艦娘症候群   作:昼間ネル

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運河の歴史が、また1ページ…





PANAMA SHIP

「きゃああっ!!」

 

爆発と共にその場から吹き飛ばされる一人の艦娘。艤装は砕け散り、最早立つ気力も無く、ただ海面に力無く浮くだけだった。

 

「舵は…駄目か」

 

彼女の瞳に白い影が写った。自分を倒した女の姿が。彼女も肩で息をしており、その憎悪を示すかの様に赤い瞳が光る。

 

〈ここまでか…ごめんねオイゲン、先に逝くわ…〉

 

彼女は最後の力で手を空へと掲げた。

 

〈ごめんなさい…提督…〉

 

彼女の体は海面に飲まれ、掲げた手がゆっくりと沈む。残された灰色の軍帽だけがユラユラと浮いていた。

 

〈…〉

 

帽子が波に流され、女の足下へ辿り着いた。濡れた帽子を彼女は拾った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…では、行って参ります」

 

「ああ。成功を祈る」

 

まだ若い青年将校は、彼の上司に当たる初老の元帥に敬礼すると後ろの巨大な軽巡洋艦へと乗り込んだ。

元帥は後ろに控えていた金髪の少女に向き直った。

 

「…ではプリンツ、彼の事は頼んだよ」

 

「はい…」

 

プリンツと呼ばれた彼女、Admiral Hipper級重巡洋艦プリンツ・オイゲンは青年の後に付いて船のタラップを上がって行った。

やがて大きな汽笛が鳴ると、巡洋艦は港をゆっくりと離れて行った。

元帥は背広から取り出したタバコを咥えると火を付けた。

 

「後は彼次第か。吉と出るか凶と出るか…」

 

溜め息の様な煙を吐くと、元帥はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、君はてっきり海を滑るのかと思ってたけど…」

 

船内を歩く青年は横にいるプリンツに意外そうな表情をする。

 

「艤装で走るのだって疲れるんだから、別にいいじゃない!」

 

「いや、別に構わないけど」

 

「それとも私が居ちゃ《お姫様》と二人っきりになれない?」

 

「馬鹿言うなよ。相手が誰だか分かって言ってるのか?」

 

「冗談ですよ。もし敵が来てもちゃんと守ってあげますから、お姫様のお相手はよろしくね。…私は、あまり話す気にはなれないから」

 

「…あぁ」

 

彼は手を振るプリンツと別れると、階段を降りて行った。目の前のドアをノックして中に居るであろう人物に声を掛ける。

 

「俺だ、入っていいかい?」

 

「…」

 

青年はドアを開けた。

部屋の中は船の中にしては広めに作られており、左の棚には食器やグラスが並べられていた。右のクローゼットには女性物のドレスや洋服が何着も飾られていた。部屋の奥にはベッドが置かれており、一人の女性が寝そべっていた。

彼の来訪に、ベッドに横たわる女性は不機嫌そうに起き上がった。フリルの白い長袖に黒いミニスカート、グラディエーターサンダルの様な靴を履き、白く豊かな髪は腰まで達し、一見すると何処かの貴族の令嬢の様にも見えるが、怪しく光る赤い瞳が彼女が人間ではない事を告げていた。

 

「昼寝中だったかな?え~っと…」

 

〈…リコリスでいいわよ〉

 

青年の頭の中に、彼女の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

青年はつい先日まで、ある鎮守府で艦娘達を纏める提督をしていた。だが、全ての提督が必ずしも有能という訳ではなかった。彼は妖精が見える、艦娘に好かれるという特質のせいで提督に選ばれた節が強く、然したる戦果も無かった。

ある時大きな戦いがあり、()()うの(てい)で深海棲艦を追い返しはしたものの多数の轟沈を出してしまい、彼は責任を取り自ら辞任した。

彼も良ければ首、最悪死罪も覚悟していたが、彼の運命はここから大きく流転する。

 

彼が提督を辞めてから数日後、彼の艦娘達と戦った一人の深海棲艦を保護するという事態が起きた。

 

リコリス棲姫。

 

深海棲艦の中でも《姫》の名を冠する上位種の一人。

元帥の説明に依れば、彼女は同じ姫の名を持つ運河棲姫の命令でこの鎮守府に攻撃を仕掛けたそうだった。だが艦娘を打ち破ったものの何故か撤退せず、付近の離れ小島に潜伏していた彼女(リコリス)に大本営は話し合いを持ち掛けたそうだった。

 

休戦協定を結べないだろうか、と…。

 

一見、順調に駒を進めている様に見える大本営だが、実際は究めて劣勢だった。まして深海棲艦には未知の部分が多く、いつ盤上を引っくり返されても不思議ではない。それならばこちらの態勢が整う迄でも時間を稼げないかと言うのが本音だった。

 

大本営は、彼女に負傷して動けないので自身の棲地である深海運河沖に連れて行ってほしいと話を持ち掛けられたらしい。その後、彼女のボスに当たる運河棲姫に取り成すので交渉すればよい、彼女はそう提案したそうだった。

もし上手く行けば敗北の責任は問わないとの条件で、提督はこの交渉の使者を引き受ける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

「気分はどうだい?」

 

〈あまり良くないわ。日の光りが見たいわね〉

 

〈頭に直接声が響く…何度聞いても慣れないな〉

 

深海棲艦は海で誕生した生物の為か、人間の様に会話を必要とせず、一種のテレパシーで直接意思を伝える事が出来る。端から見れば何も言わない相手に一方的に話し掛けている様で、何とも奇妙な光景だと彼は苦笑いした。

 

「それは諦めてくれ。でも今は暑いし、日焼けしなくて済むんじゃないか?」

 

〈数日もこんな所なんて気が滅入るわ。それに日焼けなんて、ドラキュラじゃないのよ〉

 

「ははっ、ドラキュラを知ってるのかい」

 

