艦娘症候群   作:昼間ネル

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それならね、自分も失ってみてって話でしょう?
そう私はそう言いたいですね。




背徳の掟

「遅いわね…まだかしら」

 

一人の女が居間でゆっくりと茶を啜っていた。部屋の中は、まるで子供が駆け回った後のように散らかっていたが、彼女は気にする様子もなく手元の雑誌を捲った。

 

〈…あら〉

 

雑誌のページを捲る自分の手を見て、彼女は初めて自分の手が汚れている事に気付いた。

彼女が手でも洗おうかと腰を上げると、玄関を開ける音が聞こえ床を踏む音が少しずつ大きくなっていく。

 

「ただいま〜、今日も疲れたよ」

 

背広を来た男がネクタイを緩めながら居間へと入って来た。その男の顔を見た女は、彼を出迎え微笑を浮かべた。

 

「…お帰りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せ…先輩!」

 

一人の若い軍人が傾いた床の上に這いつくばっていた。正確には数分前まで船だった甲板の上を。胸に傷を負った彼は、痛みを必死に堪えながら目の前に倒れる男に手を伸ばした。

 

「お、俺の事は良い…お前だけでも…逃げろ…」

 

血だらけの男は自分を気遣う青年に、手を振って逃げろと合図した。

 

「そ、そんな…先輩を置いてなんて…」

 

《ドォン!》

 

爆発音と共に船が大きく傾いた。彼はシーソーに揺られるように傾いた床を滑り落ち、船の外へと放り出された。

彼は泳ぐ力も残っていないのか、自身の体が海に沈んでいても指一本動かさなかった。

 

〈先輩…俺もここまでのようです〉

 

海水が口を満たし、意識も朦朧とした瞬間、彼の体は強い力で海面に引っ張り上げられた。

 

〈な、何だ…何が起こって…〉

 

「大丈夫ですか?私の声が聞こえますか?」

 

「う、うう…」

 

彼は自分が夢を見ているのだと思った。彼の体は声の主に抱き抱えられている。だが、その声、体つき、そしてその顔は、紛れもなく女だったからだ。

 

「生きているのは、あなただけですか?他の方は?」

 

「せ、先輩が…まだ船の中に…」

 

「…解りました。彼は私が…」

 

薄れる意識の中で、彼は自分を抱き抱える女の顔を目に焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの…こちらです」

 

鎮守府の正門を二人の男女が歩いていた。一人は軍服を着た青年、もう一人は明るめの紺色の制服を着た、まだ幼さが残る女性。

 

「ありがとう。確か羽黒(はぐろ)だったよね」

 

「わ、私の事を知ってるんですか?」

 

「直接会うのは今日が初めてだけどね。俺は艦娘の中でも妙高(みょうこう)型が一番好きでね」

 

「そ、そうなんですか。そう言って貰えると私も嬉しい…です」

 

「妙高さんも綺麗だけど、羽黒さんもとっても可愛いですよ」

 

「そ、そんな…私なんて妙高姉さんに比べたら。あ、あの…もしかして、妙高姉さんを知ってるんですか?」

 

「あらあら。着任早々うちの妹を口説くなんて、今度の提督は手が早いのね」

 

鎮守府の入り口を潜ると、羽黒と同じ制服を着た二人が待ち構えていた。二人はまるで青年を値踏みするように軽く一瞥した。

 

「羽黒、その男が新しい司令官か?」

 

那智(なち)姉さん」

 

「ふ~ん、ルックスは悪くないわねぇ」

 

「お眼鏡に叶って嬉しいよ、足柄(あしがら)さん」

 

「えっ?貴方(あなた)、私の事知ってるの?」

 

「まあ、妙高型と言えば才色兼備の足柄さんが一番有名だからね」

 

「まぁっ♪口が上手いわねぇ!ねぇ貴方、実家はどちらかしら?長男?借家?」

 

「落ち着け足柄。すまない、コイツは頼りになるが頭が少し残念でな」

 

「ちょっと!那智姉さん、それどういう意味?」

 

「改めて紹介しよう。私は妙高型2番艦の那智、こっちが妹の足柄だ。ところで年収は幾らだ?」

 

「那智姉さん?」

 

「冗談だ。そんな事より妙高姉さんが待っている。案内してやろう」

 

「長旅で疲れてるんじゃないかしら。良かったら今晩は足柄特製カツカレー、ご馳走するわよ?」

 

「それは楽しみだな。期待してるよ」

 

「え?本当に?やだっ、こうしちゃいられないわ!姉さん、羽黒、後は任せたわよ!」

 

「おい足柄!…全く騒々しい奴だ。だから婚…オホン!すまない、付いてきてくれ」

 

「ははっ、元気だな。ところで羽黒さん、君のお姉さんだけど…」

 

「た、確かに少々気が早い所もありますが、ああ見えて家庭的なんです。料理も本当に…」

 

「えっと、足柄さんじゃなくて」

 

「少し目付きが怖いかもしれないですが…」

 

「羽黒、ひょっとして、それは私の事か?」

 

「妙高…さんの事なんだけど」

 

「妙高姉さんが…どうかしましたか?」

 

「うん、その…俺の事、何か言ってなかったかな」

 

「なんだ貴様、姉さんを知っているのか?」

 

「知り合いって訳でもないんだけど…」

 

「那智姉さん、何か聞いてますか?」

 

「いや、特に何も」

 

「…そう」

 

鎮守府の扉を潜ると、青年は一人の少女と鉢合わせた。黒いセーラー服におさげの黒髪をした彼女は、青年と目が合うと、ジーッと彼の顔を見つめた。

 

「ねぇ、那智さん。その人は…誰?」

 

「時雨、この男は新しい司令官だ。お前も聞いているだろう」

 

「そう言えばそうだったね。ここの提督はコロコロ変わるから、すっかり忘れていたよ」

 

「コロコロ…変わる?」

 

「時雨、変な事を言うな」

 

「そうだね…改めて自己紹介するよ。僕は時雨(しぐれ)白露(しらつゆ)型の駆逐艦だよ。これからよろしくね」

 

「あ、ああ。こちらこそよろしく」

 

「…」

 

時雨と呼ばれた少女は、差し出された手を握ると、自分の頬に擦り付けた。

 

「し、時雨?」

 

「きゃっ、時雨ちゃん?」

 

「時雨、何をしている」

 

「提督の手…とっても大きいね。それに温かい」

 

「そ、そうか。気に入ってくれて嬉しいよ」

 

「君は…ずっと僕の側に居てね」

 

「…?」

 

そう言うと時雨は去って行った。駆逐艦の艦娘は全体的に精神年齢が幼いものだが、妙に大人びた娘だったなと彼は思った。

そうこうしている内に、彼は那智と羽黒の二人に連れられて執務室へと辿り着いた。扉を開くと、一人の艦娘が彼を出迎えた。

 

「お待ちしておりました。私、妙高型重巡洋艦の妙高と申します。提督、これから共に頑張り…あ、あの…」

 

「…」

 

青年は妙高の話が耳に入っていないのか、ずっと妙高を見つめている。妙高もそんな彼の視線に気付いたのか、照れて視線を逸らした。

 

「て、提督…そんなに見つめられては…照れてしまいます」

 

「…あっ!すまない。つい懐かしくって」

 

「懐かしい…?」

 

「妙高姉さん、この男を知っているのか?」

 

「そ、そう言われると…何処かで会ったような…」

 

何を思ったのか青年は急に上着を脱ぎ始めた。彼の思わぬ行動に顔を赤らめる羽黒。更にシャツのボタンを外し上半身を三人の前にさらけ出した。

 

「きゃあっ///」

 

「お、おい貴様!何の…つもり…」

 

青年がシャツを捲ると、胸から腹にかけて痛々しい弾痕が刻まれていた。

 

「い、痛そう…」

 

「その傷はどうしたのだ?」

 

「今から二年前、俺の乗っていた船が深海棲艦に襲われてね。その時に受けた傷だよ」

 

「…そうか。それは大変だったな」

 

「妙高さん、この傷に見覚えありませんか?」

 

「その傷…もしかして、あの時、私が助けた…!」

 

「思い出してくれましたか?」

 

「妙高姉さん、司令官さんを知ってるんですか?」

 

「え、ええ…羽黒、あなたは()()()は居なかったから知らないわね。那智、覚えてない?前に提督の船が襲われた時に一人の男性を助けた事を」

 

「…もしかして姉さんが言っていた男とは、この男か?」

 

「な、那智姉さんも司令官さんを知っているんですか?」

 

「私も姉さんから聞いただけだから詳しくは知らん。確か、その時の提督は命を落としたと聞いているが…」

 

「ええ。その人が俺の先輩なんです」

 

「そうか…貴様、奴の後輩だったのか」

 

「ずっと妙高さんにお礼を言いたかったんです。本当に、ありがとうございます」

 

「あの時は本当にごめんなさい。私達が、もう少し早く駆け付けていれば…」

 

「な、何を言ってるんです。確かに先輩の事は残念ですが、妙高さんが来てくれたお陰で俺は助かったんです。謝らないで下さい」

 

「提督…」

 

「そうか…その時助けた男が今度は私達の司令官に…これも何かの縁かもしれんな」

 

「そうね、那智。もしかしたら、あの人が彼を導いたのかもしれないわね」

 

「…どういう意味です?」

 

「それは…そ、その…」

 

「貴様の先輩は、妙高姉さんに(いた)くご執心だったからな」

 

「な、那智!」

 

「み、妙高姉さんに…そんな人が…」

 

「ち、違うのよ羽黒。確かに…あの人の気持ちは嬉しかったけど…」

 

「そうだったんですね。先輩と妙高さんが…」

 

「で、ですから、それは誤解です!あの時の私は直前に足柄と羽黒を失って、それ所じゃなかったのですから…」

 

「…改めて、この鎮守府に新しく着任しました。妙高さん、那智さん、羽黒さん。これからよろしくお願いします」

 

「ええ、足柄共々よろしくお願いしますね」

 

「フッ、奴の後輩とあらば、この那智が責任を持って面倒を見てやらねばな」

 

「わ、私は、はぐっ…羽黒です。よ、よろしくお願いします」

 

「もう、はぐ羽黒ったら♪」

 

「み、妙高姉さん、からかわないで下さい!私は、はぐ羽黒じゃありません!」

 

「羽黒…はぐ羽黒は少し気弱な所があるが、気にしないでくれ「何で言い直したんですか?今、普通に言いましたよね!?」

 

「よろしく、はぐ…ろ」

 

「司令官さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、妙高型の艦娘寮。

いつもは思い思いに過ごす妙高達四姉妹も、今日ばかりは年頃の女の子のように、お喋りに夢中だった。話題は勿論、今日着任した提督についてだった。

 

「へえ~。あの提督、妙高姉さんの知り合いだったのね」

 

「知り合いと言う程でもないのよ、足柄。でも…そうね、私も彼が新しい提督に着任してくるなんて驚いたわ」

 

「でも妙高姉さんのお墨付きでしょ?それに何と言っても若い!これはポイント高いわよ!」

 

「そ、そうなんですか?足柄姉さん」

 

「当たり前よ、羽黒!中年とケッコンなんかしてみなさいよ。親の介護要員にされるのがオチよ!」

 

「〈く、詳しい…ちょっと引いちゃうかも…〉そ、そう言えば…私は知らないですけど、妙高姉さんが、あの司令官さんを助けたんでしたっけ」

 

「そうそう!私もそれ聞こうと思ってたのよ!」

 

「そうね、羽黒と足柄の二人は知らなかったわね。今から二年前…あの時は私と那智の二人しか居なかったわね」

 

「妙高姉さんと那智姉さんの二人?そう言えば私と羽黒は一年前に生まれたのよね」

 

「わ、私達はその時はいなかったんですか?妙高姉さん」

 

「ええ。あなた達二人は一年前に建造されたけど、二年前、ちょうどその時に一度沈んでいるの」

 

「羽黒、覚えてる?」

 

「い、いえ。まだ生まれて一年しか経ってないですから。私の前にも、もう一人の私が…」

 

「フッ、かく言う私も三年前に一度沈んでいるらしいがな。もう一人の私が居たなど…頭では解ってはいるが、こうして二人が復活する迄は私も信じられなかった」

 

「そう言われてみればそうよね。今はこうして四人揃ってるんだから不思議な気分よね」

 

「そうね。私も、また妹達が勢揃いするとは夢にも思わなかったわ」

 

「私達の中で一度も沈んでいないのは、妙高姉さんだけだ。頭が上がらんよ」

 

