艦娘症候群   作:昼間ネル

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「質量を持った残像だとッ…!?」




鎮守府が静止する日

「あなたが、こちらの提督さんですか?」

 

髪を後ろで纏め、ベージュの制服に眼鏡を掛けた艦娘が、目の前に立つ男に話し掛けた。

 

「…ええ、そうです」

 

提督と呼ばれた彼は何故か彼女と目を合わそうとせず、頻りに辺りを気にする様に目が泳いでいた。顔色もまるで病人の様に血色が悪かった。

 

「あの…具合が悪いのでしょうか?」

 

「…いや、そんな事は…ない…」

 

「?」

 

彼は彼女と話しながら、何かブツブツと小声で呟いていた。

 

「あ、あの…」

 

「……でいろ」

 

艦娘は何やら様子がおかしいとは思いながらも、用件を切り出した。

 

「とりあえず、鎮守府の方へ案内…」

 

「…れ」

 

「…?あ、あの、鎮守れっ

 

「ひいっ!」

 

彼は急に顔を上げたかと思うと、空を見上げ絶叫した。彼の怒気を孕んだ叫びに、艦娘はその場に倒れてしまった。

 

「…て、提督さん、一体…」

 

彼はまだ興奮冷めやらぬ様に肩で息をしていた。

 

「…いい加減にしてくれ」

 

そう呟くと彼は頭を抱え、まるで目を塞ぐ様にその場にしゃがみこんでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、無事か!?」

 

大海原に立つ一人の艦娘が、その後ろに立つ仲間達に振り返った。だが皆、息も絶え絶え、服も至る所破れ、その姿はいかに今までの戦いが壮絶だったかを物語っていた。

 

「大丈夫です!これ位じゃ沈めません!」

 

気丈に振る舞う彼女達の上を数機の敵艦載機が飛び越えて行く。

 

「ッ!ま、まずいっ!鎮守府を直接狙う気だわ!」

 

「撃ち落とすんだ!!」

 

戦闘機達は鎮守府まで、最早目と鼻の先まで来ていた。何人かの艦娘は慌てて爆撃機を追いかけ、単装砲で撃ち落とそうと躍起になった。

そんな彼女達を嘲笑うかの様に、数機の爆撃機は鎮守府へ数発の爆弾を落とした。

 

「てっ、提督っ!!」

 

鎮守府のドックに爆弾が落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう提督」

 

「あ、ああ、おはよう長門」

 

朝の鎮守府。

この鎮守府の艦娘を纏める長門型1番艦、長門の挨拶に提督は振り返った。

 

「どうした、まだ傷が痛むのか?」

 

「いや、たいした事はない…」

 

提督は額と左腕に包帯を巻いていた。

数日前の激戦は鎮守府も巻き込む程の激戦だった。艦娘達は皆、提督も爆撃に巻き込まれたのではと慌てて帰還した。

彼女達が鎮守府に辿り着いた時、建物の一部は倒壊していた。この状況を見た彼女達は、皆、最悪の可能性を連想した。

提督はこの瓦礫の中に眠っているのではと…!

 

幸いにも、提督は怪我はしたものの命に別状はなく、再び皆の前に姿を現した。

だが、怪我の影響なのか提督は妙に覇気を失っていた。心配する皆にも今は忙しいからと避ける事が多くなった。この変わり様には長門や陸奥のみならず、皆も首を傾げていた。

 

「今回は何とか追い返す事は出来た。だが、またいつ来るやもしれない。鎮守府の施設に影響は無いのだろう?」

 

「あ、あぁ。それは大丈夫だ。大本営に連絡が取れている。明日にでも補強要員が来る筈だ…」

 

「そうか、それなら安心だ!」

 

提督の言葉に安堵した長門は、倒壊した鎮守府の一部に目をやった。

 

「これを見た時は心配したぞ。てっきり提督は逃げ遅れて下敷きにでもなってやしないかと」

 

「ふふ、そうね。あの時の長門の慌てた顔ったら♪」

 

長門の後ろから、同じく長門型2番艦、陸奥が顔を出した。

 

「べ、別に慌ててなどいないっ!た、ただ、少し心配しただけだ!ホントだっ!」

 

「ハイハイ、分かってるわ。大破状態だった自分を差し置いて提督の心配するなんて、中々出来ないわ」

 