〈馬鹿にしてるの?私これでも本読むのよ。多分アナタより博識だと思うわよ?〉

 

「そうかい。じゃあ着替えの服よりも本を用意しとくべきだったかな」

 

〈ダメよ!海じゃこんな服手に入らないもの。後はルージュがあれば嬉しいんだけど〉

 

「…その白い肌と目の色が無かったら、本当に人間その物だな」

 

〈血を吸ったりしないから安心して〉

 

「次からはニンニクと十字架を持ってくるよ」

 

 

 

 

 

 

提督とリコリス棲姫を乗せた船が出発して丸一日が経過した。

目的地の深海運河沖迄は数日。プリンツの護衛もあり、今の所予定通りの航路を進んでいた。

 

 

 

 

 

 

「おはよう、リコリス。昨日はよく寝れたかい?」

 

〈ええ…朝起きて、ここが船の中じゃなければ最高だったけど…〉

 

「あと数日の辛抱だ。勘弁してくれ」

 

〈それにしても奇妙な気分だわ。人間と話した事はあるけど…こんな長い時間話したのは初めてよ〉

 

「会う度に撃ち合うのも疲れるだろ。たまにはこんなコミュニケーションもいいんじゃないか?」

 

〈…人間も変わってるけど、アナタも変わってるわね。アナタは艦娘じゃない、只の人間でしょ?私と一緒に居て…怖くないワケ?〉

 

「最近は怖さよりも好奇心が先に立ってね。その綺麗な脚の前じゃそんな事も忘れそうだよ」

 

〈それは…私が魅力的って事?…ねぇ、そうなの?〉

 

「あ、あぁ、そうかな」

 

〈そ、そう…フフフ。私、魅力的なの…ウフフ…〉

 

提督は椅子に腰掛けると、紅茶を注いだ。

 

「俺からも聞きたいんだが」

 

〈…何かしら〉

 

「君は…俺みたいな人間と居て平気なのか?」

 

〈それは…私に何かするって意味かしら?〉

 

「あ~言い方が悪かったかな。…その、君達は人間が憎いんじゃないのかい?その人間と居て…平気なのかって思って」

 

〈他の仲間はどうか知らないけど、私は別に嫌いじゃないわよ。私、人間の作る物結構好きだし。この服、前に拾った雑誌見てイメージしてみたの。どう?似合ってるかしら?〉

 

「あぁ、後ろ姿だけなら人間に見間違えそうだよ」

 

〈出来れば、前から見てほしいんだけど…〉

 

「暫く一緒なんだ。前からでも後ろからでも穴が開く迄見てあげるよ」

 

〈…そう言われると、見せたくなくなるわね〉

 

「姫、その見目麗しいお姿を哀れな民にお見せ下さいませ…これでいいかな?」

 

〈…素直に喜べないのは何故かしら…〉

 

提督はこの後一時間程、彼女のお喋りに付き合わされた。お互いの事、好きな食べ物…。提督も自身の生い立ちや提督になった経緯を語り、リコリスも人間や艦娘をどう思っているのかを語った。最近は難破船で手に入れた小説や漫画に夢中だそうだった。自分の部下だった艦娘もそうだったが、人間も深海棲艦も女というのは本当にお喋りが好きなんだなと、彼は改めて思った。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、提督さん」

 

「よっ、お疲れさん。はい、差し入れ」

 

プリンツが船頭で海を監視していると、寄ってきた提督がビール瓶を差し出した。

 

「うわぁ!ありがと~っ♪…でも、今任務中だしイイのかな?」

 

「イヤなら俺が飲むけど?」

 

「あ~ダメッ!私も飲むっ!」

 

「ソーセージも持ってくれば良かったかな?」

 

「そうですね、出来ればシュトーレンも」

 

〈前から思ってたけどシュトーレンって何だ?食べ物だよな…手刀連?〉

 

ビールを飲み終えたプリンツは後ろの柵に寄り掛かった。

 

「…ねぇ提督さん。今更だけど…どうしてこの任務引き受けたの?」

 

「う~ん…オイゲンから見てさ、俺ってどう見える?」

 

「どうって…あの、怒らないでね?…軍人さんには見えない…かな」

 

「自分でもそう思うよ。俺の家系って軍人が多いんだ。本当は軍人なんかなる気無かったんだけど、周りがそれを許してくれなくてね。そんで妖精さんが見えるとかで提督になっちゃってさ。

 

「オイゲンも知ってると思うけど、俺の作戦が失敗して何人もの部下が沈んだだろう?本当は責任取って死刑も覚悟してたんだけど、そこで今回の話が出てね。

 

「もし交渉を纏めれば、チャラにしてくれるって言うからさ。じゃあやってみようかなって所かな」

 

「でも怖くなかったの?相手は深海棲艦だよ?提督さん、私みたいな艦娘じゃないのに」

 

「そりゃ怖くないって言えば嘘になるよ。連中の巣に行くんだからさ。

 

「でもなぁ…俺、部下の艦娘を沢山沈めてるからなぁ。オイゲンの戦友もその中にいたんじゃないか?」

 

「で、でも提督さんだけが悪いワケじゃ…」

 

「と言っても沈んだ連中は、さぞ俺の事を恨んでるだろうよ。もし生きて帰れなくても、因果応報ってやつだよ」

 

「…」

 

「オイゲン、もし危なくなったら俺の事は見捨てて構わない。仮に上手く行ったって、生きて帰れる保証は無いんだ。俺も覚悟は決めてるよ」

 

「提督さん、こんな諺知ってます?《始まりがある物には終わりがある》って」

 

「聞いた事はあるな」

 

「でも、私の祖国だと続きがあるんですよ。《ソーセージには終わりが二つある》って」

 

「う~ん、良く分からないが…」

 

「もし提督さんがその気なら、案外何とかなるかもですよ。その為に私もいるんですから!」

 

「…ありがと。少し元気出てきたよ。じゃあ、またお姫様のご機嫌取りでもしてくるかな」

 