「へ~。妙高姉さん、凄いのね」

 

「たまたまよ、足柄。私なんて、あなた達が沈むのを指を咥えて見ていただけの情けない姉よ」

 

「そ、そんな事ないです!」

 

「そうよ、羽黒の言う通りよ。そんな事より続きを話してよ!」

 

「え、ええ…そうね。出来れば、あまり話したくはないのだけど…」

 

「どうしてですか?」

 

「ここからは私が話してやろう」

 

「那智…」

 

「別に隠す事でもなかろう。それに姉さんは話しづらいだろうからな」

 

「話しづらい?那智姉さん、何かあったの?」

 

「二年前の司令官…今日着任した司令官の前の前、先々代に当たるな。その司令官は妙高姉さんと恋仲だったのだ」

 

「え?何々♪恋の話?」

 

「落ち着け足柄。まあ、私が見るに悪い男ではなかった。私も祝福していたよ」

 

「それでそれで!?」

 

「只、世の中、良い事もあれば悪い事もある。羽黒、足柄、お前達二人が立て続けに轟沈してしまったのだ」

 

「そ、そうなんですね…私と足柄姉さんは、そこで一度沈んだんですね」

 

「ああ。それだけでも私達にはショックだったが…妙高姉さんに追い討ちをかけるように、その司令官の異動が決まったのだ」

 

「異動?何かしたのかしら?」

 

「それは解らんが、何の前触れもなく決まったのだ」

 

「妙高姉さん…かわいそう」

 

「そして異動当日、あの事件が起こった」

 

「あの事件…?それって…」

 

「そうだ、その司令官の船が深海棲艦に襲われたのだ」

 

「そ、それで、その司令官さんは亡くなったんですね」

 

「白露と時雨から連絡を受けて駆け付けた時には、もう船は沈没寸前だったそうだ…」

 

「そう…そんな事があったのね」

 

「時雨は今も司令官を守れなかった事を気にしているようだ。お前の所為ではないと言ってるのだが…」

 

「今の司令官さんは、その時に妙高姉さんが助けたんですね」

 

「ええ。私が駆け付けた時には、もう提督は…でも、今の提督を助けられただけでも良かったわ」

 

「妙高姉さん…」

 

「でも私その話は初めて聞いたわ。那智姉さんは知ってたみたいだけど」

 

「ご、ごめんなさいね。隠していた訳じゃないのよ。ただその…那智とはあなた達より付き合いが長いし、性格的にも私に似てると言うか…」

 

「まあ、確かに妙高姉さんと那智姉さんは大人っぽい美人系だしね」

 

「そ、そんな事///」

 

「ほう、私はクールな美人系か」

 

「(クールとは言ってないけど)羽黒、私達は可愛い系同士仲良くしようね♪」

 

「え…?」

 

「え…?」

 

「み、妙高姉さん!その時助けた青年が今度は私達の提督になるなんて、何かロマンチックで素敵ですよね!」

 

「羽黒…今、一瞬迷わなかった?」

 

「足柄、お前が聴いているラジオの、何だったか…そうだ、『君の(かた)は』みたいだな』

 

「羽黒、どうして目を()らすの?」

 

「(全く…)それはそうと…足柄。お前、今日はカレーを作るとか言ってなかったか?」

 

「あっ!姉さんの恋バナに夢中ですっかり忘れてたわ!ど、どうしよう…提督、お腹を空かせてるわ」

 

「しょうがない奴だな。まあいい、奴も社交辞令だと思っているさ」

 

「そ、そうよね…そ、それより妙高姉さん!続き聞かせてよ!」

 

「わ、私も聞きたいです(ホッ…)」

 

「べ、別に大した事はないわよ。その後、救助した提督を連れて帰っただけで…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈足柄さん、遅いな…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します…あら」

 

翌日の早朝。

妙高は提督が起きるであろうタイミングを見計らい執務室を訪れた。妙高は、もし提督が起きていなければ起こそうと考えていた。だが、そんな心配は余所に、彼女の目に映ったのは書類とにらめっこする提督の姿だった。

 

「あ、おはようございます、妙高さん」

 

「まだ寝ていると思ったのですが」

 

「引き継ぎの資料を色々と探してて」

 

「ふふっ、そんな事だろうと思って既に纏めてあります」

 

「ありがとうございます、妙高さん」

 

「もう、さん付けは止めて下さい。私は部下なんですから妙高で構いませんよ」

 

「そうは言われても、妙高さんは自分にとっては姉みたいなものですから」

 

「提督のお姉さん、ですか」

 

「そんなふうに思われるのは嫌ですか?」

 

「いえ、そんな事は。私は妙高型の長女ですし、慕って貰えるのは嬉しいですよ。それに艦娘は女しかいないでしょう?ですから、男の方に“お姉さん"と呼ばれるのは新鮮で楽しいですよ」

 

「これから頼る事になりますけど、よろしくお願いしますね」

 

「ええ。その代わり、ちゃんとお姉さんの言う事を聞くんですよ?ふふっ♪なんてね」

 

「ははは、俺の姉とそっくりですね」

 

「提督は、お姉さんがいるんですか?」

 

「ええ、今は出戻…独り身で両親と横須賀の実家で暮らしてますよ」

 

「そうなんですか。私は那智や足柄達には姉さんと呼ばれていますが、上に姉がいるのは、どんな気分なんでしょう」

 

「う~ん…妙高さんは一番上の長女に生まれて、どんな感じです?」

 

「私ですか?…そうですね、大変と言えば大変ですねぇ。三人共、性格が違いますから意見が別れるのは日常茶飯事ですし、誰の味方をしても後で他の姉妹をフォローしなくてはいけませんから…長女になんて生まれるんじゃなかったと思う時も有りますよ」

 

「俺の姉とは大違いですね。妙高さんの爪の垢でも飲ませてやりたいですよ」

 

「提督のお姉さんはどんな方なんですか?」

 

「子供の頃は散々泣かされましたよ。お菓子は取られるわ、妹が欲しいからってスカート履かされるわ、ガラスを割っても俺の所為にされるわ。今でも俺の事、子分か何かだと思ってますよ冒険書消されたのは絶対許さん

 

「ふふっ、羨ましいですね」

 

「ええっ?み、妙高さんも…那智さん達にそんな事してみたいんですか?」

 

「ち、違います!そうじゃなくって…提督さんも、お姉さんも本音でぶつかりあってるじゃないですか。それが羨ましいなって」

 

「本音…?」

 

「ええ。私は1番艦と言う事もありますが、艦娘として生きた時間も強さも三人より多少秀でています。姉妹の中では一番主張が強い那智でさえ、私の意見には決して逆らいません。

 

「私がワザと間違った事を言っても、私の言う事ならと従います。だから、提督みたいに姉妹(しまい)喧嘩をした事がないんです」

 

「そんな良い物じゃないですよ?」

 

「たまに那智と足柄がする姉妹喧嘩も本当は羨ましくって。一度でいいから『お姉ちゃんの馬鹿』って言われてみたくって…ふふっ♪おかしいですよね」

 

「少し解る気もします。俺も姉じゃなくて妹だったら、そんな事を言われてみたくなるかもしれないですね」

 

「あ、あの…提督。一つ、お願いがあるんですが…もしお嫌でなければ…お、お姉ちゃんの馬鹿って…言って戴けないでしょうか…」

 

「み、妙高さんにですか?」

 

「や、やっぱり…私をお姉さんと呼ぶのは抵抗が有りますか?」

 

「そ、そうじゃなくって…ここでは妙高さんの方が先輩に当たる訳ですから、その…」

 

「た、唯の遊びですから!一度でいいから姉弟喧嘩気分を味わってみたいんです!」

 

「そ、そうですよね。ちょっとした、おフザケですもんね。じゃあ…」

 

「は、はい!いつでもどうぞ!」

 

「妙高お姉ちゃんの…馬鹿!」

 

「はぅん!…ッッ///」

 

「どうです…?」

 

「こ、これは…な、何でしょう…護りたい気持ちが溢れてきます「それ人のセリフですよ!」

 

「か、体が高揚して…改二に目覚めそうです「そんなしょーもない理由で目覚めないで!」

 

「じょ、冗談です。ですが…中々に破壊力が有りますね。癖になりそうです…ハァ…ハァ…」

 

「…妙高お姉ちゃん…大丈夫?」

 

「ココロガ…カラダモ…「落ちついて!深海語になってるから!」

 

「な、長門さんが…駆逐艦を愛でる気持ちが…少し解りました…」

 

「変な扉開けないで下さい…あ、あの!俺からも、お願いが。お、お兄ちゃんの馬鹿って…言ってくれないですか?」

 

「わ、私が…ですか?私なんかより羽黒にでも言って貰った方が…実際、妹ですし」

 

「妙高さんに言って貰いたいんですよ。単なる、おフザケなんですから!ね?」

 

「は、はい…じ、じゃあ…言いますね」

 

「ど、どうぞ…!」

 

妙高が顔を真っ赤にして叫ぼうとした瞬間だった。ドアが開き一人の艦娘が二人の空間に割って入って来た。

 

「お、お兄ちゃんの…馬鹿!大っ嫌「提督!昨日はごめん…え?」

 

「へっ?」

 

「あ、足柄?」

 

「あ、あれ…今、お兄ちゃんって。それに馬鹿とか…」

 

「ち、違うのよ足柄!これには事情があるの!」

 

「そ、そうなんだ!別に喧嘩してた訳じゃなくて!」

 

「あ~…う、うん。大丈夫!二人がそういう仲だって事は誰にも言わないから!」

 

「そういう仲って何!?」

 

「ほ、ほら…出来る女程、二人っきりの時は甘えん坊になるって言うか…」

 

「だ、だから違うのよ足柄!今のは、ちょっとした冗談なの!」

 

「あ、そういう事ね」

 

「そ、そうそう。そうなんだよ足柄さん」

 

「え、ええ。そうなの…本当に」

 

「そういう"ぷれい“なのね♪」

 

「「違うわ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、行って参ります」

 

「ええ。気を付けて、妙高さん」

 

「あら、私には言ってくれないの?」

 

「もちろん足柄さんも。帰って来たら一緒にカレー食べましょう」

 

「うふふ、そうね!腕に()りを掛けるから期待しててね!」

 

ある日の早朝。

その日は妙高と足柄の二人が任務に就いていた。港で二人の姿が見えなくなる迄見送った提督は、朝食でも摂ろうと間宮食堂へ向かう事にした。

堤防を乗り越えると、彼と同じように見送りでもしていたのだろうか、一人の駆逐艦が座っていた。

 

「時雨、お前も見送りか?」

 

「うん。それもあるけど、僕は海を眺めるのが好きなんだ。何て言えばいいのかな…とても心が落ち着くんだ」

 

「それは奇遇だな。俺もだよ」

 

「本当?」

 

「ああ。海を見てると、悲しい事や嫌な事を洗い流してくれるみたいで」

 

「…!そうなんだよ、僕もそうなんだ!」

 

「時雨にも嫌な事は、有ったりするのかい?」

 

「むぅ…提督は僕の事を何だと思ってるのさ。僕だって悲しい時はあるよ?」

 

「ああ、ごめん。そんな意味じゃないんだ。妙高さんからも時雨は明るくて良い子だって聞いていたから」

 

「…そうだね。でないと、あの人も悲しむから」

 

「あの人?」

 

「ねえ、提督。少し時間有るかな?」

 

「大丈夫だけど…何故?」

 

「案内したい場所が有るんだ」

 

 

 

 

 

 

 

「…ここは」

 

提督は時雨に案内され、鎮守府の裏に隠れるように作られた一区画に来ていた。そこは共同墓地のような物で、庭園の中に石碑が建てられていた。石碑には轟沈した者の名前だろうか、幾つかの名前が彫られていた。

 

「鎮守府の裏庭に、こんな所が」

 

「驚いた?ここは僕たちの仲間を弔う為に作られた場所だよ」

 

「弔う?」

 

「提督の言いたい事は解るよ。僕たち艦娘は轟沈しても、せいぜい艤装の欠片位しか残らない。これは人間の真似事みたいな物だよ」

 

「そうか…そうだな。例え欠片しか残らなくても、誰かに弔ってもらえば、きっと本人も満足しているよ」

 

「本当…?本当にそう思う?」

 

「ああ。もし俺に何かあったら誰かに、こんな形で弔って貰えたら嬉しいかな」

 

「ふふ、その時は僕が、お墓参りに来てあげるよ」

 

