艦娘症候群   作:昼間ネル

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やめて!
ル級の砲撃を受けたら艤装と繋がってる天龍の魂まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないで天龍!
あんたが今ここで倒れたら提督や龍田との約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。ここを耐えればル級に勝てるんだから!
次回 「天龍 死す」
艤装 展開♪


オレの名は

ある鎮守府の工廠。

その中で一際異彩を放つ巨大な機械があった。

艦娘を生み出す事の出来る建造機。この不思議な機械が妖しい光を放ちながら、轟音を立てて稼働していた。

 

「上手くいくかしら…」

 

「…大丈夫だ」

 

四人の男女がその前で祈りを捧げる様に、艦娘が生まれる瞬間を待ち望んでいた。

建造機が急に静かになると、巨大な扉が開かれ、辺り一面に蒸気が放たれた。

そしてその中から、その瞬間を待っていたかの様に一人の女が現れた。

 

「…待っていたよ。名前を教えてくれるかい?」

 

彼女は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍田、大丈夫か?」

 

「う、うん…ごめんね、天龍お姉ちゃん。私が弱いばっかりに…」

 

「フッ、何を言う。お前は私の大切な妹だ。お前を守る事を辛いなどと思うものか」

 

「天龍お姉ちゃん…」

 

今にも倒れそうな艦娘に、同じ髪の色をした艦娘が肩を貸した。申し訳なさそうに肩を借りる彼女は、姉の澄んだ両目を見ると照れた様に目を反らす。

 

「…見せつけてくれる所悪いんだけど、電も中破状態なんだけど」

 

「フッ、もちろん分かっている。大丈夫か電?おんぶしてやろう」

 

「はわわ…だ、大丈夫なのです。そんな事より霞ちゃんを見て下さい。私より攻撃を受けちゃったのです」

 

「そうか…霞は偉いな、自分も辛いのに。それっ!」

 

「きゃあっ!も、もう自分で走れるってば!は、恥ずかしいわよ!」

 

「私がそうしたいんだ。私の我が儘…聞いてくれないか?」

 

「…!て、天龍さんが、そこまで言うんなら…別にいいけど…」

 

「…う、ううっ!」

 

「ど、どうした龍田?」

 

「や、やっぱり私動けないかも!」

 

「何っ、それは大変だ」

 

「…いや、思いっきり演技よね?だいたいお腹にダメージ受けてないじゃない」

 

「そ、そうなのか龍田」

 

「…(チッ!)そ、そうね、大丈夫そう」

 

〈舌打ちしたわね、このシスコン軽巡!〉

 

「…」

 

「どうした電。お前も動けないのか?」

 

「電…アンタ…」

 

「や、やっぱり大丈夫なのです!!」

 

「やっぱり!?」

 

「そうか…だが無理するなよ。いつでも私に言うんだぞ?」

 

「はいなのです!」

 

〈…チッ!〉

 

〈電!?〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍田…天龍は?」

 

「お姉ちゃんじゃなくって悪かったわね」

 

「そんな意味じゃないよ」

 

彼女、天龍(てんりゅう)型軽巡洋艦龍田(たつた)は、この鎮守府に来てまだ日が浅い。つい数ヶ月程前に海をさ迷っていた所を発見され、姉の天龍の居るこの鎮守府にやって来た。

その後を追うように朝潮(あさしお)型駆逐艦の(かすみ)(あかつき)型駆逐艦の(いなづま)も加わる事になった。

天龍にしてみれば妹が一気に三人増えた様な物で、心労が増えはしたが、そんな状況を楽しんでもいた。

一方で龍田にしてみれば、妹である自分以外にも目を掛ける天龍に些か焼きもちを妬く事もしばしばだった。

 

「中破したのは霞達だと聞いているが」

 

「提督は私が中破した方が良かったのね」

 

「何故そうなる…天龍がいないって言ってるだけだよ」

 

「お姉ちゃんなら霞ちゃん達に付いてあげてるわよ」

 

「そうか、優しいな…誰かと違って」

 

「本当。任務をこなした私に労いの言葉一つない誰かさんと違ってね~」

 

「ぐっ…まぁ何だ。皆揃ってから言おうと思ってたんだが…悪かったな」

 

「ううん、気にしないで。私と提督の仲ですもの。でも、お姉ちゃんや霞ちゃんは私と違って気にするかも…」

 

「…何が言いたい?」

 

「そうね~…もし私が霞ちゃんだったら、間宮さんで餡蜜(あんみつ)でも奢ってくれたら機嫌直るんじゃないかしら?」

 

「それもそうだな。確かここに…あった。ほら、俺の持ってる間宮さんの券だ。渡しとくよ」

 

「…あら?三枚しかないわよ。私とお姉ちゃん、霞ちゃんに電ちゃん…一枚足りないんじゃない?」

 

「おかしいな…龍田は気にしないから要らないんじゃなかったか?」

 

「…フフッ、私提督さんのそういう所好きよ~」

 

「無理しなくていいぞ」

 

「あら、本当よ~」

 

「電探めっちゃ回ってるぞ「えっ!やだ、嘘!」

 

「嘘だよ」

 

「…フフフ」

 

「…ハハハ」

 

「ふぅ。提督よ、霞達は大丈夫だ…っと、どうしたんだ二人共、凄い顔して。変な物でも食べたか?」

 

「あっ、お姉ちゃん!ヒドいのよ、提督さんが私の事苛めるの~」

 

「あ~天龍、すまんすまん。龍田があまりに可愛いからついな」

 

「…二人共、仲が良いんだか悪いんだか判らんな」

 

「上司としては好きよ?でも男性としてはどうかしら~」

 

「龍田、仮にも上官だぞ」

 

「ウフフッ、は~い。じゃあね、お姉ちゃん」

 

「ああ、龍田。忘れ物だ」

 

「え?」

 

「ほら、よく探したらもう一枚あったよ」

 

「…人が悪いわね。それはお姉ちゃんに渡しといて。霞ちゃん達、きっと喜ぶわ」

 

「頭の輪っかが回ってる誰かさんは特にな」

 

「フフッ、もう引っ掛かりませんよ~」

 

提督から受け取った三枚の券をヒラヒラと振りながら、龍田は上機嫌で執務室を後にした。龍田と提督の素振りに、おおよその見当の付いた天龍は苦笑しながら椅子に座った。

 

「龍田の奴、電探が回っていたが…何か良い事でもあったのか?」

 

「間宮券をあげただけだよ。それにしても龍田は感情が判り易いな。頭の輪っかで今は機嫌が良いのか悪いのか、だいたい判る」

 

「フフフ、我が妹ながら可愛いものだ」

 

「そんな天龍も判り易いぞ。今は“耳”が垂れ下がってる」

 

「なっ!ほ、本当か!?」

 

「やっぱりお前達姉妹だわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「それは龍田に言ってやれ」

 

ある日の昼下がり。

執務室では提督と秘書艦の天龍が昼食を摂っていた。

提督と天龍の付き合いは、この鎮守府では比較的古い部類に入る。提督が鎮守府を任されて初のドロップ艦という事もあり、彼は天龍に他の艦娘とは違う愛着を持っていた。

彼女もそんな彼に恩義を感じているのか、健気に彼に尽くし、駆逐艦達の面倒も良く見ていた。駆逐艦達も天龍に救われた事は一度や二度ではなく、やや辛辣な性格な霞でさえ、彼女の言う事は素直に聞く程だった。

 

「もちろん龍田の事も心配だが…天龍は一番槍で突っ込む癖があるからな。気が気じゃないよ」

 

「心配してくれるのか?悪い気はしないな。次からもそうするかな」

 

「おいおい…」

 

「フッ、冗談だ。だが妹達はまだ練度が低い。私が頑張らないと下手したら沈みかねんからな。それを考えると体が勝手に動いてしまうんだ」

 

「妹想いなのは解るが…俺は天龍の方が心配だよ」

 

「…ありがとう。軽巡の私なんかに、そう言って貰えると本当に嬉しい」

 

「そう自分を卑下するなよ…」

 

「だが最近入って来た特型駆逐艦の…そう、吹雪にも速度で負けてるしなぁ…」

 

「そ、そんな事ないさ。駆逐艦には無い火力が軽巡の魅力じゃないか。それに吹雪だって、ああ見えて天龍の事慕ってるんだぞ」

 

「だが吹雪の奴、確か扶桑を慕っていると聞いたが」

 