「うふふっ、ソーセージになった気分で頑張って下さい!」

 

「誰がソーセージだコラァ!俺はもっとデカいわ!…多分」

 

「えっ、えっ?な、何を怒って…ハッ!ち、違いますっ///そういう意味で言ったんじゃ…!」

 

「そういう意味って、どんな意味?」

 

「だからオチン…///ち、違いますっ!私、そんな事考えてないからっ!!」

 

「フランクフルト位はある…あ、ちょっと…プリンツちゃん?」

 

「よく狙ってぇ~…Feuer!!」

 

 

 

 

 

 

 

〈何よ、騒がしいわね。人が気持ち良く寝てるのに…〉

 

 

 

 

 

 

 

「リコリス、漫画読むって言うから幾つか持ってきたよ」

 

〈待ってたわよ!!早く、早く読ませて!!…どうして怪我してるの?〉

 

「…言いたくない」

 

提督が鞄から何冊かの漫画を取り出すと、リコリスは目を輝かせて飛び付いた。

 

〈ねぇ!《あたモテ》はある?《三つの銃》は?《侵攻の巨人》は!?〉

 

「《侵攻》はあったかな」

 

〈キャー!!待ってたわ!ずっと読みたかったのよ!最近、貨物船通らないから手に入らなかったのよ。これで襲わずに済むわ!!〉

 

「お、おう…」

 

鞄の中を漁るリコリスが漫画を手にすると、まるで子供の様に目を輝かせて読み耽った。その熱中振りに提督も声を掛けるのを躊躇う程だった。

 

〈やっぱりライナーとベルトルトだと思ったわ!!〉

 

〈かともこ回と思ったら、うっちー回!?〉

 

〈マリキータマン強いわね…ゼブラ負ける?〉

 

「そういうの好きなんだ。じゃあ、これなんかイケる?」

 

〈あら…《漂流学園》?何か絵が怖いわね…〉

 

「慣れれば気にならないよ。面白さは保証するよ」

 

〈そ、そう…?じゃあ、読んでみようかしら〉

 

~ 一時間後 ~

 

〈グスッ…グスッ…翔くん…強く生きるのよ〉

 

「(こんなにハマるとは思わなかった…)面白かった?」

 

〈えぇ。個人的にはサキっぺより西さんと結ばれて欲しかったけど。でも、途中の未来人間?ア、アレは怖いわね…〉

 

「ポッと出の薄幸美少女より幼なじみ枠が選ばれるのは鉄板だからね。…まぁ俺も西さん好きだけど。でも…

 

「深海棲艦でも怖い物あるんだな…」

 

〈べ、別に怖くなんかないわよ!そ、その…私、ミステリーは好きなんだけど…み、見た目が怖いのは苦手なのよ〉

 

〈モリモリマッチョの艤装(口オバケ)に座ってたお前は…〉

 

「じゃあこれは無理かな」

 

〈《13歳》?《神の左手》?ま、また絵が怖いわね…〉

 

「無理に読まなくても、確か他にも…」

 

〈ま、待って!…ちょっとだけ…読んでみるわ〉

 

「置いておくから、ゆっくり…」

 

〈ちょ、ちょっと!!どこに行くの!?〉

 

「え?邪魔だろうから今日は帰ろうかと…」

 

〈じ、邪魔じゃないけど!!ほ、ほら、か弱い女を置いてどこか行く気なの!?〉

 

「(深海棲艦ェ…)そんなに怖くないから大丈夫だよ」

 

〈ホ、ホントに?…怖くない?〉

 

「ああ(俺は)」

 

~ 五分後 ~

 

〈嘘つき!おっかない化け物ばかり出てくるじゃない!嘘つき!嘘つきッ!!〉

 

「ご、ごめん…あ、おい」

 

リコリスは提督の腕を掴むと、震えながらしがみついた。

 

〈…アナタのせいで、こうなったんだから…もう少しここに居なさいよ〉

 

「あ、あぁ…」

 

リコリスの隣に座った提督の鼻先を、彼女の白い巻き毛が擽る。もし色素の抜けた白い肌でなければ、どこにでもいる若い女性にしか見えなかっただろう。

 

〈こいつ…本当に人間じゃないん…だよな〉

 

彼女に掴まれた時は一瞬身構えてしまった提督だが、小刻みに震える肩、布越しに伝わる柔肌の温もり…。自分は今、一人の女と同じ部屋で過ごしていると実感させるには充分だった。

 

 

 

 

 

 

 

「…はい、こちらプリンツ・オイゲンです。まもなくA地点に到着します…」

 

 

 

 

 

 

翌日、朝食を終えた提督は、いつもの様にリコリスの部屋に来ていた。

 

〈…でね、水母棲姫に『その服変わってるわね』って言ったら『拾った雑誌見てイメージした』って言うから、私も貨物船襲ったの。え?船の名前?確か…タイタ…んもぅ!そんなのどうでもいいワヨ!

 

〈で、その船で見つけたのがこの服なのよ!私、頑張って再現したわ!スカートは動きにくいから短くしたけど…。

 

〈フフッ、そしたらね、水母棲姫のヤツ凄い羨ましがってね!だってあの娘、スカート履けないんだもん♪〉

 

提督は朝からリコリスの話に付き合わされていた。やれ部下の戦艦ル級は地味だからもっと派手にした方が良い、一方で重巡リ級は服を着るのを何故か嫌がる…。話に出てきた水母棲姫と自分はどちらがイケてるか?との話題になり何も考えず『水母棲姫に会ってみたい』と言った所、ヘソを曲げたのか暫く口を聞いてくれなくなってしまった。

 

「…なぁ、リコリス。そろそろ機嫌直してくれよ」

 

〈アナタは私より、自分と同じ黒髪の水母棲姫の方が好みなんでしょ?…何よ、あの頭のリボン。あの手で、どうやって付けてんのヨ!〉

 