「それは嬉しいが、まだ死ぬ予定はないんでね。気持ちだけ貰っておくよ」

 

「僕もそんな事はしたくないかな」

 

時雨はその場にしゃがむと手を合わせた。提督が石碑を見ると、そこには“白露"と文字が刻まれているのが判った。

 

「これは…時雨のお姉さんの名前か」

 

「うん。でもね、提督に見せたかったのは、その隣の墓なんだ」

 

「隣…これは」

 

石碑の隣に並ぶように立つ小さな墓。そこには彼がよく知る人物の名が掘られていた。

 

「気付いた?以前の提督の墓だよ。と言っても本当の墓じゃないけどね。提督の遺品を幾つか埋めてあるだけだよ」

 

「そうか…先輩は本当に慕われていたんだな。後輩として嬉しいよ」

 

「あの人の事は僕も好きだったからね。ただ、彼は妙高さんの事が好きだったけど」

 

「話を聞くに、どうもそうだったみたいだね」

 

「この墓も妙高さんが作ったんだ。妙高さんも、あの人の事は好きだったからね」

 

「そうか…少し妬けるかな」

 

「ねえ、提督は人の想いは残るって思うかい?」

 

「どうしたんだ、急に」

 

「ごめん、変な事を聞いて。これ、何だか判る?」

 

時雨は懐からオレンジ色のバンダナを取り出した。

 

「それは…髪留めかな」

 

「うん、白露姉さんの物だよ」

 

「白露の?」

 

「僕たち艦娘は、轟沈すると体が…それこそ霧のように消えて無くなる。艦娘は身に着けている物全てが体の一部のような物だから、艤装から何から全て無くなる筈なんだ。

 

「でも、白露姉さんの髪留めだけは、こうして消えずに残っているんだ。ねぇ、提督。これって、白露姉さんが僕に何かを言いたかったって事なのかな…」

 

「それは…俺には解らないが、もしかしたらそうなのかもな。時雨も、その髪留めを見る度に白露を思い出すだろう?もしかしたら、自分の事を忘れないでって伝えたかったのかもな」

 

「…やっぱりそうなんだ。姉さんは僕を恨んでるんだ。これは姉さんが僕を許さないって証なんだ」

 

「な、何の話だ?」

 

「ねえ提督!教えてよ!姉さんはどうしたら僕を許してくれるの?お願いだよ提督!僕はどうしたら許して貰えるの!?」

 

「し、時雨!落ち着け!」

 

「…あっ!ごめんね、急に取り乱しちゃって…本当にごめんなさい」

 

「い、いや、別に構わないが…時雨、お前と白露に何かあったのか?良かったら俺に話してくれないか?」

 

「…僕を助けてくれるの?」

 

「助けになるかどうかは解らない。でも、悩みってのは誰かに話す事で楽になる事もある。時雨、俺で良ければ話してくれないか?」

 

「…ありがとう。でも、これは僕の問題だから。あっ、提督の事を信用してない訳じゃないんだ!本当だよ!」

 

「今はそれでも構わないよ。でもな時雨。俺は縁があってこの鎮守府に来たんだ。きっと、お前とも縁が有るんだよ。だから心の整理が付いたら話してくれ」

 

「うん…うん。参ったな…僕、提督の事好きになっちゃいそうだ」

 

「はは、こんな年下の可愛い子に面と向かって言われると照れるな」

 

「か、可愛いって…もう!からかわないでよ!でも…縁が有る…か。そうかもしれないね」

 

「…?」

 

「提督…僕は本当に提督の事を信じていいのかな」

 

「ああ。さっきも言ったが、幾つもある鎮守府の中から俺がここに来たのは、きっと時雨とも縁が有ったからなんだよ。だから俺も時雨に好きになって貰えるように頑張るよ」

 

「そ、そんな事言われると…照れるよ」

 

「フフッ」

 

「でも…あの人も最初は、そう言ってくれたのに…」

 

「時雨…?」

 

「あ、ごめんね、付き合ってくれて。僕は先に帰るよ」

 

「ああ、また後でな」

 

「あっ、それとここに来た人は何故か原因不明の頭痛に悩まされるんだ」

 

「えっ?」

 

「足柄さんは、沈んだ艦娘の祟りなんて言ってたけど本当かな?」

 

「ええっ!?」

 

「もしかしたら、生きている僕達が許せないのかもしれないね。じゃあね!」

 

「ま、待ってくれ時雨!どうしたら!どうしたら俺は許して貰えるの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼下がり。

実務の気晴らしに一息吐こうと庭に出た提督の耳に、艦載機のプロペラ音が届いた。見れば、何人かの艦娘が海で演習をしているようだ。その中には時雨もいるようで、赤城の放つ艦載載から逃れるべく右へ左へ巧みに駆け回っていた。

 

「どちらを応援しているのだ?」

 

振り返れば、同じように興味を引かれたのだろうか、那智が演習を眺めていた。

 

「いや、どちらって訳でもないですが。でも時雨は強いな。卯月や睦月とは…こう、動きが違う」

 

「それはそうだろうな。時雨は妙高姉さんや赤城と同じで一度も沈んだ事がない。艦娘としての経験なら私より上だろう」

 

「那智さんよりも…?」

 

「何だ?何かおかしいか?」

 

「い、いや…少し不思議だと思って」

 

「と言っても、足柄や羽黒と同じで一度沈んでいるだけで、以前にも那智(わたし)は居たらしいがな」

 

「そうなんですか…」

 

「何でも三年前に私は轟沈したらしいが、何故沈んだかは妙高姉さんも赤城も教えてくれんのだ」

 

「妹が沈んだ時を思い出すのは辛いんでしょう」

 

「かもしれんな。時に提督よ…貴様に一つ、聞きたい事が有るのだが…」

 

「何です?」

 

「私の顔は…そんなに怖いだろうか?」

 

「え、そ、そんな事は…一体どうして」

 

「うむ…どうも私は駆逐艦に避けられている気がしてな。特に卯月と睦月の二人は私の顔を見るなり『ごめんなさい』『許して下さい』と逃げ出す始末だ。私が一体何をしたと言うのだ…」

 

「那智さんは妙高さんと同じ重巡と言う事で、皆から頼りにされていると聞いてます。何かと重圧も多いでしょうから、少し表情が険しくなってしまうのでは…」

 

「確かにそれも有るが…その割には妙高姉さんや赤城には、いつも駆逐艦達が寄ってくる。やはり顔が怖いのだろうか…」

 

「で、でも那智さんも駆逐艦の子が嫌いな訳じゃないんですよね?」

 

「当たり前だ!私とて駆逐の子は妹のように思っている。もし、あいつ等を泣かせるような事をしてみろ…楽には沈ませんぞ…!」

 

〈あ、原因判った…〉

 

「な、那智さん。妙高さんや赤城さんは、いつも笑顔じゃないですか!少し笑ってみては?」

 

「成る程…つまり、こうか?(ニタァ…)」

 

「怖いです!口角上げすぎですよ!」

 

「そ、そうか。な、なら…(フフン)」

 

「怖くないけど、物凄い見下されてる気になります!」

 

「な、ならどうすればいいんだ!」

 

「そ、そうですね…あ!赤城さんが御飯食べてる時って凄い嬉しそうじゃないですか!アレですよアレ!」

 

「な、成る程…つまりこうだな!(ハーッハッハッ!)」

 

「さっきより酷いですよ!俺が駆逐艦なら泣いて命乞いしてますよ!」

 

「き、貴様ァ!そんなに言うなら貴様が手本を見せてみろ!もし出来なかったらタダではすまんぞ!」

 

「だから、そういう所ですって!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

那智さんやっぱりいぴょん

 

大丈夫卯月ちゃん睦月がついてるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します。妙高、只今帰投しました。足柄は中破してしまったので、入渠させておきました」

 

数日後、任務を終えた妙高が提督の許を訪れた。彼は何やら書き物をしているようだが、妙高が見るに、それは書類の類いではないようだった。

 

「それは…手紙ですか?」

 

「ええ。少し時間が出来たので、実家と先輩の家族に報告でもしておこうと思いまして」

 

「あの人の…ご家族にですか」

 

「たまたま書類を片していたら先輩の住所が判ったので。良い機会だから序に出しておこうかなと」

 

「そうですか…良ければ私が出しておきましょうか?」

 

「そうですね、お願いします。先輩と言えば、以前足柄さんが話してましたね。先輩と妙高さんは特別な仲だったとか」

 

「そ、そんな仲じゃ…」

 

「違うんですか?」

 

「…そうですね、もう二年も前の事ですから。はい、少し…ほんの数日間ですが、あの人とは親しいお付き合いをしていました」

 

「数日間…?」

 

「はい。あの人から将来を共にしたいと告白されて…私もそこまで言ってくれるならと、お付き合いする事にしました。ところが、それから数日もしない内に、この話はなかった事にしてくれと言われて…」

 

「え…何かあったんですか?」

 

「それは分かりません。ただ、そのすぐ後に足柄と羽黒の二人を失い、私もそれどころではありませんでした。ですから私にも原因が有るんです」

 

「そ、そうですか。先輩に何が有ったんでしょう」

 

「もしかしたら気が変わったのかもしれませんね。私には足柄のような愛嬌も無ければ、羽黒のような可愛げも有りません。私を好きになるなんて、考えてみればおかしな事なのかもしれませんね」

 

「そんな事はありません!」

 

「て、提督…?」

 

「す、すみません。でも妙高さん、この際だから俺も言います。妙高さん、俺はあなたに会う為に、この鎮守府の提督になりました」

 

「て、提督、それはどういう…」

 

「二年前の…船が襲われた日の事を覚えていますか?」

 

「は、はい。あの人が亡くなった日ですよね」

 

「ええ。俺にとっては生涯忘れられない日になりました」

 

「確かに、あんな目に遭っては忘れる事は出来ないかもしれませんね」

 

「違いますよ。俺が忘れられないのは、あの日初めて、あなたに会った事がです」

 

「私に…会った事?」

 

「はっきり言います。妙高さん、俺はあの日、あなたに一目惚れしたんです」

 

「えっ…ええっ?わ、私に…ですか?」

 

「はい。俺は今でもあの時の事を昨日の事のように覚えています。死にかけていた俺を救ってくれた妙高さんの顔を」

 

「て、提督…」

 

「あの日から俺の頭の中はあなたでいっぱいでした。最初は唯の感謝だと思っていました。でも月日が経つにつれ、この感情が唯の感謝じゃないと判ったんです。俺は…あなたの事が好きなんだと」

 

「そ、そんな…からかわないで下さい」

 

「からかってなんかいません!俺の気持ちが嘘だって言うんですか?」

 

「そ、そうじゃありません。提督のお気持ちは嬉しいです。ですが…急にそんな事を言われても、どうしていいか…」

 

「そ、そうですね。いきなりこんな事言われても困りますよね。でも妙高さん、これだけは覚えておいて下さい。俺の妙高さんに対する気持ちは本物です」

 

「提督…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、味はどう?」

 

「うん、美味しいです」

 

とある昼下がり。

提督は執務室で足柄、羽黒の二人と供に足柄のカツカレーを食べていた。足柄が自信を持っているだけあり、提督は彼女のカレーに舌鼓(したつづみ)を打っていた。

 

「良かった~。今回のは私も自信あるのよ」

 

「うふふ、良かったですね、足柄姉さん」

 

「俺も沢山食べてきましたけど、その中でも一番ですよ。何か隠し味とか有るんですか?」

 

「そうねぇ、隠し味にボーキサイトをちょこっとね「ええっ!?」

 

「もう、姉さんったら♪」

 

「な、何だ冗談か。びっくりしたな」

 

「…」

 

「冗談…ですよね」

 

「ほら、早く食べて!冷めちゃうわよ!」

 

「あの…否定してくれないかな」

 

「姉さん、よく言ってますもんね。料理は愛情って」

 

「…それはそうと、時雨の事なんですが」

 

「時雨が、どうかしたの?」

 

「ええ。前に艦娘達の慰霊碑に案内して貰ったんですが、妙な事を言っていたので。姉の白露が自分を恨んでるとか」

 

「そう、時雨がそんな事を…」

 

「時雨ちゃん、まだ気にしているんですね」

 

「何か知っているんですか?」

 

「私達も妙高姉さんから聞いただけよ。その時は、私も羽黒も直前に沈んでいたらしいから」

 

「良ければ教えてくれませんか?」

 

「そうねぇ…二年前だったわね。確か…当時の提督を船で送って…だったわよね、羽黒」

 