「うむっ!…うん?陸奥、それは褒めているのか?」

 

「さあ?どっちかしら。まぁ提督が無事だったから良いじゃない。ねぇ提督?」

 

「あ、あぁ…」

 

傷が痛むのだろうか。提督は少々顔色が悪かった。

 

「…ねぇ提督。本当に大丈夫なの?あなたにもしもの事があったら、私や長門だけじゃなく皆悲しむわ」

 

「大丈夫だ。お前達に比べればどうって事は…」

 

「そう?それならいいんだけど…」

 

そう言うと提督は、まるで逃げる様に小走りで去って行った。二人は顔を見合わせた。

 

「ねぇ、長門…気付いてる?」

 

「ん、何がだ?」

 

「…ううん、何でもないわ」

 

 

 

 

 

…やはり提督はどこか悪いんじゃないかしら。

長門は気付いてないかもしれないけど、私には分かるわ。提督との付き合いは長門よりも、この陸奥の方が長いもの…私に隠し事なんて通用しないわ。

 

私がこの鎮守府に来たのは、いつだったかしら。

まだ小規模のこの鎮守府に初の戦艦と言う事で、ここの提督さん、それは大層な喜び様だったわね。

 

『やっぱり戦艦の火力は違うな。それに美人でスタイルも良いし、火遊びしたくなっちゃうな♪』

 

『うふふ、してもいいけど、どうなっても知らないわよ♪』

 

長門がいないのは残念だったけど、ここの提督さん、積極的に私を使ってくれて、とても嬉しかったわ。

そうこうしている内に、長門も建造でこの鎮守府に就任した。長門と再会出来た喜びもあって、提督にはとっても感謝してるわ。

 

『陸奥…長門も大事だけど、俺は陸奥の方が大事だよ』

 

…長門には悪いけど、これは私の自慢よ。

 

でも数日前のあの戦闘の直後から、提督の様子が少し変だった。

最初は傷が痛むのかしらと思ったけど、それだけじゃないわ。まるで私達から逃げる様な…

何か私達に後ろめたい事でもあるのかしら。

もしかしたら、今回の敗北の責任を取らされるんじゃ…!まさか、この鎮守府から異動?

ダメよ、そんなのダメ!

私はあの人の下で戦ってきたのよ?今更、他の人の下で戦う気なんて無いわ。イヤ、絶対にイヤッ!

私はあの人と一緒に居続けるわ。この先何があろうとも。

いつからだったかしら。ただ一緒に居るだけじゃ物足りなくなってきたのは…

皆じゃない。私を…私だけを見て欲しい。

一日毎に、この気持ちが強くなってくるのが分かる。

もしかして長門もそうなのかしら?

フフッ、例え同じビッグセブンの長門でも、ここだけは譲るつもりはないわ。

 

でも…そんな私にも言えないなんて…

お願いよ。私にだけは打ち明けて頂戴。どんな事だってするわ。あなたの為なら…

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのっ!提督っ!!」

 

自分を呼ぶ声に提督は振り返った。そこには川内型軽巡洋艦の2番艦、神通が心配そうに彼を見つめていた。その後ろには同じく川内型の1番艦川内と、3番艦那珂がいた。いつもは陽気な那珂も、珍しく心配顔だった。

 

「もう体は大丈夫なんでしょうか?」

 

「だ、大丈夫だ。落ちてきた煉瓦に当たっただけだ。すぐに治る」

 

「そうですか…陸奥さんが心配していましたので。あ、勿論、私も心配してます!て、提督に何かあったら私…」

 

「そんな怖い顔するなよ神通。提督は何ともないって言ってるだろ?大丈夫だって」

 

「川内姉さん…」

 

「そうだよ!それに提督は那珂ちゃんのファン一号だからね。もし提督さんに何かあったら、那珂ちゃん、許さないんだから!」

 

「…ありがとう。心配掛けてすまない。だが、俺はお前達の方が心配だ」

 

「大丈夫だって。あたし達は入渠で回復できる。もうすっかり回復してるからさ。いつでも出撃できるぜ!…夜でも」

 

「もう、川内姉さんったら。提督は私達、艦娘とは違うんですから…」

 

「提督さん!次のライブはいつ?那珂ちゃんいつでも出れるよ♪」

 