「(知らんがな…)いや、俺キミの白い巻き毛も好きだよ。服のセンスも上品で良いと思うし」

 

〈…ホント?〉

 

「もちろん。それに話だと水母棲姫って下半身艤装にINしてるんだろ?俺はリコリスのスラッとした綺麗な脚の方が好きかな」

 

〈そ、そう?私、脚には自信あるのよ〉

 

〈俺の部下だったビスマルクとか雲龍も脚、綺麗だったけどリコリスに比べたら大した事ないよ」

 

〈ふ、ふ~ん、そうなんだ…私、艦娘よりもイケてるんだ…〉

 

〈胸は雲龍の方がデカいかな〉

 

〈そんな事ないわよ!〉

 

「心を読むな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「連絡があった深海棲艦に襲われている船はこの辺り…どうしました?雲龍姉さま」

 

「何故かしら天城。胸部装甲の辺りを…誰かに見られてる気がするの…」

 

「そうだわ!姉さまも私の様に着物「遠慮するわ」まだ最後まで言ってませんけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…前から聞こうと思ってたんだけど、キミのボスの運河棲姫って、どんな奴なんだい?」

 

〈…どうしたのよ急に〉

 

「キミと話すのが楽しいから、すっかり忘れてたけど、俺の任務は運河棲姫との交渉だからね」

 

〈…別にそんなの知らなくてもいいじゃない〉

 

「そう言うなよ。この任務が上手く行かないと帰っても処刑されるだけなんだから。少しは協力してくれよ」

 

〈…まぁ綺麗な人よ。センスも悪くないわね〉

 

「出来れば、性格の方を知りたいんだが…」

 

〈…言う必要は無いんじゃないかしら〉

 

「え?どうして…」

 

〈会えば分かる…って意味よ〉

 

「会えば…?それってどういう…」

 

提督がリコリスに尋ねようとすると、小さな爆発音と共に船が揺れた。

 

〈キャッ!〉

 

「うわっ!な、何だ!?」

 

船は何かにぶつかった様な振動の後、余震の様な揺れが何度か続いた。

 

「もしかしたら、深海棲艦に攻撃されたのかもしれない」

 

〈それはないと思うわ〉

 

「…何でそんな事が分かるんだい?」

 

〈どうしてこの船が襲われないか、おかしいと思わなかった?近付く仲間に『私が居るから攻撃するな』って命令していたからよ〉

 

「リコリス…そんな事も出来るのかい?」

 

「…えぇ。この辺りの仲間なら《私達》…私の事は知ってる筈よ。もし攻撃するとしたら私の事を知らない奴か、或いは…〉

 

「はぐれ深海棲艦か?と、とにかく状況を聞いてくる!」

 

提督はリコリスの話を区切ると、慌てて部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈…深海棲艦(わたしたち)以外か〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイゲン!何があったんだ?」

 

甲板から海を見下ろした提督は、海を滑るオイゲンを見つけた。

 

「深海棲艦よ。大丈夫、私が海に降りたら逃げて行ったから!」

 

「そ、そうか…」

 

提督の下ろした縄梯子で上がってくるオイゲンに、提督が手を差し出す。

 

「あ、ありがと提督さん」

 

「オイゲンがいてくれて助かったよ。でなけりゃ今頃、お姫様と海の底だ」

 

「お姫様は、泳いで逃げちゃうかもネ」

 

「どさくさ紛れに脚に掴まるかな」

 

「…提督さんのエッチ」

 

提督とオイゲンは爆発のあった船尾へ様子を見に行った。船を動かしていた船員の話では、壊れてはいないものの、修理に丸一日は掛かるそうだった。

幸いにも、この辺りは人が上陸できる島が幾つか点在するので、そこに立ち寄る事になった。

 

「…でも、おかしいな」

 

「何がです?」

 

「いや、さっきリコリスに聞いたんだが、彼女、他の仲間にこの船を攻撃するなって命令してたらしいんだ」

 

「か、彼女が…リコリスが言ってたんですか?」

 

「あぁ。だから、俺達の船が攻撃されるのは有り得ないって…」

 

「…き、きっとはぐれ深海棲艦ですよ。何か今までに見た事のないタイプだったし!」

 

「そうか…参ったな。無事辿り着くのも怪しくなってきたな」

 

「大丈夫ですって!私がいる限り提督には指一本触れさせませんから!」

 

「頼もしいな。まぁ久し振りの陸だ。リコリスにも降りてくる様に言ってみるよ」

 

「…わ、私と一緒じゃ…ダメ?…あ!変な意味じゃなくって…私と一緒にいれば、もし敵が現れても守れるって意味です!」

 

「…気持ちは嬉しいけど、リコリスも退屈そうだったからな。今回の任務は彼女がキーマンだし、運河棲姫に上手く取り成してもらわなきゃいけないしね」

 

「…そ、そうだよね!でも、何かあったらすぐに私を呼んで下さいね。リコリスだって深海棲艦だから、いつ気が変わるか分かんないし…」

 

「あぁ。頼りにしてるよ」

 

再びリコリスの下へと戻って行く提督を、オイゲンは手を振って見送った。

 

〈ビスマルク姉さま…私、間違ってるのかな…〉

 

少し考え込んでいたオイゲンだったが、すぐに船員達の手伝いに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈え~イヤよ。私このベッド気に入ってるもの。ここに居るわ!〉

 

「うん、まぁイヤならいいんだけど…久し振りの陸だし、俺は外に出るよ」

 

〈え?…じゃあ今日はもう来ないの?〉

 

〈明日になれば船も動くみたいだし、また明日来るよ」

 

〈…まぁ、たまには外に出るのも悪くないわね。でも寝る時は戻ってくるわよ〉

 

「いいんじゃない?たまには歩かないと太るぞ」

 

〈…アナタ、いつも一言多いのよね〉

 

 

 

 