「え、ええ。その時の司令官さんを時雨ちゃんと白露ちゃんが護衛していたって聞いています」

 

「その時に…時雨に何か有ったって事ですか」

 

「そうみたいね。妙高姉さんが言うには、提督の船を守れなかったみたいね。その時に白露も沈んだらしいわ」

 

「その…妙高姉さんが駆け付けて、時雨ちゃんだけは助かったみたいです。ただ、司令官と白露ちゃんは助けられなかったって言ってました」

 

「時雨は、白露を助けられなかったのを自分の所為だと思ってるんじゃないかしら」

 

「そうか…そんな事が…」

 

「確か貴方(あなた)も居たのよね。何か覚えていないの?」

 

「ええ。妙高さんに助けられた所までは覚えてるんですが」

 

「羽黒に聞いたけど、その時の傷が残ってるのよね」

 

「ええ、見ます?」

 

「ちょっ…!ち、違うわよ!別に見せて欲しいって意味じゃないわよ!」

 

「はあ…」

 

「ま、まあ?見せたいって言うなら…私は別に構わないけど?」

 

「いえ、別に見せびらかす物でもないですから」

 

「そ、そうよね!…そう

 

「で、でも、白露ちゃんって、どんな子だったんでしょうね。私も足柄姉さんも会った事ないですから」

 

「白露って言えば…提督。貴方、あの慰霊碑に行ったのよね?」

 

「え、ええ…それが何か」

 

「…ううん、何もないなら構わないの。ただ、あそこに行ってから暫く妙な事が起きたから」

 

「妙な事?」

 

「戦いの最中に艤装が急に重くなったり、後ろに人の気配を感じたり…」

 

「ね、姉さんもですか?私も駆逐艦の点呼を取ったら、何度数えても一人多かったり…」

 

「そ、そう言えば時雨もそんな事言ってました!あ、足柄さん、俺、だ、大丈夫ですよね?」

 

「だ、大丈夫よ!いやぁねぇ!…それはそうと、貴方、食べるの早いわね。もう食べちゃったの?」

 

「え?まだ半分しか…あれ?」

 

「ね、姉さん!カレーが入ってる鍋が空なんですけど…」

 

「は、羽黒…アンタ髪飾りはどうしたの?さっきまで…付いてたわよね…」

 

「「「……」」」

 

「失礼します」

 

「きゃっ!」

 

「な、何だ妙高姉さんか…驚かさないでよ」

 

「…何の事?」

 

「あ、何でもないです!こっちの話です」

 

「はあ…あら、カレーを食べてるのね」

 

「え、ええ!妙高姉さんも食べる?」

 

「私はいいわ。その子にあげてちょうだい」

 

「…へ?」

 

「その子…?み、妙高さん…何を言って…」

 

「あなた、見ない駆逐艦ね。名前は何て言うのかしら」

 

「「「……」」」

 

「しっれいかん♪あっそびに来たぴょん」

 

きゃあああっ

 

「うびゃあ!!」

 

提督、足柄、羽黒はドアを開けた卯月を撥ね飛ばす勢いで一目散に部屋から飛び出して行った。驚いて尻餅を突いた卯月と妙高は、何が起きたかも解らず互いに顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、提督「わっ!!」

 

「ひゃっ!」

 

「な、何だ時雨か。びっくりしたな」

 

「それは僕のセリフだよ。人の顔見るなり大声出して。僕の顔そんなに怖いかな」

 

「す、すまん」

 

墓地で手を合わせていた提督が振り返ると、時雨が驚いた顔をしていた。提督を驚かそうと足音を立てずに近付いてきたのか、彼は全く気配を感じなかった。

ふと、時雨が目をやると、慰霊碑には提督が持ってきたであろう、線香とコップが置かれていた。

 

「それはジュース?あ、そのチョコ、白露姉さんが好きなヤツだよ。どうして提督が知ってるんだい?」

 

「う、うん…足柄に教えて貰ったんだよ。白露はこれが好きって聞いたから」

 

「そうだね。きっと白露姉さんも喜んでるよ」

 

「あ、ああ…だと嬉しいよ本当

 

「でも、どうして急に…何かあったの?」

 

「いや、何もないよ。そんな事より時雨。二年前、お前に何が有ったか、だいたいの話は聞いたよ。俺の先輩と白露を守れなかった事を後悔してるって」

 

「誰に聞いたの…まさか、妙高さん?」

 

「いや、足柄と羽黒だが」

 

「そう…うん、そんな所だよ。でもね…それだけじゃないんだ」

 

「それだけじゃ…ない?」

 

「僕はあの人の事が好きだった。あの人も僕の事を好きって言ってくれた。でも、ある日僕は気付いたんだよ。あの人の好きと僕の好きは同じじゃないんだって…

 

「あの人は僕の事なんて妹位にしか思ってなかったんだよ。それなのに僕は一人で舞い上がっちゃってさ…アハハ♪馬鹿みたいだよね」

 

「し、時雨…そんな事は…」

 

「嘘だっ!どうせ君も僕の事なんて、妹か娘位にしか思ってないんだろう!?」

 

「そ、それは…」

 

「…ッ!何さ、こんな物っ!」

 

時雨は慰霊碑に振り返ると、並べてあるコップを蹴り上げた。

 

「し、時雨っ!何をするんだ!」

 

「あんな人沈んで当然だ!こんなに好きだって言ってる僕を捨てて!姉さんだってそうだ!あんな人を庇って!沈んじゃえ!沈んじゃえ!!みんな沈んじゃえばいいんだ!!」

 

「時雨、止めるんだ!沈んだ皆が見てるぞ!」

 

「…あっ!ち、違うんだ!今のは本当に違うんだ!ごめんなさい」

 

「あ、ああ。少し気が高ぶっていたんだろ」

 

「ねえ提督、お願いだよ、僕の事を嫌いにならないで!僕は妙高さんと違って提督を不幸にさせたりしないよ!僕は我が儘なんか言わないから!だから、お願い、僕の側に居てよ!」

 

「不幸?何故、妙高さんと居ると不幸になるんだ?」

 

「だって、そうじゃないか!あの人は妙高さんを好きになったから死んだんだ!あの人だけじゃない!あの人の…ううわああっ!!」

 

「し、時雨、落ち着け。俺はどこにも行ったりしないよ」

 

「…本当に?信じていいの?」

 

「あ、ああ。だから墓を戻そう。白露も悲しんでるぞ」

 

「うん…そうだね。ごめんなさい…」

 

二人は散らかった線香や供え物を拾うと、再び慰霊碑に供えた。時雨は涙目で姉さん、ごめんと何度も呟いていた。

 

〈僕の好きと、あの人の好きは同じじゃない…か。確かに当たってるな〉

 

〈それに妙高さんを好きになると不幸に…?唯の嫉妬だとしても嫌な事を言うな…〉

 

時雨も決して悪い子ではないのだと、提督も理解している。だが、時折見せる彼女の情緒不安定さに距離を取った方が良いのではと、彼の心が無意識に告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか…時雨ちゃんが、そんな事を…」

 

執務室に戻って来た提督は、たまたま部屋に居た妙高に墓地で起きた事の顛末を話していた。妙高も驚きはするものの、時雨の奇行について何となく察しているようだった。

 

「驚きましたよ。時雨はよっぽど前の提督が好きだったんですね」

 

「そうですね。私とも表面上は仲良くしています。ですが、本心では含む所が有るのかもしれませんね」

 

「かもしれませんね…ところで、どうしました?何かお話でも?」

 

「ああ、忘れていました。これを」

 

妙高は一通の封筒を差し出した。そう言えば実家と先輩家族に手紙を出したな、と彼は思い出した。てっきり返事の手紙だろうと思ったそれは、開封されずに戻って来た先輩家族宛の手紙だった。

 

「これは…『配達不可』?住所が違ったのかな」

 

「今は受け取る事が出来ないのでは…」

 

「分かりませんが…後で問い合わせてみますよ」

 

「それと…こ、この間のお話なんですが…」

 

「この間の…は、はい!」

 

「提督さんのお気持ちは…本当でしょうか」

 

「ええ。前にも言いましたが、俺がこの鎮守府に…提督を目指したのは妙高さん、あなたに会う為です。この二年間、あなたへの気持ちが変わる事はありませんでした。

 

「今すぐにとは言いません。でも、俺の事をもっと知って欲しいです。もっと俺の事を…好きになって欲しいです」

 

「実は…私も、あなたには、その…運命のような物を感じているんです」

 

「運命…?」

 

「はい。あの事故で助けた方が、今こうして私の目の前に居る。しかも、あの人の後輩…もしかしたら、あの人が私とあなたを引き合わせたのでは、と…」

 

「俺では…先輩の代わりには成りませんか?」

 

「そ、そんな事はありません!こんな私を慕って、ここまで来てくれて…女として、これ程嬉しい事はありません。それに…お恥ずかしいのですが、提督のお気持ちを聞いたあの日から、寝ても覚めても提督の事が頭から離れないんです…」

 

「じゃ、じゃあ…」

 

「はい。提督…わ、私も…提督の事を…お慕いしています」

 

「妙高さん…」

 

「ですが…私は、この鎮守府では最古参です。それに、私より可愛げのある方は幾らでもいます。本当に…本当に私なんかで良いのですか?」

 

「はい。俺は妙高さんがいいんです」

 

「提督…あっ」

 

提督は妙高に近付くと、強引に抱き寄せた。一瞬警戒した妙高だったが、すぐに体の力を抜き彼に身を任せた。

 

「すぐには無理かもしれません。でも、俺の気持ちが本物だって、これから証明してみせます」

 

「信じても…いいんですよね?」

 

「はい」

 

「ありがとうございます。実は…私はまだ、この気持ちが本物なのか半信半疑なんです。ですが、私は自分を信じています。この気持ちが…あなたを慕う気持ちが本物だと、必ず証明してみせます。

 

「そして、その時は…私の身も心も…全てをあなたに捧げます」

 

「俺も…そのつもりです」

 

「はい…」

 

やがて二人は、どちらからともなく唇を重ねるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、大変だぴょん!睦月ちゃん、時雨ちゃん、うーちゃん、凄い物見ちゃったぴょん!」

 

「どうしたの卯月ちゃん」

 

「し、しれいかんと妙高さんが…ちゅ~してたぴょん!」

 

「にゃしい!?」

 

「…」

 

「う、うーちゃん、しれいかんとお話ししようと思ってたら、部屋で誰かと話してたぴょん。うーちゃん、こっそり覗いたら、しれいかんと妙高さんが…ちゅ~してたぴょん!」

 

「はわわわ…///」

 

「あの二人は二年前から知り合いみたいだからね、見守ってあげなよ」

 

「う、うん。あ、時雨ちゃん、どこへ行くぴょん」

 

「少し散歩してくるよ。二人共、先に寝てていいよ」

 

「あ、時雨ちゃん…」

 

「…時雨ちゃん、今日は少し変だぴょん」

 

「まさか…時雨ちゃん」

 

「時雨ちゃんが、どうかしたのかぴょん」

 

「妙高さんの事が好きだったんじゃ!」

 

「そんな訳ないぴょん…時雨ちゃんはしれいかんの事が好きなんだぴょん」

 

「まさか、那智さんと妙高さんを巡って三角関係?」

 

「何でそこで那智さんが出てくるの!?じゃなかった、ぴょん。そこはしれいかんだぴょん!」

 

「そ、そうね。ニシシ♪こんな痴情の(もつ)れなんて二年振りだからワクワクしちゃう///」

 

「睦月ちゃん、三年前と比べて大分キャラ変わったぴょん」

 

「卯月ちゃんだって三年前の提督が鹿島さんと駆け落ちした時、興奮してたぴょん」

 

「人の口癖取るなだぴょん…あのしれいかんは卯月も好きだったから驚いてただけぴょん」

 

「卯月ちゃん、私達も応援しようね!」

 

「応援…誰をだぴょん」

 

「那智さん!」

 

「そこは時雨ちゃんでしょ!…ぴょん」

 

「卯月ちゃんって睦月と居る時は普通に喋るよね」

 

「睦月と居るとキャラがブレるからイヤぴょん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、提督や妙高の仲に水を差すように、ある指令が下された。とある海域に大規模な深海棲艦が出現したので、大至急奪回するようにとの事だった。提督も妙高達も明日の出撃に備えて準備に取り掛かったが、足柄だけは偶然小耳に挟んだ情報に明日の出撃も忘れる程興奮していた。

