前で頼むよ」

 

「分かりました…そう言えば香取さんに、おかしな事を聞かれました」

 

「おかしな事?」

 

「はい、ボーキサイトの数がどうとか…」

 

「…」

 

雪風の言葉を聞いた提督は、急に神妙な面持ちになると、椅子から立ち上がり部屋の鍵を閉めた。

 

「雪風、今から話す事は内緒にするって、約束出来るか?」

 

「は、はい。司令が喋っちゃ駄目って言うなら、雪風誰にも言いません」

 

「…雪風、建造は知ってるな?」

 

「建造って…雪風や他の皆さんを造る事ですよね」

 

「そうだ。だけど、この建造ってのは少し運が要るんだ。特に長門の様な戦艦を造るには、材料だけあれば良いって訳じゃないんだ。時には失敗する事もある」

 

「はい…」

 

「雪風、最近よく時間を戻してくれって頼むのは、それなんだ」

 

「建造が…関係あるんですか」

 

「今言った通り、建造は失敗する事もある。そうすれば、莫大な資材も無駄になる。雪風、俺が時間を戻してくれって頼むのは、失敗した時なんだ」

 

「は、はい…」

 

「仮に建造したい艦娘が誕生しなくても、成功するまでやり直す事が出来るだろう。俺が雪風に頼んでるのは、それなんだ」

 

「そうだったんですね。雪風は、てっきり阿賀野さんが怒ってるのかと…」

 

「…まあ、それもあったが」

 

「司令は資材の節約の為に雪風に頼んでいるんですか?」

 

「うん…例えばだ。雪風に300円の林檎を買って来てと言ったとしよう。でも200円で売っていた。雪風なら、どうする?」

 

「林檎を買って、100円は司令に返します」

 

「はは、雪風は正直だな。でもな、林檎は300円だったと言えば、余った100円は雪風の物だ」

 

「雪風は、司令に嘘なんか吐きません!」

 

「それは嬉しいな。話が逸れたが…要はそれと同じだ。”100“で造れる所を”50“で造って、上には”100“使いましたって報告すれば、”50“は貯めておけるだろう?」

 

「うわぁ!司令、頭良いです!…でも、もし見つかったら怒られないですか?」

 

「大丈夫さ。雪風が黙ってればな。ただ、香取が勘づいたかもしれないから、暫くは止めよう」

 

「そうですね…あの、司令…」

 

「何だ?」

 

「司令は…悪い事をしてるんじゃないですよね?」

 

「何を言ってるんだ。資材は無駄には出来ないだろう?俺は無駄を省こうとしているんだ。雪風、お前なら解ってくれるよな?」

 

「も、もちろんです。雪風は司令を信じます!」

 

「…雪風は良い子だな。これからもよろしく頼むぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし。はい、私、こちらに所属している秘書艦の香取と申します」

 

「実は、先日お送りした消費資材の記録を紛失してしまいまして…」

 

「それと、もう一つ少し調べて欲しい事がありまして…」

 

「…ああ、鹿島、久しぶりね。元気にしてる?実はね、ちょっと聞きたい事があって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ香取、こんな夜更けに」

 

「すみません、少し調べ物がありまして」

 

ある日の夜。

いつもなら提督も実務を切り上げる時間だが、香取は、まるでそれを見計らっていたかの様に部屋を訪れた。香取は挨拶もそこそこに、本棚から一冊のファイルを取り出すと、食い入る様に指でなぞり始めた。

 

「どうしたんだ、香取。妙に熱心だな」

 

「…提督。最近、大型建造をしませんね。どうかなさいましたか?」

 

「な、何だ藪から棒に。大型建造は、おいそれと出来る訳じゃない。出来るだけ控えているだけだよ」

 

「そうですか。私が雪風ちゃんに提督さんの事を、お聞きした次の日から全ての開発を止めてしまったので、何かあったのかと…」

 

「…」

 

「上に提出した建造の報告書ですが…写しが無い様ですね」

 

「あ、ああ。別の資料に交ざっているんだろう。後で探しておくよ」

 

「実は、先日上に問い合わせて、報告書には何と書いてあるのか尋ねてみたんです」

 

「な、何っ!?」

 

「鋼材の消費は6000と書かれていたそうです。ですが、工廠に行って明石さんに尋ねた所、使った鋼材は5000だと言っていました。おかしいですね、残りの1000は…何処へ消えたのでしょう?」