「そういえば『12門の連装砲?あんなの飾りです!司令官にはそれが解らないんですよ!』とか言ってたな。扶桑が聞いたら泣くぞ…」

 

「慕ってくれるのは嬉しいが…吹雪と言い電と言い…最近妙に抱き付いてくるんだ…駆逐艦の娘は愛情表現がストレートだな」

 

「ま、まぁ…それだけ慕われてるって事じゃないか?」

 

「最近は霞も…前におんぶしてやった時に…その…呼吸が荒かった様な…」

 

「まぁ、天龍って駆逐艦に慕われてるし…」

 

「お、おい。私は艦娘だが女だぞ?」

 

「世の中には色んな愛情があってだな…」

 

「別に構わんが…私は…普通がいいかな」

 

「そうだな、そう言ってくれると俺も嬉しいよ」

 

「…やっぱり普通じゃなくてもいいかな」

 

「フフッ、何故だろう。今日の飯は涙の味がするや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お姉ちゃんお帰り~!」

 

秘書艦としての仕事を終えた天龍が自室に戻ると、龍田が待ってましたとばかりに抱き付いて来た。

 

「おっと!龍田、まだ起きてたのか?先に寝てればいいものを」

 

「だって、お姉ちゃんが帰って来るまで起きてたかったんだもん」

 

「フッ、しょうがない奴だ」

 

天龍は龍田を引き剥がすと、自分のベッドへと腰掛けた。

 

「お姉ちゃん…ゴメンね」

 

「ん…どうした龍田」

 

「う、うん…その…私達の面倒だけじゃなく、秘書艦までやらせちゃって」

 

「なんだ、そんな事か。別に構わん、私が好きでやってる事だ」

 

「…私、秘書艦、代わろうか?」

 

「それも良いな。じゃあ“たつた”って漢字で書ける様にならないとな」

 

「か、書けるわよ!」

 

「“かすみ”は?」

 

「うっ…じ、辞書見れば書けるわよ!だいたい霞ちゃんもあんな画数が多いから悪いのよ!」

 

「龍田も相当だが…因みに提督の名前は書けるか?」

 

「う~ん…提督って、名前何だっけ?」

 

「…仮にも私達の指揮官だぞ。いいか?提督の名は「そんな事よりお姉ちゃん」…」

 

「エッチな事されてない?「ブッ!?

 

「た、龍田、いきなり何を…」

 

「だって霞ちゃんが『あのクズ、天龍さんの胸ばかり見てるわね』って」

 

「み、見られてるのは知っているが…別に減る物じゃないし」

 

「霞ちゃんに見せて貰ったKan(カン) Kan(カン)にも『時代は軽巡!チョイ出しコーデで提督轟沈♪』って有ったし…お姉ちゃん露出低い割に出るとこ出てるし…ミニスカだし…」

 

「そんな事言っても私がこの体に顕現したらこうなってた訳だし…だいたいそれを言ったら龍田だって似た様な物だろう」

 

「電ちゃんに借りたAne(アネ) Kan(カン)にも『やっぱり提督は胸部装甲が好き!ビーチの視線を一人占め☆』って有ったし…お姉ちゃん胸部装甲にネクタイ挟んだりマニアックだから」

 

「マニアック!?た、龍田、私の格好って、もしかして変なのか!?」

 

「鈴谷ちゃんに借りた重巡(ヘビクル)egg(エッグ)に『夜戦確実!彼ピッピが喜ぶ乳挟みスタイル♪』って有ったし…胸の谷間に挟むのを連想させるって」

 

「何を挟むんだ!?って言うか龍田、お前普段何を読んでるんだ!?」

 

「私はお姉ちゃんにはそんなの似合わないって思うの」

 

「わ、私もそう思う!…いたくもないが

 

「比叡さんに借りた『元帥(いそろく)様が見てる』に「龍田、お姉ちゃん、もう少し読む本選んだ方がいいと思うぞ!」

 

「で、でも…私も興味あるし…」

 

「それは…私もあるが…因みに比叡に借りた本はどんな内容なんだ?」

 

「あ、これは健全だから大丈夫!姉妹の美しい愛情を描いた小説よ」

 

「そ、そうか…なら安心だ」

 

「愛憎渦巻く莉裏庵(リリアン)鎮守府を舞台に愛し合う二人が「も、もういい龍田!」

 

「え~、とっても面白いのに…」

 

「た、龍田が個人的に楽しむのは構わないんだが、あくまでひっそりと楽しんでくれ…お姉ちゃんからのお願いだ」

 

「うん、分かった…お姉ちゃんがそう言うなら千代田さんに貸した『私に天龍が舞い降りた』は返して「何で私、名指しなんだ!私、千代田の奴にそんな目で見られてるのか!?」

 

「安心して。これは私が秋雲ちゃんに描いて貰っただけだから「余計安心出来ないんだが!?」

 

「大丈夫、比叡さんや千代田さん達“妹薔薇(スール・キネンシス)”しか読んでないから「スー…な、何だって!?龍田、そんな集まりに入っているのか!?」

 

「私と秋雲ちゃんで作った艦サーだよ」

 

「龍田が作ったのか?って言うか艦サーって何だ!?」

 

「舞鶴のカンケットに出るんだ~」

 

「カンケットって何だ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この鎮守府の天龍は古参の為、他の艦娘に比べると練度が高めな事や、燃費の良い軽巡洋艦という事もあり皆から重宝されている。

とは言ってもそれは半分建前で、実際はその面倒見の良い性格から他の艦娘からも同じ遠征任務にと引く手あまただった。

もっとも、その分置いてきぼりを食らった龍田の機嫌を宥めるという特別任務も追加される羽目になるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ~ンフフ~ン♪」

 

「げっ、龍田!…さん」

 

「あら~ご挨拶ね真澄(ますみ)ちゃん「(かすみ)よ!」こんにちは(いかずち)ちゃん。どうかしたの?」

 

「い、(いなづま)なのです!これを見ていたのです」

 

「これ…次の遠征の予定表?」

 

「そ、まだ編成は未定みたいだけど、あたしと電は確実に組まれるでしょ」

 

(やす)みちゃんは暇そうだものね~」

 

(かすみ)って言ってんでしょ!銀幕観て鼻唄歌ってる奴に言われたくないわよ!」

 

「面白かったのよねぇ、これが♪」

 

「聞いてないわよタッタネン!頭の外殻(ハルユニット)撃つわよ!?」

 

「旗艦は…まだ決まってないのね」

 

「多分天龍さんでしょ?あたし達の時はだいたいそのパターンだし」

 

「電も天龍さんがいいのです」

 

「私だっているのよ?(あかつき)ちゃん」

 

(いなづま)なのです!せめて(いかずち)と言って欲しいのです!」

 

「でも、天龍お姉ちゃん秘書艦もしてるし、大変だと思うのよ。そうは思わない?あずみちゃん」

 

「どこの忍者よ!…まぁ、確かにあたしもそれは悪いかなって思ってるけど…」

 

「あら、意外と優しいのね、黄純(きすみ)ちゃん」

 

「4回目!?てか誰?…ふ、ふん!あなたと違って頼りになるし?ねぇ電」

 

(いかずち)ちゃんもそう思うの?」

 

(いかずち)ちゃんは2回目なのです!…わ、私は龍田さんも好き…なのです」

 

「あら~嬉しい事言ってくれるわね」

 

「…まぁ、否定はしないけど」

 

「でね、茄子(なすび)ちゃん「“す”しか合ってないわよ!無理にボケんじゃないわよ!」

 

「今回は私が旗艦じゃ…駄目かしら?」

 

「た、龍田…さんが?」

 

「私の事、嫌いかもしれないけど、あなた達を守れる力位あるつもりよ?」

 

「べ、別に嫌いな訳じゃ…」

 

「ホント?ジャスミンちゃん「やっぱ嫌い!」

 

「い、電もそれがいいと思うのです。それに龍田さんなら、私も安心なのです…」

 

(あかつき)ちゃん…「(ひびき)ちゃんも呼んであげて欲しいのです!」

 

「じゃあ提督には私から言ってみるわね。それでいい?霞ちゃん、電ちゃん」

 

「え!…あ、うん。あたしもそれでいいわよ」

 

「…」

 

「な、何よ…」

 

「ううん、何でもないわ…」

 

「…あたしの名前は霞よ霞!に、二度と間違えないでよね!全く!」

 