 

「ちょっとちょっと!妙高姉さん!」

 

「どうしたの、足柄」

 

足柄は、けたたましく部屋に入って来ると、目を輝かせて妙高に尋ねた。

 

「妙高姉さんと提督の噂、ホント?」

 

「噂?何の話だ、足柄」

 

「何の話だじゃないわよ、那智姉さん!睦月に聞いたのよ!妙高姉さんが提督に…こ、告白されたって!」

 

「ええっ!!」

 

「ほう…」

 

「あ、あら?羽黒はともかく、那智姉さんは驚かないのね」

 

「そんなもの二人を見ていれば解るだろう」

 

「あ、わ、私も何となく…」

 

「えっ?羽黒も!?」

 

「ふ、二人で話しているのを何度も見ましたから」

 

「もしかして…気付いてなかったの、私だけ?」

 

「足柄、お前そういった話に目敏い癖に、いざとなると鈍いな」

 

「う、うっさいわね!提督以外の男性と話した事ないんだもの、そんなの解る訳ないじゃない!姉さんだってそうでしょ!?」

 

「いや、私は大本営で何度か…」

 

「えっ?」

 

「羽黒も搬入に来た軍の若い男に口説かれていたな」

 

「ち、違います那智姉さん!どこに置けばいいか聞かれただけで…ほ、本当ですっ!」

 

「も、もしかして…提督以外の男性と話した事ないのって…私だけ?」

 

「だ、大丈夫よ足柄!駆逐艦の子も提督以外の男の人と話した事ないから!」

 

って駆逐艦レベルあ、それはそうと、どうなの姉さん!睦月の言ってた事、本当なの!?」

 

「そ、それは…その…」

 

「姉さん!姉妹で隠し事は無しよ!!」

 

「…ええ」

 

「ひゃあ~///」

 

「じ、じゃあ本当なのね?那智姉さん」

 

「私…?私がどうかしたのか?」

 

「妙高姉さんを取り合って提督と三角関係って」

 

「何の話だ!そんなもの嘘に決まってるだろう」

 

「そ、そうよね。妙高姉さんと那智姉さんって、どこぞの高速戦艦と同じなのかと思ったわ」

 

「そ、そんな事ある訳なかろう!そんな訳…///」

 

「そうなの?那智」

 

「い、いや!妙高姉さんが嫌いという訳ではないんだ!た、ただ…我々は女同士だし…そう言った事は…不健全だと…」

 

「私は別に構わないのだけれど…」

 

「ええっ!い、良いのか!?…じゃなくって!ね、姉さんもからかわないでくれ」

 

「ふふっ、那智、たまには姉さんに甘えてもいいのよ♪」

 

「ね、姉さん!」

 

「その…足柄、ごめんなさいね」

 

「へ?どうして私に謝るの?」

 

「いえ…その…あなた、男性との出会いがどうとか何時も言ってるから…」

 

「ふふっ、そんな事気にしてないわよ。姉さんが幸せなんだもの、素直に祝福するわよ」

 

「そうですよ、妙高姉さんは今まで頑張ってきたんです。少しは報われるべきですよ」

 

「羽黒…」

 

「…ところで姉さん。提督って"妙齢の"同僚とか、いるのかしら?」

 

「あ…そ、そうね。知り合いがいるそうだから、食事の機会でも作って貰うわ」

 

「え~♪別に催促した訳じゃないのよ~?でも?断ったら妙高姉さんと提督の顔潰しちゃうし?会う位はいいかしら」

 

「足柄、今はそんな時じゃないだろう」

 

「何言ってるの那智姉さん!花の命は短いのよ?今から準備して三人共素敵な随伴艦(カレシ)をゲットするのよ!」

 

「おい、もしかして私も出席するのか?」

 

「わ、私も出るんですか?」

 

「大丈夫よ、那智姉さん綺麗だもん!きっとモテるって!羽黒は…無理にとはわないわ

 

「…お前、羽黒が居たら負けると思ってないか?」

 

「しょうがないじゃない!私が男だったら絶対羽黒狙うもん!それに合同演習(合エン)は戦場よ?自分より可愛い子連れてく馬鹿なんていないわよ!」

 

「…つまり私は、お前より可愛くないから安心だと」

 

「あ!ち、違うのよ!な、那智姉さんは…そう!重巡系の顔じゃない?わ、私と羽黒は那珂みたいな軽巡系だからキャラが被っちゃうかなって…テヘッ♪」

 

「私って、そんなに童顔でしょうか…」

 

「お前は間違いなく重巡系だがな。それはそうと姉さん。姉さんは奴の事をどう思っているのだ?」

 

「そうね…今だから言うけど、実は前の提督の事は、それほど好きにはなれなかったの。あの人も途中で心変わりしてしまったしね」

 

「あの時は足柄と羽黒が沈んで、()(どころ)ではなかったからな。仕方ないさ」

 

「ええ…でも、恥ずかしいのだけど、今の提督は、きっと私の事を受け入れてくれると思うの」

 

「羽黒、扇風機付けて。急に暑くなってきたわ」

 

「うう…やっぱり断るべきかしら」

 

「あ、ごめんなさい!そんなつもりじゃなかったの!お似合いよ、是非受けるべきよ!」

 

「演習の話が無くなるのが嫌なだけだろう」

 

「うっさいイケメン」

 

「だ、だから…提督も同じだと信じてるの」

 

「きっとそうですよ、姉さん」

 

「ええ…あの人は私の気持ちに応えてくれなかった。でも、今度は…」

 

「気持ち…?」

 

「ふふっ。那智、足柄、羽黒。あなた達にも協力して貰う事になるわ」

 

「…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の昼下がり。

提督は調べ事をしていた。以前送り返されて来た先輩家族宛ての手紙についてだった。大方、自分の記憶が間違っていたのだろうと考えた彼は、直接軍へ電話をかけ住所を尋ねる事にした。

 

「あ、もしもし、私こちらの鎮守府の…はい…の住所を教えて頂きたいのですが…」

 

『はい、少々お待ち下さい…その住所で合っていますよ』

 

「え…ですが、戻って来てしまったのですが」

 

『…もしかして、ご存じないのですか?』

 

「…?何をです?」

 

『その方のご両親は、二年前に火事でお亡くなりになっていますよ』

 

「…ええっ?」

 

『ですから、その住所に送っても誰も居ませんよ』

 

「…そうだったんですか」

 

〈二年前と言えば先輩が亡くなった時と同じだ。同じ時期に亡くなるなんて気の毒に…〉

 

『それにしても酷い事件でしたね』

 

「酷い…何の話です?」

 

『何でも強盗か何かに押し入られて刺殺されたそうです。警察が言うには、盗る物が無かった腹いせに火を付けたらしいですよ。酷い奴もいたもんですよ』

 

「そ、そうですか。それは知りませんでした」

 

〈そんな事があったのか…全く知らなかった。自分も戦死して両親も殺されたなんて…先輩も、さぞ無念だろうな〉

 

〈…家族か。俺も今回の作戦が終わったら、実家に帰ってみるかな。姉貴はまだ実家に居るのかな…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…以上が編成だ」

 

提督の説明を受けた艦娘達は、数時間後の出撃に備えて準備に取り掛かった。そんな中で提督はある艦娘の様子が気になっていた。時雨だった。

彼女は提督の説明中も上の空で、心ここに有らずといった感じだった。以前の錯乱した時雨を思い出した提督は、どうにも心配になり彼女の跡を追った。周囲の艦娘達に時雨を見掛けなかったか聞いて回るも、誰も見掛けた者はいない。

もしや、と彼はある場所へと向かった。彼の予想は正しかったようで、時雨はその場所に佇んでいた。

 

「やっぱりここだったか」

 

「…提督」

 

小雨が降り始めた墓地で、時雨は傘も差さずに墓を見つめていた。

 

「どうしてここに?」

 

「何となくだよ。少し思い詰めた顔をしていたから気になってな」

 

「そう…」

 

「時雨。以前、白露が自分を恨んでいるとか言っていたろう。そろそろ話してくれないか?何故お前が悩んでいるのか解らないと、俺も何も出来ない」

 

「…そうだね。でも、本当は言いたくなかったんだ。もし知れば、きっと僕の事を嫌いになるから」

 

「時雨の事を…嫌いに?」

 

「うん。だってそうでしょ。僕の所為で、あの人は…提督の先輩は死んだようなものだから」

 

「…時雨、それはどういう意味なんだ?」

 

「二年前のあの日、あの人が僕達の許を去る事になった。僕と白露姉さんが護衛に就いてね」

 

「…」

 

「その後どうなったかは、提督も知ってるよね」

 

「…深海棲艦に襲われた」

 

「うん。本当なら僕と白露姉さんで守る筈だった。でも…僕は…僕は…ッッ!」

 

「お、おい時雨。一体どうし…」

 

「白露姉さんを撃ったんだ!」

 

「なっ…」

 

「前にも言ったよね。僕は、あの人の事が本当に好きだったんだ。でも、あの人の心は妙高さんに向いていた。あの人からそれを聞かされた時、それでも僕は喜んであげたよ。僕の側に居てくれるならって…

 

「でも、あの人は急に、ここを出て行くって言い出した。僕は必死に止めたけど駄目だった」

 

「…時雨が先輩の事を好きだったのは解ったよ。でも、どうしてそれが白露を撃つ事と繋がるんだ?」

 

「違う!僕は白露姉さんを撃つつもりなんてなかったんだ!あの人を…あの人の船を沈めるつもりだったんだ!」

 

「先輩の…船を?」

 

「あの人を無事送り届けるのが、僕の任務だった。でも目の前に深海棲艦が現れた時、僕は考えてしまったんだ。

 

「『今なら深海棲艦の所為にして、僕を裏切ったあの人に罰を与える事が出来る』って…」

 

「…もしかして白露は、お前を止めようとして」

 

「そうだよ。僕は船を撃とうとした。でも白露姉さんは船を庇ったんだ。白露姉さんまで僕を裏切るのかと思うと、頭に血が上って…気が付いたら白露姉さんを撃って…」

 

「…」

 

「その後、妙高さんが来た事は覚えてる。でも僕は怖くなって逃げてしまったから、そこから先は覚えてないんだ」

 

「時雨…」

 

「これを覚えてる?白露姉さんの髪留めだよ。あの後、妙高さんに形見として貰ったんだ。これを見る度に僕は思い出すんだ。姉さんは僕を恨んでいる…姉さんと同じ海の底に引きずり込もうとしてるんじゃないかって…」

 

「時雨、白露はそんな事…」

 

「ありがとう、提督。提督に話したら、何だかすっとしたよ。もう思い残す事もないよ」

 

「時雨…何を言って…」

 

次の瞬間、時雨は艤装を出現させた。そしてその手には細長い鉄の塊が握られていた。

 

「それは…酸素魚雷!?」

 

「提督さん、ごめんね。僕は姉さんに詫びに行くよ」

 

「お、おい!」

 

「…それと、妙高さんには気を付けて」

 

「…え?」

 

時雨は手に掴んだ魚雷を勢いよく振りかざした。時雨が魚雷を地面に叩き付けて自沈するつもりなのだと察した提督は、彼女の手に掴み掛かった。

 

「は、放してっ!ぼ、僕は白露姉さんの所に…姉さんに謝りに行くんだっ!」

 

「時雨っ!確かに白露は、お前が撃ったのかもしれない。だが、本当に白露は、お前を恨んでいるのか!?」

 

「そうに決まってるよ!だから、髪留めだけが残ってるんだ!姉さんは僕を恨んでるに決まってるよ!」

 

「じゃあ聞くがな時雨、どうしてお前は、そんな物を大事に持ってるんだ?」

 

「どうしてって…これは姉さんの形見だから」

 

「違うな。もし俺なら、とっくに捨てている。だってそうだろ?見る度にその事を思い出すんだ。そんな物、目の届かない所に置こうとするのが普通だ。なのに、お前は肌身離さず持っている。それがどうしてか解るか?」

 

「それは…僕が姉さんを沈めた事を…あの人を救えなかった事を忘れない為に…」

 

「違う!時雨、その髪留めはな、お前を過去に縛る物じゃない。お前はそれに救いを求めていたんだ」

 

「救い…?」

 

「そうだ。そして白露は、そんなお前をずっと見守ってきたじゃないか」

 

「白露姉さんが…僕を見守る?」

 

「そうだよ時雨。だって、お前は…こうして沈まないで生きてるじゃないか!」

 

「…」

 