 

「…俺が不正をしているとでも言いたいのか?」

 

「まさか。私も提督がそんな事をしているなんて考えていません…ただ、雪風ちゃんに、この事をさりげなく洩らしてみたんです」

 

「雪風に…何の為に」

 

「もし雪風ちゃんからこの事を聞いたなら、何かしらの動きがあると思ったんです…残念ですが、私の勘は当たってしまった様です」

 

「そんなのは只の偶然だろう」

 

「それと、妹の鹿島の鎮守府でも建造や開発の回数が最近妙に増えたそうです。そんなに建造をして大丈夫かと心配していました。これは私の想像ですが…資材を安く横流ししているのでは?」

 

「別にこちらから渡しているとは限らないだろう」

 

「ええ、私もそう思いました。ですが、建造を行った日の前後に提督の口座に不自然な入金がありますね?」

 

「な、何故それを!?」

 

「上に調べて貰ったのですが、振り込んだ相手が鹿島の鎮守府だったそうです」

 

「…か、香取…お前」

 

「提督、一度や二度なら私も注意で済ませるつもりでした。ですが他にも幾つかの不信な点があります。これは秘書艦として看過出来ません」

 

「…」

 

「やはり本当なんですね。残念です…」

 

「…上には、この事を」

 

「提督…私もそのような事はしたくはありません。それに私も提督を犯罪者にするのは忍びありません。ですから…どうでしょう、一身上の都合で辞職という形にしては」

 

「辞職…」

 

「はい…これなら提督の名誉は守られます。私も上には報告はしません。掴んだ証拠も処分すると約束します」

 

「…そうだな。ところで、その手にあるのが証拠とやらか?」

 

「はい。気になった点を纏めてあります」

 

「すまないが、見せてくれないか?」

 

「…どうぞ」

 

提督は香取からファイルを受け取ると、念入りに目を通し始めた。一通り目を通すと、机からライターを取り出し火を点けた。

 

「…無駄ですよ。私の部屋に写しがあります」

 

「くっ…!」

 

香取の部屋に向かおうとしたのか、提督は部屋を出ようとするが、そんな彼を行かせまいと香取が掴み掛かった。

 

「提督!大人しくなさって下さい!私もあなたを犯罪者にしたくはありません!」

 

「う、うるさいっ!」

 

「きゃあっ!」

 

香取の手を振りほどこうとした提督は、彼女におぶさる形で転倒してしまった。全くの偶然だが、彼の手が香取の胸を掴んでしまった。香取はさっきまでの勢いも何処へやら、急に顔を赤くして力を抜いてしまった。

 

「…は、離して…んんっ!?」

 

何を思ったのか、提督は香取の唇を自分の口で塞いだ。先程とは逆に、今度は彼が香取に掴み掛かると、乱暴に彼女の服に手を滑り込ませた。

 

「あっ!イヤッ…や、やめて下さい!」

 

「…香取。もし俺が自首したら、妹の鹿島の所の提督も只では済まないな。知らないとは言え、俺の不正に関わっていたんだからな」

 

「な、何を言って…」

 

「鹿島もこの事を知っているはずだ。もしかしたら鹿島も、何らかの責任を取らされるかもな」

 

「なっ…!て、提督…あなたという人は…」

 

「それが嫌なら…大人しくしろ!!」

 

「お、お願いです…やめて…きゃあっ!!」

 

提督は香取に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衣服を乱した香取は服を整えながら立ち上がった。彼女は恥辱に震えながら提督を睨み付けた。

 

「不正だけではなく、妹の名前を出して私に乱暴するなんて…提督、あなたを見損ないました」

 

「お前が悪いんだ香取。お前が余計な事に気付かなければ」

 

「どうして…どうしてこんな事を。昔のあなたは何処へ行ってしまったのですか?」

 

「この事は誰にも言うな。もし誰かに話せば、お前を解体する」

 

「…お断りします。この事は上に報告します。例え解体されても構いません」

 

「そうか…それは困ったな。香取、お前は秘書艦として優秀だし出来ればこれからも側にいて欲しい。何とかならないか?」

 

「私がハイと言うとでも?明日には、この事を上に報告します。そうすれば提督は横領容疑で捕まります。あなたはもう鎮守府には居られません!」

 