「…そうね、これからは気を付けるわ霞ちゃん」

 

「何でよ!」

 

「えぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、龍田から聞いたのだが…」

 

翌日、霞達の部隊の編成案が貼り出されると、案の定天龍が提督へと尋ねてきた。

 

「いつもの遠征だし、特に危険も無いだろう」

 

「うむ、それは解っているのだが…」

 

「“可愛い妹には旅を先にさせろ”と言うだろう」

 

「字違うわ。ま、まぁ心配してる訳ではないのだが…」

 

「それに天龍には別任務を組んである。千代田から是非にとのご指名だ」

 

「ち、千代田…?」

 

「…どうかしたのか?もしかして仲悪かったか?」

 

「い、いや!そうではないんだが(龍田の話を聞いてから妙に千代田が苦手になってしまった…)」

 

「その次は比叡からも一緒にとの事だ」

 

「ひ、比叡!…からもか。あ、ああ分かった」

 

「部隊名は“薔薇艦隊(ロサ・フリーツ)”なんてどうだ?」

 

「なっ!て、提督!貴様知っているな!?」

 

「す、すまん…その、秋雲と龍田の集まりは知ってるだろう?」

 

「集まり?例の龍田が作ったとか言う艦サー…妙な寄り合いか」

 

「夏の新刊くれるって言うから公認しろと…」

 

「貴様、買収されたのか!?」

 

「だ、だがな、秋雲の本は結構有名なんだぞ?今回の“天乳(てんにゅう)()く”は即売れ必死で「天乳(てんにゅう)って何だ!?私の名前は天龍だぞ!?」

 

「お、怒るなよ。“龍田が○った”に比べればマシだろう?」

 

「何が○つんだ!?龍田は女だぞ!?」

 

「いや、秋雲が言うには艦娘には男がいないから龍田に主砲を付けるって設定で「主砲って何だ!?」

 

「お、俺も怒ったんだ。何故相手役は俺じゃないんだと「論点がずれてるぞ!貴様、私達をそんなふしだらな目で見ているのか!?」

 

「す、すまん…だ、だが鎮守府には娯楽が少ないからな。秋雲達の事も大目に見てやってくれないか?」

 

「貴様にも怒ってるんだがな…まぁ私も鬼じゃない。だが風紀を乱す様な物はあまり感心せんな」

 

「それは俺からも言っておく。これからは拾八禁は控え目に「拾八禁って何だ!?き、貴様ら私に何をさせてるんだ!?」

 

「大丈夫だ、ちゃんと主砲には墨を塗ってあるから」

 

「だから主砲って何だ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、天龍さん!」

 

「霞か。フフッ、演習終わりか?精が出るな」

 

「あ、ありがと。私、天龍さんや龍田さんに比べたら全然弱いから」

 

「駆逐艦の中では充分強いと思うが…」

 

「でも、この間だって天龍さんに迷惑掛けちゃったし…」

 

「フッ、前も言ったろう。迷惑だなどと思った事はない。むしろ一緒にいて心強い位だ」

 

「ホント?…アイツも…あたしの事見直してくれるかな」

 

「アイツ?」

 

「クズ司令官」

 

「か、霞!仮にも上官だ。そんな言い方は良くないと思うぞ」

 

「イイのよ、天龍さんの胸ばっか見て!何よ…私だってその内…」

 

「そ、それはともかく…霞は提督が好きなんだな」

 

「はあっ!?す、好きなワケな…ないワケじゃないけど…」

 

「別に隠す事ではないと思うが…提督だって霞の事はよく話してるぞ」

 

「え?ほ、ホントに!?」

 

「ああ…自分の駄目な所を歯に衣着せず言ってくれる奴だって」

 

「うっ!あ、あたしも…そんなに強く言う気は無いんだけど…顔見てると…つい…」

 

「それだけ本気で心配してると言う事だ。私にも言ってくれて構わないんだぞ?」

 

「て、天龍さんに言える訳ないじゃない!…天龍さんは…あたしの目標だし…」

 

「フフッ、これは無様な所は見せられんな」

 

「ぶ、無様だなんて…そんな事…」

 

「だがな霞よ。少しはその…提督にも優しい言葉を掛けてやれ。提督が…たまに嘆いているんだ」

 

「はっ!女々しいわね!あたしに言われた程度でへこたれるなんて!」

 

「い、いや…その逆なんだ」

 

「え…逆?」

 

「その…最近は霞に怒られるのが…嬉しいとか…」

 

「ひっ!」

 

「か、霞の様な少女に説教されるのが…心地好い…とか」

 

「ひいっ!」

 

「最後は霞に…甘えてみたいと…」

 

「イヤアアアアッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、龍田が出発するのを見送った天龍は千代田達と出発した。道中、幾つかの戦闘に巻き込まれはしたが、手を煩わせる程でもなく順調に任務を終えつつあった。

千代田が妙に龍田との仲を尋ねてくる事にむず痒さを覚え、この後比叡と組むのかと考えると、天龍は溜め息が止まらなかった。

 

時を同じくして、龍田率いる遠征部隊も鎮守府への帰路に就いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~っ、やっと帰れる!」

 

「うふふ、霞ちゃん、嬉しそうなのです♪」

 

霞が背を伸ばすと、電がクスッと微笑んだ。振り返った龍田は微笑ましく二人を見つめていた。

 

「そりゃそうよ電。資材を受け取るだけの単純な任務だもの。さっさと終わらせたいわ」

 

「どう?龍田(わたし)が旗艦でも問題ないでしょ?」

 

「そ、そうね。別に文句はないわ」

 

「電もです」

 

「でも霞ちゃんは、弾薬(おみやげ)貰うだけじゃ不満みたいね」

 

「え!…そ、それは…私達艦娘だし…こんなお使いなんて子供扱いみたいだとは思うけど」

 

「え、遠征も立派な任務なのです!」

 

「べ、別にそんな意味じゃないわよ!た、只ねぇ…その…」

 

「華の二水戦だった霞ちゃんには、戦闘が無いのは詰まんなかったかしら?」

 

「へ、平和が一番なのです!」

 

「わ、解ってるわよ電。べ、別に文句は言ってないでしょ」

 

「そんな霞ちゃんに私から提案で~す。この先に渦潮地帯があるわよね?」

 

「ええ、それがどうしたのよ」

 

「…思いきって、突っ切ってみない?」

 

「え!?」

 

「で、でも妖精さんも航路はこっちだって言ってるのです」

 

「ええ勿論よ、電ちゃん。でも、この渦潮を迂回するより、直接進んだ方が数時間は短縮出来るわよ?」

 

「…」

 

「その分、敵に遭遇する確率も上がるけど…やっぱり無難に迂回しましょうか」

 

「…いいじゃない」

 

「か、霞ちゃん?」

 

「大丈夫よ電。多少はエネルギーを消費するけど、龍田さんの言う通り近道にはなるわ」

 

「で、でも…」

 

「しっかりしなさいよ電。アンタも艦娘でしょ?それにここを越えれば鎮守府はすぐよ。仮に何かあっても平気よ」

 

「…そ、そう言われると…そうなのです」

 

「決まりね」

 

龍田率いる部隊は一旦停止すると、航路を変更した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍田達よりも先に帰投した天龍は、報告を終えると龍田の帰りを迎えてやろうと港へと向かった。ところが、予定の時間を過ぎても龍田達の影も形も見えず、天龍は一人港で佇んでいた。

 

〈おかしいな…とっくに戻ってもいい頃だぞ…〉

 

「天龍!ここにいたのか!」

 

「うん?提督…どうかしたのか?」

 

「た、龍田が危ない!」

 

「な…どういう事だ?」

 

「龍田の部隊から連絡があったんだが、どうも渦潮に掴まったらしい。しかも運悪く敵に遭遇したらしいんだ」

 

「な、なんだと!」

 

「天龍、すまないが出れるか?」

 

「当たり前だ!!」

 

天龍は急遽、手の空いている雷達に声を掛けると、慌て出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「電ッ!大丈夫?」

 

「まだ弾薬はあるのです、で、でも…」

 

「…くっ!」

 