「那珂ちゃん!戦いは遊びじゃないんですよ?そんな事だから駆逐艦の子達が真似して…」

 

「え~いいじゃん!味方も虜にしちゃうなんて、那珂ちゃんってば生まれついてのアイドルだよネ♪」

 

「そうだな。でも前の戦闘じゃ那珂が一番砲撃喰らってなよな?今から神通と演習と行くか?」

 

「そ、そんな~!那珂ちゃんやっと治ったばかりなのに!それにこの衣装もおニューなんだよ!?」

 

「ふふっ、じゃあその衣装が汚れない様に、攻撃を回避しないとね」

 

「神通お姉ちゃんまで!鬼!内股!外ハネ!」

 

「…那珂ちゃん、ちょっとお話があります。川内姉さん、行きましょうか」

 

「あ、あぁ」

 

「じ、神通お姉ちゃん、顔が怖いんだけど…え、お話だよね?そっち演習場…え、え?」

 

微笑みを浮かべる神通、何故か神通の顔を見ない川内、そんな神通に腕を引っ張られながら那珂達はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

…陸奥さんが言ってたとおりだわ。

 

『ねえ神通。あなたなら気付いているかもしれないけど、提督、少し様子がおかしいと思わない?』

 

それは私も気になっていた。

あの戦闘があった時、それは大慌てで鎮守府に引き替えした。幸い提督は命に別状は無かったけど…

私は提督の秘書艦もしているから、提督に変化があれば誰よりも気付く自信がある。

 

『ふう~っ。やっぱり神通が一番頼りになるな。川内や那珂はこういった地味な仕事は嫌がるからな。ありがとう、神通』

 

その提督が最近、私を…いえ、私達を遠ざけている気がする。昨日もそうだ。私がいつもの様に執務室に向かうと、何故か提督は暫く秘書艦の仕事はいいと、門前払いを喰らった。その前の日もそうだった。

提督さん、もしかして私の事、嫌いになったのかしら…

 

『なぁ、神通…。今度ケッコン指輪を取り寄せようと思うんだ。最初に神通に渡したいって言ったら…受け取ってくれるか?』

 

そんな事…そんな事あるわけないっ!

提督が私を嫌いになるなんて、そんな事あるわけないわ!

私は秘書艦としても、提督に尽くしてきた。ここの鎮守府の誰よりも提督の側に居たのは、この私。だからこそ、提督も私にケッコン指輪を贈るって言ってくれたのよ。

提督が一番大事なのは、川内姉さんでも那珂ちゃんでも…まして陸奥さんでもない。

この私っ…!!

 

それなのに…。そんな私にも隠し事をするなんて。

まさか陸奥さんと良い仲に?

な、何を言ってるの神通!提督が私を裏切るわけない!

そりゃあ陸奥さんに比べれば少しスタイルは負けるかもしれませんが…。私だって少しは自信あるのに…少しは。

や、夜戦だって負けません!…多分。

 

それなのに…

一体何を悩んでいるのですか提督。

私には…私にだけは話して下さい。

きっとお力になってみせます。

華の二水戦の名に懸けても…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと見つけたわ!」

 

白い制服に灰色のスカートを履いた少女が、仁王立ちで提督の道を塞いだ。

 

「か、霞っ!…な、何か用か?」

 

朝潮型10番艦、駆逐艦の霞が提督を睨み付けた。

 

「何か用かじゃないわよ!今日の編成はどうなってるのよ!執務室に行っても居ないからそこら中探し回ったのよ!」

 

「そ、そうか。それは…悪かった」

 

「ちゃんと私の目を見てハッキリ言いなさい!全く男らしくないわね」

 

「す、すまない…」

 

「霞ちゃん!司令官に向かってその口の利き方は何ですか!司令官はまだ傷が癒えてないんですよ」

 

霞の隣にいた朝潮型1番艦、朝潮がたまらず口を挟んだ。

 

「姉さんは司令官に甘いのよ。ただでさえノロマなんだから。私がいなきゃ何も出来やしない!」

 

「か、霞ちゃん!司令官、霞の無礼は私からも謝ります。本当は司令官の事を尊敬してるんです」

 

「な、何を言ってるのよ!」

 