「捕まらないとしたら?いや、香取。お前は報告しないし、俺も捕まりはしない」

 

「な、何を馬鹿な事を!例えどんなに脅されても、私は必ず報告します!あなたを提督と呼ぶのも今日限りです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、提督。今日も宜しくお願いします」

 

「ああ。今日も宜しく頼むよ香取」

 

香取は椅子に座ると資料に目を通し始めた。暫くした所で、提督の視線を感じ顔を上げた。

 

「あの…どうかなさいましたか?」

 

「いや…今日も綺麗だなと思ってね」

 

「も、もう…褒めても何も出ませんよ」

 

「…香取。もしもだが、俺が不正を働いてるとしたら、どうする?」

 

「何ですか急に。でも…私が知る限りでは、そんな事はありませんね。それに私は提督を信じていますから。提督はそんな事をする方ではありませんよ」

 

「…そう言ってくれると思ったよ」

 

 

 

 

 

 

 

提督が香取に不正を暴かれ、逆上して彼女を乱暴した翌日。香取はいつもの様に秘書艦として姿を現した。まるで昨日の事はすっかり忘れてしまったかの様に。

実は、提督はあの後、雪風に頼み再び時間を戻していた。香取が漏らした言葉、雪風に自分の事を聞いた時期、約一週間前に。

香取の調べた不正の証拠に目を通した彼は、今後彼女が不信に感じる点を覚え、その証拠を潰して回った。明石にも開発の申請を幾つか許可する代わりに、香取に何を聞かれても余計な事を言うなと念押しした。

結果、香取は提督に不信を覚える事もなく、以前の様に提督を慕う秘書艦へと戻った。

激情に駆られ彼女を乱暴した後の彼女の顔には、明らかに彼に対する憎しみが浮かんでいた。だが、今の彼女の顔には、そんな感情は微塵も無い。それもそのはず、そもそもそんな事は起きなかったのだから。

 

香取の顔を見る度に提督は思う。もし彼女に自分のした事を暴露したら、一体どんな顔をするだろうか。思わず口元が綻ぶのを自重すると、彼は仕事に取り掛かった。

 

 

 

 

 

香取の件が済んでからというもの、彼は更に私腹を肥やす事に専念した。何しろ彼には雪風という保険がある。仮にどんなミスや事故が起きようとも、全てを無かった事に出来るのだ。これで増長するなと言う方が無理かもしれない。

もし雪風がそんな彼に愛想を尽かしたなら、彼も立ち止まれたかもしれない。だが当の雪風は、彼の願いを時に戸惑いつつも健気に叶え続けた。

 

提督は我が世の春を謳歌していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令、少しいいです…雪風?」

 

ある日の午後。珍しく執務室に不知火が訪れた。どうやら提督に話がある様だが、そこに雪風がいる事に気付くと、何やら戸惑っている様だった。

 

「あ、不知火お姉ちゃん」

 

「どうしたんだ不知火、珍しいな」

 

「…いえ、少し言っておきたい事がありまして」

 

「言っておきたい事…?」

 

「雪風、正直あなたには内緒にしたかったのだけど…仕方ないですね」

 

「お姉ちゃん…?」

 

「単刀直入に申します。司令、少し雪風を甘やかし過ぎでは?」

 

「それは…どういう意味だ?」

 

「不知火の妹を可愛がってくれるのは、姉としては感謝しています。ですが、最近の雪風は司令にべったりし過ぎです。最近では遠征にも不知火や時津風ばかり使っている様に見えます」

 

「た、確かにそうかもしれないな」

 

「それに…雪風を可愛がるのは構いませんが、阿賀野さんや香取教官も、最近の司令の雪風贔屓に少々不満を持っています。ご存じありませんか?」

 

「そ、それは…気を付ける様にするよ」

 

「さ、雪風。帰りますよ」

 

「お、お姉ちゃん」

 

不知火は雪風の手を掴むと、強引に引っ張り出した。

不知火の指摘通り、最近の提督は雪風には任務を振り当てない様にしている。それもこれも彼にとって雪風は大事な道具であるからに過ぎない。もし雪風を失う様な事があれば、彼の人生は一変する。それを考えれば、雪風をわざわざ危険な任務に出したくないと考えるのは当然だった。

 

「最後に…司令、不知火は阿賀野さんや香取教官の様に甘くはありません」

 