「もし白露がお前を恨んでいるなら、とっくの昔にお前を自分の眠る海に引きずり込んでる筈だ。でもお前は今日まで無事にやってこれたじゃないか。それはお前が白露に救いを求めたからだ。そして白露もそれに応えた。時雨、それでも白露は、お前を恨んでいるって言いたいのか!?」

 

「…姉さんが…」

 

「時雨、お前はそんな白露の想いを裏切るのか!?」

 

「ううっ…」

 

時雨の腕から力が抜けていくのを感じた提督は、彼女が思い止まったのだと思い手を放した。時雨はへたりこみそうになる自分を奮い立たせるように、力強く立ち上がると、提督に向き直った。

 

「提督…君の言う通りかもしれないね。でも僕の所為で、白露姉さんとあの人が沈んでしまったのは事実だよ」

 

「時雨…?」

 

「さようなら提督。最後に少しだけ救われたよ。提督に会えて本当に良かった。でも…僕はあの世であの人に謝ってくるよ」

 

「なっ…時雨!」

 

時雨が再び魚雷を振りかぶった瞬間だった。彼女の後ろから躍り出た影が、時雨の両腕に掴み掛かった。

 

「時雨!あなた、何を!?」

 

「み、妙高さん…」

 

間一髪で二人の間に割り込んだ妙高が、時雨の手を掴んだ。

 

「くっ!は、放してよっ!」

 

「時雨、馬鹿な真似は止めなさい!」

 

時雨を止める事が難しいと判断したのか、妙高は彼女から魚雷を奪い取ろうと手を伸ばした。時雨も、そうはさせじと魚雷を高く掲げる。妙高が必死に魚雷を奪い取ろうとした為、時雨は魚雷を地面へと落としてしまった。

 

「くっ…提督!」

 

妙高は時雨を突き飛ばすと、提督へ覆い被さった。やがて爆風と共に嵐のような砂煙が二人を襲った。

 

「きゃあっ!」

 

「うわっ!」

 

妙高の背後で激しい爆発が起こり、二人の体を爆風が叩き付けた。

 

「ううっ…だ、大丈夫ですか、提督」

 

「妙高さん!」

 

「だ、大丈夫です。あなたを守る為なら、この程度…」

 

「良かった…はっ!し、時雨っ!」

 

爆破のダメージをモロに受けた時雨は、服がズタズタに破れ中破した状態で倒れていた。提督が時雨を抱き抱えると、苦しそうに悶えているだけで、轟沈には至っていないようだった。

 

「良かった…これなら大丈夫…妙…」

 

振り返った提督は一瞬身構えてしまった。妙高はいつもと変わらぬ穏やかな顔を保っている。だが、その内側から妙な殺気を提督に、正確には時雨に向けて放っているように感じたからだ。

提督の視線に気付いたのか、妙高は心配そうに時雨を抱き抱える提督に駆け寄った。

 

「…時雨は大丈夫ですか?」

 

「え、ええ…気を失っているだけです。それはそうと、妙高さん、どうしてここへ?」

 

「いえ…提督が急に何処かへ行ってしまわれたので、跡を付けていたんです。何やら話をしていると思ったら、急に時雨が艤装を展開するものですから、びっくりして…」

 

「そ、そうですか。お陰で命拾いしました」

 

「提督、時雨ですが…」

 

「時雨が白露の事を撃ってしまった事は聞きました。その罪滅ぼしに自沈するつもりだったみたいです」

 

「そうですか…で、提督は時雨をどうするおつもりでしょう」

 

「もう済んだ事です。それに時雨の気持ちも理解出来ますから、この事は不問にしますよ」

 

「いえ、それはいけません。仮にも提督に危害を加えようとした訳ですから、それでは示しがつきません。時雨は暫く懲罰房へ入れておくべきです」

 

「そこまでしなくても…別に怪我はない訳ですし」

 

「提督、私が今、何を考えているか解りますか?」

 

「ど、どうしたんです急に」

 

「今の私は、あなたに危害を加えようとした時雨を撃ちたくて仕方ない気分です」

 

「み、妙高さん!」

 

「…大丈夫です。時雨とは付き合いも長いですから、そんな事はしませんよ。ですが、事故といえ、あなたに危害を加えようとしたのですから、何もしないでは私が許せません。その程度の罰は与えるべきです」

 

「…そうですね。分かりました、妙高さんの言う通りにします」

 

「…そ、それと…こんな時にと思うかもしれませんが、もしこの任務を無事に終わらせる事が出来たら…それでも私の気持ちが変わらなければ…提督のお気持ちに応えるつもりです。それまで待って頂けますか?」

 

「…はい。俺の気持ちは変わりません。それに妙高さんに助けられるのは二度目ですね。ますます惚れちゃいますよ」

 

「そ、そうですか…///ありがとうございます」

 

「時雨はひとまず入渠させます。妙高さんは出撃の準備をして下さい」

 

「は、はい…。提督…私は必ず、この()()を乗り切ってみせます」

 

「…?は、はい」

 

数時間後、妙高を筆頭に那智、足柄、羽黒達は出撃した。時雨が急遽不参加になった事は艤装の整備不良と皆に通達された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時雨、もう出ていいぞ」

 

時雨の自沈騒ぎから二日後。提督は時雨の居る懲罰房へ来ていた。提督は独房の中へ入ると時雨の座るベッドへ腰を掛けた。

胸の内を洗いざらい吐露した所為か、時雨は憑き物が落ちたような表情をしていた。

 

「うん…でも、妙高さんは三日って言ってたけど」

 

「帰ってくるのも三日後だ。バレやしないよ」

 

「ふふっ、提督って意外とズルっ子なんだね」

 

「明日までこんな所で過ごすのは嫌だろう?」

 

「そうだね。こんな所に居たら、また自沈したくなっちゃうかも」

 

「おいおい。流石に二度目は勘弁してくれよ」

 

「ふふっ、冗談だよ。でも…ごめんね、巻き込んじゃって。怪我しなかった?」

 

「妙高さんが来なかったら危なかったな」

 

「そうだね…任務も外れちゃって、本当にごめんなさい」

 

「いいさ。あのまま送り出していたら、却って危なかったかもしれない。これで胸のつかえが取れたんなら充分だよ」

 

「うん…そうだね」

 

「ところで…一つ聞きたい事があるんだ。時雨、あの時、妙高さんに気を付けろって言ってたろう。あれはどういう意味なんだ?」

 

「…そうだね、もう提督は僕が白露姉さんを撃った事を知ってるもんね。妙高さんとの約束も意味がないかな」

 

「約束…?妙高さんと何かあったのか?」

 

「提督には…そうだ、僕が白露姉さんを撃って、入れ代わるように妙高さんが来た所まで話したよね」

 

「ああ」

 

「その後どうなったか…教えてくれる?」

 

「その後って…深海棲艦が現れて、俺と先輩の乗っていた船が沈められたんだろう」

 

「ねえ提督。僕の話、聞いてて変だって思わないかい?」

 

「変って…どこがだ?」

 

「だってそうでしょ?僕は白露姉さんを撃ったけど、船は撃ってないんだよ。どうして船は沈んだんだい?」

 

「それは…深海棲艦が攻撃したから」

 

「妙高さんが居たのに?」

 

「…何が言いたいんだ、時雨」

 

「あの時現れたのは駆逐イ級やロ級が5~6匹だよ。その気になれば僕だって倒せるよ。妙高さんは駆逐イ級達を倒す事が出来なかったの?」

 

「だが、現に船は…」

 

「僕はてっきり妙高さんが、あの人を救ったのだとばかり思っていた。でも帰って来た妙高さんは間に合わなかったって皆に言った。不思議に思う僕に妙高さんは、こう言ったんだ。

 

「『白露を撃った事は黙っていてあげる』って…」

 

「…さっき言っていた約束って、もしかして…」

 

「うん。僕が白露姉さんを撃った事を黙っている代わりに、船は既に沈んでいた事にしろって意味だと思う」

 

「…時雨、お前さっきから何を言ってるんだ。お前の言い方じゃ、船を沈めたのは…」

 

「それに提督は知らないかもしれないけど、あの人が妙高さんを避け始めた理由が、僕にも解らないんだ」

 

「先輩が妙高さんを避け始めた理由…?」

 

「僕は…その、男の人の気持ちは解らないけど、そんな僕が見ても変だなって思って」

 

「変?何かおかしい事でもあったのか?」

 

「解らない…二人とも仲が良かったのに、ある日突然、妙高さんを避け始めたんだよ」

 

「喧嘩でもしたんじゃないか?」

 

「うん、最初は僕もそう思ったよ。その…悪いと思ったけど、二人の話を盗み聞きしていたんだ。そうしたら、あの人が妙高さんを酷く罵ってて…妙高さんの事を殴ったんだ」

 

「…」

 

「あの人は妙高さんを酷く怖がっているみたいだった。それからすぐに、この鎮守府を出て行くって言い出して…」

 

「…時雨、この話は誰かに言ったりは?」

 

「言える訳ないよ。白露姉さんを撃った事がバレたら僕はここに居られないよ。それに、もし妙高さんを裏切ったら僕はどうなるか…想像しただけで恐ろしいよ…」

 

「分かった。時雨、この事は俺も内緒にしておく。だから時雨も、この事は忘れろ。きっとお前の勘違いだ」

 

「うん…そうするよ。ねぇ、提督。提督はここを出て行ったりしないよね?」

 

「大丈夫だよ。先輩に何があったかは知らないが、俺はここを出て行ったりはしないよ」

 

「それと…チ、チュ~する時は…ちゃんとドアの鍵を掛けてからの方が…」

 

「えっ!?な、何の…事だ?」

 

「そ、その…卯月が見てたみたいで…」

 

「う、卯月が!?…えっと…その…けます

 

「それと、たまに、あの人が夜に用事があるって出掛ける事があって…悪いと思ったけど、付けたんだ。そしたら妙高さんと待ち合わせて港町にある、お城みたいな建物に入って行ったんだ。何をしてたのかな?」

 

「えっ…うんと…な、何だろうな」

 

「僕も行ってみたいな。ねえ、今度連れてってよ」

 

「う、うん…もう少し大きくなったらな…」

 

「提督…僕、初めてだから…優しくしてね?」

 

「時雨、やっぱ明日まで独房な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハナ…サクラ…キレイナモノ、ネ…」

 

深海後方海域。

妙高達と港湾水鬼との戦いは終わりを告げようとしていた。力尽きた港湾水鬼は妙高達に手を伸ばすと、まるで桜が散る様に大気の中へ霧散して行った。

妙高達は四人共、既に満身創痍だった。港湾水鬼が散る様を見届けた四人は、戦いが終わった安堵からか、それともダメージから来る疲労なのか、気が抜けたようにへたり込んだ。

 

「強敵だったな」

 

「そうね。あんなの相手によく妙高姉さんと那智姉さんの二人で持ちこたえたわね」

 

「わ、私は何も出来ませんでした」

 

「フッ、そんな事はないさ。羽黒達が来なければ私と妙高姉さんも危なかったさ」

 

「そう言ってくれると嬉しいわ。ね?羽黒」

 

「は、はい…あの、妙高姉さん…」

 

勝利に浸る足柄達とは裏腹に、妙高だけは一人思い詰めたように表情が沈んでいた。

 

「…どうしたの妙高姉さん、どこか具合が悪いの?」

 

「…ごめんなさい。昔、足柄と羽黒が沈んだ時の事を思い出してね」

 

「姉さん…」

 

「あの時も、ちょうどこんな感じだったわね」

 

「そうか…だが妙高姉さん、以前とは違う事が一つある。それは、私達四人がこうして欠ける事もなく揃っている事だ」

 

「那智姉さんの言う通りよ。正直キツかったけど…今は帰りの燃料が持つかの方が心配だわ」

 

「私はスコールにでも遭わないか心配です…」

 

「そうね…スコールや渦潮の方が、どれだけ良かったか…」

 

「姉さん…何の話だ?」

 

「ところで…提督のご家族の事、聞いた事あるかしら?」

 

「何?どうしたの姉さん、急に」

 

「両親とお姉さんの四人家族だそうよ」

 

「へぇ~、そうなの。お兄さんなら良かったのに」

 

「意外だな足柄。お前ならてっきり弟の方が若くて良いと言うと思ったが」

 

「男の価値は何も若さだけじゃないわよ。時には包容力も必要よ」

 

「フッ、中々良い事を言うではないか」

 

「ええ。足柄姉さん、見直しました!」

 

「羽黒、それどういう意味?」

 