龍田達は深海棲艦の部隊に包囲されていた。

渦潮を突破したは良いものの、その所為で返ってコースを外れてしまい敵部隊と鉢合わせになってしまった。

本来ならせいぜい駆逐艦、悪くても軽巡ハ級程度しかいない海域の筈だったが、運悪く戦艦ル級、雷巡チ級の部隊に遭遇してしまった。

深海棲艦達も龍田達との遭遇は予想していなかった様で、先制攻撃には成功したが戦艦の耐久力の前に徐々に劣勢へと追いやられていった。

 

「…ごめんなさい、霞ちゃん、電ちゃん。私が近道しようなんて言ったばっかりに…」

 

霞達の前では常に飄々(ひょうひょう)としていた龍田だったが、今回ばかりは後悔に顔を歪めていた。

 

「べ、別にアンタだけの所為じゃないわよ!そうしようって言ったのはあたしなんだから!」

 

「そ、そうなのです!龍田さんの所為じゃないのです!」

 

「みんな…」

 

「帰ったら何か奢ってもらうわ。だから今は逃げる事を考えるのよ!」

 

「…」

 

思い詰めた表情の龍田だったが、暫くすると霞達の前に立ちはだかった。

 

「…霞ちゃん、電ちゃん。戦艦ル級は私が足止めするわ。その隙に逃げてちょうだい」

 

「なっ…!」

 

「む、無理なのです!幾ら龍田さんでも一人じゃ無理なのです」

 

「あら、こう見えても私は天龍型よ?こんな所で怖じ気付いてたらお姉ちゃんに笑われるわ」

 

「そ、そんな…無茶よ!」

 

「霞ちゃん…お姉ちゃんに…ごめんなさいって言っておいて」

 

「…た、龍田!」

 

言い終わるが早いか龍田は戦艦ル級へと突っ込んで行った。だが、ル級の砲撃に近付く事も出来ずにいた。

 

「か、霞ちゃん!」

 

「…くっ!」

 

霞達に迫る雷巡チ級に二人は轟沈を覚悟したが、チ級は真横からの砲撃に吹き飛ばされた。

 

「えっ?こ、これは…」

 

「霞ちゃん、あそこ!」

 

二人の視線の先には剣で駆逐艦達を薙ぎ倒す救いの女神、天龍の姿があった。

天龍の砲撃に最後の気力で立ち上がったチ級だが、天龍の剣の一閃に断末魔の叫びを上げ沈んで行った。

 

「て、天龍さん」

 

「お前達、無事か!?」

 

「わ、私達は平気なのです。それよりも龍田さんを!」

 

「龍田…あそこか!」

 

ル級の砲撃に最早立つのが精一杯の龍田に天龍が駆け寄った。だが龍田はもう意識が無いのか、グラッと倒れると海面へとへたりこんでしまった。

絶好の標的となった龍田へ、ル級は両手の禍々しい砲門を向けた。

 

「龍田ァ!!」

 

龍田の前へと滑り出した天龍は、その砲撃をまともに喰らった。

 

「ぐああっ!!」

 

左目に直撃を受けた天龍は倒れそうになるのを踏ん張ると、龍田を掴み霞達の元へと滑った。

 

「て、天龍さんっ!」

 

「お前達、龍田を頼む。後は私が何とかするから、その隙に逃げるんだ!」

 

「そ、そんな!無理なのです!」

 

「フッ、私を誰だと思っている?軽巡最強の天龍だ!ただでやられはしない。頼んだぞ!」

 

「天龍さんっ!」

 

「か、霞ちゃん、行くのです!」

 

「で、でもっ…!」

 

気絶した龍田を背負った霞の手を握り、電は駆け出した。それを見届けると、天龍はル級に剣を構えた。

 

〈龍田…もう少し、お前のお姉ちゃんでいたかったよ…もし会えるなら…またな〉

 

「うおおおっ!!」

 

天龍の叫びと共にル級の砲撃音が鳴り響いた。

 

〈う…うう…天龍…お姉ちゃん…〉

 

戦艦ル級に斬りかかる天龍の姿を最後に、龍田は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉…」

 

「気が付いたか、龍田」

 

「…ハッ!提督…?」

 

次に龍田が目を覚ますと、そこは鎮守府の港だった。自分の顔を心配そうに覗き込む三人の顔が龍田の目に入った。

 

「あ、霞ちゃん。それに電ちゃん。良かった、無事だったのね」

 

「……」

 

「どうして私ここに…そうか、天龍お姉ちゃんが助けに来てくれて…ねぇ、お姉ちゃんは…どこ?」

 

「龍田、天龍は帰って来ていないんだ」

 

「そ、そんな…じ、じゃあ救援に!」

 

「比叡を既に向かわせたが…発見出来なかったらしい」

 

「…そんな…」

 

「ごめんなさいっ!!」

 

「霞ちゃん…」

 

「私達を助ける為に…ううっ…」

 

「ほ、本当に…ごめんなさいなのです…」

 

「…」

 

「龍田…今はお前の方が心配だ。まずは体を回復させるんだ」

 

「…そうね。大丈夫、一人で歩けるわ」

 

手を貸そうとした霞、電と共に龍田はトボトボと歩き始めた。だが、暫くすると糸が切れた様にその場へ座り込んでしまった。

 

「…うっ…ううっ…

 

「天…りゅ…おでぇぢゃん…ううっ…

 

「ウワアアアアンッッッ!!」

 

(せき)を切った様に泣き始めた龍田を目の当たりにした霞、電もそれに釣られる様に咽び泣き始めた。

彼女達と同じ心境の提督は目頭が熱くなるのを我慢すると、黙祷を捧げるのだった。

 

翌日、天龍が轟沈した事が正式に発表され、彼女を慕う者達は共に涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら電、早く行くわよ!」

 

「あ、待ってなのです!」

 

あれから1ヶ月。

暫くは塞ぎこんでいた龍田だったが、今はそんな様子は微塵も無く、以前の様に霞、電と共に遠征任務に精を出していた。

 

「…天龍さんがいなくなってから、もう1ヶ月も経つのね」

 

「そうね霞ちゃん。私にとっては昨日の事みたいだけどね」

 

「あ…ご、ごめんなさい」

 

「フフッ、大丈夫よ。もう立ち直ったから。それにいつまでもメソメソしてちゃお姉ちゃんに笑われちゃうわ」

 

「そうなのです!」

 

「…それなんだけどね」

 

「どうしたの?アルミちゃん」

 

「くっ!立ち直ったのは本当みたいね…千代田さんから聞いたんだけど…」

 

「胸のサイズアップの方法?」

 

「んなワケないでしょ!これでも朝潮型じゃ大きい方なんだから!」

 

「…」

 

「何よ電…」

 

「な、何でもないのです!」

 

「で、千代田さんがどうかしたの?」

 

「う、うん…あたし達って、どうやって生まれてくるか覚えてる?」

 

「どうって…海を漂ってる所を発見されるか…建造じゃないかしら?」

 

「うん…私もそう聞いてる。でも一度沈んだ艦達が、もう一度生まれて来る事もあるって千代田さんが…」

 

「そ、そうなのですか!?」

 

「ええ…別の鎮守府にいる正規空母の加賀さんは、一度沈んだけど蘇ったって千代田さんが言ってた」

 

「…本当?」

 

「く、詳しくは知らないけど。それに一度沈んだ場所で、もう一度生まれる事もあるんだって」

 

「…そう」

 

「な、何よ。もっと喜ぶと思ったのに」

 

「フフフ、ありがとう霞ちゃん。でも、それって確かな情報じゃないでしょ?」

 

「そ、それは…」

 

「いいのよ。お姉ちゃんの事は私も割り切ってるわ…それはお姉ちゃんが帰って来てくれたら嬉しいけど、必ずって訳じゃないし…」

 

「…」

 

「でも、そうね…もし会えたら…今度は心配させない様にしなくちゃね」

 

「じゃあ秋雲達と変な本作るの止めなさいよ。前に天龍さんに相談されたんだから。マトモなのは(あたし)だけだって」

 

「人の趣味にケチを付けるのは良くないと思うわ、バブみちゃん」

 

「あと人の名前間違えるのもね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

霞が語った事に心を動かされた龍田だったが、それは淡い期待だと彼女は自分に言い聞かせた。

実際それは正しかったのかもしれない。

この数日後、比叡がもたらした、いや連れ帰った人物に龍田は神を呪う事になるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、非番の龍田が自室でのんびりしている時だった。

龍田はいつもの様に姉、天龍と撮った写真を眺め感傷に浸っていた。姉との思い出に回想を巡らしている龍田の耳に、聞き慣れた声が飛び込んで来た。

 