「…そ、それはどういう意味だ?」

 

「失礼します」

 

提督の問いかけを無視し、不知火はドアを閉めた。

 

〈雪風を任務に行かせる…?冗談じゃない。もし雪風に何かあったら、どうするんだ!〉

 

〈雪風は…アイツさえいれば、俺は何だって出来る。富も権力も想いのままだ!いずれは元帥にだって成ってみせる!〉

 

〈だが…不知火の最後の言葉は、どういう意味だ?〉

 

〈アイツ…まさか、香取の様に俺の不正に気付いたのか?〉

 

〈どういう事だ…香取が何度か勘繰ってきた事はあったが、その度に雪風を使って揉み消してきた。しっぽを掴むなんて、あり得ない〉

 

〈だが、不知火は俺が気付かない何かを掴んでいる…〉

 

〈……〉

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の中庭。不知火に連れられた雪風が、嫌々そうに歩いていた。不意に不知火は立ち止まり、雪風の腕を離した。

 

「し、不知火お姉ちゃん…そ、その…」

 

「ああ、ごめんなさい雪風。あなたが司令と一緒にいるのを見ていたら、つい引き離さないとって思ったの」

 

「お姉ちゃんが雪風を心配してくれるのは嬉しいです。で、でも…司令は雪風を、えこ贔屓なんか…」

 

「司令の前だから、ああ言っただけです。実際は逆です」

 

「ぎ、逆…?」

 

「ええ。実際は雪風が司令を贔屓していると言うべきかしら」

 

「雪風が…司令を…?」

 

「雪風、あなたは司令に甘過ぎるわ。あなたがいると司令は駄目になる」

 

「そ、そんな事はありません!司令は雪風を大事にしてくれます!だがら雪風も司令の側にいたいだけです!」

 

「雪風!少しは、お姉ちゃんの言う事を聞きなさい!」

 

「…ッッ!イヤです!例え、不知火お姉ちゃんの言う事でもイヤですッ!!」

 

「雪風ッ!」

 

雪風は不知火の静止を振り切ると、一目散に走り出した。生まれて初めて自分の言う事に逆らった雪風に不知火は戸惑いを覚えたのか、雪風を追う事が出来なかった。

 

〈雪風…あなたがいると、司令は…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…不知火が、そんな事を」

 

夜の執務室。提督の膝に乗る雪風は、彼の胸に顔を埋め、昼間の出来事を話していた。

 

「不知火も雪風の事が心配なんだ。仕方ないさ」

 

「でも…」

 

「ああ、雪風の言う事も解る。雪風、香取の件を覚えているか?」

 

「香取さんですか?はい、覚えてます。確か、司令が節約している事に気付いたから、巻き戻したんです」

 

「そうだ。雪風、確かに俺は悪い事をしてるかもしれない。でも、皆の役には立っている。少し位良い目を見てもバチは当たらない。そうだろう?」

 

「…はい」

 

「でもな雪風。もしかしたら、不知火は香取の様に俺のしている事を探っているのかもしれない」

 

「不知火…お姉ちゃんが…?」

 

「ああ。雪風、お前は俺と一緒にいたいだろう?」

 

「は、はい。雪風は司令と一緒がいいです」

 

「俺も「司令…」

 

「な、なんだ雪風」

 

「司令は…雪風の事を、どう思っているんでしょう?」

 

「どうって…雪風は俺の大事な宝物だよ。不知火や阿賀野達よりも大事に思ってるよ」

 

「本当ですか…?」

 

「雪風、俺がお前に嘘を言った事が一度でもあるか?」

 

「…」

 

「だからな、雪風…頼みがあるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令、不知火と雪風に何か?」

 

翌朝、不知火は雪風に司令が用があるからと、執務室に呼ばれていた。部屋には提督が一人椅子に座っていた。一冊の日記らしき物を携えた不知火と雪風は、一礼すると差し出された椅子に座った。

 

「ああ、よく来た…が、随分遅かった気がするが。何か用事でもあったか?」

 

「いえ、雪風と少し話していただけです。すみません」

 

いつもならニコニコしている雪風が、今日に限って少し暗い表情をしている様に見えたが、提督は気にせず話を続けた。

 

「ああ、別に構わないよ。実はな、不知火…お前と話してから、少し考えを改めたんだ」

 