「…私はね、この提督には、やはり運命のような絆を感じるの」

 

「み、妙高姉さんって、こんなノロケ言うタイプだったかしら?」

 

「恋は人を変えると言うからな…解らんが」

 

「これは天が私の背中を押してくれているのよ。きっとそうに違いないわ」

 

「あ、あの…姉さん?」

 

「だってそうでしょ?あなた達三人が、この場に居合わせた事が何よりの証…これはきっと天が私を試しているのよ」

 

「何の話…?」

 

「那智、足柄、羽黒…。あなた達は、本当の幸せって…真実の愛って何なのか…考えた事があるかしら?」

 

「妙高姉さん…さっきからどうしたのだ?」

 

「そんな事より今は入渠したいわ」

 

「妙高姉さん、早く帰りましょう?」

 

「例えるなら…真実の愛は、全てに優先される物…そう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あらゆる感情らければいけないの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、大変だよ!」

 

翌日。この日は妙高達の艦隊が帰投する予定だった。提督は執務室で一人報せを待っていると、時雨が血相を変えて飛び込んで来た。いつもの時雨とは違い、まるで自沈しようとしていた時のように慌てている様だった。

 

「どうしたんだ時雨」

 

「妙高さんから連絡があったって大淀さんが!で、でも…」

 

「どうしたんだ…まさか負けたのか?」

 

「う、ううん。戦いは勝ったって。妙高さんも中破したけど無事だよ。でも…」

 

「でも…どうしたんだ?」

 

「那智さんと…足柄さん、羽黒さんが…轟沈したって」

 

「なっ…!」

 

「それと、妙高さんも近くの鎮守府に寄るから、帰るのは一日遅れるって…」

 

「そ、そうか。那智達は気の毒だったな…」

 

「うん、そうだね。でも、こんな事になるなんて…まるで二年前と同じだよ」

 

「二年前…?二年前がどうかしたのか」

 

「あの時も足柄さんと羽黒さんが沈んだんだ。今回は那智さんまで」

 

〈そう言えば、妙高さんもそんな事を言っていたな〉

 

「ねえ提督…提督は怒るかもしれないけど、僕はあまり妙高さんとは一緒に居たくないんだ」

 

「妙高さんと…どうして」

 

「だって、あの人の側に居る人は、みんな…那智さん達だけじゃない。あの人も、あの人の家族も…」

 

「家族…?時雨、お前、先輩の家族が亡くなった事を知っていたのか?」

 

「うん。足柄さんと羽黒さんが沈んだ次の日に亡くなったんだよ。その辺りから、あの人は妙高さんを避けるようになったから、よく覚えてるんだ」

 

「そんな事が…」

 

「提督…提督が誰を好きになろうと構わないよ。でも妙高さんだけは止めた方がいいよ」

 

「急に何を言い出すんだ」

 

「あの人に関わりを持つ人は、みんな不幸になる。僕は心配なんだよ。次は提督に何か起こるんじゃないかって…」

 

「時雨、憶測で物を言うもんじゃない」

 

「ご、ごめんなさい。でも僕は本当に心配なんだ。提督が、あの人みたいにここを出て行くんじゃないかって…」

 

「…前にも言ったろう。俺はここを出て行ったりしないよ。それに那智さん達は気の毒に思うが、それと先輩の家族の件は関係ないだろう。たまたま連続して起きたから、そう思うだけだ」

 

「う、うん…そうだよね。うん…」

 

提督にそう言われた時雨は、彼の言う通り考え過ぎなのだと自分を戒めた。だが、それでも時雨は二年前の事が、まるで昨日の事のように執拗に頭を掠めていた。

 

〈あの時と…二年前と全く同じなんだ。あの時も僕がこうして足柄さん達が沈んだ事を報せに来た。そしてその後に、あの人は…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。この日は昨日帰投した艦隊に続き、妙高が一日遅れで戻る予定だった。

妙高が帰る時を今や遅しと待つ提督だったが、一方で一つの不安が過っていた。

那智達三人を失った事についてだった。

今の妙高は、きっと失意の底に居る事だろう。そんな彼女が自分の気持ちに応える精神状態だろうか?そもそも、そんな話をすべきか…。

彼は考えた結果、この話は暫く保留にする事にした。妙高も、きっと()(どころ)ではないだろう。

彼女の答えを聞けないのは残念だが、仕方がない…そう思っていた時だった。彼の思索を掻き乱すように電話の音がけたたましく鳴り響いた。

 

「もしもし?」

 

『ああ、良かった!繋がった!』

 

「その声は…以前、軍に電話した時の…」

 

『覚えていましたか。あ、いや!今はそんな話をしてる場合じゃないんです!』

 

「はぁ…どうかしましたか?」

 

『いいですか?落ち着いて聞いて下さいね?』

 

「…?はい」

 

『提督さん、あなたのご家族が…お亡くなりになりました』

 

「…はあっ!?」

 

『昨晩未明にご実家の方が火事に見舞われたそうです。申し上げ難いのですが、あなたのご両親と…お姉さんの三人共…亡くなられたそうです』

 

「…そ、そんな」

 

『軍の方も事情が事情ですので、数日鎮守府を空けても構わないと言っています。そちらで提督代理を務められる方は居られますか?』

 

「…妙高が、今日帰って来る予定です」

 

『では彼女が戻り次第、ご実家の方へ行ってあげて下さい。警察も詳しい事を聞きたいそうなので』

 

「警察…?警察が何故?」

 

『それが…ご実家は、どうも強盗に押し入られたようなんです。その…殺された後に火を付けられたとか』

 

「強盗…?実家は別に裕福ではないですよ?」

 

『ええ…私も聞いた時、驚きましたよ。まるで二年前の事件とそっくりですから。しかも被害に遭われたのが、同じ鎮守府の提督さんだなんて…』

 

「…分かりました。妙高が戻り次第、向かう事にします」

 

『そうして下さい。どうか気を落とさずに…』

 

提督は放心状態のまま受話器を置いた。

 

〈死んだ…?親父もお袋も…姉貴も。嘘だろう?ついこの間までピンピンしてたじゃないか…〉

 

〈それに強盗って…親父もお袋も人に恨まれるような事はしてない筈だ。それに殺すだけじゃ飽きたらず火まで付けるなんて…!!〉

 

〈嘘だろう…何かの間違いじゃ…〉

 

突然の訃報に動揺する提督。だが、そんな彼の心境を無視するかのように部屋のドアは開かれた。そこに立っていたのは、今の彼とは真逆の、まるで入渠を終えて心身共に充実したような表情の妙高だった。

 

「提督、遅くなりました。妙高、只今帰投致しました」

 

「…お疲れ様です」

 

「あの、元気がないようですが…どうかなさいましたか?」

 

「すみません、今はあまり人と話せる気分じゃないので」

 

「何かあったんですか?」

 

「今、電話があって…身内に不幸がありまして」

 

「…そうですか。それはお気の毒です」

 

「いえ、妙高さんこそ。那智さん達の事は本当に残念でした。心中お察しします」

 

「ああ、その事ですか。大丈夫です、私は気にしていません。那智達は尊い犠牲になったのです。提督が気に病む事ではありません」

 

「…強いですね。俺はそこまで割り切れません」

 

「提督、作戦の前に話しましたが、私は今こそ胸を張って提督のお気持ちに応える事が出来ます。提督、私はあなたを愛しています」

 

「…ありがとうございます。本当なら飛び上がって喜ぶ所なんですが、今日はそんな気分にはなれなくて。すみません」

 

「…何故ですか?」

 

「…え?」

 

「確かに提督のご家庭が亡くなられた事は私も気の毒に思います。ですが、それとこれとは話が別です。提督は私の事を愛していないのですか?」

 

「…そんな事はありません。妙高さんが俺の気持ちに応えてくれて、本当に嬉しいですよ。でも、その話は暫く待ってくれませんか?二~三日、実家に帰らなきゃならなくなりました。話は帰ってからにしましょう」

 

「いえ、それはいけません」

 

「…え?」

 

「実家に帰る事は構いません。ですが、その前にはっきりしておきたいのです。提督が本当に私を…愛しているのか」

 

「俺の気持ちに変わりはありませんよ。俺も妙高さんと同じ気持ちです」

 

「…それは嘘ですね」

 

「嘘…どうして…」

 

「では、お尋ねします。提督、どうして提督は今、悲しんでいるのでしょう。私が…一途に私の事を想ってくれた、あなたの気持ちに応えたと言うのに…その反応は、あんまりじゃないですか」

 

「だから今も言ったじゃないですか。今は其れ処じゃないって。妙高さんだって那智さん達が沈んだんです。妙高さんも俺と同じでしょう」

 

「違いますね」

 

「違う…?」

 

「確かに那智達を…那智達が沈んだのは悲しいです。ですが、今、私の心にあるのは悲しみではありません…愛情です。解りますか?那智達が沈んだ程度では、私の愛情は消えませんでした。

 

「提督は私が自分と同じと仰いましたが…私の心にあるのは悲しみではありません。家族を…姉妹を三人失ったのは私も同じです。なのに、どうして提督は悲しんでいるのでしょう?」

 

「家族が無くなれば悲しむのは…妙高さん、俺が家族を失ったって、何故解るんです?」

 

「それは…」

 

「それに、さっきも俺の家族が亡くなったって言いましたよね。俺は身内に不幸があったとは言いましたが、亡くなったとは言ってません」

 

「…」

 

「妙高さん…那智や足柄、羽黒は…本当に沈んだんですか?」

 

「それは…どういう意味でしょう?」

 

「時雨から聞いた事を思い出したんです。二年前のあの日、時雨は白露を撃ったけど船は撃ってないと。その後、妙高さんが来たのに、どうして船が沈んだのか解らないって」

 

「…私が沈めたと言うんですか?」

 

「それに、先輩はある日から妙高さんを避けるようになったと聞きます。妙高さん…俺に何か隠していませんか?もしそうなら全て話して下さい。俺も妙高さんの事は愛しています。でも、あなたが何を考えているのか解らなければ…愛せません」

 

「ここでその言葉を使うなんて…ズルい人。解りました。全てお話しします…ふふっ、本当の困難は、もしかしたら今なのかもしれませんね」

 

「困難…?」

 

「その前に…盗み聞きをしている悪い子がいるようですが…」

 

「え…誰かいるのか?」

 

妙高が後ろのドアを開けると、そこにはバツの悪そうな顔をした時雨が立っていた。妙高に無言で部屋に入るよう促されると、時雨は申し訳なさそうに提督の側へ駆け寄った。

 

「時雨…お前聞いてたのか」

 

「ご、ごめんなさい。盗み聞きしていた事は謝るよ。でも、何もかもが二年前と同じだったから、どうしても気になって…」

 

「…まあいいさ。妙高さん、時雨も関係がある。一緒に聞いても構わないですよね」

 

「…そうですね。白露が、それを望んでいるのかもしれませんね」

 

「白露姉さん…?」

 

「時雨。あなたの姉の白露にトドメを刺したのは私よ」

 

「なっ…!」

 

「妙高さん、白露は時雨が撃ったと聞いていますが」

 

「順を追って話しましょうか。二年前、私とあの人は相思相愛の仲に…少なくとも私はそう思っていました。ですが私は不安でした。彼の私に対する愛情は…私の愛情は本物なのかと。そこで私は自分を試す事にしました。足柄と羽黒を使って」

 

「足柄と羽黒を…使う?」

 

「足柄と羽黒を沈めたのです」

 

「な、何故そんな事を?」

 

「簡単な事です。私は姉妹達を愛しています。ですが、もし二人を手に掛けた後に、それを後悔するような事があれば、それは姉妹への愛が、あの人への愛より上だったという事。

 

「結果、私は自分の愛情を証明する事が出来ませんでした。二人を沈めた後に残ったのは、深い悲しみでした…」

 

「…」

 

「ならば彼の愛情は本物なのか、私は試そうと思いました…全く同じやり方で」

 

「…同じやり方?そう言えば、先輩の両親は強盗に殺されたと聞きましたが…まさか」

 

「ええ。あの人のご両親を殺したのは私です」

 

「…!」

 

「もしあの人が…それでも私を愛してくれるなら、私は彼に沈められても構わないと思いました。それがあの人の愛情に対する私の償い…

 

「ですが、その事を告げた時、あの人の心を支配したのは愛ではなく私に対する憎悪でした。私は口汚く罵られ何度も殴られました。人間のように痛みを感じる事のない筈の私達ですが、あの人の拳は重く、そして痛かったです。