「…田さん、龍田さんっ!!」

 

〈…あの声は〉

 

「はい…どうしたの霞ちゃん」

 

「龍田さん!今すぐ執務室に来て!」

 

「何?イタズラでもしたの?」

 

「それどころじゃないのよ!ひ、比叡さんが…」

 

「比叡さんが…どうしたの?まさか何かあったの?」

 

「そ、そうじゃないの!比叡さんが海で艦娘を保護したの!…私達が戦った、あの海域で!」

 

「それが…どう……」

 

『あたし達って、どうやって生まれてくるか覚えてる?』

 

「…」

 

『一度沈んだ艦娘が、もう一度生まれて来る事もあるって千代田さんが…』

 

「あ、待って!」

 

 

 

 

 

 

 

〈お姉ちゃんが…天龍お姉ちゃんが…〉

 

『天龍さんが発見されたの!!』

 

〈天龍お姉ちゃんが帰って来た…!〉

 

『…でもね…その天龍さん…』

 

〈天龍お姉ちゃんっ!!〉

 

息も絶え絶えに執務室に辿り着いた龍田は、勢いよくドアを開けた。

そこには提督と電…そしてもう一人。龍田が見慣れた、間違える筈もないその後ろ姿。

 

「…お姉ちゃん!!」

 

「ひゃあっ!!」

 

「…え」

 

龍田の大声に子供の様に驚く一人の艦娘。その姿は間違いなく彼女の姉、天龍だった。

唯一、以前と違う所があるとすれば、左目を黒い眼帯で覆っている所だろうか。

だが龍田が驚いたのは、そこではない。

 

「て…天龍お姉ちゃん…よね?」

 

「あなたは…もしかして龍田ちゃん?」

 

「…え…」

 

「よ、良かったわ!龍田ちゃんも、この鎮守府だったのね!知らない人ばかりだから、お姉ちゃん…グスッ」

 

「て、天龍お姉ちゃん…もしかして…私の事、覚えて…ないの?」

 

「何を言ってるの?例え人の姿になっても、龍田ちゃんの事忘れる訳ないじゃない!」

 

「…」

 

「電…すまないが鎮守府を案内してやってくれないか」

 

「え…は、はいなのです!天龍さん、私が案内するのです」

 

「あ、電ちゃん!私、龍田ちゃんとまだ…」

 

名残惜しそうに龍田に視線を送る天龍が部屋を出ていくと、提督は龍田に向き直った。

 

「…見ての通りだ。今回の様なケースは俺も初めてでな。どう言っていいか」

 

「お、お姉ちゃんはあの海域にいたのよね?じゃあ、お姉ちゃんはあれからずっと海をさ迷ってたんじゃ…」

 

「比叡や千代田にも聞いてみたんだが、天龍は一度沈んだと考えるのが普通だそうだ。恐らく一度沈んで、再び新しい天龍として蘇ったんじゃないか。

 

「それに、あれから一ヶ月も経っている。沈まなかったと考えるのは不自然だろう」

 

「…でも、あの天龍お姉ちゃん、前と全然…」

 

「それなんだが…千代田も不思議がっていたよ。別の鎮守府の加賀の話…聞いた事あるか?」

 

「ええ、霞ちゃんが話してたわ。確かお姉ちゃんと同じで一度沈んだけど蘇ったのよね?」

 

「ああ。千代田が言うには、その加賀は練度こそ戻ったが、蘇った後も以前の事を覚えていたそうだ。心配した千代田が会いに行ったが、自分との思い出を楽しそうに語っていたそうだ」

 

「そんな…じゃあ、どうして天龍お姉ちゃんは…」

 

「それは俺にも解らない。龍田に会えば、もしかしたら思い出すんじゃないかと思ったんだが…俺も本当に残念だよ」

 

「…」

 

「龍田…暫く天龍についてやっていてくれ。天龍も妹のお前と一緒の方が心強いだろうからな」

 

「…ええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お帰り龍田ちゃん!」

 

「…ただいま、お姉ちゃん」

 

「ここの提督さん、優しそうな人ね。私、おっかない人だったらどうしようかと思ったわ」

 

「…」

 

龍田は机の上の写真を掴むと、天龍に見せた。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。この写真覚えてる?私とお姉ちゃんだよ」

 

「ご、ごめんなさい。覚えてないの…」

 

「そ、そう…」

 

「電ちゃんに聞いたんだけど、前にも“天龍(わたし)”がいたんだって…」

 

「うん、先にいたお姉ちゃんと私や霞ちゃん達で上手くやってたんだよ」

 

「…うう…」

 

「お、お姉ちゃん?どうしたの?」

 

「ごめんね…お姉ちゃん何も覚えてなくって」

 

「し、仕方ないわよ!お姉ちゃん一度沈んじゃったんだし。それに昔の事覚えてなくたって私はどうでもいいの。私はお姉ちゃんが帰って来てくれただけで嬉しいんだから!」

 

「グスッ…だづだ…ぢゃん」

 

「もう…私の名前は龍田よ。忘れ…キャッ!」

 

「ごめんね!龍田ちゃんとの思い出も忘れちゃって…ごめんね…ごめんね…」

 

「…もう、しょうがないお姉ちゃんね。大丈夫よ、また新しい思い出を作っていきましょう?」

 

「うん…うん…」

 

龍田の胸の中で泣く天龍。その姿はまるで幼い子供の様だった。これじゃどっちがお姉ちゃんか判らない…そう思いながらも、龍田は姉の温もりを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶も性格も全てが違う天龍だったが、時間を掛ければ何とかなる…何もかもが元に戻る。そう龍田は心のどこかで楽観視していた。

だが、それが甘い考えだと、龍田は日を追う事に思い知る事になる。

 

「天龍さん、行くのです!」

 

「う、うん!」

 

幾ら天龍と言えど、かつての経験を全て失った時点で練度はゼロに等しい。天龍は連日電や霞達と演習に精を出していた。

 

「うう…ひゃあっ!」

 

「て、天龍さん!」

 

本来なら龍田すら圧倒する天龍だったが、今は駆逐艦の電にすら手も足も出なかった。電の動きに付いては行くが、臆病さが前に出て結局固まってしまう。こればかりは訓練ではどうにもならなかった。

 

「お姉ちゃん…大丈夫?」

 

「あはは…龍田ちゃん、見てたの?頭では解ってるんだけど、どうしても怖くて…」

 

「…」

 

「だ、大丈夫よ龍田ちゃん!私、龍田ちゃんのお姉ちゃんだもん!今にう~んと強くなって龍田ちゃんの事、守ってあげるんだから!」

 

「お姉ちゃん…」

 

天龍の言葉を最初は信じていた龍田だった。だが、天龍と過ごす時間を重ねる毎に、かつての天龍は…自信と覇気に溢れた姉は、もういないのだと深い失望に包まれた。

いつしか龍田にとって天龍は頼れる姉ではなく、守ってやらなければならない妹に成り下がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの…天龍さん」

 

「霞ちゃん…」

 

「こんな所で…何してるの?」

 

「うん…その…ちょっと落ち込んでる…かな。こんな情けないお姉ちゃんで、龍田ちゃんや霞ちゃんも失望してるでしょ?」

 

「そ、そんな事ないです!天龍さんは、私の憧れの人だもの!」

 

「あ、ありがとう。でも、それは昔の私でしょ?今の私は…こんなに弱いし…」

 

「天龍さん…」

 

「龍田ちゃんの方がしっかりしてるし、これじゃどっちがお姉ちゃんなんだか。私って、駄目だなぁ…」

 

「そ、そんな事ないわよ!」

 

「いいのよ霞ちゃん、無理しなくて。私が役立たずなのは私が一番解ってるから」

 

「た、確かに今の天龍さんは前に比べたら弱いかもしれないわ。でも、それは私達の所為でもあるのよ」

 

「霞ちゃん達の…?」

 

「龍田さんからも聞いてるでしょ?前の天龍さんは、どうして沈んだのか。天龍さんは私や龍田さんを庇ってくれたのよ?もし、天龍さんが来なかったら…私達三人共とっくに沈んでたわ」

 

「…」

 

「その天龍さんに感謝こそすれ、役立たずだなんて考えた事もないわ。天龍さんは私達の命の恩人だもの」

 

「霞ちゃん…」

 