「考えを…改める?」

 

「ああ。確かに俺は雪風を贔屓にしていたかもしれない。だから、今後そういった事はないようにするつもりだ」

 

「…不知火こそ、出過ぎた事を言ってしまいました。申し訳ありません」

 

「いいさ。俺を思って言ってくれたんだろう。だから、もう一つ、聞かせて欲しいんだ。不知火…俺が不正を働いている事に気付いているんだろう?」

 

「…それは」

 

「勘違いしないでくれ。不知火をどうこうしようとかじゃない。さっきも言ったが、俺は考えを改めたんだ。不知火の思っている通り、俺は少し悪い事をしている。資材を横流ししてな。不知火は、それに気付いたんだろ?」

 

「…はい」

 

「実は俺は提督を辞めようと思ってな」

 

「え…」

 

「それだけの事をしたんだ。当然だろう。それに不知火も俺の下では働きたくなんかないだろう」

 

「…」

 

「だから不知火、俺からもお願いがあるんだ。お前が知っている事や、証拠があるなら、全部捨てて欲しいんだ」

 

「…分かりました」

 

「ありがとう…ところで、不知火。お前は、いつから俺が不正をしているって気付いていたんだ?」

 

「…すぐにです。雪風が、ここに来てから司令が良からぬ事をしているのは気付いていました」

 

「そんな早くから…」

 

「不知火は日記を付けています。そこに不知火の知っている事は全て書いてあります」

 

「…もしかして、それの事か?」

 

「はい、司令が辞めた後、この日記は燃やします」

 

「いや、それは困るな」

 

「…え?」

 

「雪風!その日記を奪うんだ!」

 

「ハ、ハイッ!不知火お姉ちゃん、ごめんなさいっ!」

 

雪風は不知火の日記を掴むと、強引に奪い取った。提督は不知火が抵抗する様なら加勢するつもりでいたが、彼女は驚きはするものの、抵抗らしい抵抗はしなかった。

 

「よくやった、雪風!これで不知火が何を掴んでいるのか知る事が出来る」

 

「司令…辞めるのではないのですか?」

 

「ああ、そうだな。だが、お前が何を知っているかが判りさえすれば、その必要もなくなる」

 

「それは何故です?」

 

「…もう話してもいいだろう。不知火、お前の妹の雪風にはな、過去に戻る力があるんだ。俺はお前が何を知っているかを探りたかったんだ。それを知った後に過去に戻って、お前が俺に不信を抱かない様に行動すればいい」

 

「雪風…そうなんですか?」

 

「う、うん…お姉ちゃん」

 

「不知火、ここから逃げても無駄だぞ。俺はお前が日記を付けている事を知ったからな。時間を少し戻して、お前の日記を奪えばいいだけだ」

 

「そんな事はしません。不知火の日記が読みたいのなら、ご自由に」

 

「…妙に落ち着いているな。まあいい。じゃあ、早速読ませて貰うとしよう。雪風、俺が合図したら、お前が来た時間に巻き戻すんだ。解ったな?」

 

「は、はい…」

 

「どれどれ…何だこれは?」

 

「ど、どうしたんですか司令?」

 

「雪風が来た後…時津風や阿賀野が…轟沈?」

 

「…!?」

 

「不知火、これはお前の妄想なのか?二人に恨みでもあるのか?二人とも沈んでなんか…それに香取が鹿島の鎮守府へ異動?何の事だ?」

 

〈し、不知火お姉ちゃん…どうしてそれを!?〉

 

「…えっ?な、何だこれは!阿賀野が俺を刺した…香取が俺の不正の証拠を掴んで…!し、不知火!何故お前がそれを!こ、この事は俺と雪風以外…」

 

「ま、まさか、不知火お姉ちゃん…!」

 

「そうです。不知火も雪風と同じ力があります」

 

「なっ…!!」

 

「お、お姉ちゃん…本当に…?」

 

「ですから司令、例え雪風を使って不知火をどうにかしようとしても無駄ですよ」

 

「ぐっ…そ、そんな馬鹿な…ゆ、雪風ッ!俺を…俺を雪風が来た時間迄戻すんだ!早くッ!」

 

「ご安心下さい。司令、不知火が何故この事を司令に教えたと思いますか?」

 

「な、何っ?」

 

「司令、不知火は司令の味方です」

 

「えっ…?」

 