 

 

「…大丈夫だ、誰もいない」

 

〈…そう?〉

 

共に船を降りた提督とリコリスだったが、彼女は他の船員に姿を見られ騒ぎになるのを嫌った為、提督が人影の少ない所を探して降り立った。

最初は降りるのを嫌がっていたリコリスだったが、やはり久し振りに体を動かせるのが嬉しいのか、その表情は明るかった。

 

〈…やっぱりそうだわ〉

 

「どうかしたのか?」

 

〈この島、何度か来た事あるのよ。休息や補給にちょうど良い広さなのよね。ねぇ、夕御飯はこの島で食べない?〉

 

「いいけど…部屋に戻りたいんじゃなかったのかい?」

 

〈夜には戻るわよ…でも、星空を見ながらの夕食も、ムードがあってイイじゃない?〉

 

「…タキシード着てくれば良かったかな?」

 

〈美味しいワインで我慢するわ〉

 

「砂浜でワインか…日本酒の方が合いそうだな」

 

〈…アナタ、絶対モテないでしょ?〉

 

 

 

 

 

 

 

夕方、砂浜でリコリスと落ち合った提督は見晴らしの良い高台で夕食を共にした。ワインを飲んだ事もあり、リコリスは終始ご機嫌だった。

 

〈…でね?戦艦棲姫が中枢棲姫サマに服、着てみませんか?って言ったんだって。そうしたら中枢棲姫サマ、何て答えたと思う?〉

 

「アンタが脱げばいいじゃないって言ったんだろ?」

 

〈そうなのよ♪よく分かったわネ?〉

 

「四回目は違うオチで頼むよ」

 

〈でね、最終的に下の毛を…///〉

 

自分の部下の隼鷹やポーラもそうだったが、艦娘も深海棲艦も酒に酔う所はそっくりだなと提督は思った。特に彼女、リコリスは外見的には人や艦娘とほぼ変わりなく、彼女が深海棲艦だと忘れる事もしばしばだった。

 

〈…ネェ、この先に海がとっても綺麗に見える所があるの。行ってみない?〉

 

「行くのはいいけど帰りはおんぶ、ってのは勘弁な」

 

〈んもぅ!これが人間の小説だったら、もっと気の効いたセリフを返す所よ?〉

 

「俺は主人公って柄じゃないよ。キミと違って顔も普通だし」

 

〈ウフフ…でも、女心は解ってると思うわ〉

 

「今は酔っ払いのあやし方を知りたいな」

 

〈そうね…素敵な夜景でも見せてくれれば酔いも覚めるかしらね〉

 

「ハイハイ、お供しますよお姫様」

 

リコリスに言われるまま、提督は彼女の後を着いていった。

 

 

 

 

 

 

 

「…へぇ、島も一望出来る。いい所だね」

 

提督とリコリスは島の中央にある丘に来ていた。辺りは人気も無く、丘の上から見える船の灯りが、まるで蛍の様に点滅していた。

 

〈そうでしょ?一人になりたい時とかに、よく来るのよ〉

 

「ははっ、そんな所にお招きしてくれるなんて、こりゃお礼の一つもしなきゃいけないかな?」

 

〈…そうね〉

 

リコリスは急に提督に抱き着くと、彼を押し倒した。

 

「うわっ!な、何を…リコリス?」

 

彼の両手を掴んでいるリコリスだが、その手にほとんど力は入っておらず、その気になれば容易に振りほどく事は出来た。

では、なぜそうしなかったのか。酒に酔っているせいだ、その時の彼は自分にそう言い聞かせた。

 

〈…こんな話聞いた事あるかしら?ある深海棲艦が船を襲ったの。でも船に乗っていた一人の男を見捨てる事が出来ず助けてしまったの。

 

〈彼女はその人間に恋してしまい、自分が彼を助けたと嘘を付いて彼と一緒に暮らす事にしたの。

 

〈彼も彼女と一緒に暮らしてもいいと思うようになったの。…でも、ある日知ってしまったの。

 

〈彼女が自分の船を沈めた、深海棲艦だって…

 

〈彼は当然逃げようとしたわ。でも、もう彼の居ない生活なんて考えられなかった彼女は何をしたと思う?

 

〈…彼の足を折って、彼女から逃げられなくしたそうよ。

 

〈今でも彼女は愛する彼と一緒に暮らしてるそうよ。彼女は幸せだったかもしれない…でも、彼はどうだったのかしら…

 

〈ねぇ…アナタはどう思う?彼は…幸せかしら?〉

 

「…ああ。男だから解るよ。こんな美女に迫られて幸せを感じない男はいないさ」

 

〈…信じていいの?私、こう見えても嫉妬深いのよ〉

 

「本当さ。口では嘘は吐けても体は正直だ」

 

〈あっ…これは…その…もしかして私の所為…なの?〉

 

「悪い、俺も男だからな」

 

〈そ、そう…人間の男って判りやすいのね〉

 

「悪いな、せっかくの雰囲気を壊して」

 

〈ううん、私も人の事言えないわ。ほら、私も…んっ…ね?〉

 

リコリスは提督の手を握ると、両脚の間へと導いた。彼女に導かれ触れた()()は、まるで人間の女の様に湿り気を帯びていた。

 

〈ねえ…私が読んだ小説だと、この後どうなるか書いてないの…続き…教えて…〉

 

「…俺で良ければ」

 

彼はリコリスの手を優しく振りほどくと、彼女の頬を撫でた。やがてどちらからともなく、二人は唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、昨日どこ行ってたの?探したんだよ」

 

翌朝、提督が目を覚ますとリコリスは居なかった。先に戻ったのだろう、そう思った彼が船に戻って来ると、早速待ち構えていたオイゲンに捕まった。

 

「久し振りの陸だしさ、たまには外で寝てみようと思って」

 

「リコリスも居なかったけど…」

 

「…そうなんだ。まだ戻ってないのか?」

 