「龍田の奴だって、天龍さんが帰って来た時は、凄い嬉しそうだったもの…そりゃ、前とはちょっと…変わっちゃったかもしれないけど、天龍さんが帰って来てくれたんだもの。嬉しくない訳がないわ」

 

「ううっ…霞ちゃん!」

 

「ひゃあっ!て、天龍…さん」

 

「ごめんね、心配掛けちゃって。私、頑張るね。龍田ちゃんや霞ちゃんに認めてもらえる様に頑張るね!」

 

「…私は天龍さんの味方よ。例え天龍さんがどんな事になっても…私だけは最後まで味方よ」

 

「霞ちゃん…」

 

かつて自分の憧れだった天龍が、自分の胸の中で子供の様にべそを掻いている。姉の多い霞にとって妹の様な存在に甘えられる経験はほとんど無かった。生まれて初めて誰かに頼られる…それも自分の目標だった天龍に…。

霞は胸の奥に沸き上がる高揚感に震えていた。

 

〈そうよ…これからは私が天龍さんを守るのよ…!〉

 

霞は心の中で固く誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍田さん!」

 

「ええ、霞ちゃんと電ちゃんは援護を頼むわ!」

 

「た、龍田ちゃん、お姉ちゃんは…」

 

「大丈夫、そこにいて!」

 

軽巡ヘ級に斬り込む龍田、その龍田に敵駆逐艦を近付けさせない様に援護する霞、電。天龍はそんな二人の後ろで右往左往していた。

 

「…天龍ちゃん!」

 

「え?あっ、ちょっと、天龍さん!」

 

「だ、駄目なのです!きゃあっ!」

 

へ級に斬り込んだ龍田を見ていた天龍は、龍田が苦戦する様子に居ても立ってもいられなくなったのか飛び出した。

だが、そんな天龍を止めようとした霞と電の二人は後ろから砲撃を食らう羽目になった。

 

「えっ!か、霞ちゃん、電ちゃん!」

 

天龍の叫びに振り返った龍田は、ヘ級の体当たりをマトモに食らい弾き飛ばされた。

 

「ああっ!!」

 

目の前で立ち尽くす天龍を捉えたヘ級は、右手の砲身を彼女へ向けた。

 

「ッッ!!」

 

ヘ級の右手に薙刀の一閃を浴びせると、龍田は体勢を崩したヘ級に単装砲の一撃を加えた。

直撃を受けたヘ級は、グラリと崩れ海へ沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう!駄目じゃない!どうして私の言う通りにしなかったの!」

 

「ご、ごめんなさい龍田ちゃん。た、龍田ちゃんが危なかったから、お姉ちゃん何とかしなきゃって思って…」

 

「ち、ちょっと龍田さん。天龍さん、まだ実戦に慣れてないんだし仕方ないわよ」

 

「か、霞ちゃんの言う通りなのです。天龍さんを怒らないで下さい」

 

「二人共甘いわよ!お姉ちゃんが飛び出した所為で二人共沈むかもしれなかったのよ?」

 

「で、でも今回は何事もなかった訳だし…」

 

「霞ちゃん、もし私が倒されていたらどうするつもりだったの?駆逐艦と軽巡ヘ級の両方を、あなた達二人でどうにか出来て?」

 

「そ、それは…」

 

「電ちゃんもよ。私が沈んでいたら、どうするの?こんな足手まといの姉さんを庇いながら戦えるの?」

 

「…!」

 

「ち、ちょっと!幾ら妹だからってそれは言い過ぎよ!」

 

「そ、そうなのです!天龍さんが可哀想なのです!」

 

「可哀想なのは私よ!あなた達二人の面倒を見ながらお姉ちゃん迄…私にだって限界があるわ!」

 

「ちょっと龍田!アンタ「いいの!」

 

「て、天龍さん」

 

「わ、私が悪いの…私が弱いから。私が足手まといな所為で皆が危険な目に合って…ごめんね」

 

「…ッ!そうよ!全部あなたが悪いのよ!あなたが弱いから、昔のお姉ちゃんじゃないから!」

 

「あうっ!た、龍田ちゃん!」

 

「ちょっ…!止めなさいよ龍田!」

 

「は、離すのです!」

 

「どうしてあなたが天龍(お姉ちゃん)なの?私のお姉ちゃんはあなたみたいな弱い人じゃない!私のお姉ちゃんは強くって格好良くて、皆を守ってくれるの!

 

「なのにあなたは一体何!?ろくに戦えない、駆逐艦よりも弱い、挙げ句の果てに皆を沈めそうになる…あなたなんか私のお姉ちゃんじゃない!」

 

「…」

 

「返してよ…私のお姉ちゃんを返してよ!!」

 

「龍田!離しなさいって…」

 

「あっ…天龍さんっ!待って下さい!」

 

「いいのよ…放っとけば…」

 

「…ッ!龍田ッ!!」

 

言うが早いか、霞は龍田の頬を思いっきり叩いた。

 

「あうっ!」

 

「きゃっ!か、霞ちゃん!」

 

「アンタもう忘れたの?天龍さんがどうしてアンタの事忘れちゃったのか」

 

「…!」

 

「そうよ、私達を庇ったからよ。私達を庇って…私達を逃がす為に沈んだからじゃない!それをもう忘れたの!?」

 

「…」

 

「私だって、もし朝潮姉さんや荒潮姉さんが沈んだら…私との思い出を忘れちゃったら、とても悲しいわ…

 

「でもね!本当はあぁなってたのは、アンタだったかもしれないのよ!?」

 

「解ってるわ…霞ちゃんに言われなくたって解ってるわよ、そんな事!解ってるから…解ってるから辛いのよ。あの人はお姉ちゃんよ…間違いなく私の大好きな天龍お姉ちゃんよ…なのに…

 

「お姉ちゃんの顔を見る度に…私はあなたのお姉ちゃんじゃないって…私のお姉ちゃんは、もう何処にもいないのよって言われてるみたいで…それが辛いのよ…」

 

「龍田さん…」

 

「龍田…アンタの気持ち、私だって解るつもりよ。天龍さんは私にとっても理想の人だったんだから」

 

「……」

 

「でもね…龍田(アンタ)に認めてもらえなくて一番苦しんでるのは…天龍さんなのよ」

 

「お姉ちゃんが…」

 

「龍田…アンタとはたまに喧嘩もするけど、そんな所も含めてアンタの事は好きだったわ。でも、自分のお姉ちゃんを足手まといなんて言う奴は…あたし嫌いよ」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グスッ…グスッ…」

 

「天龍さん…やっぱりここに居たのね」

 

「か、霞ちゃん!グスッ…どうしてここへ」

 

「天龍さんは覚えてないかもしれないけど、前にもここで二人っきりで話した事あるから、多分ここじゃないかって…。龍田さんの言った事、気にしてるの?」

 

「うん…龍田ちゃんや皆から、前の天龍(わたし)の話を聞いて…今の私と全然違うから…」

 

「そ、それは…仕方ないわよ。私は…沈んだ事ないから分からないけど」

 

「私なんか…戻って来なかった方が良かったんじゃないかな」

 

「何を言ってるのよ!そんな訳ないじゃない!」

 

「だって…龍田ちゃんは私の事を認めてくれないし。龍田ちゃんが欲しいのは昔の私なのよ…私なんか帰って来るべきじゃなかったのよ!」

 

「…天龍さんっ!」

 

少し躊躇うと、霞は天龍の頬を軽く叩いた。

 

「あっ!か、霞ちゃん…?」

 

「何で…何でそんな事言うの!大事なお姉ちゃんや妹がいてくれる…それを喜ばない訳ないじゃない!」

 

「…」

 

「龍田の奴にも言ったけど…私だって朝潮姉さんや荒潮姉さんが私との思い出を忘れたら…とても悲しいわ。でも、だからって嫌いになるなんて、あり得ないわ」

 

「でも、龍田ちゃんは私がいる事なんて望んでないわ。龍田ちゃんが望んでいるのは前の私…今の私じゃない。でも私は私…変わるなんて無理よ…」

 

「それでもいいじゃない」

 

「…え?」

 

「天龍さんは天龍さんよ。例えどんな形でも私は天龍さんにいて欲しいの」

 

「霞ちゃん…」

 

「それに、無理に変わる必要なんてないじゃない!もし変われないなら龍田を変えちゃえばいいのよ!」

 

「龍田ちゃんを…変える…?」

 