「お姉ちゃん…?」

 

「不知火は雪風の知らない事も知っています。不知火はそれを教えたくて、ここに来たのです」

 

「雪風の…知らない事だと?」

 

「はい…司令、雪風は、もうすぐ力を使えなくなります」

 

「なっ…!」

 

「雪風は力を使い過ぎました。雪風はそれに気付かず力を使っている様ですが…恐らく今回が最後になるかもしれません」

 

「そ、そんな…」

 

「雪風が…本当か、不知火?」

 

「はい。ですが不知火は、ほとんど力を使っていません。少なくとも雪風よりも多く力を使う事が出来ます」

 

「…」

 

「司令、これからは雪風ではなく、不知火をお側に置いて頂けないでしょうか?こう見えても、司令をお慕いする気持ちは雪風に負けません」

 

「は、はは…」

 

「司令、決断を。こんな雪風は捨てて、これからは不知火を、お側に」

 

「し、司令!」

 

「…不知火、こっちに来るんだ」

 

「…はい」

 

「し、司令!雪風を…司令は雪風を捨てたりはしませんよね?」

 

「…雪風、今まで助かったよ。本当に感謝している。だが、これからは不知火と共に行く事にするよ」

 

「そ、そんな…雪風は宝物だって…雪風が一番大事だって言ったじゃないですか!!」

 

「悪いと思うが…不知火の言う事が本当なら、もう、お前といても意味がない」

 

「し、司令…」

 

ガックリと肩を落とし、崩れ落ちる雪風。そんな雪風に不知火は近付くつと、雪風の手を掴み立ち上がらせた。

 

「ね、雪風。不知火が言った通りでしょう?」

 

「…はい」

 

「不知火…何の事だ?」

 

「司令、雪風が力を失うと言うのは嘘です。それに不知火に雪風の様な力はありません」

 

「なっ…!」

 

「実は、ここに来る前に雪風に話したんです。司令が雪風をどう思っているか、不知火が試すと。雪風が随分反対したので、説得に時間が掛かりましたが」

 

「し、不知火…?」

 

「司令、今も言いましたが不知火に雪風の様な力はありません。ただ、雪風が時間を戻している事は知っていました」

 

「お、お前…」

 

「不知火が一番危惧したのは、司令が変わってしまう事でした。案の定、司令は雪風の事を知ってから変わってしまいました」

 

「お姉ちゃん…」

 

「雪風、不知火が、こんな芝居を打ったのは、あなたの目を覚ます為でもあったの。これで解ったでしょう?司令が欲しかったのは雪風の力だけよ。もし力が無いと判れば雪風の事を捨ててしまいます」

 

「ま、待て…待ってくれ雪風。さっきのは言い過ぎたが、俺は力が無くなったからって、お前の事を捨てたりなんかしない。ほ、本当だ…」

 

「雪風、目を覚ましなさい。これでもまだ、あなたは司令の為に力を使おうとするの?」

 

「…おかしいです。今までは…こんな事、起きなかったのに…どうしてかな…司令が一緒に()()()()()から駄目だったのかな…」

 

雪風は涙を擦りながら立ち上がった。肩も震え涙声だったが、必死に笑顔を作ると二人に向き直った。

 

「…お姉ちゃん。これから雪風が来た時間まで巻き戻します」

 

「雪風、あなた、また…」

 

「今回も失敗しちゃいました。でも次は上手くやってみせます」

 

「ゆ、雪風…今回もって…まるで今までも何回かこんな事があったみたいな言い方じゃないか…ま、まさか…」

 

「ふふっ、もう()()に来るの何度目か忘れちゃいました。でも大丈夫です。例え何回掛かっても、上手く行くまで雪風、頑張ります!」

 

「なっ…!ゆ、雪…」

 

次の瞬間、部屋は暗闇に包まれた。その中に立ち尽くす者は二人。一人は雪風、そしてもう一人は…

 

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃん…お姉ちゃんが一緒に居るって事は…

 

ええ。雪風が時間を戻す度に、何故か不知火も一緒に戻るみたいね

 

そ、そうだったんだ…だから、時津風ちゃんや阿賀野さんの事も…

 

雪風、もしかして二人が沈んだのは…

 

そ、それは…その…

 

まあいいわ。不知火にはどうにも出来ないもの

 

もしかして、陽炎お姉ちゃんや黒潮お姉ちゃんが、雪風の秘密に気付いたのも…

 

不知火と雪風は姉妹です。陽炎や黒潮も、もしかしたら不知火の様に気付いていたのかもしれません

 

そうだったんだ…

 

雪風、どうして最初に戻ろうと…?