「ううん、もう戻ってるみたいだけど…」

 

「そうか…あいつもたまには外の空気吸いたかったんじゃないか?」

 

オイゲンは提督に近付くと、服の匂いを嗅いだ。

 

「…提督、昨日リコリスと…一緒だったの?」

 

「…今日の夜は空けとくよ」

 

「違うわよ!そんな意味じゃないって!…はぁ、心配して損しちゃった」

 

「ごめん。でも何かあったら今頃こうしてオイゲンと話してないよ。だいいち人間の俺にどうこう出来る相手じゃない。逆に魚のエサになるのがオチだよ」

 

「いっそ駆逐イ級にでも食べられちゃえばよかったのに!」

 

「俺はオイゲンを食べたいな~♪」

 

「プリンツ・オイゲン!追撃戦に移ります!」

 

 

 

 

 

 

 

〈…ねぇ、どうしていつも怪我してるの?〉

 

「思春期の女の子は扱いづらいね…」

 

 

 

 

 

 

それから数日が過ぎ、船はいよいよ目的地の深海運河沖へと辿り着いた。辺りは赤い濃霧が立ち込めており、人間の提督にも、ここが人の領域では無い事を容易に察する事が出来た。

 

「さて、着いたはいいが…ここからどうするか…」

 

「そうよね…操縦士さんに聞いたらここから先は船では進めないって」

 

〈ここから先は、私が案内するわ〉

 

途方に暮れていた提督とオイゲンの頭にリコリスの声が響いた。

 

「リコリス…」

 

「…ッ!」

 

いつの間にか二人の後ろに立っていたリコリスは、自分を睨むオイゲンに向き直った。

 

〈プリンツ・オイゲン…だったかしら?そんな怖い顔しないでよ。こんな所でやりあったら、提督も巻き込むわよ?〉

 

「…解ってるわよ」

 

「そんな事よりリコリス、見ての通りだ。何か手があるのかい?」

 

〈えぇ…迎えが来たようね〉

 

リコリスが手をかざした方を、二人は見つめた。

 

「…!」

 

「あれは…深海棲艦…か?」

 

濃い霧の中を一つの小さな影が近付いてきた。カラスの様な細長い頭。人の上半身に黒い球体の様な下半身を持つ深海棲艦、輸送ワ級だった。

 

〈運賃はタダよ…今回はね〉

 

 

 

 

 

 

 

その後、提督は彼女(?)輸送ワ級に乗せられた。リコリスはいつの間にか海に待機していた彼女の艤装に乗ると、二人で運河棲姫の下へ行く事になった。

自分も行くと言うオイゲンだったが、それならこの話は無しだとリコリスに言われると大人しく引き下がった。

程なく周囲の島の中でもひときわ不気味なオーラを放つ島へ到着した。

 

〈…着いたわ〉

 

「ここに、運河棲姫が…」

 

提督は、覚悟を決めると島に降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

当然の事だが、島には大勢の深海棲艦が居た。

直接戦えない提督は、あくまで情報でしか知らない事だったが幾つかの深海棲艦は察しが着いた。

リコリスの話にも出てきた戦艦ル級、重巡リ級。黒い蟹を被った様な空母ヲ級、人の形を持たない軽巡、潜水艦達。

彼女達は、やはり間近で見る人間が珍しいのか、リコリスと歩く提督にその視線は集中した。

だが提督が思うよりは敵意を浴びせられる事は少なく、むしろ間近で見る人間に興味がある、そんな感じだった。

やがて提督は、鎮守府程の巨大な建物に案内された。

 

「…驚いたな。君達にも、これだけの文明が…」

 

〈フフッ、驚いた?ただ私達は文字を書く文化は無いのよ。だから人間の文化が羨ましいわ〉

 

建物の中は全体的に暗めではあるが、しっかりと設計されており、所々に壮麗な彫刻が彫られていた。

リコリスは大きな扉の前で止まった。

 

〈ここよ〉

 

「…いよいよか」

 

〈準備はいいかしら?〉

 

リコリスは扉を開けた。

だが、その部屋には…

 

 

 

 

 

 

船に待機していた筈のプリンツ・オイゲンはこっそりとリコリス達の後を付け、島へ上陸していた。人気が無い場所に着いたオイゲンは、島の中央にある運河棲姫の城へと辿り着いた。

 

「…こちらオイゲン。任務はほぼ成功だと思います。はい、もしその時は予定通り…提督を…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「リ、リコリス…どういう事だ?運河棲姫は…」

 

部屋に案内された提督の目の前には、白い装飾のベッドが置かれていた。だが、その主であろう人物、運河棲姫の姿は無かった。

 

〈ちゃんと居るわよ…アナタの目の前に〉

 

「な、何を言って…ここには俺達…しか…」

 

驚く提督を悠然と横切り、リコリスはベッドへと腰掛けた。

 

〈初めまして…と言った方がいいかしら?〉

 

リコリスの姿が少しずつ変化を見せ始めた。頭に着いていた棘の様なツノは頭を飾る月桂樹に変化する。白い服に黒いラインが浮かび上がり、髪は足元へ届く程の巨大な巻き毛へ変化した。

 

「そうか…リコリス、君が…」

 

〈ようこそ私の城へ…私が運河棲姫よ〉

 

彼女は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

リコリスの居城に乗り込んだオイゲンは、周囲を警戒しながら奥の部屋へと進んで行く。

 

〈さっきから、おかしいわ…〉

 

島に上陸したオイゲンの違和感は、城へ入って確信へと変わった。

当初、オイゲンは運良く人気の無い場所を見つけ上陸したつもりだった。だが、それは城へ近付いてからも続き、城へ入った後もそうだった。敵の影は見かけるが、誰も自分には気付かず、避けている伏しさえあった。

これは罠なのでは…。引き返すべきか悩んだオイゲンの耳に男の話し声が届いた。

オイゲンは声のする部屋に近付いた。

 

 

 

 

 

 

 

「リコリス、君も人が悪いな」

 

〈だってアナタ、私と居るのに他の女の事を気に掛けるんだもの…でも、私の言った通り綺麗でセンスもあるでしょ?〉

 

「フッ、確かに」

 

〈まぁ、驚かせる気は無かったんだけど…私はここの防衛を任されているの。でも私、閉じ籠ってるの苦手なのよ…離島棲姫はそうでもなかったけど。変わってるわよね?