「そうよ!こんな私が嫌いならアンタなんか嫌いよって、逆に言ってやればいいじゃない」

 

「そんな…」

 

「大丈夫よ、もし龍田に嫌われたら私が妹になってあげる。私は龍田と違って、天龍さんがどんな事になっても嫌いになったりしないわ!」

 

「ほ…本当に?」

 

「もちろんよ!」

 

「…一緒に餡蜜(あんみつ)食べてくれる?」

 

「え、ええ!」

 

「一緒に寝てくれる?」

 

「え?う、うん…たまになら…」

 

「お揃いの眼帯してくれる?」

 

「わ、私、両目とも視えるから…」

 

「じゃあ電探は?初めて会った時から、霞ちゃん私の電探きっと似合うって思ってたの!」

 

〈私、絶対沈んだりしないわ…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霞の思いやりを聞いた龍田は、霞の前で天龍を非難する事は無くなった。だが、龍田の心から天龍への不信が完全に拭い去られた訳ではない。

天龍への信頼が大きかった分、それを裏切られた時の反動は龍田が想像している以上に彼女の心を蝕んでいた。

 

〈霞ちゃんは、ああ言ったけど…〉

 

〈アレは…あの人は、私のお姉ちゃんなんかじゃない…〉

 

〈本当のお姉ちゃんは…きっと海の底で眠ってるんだわ…〉

 

〈…そうよ。お姉ちゃんは沈んだから、偽者と入れ替わったのよ…〉

 

〈どうすれば…〉

 

〈…〉

 

時間が経つに連れ、龍田の心に掛かった霧は、ある明確な意思へと変わって行った。

 

そして、二人のわだかまりを白日の下に晒す日が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、天龍、龍田、霞、電の四人は遠征任務に着いた。

帰路に就いた天龍達は、出くわした深海棲艦との戦闘に突入した。

 

「龍田さん、こっちは片付いたわ!」

 

「そう。霞ちゃん、電ちゃんの側に付いてあげて!私はお姉ちゃんと残りを倒すわ」

 

「分かったわ!」

 

霞が離れた電に向かって行くのを見届けた龍田は、天龍に向き直った。

 

「た、龍田ちゃん…ご、ごめんね、今日も足引っ張っちゃって…」

 

「いいのよ。どうせ今日が最後ですもの」

 

「最後…?」

 

不思議そうに龍田に顔を向ける天龍の視界に、龍田の単装砲が入った。

だが、当の天龍は然して驚く素振りも見せず、むしろ当然の事の様に苦笑していた。

 

「龍田ちゃん…」

 

「あら、驚かないのね。お姉ちゃんの事だから、泣き喚くんじゃないかと思ったけど」

 

「驚いてないって言ったら嘘になるけど、私達やっぱり姉妹だなって…龍田ちゃんは私の妹なんだなって思って」

 

「あなたなんか…あなたなんか、お姉ちゃんじゃない!」

 

「ごめんね…龍田ちゃんのお姉ちゃんを奪ってしまって」

 

「そうよ!あなたが…あなたが私のお姉ちゃんを奪ったのよ!あなたなんか偽者よ!」

 

「龍田ちゃん…私達、今日で会う事はなくなるでしょ。どうして私を沈めようとするのか…教えてくれないかな?」

 

「そうね…その位は知らなきゃ可哀想ね。いいわ、教えてあげる。

 

「あれから私考えたのよ。どうしてお姉ちゃんは、こんな事になっちゃったんだろうって。その答えはとても単純。沈んでしまったからよ。

 

「だから考えたの。もう一度…もう一度沈めば…また蘇ってくれれば、今度はきっと昔のお姉ちゃんに戻ってくれるって」

 

「…フフッ♪」

 

「…何がおかしいの?」

 

「あ!ご、ごめんなさい。馬鹿にしたんじゃないの。私が龍田ちゃんならこうするかもって…考えてる事が同じだったって思うと、おかしくって」

 

「…怖くないの?」

 

「フフッ、私達やっぱり姉妹なのよ。龍田ちゃんの痛み、悲しみ…全部私の心に伝わってくるわ。それを思ったら怖くなんてないわ。むしろ嬉しいのよ」

 

「嬉しい?」

 

「ええ。だって初めて龍田ちゃんと気持ちが一つになった気がするんだもの。龍田ちゃんは私を沈めて次の私と仲良くしたい?そうでしょ?」

 

「…」

 

「役立たずの私が、初めて龍田ちゃんの役に立てる…こんな嬉しい事はないじゃない」

 

「お、お姉ちゃん…」

 

「違うわ。私はあなたのお姉ちゃんじゃないわ。そうでしょ?」

 

「そ、それは…」

 

「龍田ちゃん…一つだけ約束してくれる?」

 

「や、約束…?」

 

()は…仲良くするって」

 

「ううっ…」

 

「そうしたら私、龍田ちゃんと笑ってお別れできるから」

 

「ち、違う…私は…お姉ちゃんと…」

 

「お願い、龍田ちゃんの口から聞かせて?次は、きっと仲良くするって」

 

「う…ううっ…」

 

「…龍田ちゃん?」

 

「撃てない…」

 

「え?」

 

「撃てない!お姉ちゃんを撃つなんて出来ないよっ!」

 

「…龍田ちゃん、私が憎くないの?」

 

「…憎い…けどっ!お、お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん!私の大事なお姉ちゃんだもん!そんなお姉ちゃんをまた失うなんて…ううっ」

 

「龍田ちゃん…」

 

龍田は構えた単装砲を下ろすと、天龍の胸の中へ飛び込んだ。さっきまでの敵意は既になく、まるで子供の様に泣きじゃくっていた。

 

「…ごめんなさい!お姉ちゃんを撃とうとしてごめんなさい!悪い妹でごめんなさい!もう二度とお姉ちゃんを足手まといなんて思わない!私がお姉ちゃんを守っていくから!ご…ごべんだざい…ううっ…」

 

「フフッ、綺麗な顔が台無しよ」

 

「グスッ…その目を見る度に思ってたの。その左目…私の所為で失ったんだって」

 

「そ、そうなの…?生まれた時からこうだったから、特に気にしなかったけど」

 

「ごべんね…ごべんねぇっ…」

 

「あらあら…あっ、霞ちゃんだわ」

 

天龍の言葉に振り向くと、電を連れた霞が二人の下へ向かって来る姿が写った。

 

「天龍お姉ちゃん…私、霞ちゃんにも謝らなきゃ。私、霞ちゃんのお陰で目が覚めたんだもん」

 

「そうね…私も霞ちゃんには、とっても感謝してるの」

 

「霞ちゃんに?」

 

「ええ、霞ちゃんに言われたから私も考えが変わったの」

 

「そうだったんだ…あ、霞ちゃん」

 

霞と合流しようと天龍の側を離れた龍田だったが、急に霞が速度を上げた事に気付いた。

 

「どうしたのかしら、急に…手なんか振っちゃって」

 

めて

 

「…え?」

 

「天龍さん、止めて!」

 

「霞…ちゃん?」

 

次の瞬間、龍田は海へ顔から飛び込んでいた。自分は何故か海へ倒れたのだと理解すると、体中が重く動きが鈍くなっている事に気付いた。

背中に硝煙の匂いを感じ、自分の艤装を見ると至る所から煙を吹いていた。

そしてその視線の先に、自分に単装砲を身構える姉の姿が目に入った。

 

「…え…お、お姉…ちゃん?」

 

「龍田ちゃん…さっきも言ったけど、やっぱり私達姉妹なのよ。考えてる事は同じなのね」

 

「考え…ど、どうして…私を」

 

「私もね…霞ちゃんに言われたのよ。私が変われないなら、龍田ちゃんを変えればいいって」

 

「わ、私を…変える?」

 

「そう…私は龍田ちゃんと仲良くしたいと思ってる。でも龍田ちゃんは私が嫌い…私じゃない私と仲良くしたい」

 

「ち、違う…私は…」

 

「龍田ちゃんと仲良くなるには、どうすればいいか…お姉ちゃん、一生懸命考えたの。そうしたら龍田ちゃんと同じ答えに行き着いたの。だからさっきは、つい笑っちゃったの。やっぱり姉妹なんだなって♪」

 

「同じ…まさか…」

 

「そう。龍田ちゃんが私を嫌いなら、次の龍田ちゃんと…新しい龍田ちゃんと仲良くすればいいのよ!」

 

「なっ…!」

 