 

「それで目が覚めたのです。私の愛も…あの人の愛も偽物だったのだと」

 

「白露姉さんは…」

 

「時雨?」

 

「白露姉さんは…どうして沈めたの?僕が撃った後、白露姉さんは、まだ無事だったんでしょ!?」

 

「時雨、それについては謝らなきゃいけないわね。あの人の船を…白露を沈めたのは唯の八つ当たりのような物なの」

 

「や、八つ当たり…?」

 

「ええ。足柄と羽黒を失った後、あの人はここを出て行くと言い出すものだから…私にこんな事をさせておいて逃げるのかと思うと、どうしても許せなくなったの」

 

「それで白露姉さんと、あの人を…?」

 

「そうなるわね。本当はね、時雨。あなたも白露と一緒に沈める気だったの」

 

「えっ…?」

 

「でも、こっそり跡を付けた私が見たものは、白露を撃って逃げようとするあなただった。その後は…あなたの知る通りよ」

 

「姉さんは…妙高さんに…!」

 

妙高の言葉に驚愕の表情を浮かべていた時雨だが、その表情はすぐに怒りへと変わっていった。時雨が妙高に掴み掛かろうとした瞬間、彼女は肩を強く掴まれた。

 

「て、提督…」

 

「時雨、気持ちは解るが話はまだ終わってない。少し待ってくれないか?」

 

「…分かったよ」

 

時雨が落ち着く様を見届けた妙高は、再び口を開いた。

 

「どこまで話しましたか…船を沈めた辺りまででしたね」

 

「その話はもう解りました。妙高さん、その話の流れからすると…那智さん達を沈めたのは妙高さんですね。そして、俺の家族も…」

 

「ええっ!?て、提督、どういう事!?」

 

「さっき電話があったんだ。俺の家族が三人共殺されたって。妙高さん、あなただけ帰投が一日遅れたのは…」

 

「お察しの通りです。提督、あなたの家族を殺したのは私です。以前手紙を預かっていましたからね。調べるのは簡単でした」

 

 

 

 

 

 

 

 

『だ、誰だアンタ…何でこんなに散らかっているんだ?』

 

『…お待ちしていました。あの人のお父様ですね?』

 

『あの人?…なっ!お、おい!後ろで倒れてるのは家内と…む、娘!?おいっ!どうしたっ!しっかりしろっ!!』

 

『失礼ですが、お待ちしていました』

 

『な、何言ってんだアンタ!そんな事より救急車を呼んでくれ!早くっ!』

 

『残念ですが、お二人共もう亡くなっています』

 

『フザケた事を言うなっ!!そんな事より早く救急車を呼んでくれ!!』

 

『…お気の毒です』

 

『それにアンタ一体誰だ!?人の家に…勝手に…そ、その包丁は何だ?何で血が付いてるんだ…?』

 

『…』

 

『まさか…アンタが…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員殺した理由は?」

 

「私は姉妹三人を沈めました。ならば提督、あなたも三人失うべきです。それで初めて私と同じです」

 

「そ、そんな理由で…妙高さんは那智さん達を…提督の家族を殺したの…?」

 

「時雨、あなたには私が身勝手に見えるかしら?でもね、あなたにも理解出来る筈よ。あの人を殺そうとしたあなたなら…」

 

「ち、違うっ!僕は…僕は妙高さんとは違うっ!僕はッ…!!」

 

「時雨、落ち着くんだ」

 

「う、ううっ…」

 

取り乱す時雨を引き寄せると、提督は彼女の頭を優しく撫でた。時雨が落ち着くのを見計らい、提督は妙高に向き直った。

 

「妙高さん、つまりあなたの理屈はこうですか。自分は姉妹達を失っても、まだ俺に対する愛情が消えなかった。ならば俺は、果たして家族を失ってもなお自分に対する愛情が消えないだろうか…と」

 

「その通りです。私はこの困難に打ち勝って…あなたへの愛情が本物であると証明してみせました。次は提督、あなたの番です」

 

「一つ解らない事があります。妙高さん、何故俺の家族を殺した事をわざわざ喋ったんですか?黙っていれば俺の憎しみを買う事もなかった筈です」

 

「提督…それでは意味がないのです。私は姉妹を沈めた時、昔のように後悔するのではと、とても怖かったのです。ところが三人が沈む様を見ても私の心に悲しみはありませんでした。

 

「それは提督、あなたも同じでなければ意味がありません。だから私は、わざわざあなたの家族を殺したと自白したのです」

 

「…」

 

次の瞬間、妙高は目を見開くと、気合いを込めるように全身に力を溜めた。

 

「妙高さん!?」

 

「て、提督!危ない!」

 

時雨が提督の前に立ちはだかると、艤装を実体化し妙高に向けて連装砲を身構えた。

 

「大丈夫よ時雨。私は何もしないわ」

 

「わ、分かるもんか!」

 

「提督、今私は艦娘としての機能を限界まで下げています。今の私はアナタと同じ人間、いえ、それ以下です」

 

「妙高さん…一体何を?」

 

「後は提督、あなたに決めて欲しいのです。今の話を聞いて、あの人のように私が許せないなら、どうぞ私を沈めて下さい。今の私なら人間の銃でも簡単に沈められます。

 

「私はあなたの心が知りたいのです。今、あなたの心にあるのは私に対する憎しみか…それとも…愛か」

 

妙高は目を瞑り、両手を広げて仁王立ちした。まるで早く自分を撃てと言わんばかりに。

 

「…」

 

「て、提督!僕にやらせて!白露姉さんの仇だ!」

 

提督は時雨の連装砲に手を置くと、彼女の手を下ろそうとした。

 

「て、提督?」

 

「…妙高さん、俺の心を知りたいと言いましたね」

 

提督は机の引き出しを開けると、拳銃を取り出した。

 

「提督が手を汚す事はないよ!」

 

だが、提督は拳銃をそのまま床へ放り投げた。

 

「…て、提督…?どうして銃を…」

 

「時雨、すまない。お前の仇は討てそうにない」

 

「…えっ?」

 

「提督、それは…」

 

「妙高さん、あなたの勝ちです。俺は家族を殺されたと聞いた時、確かに犯人に対する憎しみがあった。ですが殺したのがあなただと知った瞬間、不思議と怒りが消えました」

 

「な、何を…提督、君は何を言ってるのさ!この人は…妙高さんは君や僕の大事な人を沈めたんだよ?提督は妙高さんが憎くないの!?」

 

「時雨、俺も驚いてるんだ。本当なら俺は怒りに任せて妙高さんを撃ってなきゃいけないのに…」

 

「だ、だったら…!」

 

「だがな、さっき妙高さんが言ったように、家族を失った後でも俺の中の妙高さんへの愛情は消えなかったんだ」

 

「そ、そんな…提督、君は何を…」

 

「だから時雨、銃を下ろすんだ」

 

「…」

 

まさかの提督の心変わりに茫然と立ち尽くす時雨。そんな彼女に申し訳ないと思いつつも提督は妙高に近付き、彼女の手を取った。

 

「提督…信じていいのですね?」

 

「はい。出来ればもっと違う形で証明させて欲しかったですが」

 

「そ、それは…あまり虐めないで下さい。私も反省しています」

 

「でも、ここまでしたんです。もう、あなたの事を一生離しませんよ」

 

「はい。それは私も同じです。私の生涯を掛けて、あなたに尽くす事を誓います」

 

何が起きているのか解らず、ただ立ち尽くすだけの時雨を余所に、二人は抱き合った。

 

「話は変わりますが、さっきも言った通り二~三日ここを離れます。その間、提督代理を任せたいのですが」

 

「分かりました。それと…時雨の処置ですが…」

 

「…!!」

 

提督と時雨、二人の視線を浴びた時雨は猫に睨まれた鼠のように固まっていた。

 

「…ここは戦場じゃありません。何かあれば、すぐに誰かが駆け付けますよ。見逃してあげて下さい。それに時雨は俺と同じ被害者ですよ」

 

「…やっぱり私の事、憎んでいませんか?」

 

「妙高さんの所為で、葬式やら事情聴取やらで大変なんです。この位の仕返しはね」

 

「もう…イジワルですね」

 

「時雨…」

 

「ひっ…!」

 

「大丈夫だ。俺も妙高さんも、お前に手出ししたりはしない。だからお前も…解るな?」

 

「…!」

 

時雨は首を縦に振った。だが、それが同意からなのか、恐怖からなのかは時雨にしか判らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督が鎮守府を離れた翌日。

小雨が降る中、時雨は傘も差さずに一人墓地へ来ていた。石碑の前で一人佇む彼女は、白露の形見の髪留めを取り出すと、そこに居ない白露に語り掛けるように呟いた。

 

「白露姉さん…やっぱり僕の予感は正しかったよ。でも、提督まで妙高さんの言いなりになるなんて、想像もしなかったよ…」

 

「姉さん…姉さんは僕が許せなかったのかな。それとも提督の言うように僕を守ってくれていたの…?」

 

「でも、もうどっちでもいいよ。僕、ここを出ようと思うんだ。どこか違う鎮守府で…またやり直す事にするよ」

 

《ピシッ…!》

 

「えっ…?」

 

時雨が語り終えた瞬間、墓に供えられた髪留めにヒビが入ると、砂の欠片となって崩れ落ちた。まるで、もう役目を終えたかのように。

 

「姉さん…もしかしたら白露姉さんは、僕にここから逃げろって…言いたかったの?」

 

今日まで時雨に呪いを与え続けた髪留めは、失われる事によって初めて彼女の心の闇を払拭した。時雨は、あれだけ忌まわしく思っていた、今は砂の欠片と化した髪留めを一粒も溢すまいと両手に掬った。

だが、そんな時雨を嘲笑うかのように、一陣の風が彼女の手から砂の欠片を拐っていった。

 

「もう…遅いよ…姉さんの…馬鹿…」

 

時雨は墓にすがり付くと涙声で訴えた。

白露が髪留めを残したのは、本当に時雨の身を案じての事なのか…それは白露にしか判らない。

両手から溢れ落ちる砂粒を見ながら、時雨は理解した。

もう、すがる物など無いのだと。

 

雨はまだ…止まない。

 

 

 

 

 

 

 

 




自分はここまで出来るんだから、そっちも同じ事出来るよね?的な、愛が重いのを自分で書くとこんな感じになります。少しでも怖いわ~と思ってくれたら幸いです。
タイトルはジューダス・プリーストからです。
時系列がややこしいので下に纏めておきます。

3年前 当時の提督と鹿島駆け落ち。那智沈む。
2年前 那智復活。足柄、羽黒、白露沈む。その直後に先輩死亡。
1年前 足柄、羽黒復活。
今回 那智、足柄、羽黒2回目。

今後の予定としては、扶桑、羽黒、人間endの話を考えてます。リメイクと交互に書ければと思います。






艦娘型録

妙高 提督の家族には恋人だと言って家に上がった。提督の姉に弟のどこにホレただの、もう済ませただの聞かれて姉だけは助けようかと迷ったが、それだと数が合わなくなるので泣く泣く刺した。前提督と行ったお城で貰ったスタンプカードはまだ取ってある。

提督 家族殺されたって聞いた時は正直ブチキレそうになったが、提督にしてみれば長年ファンだったアイドルと結婚出来る様な物なので、ギリ理解出来なくもない。

時雨 この後、別の鎮守府にトレード。睦月と卯月が思ったより引き止めてくれなくて少し寂しい。

提督(故) 鎮守府を出て行こうとした理由の一つは妙高さんを殴った時、全然血が出ないし痛がりもしなかったのが怖かったから。スタンプカードは破棄済み。

那智 以前は睦月と卯月に、今回は妙高にと毎回仲間に沈められる不運な人。三度目の人生があるなら卯月と仲良くなって欲しい。

足柄 せっかく合エンのチャンスにこぎ着けた矢先に轟沈。妙高型の中では女子力が一番高い割りに報われない。睦月と仲が良い。

羽黒 事ある毎に男性から話し掛けられるので、もしかしたら自分はモテるのでは?と自覚はある。ただ、その事を足柄に知られると嫉妬されるので隠している。

睦月 三年前の提督の駆け落ち以来ゴシップが大好きに。今回の件で妙高と仲良くなる。

卯月 那智の事は三年前に沈めた件もあり苦手だったので内心ほっとしている。最近、睦月の相手をするのに疲れてきた。

港湾水鬼 アナタ達三人沈むのよぅ…今夜…
この“深海後方海域"でねぇ…

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