 

〈だから運河棲姫の部下って事にして出撃してるのよ。リコリスの姿なら周りも怪しまないし。

 

〈で、アナタの部下と戦って、少し休んでいたのよ〉

 

「そうだったのか…それで休んでいる所を艦娘達に見つかって…」

 

〈…アナタはそう説明されているの?〉

 

「そうって…どういう意味だい?」

 

〈少し違うわね。私の方から話がしたいと持ちかけたのよ〉

 

「話…何の為に?」

 

〈少し話を遡るわね。私、ある戦いで艦娘達を破ったのよ…そう、アナタの部下をね。それについては悪いと思うけど私の部下も倒されたんだから、おあいこでしょ?

 

〈その時に、沈んだ艦娘の帽子を拾ったの。名前はそう…ビスマルクって言ったかしら。

 

〈彼女は沈む直前にアナタの名前を呟いたの。それで、彼女の帽子に残る思念を探ったのよ。それでアナタに興味を持ったの。

 

〈で、私の方から話を持ちかけたのよ…アナタを私に引き渡せば、その鎮守府には手を出さないって〉

 

「…何…だって…」

 

〈…やっぱりアナタ何も知らされていないのね。道理でノコノコ私に付いて来ると思ったわ〉

 

「そんな…じゃあ俺は…最初から…」

 

〈…騙した形になったのは謝るわ。でも、こうでもしないと、アナタを手に入れる事は出来ないでしょ?〉

 

「…嘘だったのか。俺は…売られたのか。最初から帰り道なんて…フッ、部下を沈めた男の末路なんて、こんなものか」

 

〈それは彼女に聞いてみたら?〉

 

「…え?」

 

〈そこの重巡。盗み聞きは、あまりいい趣味とは言えないわよ?〉

 

扉に目を配るリコリスに提督も振り返った。やがて隠れている事に気付かれたオイゲンが、扉の後ろから姿を現した。

 

「…気付いていたの?」

 

〈ここは私の城よ?部下達が頻りに報告してくるからここに通す様に命令したのよ〉

 

「そういう事…やけにすんなりと入れると思った」

 

「オイゲン…今リコリスが言った事は本当なのか?」

 

「…はい提督さん、本当です。それとそこのリコリスも知らない、もう一つの目的があります」

 

「もう一つ?それは一体…」

 

「提督さん達人間と深海棲艦の…交配は可能か、調べる事です」

 

「こ、交配って、つまり…その通りの意味でいいのか?でも何で、そんな事を…」

 

「提督さん、人と艦娘は《ケッコンカッコカリ》と言う形で結ばれる事が出来ますが…中には本当の…人間の夫婦の様になる例もあるそうです。

 

「ここからは私の推測ですが…大本営は戦争の終わりを模索しているんだと思います。そんな時、そこのリコリスからの提案が舞い込みました。

 

「大本営は提督さんを人柱に捧げる事で、その…人と深海棲艦は結ばれる事が出来るのか、もし出来るならそれを口実に友好関係を築けないか…そう考えたんだと思います」

 

「…」

 

〈それは知らなかったわ。人間も案外ちゃっかりしてるのね〉

 

提督とオイゲンのやり取りが面白くないとでも言わんばかりに、リコリスは口を開く。

 

〈その目論見は、ほぼ成功よ〉

 

「…おい、リコリス」

 

〈いいじゃない。彼女も薄々察しているみたいだし〉

 

「オイゲン、気付いていたのか?」

 

「…島での事でしょ。うん、何となく。提督さん、リコリスと一夜を過ごしたでしょ?…女の子って、そういうのすぐ分かるんだよ」

 

「…」

 

〈…ねぇ、オイゲン。私からも聞きたい事があるの。アナタ、この事を知っていたのよね?じゃあどうしてこんな危険な任務を引き受けたの?こんな所迄乗り込んで来て…無事に帰れると思っているの?〉

 

「なっ!リコリス、お前ッ!!」

 

「いいのよ提督さん。この任務、私から志願したの…どうせ最初から沈む気だったの。ビスマルク姉さまを沈めた提督さんを沈めた後に…」

 

「ビスマルク…?俺の艦隊にいたビスマルクか?…そうか、お前アイツの事慕ってたもんな。確かに、俺の采配で沈めた様なもんだ…そうか、だからこんな任務を」

 

「私に与えられた任務は提督さんの護衛。でもそれは表向き。もし自分が生け贄だと気付いて逃げようとしたら始末しろって言われてるの。

 

「本当は提督さんに逃げてほしかった…そうすれば堂々と提督さんを…ビスマルク姉さまの仇を討てたから…。

 

「でも提督さんと一緒に過ごしている内に、だんだん分からなくなってきたの。提督さん、とってもいい人だから、リコリスに渡さずに済む方法無いかなって…もし沈めても天国(ヴァルハラ)に居るビスマルク姉さまは喜んでくれないんじゃないかって…」

 

「オイゲン…」

 

「リコリス…今言った通りよ。私は最初から帰るつもりはないの。いっそ沈めてちょうだい」

 

「オイゲン…リ、リコリス!俺からも頼む。オイゲンは見逃してやってくれないか?」

 

〈どうして?この娘、アナタを殺す気だったのよ?〉

 

「それは俺の采配のせいで、オイゲンが慕うビスマルクを沈めたからだ。あ、いや、別にお前を責めるつもりは無い。だからと言っちゃ何だが、この娘だけでも見逃してやってくれないか?」