「だって霞ちゃん、司令官の事話す時はいつも嬉しそうに…」

 

「きゃー!ち、違うわっ///嘘よっ!あんたも何見てんのよ!」

 

「霞ちゃん、さっきは目を見て話せって…」

 

「だ~か~ら~。姉さんはもう少し空気を読んでよ!」

 

「…?空気は吸う物よ。読む物じゃないわ」

 

「…もういいわ。姉さんにこんな話をした私が馬鹿だったわ」

 

「霞ちゃんは馬鹿なんかじゃないわ!」

 

「そうね…私もそう思いたいわ」

 

「じゃあ誰が馬鹿なの?…まさか司令官?霞ちゃん、いい加減にしないとお姉ちゃん怒りますよ!」

 

「…もう行くわ」

 

「霞ちゃん、司令官は馬鹿なんかじゃないわよ?司令官は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

…ホントここ最近のアイツ、どうしちゃったのよ。

 

『霞ちゃん、最近の提督は何か変だと思いません?まだ傷が痛むのかしら…』

 

神通さんに言われた時は、男のくせに女々しいって思ってたけど…そんなに痛むのかしら。

 

『霞には何でもお見通しだな。実は今度の作戦は少し苦戦しそうなんだ。犠牲が出るかもしれない…』

 

昔から、皆には見せない弱みも、あたしにだけは見せてくれた。誰も知らないあいつの一面を、あたしだけが知ってる。あたしはそれがとっても嬉しかった。

 

『陸奥や神通は頼りになるけど、本音で話せるのは霞だけだ。やっぱり付き合いが長いからかな』

 

私はこの鎮守府で一番、アンタと付き合いが長いのよ?そのあたしにも言えないっての!?

 

『結局、霞に苦労掛けちまうな。ごめんな、俺の作戦が不味かったせいで』

 

水臭いわね。あんたとあたしの仲でしょ?

あんたはあたしがいなきゃ何にも出来やしないんだから、何でも話しなさいよ。

あたしだって、あんたがいなきゃ何にも出来やしない…

あんたの為なら何だってしてあげるわよ!

だから、そんな顔しないでよ。

もっと…もっとあたしを頼りなさいよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はい、そうです…なので一日でも早く…」

 

執務室で、提督は何者かと連絡を取っていた。その会話を聞いている影にも気付かずに。

 

「あの、提督」

 

「じ、神通っ!何でここにっ!?」

 

振り返った提督は椅子から転げ落ちんばかりに驚いた。

 

「何でと言われましても…私、秘書艦ですし…」

 

「あ、あぁ、そうだったな。でもいいんだ。今は大した仕事も無い。俺一人で充分だ。だ、だからお前は、その…川内達と演習でもしていてくれ」

 

「…やはり、最近の提督は少しおかしいです。提督、私達に何か隠していませんか?」

 

「か、隠してる事なんかないっ!」

 

「嘘です!…私はもう半年も提督の秘書艦をしています。提督が本当か嘘を言っているか位、分かります。

 

「お願いです、提督。もし、お困りの事があるんでしたら、この神通に打ち明けて下さい。例えどんな事でもお役に立ってみせます!」

 

神通の悲痛な叫びにも、提督はどこか投げやりな顔で答える。

 

「本当に大丈夫だ。お前達は何もしなくていい。…お前達は何も悪くない。本当だ…」

 

「提督…」

 

自分では、いや、自分には言えない事なのか。提督の言葉に納得出来ない神通だったが、それ以上は何も言えず、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?神通」

 

自分の部屋に戻った神通に、神妙な面持ちの川内が尋ねた。

 

「駄目でした。やはり提督、何も喋ってくれませんでした」

 

「神通お姉ちゃんにも打ち明けてくれないんだ~」

 

川内の隣に座る那珂も残念そうに首を傾げる。その隣、川内を中心にこの部屋に集まった長門、陸奥、朝潮、霞もまた訝しげに神通を見据えた。

 

「アイツって私達と違って人間じゃない?人間って簡単には傷が治らないんでしょ?もしかしてアイツ、本当は私達が思っている以上に傷が深いんじゃ…」

 

「そ、そうなの霞ちゃん?」

 

「いや、それを神通さんが聞きに行ったわけで…」

 