「龍田ちゃん、さっき私聞いたわよね?次は仲良くしてねって」

 

「そ、そんな…お姉ちゃん「止めて」

 

「…え?」

 

「私をお姉ちゃんなんて呼ばないで。私の事を認めてくれない龍田ちゃんなんて、私要らないわ」

 

「お姉ちゃん…ゆ、許して…お願い…」

 

「だからね、龍田ちゃん。()()は…仲良くしましょうね」

 

「お姉…!!」

 

龍田の断末魔は天龍の砲撃に掻き消された。天龍の砲撃に晒された龍田は避ける事も出来ず、やがて引火した艤装が大爆発を起こした。

 

「た、龍田ッ!」

 

「龍田さん!」

 

「…」

 

霞と電が辿り着いた時には、もう龍田の姿は何処にもなく、彼女の薙刀の破片が静かに浮かんでいた。

 

「な…なんでっ!どうしてこんな事をっ!」

 

「何を言ってるの?霞ちゃんが教えてくれたんじゃない」

 

「わ、私が…?」

 

「そうよ、龍田ちゃんを変えればいいって」

 

「なっ!そ、そんな意味で言ったんじゃ…」

 

「それに…不公平じゃない?私がこうなったのは龍田ちゃんを庇って沈んだからなのに、龍田ちゃんは一回も沈んでないなんて」

 

「ま、まさか…それで龍田を!?」

 

「そう。これで私も龍田ちゃんも同じ。それに次の龍田ちゃんとなら、私きっと良いお姉ちゃんになってみせるわ」

 

「て、天龍さん…」

 

「霞ちゃん、電ちゃん…この事、提督には黙ってて…くれるわよね?」

 

「は、はわわ…」

 

「…」

 

慌てふためく電とは裏腹に、霞は落ち着きを取り戻すと電に振り返った。

 

「電…今ここで起こった事は誰にも言っちゃ駄目よ。解ったわね?」

 

「か、霞ちゃん…」

 

「ありがとう、霞ちゃん。さ、帰りましょう」

 

「…ええ」

 

三人は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠征の報告に二人が執務室を訪れた。その顔ぶれを見た提督は少し動揺している様だった。

 

「霞、電…帰投したわよ」

 

「か、霞…天龍と龍田は…」

 

「…ごめんなさい」

 

「なっ…」

 

「私達二人を逃がす為に…二人共沈んだわ。私の責任よ、ごめんなさい」

 

「…いや、俺の責任だ。あの海域なら大丈夫だと思ったんだがな。すまなかったな霞、電」

 

「…アンタの所為じゃないわよ」

 

「…」

 

「ねぇ…聞きたい事があるの」

 

「聞きたい事…?」

 

「天龍さんや龍田さんを…建造で造り直す事って出来る?」

 

「か、可能だとは思うが…そう都合良くって訳には行かないだろう。だが…二人を失ったのは俺も惜しいと思ってる。前向きに考えてみるよ」

 

「お願い。あの二人は…私にとってもお姉ちゃんみたいなものだから」

 

「…ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『霞ちゃん!な、何を!』

 

『霞ちゃん、何をするのです!』

 

『私の言った事が原因なら…私が後始末をするわ』

 

『や、止めて霞ちゃん!ど、どうして…どうして私を撃つの!?』

 

『天龍さん…あなたは私の理想なのよ。そんなあなたが…こんな姿になるなんて、私は認めないっ!』

 

『お、お願い…止めて』

 

『その代わり…次は私が二人を守るから…ごめんなさい』

 

『い、イヤよ!霞ちゃん…!』

 

 

 

 

 

 

あの後、霞は天龍をその手に掛けていた。

龍田を沈めた天龍を見て、霞は彼女がそこまで思い詰めているとは夢にも思わず、まして龍田を沈めた原因の一端が自分の軽はずみな一言だと知ると、深い自己嫌悪に囚われた。

 

〈そんな…そんなつもりで言ったんじゃない…〉

 

霞にしてみれば、傷心の天龍を慰めようと思わず口にした一言でしかない。

だが、それが天龍を歪める原因になり、挙げ句の果てに龍田をも失う羽目になった。

 

〈私の所為だ…私が二人を…〉

 

それは自分の後ろめたさを隠す為だったのかもしれない。だが、霞には、かつて自分が憧れた天龍が、これ以上変わって行くのを見るのは耐えられなかった。

気が付けば、霞は天龍に襲い掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

「ううっ…」

 

「いつまで泣いてるのよ電。女々しいわよ」

 

「で、でも…」

 

「あれで良かったのよ。電も解ってくれたじゃない」

 

「そ、そうなのですけど…」

 

「生きていれば、また会える日が来るわよ」

 

「か、霞ちゃん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霞の願いが通じたのか、数ヶ月後、龍田と天龍が沈んだ海域で一人の艦娘が発見された。

龍田だった。

もし昔の自分が姉に沈められた事を覚えていたら…そんな疑念が過った霞だったが、その不安は杞憂に終わった。発見された龍田は、以前の天龍の様に、かつての記憶を全て失っていた。

霞は、以前にも天龍と龍田がこの鎮守府に居た事、霞や電との思い出を語った。無論、どうして沈んだかは言わずに。

 

その数日後、提督は天龍の建造に着手した。

かつての天龍を知っている鎮守府の皆はもちろん、妹の龍田は誰より喜んでいた。

 

「うふふっ、私が発見されてすぐに、お姉ちゃんが建造だなんて。お姉ちゃん、私に会えなくって寂しかったのかな~♪」

 

「そうね、私も天龍さんは誰よりも好きだったから嬉しいわ」

 

「もう、駄目よ?お姉ちゃんは私の物なんだから。真澄(ますみ)ちゃんにはあげないわよ?」

 

フフッ

 

「…そんなに面白かった?」

 

「そうじゃなくって…あ、見て!もうすぐよ!」

 

建造機が大きな音を立てると、徐々に静かになっていった。やがて扉が開くと、周囲に蒸気が撒き散らされた。

 

「きゃあっ!」

 

「うわっ!」

 

やがて煙が晴れていくと、その中から一人の艦娘が現れた。その姿を見た提督や霞は、建造が成功したのだと喜び、龍田も黄色い歓声を上げた。

 

「うおっ!な、何だ、おまえ龍田か?」

 

「そうよ、お姉ちゃん。やっと会えたわね」

 

「ん~…前にもどっかで会った気がすんだけど…気の所為か?まぁいいや。

 

「お前が提督か?このオレが来たからには百人力だぜ!ま、大船に乗ったつもりでいろよな!」

 

「…待っていたよ。名前を教えてくれるかい?」

 

彼女は得意気に胸を張ると、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレの名は天龍!フフフ、怖いか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後、天龍が沈んで今の性格になるだけの感動系の話にしようと思ってたんですが、こっちの方が闇があって良いかなと思ってこうしました。
以前書いた加賀さんの話でも書きましたが、自分の話では一回沈むと復活はできても前世の記憶は持ち越せないって設定になってます。
※龍田の鼻唄辺りはナラティブネタです。

最近少しおとなしめの話が多いなと思いまして、次からは原点回帰と言いますか少し毒がある話に出来ればと思います。

次は今回の霞ちゃんと電ちゃんの話なのです。
…めばいいのに。





艦娘型録

天龍 …何で私の性格は沈む度に変わるのに、龍田ちゃんは変化しないのかしら…え?これが本当の私?…まぁいいけど。この眼帯も…私好みじゃないのよね。眼帯ってどこで売ってるのかしら。

龍田 ここが昔の私の部屋…あら、何かしら。漫画…え!お、お姉ちゃん!?な、何なのこれ!む、昔の私、こんないかがわしい物読んでたの!…ふんふん…うわ~…こんな事まで。…ねぇ、お姉ちゃん。

提督 天龍の奴、随分と変わったな。前の天龍も好きだったんだが。ま、まぁ俺にはまだ霞がいるしな!

霞 何か天龍さん、全然感じ違うけど…もしかして私の所為?もう一回沈めてみようかしら。でも、もっと馬鹿に…もっと変になったらどうしよう。あ、それとアンタ!龍田が言ってたんだけれど…バブみって何?

電 て、提督さん!大丈夫なのです!電は何も変わってないのです!私が一番まともなのです!で、でも…霞ちゃんが何か良からぬ事を考えてるのです…電、少し自信無くしそうなのです…。



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