 

〈…でも、それだとアナタはどうするの?私の目的はアナタと一緒にいる事よ?〉

 

「俺は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり失敗だったか…」

 

「はい、途中で勘づいて逃げようとした所をリコリス棲姫に…申し訳ありません」

 

任務失敗の報告と共に、オイゲンは元帥に頭を下げた。報告書を読んだ元帥は、軽く溜め息を付くとオイゲンに向き直った。

 

「いや、君はよくやってくれたよ。君がこの任務を引き受けてくれると言った時は、もう帰ってこないつもりだと思っていたからね」

 

「…ビスマルク姉さまが、見守ってくれたんだと思います」

 

「そうだな…分かった。彼は戦死扱いにしておくよ。オイゲン、任務ご苦労だった」

 

「はい、失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

〈ビスマルク姉さま。本当にこれで良かったのかな…〉

 

オイゲンは提督との最後の会話を思い出していた。もうこの世には《居ない》筈の彼の言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…俺は、この島に残るよ」

 

「て、提督さん!?だ、大丈夫です!ビスマルク姉さまもそうでしたが、提督さんは艦娘には慕われています。そんな提督さんを死刑になんてしませんよ!それこそ艦娘達の暴動が起きちゃいます!」

 

「違うんだオイゲン、前にも言っただろ。俺は提督には向いてないって。もし提督を続ける事になっても、今度はお前も沈めかねない」

 

「そ、そんな事…」

 

「それに考えてみたんだが、これはいい機会だと思ってね。もし帰っても、それはリコリスとの密約を破棄した事になる。そうなれば、またリコリスは鎮守府を攻める。…そうだろう?」

 

〈…否定はしないわ〉

 

「それに俺はビスマルクや大勢の部下を沈めた男だ。仮にリコリスにこのまま殺されても当然の報いだよ」

 

〈殺したりなんかしないわよ!やっとアナタを手に入れたのに傷付ける訳ないじゃない!続きもしたいしでも私以外の女に色目使ったら…

 

殺しちゃうかも

 

「どっちだよ…そろそろリコリスの姿に戻ってくれないか…そうそう、やっぱり俺はその姿のリコリスの方が好きだよなんか特に

 

「悪いがオイゲン、俺は途中で殺されたって事にしてくれ。

 

「…深海棲艦との友好か。これで暫く両者は解り合えず戦いが続く事になるな。それは悪いと思うよ…すまない、オイゲン」

 

「提督さん…」

 

「と、言う訳だリコリス。俺はここに残る。だからオイゲンは見逃してやってくれ」

 

〈…アナタの頼みじゃ断れないわね。まぁいいわ。アナタが私の側に居てくれるなら、この娘を沈める理由も無いし〉

 

「だ、そうだ。さ、オイゲン。リコリスの気が変わらない内に早く帰った方がいい」

 

〈失礼ね!私は嘘なんか付かないわヨ!〉

 

「えぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の彼がどうなったのか、それはオイゲンに知る由は無い。だが、かつて彼の居た鎮守府近海に何故か深海棲艦が現れる事は無くなった。

 

一年後、オイゲンの所属する艦隊が深海運河沖に駒を進め、彼女は再びこの海域に足を踏み込む事になった。

不幸にも艦隊は敗北したが、一人の轟沈も出す事は無かった。

だが、不思議な事に帰投した艦隊にプリンツ・オイゲンの姿が見当たらなかった。轟沈した所を目撃した者は誰もおらず、彼女の帽子だけが、かつてのビスマルクの様に海で発見された。

 

その後、オイゲンを見た者はいない。

 

 

 

 

 




最初はそのまま運河棲姫で行こうと思ったんですが、セリフが無い為かキャラが掴めず、でも運河棲姫じゃないとパナマってタイトル使えないのでリコリスは運河棲姫だった?説をでっち上げました。何かリコリスと運河棲姫、髪型とか似てるし…似てない?そう…。

人間と深海棲艦に子供は作れるかどうかは別の話で書いてますが、大本営はその事を知らないという事になってます。









深海目録

提督 元々は画家志望の草食系男子。戦術眼は乏しいが、艦娘達に無駄に支持されていたので辞めるに辞めれなかった。この1ヶ月後に噂の水母棲姫と(ようやく)ご対面、リップサービスで褒めちぎったがそれがリコリスの逆鱗に触れ、その後3日間食事は抜きだった。脚フェチ。

リコリス 人間の文化大好きガール。提督に怒られたので、もう船は沈めない。変わりにお忍びで買い物に来ている。本人は知らないが彼女の現れた街では八尺様が現れたと都市伝説になっている。離島棲姫とは趣味が合うのか仲がいい。

プリンツ・オイゲン ビスマルク姉さま大好きっ娘。元々違う艦隊だったので、やっと同じ艦隊になったと思ったらビスマルクだけ先に沈んでしまった。本当は提督を島に置いて行こうとしていた。ウインナーよりチーズが好き。

ビスマルク この人が帽子落としたのが、そもそもの始まり。そういう意味では元凶とも言える。提督の事は好きだったらしい。頼りないけど。

水母棲姫 ロクに登場していない割には提督さんの評価は高い。散々disられてはいるがリコリスと仲が悪い訳ではない。話を聞いて提督さんに会いにリコリス城を訪ねたが居留守を使われた。3回も。

戦艦ル級 リコリスには地味だと言われているが、フリフリの派手なのを何着か持っている。ただリコリスと被るので遠慮している空気の読める子。

重巡リ級 あざとい。提督と会う時はいつもより布面積の少ない水着を着てくる。提督が来てから急にデリケートゾーンを気にする様になった。

元帥 プリンツが前に所属していた所の偉いさん。プリンツの勧めでビールを飲み過ぎて痛風悪化。

雲龍&天城 爆乳姉妹。二人合わせて190(提督算出)。
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