「に、入渠すれば良いのでは!?一日入っていればきっと治ります!」

 

「いや、アイツは艦娘じゃないから…」

 

「まぁ、おふざけはその辺にして…」

 

「陸奥さん、私は真面目です!そ、それなら高速修復材を飲ませてみてはどうでしょう!」

 

「朝潮姉さんはアイツを殺したいの?」

 

「落ち着け朝潮。陸奥、何か心当たりでもあるのか?」

 

「まぁ、心当たりってわけでもないけど、例えばよ。今回の戦いの責任を取って降格させられる、なんて事は…」

 

「えっ!?」

 

「て、提督さん辞めちゃうの!?」

 

部屋に集まった一同に動揺が走った。

 

「でもさ、提督さんも怪我はしたけど、あたしらが勝ったじゃん。それはないんじゃない?」

 

「そうね川内姉さん。私もそう…はっ!」

 

「どうした神通」

 

「い、いえ。そういえば提督、誰かと電話で話してましたが、何かひどく慌てていた様な…」

 

「慌てる?何かを急いでるという事か?」

 

「それは分かりませんが…」

 

「大丈夫よ!大方、弾薬が足りないから送ってくれ~とかそんな事でしょ?普段から管理しとかないからそうなるのよ!」

 

「い、いえ霞ちゃん。弾薬はまだ充分あります。秘書艦をしていたから、それは確認してます」

 

「じゃ、じゃあ一体何だって言うのよ?」

 

「…」

 

部屋を沈黙が支配した。その静寂を打ち破ったのは…

 

「私が聞いてみるわ」

 

「陸奥…」

 

「霞ちゃんが言った様に、思ったより傷が深いのか、何か大本営から命令でもあったのか…私達の勘違いだといいんだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし、提督さんでしょうか?明日、そちらに向かう事になりました』

 

夜中の執務室で、提督は一本の電話に対応していた。その顔には嬉しさが溢れていた。

 

「はい…はい!ええっ、それはもう!明日?分かりました。お待ちしています!」

 

提督は名残惜しそうに受話器を置いた。ふと、気配を感じて提督は顔を上げた。その先には…

 

「む、陸奥っ!何でここにっ。いや、こんな時間にどうしてっ!」

 

「驚かせてごめんなさい。でも、あまり周りには聞かれたくない話だったから…それはあなたも同じなんじゃない?」

 

「な、何の事だっ?」

 

「盗み聞きするつもりはなかったんだけど…。私、これでも耳は良い方なのよ…今の電話の相手、他の鎮守府の艦娘でしょ?明日来るって言ってたけど…どうして?」

 

「ど、どうしてって、単に戦力を補充する意味で…」

 

「提督…そろそろ隠し事は止めてほしいの。戦力なら今のままでも充分の筈よ…それは前回の戦いは苦戦したけど、一人の犠牲も出していないわ。それなのに戦力の補充?そんな必要あるかしら?

 

「ここには私だけじゃない、長門も居るわ。神通や霞だって居る。提督、もしかしてだけど…

 

「個人的な理由で、電話の相手を呼ぶわけじゃ…ないわよね?」

 

「か、彼女は俺にとって必要だから呼ぶんだ!」

 

陸奥の顔色が変わった。一瞬、提督は背中に水が滴り落ちる様な冷たさを感じた。

 

「あなたにとって…必要?」

 

「あ、ち、違う!お前達が必要無いって言ってるわけじゃない!そういう意味で彼女を呼ぶんじゃないんだ!た、ただこれからの鎮守府には彼女が必要で…」

 

顔色が変わった様に見えた陸奥だったが、次第にその顔は涙顔へと変わっていった。

 

「提督、お願いだから、私にだけでも打ち明けて頂戴。私はあなたには本当に感謝してるわ。これは艦娘として…部下として言ってるんじゃないの。一人の女として言ってるの。

 

「だからお願い。何でも言って頂戴。あなたの為なら何でもしてあげたいの。もし、私を解体したいなら喜んで応じるわ。それであなたの悩みが解決できるなら…」

 

「…違うんだ陸奥。お前はそんな事する必要無いんだ。だから陸奥、もう部屋に戻るんだ…お願いだ」

 

「…これだけ言っても…私じゃ…駄目なの?」

 