 

今回は不知火お姉ちゃんに気付かれて失敗しちゃいました。でも、次は必ず上手くやってみせます。だから…

 

はぁ…大丈夫よ。司令と雪風の邪魔をしようなんて思いません。それに最初の司令に戻るのなら不知火も構いません

 

お姉ちゃん…

 

雪風、一つ正直に答えてくれないかしら。どうして…どうしてそこまで司令に拘るの?

 

…くれたから

 

…え?

 

雪風に…優しくしてくれたから…

 

 

司令は言いました。雪風の力は皆を幸せにする事も出来るって…

 

司令は言いました。雪風となら不幸になってもいいって…

 

司令は言いました。雪風を見捨てないって…

 

司令は言ってくれました。雪風と一緒に沈んでくれるって…

 

だから雪風は決めたんです。雪風の力は、司令の為だけに使おうって…

 

でも、司令が雪風をどう思っているかは、もう知ってるでしょう?それなのに何故…

 

それは雪風の秘密を知っていたからです。次は、雪風の力の事は内緒にします

 

そう…でも雪風、次から巻き戻す時は、一声掛けてちょうだい。いきなり時間が戻っていたら、ビックリします

 

ご、ごめんなさい…

 

まあいいですが…確か、雪風が来た時に戻るのね

 

はい。司令と不知火お姉ちゃんに、初めて会った日です

 

そう…次は上手く行くといいわね。何度も同じ日を繰り返すのは、もう()()りよ

 

えへへっ♪雪風もです…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、しれぇ、目が覚めたよ!」

 

数人の男女がベッドに横たわる一人の少女の顔を覗き込んでいた。少女は寝惚けた様に目を覚ますと、辺りを見回した。

 

「良かった!雪風、あたしだよ、時津風だよ!」

 

「時津風ちゃん…」

 

雪風と呼ばれた少女に、時津風は涙目で抱き付いた。その横に立つ男性が、優しい声で語りかけた。

 

「雪風って言うのかい?初めまして、私はこの鎮守府の提督をしている者だよ。君は海をさ迷っていた所を救助されたんだよ」

 

「そうですか…」

 

雪風は男性の後ろに立つ少女に気付き、彼女に顔を向けた。雪風の視線に気付いた少女は、一歩進み出ると雪風に手を差し出した。

 

「こんにちは雪風。私はあなたの姉の不知火よ。初めまして…でいいのかしら?」

 

雪風は微笑みながら不知火の手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、お姉ちゃん…私は雪風です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




元ネタは、まどマギです。雪風の設定考えた時にループ物出来ると思って、こんなオチにしました。次の話の香取は今回のループが終わった後の世界だと思って下さい(でないと香取回始まんないので)。雪風が何度やり直してるかは想像にお任せします。
タイトルはファンタシースターからです。






艦娘型録

雪風 実は雪風、お泊まりの意味知ってるんですけど…どうして司令は雪風とお泊まりしてくれないんでしょう?やっぱり駆逐艦だからでしょうか…

提督 君が雪風か。初めまして…だよね。気のせいかな、どこかで会ってる気が。それに…何でだ、阿賀野に刺されたり、香取と夜戦した気がするんだが…気のせい…だよな。

不知火 何が一番驚いたって、沈んだ筈の時津風と阿賀野さんに会った時は流石に驚きました。しかも一度や二度ではありません。雪風、あなた何回二人を沈めてるの…?

時津風 最近、雪風が阿賀野さんと会っちゃ駄目って言うけど、何でだろ?阿賀野さんと仲良くするのイヤなのかなぁ。もう、しょうがないな雪風は。ニヒヒ♪

阿賀野 何でかなぁ?提督さんといい雰囲気になろうとすると、急に提督さん、用事が出来たり雪風ちゃんが来るのよね。もしかして阿賀野、警戒されてる?

香取 ああ、鹿島。久しぶりね。え?こっちに来ないかですって?考えておくわ。でも…どうしてかしら、そっちに行くの何年も後になりそうなの。本当何故かしら…。
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