陸奥は提督の目に必死に訴え掛けた。だが、そんな自分と視線を合わせようともしない提督に、陸奥は肩を落として部屋を出るのだった。

 

「陸奥。もう、お前に出来る事は無いんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、早朝の鎮守府。

提督は朝早くから慌ただしく動いていた。軍服に着替えると、幾つかの書類を纏め、廊下へ飛び出した。

そんな彼の行く手を人垣が塞いだ。

 

「っ!お、お前達っ!?」

 

提督を見つめる数人の艦娘達。その真ん中に立つ長門が進み出た。

 

「こんな早くから何を慌てているのだ、提督よ」

 

「な、長門。それは…その」

 

「陸奥から話は聞いている。新しく着任する艦娘を迎えに行くんだろう?」

 

「新しい…艦娘?」

 

「ちょっとあんた、どういう事よ!あたし聞いてないわよ?」

 

長門の言葉に神通と霞が不満気な顔をする。

 

「ごめんなさい提督。でも、隠す事でもないでしょう?」

 

霞達を嗜める様に陸奥が進み出た。神通が不安気に口を開いた。

 

「あの…提督。もしかして隠していた事って、その事でしょうか?何故そんな事を隠す必要が…」

 

「そうよ、これからあたし達の仲間になるんでしょ?何、あたしと同じ駆逐艦?」

 

「だと良いわね霞ちゃん。朝潮型の子だと嬉しいんだけど」

 

「私達と同じ軽巡だと良いなぁ。夜戦の魅力たっぷり教えてやるのに」

 

「あ~でも那珂ちゃんより可愛い子だったらどうしよ?ライバル出現!?」

 

「新しい仲間が増えるなら、皆を纏めるこの長門が挨拶しないわけにはいかないだろう。さ、提督。一緒に行こう」

 

「…」

 

黄色い声で浮かれる周囲とは裏腹に、提督の顔は暗く沈んでいた。

 

「どうしたのだ提督。早く新しい仲間を迎えに行こう」

 

「…無理だ」

 

「…何?」

 

「…お前達には会わせられない」

 

「はあっ?あんた、何言ってるのよ?」

 

「あの…提督、それはどういう…」

 

「まだ分からないのかっ!?」

 

提督は何かを決意したかの様に、一人一人の顔を見渡すと目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前達は全員、あの戦いで沈んだんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「…え?」

 

提督の言葉に皆、話す事も忘れ静まり返った。

 

「あの日の戦いで確かに敵を追い払う事には成功した。だが、その代わり誰一人帰って来る者はいなかった!

 

「分かるか!?お前達は一人残らず轟沈したんだ!!

 

「長門、お前達はここを突破されたら鎮守府が危ないからと、誰一人退こうとしなかった。そのお陰で俺はこの程度で済んだ。それは本当に感謝している。

 

「ところが、お前達は誰一人戻って来なかった。救援を向かわせたが…艤装の残骸が浮かぶだけで、誰一人発見出来なかったそうだ…

 

「だが、悲しむ俺の目の前にお前達は現れた。まるで戦いなど無かったかの様に…俺は喜んだが、他の連中に聞かれたんだ。

 

「『提督は誰と話しているの?』と…

 

「それにお前達は戦いの記憶が曖昧だった。あの戦いはお前達が全滅する程の大惨敗だった。なのにお前達は自分達が勝ち、一人の犠牲も出さずに帰還したと思い込んでいた。

 

「それで分かったんだよ…お前達は本当に海に沈んで、意識だけが鎮守府に戻って来たんだと…

 

「長門、陸奥、神通、霞、皆…お前達はもう沈んだんだ…」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を言ってるのだ?提督」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

「あたし達が沈んだ?じゃあ、あたし達が幽霊だとでも言いたいの?馬鹿も休み休み言いなさいよ!」

 

「司令官!私は幽霊なのでしょうか?」

 

「あの…提督、いくら何でもそれは…ひどいです」

 

「そうだよ~!こんな可愛い幽霊なんているわけないじゃん♪那珂ちゃんショックだな~」

 

「あぁ。幽霊って言えば夜だろ?まだ朝だよ提督。それに夜の海で幽霊なんか見た事ないよ」

 

「ホントは新しい子に目移りしたんじゃない?だとしたら、お姉さん嫉妬しちゃうかも♪」

 

「お、お前達…何を言って…!」

 

「分かった分かった。提督は私達が沈んだと言いたいのだな?だが、現に我々はこうして居るではないか。これをどう説明するのだ?提督よ、つまらん冗談はその辺にしてくれ」

 

「ち、違う!もうお前達は…本当に…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間後、鎮守府の港に何人かの艦娘が到着した。その中の一人が、港に佇む一人の男に声を掛けた。

 

「初めまして。私は香取と申します。あなたがここの提督さんでしょうか?」

 

「ええ、そうです…」

 

よくたなはここの艦娘を纏めている長門だこれから宜しく頼むぞ

 

あの提督さんもしかして具合いのでしょうか

 

ほらもっとシャキッとしなさいよけないわね

 

「いや、そんな事は…ない」

 

あの提督。さっきから顔色が悪い様ですが…どこか具合でも…

 

う~ん。顔は悪くないけどぉ、那珂ちゃんのパートナーとしてはちょっと地味かな~?悪いけどセンターは譲れないかな♪』

 

ねぇ、あんた夜は好きかい?夜戦はいいよね~。どうだい、早速今夜にでも、軽く演習してみないかい?』

 

「…うるさい。引っ込んでいろ」

 

「あ、あの…とりあえず、鎮守府の方へ」

 

『聞いた事があります!練習巡洋艦の香取教官ですね!ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願いします!』

 

「…黙れ」

 

「…え?」

 

『何か私とキャラが被ってる気がするけど…。ライバル出現かしら?』

 

「黙れっ!!」

 

「ひいっ!」

 

いきなり虚空に向けて叫んだ提督に、香取は尻餅を着いてしまった。海で控えていた艦娘達も、何事かと二人を注視した。

 

「て、提督さん、一体…」

 

『ちょっと!いきなり黙れって何よ?

 

『提督、さっきから少し失礼ではないか?一体どうしたというのだ?』

 

「…いい加減にしてくれ。お前達の居場所はここじゃないんだ。お願いだから理解してくれ…」

 

提督の視界には香取は映っていなかった。いきなり叫んだかと思うと、今度は血走った目でブツブツと小声で喋りだし、急に横を向いて怒鳴ったと思えば、何かを追い払うかの様に手を振り回す。

香取には、まるで提督が自分以外の誰かと喋っている様に見えた。

 

自分には見えない何者かと…




映画見た人は分かると思いますがシックスセンスが元ネタです。
映画だと主人公、この話で言う提督が自分は既に死んでいると気付いて、それを受け入れこの世から去るみたいなオチです。それだと捻りが無いのでこんな終わり方にしました。

次はある百合アニメのタイトルで思い付いたストーキング物です。(百合展開は)ないです。(11話に当たります)












おまけ 艦娘型録

提督 第六感を持ってたばかりにSAN値がピンチ。特に理由の無い恐怖が提督を襲う。君は、第七感(コスモ)を感じた事があるか?

長門 この鎮守府を仕切ってる裏番。因みにビッグセブンは自分と陸奥以外の5人は誰なんだか知らない。

陸奥 ほぼ初登場キャラ。自分と同じお姉さん枠の香取登場に一抹の不安を拭い切れない。長門の妹と言う立場を上手く利用している彼女が裏ボスなのかも。

川内 夜の女。前回は間違って妹撃っちゃったり、今回はスタンド状態だったりろくな扱いを受けていない。

神通 前回は最後沈んじゃうものの、今回同様提督さんとは相思相愛だったらしい。川内と比べると扱いがえらい違い。

那珂 艦隊のアイドル(自称)。戦車アニメの聖地巡礼で大洗の神社に行った時、偶然にも那珂ちゃん痛絵馬を発見してとっても驚いたのは良い思い出。朝潮には自分と同じアイドルオーラを感じている。

朝潮 天然ボケがよく似合う。最近、那珂ちゃんからユニットを組まないか頻りに誘われている。

霞 曙と並ぶ艦これ界のツンデレツートップ。最近、朝潮が自分と同じスポーツブラじゃない事に衝撃を受けた。

香取 電話で応対した時は紳士的だった提督さんが、実際会ったら電波系だわ、いきなり怒鳴られるわ酷いメに。妹の鹿島はお留守番。



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